1-2: 汚れた者、忌まわしいことや偽りを行う者は誰一人、決して心の聖域に入れない
水と食料が尽きかけた頃、彼らは森の奥深くに、静謐で清らかな気配を漂わせる一角を発見した。月明かりに照らされ、ひっそりと佇む女神アルテアの神殿がそこにはあった。
そこは、古き森の民<ハイエルフ>と人間が共に暮らす、小さな共同体だった。
「待て」
フォークが拳を握り腕を上げると、五十人近いならず者たちが一斉に足を止める。
その様は異様なほどであった。
その邪悪な気配を察知したのか、神殿の簡素な門が開き、老人と若いハイエルフの男女が姿を現した。
その老人は白銀の髪と髭を蓄え、その瞳には深い慈愛と理知の光を宿している。神殿の長、オリオン神官長だ。彼の背後から、心配そうに顔を覗かせるのは、純白の法衣に身を包んだ彼の娘、エステル。
その傍らにかしずくハイエルフは油断なく警戒していた。
「こんな夜更けに、武装した旅の方々。何か御用かな?」
オリオン神官長の穏やかだが、芯の通った声が響く。
フォークは騎獣から降りると、尊大に胸を反らした。
「見ての通り、旅の者だ。食料と水を分けてもらおう。それと、今夜の寝床も提供してもらうぞ、老人」
ボルグが威嚇するように斧の柄で地面を突く。しかし、オリオン神官長の表情は変わらない。彼の視線は、フォークたちの背後にある荷車──禍々しい気を放つ魔導バリスタへと注がれていた。
「…お断りする」
凛とした声だった。
「ここは女神アルテア様の聖域。あなた方のような血と鉄の匂いを纏い、邪悪な"その"武具を携えた者たちを入れるわけにはいかない」
「汚れた者、忌まわしいことや偽りを行う者は誰一人、決して心の聖域に入れない」
その言葉が、最後のトリガーとなった。
「…ほう」
フォークの口元に、残忍な笑みが浮かぶ。
「その口、二度と開けなくしてやる。老いぼれが!」
閃光一閃。それがフォークの抜き放った魔剣の軌跡であり、オリオン神官長の命が尽きる始まりだった。
「ぐ…っ」
短い呻きと共に、神官長の腹を魔剣が貫いていた。
「貴様!」
ハイエルフの双剣が怒りと共に迫る。しかし、それはあまりに無力な煌めきだった。
フォークは返す刀で二つの剣を同時に弾き、一瞬で二人の懐に踏み込んでいた。一人の剣は宙を舞い、もう一人は喉に絶望的な冷たい感触を覚えて凍り付く。あとは土に帰るだけの3体の骸が転がっていた。
エステルの思考が、時間が、停止する。目の前で起こったことが理解できない。
ごぽっ、と嫌な音を立てて、尊敬する父の口から血が溢れ、その体がゆっくりと崩れ落ちていく。
「お父…さま…?」
「神官長様!」
眼の前で行われた殺戮に激情し神殿を守ろうと飛び出した他のエルフの若者たちが、ボルグや"重装斧兵"ブリギッタの振るう凶刃の前に、容赦なく斬り捨てられていく。