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未来商会奇譚

サジタリウス未来商会と「見えない手紙」

千代田沙織という女性がいた。

彼女は20代後半、都市部の広告会社に勤めるデザイナーだ。


日々仕事に追われる中、沙織には一つの悩みがあった。


「自分の作品って、本当に誰かの役に立っているんだろうか……?」


クライアントに求められるままデザインを仕上げても、単なる広告として消費されるだけで、本当に意味のある仕事をしているのか自信が持てなかった。


「誰かの心に残るようなデザインを作りたいけど、そんなことを言っている余裕なんてないのかもしれない……」


そんな風に自分の仕事に疑問を抱き始めたある日、沙織は深夜の帰り道で奇妙な屋台を見つけた。


それは、人通りの少ない路地裏にひっそりと明かりを灯していた。

古びた木製の看板には、手書きでこう書かれている。


「サジタリウス未来商会」


「未来商会……?」


興味を引かれた沙織は、屋台に足を向けた。


奥には白髪交じりの髪と長い顎ひげをたくわえた初老の男が座っていた。

その男は、沙織を見ると穏やかに微笑み、声をかけた。


「ようこそ、沙織さん。今日はどんな未来をお求めですか?」


「私の名前を知っているんですか?」


「もちろんです。そして、あなたが心の奥底で求めているものも分かっていますよ」


男――ドクトル・サジタリウスは懐から奇妙な装置を取り出した。


それは、細長い金属製の筒のような形をしており、中央には薄いスロットのようなものがついていた。


「これは『見えない手紙』といいます」


「見えない手紙?」


「はい。この装置を使えば、あなたの仕事や行動がどのように誰かに影響を与えたのか、そのメッセージを形にして受け取ることができます」


沙織は目を丸くした。


「私の行動の影響が見えるようになる……?そんなことができるんですか?」


「もちろん。ただし注意点があります。この手紙に書かれるのは、あくまであなたが過去に与えた影響の一部であり、完全ではありません。それでも試してみますか?」


沙織は考え込んだが、すぐに答えを出した。


「お願いします。それを見れば、私が何のために仕事をしているのか、少しは分かる気がします」


沙織は装置を購入し、自宅で早速試してみた。


筒のスイッチを入れると、スロットから透明な紙のようなものが現れた。

紙には何も書かれていないように見えたが、手で触れると文字が浮かび上がった。


「あなたのポスターを見て、初めて一歩を踏み出す勇気をもらいました。ありがとう」


沙織は驚いた。


「私のポスター……どのポスターのことだろう?」


彼女が手がけた広告ポスターの中には、たしかに悩んだ末に仕上げたものもあった。

そのどれかが、誰かに影響を与えたというのか。


翌日、沙織は仕事の合間に装置を再び使ってみた。


今度現れた手紙には、こう書かれていた。


「あなたのデザインを見て、こんなアイデアを思いつきました。おかげで成功しました」


沙織は嬉しさと不思議な感覚が入り混じった気持ちで、装置を見つめた。


「私のデザインが、誰かの役に立ったんだ……」


それからというもの、彼女は装置を使い続け、次々と「見えない手紙」を受け取るようになった。


「ありがとう」

「勇気をもらいました」

「これを見て頑張ろうと思いました」


メッセージはどれも肯定的で、沙織の心を軽くしてくれるものばかりだった。


だが、ある日、装置から出てきた手紙に、こう書かれていた。


「あなたのデザインを見て落ち込みました。自分には到底無理だと思ったからです」


沙織は衝撃を受けた。


「そんな……私のデザインが、誰かを傷つけたの?」


さらに数日後、別の手紙が現れた。


「あなたのポスターを見て、みんなの期待に応えなければと無理をしてしまいました」


ポジティブな手紙ばかりではなく、ネガティブな手紙も次第に増えてきたのだ。


沙織は考え込んだ。


「私の仕事は、本当に人を幸せにしているのかな……?」


再びサジタリウスの屋台を訪れた沙織は、問いかけた。


「ドクトル・サジタリウス、この装置は確かに私の影響を見せてくれました。でも、それが誰かを傷つけていると思うと怖くて……もう使いたくありません」


サジタリウスは静かに微笑み、言った。


「影響というものは、ポジティブなものもネガティブなものも、常にセットで存在します。あなたが何かを発信する以上、それを避けることはできません」


「でも、それなら……私はどうすればいいんですか?」


「大切なのは、どんな影響を与えるかを完全にコントロールすることではなく、あなた自身が本当に大事だと思うことを込めることです。それが真に届く人には、必ず伝わります」


沙織はその言葉にじっと耳を傾け、深く息をついた。


「そうか……私は怖がる必要はないんですね」


その日以来、沙織は装置を使うのをやめた。


だが、それを通じて得た教訓を胸に刻み、デザインに込める思いを少しずつ変えていった。

自分の作品が「誰かのためになる」という確信を持つことができたからだ。


数か月後、沙織はふと仕事中に呟いた。


「誰かのために作る気持ちがあれば、それで十分かもしれないな」


そして、彼女のデザインは以前よりも多くの人の心に届くようになったのだった。


【完】

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