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承1



「ふざけんじゃないわよ!」


顔を上げろとも、発言を許すとも言われていないのに、私は勝手に顔を上げろ走り寄って上等なオベベの襟元を掴んで締め上げた。


「人違いだとわかって連れてきたわけ!?王子様だからって人を誘拐して良いと思ってんの!?さっさと私を家に返しなさい!」

「わ、わわわっ、わ、る、い、とは!おもっ、て、るんだっけど!と、とりあえ、ず、揺さぶ、るのを、やめろ!」


目を白黒させた王子が必至に抵抗するが、淑女に触れるなんてマナー違反と言われて育った国一番のお坊ちゃまだ。遠慮がちすぎる動きを、私は片手で抑え込んだ。


「あのお役人さんも、絶対人違いなのわかって連れてきてますからね!?当日みんな見たんでしょ!?絶世の美女なんでしょ!?お姉様たちも泣きながら訴えてましたよ!『こんな平凡な顔の女がシンデレラなわけないから見逃してくれ』って!あの気丈で厳しいお母様も『私が食べさせる量が少なくて足が小さかったのが悪かった許してくれ』っておいおい泣いて!」

「本当に本当に申し訳ない。なぜ君が履けたのか分からないんだ」


激昂して成人男性をゆさゆさと揺さぶる私に、王子はもはやほぼ悲鳴をあげていた。パッと手を離せば、情けない美貌の王子様は腰を抜かしたまま、据わった目の私をちらちらと見ながらぼそぼそと語った。


「あの靴は小さかっただろう?まず、あれは子供のサイズだ」

「そうでしょうよ。でも偶々足が小さい女だっているかもしれないでしょ!馬鹿なの!」


不敬も恐れずしかり飛ばす私をしょんぼりと見上げて、王子様は肩を落とす。


「いや、それだけじゃない。あれは……シンデレラの伝説と同様、特定の人間しか履けない靴のはずなんだ。そして……その人間はいないはずだった」

「は?」


なんだか怖い言葉が聞こえてきた気がして、私は一瞬動きを止めた。しかし、聞かなかったことにする。だって、城下で噂のシンデレラがいるはずだ。姉たちも見た超絶美少女が。


「何言ってるんですか。舞踏会に来てた噂のお姫様のものなんでしょ?さっさと舞踏会にきてた本物のシンデレラを見つけてくださいよ!」

「それは、できないんだ」

「はぁ!?なんで!!」


青い顔をした王子に身分無視上等で詰め寄ると、王子は心細げに視線を彷徨わせてから、おそるおそる私の目を見た。

そして震える声で絞り出された王子の言葉に、時間が止まった。


「舞踏会の彼女自体、()()なんだ。このガラスの靴が履ける()()()()()()()()は、すでに死んでいるんだ」

「…………え?」


シンデレラが、もう死んでいる?


おいおい、ちょっと待って欲しい。

話の流れが変わってきたぞ?


「……あれの持ち主は、もう死んでいる」

「し、死んでいるとは」


尋ね返しながらも、私の背中は冷や汗タラタラである。

急な真顔はやめてほしい。美形の無表情は怖いのだ。


「あれは、私が婚約者の十歳の誕生日に贈った魔法の靴なんだ」


王子は考え込むようにしばらく押し黙った後、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。


「私が己の魔力を練り上げて作ったあの靴は、持ち主に合わせて形を変える。今回は、シンデレラの逸話に沿って、ガラスの靴の形をしているが、あらゆる形になる。だがあの靴はあくまでも彼女のものだから、サイズは子供用のままなんだ」

「えぇ……そんな靴だったの……?」


想像もしていなかった魔法っぷりに、私は絶句した。そんなことは微塵たりとも予想していなかった。何も考えずに「こんな靴入るわけねぇだろ」と笑いながら足を入れてしまった。形状を変える魔法の靴とか怖すぎる。私の内心のプークスクス笑いに侮辱を感じ取って激怒した魔法の靴に、足が喰われたりとかしなくて良かった。


「は?ちょっと待って?……てかあれ形見なの!?」

「あぁ、そうだ」


思いもかけないネタ晴らしに衝撃を受けていたが、ハタとあることに気が付いた私は何度目かの衝撃に硬直した。


「まさか、死んだ婚約者にプレゼントしたものと同じものを履ける女を探してたってこと?」

「いや、そうじゃなくて!逆だ!」

「逆?」


死に別れとはいえ、昔の女への執念と未練にドン引きしていたら、王子は慌てて首を振った。


「元々は、その、無理難題のつもりだったんだ……」

「え?」

「……まさか本当に、あの靴を履ける人がいるとは思わなかったんだ……」

「……チッ」


言いたいことを理解して、私は心の底からの舌打ちをかます。見通しが甘すぎる。ふざけた泣き言を言っている王子に腹が立って仕方がなかった。お偉いさんだからと我慢するくらいなら、不敬罪で投獄されたほうがマシだ。


「つまり何!?アンタは結婚したくなくて、絶対履けない靴を用意したつもりだった……ってこと!?なのに履けちゃったから困ってるって?」

「簡潔に言えばその通りです……」

「は?馬ッ鹿じゃないの!?」


すらりとした高身長なのに体を縮めて小さくなっている王子の無駄に形の良い耳たぶを引っ張って、私は怒鳴りつけた。


「いたたっ、あの、耳を引っ張らないで!」

「私はそんな間抜けな茶番に巻き込まれてるわけ!?」

「くっ……まったくもって面目ない……」


パッと手を放すと、下から睨み上げながら私は人差し指を突き付ける。指先から火弾でも発射してやりたいくらいの気分である。平和に暮らしていた平民女の日常をぶち壊しやがって。


「ふざけんないでよこの迷惑王子!国中巻き込んで何してんのよ!」

「うぅっ、ごめん、申し訳ないとは思っているんだ!」

「そうじゃなくても、大事な形見の靴を国中の女に履かせた男、シンプルにきもいし!」

「ぐうっ、キモイキモイと連呼するな!両親に対する無言の抗議のつもりだったんだ!」

「抗議?両陛下への?」

「あれは王家の男がこの人と決めた『唯一の最愛(シンデレラ)』に贈る魔法のガラスの靴。持ち主をなくしたガラスの靴を履ける人間なんていない。だから、アレを見れば私が彼女以外と結婚するつもりはないと理解してくれると思ったのだ」


悲しげで真摯な声音としおしおと萎れる王子の様子に、いやでも彼の本気を理解してしまい、私は「はぁあ」と大きなため息を漏らした。私は、少し前までちょっと富裕だったくらいの、平民娘なのだ。手も足も顔も手入れなんかされていないから肌荒れが目立つし、姉たちと違って見た目もしごく平凡な、代表的庶民である。王子様のガラスの靴が履けるシンデレラなんて柄ではないのに。


「はぁ……なんで私、履けちゃったのよぉ」

「いや、その……この世にはそっくり似た人間が三人いると言うしな……国中で履かせてみれば一人くらいは、偶然履けてしまう人間がいるかもしれんというのは、考えておくべきだった……」


ぼそぼそと言い訳じみた反省を言葉にしている王子は、一応後悔しているようである。すでに思いっきり巻き込まれてしまっているので、いくら反省してくれてももう遅いのだが。まぁ、真面目なのだろう。


「じゃあ、舞踏会で噂になったシンデレラの偽物は?」

「僕の部下の男だ。元婚約者の兄でね、魔法で姿を変えて婚約者の将来の姿っぽい姿で来てもらったんだ……」


なげやりに尋ねればまたしても未練そのもののような話が出てくるので、私はうんざりして半眼になった。


「もうそいつと結婚しろよ」

「な、男同士はむりだろう!?」

「性別だけが問題なら我が国の法律を変えろ」


明らかに現実逃避の提案なのだが、慌てたように否定する王子が痛快で、私は真顔のまま短く言い切った。


「いや、世継ぎ問題が」

「世継ぎだけが問題ならそいつと結婚しろ」


私を巻き込むな、と睨みつけていたら、王子のうるんでいた目はとうとう決壊し、しくしくと泣き出してしまった。


「ううぅ、あいつはただ一人、彼女のことが語り合える良き友人なんだ……そんな酷いことを言わないでくれ……」

「巻き込まれた私の方が可哀想だと思わないの?」

「うっ面目ない……」


私との可哀想合戦にあっさり負けを認めた王子は、麗しい繊細な刺繍が施された手巾で無駄に優雅に涙をぬぐうと、私に向き直った。そして叱られた子犬のような顔で口を開く。


「でも、こうなったらもう無理だ。君はシンデレラとしてガラスの靴に認められてしまったんだ。諦めて婚約者として頑張って欲しい」

「当たり前に嫌だわ」

「……えぇえ、ここは仕方ないわねって苦笑してくれる流れじゃないのか?」

「そんなわけあるか!これまでどれだけ甘やかされてきたんだよこの軟弱へにゃへにゃ男がッ」


罵倒する私に目をウルウルとさせた十一歳年上の美貌の王子様は恥じらいも見栄もなく、がばりと床に身を伏せた。


「頼むっ!ガラスの靴を履けた娘を妃にすると、父王にも民衆にも宣言してしまったんだ。もはや後には引けないんだ!舞踏会の()()()()()の代わりに私の婚約者になってくれ!」

「できるわけないでしょ!?ふざけんなッ!」

「そこをなんとかっ!」


私の足に取りすがる無様な男を蹴り飛ばす。


「嫌だっつってんだろ!?早く私を家に戻せぇええええ!!!」

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