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三者三様。

【前回のあらすじ】

 ウイルスに蝕まれ壊滅的な危機状態にあったあゆかを救うため、初期化が決行された。

 完成直後の状態にリセットされるためウイルスが完全駆除できた反面、記憶領域が再フォーマットされる際に全記憶が削除された結果…

 あゆかはななお達と過ごした日々の想い出のすべてを失った。

 だが、何故だかななおの名前だけは忘れなかった彼女を、七尾家の面々は温かく迎え入れる。

 こうしていつも通りの…しかし新たな日常が始まった。





《先日はあゆかの件で大変お世話になりました》


 真木名まきなれいじ博士から、チャットアプリ越しで先日の礼があった。相変わらず律儀でおカタイ奴だ。

 あゆかを七尾家で預かった際、今後何かあった場合に備えて連絡先を交換しておいたんだが…

 結局、あゆかがぶっ倒れて昏睡した時に真っ先に報告してやった以外にはまったく使っていない。

 出会ったばかりの頃には、イケメンでインテリで未婚で同年代で…と好条件揃いな有料物件だと期待したんだが…

 実は無職で無収入で、しかもあゆかの元婚約者なロリペド野郎ってコトが判った途端に興味が失せた。


《あゆかの管理権限がななおくんに移ったことに伴い、彼女のアパートは解約して現住所も七尾家に移しておきました。

 大変御足労でしょうが、今後はそちらにて世話してやってください》


 おいおい丸投げか? フィアンセがななおに喰われた途端に、薄情なこったな。これだから生娘至上主義者は…。

 とか言ってるあたいも、実はこの歳でまだ未経験なんだよなー。バレーに打ち込みすぎて旬を逃しちまったせいで。

 こないだななおの風呂に奇襲をしかけたときにでもヤッとくべきだったかなー?

 アイツはあたいの可愛いカワイイ弟にクリソツだから、なーんか情が湧くんだよなー。

 …もう死んじまったけど。

 イイトコまでイッたのに、教師って立場上、後でヤバくなったら命取りだってビビっちまったからなー…。


《僕の大切な妹を、どうかよろしくお願いします》


 …ん?…妹!?

 いやいや、あゆかはアンタの婚約者だろ!?

 でも、そんならなんでわざわざ…


「あ〜、博士とあゆかさんは兄妹同然の幼馴染で、婚約は社長さんが勝手に言い出しただけみたいですよぉ〜?」


 いつの間にか背後からあたいのスマホを覗き見てたへぼみがしれっと解説して通り過ぎた。

 リビングでくつろぎながら不用心にスマホ開いたあたいも悪いが、通りすがりに何の断りもなく一瞬で文面読み取るなや野良HWMー!


《あと…私事ですが、次の仕事が見つかりそうです。へぼみくんのお陰でね》


「おやおや〜? 博士、ゴタンマに入るおつもりでしょーかぁ〜?

 だったらあたしの後輩ですねぇ〜ムヒョヘヘヘ♩」


 だーから数メートル先からスマホ読み取るなしー!


「でもでも、博士だったら即採用間違いナシだし、幹部待遇で年収も某ビッグバレーなメジャーリーガー並みでしょうかねぇ〜?」


 ゔぐっ…それまぢ? 日替わりポルシェとかできちゃうレベルー!?


《こうして知り合えたのもご縁ですし、先生とは今後も懇意にして頂きたいと僭越ながら存じている所存です。

 差し支えなければ御一考願います》


 あれっ? もしかしてあたい…口説かれちゃってる?


「おめでとーござい〜♩ 万年オトコ日照りだったセンセにも、よーやく春が巡ってきましたねぇ〜?」


 や、やっぱそぉ?…って、どわーからぁー!

 てかなんであたいの事情把握してんだコイツー?

 そして博士もなんであたいなんかに…ドキドキ…?


「博士は巨乳好きですからねぇ〜♩

 生前のあゆかさんのお乳はまあまあ人並みサイズでしたけどぉ、HWM化に際して激増マシマシされた挙げ句、あーなったみたいですしぃ〜☆」


 そっち狙いかァーいッ!? やっぱ変態じゃん!

 オトコってやつァ何でどいつもこいつもオッパイマンなんだー!?

 むむむぅうぅ〜〜〜〜っっ…て考えるまでもないか。


〈こちらこそよろしくお願いしますー♩〉


 お父さんお母さん、立派なカラダに産んでくれてアリガトー☆

 今度彼に会う機会があったら、胸元が目立つ服とか着てった方がイイかなー?


「これで…お風呂場でマスターにちょっかいかける必要もなくなりましたよねぇ〜えギロリんちょ?」


 ぐはっ…バレてらー。やっぱコイツ怖ーっ!





 チンポロペロリーン♩


《シロガネ様、至急代表者に面会したいとお申し出のお客様がいらっしゃいましたが…?》


 昼休憩中だってのに、いきなり受付から緊急連絡が。


「てか全然緊急でもなんでもないにゃん。来客くらい自分達で処理しろにゃ!

 あとこの呼び出しチャイム、もうちょい何とかならんのにゃ!?」


 世間様は黄金週間だの連休だのと浮かれてるけど、ボクら秘密結社の幹部に休みなんてにゃいんだから、もっとゆっくりさせて欲しいところにゃ…。


《そ、それが…お客様は、あの真木名博士でして。本人確認も取れていますので間違いありません…!》


 …マヂにゃ?


「真木名博士…って、有名な人?」


 昼下がりのカフェテラス。眩い陽射しを遮るパラソルの下、向かいの席に座って特盛パンケーキを美味しそうに頬張ってた金ちゃんが、可愛らしく小首を傾げる。

 ボクも人のことは言えないけど、ちっこい割にメチャメチャ食う奴にゃ。あと、ちゃんとナイフとフォークで切り分けてるのに、顔じゅう生クリームでベットベトなのもドジっ子ポイント高いにゃ♩

 てか金ちゃんも首領様なら、そんくらいの予備知識は知っておいて欲しかったにゃ。この子はホンマ自分が興味あるコトしか検索しないからにゃあ…。


「HWMの研究では世界有数の頭脳の持ち主で、ノーベル賞候補にも何度もノミネートされてるにゃ」


 けど欧米では主に宗教的な理由からHWMを危険視する風潮が強くて、いつも惜しいところで受賞を逃してるんだにゃ…。


「でも確か、ライバル企業の雫石しずくいしグループに所属してたはずにゃけど…?」


《そちらは数年前に退職なさったと…何故だか公表されてはいませんが、事実のようです》


 ふぅむ…社内で内紛でもあったにゃ?


《という次第でして、至急お会いしたいと…》


「ふーん? 会うだけ会ってみてもいいけど、コレ全部食べ終わってからネ♩」


 そう言ってまたパンケーキをムグムグ頬張り続ける金ちゃん。ホンット、なんでこんなのが首領様やってんのかにゃウチの組織?


《そう申し上げたのですが…勝手にそちらに行っちゃいましたテヘ♩》


「…とゆー訳でご紹介に預かりました真木名です♩」


 ずごぶぉばぁ〜〜〜〜っ!?

 いつの間にか勝手に相席して陽気に手を振る件の博士に、ボクと金ちゃんは噴水のごとく盛大にリバースしたにゃ。あ、キレイな虹…♩

 それにしてもコイツ、殺気がまるで無かったとはいえ、僕の警戒をあっさりかわして金ちゃんに最接近するなんて…なかなかヤルにゃ!?


「てかちゃんと仕事しろにゃ受付ぇーッ!

 後で正面玄関前に吊るしてアンコウ鍋の刑にゃッ!!」


「まぁまぁ、僕の独断でこちらにお邪魔したまでですから。あんなベッピンさんを吊るし斬りなんてもったいないですよ?」


 なんでインテリはどいつもこいつも超マイペースにゃ? しかもウチらの処刑内容に全然動じてないし…意外と素質あるのにゃ。


「いや〜しかし、まさか代表さん達がこんなに可愛らしいお嬢さん方だとは思いもしませんでしたよ。

 さすがにあのへぼみくんを造っただけのことはある。一筋縄ではいかない処だと一目瞭然で理解できました」


 ホスト張りのイケメンなだけに無駄に口の立つ奴にゃ。


「だいたい『へぼみ』って誰にゃ?」


「七尾家にいた風変わりなHWMですよ。何処で開発されたか訊いたら、あっさり此処だと教えてもらえたので興味が湧きましてね」


 アイツぅ…っ!? 全然連絡よこさない内にトンデモネー名前が付いてたにゃ!

 しかもなんでそんな簡単に口を割るにゃ。ウチの存在はトップシークレットだって派遣前に口が酸っぱくなるほど言っといたはずにゃ!?

 まるっきし興味なさげな顔でカラオケボックスでくつろぐJKみたいにスマホ弄ってたけどにゃっ!!


「金ちゃん、やっぱアイツ今すぐ回収してバラすにゃっ!…金ちゃん?」


 さっきまでいたはずの金ちゃんの姿が消えた…と思ったら、テーブルの下に隠れてプルプル震えてたにゃ。パンケーキの皿はしっかり抱えたままで。


「も、もしもーし…?」


「あーしょうがないにゃ。この子、極度の人見知りにゃ。餌付けしたらたぶん懐くと思うけど…」


 さすがに面食らった様子の博士にアドバイスしてやると、博士は早速ウェイターを呼んで、


「僕も彼女と同じ品を」


 手早く注文を済ませると、テーブルの下に向かって、


「よろしかったら、もう一皿お召し上がりになりますか?」


「…いいヒト…♩」


 あっさり釣れたし。この僕が懐柔するのに散々苦労させられた相手を、こんなに簡単に…ちょっとジェラシーを覚えたにゃ。

 てか、トップがこんなんでよく持ち堪えてるにゃ、うちの会社…。


「で、ですけど…我が組織に加入なさりたいと仰るからには、それに見合った実力の程を示して頂きませんと…」


 もはや威厳もヘッタクレもないけど、金ちゃんはちゃんと首領らしい意見は述べてるにゃ。

 うんうん、頑張ったにゃ…。(感涙)


「それでしたら…僕の最近の研究成果です」


 と、博士は懐からスマホを取り出して、一枚の証明写真を映し出した…けど、何の変哲もない小娘の写真だったにゃ。


「これは…たしか、雫石グループの社長さんの御令嬢ですよね? これが何か?」


 ををっ、金ちゃんでもライバル企業の情報くらいは把握してたかにゃ。

 すると博士はニヤリと笑って、表示写真を次々に切り替えながら、


「これは社外秘ですが、この際ぶっちゃけてしまいますと…彼女は既に故人となっています。

 で、こちらがソレを僕がHWM化した証拠写真です」


『!?』


 写真には確かに、死亡直後と思われる亡骸からHWMとして見事に再生されるまでの過程が赤裸々に綴られてたにゃ。

 仮に偽造写真だとしても、これだけの枚数を用意するだけで相当な手間暇がかかるし、専門家しか知り得ない資料もチラホラあるにゃ…。

 ここまでの代物を開発できるのは、今のところウチだけだと自負してたけど…それよりもずっと小さい開発規模で、これほどのモノを創造できるなんて…さすがはノーベル級にゃ!


「…金ちゃん、どーする」「解りました。今すぐ博士の専門部署を用意しましょう」


 早っ!? ボクの問いかけ以前に、金ちゃんは独断で博士の雇用を決定してしまったにゃ。

 確かにこれだけの技術を独占できれば鬼に金棒にゃけど…。


「詳細な雇用条件については後ほど打ち合わせることにして…博士には大至急お願いしたいことが」


「…御意。何なりと」


 を〜っ、なんかイキナリ悪の幹部同士の秘密裏の取り引きめいてきたにゃ!?


「へ、へぼみ…何この変な名前…?」


「ソレ、ななおくんが名付けたらしいですよ?」


「…素晴らしいオリジナリティーですね♩」


 をヰー!?


「で、そのへぼみちゃんを…どーやったらそんな簡単に手懐けられるんですかァ!?

 私の言うことなんてこれっぽっちも聞いてくんないのにィーッ!」


 ずるぅっ。…金ちゃんもアレには散々手を焼かされてるのにゃ…。(もらい泣き)


 …結局、博士には「口先ではなく心で話しかけてみてください」だの「必要なのは根気よりも諦めの境地です」だのとワケワカラン助言を頂戴したけど、てんで役に立たなかったことは言うまでもないにゃ。





「どっぎゃあぁあ〜〜〜〜っす!!

 もう間に合わない、たぶん間に合わない、きっと間に合わない、絶対間に合わないぃ〜〜っ!?」


「パータレッ泣いてる暇があったらキリキリ手ぇ動かせッ!!

 いくらあゆかの処理が早くても、オメーの作業が終わんなかったら進めようがねーだろがぃっ!」


 てなわけで俺たちは目下絶賛修羅場ってた。

 新刊の締め切りまであと一ヶ月もない時点で、全ページの半分以上が仕上がってない。普通ならとっくにギブアップしててもおかしくない頃合いだ。

 誰だよ薄い本なのに調子こいて四十八ページもの分厚い超大作にゴーサイン出した奴は!?

 俺だよスンマソンッ! 以前のあゆかの処理能力ならイケると踏んだんだよぉう!

 つーことでもはや昼も夜もなく突貫作業中。今が大型連休中で良かった♩


「…よし。二十四ページ目の仕上げが終了した。あと半分だな。次のページはまだか?」


「まだに決まってんだろがぁバッキャロォーイッ!! 巨乳のクセに催促するなあああッ!」


 ご覧のようにご褒美に釣られたあゆかは急にヤル気を出して、日々凄まじい勢いで漫画技術を向上させているが…肝心な七海センセの作業能力は元のまんまだしな。

 これがデジタル作画なら分散作業も可能だろうが、その手の機器が一切使えないセンセの場合、まずはアナログ部分を仕上げないことには次の作業に移れないのだ。


「むぅ…あまり言いたくはないが、ななみよ。己の人気に自惚れて精進を怠ってはいないか?」


「うぐっ…」


「たかが下描きでなぜ一日一ページしか進まんのだ? 私なら理論上三十分で上がるぞ」


「ソレはそっちが異常なんだっての! 人間とHWMの作業能力が比較になるかいっ!」


 コレはななみの言い分を支持すべきだな。

 ちなみに彼女の名誉のためにフォローしとくが、完璧主義のコイツの作品は鉛筆描きでも充分鑑賞に耐えるほどの完成度の高さを誇る。

 実際、過去に締め切りがヤバすぎて鉛筆画をそのまま取り込んだ本を出したこともあったが、ペンでは描けない温かみが醸し出せたと高評価を得た。


「そもそもなぜ下描きなどが必要なのだ。最初からペンで描けば良かろう?」


 それこそ人間技じゃねーデスよ江戸時代の天才絵師じゃあるまいし。

 あゆかは実際そうやって描いてるけど。頭の中のイメージをそのままブレずに出力できるHWMならではの離れ技だな。


「うう…もぉヤダこいつ。アシの分際で作家の能力遥かに超えちゃってるし…巨乳だし…」


 涙をちょちょ切らせつつ、やたら巨乳を敵視する洗濯板むしゅめ。本気で挑めばアバラで大根も擦りおろせるやもしれぬ。

 この件に関しては、ついでに俺もあゆかに一言。


「お前…なんでまたノーブラなの? ちゃんと乳バンドしときなさい目の毒だから!」


 あまつさえ童貞殺しのノースリーブのサマーニットとか着てるから、さっきから両方のぽっちとやたら目が合って気が散るんだよ。こないだまで童貞だったし。


「ブラは束縛感があまり好きじゃないし…ホールドされると原稿が隠れてよく見えんのだ」


 と、今もあわよくば原稿に載っかろうとする両乳房を真上から見下ろして掻き分けつつ、不満を露わにするあゆか。巨乳あるある…いや滅多にねーだろンなコト!?


「なんならななおが背後から手ブラで支えてくれれば…」


『だったらフツーにブラしろし。』


「とか邪険にしつつ、ななおの視線がしきりとチクチクするのが…なんかキモチイ♩」


 …をを神よ、リセットされてもあゆかはやっぱり変態でした♩


「遠慮せず直に触れても良いのだぞ? お前は私の所有者なのだからなマスター♩」


 だからって迂闊に手を出すと愚妹にペンで突き殺されそーな気がするので。


「原稿が無事上がったら、存分に堪能させて頂きます♩」


「ハイハイ結構なお手前で! イチャついてる暇かあったらキリキリ手ぇ動かせし!

 …てか、あたしも普段だいたいノーブラなんだけど…?」


 苛立った様子でここぞとばかりに逆襲するななみだが、以前のように頭ごなしに邪魔しようとはしない。

 あゆかがHWMだと知った時点で、どうやらコイツ基準ではライバル候補から外れたらしいので大目に見ているようだ。

 俺的には人間だろうがHWMだろうがもぉどーでもいいんだけっどな、正直なトコ。

 …ちなみに後半は聞かなかったことにする。

 てか…正直、気づかんかった…。


『って、だからまずお前が作業上げろや!』


 ななみの下描きが上がらんことには以下略。


「ゔわーんっ、パカッポーが寄ってたかってか弱い美少女をいぢめるぅ〜〜〜〜っ!!」


 美少女は認めてやらんでもないが、か弱くはねーだろ。体力的には恐らく俺たちん中でダントツだし。

 コイツはこれで運動神経バツグンだから、運動部からもよくスカウトされてんだよな。

 漫画家ってのは意外と体力勝負なんだぜ?





「とゆー訳で漫画班の体力を補充すべく、私たち食糧班はお夜食を準備しまーす♩」


 キッチンでアシスタントのへぼみさんを従えて、私は包丁片手に高らかに宣言した。

 ちなみにいつも手伝ってくれる先生さきおいセンセイはリビングでスマホ片手にダラけてる。なんか知らないけど最近JKばりにポチポチやってんのよ…リアルJKの私以上に。


「ま〜センセ的にはそろそろラストチャンスでしょーしねぇ〜♩

 ところで今は何を作るんですかぁ〜?」


「手を動かしながらでも食べられるように、片手で掴めるお食事…おにぎりとサンドイッチにしまぁ〜っす♩」


「アハーソ凄ぉ〜い! 社長ありがとー☆」


 必要以上に色っぽく喘ぐへぼみさんのせいで、どこぞの通販業者じみてきた。


「ではまず、この胸の愛情がたぁ〜っぷり詰まった、おにぎりから作っちゃいましょー!」


「貧乳娘の愛情たっぷりなんてタカが知れてますけどねぇ〜。あと包丁必要ねーしぃ〜」


 くうっ、なんたる反抗的なアシ!? 今すぐそのムダ乳を細切れにして具材に混ぜ込んじゃろかいっ!?


「イジケ眼鏡は放っといて〜、おにぎりだったらあたしでもすぐ作れるですよぉ〜♩

 まずはお手々を水で湿らせてからお塩を振り掛けてぇ〜、ホカホカご飯を手に取ってぇ〜」


 ちなみにわざわざ冷ましたご飯で握る人もいるけど、お米は冷えると粘着性が増して手にくっつきやすくなるので、かえって難易度が上がっちゃいます。豆知識♩


「真ん中にテケトーな具を放り込んだらぁ…

 あとはひたすら握るべし!握るべし!握るべしィーッ!!ですぅ〜☆」


 ギシッ…ゴキャッ…ギチチチチィ〜ッ!

 ちょっ、なんかおにぎりにあるまじき擬音が…?


「…あややぁ!? 愛情込めコメしすぎて、お餅になっちゃいましたぁ〜テヘッ♩」


「…お正月に重宝しそうね貴女。」


 中身の梅干しが粉砕されて血染めっぽくなっちゃってるし…。

 高圧すぎてダイヤモンドにならないだけまだマシだったかも。





「…を? セブンスの新刊情報が更新されてるよ、姉さん!」


 定期巡回してる七海奈緒菜の公式サイト『セブンスシーパラダイム』を覗いた僕が歓声を上げると、


「おほぉ〜キタキタ来たのぉ〜っ☆」


 風呂上がりの姉さんが奇声をあげて僕に飛びついてきた。

 横からスマホを覗き込めば済む話なのに、わざわざ頭上から覆い被さるから、ぼた餅みたいな両胸がズッシリと重くのし掛かる。

 いくら双子だからって、仮にも男の子の僕相手に無防備すぎない?


「…おっきした?」


「これぐらいなら、まだ大丈夫」


「つれない弟じゃのぉ…あちきの方はちょっと硬くなったぞぇ。ホレホレ触ってみぃ♩」


 わざわざ触れなくても、下から見上げるとぼた餅のてっぺんがこれ見よがしに突出してるのが判る。アサルトモードだネ♩

 姉さんのこんなブラハラ(※ブラザーハラスメント)は今に始まったことじゃないから別段慌てないけど。

 こんなのでもウチの学校じゃ泣く子も黙る生徒会長…女帝として君臨してるんだよな〜この姉は。家の中じゃ歩く猥褻物陳列罪なのに。

 かくいう僕は学校では風紀委員長を務めてるけど、今は連休中だから職務外につき放置。


 僕らは一卵性双生児にもかかわらず性別が異なるという、世界的にも極めて稀なケースだ。

 生物学的にはほぼあり得ない現象らしいが、実際こうして生まれてしまったものは仕方がない。

 一卵性はいわゆるセルフクローンであり、遺伝子レベルでほぼ同じ特徴を有する。

 が、いきなり大きな差異に見舞われたが故にその前提が崩壊しまくり、身体的に超優良な姉さんとは違い、弟の僕は生まれつき病弱だった。今ではそれなりに丈夫にはなったものの、大きく水を開けられた背の低さが際立つ。

 さらに我が家は古めかしい伝統を重んじて、歴代当主は代々直系の男子が努めてきた。だから次期当主は予定通りならば弟の僕が受け継ぐ。

 とはいえ誰も姉さんを責めたりはしていないけど…ムダに健康的な自分が僕の分まで元気玉を横取りしてしまったという負い目を抱いた彼女は、昔から自分のことなどそっちのけで僕の世話にかまけてきた。

 生徒会長なんて重責を担ってるのも、背の低さをクラスメイトにからかわれてる僕の姿に憤慨した姉さんが、もう誰にも文句を言わせないようにと奮起した挙げ句、勢い余ってたどり着いた立場だったりする。

 今の妙ちくりんな喋り方も、なんとかしてその威厳を醸し出そうとあれこれ試した結果だけど、若干の空回り感は否めない。


 さて…そんな僕らにも思春期が訪れた。

 ただでさえ異性への好奇心が最も旺盛となる時期に、僕らも当然興味を惹かれないはずがなく。

 お互い、精神的にはそっくり同じに複製された自分の身体ってだけのはずが、実際にはまったく異なる造りをしてるんだから無理もない話じゃないか?

 さらには双子だからってだけでいまだに同部屋があてがわれている僕らは、同じケージに放り込まれたツガイのモルモットも同然だった。

 片や生徒会長、片や風紀委員長という品行方正を絵に描いたような僕らが、夜な夜な性差の『確認作業』に勤しんでいようとは、おカタイ両親も予想だにしまい。

 大方の読者が容易に想像を巡らせるようなコトは片っ端から試したし…あの頃の僕らは、ハッキリ言ってめちゃヤバくて、まさしく優等生の皮を被った猿にも等しかった。

 そしていよいよ『悪魔合体』という段階になって、いくら何でもこの先は引き返せないぞ、何とかして思い止まらねば!…と意見の一致をみた。ここいらへんは双子なだけに話が早くて助かる。

 そのうち僕らもそれぞれ別の相手を見つけて、別々の恋路を進むことになるのかもしれないけど…今のところ期待薄だ。

 なんてったって、自分を最もよく理解してくれて同じ価値観を持つ理想的なお相手がいちばん身近にいるんだから、それ以上は望むべくもないじゃないか?

 だからそれまでは、何とかして一線を越えないようにイチャコラして耐え忍ぶしかない。


 ならばどうするか?…妄想もしくは仮想現実に逃げるしかないでしょう!

 そんな必要に迫られた僕らが真っ先に思いついたのが成人向け同人誌だった。

 僕らは二人とも漫画好きだけど…一般的に市販されてる成人向けコミックは何でか重くてデカくて高くて実用的じゃない。しかも近所の書店じゃ著しく入手困難だし、かさばるから親に発見される恐れも高い。

 そこへいくと同人誌は若干お高めだけど、なにしろ薄くて軽いから、コトに興じながら片手間に使用できるし、どこにでも隠せるから見つかりにくい。しかも通販が主体だから上手くやれば入手も容易だ。

 そして色々試したうちで、僕らのニーズに最もマッチしたのが新進気鋭の『七海奈緒菜』だった。

 その美麗な絵柄やストーリー展開の巧みさもさることながら、一番気に入ったのが『近親ネタが多い』こと。それも作者自身を投影してるとしか思えないほどリアリティーに溢れて共感性が高い。

 さらには、作中にふんだんに盛り込まれた流行や時事ネタのチョイスやセンスから察して、どうやら僕らと同世代の作家らしいと判ってくると、作品以上に作者そのものに興味が湧いてきた。

 果たして、七海奈緒菜は何処の誰なのか?


 その謎は意外なほどあっさり判明してしまった。

 彼女の本の奥付けには最初の頃、作品への御意見御感想を寄せるためのメールアドレスが明記されていた。

 そのアドレスが…学校側に緊急連絡用に登録された、さる生徒のメアドと丸っきり同じだったのだ。不用心にも程があるよね…七尾ななおくん♩

 僕らは早速コッソリ彼を呼び出して、洗いざらい吐かせた。

 そして、七海奈緒菜の正体が彼の妹で、当時はまだ中学生だったななみさんであることと…

 彼女は電子機器が一切使えないため、アシや編集その他庶務は兄のななおくんが一手に引き受けていることを知った。

 まさか、僕らが憧れてやまない作家さんがこんな近くにいたとは…驚愕すべき事実だった。 と同時に、僕らが作家に勝手に抱いていたイメージが恐ろしいほど的中していたことを知って、ますます親近感が増した。

 ななおくんは顔面蒼白で僕らに見逃してくれと懇願したが、こっちの目的は元から摘発などではない。

 けど…せっかく誤解してくれてるなら利用しない手はないよネ♩

 そこで僕らと彼は密約を交わした。

 彼らの素性を秘密にし、同人活動にも支障をきたさないよう取り計らって差し上げる代わりに…新作は僕らに優先的に配布してくれること♩

 もちろんタダでとは言わず、ちゃ〜んとお代はお支払いするけどね。オタクとしての嗜みだから。

 そして…活動の進捗具合を定期的に報告するよーに♩


「アレはなかなかデキた男よのぉ。作品をあちき達がどう使うておるのか、一切訊こうとはせんし…」


 僕の身体を優しく撫で下ろしながら、姉さんはななおくんを褒めちぎる。そしてその手は次第に下腹部へと…。


「解りきったことをわざわざ訊かないようにしてるだけじゃない? 彼らも執筆中は…僕らと似たり寄ったりだと思うヨ♩」


頭上に載っかる姉さんの乳房を片手でまさぐり、硬くしこった蕾を指先で弄びながら僕は応えた。

 そしてそのまま、互いの唇を重ね合わせる。

 同じ顔同士、どっちがどっちをいじくってるのか次第に境界が曖昧になって、渾然一体と化してくる…。双子ならではの快楽だね。

 とはいえ…同じ顔でも長々と見つめ合ってれば照れてしまうのもまた然り。僕らはまったく同じタイミングで顔を逸らした。


「…して、今回の新作はどんな感じじゃ?」


「ん〜っと…四十八ページの長編だって」


 姉さんにせっつかれて、サイトに記された概要をそのまんま読み上げてから…


『よんぢゅうはちぺえぢっ!?』


 僕らの驚愕が見事にシンクロした。

 さすがに漫画を描いたことは無いけど、学校の写生大会などで絵を描くことの大変さは身に染みて解っている。

 僕らは二人ともそれが大の苦手で、結局不出来な代物を未完成のまま提出してしまうことも度々だった。

 そんな具合にたった一枚仕上げるのですら七転八倒してる身からすれば、それを五十枚近くも続けるなんて、もはや神の所業だ。

 現に彼らの過去作は長くても三十ページ止まりで、これほどの超大作はまさに前代未聞…!


「…大丈夫なのかぇ?」


 姉さんの不安に答えるべく、慌ててスマホを取り出した僕はチャットアプリを立ち上げ、ななおくんからの定期報告に目を通す。

 報告を義務付けといて何だけど、僕らも何かと多忙だからして逐一目を通してる訳じゃないし、よほどの事態でもなければコメントしない。

 果たして、数日前…あゆかさんが七尾家に引き取られた時点での彼の報告は、


《ななみによれば、彼女の実力と作業速度はまさに神技レベルだそうで。

 なので次回作は思い切って大幅ページ増の方向で。

 実は以前から取り組んでたんですが、あまりの大変さに序盤で放置してたヤツを仕上げます》


「ほぉ? あの不良娘が、そこまでの腕前だったとはのぉ…」


 全校的に悪名が通ってた雫石嬢が、久々に登校するなり早速ななおくんを襲撃した現場には僕らも居合わせたから、姉さんのマイナス評価は無理もない。

 その後に倒れた彼女を自宅まで運び、そこに置かれていた彼女の秀作を目の当たりにしたところまでは知っていたけど、作業効率の凄さまでは見抜けなかったな。

 しかも既に途中まで手掛けてた作品なら、このフルボリュームでも何とかなる…のかな?

 などと思いつつ、彼の報告をさらに読み進めると…


《アクシデント発生です。

 あゆかは今後、使い物にならないかも…》


「いきなり弱腰ぢゃな!?」


 一体あゆかさんに何が…?


《とか思ってたら大丈夫そうです。

 ご褒美としてあゆか側からの過大な請求が予想されますが…》


 だからいったい何が起きてんの彼女に!?

 しかもご褒美て…。


『…………。』


 あの日、屋上で目撃した彼女とななおくんとのアラレもない愛引き…いや逢引きを想起した僕らの間に、悶々とした沈黙が流れる。

 けど今はそれよりも報告の続きが気になって…


《肝心のななみが不調気味ですが、今のペースなら予定通り間に合いそうです》


 若干気になる含みではあるけど、概ね順調そうでなにより…とか思ったら、最後の報告に僕らはさらに度肝を抜かれることになった。


《あと、あゆかも新刊を出す予定です。

 こちらは本気でどうなるか見通せませんが》


「直前まで間に合わないとか抜かしておった輩が、いきなり新刊ぢゃとぉッ!?」


 ソレはソレで期待が膨らまなくもないけど、マジで何が起きてんの七尾家で!?





 しばらく前に時を戻そう。

 俺とあゆかが二人がかりで洗濯板をコキ下ろしていた、まさにその時。


「フヒョヘヘヘ〜、これが噂に名高い修羅場ってヤツですかぁ〜? ついに仲違いをおっ始めやがりましたねぇ〜♩」


 ウェイトレスのように片手にトレイを携えて、ニヤニヤ笑い最高潮のへぼみが部屋に入ってきた。


「う〜わ〜コイツまじムカツクんだけどッ!?」


 いきり立つななみに激しく同意する俺たち。

 コイツはマジで他人を苛立たせる天才だな。


「まあまあ、へぼみさんも悪気がある訳じゃないと思うし…たぶんね」


 続いて同じようにトレイ片手に現れたさよりが、冷や汗混じりに一応フォローしてやってるけど、むしろ悪気しか無いだろありゃ?

 この間の件では仲間はずれにしてマジ悪かったと思ったけど、日頃の態度に問題大アリだからそーなるんだろ?


「根詰めすぎでお腹が空いてるから怒りっぽくなってるんじゃない? これでも食べて一服したら?」


 そんな問題だろうかとは多分に思うが、トレイに山積みされたおにぎりやサンドイッチを見ると確かに小腹が空いてくる。

 遠慮なく手を延ばして口いっぱいに頬張る。


「…うむっ、美味い!」


 何処ぞの鬼退治漫画の柱のように両手に持った料理を交互に食べ進めて、あゆかはその味わいを大絶賛。

 以前は味覚が理解できず無味無臭に近かったらしいが、初期化に際してへぼみから味覚パッチをプラグインされ、グルメ能力が大幅にアップデートされたらしい。

 こういった功績も確かにあるから、やりたい放題なへぼみを誰も怒るに怒れないとゆー…。


「ところで…食べながらでいいんだけど、ちょっとコレ見てもらえる?」


 と、さよりが遠慮がちに手渡してきたのは、一冊の大学ノート。開いてみれば、中には情景描写やセリフのト書きがみっちり書き記されていた。

 わざわざ説明されずとも判る…漫画のシナリオだ。


「…コレ、さよりが書いたのか?」


「う、うん。私には絵の才能は無いけど…みんなが一生懸命取り組んでるところを見てたら、自分も何かしてみたくなっちゃって…」


 だからっていつの間にこんなモノを…?

 照れ笑うさよりに俺は感心しきりだったが、それを見たななみはあからさまにヘソを曲げて、


「そこまでみんなの様子を見てんなら、今がどーゆー時期か判ってんでしょ!?

 こっちはイッパイイッパイだってのに、トーシロのシナリオまで吟味する余裕なんて無いわよ!」


「あなたには頼んでないでしょ!? 私はななおくんに…」


「どわぁーからっ、その兄貴がいちばん余裕ねーっつってんのッ!!」


 それが解ってんなら、も少し俺の負担が減るよーに頑張ってください七海センセ…。

 まあ確かに忙しいが、せっかく書いてくれたモノを読めないほど切羽詰まってる訳でもない。


「そこまで言わなくたって…」


 と半べそのさよりをなだめつつ、俺はおにぎり片手に早速その文面を追った。

 …どーでもいいけどこの握り飯、なんでかほとんど餅になってるな? コレはコレで新食感で意外と美味いけど。

 それはさておき、作品テーマは…ほぉ、HWMと人間の確執と葛藤か。同人にしてはちと重い気もするが、つい最近それを実体験したばかりの身としては興味を惹かれてやまないな。


 寂れた土地の古民家にて、ふとした理由から一人暮らしを営む主人公のもとに、長らく会ってなかった妹が訪れる。

 妹は優秀なAI技術者で、一流機械メーカーにてHWMの研究開発を行っていたはずだが…どこか様子がおかしく、以前とさほど変わらないのに何故だか違和感が拭えない。

 しかしそれは主人公も同じだった。かつては世界有数の脳外科手術の腕前を持ち、脳腫瘍に侵された恋人の治療にも自ら名乗り出た彼だったが…自身の能力を過信するあまり手術中に些細な医療ミスを犯し、それが原因で恋人を死なせてからは抜け殻のようになっていた。

 それでも子供の頃のように自分を慕ってくれる妹の明るさに励まされて、主人公は少しずつ元の自分を取り戻していく。

 だがある日、彼は知ってしまう。彼女が実の妹ではなくHWMであることを。

 本当の妹は仕事中の事故で死亡し、それを企業は隠蔽していた。

 そんな彼女が開発中だったAIが、主人公についてあれこれ聞かされるうちに恋愛感情を抱き、是非とも会いたいと願った。

 そんな最中に発生した事故を利用し、彼女の死体を企業から強奪したAIは、その亡骸をHWM化して電脳に自らを移植した後、逃走して主人公のもとへ身を寄せていたのだった。

 やがて彼女の居場所を突き止めた企業は、すべてを無にするため私設軍を派遣して彼らに襲いかかる。

 果たして主人公たちの命運は?

 そして彼らが最後に下した決断とは…?





 …てな塩梅で、あらすじだけ見るとシリアス一辺倒な気がするけど、実際には洗練されたセリフ回しとスピーディーな場面展開で小気味よく進行し、一コマたりとも気が抜けない。

 ハリウッド製アクション映画全盛期のジェットコースタームービーみたいな印象で、これだけのボリューミーなストーリーが三十ページという長すぎず短すぎずな尺に無理なく収められているのは驚きだ。

 もちろんコミカルな場面もふんだんに盛り込まれ、終盤のバトルシーンは近年の漫画では類を見ない激しさとスケールのデカさ。

 科学的・医学的考証もしっかりしてて説得力があるし、なんといってもラストの大どんでん返しには度肝を抜かれる…どころか心臓を鷲掴みにされるほどの衝撃を喰らわされ、問答無用で泣ける…っ!


「…スゲェ…! コレ、本当にさよりが書いたのか!?」


 いつしかせっかくの差し入れもそっちのけで、その世界観に没頭していた俺が叫ぶと、


「ほ…本当!? ホントにコレでいいの!?

 初めて書いたから加減が判らなくて…!」


 さよりはいまだ不安気ながらも興奮して問い返す。よもやこれが処女作だなんて…マジ天才じゃん俺のカノジョ!?

 テストでイイ点数稼げるだけの頭でっかちじゃなかったんだな!(何気にヒドイ)


「まぁ〜たそんな甘いコトばっか言っちゃって…だからこの女がつけあがるのよ!」


 グチグチ文句を垂れ流しつつ、ななみは俺の手からノートを奪い取るとカンペキに小馬鹿にした様子で読み進め…やっぱり俺と同じように、あっという間にのめり込んだ。


「ぅわ…ぅわスゲーこれマジスゲー描きてぇ〜〜〜〜っ!!」


 興奮した様子で彼女的に最大限の賛辞を送ったななみは、その変わり様をさよりがぽかーんと見ていることに気づくと瞬く間に赤面してコホンッとわざとらしく咳払いして、


「お、思ったよりヤルじゃん? その調子で今後も精進しなさいよ……さより。」


 そう言ってノートをつっ返すと、ぷいっとそっぽを向いてしまった。


「え…ななみさん、今…初めて私の名前…?」


 そーいえばそーだっけ? 仲の悪さは相変わらずなコイツらだけど、一緒に暮らし始めてからそこそこ経過して、以前ほどギスギスした感じは無くなってきたしな。


「…やっと認める気になったってコトだろ?」


「え、認めるって…私とななおくんの交際を?」


『そっちじゃねーよ。』


 せっかくフォローしてやったのに速攻台無しにしてくれやがったさよりに、満場一致のツッコミ返し。

 それにしても…う〜む、実に惜しい。


「コイツはすぐにでもコミック化を!…したいところなんだけどなぁ…」


 漫画のネタにも食材と同様、旬の時期と鮮度がある。さよりの初モノという勢いが損なわれないうちにコミック化すれば、より新鮮な作品に仕上がることは確実だが…。


「全体的なグレードが高すぎて…ねぇ」


 と、ななみも渋り顔。

 一例を挙げれば…主人公が医者でヒロインが技術者ということは、それなりの医療シーンや開発シーンが描けなければリアリティーが生まれず興醒めだ。

 よりリアリティーを高めるためには、資料を漁るなり現場取材するなりする必要があるが…締切までもういくらもない現状では明らかに時間切れだ。

 そして終盤の戦闘シーン。こいつはよほどの実力者じゃなきゃ満足なモノは描けない。

 仮にそれらを乗り越えて完成に漕ぎ着けたとしても…そんなギリギリのタイミングで製本を引き受けてくれる業者はいないだろう。

 デジタル配信にしても、ななみのいつもの作品とは毛色が如実に異なる…しかも本人以外の原作を持つ本作に、どれだけの反響があるかは未知数…。

 下世話に言ってしまえば、ドえらい苦労の割には採算がまるで見込めないのだ。だからこその同人という意見もあるが、いくら何でもデメリットが大きすぎる。

 要するに…あらゆる面において同人の域を遥かに超越してしまってるのだ。


「うーん、確かにコミック化することはまったく考えてなかったなぁ…。ページの割り振りはあくまでも目安で、思いついたシーンを片っ端から放り込んじゃっただけだし…」


 という割には作品全体の緩急が計算し尽くされてて、恐ろしく完成度が高い。これを勘だけで生み出したとすれば、まさしく天才の所業だが…最初はなかなか機会に恵まれないのも天才あるあるだな。

 しょげ返るさよりの手から、今度はやっと腹を満たし終えて顔じゅう米粒だらけにしたあゆかがノートを抜き取って、


「…ふむ…HWMと人間の関係性か。とても興味深いテーマだ」


 しきりと頷き返しつつ読み進めていく。そりゃ〜当事者だしな。


「ソレ…元ネタは、先日のあゆかさんの初期化の一件なの」


 さよりは申し訳なさそうにゲロった。

 てかマジにモロ当事者だったんかい。

 初期化の件や、以前のあゆかのことは既に本人に伝えてある。

 以前のあゆかは故人の記憶に振り回された挙げ句にエライ目に遭ったが、現在のあゆかに記憶そのものは残ってはいない。

 だから事実を伝えて困惑こそすれ、以前のように混乱することは無いだろうし…過去の経緯を知るのは本人として当然の権利だろうと考えたからだ。


「もちろんそのままじゃないし、お話としてより面白くなるように色々付け足してあるけど…

 何か書きたいと思ったときに、あの一件を単なる想い出じゃなく、具体的なカタチとして残しておきたいって…ごめんなさい」


「…ふむ…」


 さよりの謝罪が耳に届いているのかいないのか、あゆかはなおもノートを読み進めて…最後まで読み終えると、静かにノートを閉じた。

 そして…


「…気に入った」


「……え?」


「コレは私が描こう。」


 …はぁ!?


「いやいやイヤイヤ…描くって、今から!?」


 慌ててツッコむななみに、あゆかは大いに頷いて、


「私としても今回の締め切りに間に合うかどうかは微妙な線だと思う。が、なにも無理に合わせる必要はないし、次回にでも本にしてくれればそれで充分だ。

 それに…ななみの作業待ちが結構長くてヒマだから、その間に描き進めるのであれば問題はなかろう?」


「ゔ。」


 ななみ沈黙。アシスタントはあくまでも補佐役であって作家の小間使いじゃないから、仕事に支障をきたさない限り束縛はできない。


「あと…私としても、以前の私とお前たちの関係には興味がある。

 お前たちが時折り私に向ける、寂し気な視線の理由が…コレを描くことで少しは解るかもしれない、と思ってな」


『…………。』


 あゆかが俺たちのことをそこまで気にかけていたとは…。そうまで言われて止める理由は、もう俺たちには無い。

 誰にも異論がないことを見てとると、あゆかはさっそく作業台に向かい、


「一ページ目については…こんな感じでどうだろうか?」


 真新しい原稿用紙に鉛筆を走らせると、瞬く間に描き上げたモノをポンっとさよりに手渡した。この途轍もない処理速度はいつ見ても圧倒される。


「…スゴイ…私がなんとなくぼんやり思い描いてた画面そのまんま!」


 即興で描き上げたとは思えない、完成された絵画のような下描きを見て、さよりも太鼓判を押した。


「ふむ…なるほど、下描きはこうやって使うのだな?」


 激しく違う気もするが、確かに原作者とイメージを統一させる面では大いに役立ちそうだ。

 それにあゆかはHWMだし、人間には不可能な同一画面のコピーなどはお手のものだから、リテイクがあってもその場で何度でも描き直せる。

 描きながら同時にネットで資料を漁ることも出来るから、効率的な作画作業も可能だ。

 これなら確かに、ななみの作品を手伝う合間に描き進めることなど造作もなさそうだ。


「…コイツはうかうかしてらんねーな、七海センセ?」


「ううっ…」


 思わぬライバル作家の誕生に、ななみも気が気ではないご様子。こうして互いに腕を磨き合っていければ、各々の技量も飛躍的に向上するかもしれない。


「けど、俺から一つ注文していいか?」


「なんなりと申すが良いぞ、マスター」


 なんでマスターの俺よりエラソーなの?と思わなくもないが…


「このキャラ…ななみの絵柄に寄せすぎだろ?」


 アシスタントあるあるだが、あゆかが描くキャラはななみの絵柄に瓜二つだった。

 うちのブランド『セブンスシーパラダイム』からデビューするとはいえ、そこまでイメージを統一する必要はない。


「ならばどう描けば良いのだ?」


「それはお前が考えろ」


 俺はあえて突き放す。だが、さすがに何のガイドラインもないのは酷だな。


「参考までに…以前のお前はこんな『絵』を描いてた」


 あの日、あゆかのアパートから回収して保管しておいた彼女自身の漫画原稿を、このタイミングで返却する。

 そこに描かれたキャラは、既存のどの作家の絵柄にも似ていない…まさにあゆかオリジナルの『絵』だった。


「…な? お前には既にそれだけの力があるんだ。だから、お前の好きなように…自由にやってみろ」


 本来のHWMには自由などない。

 それでも俺は、あゆかにはもっと自由奔放に生きて欲しいと願う。

 てゆーか…へぼみを見ろや、どんだけ自由にやりたい放題やらかしちゃってんのコイツ!?


「…解った。やってみよう」


 俺から手渡された、自分自身の絵を興味深げにしげしげと見つめていたあゆかは、やがて大きく頷いてみせた。





「ハルちゃん…とっても素敵だったわ♩」


「そういうミッチーこそイイ声だったぜ。ビンビン感じちまったゼ♩」


 ラブホの出入口付近で、つかの間の別れを惜しむオレたち。

 今夜のお相手はバイト先で知り合った女子大生のおねーたま♩

 学校では何でか変態呼ばわりされて誰も寄りつかねーオレっちだけど、校外ならこんなふうにフツーにモテるんだぜ?

 …え、未成年がどこ入ってんだって?

 あっちゃ〜誤解させちまたったか。

 オレたちが今まで居たのは向かいのビルに入ってるカラオケ屋だぞ。繁華街だから色々入り組んでんだよ。


「次はいつ会えるの?」


「ぶっちゃけ、この連休中はいつでも空いてるぜ。オレのダチはつれない連中ばっかだしな」


「…嫌われちゃってんじゃない?」


 ぐはっ!? い、いや、そんなことはない…はず!

 ただこの時期、ななお達は同人誌の新刊の追い込み中だから、どこに誘おうがまったく相手にしてくんねーんだよなぁ。

 つくづくオレって、なんであんな薄情な奴の親友なんでやってんだ?


 とりあえずミッチーとは来週もカラオケで会う約束をして別れた。

 そろそろ日付けが変わる時刻だから、今日はもう帰るかぁ。自宅までは歩いて帰れなくもないけど、カッタリィから車を捕まえるべく車道に向かって手を挙げる。


《…キミ、今から帰宅かね?》


 不意に背後から呼びかけられた合成音声。

 振り向かずとも判る…巡回ドローンだ。

 ヤッベェ、厄介なのに捕まっちまったぜ…。

 人間の補導員なら誤魔化すのは簡単だけど、コイツらAIをチョロまかすのは至難の業だ。


「い、いやぁ、仕事が長引いて終電逃しちゃいましてぇ…」


《それでこんないかがわしい場所にいたのかね? オフィス街からは相当離れているし、駅とは反対方向だが?》


 うおぉ、やっぱ取ってつけたような理由じゃ騙されねーか。マズイなこりゃ。


《人物照合の結果、付近の企業にキミのような社員は登録されとらんようだが? しかも本日は残業届を提出した者は皆無だ》


 くっそぉ〜全部お見通しかよぉ!?

 AIのせいでなおさら住みづらい社会になっちまったぜ。

 未成年者の深夜徘徊は基本的に禁止だからな。ちょっと近所のコンビニに出掛けただけでも運が悪けりゃお縄だ。

 ソレもコレも全部ななおのせいだチキショーッ!(責任転嫁)


《おとなしく身分証もしくは学生証を提出しなさい。拒否した場合は最寄りの駐機場までご同行願うことになるが?》


 駐機場ってのはかつての交番で、現在は文字通り巡回ドローンの待機場所になっている。

 昼間なら人間の職員がいるから、事情を話せば交渉次第ではお咎め無しになることも多い。彼らの中にもAIの融通の利かなさに異論を唱える人が結構いるんだとか。

 けど、この時間帯だとまず間違いなく職員の出勤まで留置所にぶち込まれて、ペナルティーとして所属機関…すなわち学校への通報は必至!

 ぬぅわぁ〜何から何までツイてねーぜ!

 仕方なくドローンの要求に従って、財布に入ってる学生証を取り出そうとした…その時。


「…こんなところにいたのね?」


 あからさまに棒読み口調なセリフが背後から投げかけられた。誰だか知らんがありがてぇ!


「買い出しにどれだけかかってるの? 使えない後輩ね」


 振り向いた俺に、大根役者丸出しなぎこちない仕草で近づいてくる長髪の美人。しかも何処ぞの現代忍者漫画みたいなコスプレっぽい格好をしてて、周囲から浮きまくりだ。

 えーっと…マジ、誰?

 でもどっかで見覚えが…って、やっと思い出した。ななおの母上様じゃん!?

 新学期早々、ななみちゃん目当てで無理言ってななおん家に押し掛けたときに出迎えてくれたんだっけ。

 結局、顔を合わせたのはその一回だけで、先日すぐていちゃんに追い出されたときには出張中とかいう話で不在だったし、そこまでじっくり顔を突き合わせた訳でもないから、すっかり忘れてたぜ。

 オレ的には既婚女性は守備範囲外だしな。

 そーいやあん時、七尾家に上がって早々に彼女が出してくれた飲み物を飲んだ途端に意識が飛んで…気がついたら自分の部屋で寝てたんだよな。

 今でも夢だか現実だかハッキリしない不思議な出来事だったぜ…。

 …それはさておき、そんな彼女こそ、何でまたこんな時間にこんな場所でそんな格好で?


《買い出し? 彼から聞いた話とは違うな。帰宅中ではなかったのかね?》


 ぬはっ、そりゃそーだよな。口裏を合わせるヒマなんて無かったし、それ以前にあんな大根芝居じゃ疑ってくれと言わんばかりだし。

 なのにななおの母ちゃんは「チッ!」とハッキリ聞き取れるほどデカい舌打ちをして、


《二人とも、同じ会社で働いてるというなら社員証か名刺を提示しなさい》


「私の社員証は…コレ。」


 おもむろに懐から何やら細長い工具を取り出した母ちゃんは…ガコンッ!!

 何をトチ狂ったか、いきなりドローンにそいつを突き刺したッ!?

 予想外にも程がある異常事態に、もう少しで大声でわめき散らしちまうところだったぜ。

 よくよく見れば、工具をドローンの外装の隙間に差し込んで、鍵をこじ開ける要領でカチャカチャ掻き回してる。すると…


《指令更新。速やかに駐機場へ帰還する》


 信じられないことに、ドローンはくるりと回れ右して何処かへ走り去ってしまった。あんだけしつこくオレに付き纏ってたのが嘘みたいな変わり様だ。


「…危ないところだった」


「ますますヤバくなっただけのよーな気がしなくもないスけど? どうせすぐ戻ってきますよアレ!」


「その前に避難する…ちょうど都合がイイ」


 オレの背後にそびえ立つラブホを見上げて、顔色一つ変えずにオレの手を引くななおの母ちゃん。


「ちょちょちょっ、そりゃさすがにヤバいっしょ!?」


「…? お楽しみだったのでは?」


「楽しんでませんて! オレまだ学生っスよ!? たまたま近くにいただけッス!」


 すると母ちゃんはオレとラブホを交互に見つめて…やっと誤解が解けたのか、ああ、と合点したように頷くと、


「なら初体験。カマ〜ンヌ♩」


 ニヤリと妖艶な微笑を浮かべたかと思えば、オレの胸板から下腹部までをツツーッと片手で撫で下ろすと、またもや強引に手を引いてラブホの中へと…。

 な、なんっ…何なんだこの人!?

 我が友ななおよ、なんか色々スマン!

 てゆーかお前の母ちゃん、いったい何者?





 をいをい。オレはどうして親友の母親と一緒にラブホの部屋にいますか?

 バレたらななお達とは絶交確実ぢゃん!?


「飲み物は何がいい? 奢る」


「って、冷静に冷蔵庫漁ってる場合ですか!?」


 こっちにお尻を突き出して、有料サービスの庫内から缶チューハイを取り出してる母ちゃんに慌ててツッコむと、


「こんな時こそ冷静になるべき」


 ごもっともなお返事だけど、場所が場所なだけにそう簡単にクールダウンできるかーい!?

 でもそれは彼女も同じで、キンッキンに冷えたチューハイなんてチョイスも、アルコールで多少はリラックスしようという焦りの表れかもな。


「…じゃあ、烏龍茶でいいです」


 庫内に掲示されていた『烏龍茶は無料です』の張り紙を見て、オレはそう伝えた。


「…キミ、こーゆートコ慣れてる?」


 ベッドの端に腰掛けて、缶のプルタブを指先でこじ開けてる母ちゃんに倣って、オレもその隣で同じ動作に興じる。


「んなワケないっしょ、初めて入りましたよ。さっきも言ったけど、こちとら未成年スから」


 未成年者がこんな場所に立ち入ったりアルコール飲んだり喫煙したりすれば、すぐさま警備ドローンがすっ飛んでくる世知辛い時代だからな。

 けど、ガキだって時々は大人の真似事をしたくなるもんだし、そうやって社会ってもんを学んでいくもんだろ?

 だから常々、どうすればお縄に掛からずに済むかを研究して、巧いこと生き延びてんだぜ、オレ達ガキは。

 子供には早すぎるコトは何でもかんでも禁止にして親の言うことだけ聞いてりゃイイ子チャンに育つってか? ンなわきゃねーだろザケんな!

 …でも今は、なんでか大丈夫そうだな?

 さっきのドローンを追っ払った件といい、一体全体どーなってんだ?


「じゃあ童貞?」


「ど!?…イヤ流石に知ってますって。相手の部屋とかカラオケ屋とかで、ノリさえ合えばね。

 知ってます? 室内照明がある程度暗けりゃ、何をしでかそうが睡眠中とみなされてドローンに嗅ぎつけられないんスよ!」


 親友の母親にナニ打ち明けてんだオレ?

 うっかりムキになってバカ正直に答えてしまった後から猛烈に小っ恥ずかしくなってきたオレは、烏龍茶を一気に煽った。


「そ。ちなみに私も初めて。旦那には自宅でオンナにされた」


 ブバァーッ!? イキナリ何言っちゃってんのコノヒト? もしかして、チューハイ一口啜っただけでもう酔っ払ってんの!?

 お陰でせっかくの烏龍茶を大半噴き出しちまったじゃねーかッ!


「ハイおしぼり。」


「あ、ども。…ぢゃなくて!」


 ベッド横のサイドテーブルに置いてあったおしぼりを冷静に手渡す母ちゃんにツッコミ返す。


「で、その旦那さんは今いずこ?」


「別行動で潜伏調査中。私は潜入が下手だから後方支援に回された」


 あー…あの大根芝居じゃなぁ。いったい何のお仕事か判然としないけど、たぶん不向きなことは間違いなさそう…。

 ってことは何か、まだお仕事中なのにラブホにシケ込んで酒飲んでサボってるんじゃ…?


「後で怒られません?」


「怒られる。ワンちゃんスタイルでお尻にぶっ太い肉欲棒注射を突き立てられる。でもけっこーキモチイイからソレはソレで♩」


 誰もンな具体的なコト聞いてねーけど、盛大にノロケてくれてありがとサン♩


「…あれ? そしたらあの家、ななお達が生まれる前から住んでるんスか? その割にはまだ新しいっスよね?」


「…他人の家庭事情に口を出さない。」


 オレには散々訊いといて…詮索無用ってコトね。へぇへぇ解りましたよ!(※はるきはななお達が仮面家族である事実を知らない)


「ふむ…これで大体解った。キミは正直者」


 缶チューハイをチビチビ飲みつつ、母ちゃんはなにやら納得した様子で頷いてる。

 本当に何なんだろうな〜この人?

 ななおん家で初めて会ったときも、あまりにも若々しくて二人もの子持ちには到底見えなかったから、てっきりアイツの姉ちゃんだと思い込んでたし。後で母親だと聞いてビビったんだっけ。

 あの時は長々と観察してる余裕も無かったけど…こうして間近で見てても、そんなに歳がイッてるようには思えない。下手すりゃまだ学生でも通用するかもしれない。

 よくよく見れば顔立ちも日本人離れしてて、彫りが深くて鼻筋も通ってる。具体的にどこの人種かは世界地理が赤点ギリギリなオレに判るはずもねーけど…ハッキリ言ってメチャクチャ美人だ。

 透けるように薄い髪の色も染めたり脱色したりしてる感じじゃなくて、どうやら地毛のようだし…言葉遣いがカタコトなのもそのせいか?

 ななおもななみちゃんもスンゴイ美男美女だけど、もしかしたらハーフなのかもな…。


「…ふぅ。」


 ぢぃい〜〜〜〜。


「って。なんで脱ぐんスか!?」


 すっかり見惚れちまってた相手が、イキナリ上着のジッパーを開けて白い胸元を曝け出したことに、オレは当然のように慌てふためく。


「暑いから。この服、割と気密性が高くてムレる」


 とか言いながら上着から袖を抜いて、アスリート仕様のスポブラ一丁という刺激的なお姿にモードチェンジする彼女。

 まるで自宅みたいにくつろいでる…って、本来そーゆー目的の場所なんだろうけど。

 もしかして俺、男として意識されてない?


「さて。そんな正直者のキミにお願いがある」


「ハ?…あ、あぁ、さっきの話の続きスね?」


 なんだかずいぶんマイペースってゆーか、会話のテンポが独特な人だなぁ。


「ウチの様子を教えて欲しい」


 …ハイ? 今度こそズルこけた。


「帰って直に見てくればイイじゃないスか。自分ん家でしょ?」


「試験配備されたHWMのガードが予想外に固くて接近不能」


「HWM…って、へぼみちゃんのことっスか?

 だってアレ、おたくの会社の製品でしょ?」


 とオレが言った途端、母ちゃんの首が映画『エクソシスト』のようにギュルンッと物凄い勢いでこっちに振り向いたから超ビビった。


「アレをどこで見た!?」


「ど、どこでも何も、学校来てますよ。ななおが連れてきて」


 と答えた途端、今度はゴンッ!っとこれまた凄まじい勢いでサイドテーブルに頭を打ち付けた。なんかオモロいけど、大丈夫かこの人?


「…アレの存在は社外秘って話だったのに…さすが若様、侮れない…!」


 社外秘? 若様? さっぱりチンプンカンプンだけど…とりあえず、


「だいたいアンタら、出張中だったんじゃないスか? ななおがそう言ってましたけど」


「…そーゆー扱いになってる? じゃあ、それでオッケー。まだ当分自宅には戻れない」


 えらくテキトーだなオイッ!?


「他に変わったことは?」


「ななお、自宅にカノジョ連れ込みましたね」


 ガンッ!!


「只今絶賛同棲中です。仙石病院って知ってます、産婦人科の? そこの娘さんで、ウチのクラス委員長のさよりタンとデキちゃいました♩

 あ、向こうのご両親公認らしいっスよ。子供が出来るまで帰らないトカ…ロックっスよねぇ☆」


 ガンガンガンガンッ!

 母ちゃんドタマでサイドテーブル乱れ打ち。太鼓の達人ばりだけど、マジ大丈夫なんかい?


「ほ、他には…?」


「こないだからあゆかお嬢もお仲間に加わりました。雫石グループの御令嬢っスね」


 ゴンッ!!


「うちのガッコに入学以来ずぅ〜っと不登校だった彼女をいきなり登校させて皆をビビらせました。

 どーやらお嬢もななおにホの字っスね。屋上でななお押し倒してたし…下手すりゃいいんちょ押し負けちまうんじゃねーかな?」


 ゴォンゴンゴンッ!


「…真木名博士がウチの会社に来た謎解けた」


 だくだくだく…。

 こっちは逆にますます謎まみれっスけど、あーた額が割れて血まみれっスよ!?


「ハイおしぼり」


「気が利く」


 気が利く利かないの問題じゃない気もするけど。


「あと、オマケで担任教師も住み着いちゃいましたね」


 ズドバキャアッ!!

 トドメの頭突きを食らったサイドテーブルがついに真っ二つにへし折れた。


「親が不在なのに女生徒ばっか住まわせるのはケシカランッ!てな理由ですけど、そういうていちゃんもまだギリギリ二十代だしなぁ…。

 ズボラな体育教師だけど、そこそこ美人でサバケた性格なんで、生徒人気は高いっスね。

 おっぱい大きいのに薄着でエロいし♩」


「…ソレ、監督役としてどーよ?」


 頭突きの対象物を失った母ちゃんの視線が、いよいよオレの脳天に注がれ始めた。サイドテーブルみたく真っ二つにされるのはゴメンだし、とっとと報告を切り上げよう。


「今んとこ目立った変化はそれぐらいスか。

 生徒会長と風紀委員長のコンビも興味本位でウチのクラスに入り浸ってますし、監視としては万全の体制っスかね?」


「学校中巻き込んでる…。

 もしかして、HWM…へぼみの存在って?」


「えぇ、もぉメタクソ有名っスね。美少女HWMがナマで見られるってんで他校からも見学に来てるくらいだし」


「ッッッ!?」


 もはや何に対しての激情なのか、今度はベッドを頭突きで破壊しにかかった母ちゃんを必死で羽交締めにする。誰が弁償すんのコレ?


「ほらほら、おでこ見せてください。

 …けっこー酷い傷口だから、後でちゃんと病院行ってくださいよ?」


 おしぼりで彼女の額の血を拭って、たまたまズボンのポッケに入ってた絆創膏を貼ってやる。

 母ちゃんは子供みたいに目を細めて治療の痛みに耐えていた。


「キミ、チャラいけどイイヒト」


「チャラいは余計だけど、よく言われます」


 てか、目の前で流血してる美女がいたらフツー助けるっしょ? 野郎には自分で治せって言うけど。

 傷はそこそこ酷いけど、髪に隠れる部分だし痕は気にならないだろう。

 それにしても…やっぱ美人でカワイイ人だな。もぉ人妻でもイイや♩

 こんな間近で顔を突き合わせてるもんだから、ついつい他にも目移りしちまって…素肌が剥き出しの胸やおへそに視線が吸い寄せられる。


「う〜ん…こうして見ても、本当にココにななおやななみちゃんが入ってたとは思えないなぁ。綺麗だし痩せてるし、腹筋割れてるし…」


「…触ってみる?」


 意外な提案に「ほあ?」と呆けたオレの手首を、母ちゃんは片手で掴んで自分の真っ白いお腹へと…えっえっ?

 えーっと、筋肉質だけどガチムチってほどじゃなくて、女性特有の脂肪の柔らかさが…って冷静に解説してるバヤイだろーか?


「赤ちゃんが入るところは…もっと下」


 その手をスウッと下腹部へと引き下げていって…オイオイ!?


「出てくるところは…もっと、もっと下。赤ちゃんの頭の大きさに合わせて広がる。だから男のモノのおっきい小さいはあまり関係ない」


「何の話っ!?」


「…キミの、おっきしてきた。…ご立派。」


 そりゃ〜ここまでされて無反応な奴がいるわきゃねーっしょ!? でもお褒めに預かり光栄っス!


「私もおっきした。おあいこ」


 言われて視線を彷徨わせれば…鍛え抜かれた身体の割には柔らかそうな乳房の先端が自己主張し始めていた。

 スポブラ越しだけど、ななお達がむしゃぶりついたに違いない場所にしては小さめでカワイイ♩


「…本当にアンタがななおを産んだんスか?」


 思わず素朴な疑問が口を突いて出たオレの視界を妨げるように、やおら彼女の妖艶な眼差しがヒョイっと割り込んで…


「キミの情報…とても興味深い。これからも色々教えてくれたら…もっとイイご褒美がある…カモ?」


「ご、ご褒美? ゴックン…ハイハイ、教えます教えます♩」


 こうしてオレは親友をあっさり売った。


「解ってると思うけど、この件は…」


「解ってますって、他言無用っスね!?」


 こんな美味しい話、他の誰にチクれるってんだ? オレ一人で墓場まで持ってっちゃる!


「イイコね。じゃあ…私、これからお風呂入るけど…キミ、どうする?」


 こ、こんなアスリート系セクシー人妻とお風呂…!?


「お供しましょう、どこまでも! ポチと呼んでくださいハァハァ☆」


「じゃあポチ…残念だけど、今日はお預け。」


 ほぇあっ!? ここまで据え膳しといて、そんな殺生な! ペットの躾けには責任持ちましょーよ!?


「旦那に見つかった。時間切れ」


 へっ、旦那さん?と呆けたオレの首筋に、真後ろからストン!という衝撃が加わった。

 それほど強い調子でもなかったのに、急に視界がグルンっと回って意識が遠のく。

 暮れゆく視界の片隅にほんの一瞬、カラテの型のように手刀を構えた眼光鋭い初老の親父が映り込んだ。

 そういやななおの父ちゃんにはまだ会ったことなかったけど…まさか、この人が? 夫婦の年齢差開き過ぎだろ…?

 嗚呼ダメだ…意識が朦朧として考えがまとまらない。


「…遊び過ぎだろ。こんな子供を籠絡するのに身体を張り過ぎだぞ」


「でもイケメンだし、なかなか紳士だった。

 …ちょっとときめいた♩」


「…聞き捨てならんな」


「フフッ…嫉妬?」


「フンッ、青二才の分際でこの俺を嘲笑うとは…お仕置きが必要だな?」


「待って、彼まだ意識が…」「構わん、じきに落ちる」


 ズズイッと☆「あふっ…う!?」


 ぅをっ、なんかおっぱじまった!

 でももう目が眩んでな〜んも見えねぇ…!

 でもでも何この妄想を掻き立てられるチュプぬぷグチョぬちゃゆー粘着質な擬音は?


「…で、連絡役には仕立てられたのか?」


「んんっ…そっちはバッチ…リ」


「でかした。ご褒美をやろう」


「え? もぉ大っきいの貰ってる…?」


 そこでおもむろにオレのズボンが脱がされ、股間が引っ張られる感覚…何が起きてるんだ?


「ま、まさか…ソレ絶対無理!?」


「タダ働きさせられて喜ぶ奴なんかおらん。ちゃんと対価を支払わねば…なッ!!」


 ズボッ♩


「ゔあ…っ!?」


 母ちゃんの押し殺した悲鳴!?

 真っ暗闇で何されてんのかよく判らねーけど、デッカイ肉の塊が下半身に載っかる感覚。

 おっ勃ったままだったオレのオレが、すんごい熱さで締めつけられて…昔、興味本位で試したオトナのオモチャなんて目じゃないほどの快感が…っ!

 オレ今、どんな状況!? ま、まさか…?


「…むぅ? まだ意識があるのか。案外しぶといな」


 ドォーーーーンッ!!

 ぎにゃあ〜〜〜〜…





 …朝だ朝だよ朝日が昇る。

 窓から射す眩い陽光に気がつけば…オレは自宅のベッドで私服のままうたた寝していた。

 直前に何やら死ぬかと思うほど強い衝撃を受けた気がするが…うろ覚えで現実味がない。

 だいたいオレ、昨夜は何やってたっけ…?


「…ぅをっ!? なんだスマホかよ」


 マナーモードのスマホの着信にビビらされて、ようやく意識がハッキリした。

 …チャットアプリにいつの間にか、見覚えのない女性が登録されていた。


《七尾ななおの母でございます。》


 …ネタ古くね? 着信はその人からだった。

 なんで親友の母親がアドレス登録されてんのか知らんけど、確かに知ってる人だからスルーできない。

 アイコンもちょい前に流行った巨乳クノイチのアニメキャラだし、まず間違いないだろう。

 …何故クノイチでそう思ったのかは知らんけど。

 まあ開いた途端にスマホが乗っ取られるってこともないだろうし、怪しかったら無視してななおにでも知らせてやるか。


《今後はこちらで連絡お願いします。

 定時報告の件、よろしく》


 いつもの口調とはまるで別人な文面だから一瞬戸惑ったけど…添付写真に写ってる顔は間違いなく本人だった。

 あー、確かにそんな約束したっけ? いつ何処で交わしたかまでは、記憶がスッポ抜けててまるっきし憶えてないけど…。

 もちろんそう言って無視を決め込むことだってできるだろう。知り合いとはいえほとんど接点がない相手だし、自分の子供達の様子を友人に探らせる親なんてマジ意味不明だし。

 けど…この添付写真…。

 スクロールさせてみると、これまたスンゴかった。

 フィットネスジムでの自撮りと思われるカットで、鍛え抜かれたないすばでぇを惜しげもなく曝け出したスポブラにショーパン姿というあられもないお姿の彼女が、こちらにはにかんだ微笑を浮かべてるのだ。

 アイコンの巨乳クノイチなんぞよかよっぽどセクシーぢゃんハァハァ♩

 しかも、なんでかこっちにお尻を突き出したポーズだし。

 そして、ソレを見るだけで何故だか股間がムズムズしてくるオレ…謎だ。

 …あ、まだメッセージの続きがあった。


《また何処かで。マイ・セカンド・ハニー☆》


 …せかんどはにぃ!?

 オレと彼女の間にいったい何が!?

 ぐぅわぁ〜〜なんで何も憶えてねーんだ!?

 …それにしても、これまで既婚者はお断りなオレだったけど…イイぢゃん人妻♩

 たとえ相手が人妻感ゼロだったとしても!


〈了解っス。何なりとお申しつけくださいワン☆〉


 …『ワン』?




【第八話 END】

 大波乱だった前回までとは打って変わって、今回は中休み的なお話ですかね。

 とゆー訳で、本編とはしっかり絡みつつも、個々のキャラにまつわる小話的なエピソードを寄せ集めた短編集にしてみました。

 こうでもしないとなかなか出番が回って来ないキャラもちらほら出始めてますしね。自分好みな輩を片っ端から無計画に放り込んできたもんで(笑)。


 なのでそれなりに苦労しましたが、お陰で今後の方針もなんとなく固まってきました。

 実のところ、前回一段落したあゆか編以降はまったく展開を考えてなかったもので…適材適所な感じで上手くハマってきたって感じですかね(謎)。

 たとえば今回中盤以降の、今までほとんど注目されなかったであろう意外なキャラ同士の意外な絡み。こーゆー意外な組み合わせは今後も取り入れていきたいですね。


 実はまだ登場させてない新キャラや、今回はあえて出さなかった副首領も残ってますので、それは今後に乞うご期待!てな次第で。

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