4-1:コイツとオレは今対等に命のやり取りをした。今日はオレが強かったが明日はオレがここに転がっているかもしれん。
翌朝、夜明けと共に三人は砦都シルバラードの西門を後にした。アポロは愛騎獣ロックウルフのシャドウに跨り、その後ろを、エステルとフィンが二人乗りした角鹿が続く。彼らの目の前には、どこまでも広がる荒涼とした大地、禁域が横たわっていた。
禁域は、その名の通り、王国法の手が及ばぬ無法と神秘の地だ。
鋭い牙を持つサーベルタイガーの亜種、群れで襲い来る小型の飛行魔獣ハーピー。
その度に、アポロは冷静に状況を判断し、サンダーボルトを的確に撃ち込み、脅威を排除していった。彼の戦闘は、無駄がなく、効率的だったため冷徹な印象を強く与えた。
「アポロ殿! なにもそこまでしなくても……!」
致命傷を負い、苦しむ魔獣にアポロが止めを刺そうとした時、エステルが悲鳴にも似た声を上げた。
「甘いな、聖女さま。こいつらは、俺たちが油断すれば、すぐに喉笛に噛みついてくる。情けは一切無用。それに、治癒魔法の無駄遣いはするな。いざという時のために、魔力は温存するんだ」
「しかし、命は等しく尊いものです! 女神アルテアは、無用な殺生をお望みになりません!」
「女神様が何と言おうが、コイツとオレは今対等に命のやり取りをした。今日はオレが強かったが明日はオレがここに転がっているかもしれん。そして苦しんでいるコイツをそのままというのはオレの矜持に関わる。生き残りたければ、そのくだらん感傷は捨てろ!」
互いに矛盾し、両方が正しく思える二つの考え方の溝は、埋まらなかった。
しかし一方では、アポロはエステルを「どうしてあの聖女様は、世俗も知らないのにあの神々しい瞳で慈しむような目をオレにも向けるのだろうか」と見、エステルはアポロを「血にまみれた破壊衝動の塊な男。しかし、その瞳の一瞬の憂いに、私は彼の根源を、彼の全てを知りたいと思う。」と見ていた。
一方、フィンは二人の口論には加わらず、黙々と周囲を警戒し、追跡の手がかりを探していた。地面に残された微かな足跡、折れた枝、焚火の跡。
「フォークの一味、少なくとも四十人以上。重い荷車を引いている。騎獣は疲れているようだ。こっちの道を通ったのは、おそらく二日前」
フィンは淡々と報告する。アポロは、フィンの報告に頷きながら、地図と照らし合わせ、進路を修正する。少年ながら、その冷静さと観察眼は、出会ったことのない才能を有した斥候だった。




