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1-4: 尊厳を奪え!略奪しろ!


「おめえらっ!ためらうな!尊厳を奪え!略奪しろ!」

賊の幹部ボルグの怒声が、炎に包まれた神殿に響き渡る。


「ヒャハハハ!燃えろ、燃えちまえェ!」

破門された元宮廷火術師イグニスが狂ったように叫び、業火をまき散らす。清らかな白木で造られた聖域は、断末魔のような音を立てて崩れ落ちていく。


「父様!」

エステルの悲鳴は、轟音にかき消された。神殿の最奥、聖壇の前で、神官長である父が胸から血を流して倒れていた。


「エステル様、早く!手遅れになります!」

背後からフィンが叫ぶ。だが、エステルはまだ動けなかった。父が命を懸けて守ろうとしたもの――女神アルテアの叡智が記された聖典。それだけは、奪わせるわけにはいかない。


「おい、ガキどもが逃げるぞ!聖典を探せ。」

「追え!タリア!ダリウス!双剣と狙撃の力を見せろ!フリーダお前も行け。」


追手の声が迫る。エステルは涙を振り払い、冷たくなり始めた父から、呪言をあげ革張りの分厚い聖典を現出させ、祈るように手元に収める。その重さが、父の命の重さのように感じられた。


「これだけは…!フィン、行きます!」

「はい!」


聖典を胸に抱きしめ、二人は燃え盛る神殿の裏手から、闇に閉ざされた森へと飛び込んだ。木の根に足を取られ、茨に肌を裂かれながら、無我夢中で走る。


「ハァ…ッ、ハァ…!」

「静かに!追手の足音が近い!こっちの獣道を行く!」


森の民であるフィンの知識だけが生命線だった。彼は巧みに追手の気配を読み、草の匂いや風向きから、最も見つかりにくい経路を選び出す。背後から、甲高い女の声と低い男の声が聞こえる。


「ちっ、すばしっこい!どこに消えた!」

「フリーダ!獣人の鼻で追えんのか!?」

「匂いが入り組んでて難しい!けど、こっちの方角なのは確かだ!」


絶望に膝が砕けそうになるのを、エステルは奥歯を噛みしめて堪える。父の顔が、燃える神殿が、仲間たちの悲鳴が、脳裏に焼き付いて離れない。

(私が…私がもっと強ければ…聖女として力があれば…!)


涙で視界が滲み、木の枝に気づかず顔を打ったその時、フィンがエステルの前に立ちはだかり、地面を指さした。

「エステル様、見て!古い狩人の罠だ!」

そこには、巧妙に枯れ葉で隠された落とし穴があった。


「追いつかれる…!」

「大丈夫!俺が誘い込む!あの岩陰に隠れてて!」


フィンはそう言うと、わざとらしく小枝を踏み鳴らして追手の注意を引いた。

「見つけたぞ、クソガキ!」

「そこか!」


フリーダそしてタリアとダリウスが、罠のことなど露知らず、一直線に突っ込んでくる。そして──。


「うわっ!?」

「何だこれは!?」


3人の姿が、短い悲鳴と共に地面の下へ消えた。

「今です、エステル様!」


フィンの声に導かれ、二人は再び走り出す。川のせせらぎが大きくなる。そしてついに、月明かりを反射して流れる川面にたどり着いた。


「飛び込んで!」


躊躇うことなく、二人は聖典を抱え強く抱きしめあったまま冷たい水の中へ身を投じた。激しい水の流れが、追跡の匂いも、燃える故郷の煙も、何もかもを洗い流していく。


どれくらい流されただろうか。二人はようやく岸辺にたどり着き、ずぶ濡れのまま倒れ込んだ。遠くの空が、神殿の炎で不気味に赤く染まっている。全てを失った。父も、故郷も。だが、腕の中には、父が命を懸けた聖典の確かな重みがあった。


涙が、今度こそ止めどなく溢れた。だがそれは、もう単なる悲しみの涙ではなかった。

エステルはゆっくりと立ち上がり、赤く染まる空を、憎悪と決意に満ちた瞳で見据えた。清らかな女神官の面影はそこにない。そこにいたのは、復讐を誓う一人の戦士だった。


「私は…絶対に許しません」


その声は、水面の揺らぎよりも静かでありながら、凍てついた鋼のように硬質だった。


「父様を殺し、皆を手にかけ、私たちの故郷を奪ったあの者たちを…"イーグルネスト"の一味とフォークを、私は絶対に許さない。必ずやこの手で、女神アルテアの裁きを下します」


その瞳に宿る烈しい光を見て、フィンは息を呑んだ。そして、美しいと思った。

力強く頷きながら、

「俺も…俺も戦います、エステル様と一緒に。あいつらを、絶対に許さない!あっッ」

「エステル様!あれを見てあれってシルバラード辺境伯の旗じゃない。」


禁域の森の奥深く、二人の魂に、消えることのない復讐の炎が灯った。それは、後に大陸を揺るがす大きな戦いの、ほんの小さな序曲に過ぎなかった。


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