4-2: 森の縁結びの精霊が騒いでいる感じする。
旅を続けるうちに、彼らはフォーク一味の残虐さを目の当たりにする。
襲撃され、略奪された神殿や小さな村の跡。
無残に殺された村人たちの亡骸。
エステルは、その光景に涙し、犠牲者たちの魂が安らかに眠れるよう、祈りを捧げた。
アポロは黙ってその様子を見ていたが、彼の隻眼の奥に、静かな怒りの炎が揺らめいているのを、エステルは感じ取った。
夜、焚火を囲んでの休息の時間だけが、彼らにわずかな安らぎを与えた。
昼間の一件以来、無口になった男の瞳に時折みせた「刹那の憂い」という繊細な内面の深さをみてとった。
ある夜、アポロは、珍しく自分の過去について少しだけ語った。
「俺は、手段を選ばん。騎士団にいた頃、それで仲間を救ったこともある。だが、そういう勇み足は良い結果を結ばず、片目と…居場所を失った。」
「・・・。」
エステルは、彼の言葉に反論しようとしたが、その声に込められた苦悩と後悔のようなものを感じ取り、言葉を飲み込んだ。
また別の夜には、エステルが、神殿での子供たちとの穏やかな日々について語った。
父オリオン神官長が、「子供たちが神殿に来るのを妨げてはならない。天の国は、このような者たちのものである。」と優しく語ったと伝えたときには、アポロの目ががいつにもまして異様に光っていた。
彼女の声は、父への深い愛情と、失われた平和への強い憧憬に満ちていた。
フィンも、少しずつ心を開き、フォークによって故郷が襲われた日のことを断片的に語った。彼の両親は神殿長を守っていたエルフであった。
「ところでフィンお前、オレとエステルが口論しているときに何故何も言ってこないんだ。」
「アポロやエステル様が、そういう風になる時ってうちの父と母の喧嘩と一緒に見えるんだよ。互いに惹かれ合ってて、でも矛盾してて、お互いがそれぞれ正しいことを言っている。」
「「なっ」」
「ほらね。息ビッタリ。お互いの目の色を弄り合っている感じといったらいいのかな?森の縁結びの精霊が騒いでいる感じする。」
「なっなっ」エステルが瞬時に赤面し、
「子どもが弄るなんていうなっ」アポロは怒鳴って誤魔化す。
厳しい自然、共通の敵、そして焚火の温かさが、三人の心を少しずつ近づけていた。アポロはエステルの芯の強さと慈悲深さを認め始め、エステルもまた、アポロの粗野な言動の裏にある不器用な優しさ──フィンが眠ってしまった時に自分の外套をそっとかけてやる──に気づき始めていた。
追跡は続き、フォーク一味との距離は着実に縮まっていた。
「アポロさん、見て」
フィンの指さす先、遠くの谷間に巨大な川の流れが見える。
「蒼龍の脈だ。あの流れの先の激しい瀬は…『龍哭の滝壺』」
アポロが呟く。そこは、フォーク一味を追い詰める好機であると同時に、一行にとっても最大の難所となることを、三人それぞれが予感していた。




