3-1:人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの過ちを赦してはくださらない。
砦都の場末の酒場「モフモフ亭」の3階からさらにスキップフロアで半階分上がった屋根裏部屋。
アポロは愛銃「サンダーボルト」の銃身を、薄く油を染み込ませた布で丹念に磨き上げていた。床には特殊な魔力弾、携行食料、治療薬、罠の道具類が広げられている。別棟では屈強な騎乗用魔獣、ロックウルフの「シャドウ」も、久々の長旅を前に、念入りに手入れが完了していた。
準備が大方整った日の午後、その粗末な扉が、コン、コン、と控えめに叩かれた。
「誰だ?」
用心深く扉を開けると、そこに立っていたのは、純白の神官服に身を包んだきめ細やかな肌色の白百合を思わせる若い女性と、彼女の後ろに隠れるように立つ、尖った耳を持つハイエルフの少年だった。女性の整った顔立ちには悲しみの色が濃いが、その瞳には強い意志の光が宿っている。
「あなたが、アポロ・フォートレス殿ですね? 私はエステル・オリオールと申します。こちらはフィン」
エステルと名乗る女性は、深々と頭を下げた。アポロは眉をひそめる。
「……オリオール? まさか、神殿のか?」
エステルの声が、抑えきれない悲しみで震える。
「はい。私の父、オリオンは……先日、フォークと名乗る者たちに殺害されました。神殿も、そこにいた多くの者たちも……私は救えませんでした・・・。人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの過ちを赦してはくださらない。」
「オリオン殿が亡くなられたと・・。」
「ん?ちょっとまて最後に聞きづてならねぇ穏やかぁな言葉が聴こえたが正気か?親を殺されたんだろ?」
「正気です。これは正気を保つため自分を律しているだけです。」
「はぁぁっ!?」
「辺境伯閣下から、あなたがフォーク一味を追うと伺いました。どうか、私たちも同行させてください」
「同行だと?」
アポロは、心底呆れたように吐き捨てた。
「お嬢さん、いや聖女さまか?今は昼間だ。寝言はよせ。これから行くのは、魔獣がうろつき、ならず者が闊歩する禁域だぞ。聖女様は住んでいたとはいえ、神殿に守られていただけだったんだろ。あんたたちのような、か弱い神官と子供が行ける場所じゃない」
「か弱くなどありません!」
エステルは、弾かれたように顔を上げ、毅然と言い放った。
「私には、女神アルテアより授かった治癒の力があります。あなたの旅の助けになれるはずです。そしてフィンは、森の民<ハイエルフ>。禁域の地理や自然に詳しく、追跡にも役立ちます。」
フィンの尖った耳がぴくりと動き、大きな瞳でアポロをじっと見上げた。その目には、恐怖だけでなく、復讐の炎が燃えているように見えた。
「それに……」エステルは言葉を続ける。
「フォークたちは、父の聖典を狙っています。これは、私にとって何よりも大切な形見なのです。そして何より、彼らの邪悪な行いを、女神のしもべとして見過ごすことはできません。彼らに、正義の裁きを受けさせなければならないのです!」
アポロは腕を組み、盛大にため息をついた。聖職者特有の、融通の利かない正義感。自分をエサに個人的な復讐を願う心根。どちらも、危険な任務においては邪魔にしかならない。
「お嬢さん、あんたの気持ちはわかるが、これは戦だ。殺るか殺られるかのな。治癒魔法だの、正義だの言ってる暇はねえんだ。足手まといになるだけだ、帰りな」
「足手まといにはなりません!」
エステルは一歩も引かない。その瞳は、アポロを真っ直ぐに射抜いていた。
「たとえ、あなたが許してくださらなくても、私たちは独自にフォークを追います。父の仇を討つまで!」
その頑固さと、瞳の奥に宿る覚悟の強さに、アポロは僅かに言葉を失う。かつて、似たような瞳をした若い騎士たちを知っていた。理想に燃え、そして戦場で無残に散っていった者たちを。
「……だめだ。」
アポロがそう言い捨ててふたりを追い出し、扉を閉めようとした、その瞬間だった。