2-2: 最高のワルツを踊るには、最高の準備が必要です。
愛用の大口径魔導銃「サンダーボルト」を背負い直し、アポロは衛兵に連れられて砦都の中央に聳えるシルバラード城へと向かった。辺境伯の執務室に通されると、そこには険しい表情をしたオーウェル・シルバラード辺境伯が待っていた。
オーウェルは、隻眼の元騎士を一瞥すると、単刀直入に切り出した。
「アポロ。貴様に頼みたい仕事がある」
「閣下。ご冗談でしょう。閣下の麾下には、優秀なネームドの騎士団長と副団長、それに数百人規模の連隊がいらっしゃる。今更、私のような場末の賞金稼ぎが出しゃばる幕はないはずですが」
アポロが皮肉っぽく応じたが、辺境伯は意に介さない。
「貴様の腕は錆びついておらんだろう。そうでなければ、私の衛兵が酒場の床とディープキスすることもなかったはずだ。ありゃ前歯全部折れたぜ」
辺境伯は淡々と、しかし眼の前にいる男が話に乗ってくる確信を込めて言葉を続ける。
「三日前、王国からの輸送部隊が、"イーグルネスト"・フォーク率いる一味に襲撃された。輸送部隊の警護をしていた王都の特別編成連隊七十名が失われ、『連装式魔導バリスタ』と、超高純度の『不安定魔晶石』が強奪された」
アポロの右目が、ほんのわずかに見開かれた。その心の動きを察知できたのは正面にいた辺境伯だけであったが・・。
そのどちらも、存在自体が禁忌に触れる代物。特に魔晶石は、扱いを誤ればこの砦都シルバラードぐらいであれば容易に更地になりかねない。
「フォーク…? ねぇ……奴がそれを手に入れたとなれば、悪夢だね」
「奴は儂に街に恨みを抱いている。十中八九、このシルバラードを狙うだろう。あるいは、どこぞに高く売りつけるか…。いずれにせよ、放置はできん」
辺境伯は地図を広げ、襲撃地点と、予想される逃走経路を指し示した。
「奴らは禁域に逃げ込んだ。我が騎士団を差し向けるには、危険すぎるし何より時間がかかる。正規軍では、奴らのゲリラ戦術に対応できん。貴様に行ってもらいたい」
「閣下。王都の輝かしい戦績をお持ちのお歴々ですら皆殺しにされた相手ですぜ? 私一人に、その尻拭いをしろと?」
「そうだ」
辺境伯は獰猛に、ニカッと笑みを浮かべた。
「フォークとその主だった配下を、生死問わず捕らえよ。そして、魔導バリスタと魔晶石を奪還しろ」
「俺は安い仕事はしませんよ」
「おまえなら可能だろう。成功した暁には、貴様のシルバラードでの名誉位階を回復させる。加えて、金貨一万枚を渡そう。これは執行官のバッジだ。今、お前に権限を返す」
辺境伯が卓上に投げ出した銀色のバッジ。それは、アポロがかつて失ったものだった。極めて危険な任務。だが、失ったものを取り戻す、またとない機会でもある。
「……報酬は悪くない。ですが、一つお聞かせ願いたい。なぜ、私なんです? 他にも腕利きの奴はたっくさんいるでしょうに」
おどけて言うアポロに辺境伯は、窓の外、禁域へと続く荒野を見やりながら、静かに答えた。
「フォークを知る者であり、禁域での単独行動に耐えうる者。そして何より……」
オーウェルはアポロの隻眼を真っ直ぐに見据える。
「必要とあらば、躊躇なく引き金を引ける男だからだ。王都から来たような、綺麗事しか言えん連中やうちの連中では、あの外道どもは止められん」
アポロはしばらく黙考した。
王都から来た連中への嫌悪感や部下を失いたくないオーウェルの老獪すぎる思惑、失われた地位への渇望。フォークという男への、個人的な因縁。そして何より、あの危険極まりない兵器が野放しにされている現状への、元騎士としてのわずかばかりの義憤。ちらっとシルクが霧散するイメージがアタマに浮かぶ。
やがて彼は、ふっと息を吐くと、不敵な笑みを浮かべた。
「……わかりました。引き受けましょう。ただし、準備に少し時間をいただきます。最高のワルツを踊るには、最高の準備が必要ですからな」
「うむ。必要な物資は城の倉庫から出す。だが、時間はあまりないぞ、アポロ。急げ」
アポロは一礼すると、執務室を後にした。久々に背筋が粟立つような感覚。血と硝煙の匂い。忘れかけていた、狩りの気配。
隻眼の狼は、再びその牙を剥く時が来たことを感じていた。