起
「は?馬ッ鹿じゃないの!?私はそんな間抜けな茶番に巻き込まれてるわけ!?」
「くっ……まったくもって面目ない……」
目の前で萎れている超絶美形はこの国の王子様だ。
一方私は傾きかけた商家の娘、つまり平民である。
びっくりするほど身分差があるにも関わらず、私が強気に居られる理由はただ一つ。
「頼むっ!もはや後には引けないんだ!舞踏会のシンデレラの代わりに私の婚約者になってくれ!」
この頓珍漢な王子様が土下座せんばかりの勢いで、無理難題を放り投げてくるからであった。
「できるわけないでしょ!?ふざけんなッ!」
「そこをなんとかっ!」
どれだけ断っても縋り付いてくる長い手足を、遠慮も容赦もなう力いっぱい振り払う。無駄に美貌の男からの魂の懇願を、私は全身全霊で拒否した。
「嫌だっつってんだろ!?早く私を家に戻せぇええええ!!!」
話は一ヶ月前に遡る。
魔法大国と呼ばれ大陸でも一目置かれているこの国で、いつまで経っても結婚しない王子様のために開かれた、謎の大規模舞踏会。
なんとこじつけようにも盛大なる花嫁コンテストでしかない、意味不明なクソイベントが、全ての始まりである。
「はぁ!?ふざけてんの!?」
「お母様!?」
郵便屋さんから大層分厚いお手紙を受け取っていた母が玄関で叫んだ。普段は冷静沈着な人が、だ。滅多にない事態に私は慌てた。とうとう放蕩者の父がのたれ死んでくれたのか、それともまさか父の借金で我が家は差し押さえか。エイヤと箒を放り投げた私は、ざわめく胸を押さえて全速力で駆け寄った。
「どうしたの!?」
「どうもこうもないわ!王宮から未婚の娘を持つ者宛のお手紙よ!」
バシッと常ならざる乱暴さで手渡されたお手紙にざっと目を通して私は眉をひそめた。
「え?……なにこれ。召集令状?」
「そんなようなものよッ」
煌びやかな装丁の厚紙に、王家からのありがたいお言葉が長々と書き連ねてあるが、要は「若い未婚の娘は王城へ来い」という内容だ。
「身分不問、結婚可能年齢の娘は基本全員参加、らしいわよ」
「は?何に?」
「王城で行われる舞踏会に、よ。まぁ要は大規模なお見合いね」
「何それ!冗談でしょう?そんな話、建国昔話でしか聞いたことないわ」
私がケラケラと笑うと、母は複雑そうな顔で肩を落とした。
「いいえ、今の陛下がご成婚されてからは王妃様がお厳しい方だからなくなっていたけれど、……昔はあったのよ。王族やお貴族様が、見目の良い娘を愛妾にするために、大規模に娘達が集められる催しがね」
「うぇっ、何それ」
とんでもなく気持ち悪いイベントがあったと聞かされて、私は盛大にドン引いた。それではまるで、そこらの店先に並べられた売り物のお人形のようじゃないか。
「そんな馬鹿な話ある?」
「あるのよ。というか、あったのよ」
しかし当時を知る母は、ハァ、と大きなため息をつきながら遠い目になり、重い口を開いた。
「まぁ、私の子供の頃にはもう滅多になくてね。十年に一度あるかないかの稀なイベントだったけれど、ひい婆様の頃にはしょっちゅうあったらしいわ。再興王のお妃様にあやかって、シンデレラ探しと言われていたの」
再興王とは我が国の中興の祖と言われる七代目の国王陛下だ。女嫌いで独身を貫いていたが、偉大なる魔法使いの導きにより大舞踏会で妻となる女性、シンデレラと運命の出逢いを果たし、王妃として迎え入れた。シンデレラ様は民草に寄り添った政を行い、後世の私たちからは聖賢妃シンデレラと呼ばれる。
「そのシンデレラ探しの舞踏会から、王妃様が出たことなんて一度もないくせに」
「へぇー」
全然知らなかった。私はホヘェと口を開けて聞き入ってしまった。なかなか興味深いクソイベントではないか。ぜひとも後世の人間に叩かれてほしい。
なにせ聖賢妃シンデレラをモチーフにした『シンデレラの物語』は私の憧れなのだ。いや、この国の少女ならみんな憧れているだろう。
誰かのシンデレラになることを。
「シンデレラ探しとは、随分と図々しいのねえ」
ピュアな乙女である私は、薄笑いを浮かべて「汚らわしい」と吐き捨てた。不敬極まる真似だが、家の中だからいいだろう。マナーや礼儀に厳しい母ですら、苦虫を嚙み潰したような顔で、私の言葉を咎めもせずに聞いているのだから。
この国で「シンデレラ」は歴史上の名高い王妃様の名前であると同時に、「唯一の運命の人」を指す比喩としても使われる。
「僕のシンデレラになってください」は求婚の決まり文句なのだ。
それなのに愛人探しとは……シンデレラ様の名を汚さないで欲しいものである。
「王子様がいつまで経っても結婚しないから、王様たちが業を煮やしてセッティングしたんでしょ。……まぁいいわ、そんなことより」
私の少女らしい潔癖な不満を無視して、母は現実的な問題に頭を抱えているようだった。
「これまでは、基本は貴族とかかわりがあるそれなりの上流階級がメインだったし、そもそも希望者制だったのに!なんで今回は全員参加なのよぉ〜っ」
母は手紙をぐしゃぐしゃに握り潰しながら頭を抱えた。
「うちに新しく準備できるドレスはせいぜい二着……三人分は無理だわ」
「「そんな……っ」」
「あら?」
急に可憐なユニゾンが聞こえて振り向くと、そこにいたのは、ふわふわとした栗色の髪が可憐な双子の乙女たちだ。
「あら、お姉様たち。いつからいらしたの?」
「お母様が叫ばれた時から」
「私たち、ずっといたわ」
私と母の丁々発止のやりとりを、こっそり柱の影から見守っていたらしい。
重々しく告げた母の言葉に息を呑んだそっくりな二人は、深刻な顔で私を見た。
「シーラ、あなたはなぜ平然としていられるの?」
「ドレスが二着しか作れないだなんて」
「王宮の舞踏会よ?」
「一生に一度の機会よ?」
「きっととても豪華で素敵な場所よ」
「食べ物も飲み物も想像できないほど美味しいのでしょうに」
「三人のうち二人しか行けないなんて」
「シーラ、なんで笑っているの?」
「あなたは行きたくないの?」
交互に話しながら瞳をうるうるとさせている姉たちは、画家なら寝食を忘れて描きたくなるだろう。まるで天使のような美しさだ。
このやたら美少女なお二人は、平凡極まる容姿の私とは血の繋がらない姉達である。
私が「お母様」と呼んでいる美女と私は血が繋がっていない。苦労ゆえに最近とみに皺と白髪が増えてしまった哀れな彼女は、年中あっちこっちを彷徨いてろくな仕事をしない父の代わりに、連れ子の私を育ててくれた肝っ玉な義母である。
さて。
我が家には娘が三人。
しかし作れるドレスは二着。
それならば、結論は一つだ。
「問題ないわお母様!」
私は満面の笑みを浮かべると、私はガッツポーズで力強く言い切った。
「身分にそぐわない美しさで城下町の噂を掻っ攫ってるお姉様お二人を送り込みましょ!お姉様方!気の弱そうな男爵か子爵あたりのご子息を引っ掛けてきてね!我が家の再興がかかってるんだから!」
「「シーーーーーラッ!?」」
さて。
「素敵な殿方と会えるのよ?玉の輿のチャンスなのよ?」
「一生に一度かもしれないのに、お城の舞踏会に行けなくてもいいの?」
「え、逆に問いたいんですけどお姉様方。私にお貴族様の奥様が務まるとでも?」
「「……確かに」」
必死に言い募る姉たちを一言で納得させた私は、腕によりをかけて姉たちのドレスを仕上げて王城に送り出した。
正直私としては、王宮での舞踏会なんて全然ちっとも行きたくない。お偉いお貴族様方どころか王家の方々までいるようなところだ。ぎちぎちにコルセットを締められて、めちゃくちゃ面倒くさいマナーに縛られるわけである。そんな厄介なシロモノ、心からごめん被りたい。そもそも私には、結婚願望すらないのだから。
***
そんなこんなで国民の失笑を買った舞踏会の翌朝。
城下では、舞踏会の終盤で突如現れた謎の美少女・人呼んでシンデレラと超絶美形な王子様の恋の話題が駆け巡っていた。
「噂のシンデレラってどんなお嬢様だったの?」
興味津々で姉に尋ねた私に、姉たちはうっとりと語った。
「どこかの国のお姫様としか思えない方だったわ」
「王子様は最初から最後まで、その方としか踊らなかったの」
「おぉっ!シンデレラっぽい!」
私は興奮した。
生きているうちにリアル・シンデレライベントが目撃できるとは。アホなクソ舞踏会だと思っていたが、ちょっとだけ行けば良かったかなぁと思ったりした。
「どの女性にも素っ気なかった王子様が、そのお嬢様が挨拶にみえた時にだけ、椅子から立ち上がって手を差し伸べたの」
「そして『美しい方、私と踊ってくださいますか?』って」
「おおぉっ!演劇みたいっ!」
「はしゃいでるわねぇシーラ」
「やっぱりあなたが行くべきだったわね」
会場の絶品料理とスイーツに目を奪われてちっとも男漁りをしてこなかった姉たちは、気まずそうに眼をそらしている。
「お肉とスイーツに釣られてしまったの」
「全然成果がなくてごめんなさい」
しょぼんとうつむく美少女たちに私は肩をすくめて笑いかける。
「ふふ、ご馳走に負けたなら仕方ないわ。どちらにせよお疲れ様!王城なんて行くだけで疲れるもの。今晩は慰労会にしましょ、肉屋に行ってくるわ!」
見た目によらず食い意地の張った姉たちが「万歳!お肉だわ!」と華やいだ声をあげているのを背に、私は家を出た。
姉たちから全く情報が得られなかったので、街で噂を仕入れに行くことにしたのだ。
「お。シーラ。聞いたかい?昨日の舞踏会のお姫様の話」
「ちょっとだけ!でも、もっと聞きたいわ!」
肉屋のおばさんは情報通である。普段から聴いてもいないのに、いろんなことを教えてくれる。聴きたがった今日はますますだ。
なんでも、昨夜のシンデレラは舞踏会中盤に突如すごい速さで走り去ったらしい。しかも、『ガラスの靴』を落としていったのだと。
「靴までシンデレラ様の逸話にあやかってるのかしら」
「でも逃げ出したんでしょ?不思議なことするわねぇ」
「男の追いたくなる心理でも利用してんじゃない?」
「きっとそうだよ。あざといわよねぇ」
「なにせ、王子様はダンスを踊ったお相手を探すつもりらしいよ」
「思い切り引っかかってるじゃないの!」
声を潜めたおばさんの言葉に、肉屋の前に集まった女たちは一気に盛り上がる。
「うっかり履ける人間多数だったらどうするつもりかしら」
「その中からコンテストするんじゃない?」
「それ面白い!ウケる!」
「でもまぁ顔を見たら分かるでしょ」
「それはそうよね、みんな見ているわけだし」
あはははは、と大声で笑い合い、そこから商売者の女将たちのシビアな薄笑いが混じり始めた。
「王子様も二十六だし、国民としては、とっとと身を固めてほしい気持ちはあるけど、謎のお姫様を見つけるためにいくらの税金を使うつもりだろうねぇ」
「さすがにね、王子様の個人資産から出すらしいよ。まぁ今の王様みたいに演劇趣味で贔屓の役者のために劇場を建てちゃうような人もいるからね」
「趣味のない王子様だから、一世一代の無駄遣いなんじゃないかい」
「生きてるうちに本物のシンデレラ探しが見れるとはねぇ!」
「「「あっはっはっはっは!」」」
魔力量は歴代でも有数と言われているにも関わらず、これまでの功績はあまりパッとしない王子様だ。しかも配偶者を得てやっと一人前とみなされるわが国で、結婚適齢期の二十をとうに過ぎているのに独身である。
ぶっちゃけ少し馬鹿にされているので、散々な言われようであった。まぁ嫌われているわけではないし、愛されている証なのかもしれない。
「せっかく大金かけるんなら、チャチャっとやって、パパッと見つかってほしいわ」
「そんでバッと派手に騒いでほしいわよね」
「婚約者決定からの結婚式……景気いいっすよね」
「ほんとよ、王室の慶事は稼ぎ時だから!」
「経済効果に期待しちゃうわぁ」
わっはっはと笑いあって私は足取り軽く帰宅した。上機嫌な女将さんが少し牛肉をおまけしてくれたので。
さてさて。
肉屋のおかみさんの情報は正確だった。
舞踏会から二週間後。招待状は三人分届いていても全員分のドレスなんか準備する余裕もなく、容姿端麗で貴族を落とせる可能性のある長女と次女だけ舞踏会に送り込んだ、とかいう不敬極まる我が家にも、ガラスの靴を掲げた使者はやってきた。
「むむ!家族構成の届出によると、もう一人娘がいるはずだぞ」
真面目そうなお役人がしかめ面で喚く。しれっと隠れていたのに、さっさと来いと母に呼ばれ、私はいやいやながらシチューの鍋の前を離れた。
「さぁ足を入れてみろ」
「……え?」
やる気のなさそう役人の指示した先にあるものを見て、私は唖然とした。近くでまじまじと見た靴は、明らかに履かせる気がない靴だったのだ。
「え?え?これ明らかに大人の足が入るサイズじゃないわよね!?履けるわけなくない!?」
「ごちゃごちゃ抜かすな!」
半笑いで私と役人の掛け合いを見ている姉たちはもう足を入れたのだろう。さっさと履けないことを示して、この茶番を終わらせろと目線で圧をかけてくる。
「さっさと履け!王家の命が聞けぬのか無礼者め!」
「はいはい、もぉー」
入るわけねぇだろそんなサイズふざけてんのか、と思って足を伸ばした、のだが。
「……入った??」
「……。……。は!?嘘だろ!?」
役人の素の叫びの後、その場を沈黙が支配した。
誰一人期待していなかったのに、私の足はするりと自然に入ってしまったのだ。
「あぁ!ナンてコトだ!あなたコソ王子様が探し求めていた姫!」
「違う!違う違う違う!そんなわけない!」
棒読みで高らかに叫ぶ役人に、私は全力で首を振りまくった。
「私出席してないもの!」
「全員出席とされているのに?」
「くっ」
そこを突かれると痛い。王家の命に反したことになるのは、商売を行う我が家としては少々信頼問題である。
「いや、あの、当日はお腹が痛くて」
「問答無用!」
青い顔をして硬直している母たちの助力は期待できない。必死にモゴモゴと言い訳をしていたのだが、役人にバッサリ切り捨てられた。
「このガラスの靴が何よりの証拠!あなたがシンデレラ!間違いないッ!」
「んなわけあるか!私行ってないんだってばぁー!?」
しかしお役人の方もお仕事なのである。
必死の抗議も虚しく、私はエッホエッホと王城に拉致られた。
なんと言い訳しようかと頭を抱えていた私だが、豪華極まるお部屋で強張った顔の王子様に告げられたのは。
「君が舞踏会のシンデレラではないことはわかっている。だが、大変申し訳ないが、しばらくシンデレラの振りをしてくれないか?」
「はぁ!?」
お口があんぐりあいてしまうような、とんでもないお願いであった。
短編で一気に出そうと思っていたのですが、なかなか書ききれないのでひとまずここまで。




