7-1 「聖女の加護か・・」
深夜、フォーク一味は、アポロたちを追って、龍哭の滝壺のある最下流へとたどり着いた。
「奴ら、どこへ消えた…?」 フォークが苛立ちを募らせる。
その時、彼らの背後の流域から、連装式魔導バリスタを筏に設置したアポロたちの姿が現れ威嚇射撃をする。
「うしろをとったぜ、フォーク」 アポロの声に、フォークは驚きを隠せない。
「お前ら…いつの間に…」
「お前の負けだ、フォーク。大人しく投降しろ」 アポロが連装式魔導バリスタを再度構える。
しかし、フォークは高笑いを始めた。
「フン、まだそんな綺麗事を言っているのか、アポロ! 貴様は何もわかっていない! ヒトには逆らっちゃ行けねぇものがあるのさ! 本当の敵は…!」
フォークの言葉は、そこで途切れた。地を揺るがす轟音と共に、彼の背後の崖が崩れ、巨大な影が姿を現したのだ。
「グルルルゥゥァァァアアアッ!」 それは、複数の魔獣を無理やり一つに繋ぎ合わせたかのような、冒涜的な姿の「生き物」、魔獣キメラだった。
「棺の中身はアレか!!」 アポロが流石に呆然と呟く。エステルとフィンは声を発することさえできなかった。
魔獣キメラは、咆哮を上げ、アポロたちに襲いかかってきた。
「クソッ、化け物が!」 アポロが連装式魔導バリスタを撃ち込むが、キメラの硬い外皮に弾かれ、傷一つ付けられない。目や関節らしきものを狙っても魔力障壁まで展開し始める。こちらに来ないよう留めておくのが精一杯で魔獣キメラはすぐそこまで迫っていた。
その刹那。
「GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR………」
天と地を揺るがす、重低音の咆哮。 それは、キメラのそれとは比較にならない、圧倒的な存在感を伴っていた。
龍哭の滝壺の名の由来。 この地の主。 峡谷の奥の暗がりから、巨大な影が姿を現した。月光を浴びてぬらりと光る、漆黒の鱗。山のように巨大な体躯。そして、溶岩のように燃える二つの瞳。
「嘘だろ…本物の、黒竜…エステル、フィン筏に掴まれ!!エステル障壁を力の限り掛け続けろ!!」 連装式魔導バリスタを収納したアポロが叫び二人を後ろから抱きしめる。
「我が眠りを妨げる愚か者」
黒竜は、自らの縄張りを荒らす侵入者たち──フォーク一味、キメラ、そしてアポロたち──を、怒りに満ちた瞳で見下ろしていた。 「グゥ…ア…?」 キメラが、本能的な恐怖に身を竦ませる。 だが、黒竜は容赦しなかった。
その巨大な顎が開き、世界から音が消えるほどの静寂が訪れる。
次の瞬間、鉄も石も人体や魔物の内蔵組織も瞬時に蒸発する熱と熱波を伴う灼熱のブレスが一直線に放たれ周囲の空気は瞬時に膨張し強烈な爆風と衝撃波をもたらした。
目標は、最も不快な気配を放つキメラ。古の生体兵器は、断末魔の叫びすらあげられず、黒竜に圧倒され消滅した。
「なっ…馬鹿な! オレの最強の駒が、一瞬で?」
フォークの驚愕の叫びも、天地を揺るがす黒竜の怒りの前には、赤子の戯言に等しかった。ブレスの熱波と爆風の余波が、フォークたちが陣取る岸壁を直撃し、「うわああああっ!」 「げぇ」傭兵たちの悲鳴と共に闇に消え人間松明となって最後は塵となって原子に゙帰っていく。
反対側に距離を取っていたアポロたちの筏も、爆風が引き起こした大波と熱波に翻弄された。 「掴まっていろ!」 三人と2匹は、必死に筏にしがみつく。やがて、黒竜は忌々しげに一度アポロたちを一瞥すると、
《聖女の加護か・・》
その後興味を失ったように翼を広げ、夜の闇へと飛び去っていった。 後に残されたのは、静寂と、無残に破壊された峡谷の風景だけだった。




