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眼鏡覚醒。

【前回のあらすじ】

 宇宙世紀〇〇七九…を遥か未来に臨む西暦二〇XX年。

 機密文書『連休中の諸注意』をクラス担任より託された委員長…コードネーム『伊達メガネ』こと本名・仙石せんごくさよりは、以前より付け狙っていた主人公であるゴロツキ兄貴こと七尾ななおを陥落…すなわち『ゴロにい落とし』を敢行すべく、ホーム7…つまりは七尾家への潜入に成功。

 だがそこに巣食っていた猛獣『ワイルドキャット』こと妹の七尾ななみと、秘密結社ゴタンマより実験配備されていたななみに瓜二つの部分的超重量級最新鋭HWM『デッパイ』相手に思わぬ苦戦を強いられ、◯◯◯され、洗脳され、絶体絶命の危機に陥った。

 彼女達の圧倒的な火力に戦慄を覚えたさよりは、自らの行いの浅はかさに恐怖した。

 委員長…キミは生き延びることができるか?

 れっつ・ゆにばぁーすっ☆





「どうして…お父さんとお母さんが…?」


 ここにいるはずのない人たちの顔を見て、委員長は総毛立った。

 そんなに驚くことかいな? あんたが偽造して二人に見せた塾の合宿所の住所、まんまココになってんだからバレバレだろ。

 仕方ないから種明かししとこうか。


「…俺が呼んだ。」


 昨夜あれから、電話してな。

 割と遅い時刻だったから失礼かな〜とも思ったけど、産婦人科医ならまだ起きてるだろうし、大切な娘さんをお預かりしてんのに挨拶もしないのはなおさら失礼だろうしな。

 二人ともそれなりに驚きはしたけど、合宿所の話が真っ赤な嘘ってことには早々に気づいてたし、委員長のお引き取りにも快く応じてくれた。

 で、幸い今は連休中で病院の診療も休みだからと、こうして朝早くから御足労頂いた。


「だ…騙したのね!? 酷いッ!!」


 案の定、血相変えた委員長は怒りも露わに怒鳴り散らす。


「おいおい人聞き悪ィな。騙してたのはあんたの方だろ、こんなにイイ人たちをよぉ?」


 昨夜の彼女の独白を聞いて、俺は内心ムカついてた。

 所詮は養父母とはいえ、本当に委員長が言うように娘の自由を一切合財束縛するような連中なら、文句の一つもくれてやって、委員長もそのままお預かりし続けてやるつもりだった。

 けど…実際こうして会ってみれば、俺の予想を良い意味で裏切る、気さくで良識的な極々フツーの老夫婦だった。


「…すっかりご迷惑をお掛けしたようだね、七尾くん。いつもは恐ろしく聞き分けのいい子なんだがな…」


「あ〜いえ、ご迷惑だなんて…。

 むしろ、たいへん美味しい思いも堪能させて頂きましたし♩」


「七尾くんッ!?」


 真っ赤になった委員長が咎めるが、俺はなーんも隠すつもりはないぜ。

 ご両親も産婦人科医やってるだけあって、性的な事柄には割りかし寛容らしいしな。


「まぁ、隅に置けない子ね♩ これなら初孫の顔を見られる日もそう遠くはないかしら?」


「ハハハ。とはいえ今はまだ時期尚早だろうし…今日のところはおいとまさせて頂くよ」


「さより。起きたばかりで悪いけど、帰り支度を急ぎなさい?」


 などとほんわかアットホームな雰囲気の御両親とは裏腹に、


「嫌ッ!! 私、帰らないっ!」


 委員長は断固としてその言いつけを拒んだ。

 そして、激しい怒りの炎がなおも燃え盛る眼で俺を真正面から睨みつけて…言い放った。


「ななおくんなんて…大っ嫌いッ!!」


 …ほーら、予想通りになったろ?

 こっちだって便利屋じゃねーんだ。なんで将来的には別の野郎に奪られる女の言うことをホイホイ聞いてやんなきゃならねーんだよ?

 乳揉ませたくらいで満足させられたとでも思ったのか?


「私、もうこの家から一歩も出ないからッ!

 大っ嫌いなあなたのそばで、一生恨み続けて…大っ嫌いなあなたを呪いながら死んでやるんだからぁッ!!」


 お〜コワッ!? コレが俗に言う「可愛さ余って憎さ百倍」ってヤツか?

 でもアンタ、この俺に可愛げなんて微塵も無ぇこたぁとっくに知ってんだろ?

 なのにそっちは恨み節までカワイイなんてよぉ…男心をおちょくるのも大概にしやがれッ!!

 でも…キライになんてなれねーんだよなぁ〜こっちは。男なんて誰しも女々しいもんさ…。


「いい加減にしないかッ、さより!!」


 っておわっビビった!? 寸前まで温厚を絵に描いたような紳士だった親父さんが、急に立ち上がって委員長を大声で怒鳴りつけたぞ。


「そうよ、さより! あなたのワガママにどれだけの人を巻き込んでると思ってるの!?

 私たちに嘘をついたことは許せても、他の人に迷惑を掛けたら許さないわよっ!」


 続けざまにお袋さんも追撃開始。こちらは親父さんよりもいくぶん理性的だけど、それだけに怒りどころが的確で手厳しい。

 はてさて、御両親双方から猛攻を受けた委員長は、すっかり呆けた様子で立ち尽くしていたが…


「…初めて…怒られた…」


 その場の誰もが予想外の呟きを洩らすと、にっこり笑った。そして、


「怒られたのに…嬉しいなんて…変なの…っ」


 笑いながら涙をぽろぽろこぼす委員長に、誰もが言葉を失った。

 親父さんは全身の力が抜けたように再びリビングソファに腰を下ろし、お袋さんはそんな旦那さんと娘の間でオロオロするばかり。

 これは…このまま帰すわけにもいかなそうだな。


「…せっかくだから、委員長も座れよ。

 飲み物、コーヒーでいいか?てかソレしかねーけど」


 俺は委員長を自分の隣の席へとエスコートしつつ、自分は隣のキッチンへと向かう。

 その道すがら、それとなく皆に語りかけた。


「さぁ〜てと、役者も揃ったことだし…差し支えなければお聞かせ願えますかね、そちらのおウチ事情ってヤツを。

 …ああ大丈夫ですよ、ウチも似たようなもんですんで」



 


「ホラ金ちゃん、お仕事だにゃ! もっとシャキッとして!」


 玉座に腰掛けてうつらうつらしていた私の頭を、隣に立つシロちゃんがツンツン小突きます。


「ぅにゅ〜…起こした人は不敬罪で死刑…」


「フザケんにゃっ!」


 パコン☆ 今度はゲンコツが落ちました。

 シロちゃん的には最大限手加減したつもりでしょうが、それでも軽い脳震とうを覚えます。

 ちょっと殴っただけでコンクリ壁に大穴を開けちゃうよーな怪力の持ち主ですから…。

 他の構成員なら真っ青になって震え上がる私の脅しは、彼女にはまるで通じないし、処刑必至な上司への暴行も平然と行いますが、私は特例措置として黙認してます。

 彼女の肩書きは名目上はゴタンマ営業部長となっていますが、事実上は首領である私の補佐と身辺警護…大昔でいう御庭番みたいなものです。

 てゆーか…秘密結社の営業部長なんて、何処に何を売り込むとゆーのでしょうか?

 秘書さんはまた別にいますが、私はあまり人付き合いが得意じゃないので、いちばん仲が良い彼女が仲介役になることが多く、私設秘書的な役割も担ってます。

 私同様にお子様然とした見た目なのに、いつも元気ハツラツで気さくで、何をさせても超優秀で、周囲の信頼も厚く…あ〜コレもう、私いらないんじゃないかなー?


「なんでそんなに眠そーなんにゃ? 昨夜いったい何してたん?」


「こないだ派遣した子からの定時報告がなかなか来ないから、暇つぶしに溜まってた今春の新作アニメを配信チェックしてたら、面白くて徹夜しちゃって…テヘヘ♩」


「新学期早々不登校続きのひきこもり学生みたいな言い訳にゃ。タイパ意識しろにゃ!

 …んで、定時報告は?」


「初日からずぅーっと無いけど…でもまだ日が浅くて忙しいのかもしれないし…」


「…あのアホHWM、やっぱとんだ役立たずにゃ。なんであんな出来損ないを野に放っちゃったにゃ?」


 それは言えません。特に…金ちゃんには。


「そんなことよりお仕事にゃ! まずは…第二ゲーム事業部の新作のお披露目だにゃ。開発中だったシューティングのベータ版が完成したとか…」


「新作☆ シューティング!!」


 そーでしたそーでした、コレの完成を首を長くして待ち侘びてたんですよぉ♩


「…相変わらず趣味のコトになると食いつきイイにゃ。目が覚めたようでなりよりにゃ」


 呆れた様子のシロちゃんが手元の呼び鈴を鳴らすと、私たちの眼前の垂れ幕がスルスルと上がり、部屋の奥に待機していた開発部の代表者たちが静々と歩み寄ってきます。


「え〜、本日はお日柄もよく、首領様におかれましては大変ご機嫌麗しゅう…」


 どうしてこの手の組織の社交辞令はいちいちうざったらしいんでしょうか?

 タイパを意識しなさいタイパを!


「つまらない挨拶はそのくらいにして、まずは結果を見せて頂けますか!?」


 シャキーーンッ☆


「ををっ、金ちゃんが珍しくシャキッとしてるにゃっ!?」


 素で驚くシロちゃん同様、私に挨拶を遮られた開発陣は一斉に総毛立ち、


「こっこれは大変失礼をば! ベータ版はこの通り、こちらに!」


 慌てふためいて懐から引っ張り出したメモリーカードを、どじょうすくいのようにあたふたした手つきで指し示しました。

 だから最初からゲーム機にセットして即プレイ可能にしといてくれたら良いのに。タイパ、タイパ!


「きゃはーっソレを待ってたの☆

 早くぅ、早く挿れてぇ〜♩」


 ふにゃふにゃ〜ん。待ちきれず素に戻ってゲームプレイをせがむ私に、


「…こやつの首領の威厳は1分も持たんのかい」


 とシロちゃんは頭を抱え、


「ちょ、ちょっと待って、すぐに挿れてあげるからねハァハァ♩」


 開発陣のリーダーは何故だかズボンのベルトを外し始めましたが、


「不敬罪にゃ!」


 パンッ。ぱたっ。

 自分のことは棚上げしたシロちゃんがリーダーを射殺してしまったので、代わってサブリーダーが引きつり笑いを浮かべつつゲーム機を起動しました。


「ほぉーら見てごらんっ♩」


「言い方が卑猥にゃ!」


 パンパンッ。ぱったん。

 サブリーダーともお別れです。短いお付き合いでした。

 一人撃ち殺した勢いで、シロちゃんの認定基準がガバガバになっちゃったみたいです。

 こうなったら一人も二人も百人も千人も一緒ですよね。一人殺せば殺人者でも、いっぱい殺せば英雄ヒーローです♩


「え、えとえと、こちらが新作の…」


「ってコレ、マジにゃ?」


 最後に残った不慣れな開発者が一生懸命に紹介してくれたゲーム画面を見るなり、シロちゃんは露骨に顔をしかめました。


「は、はい! 今こそ原点回帰をということで開発した、隷民教育用のシューティングゲームでして…」


 『隷民』とは我らゴタンマが世界征服を成し遂げた後の一般庶民の呼称です。

 もっとも、先代の首領様の統治時代に組織は大幅な方針転換を計り、世界征服などという非効率な野望は潰えましたが。

 それでも組織というものは体裁にこだわり続けるもので、便宜上の呼び方だけが慣習化されました。実に非効率的かつ非生産的です。

 そして教育用というのは、遊んだだけで戦闘技術が身に付くという名目の…。

 ぶっちゃけゲームなんて楽しければそれで良いんですが、何かにつけて定義付けしたがるのが組織というものですから。


「戻り過ぎだにゃ!! これじゃまるでビデオゲーム黎明期にゃ!」


 シロちゃんが言う通り、ゲーム画面に背景はなく真っ黒。最大サイズでも8X8ドットの単色キャラが何個か表示されてるだけの、地味すぎるにも程がある見た目です。

 それも画面サイズがカセットビジョンか、せめて初代MSX並みの低解像度なら丁度見やすいのですが、現行の一般解像度の8K上でソレなので小さすぎて、ほとんど点にしか見えません。


「シューティングっていうからFPSだとばかり思ってたら、今どき完全2Dだし…。

 てかコレ、自キャラはどれにゃ?」


「え、えとえと…あ、ありました! この左下隅の…は残機表示だから、えと…あっ、この中央付近の白いのがソレです!」


 …開発者でも識別に困惑するような代物ですが、


「と、とにかく騙されたと思って! 絶対に驚きますから!」


 ある意味すでに騙されてるし、別の意味で驚かされましたが…仕方なくゲーム機の前に座ってコントローラを握ります。


「…を?…ををっ!?」


 思わず唸り声が出ました。自機はコントローラ操作にもかかわらず狙い通りの位置にスイスイキビキビ動くし、弾の発射も驚くほどスムーズ…。

 久しく忘れていた「動かすだけでも楽しい」感覚が蘇りました。


「コ、コントローラ内臓のAIチップと各種センサーで、プレイヤーの意図を先読みしてます。なんなら手放しでも動かせますよ」


 …ホンマや! 画面上の点に過ぎない自機に、それだけであたかもペットのような親しみが湧きます。


「じ、自弾の発射は単発で連射機能はありませんが…理論上無尽蔵に発射できて、弾速や方向も自在に変えられます」


 おお〜、確かに!? 基本はボタン一押し毎の一弾発射ですが、発射間隔にインターバルが無いため、小刻みにボタンを押せばレーザー状の弾が出ます。

 さらには一画面上に表示可能な弾数の限界から、画面端で発射すると次弾が撃てるまでに若干のタイムラグが発生し、その隙にやられるという悲劇も起こり得ません。

 自弾は基本的にもっとも近くの敵めがけて飛んでいきますが、先に倒したい敵はAI判定で優先的に攻撃できるようになってます。


「あ、当たり判定も極めて公正かつシビアになってまして…」


 ホントだ…敵も味方も、いわゆる当たり判定ではなく「ドットがある箇所」に被弾するとダメージを食らうようになってます。従来のゲームではありそうで無かったシステムです。

 これまでのゲームでは、主にキャラクターのパーツの中心付近におおまかな判定域を設け、ここに攻撃が当たるとリアクションを行うようになっていました。

 そのため「明らかに翼をかすってるのに当たったことにならない」もしくは「何もない場所に敵弾が飛んできただけなのに何故か被弾した」という納得いかない事態が頻発しました。

 それをこのゲームではキャラの構成ドット毎に判定してるようで、腕や脚にあたる細い部分に弾が当たると被弾箇所のドットが欠けていきますが、先端部分では致命傷にはなりません。

 その代わりダメージに応じて攻撃能力が落ちていき、最終的に反撃不能に陥ると1ミスとなります。

 が、頭部や腹部などに当たれば一撃でダウンするなど、非常にリアルな判定になってます。


「ス、ステージが進むと、敵や味方の種類もどんどん増えていきます」


 最初のステージでは敵が数体しか出てきませんが、先へ進むと小ぶりでやたらに素早い敵や、巨体でスローモーな分なかなか倒れない敵、メカを思わせるような自弾を弾く敵も出てきます。

 なかには仲間を犠牲にしてその陰から狙い撃ってくる敵や、地雷と思しき動かない弾を敷設して回る敵も…。

 対する自キャラには時々味方の増援があり、フルオートで攻撃してくれます。

 が、自弾や味方キャラの弾にもしっかり当たり判定があるため、誤射で自滅したり、援護射撃がかえって邪魔になったりと、どこまでもひたすらリアルです。

 なるほど、確かに『隷民教育用』という名目を見事にクリアしています。


「…スゴイですねコレ。見た目は地味すぎますけど」


「は、はぁ。自分たちが夢中になって遊んでた頃の『アツいゲーム』を再構築するんだって…そこの先輩二人が意気込んで作りましたから」


 自分の足下に倒れた開発リーダーとサブリーダーを見下ろして、新米開発者は溜息をつきました。


「それは…惜しい人材を失ってしまいましたね」


 もう少し生かしておけば、さらにスゴイモノを開発できたかも…と惜しみながら、そんな彼らにトドメをさしたシロちゃんをギョロリと睨むと、


「ゔ…で、でもコイツら素行は最悪だったにゃ! ボクは正しい判断をしたにゃ!」


 脂汗を滴らせたシロちゃんは大人げない自己弁護を始めましたが、本当にまだまだ子供なので仕方ないでしょう。


「ま、まあ確かに…基本システムを構築したのはこの二人でしたけど、後の部分はスタッフ集めから何から何まで新米の僕に丸投げで…

 息抜きって名目で風俗店に入り浸ってなかなか帰ってこないし、開発費もソレで使い込んじゃって…

 こんな地味な見た目にしか仕上がらなかったのもこの人たちのせいなんですよ!」


 今日は自己弁護大会の日ですか?

 よくある話とはいえ、知りたくもなかった裏話が明るみに出てしまいました。

 まあ天才だからといって人格者とは限りませんし、常にベストを尽くせるわけでもありません。

 こんな場所で気の緩みを表面化させた彼らが悪いのですから、シロちゃんの弁も一理あるかと。


「ともかく…このゲームの事実上の開発者はあなたということですか。

 良い仕事をしましたね…名前は?」


「お、おぅいぇっ! まいねーむいず…」


「なんで急にカタコトにゃ? お前の名前なんかどーでもいいし。

 このゲームの名前を訊いてるんだにゃっ!」


 私の聞き方が悪かった気もしますが、首領は容易く他人に頭を下げない存在なので謝りません。

 シロちゃんのツッコミに赤面した開発者は、コホンッと咳払いして気を取り直し、


「こ、これぞ隷民教育用最新鋭シューティングゲーム…ダイナミック・オフェンス・トレーニング・システム…

 その頭文字を並べて『D・O・T・S』ッ!!」


 …つまりは所詮ドットですか。華々しく言ってみても地味さは拭えませんね。


「図に乗ってきたにゃ」





 ウチも同じという俺の一言が効いたのか、委員長の養父母は割とすんなり口を開いた。


「大体のことは娘から聞いてるだろうが…

 さよりは私たちの実の子じゃない」


 親父さんも委員長と同様の切り口で話し始めた。

 冬の寒さも近づく十一月一日の深夜零時、夫妻が経営する産婦人科『仙石病院』の正面玄関前に身元不明の女性が倒れていた。

 彼女はすでに息絶えていたが、直前に産み落とした胎児はかろうじて助かり、院長夫妻はその子を引き取って育てることにした。

 それが委員長…仙石さよりだ。


「産婦人科医だというのに、何の因果か私たちはずっと子供に恵まれなくてね。

 あるいは中絶だの避妊だのと、生命への冒涜行為を散々繰り返した報いかもしれないが…」


「だから…亡くなった彼女には悪いけど、私たちにとってこの子は、やっと私たちを許す気になった神様が与えてくれた、素敵な贈り物のように思えたものよ♩」


 日頃から大勢の他人の子を相手にしながら、自分たちの子を抱くことは決して叶わない…想像するだに辛辣な環境だ。

 本来ならもう孫がいてもおかしくない年頃の二人にとっては、委員長はまさに天からの授かり物だったのだろうか。


「…あら、主人が言うように悪いことばかりしてきたなら、むしろ試練かもしれないわねオホホホホ♩」


 このタイミングでソレは笑い事じゃないっスよ奥さん。ずいぶんマイペースな人だな…。


「それが彼女との約束でもあったしな…」


「…え?」


 遠い目をしてボソリと呟いた親父さんの言葉に、委員長はすぐに反応した。それを補足するようにお袋さんが、


「けっこう生々しい話だから、さよりには今まで言えなかったけど…私が見つけたとき、彼女はまだ息があったのよ」


 病院の正面玄関前にうずくまる女性の姿と、その腕に抱き抱えられた生まれたばかりの赤ちゃんを目撃したお袋さんは、慌てて親父さんを呼んだ。

 そこへたどり着くまでに何度も倒れ込んだのか、全身擦り傷だらけだったその女性は、まだ臍の緒が繋がったままの我が子を二人に差し出して…


「『この子を…お願い』…そう言い残して息を引き取ったの。安心したように微笑んでね…。

 丁度いまのさよりにそっくりの、物静かで優しそうな人だったわ…」


 物静かで優しい…ねぇ。ななみとは逆に、家の中では猫被りなタイプだったか、この眼鏡っ子は。

 その後すぐに警察が訪れて女性を調べたが、擦り傷の他に外傷は確認されなかった。

 司法解剖の結果、胃の内容物が何も無かったことから、極度の空腹状態で出産したことによる衰弱死と診断された。

 従って事件性はないと結論付けられたものの、金品を含め身元が判るような物は一切持ち合わせていなかったことから、やむなく無縁仏として葬られた。


「…お母さん…」


 初めて聞いた産みの親の壮絶な最期に、委員長はショックを隠せない様子だったが…御両親の手前ということもあって、俺は震える肩に手を添えるぐらいしかしてやれなかった。


「そして私たちはその子を引き取り、さよりと名付けて育てることにした。

 これがまた、幼い頃からよく気が利く聡明な子でね…本当についさっきまで、一度も怒ったことが無かったくらいなんだ」


「あまりにもお利口さんすぎて怖いくらいだったけど…この子もやっぱり人の子だったのね♩」


 いやあんた達の子でしょ、養女とはいえ。

 委員長とその隣の俺を交互に見つめて、にんまり笑う母上様に俺たちは照れるしかない。


「学校の成績も優秀でね。僕らは何の指導もしたことがないし、塾にも通ってないし、家でもそこまで机に張り付いてる感じはないのに、常にトップだなんて…本当に上出来すぎるよ」


「でも勘が良すぎて、私たちとの親子関係には早くから違和感があったみたくて…。

 結局、小学校を卒業したときに事実を打ち明けたの」


 そりゃ〜夫妻とは年齢も離れすぎてるし、容姿も全然似てないしな。

 委員長が成績にこだわるのがこの二人のためだとしたら、もっと早い時期に気づいてたのかもしれない。


「さよりは素直に事実を受け入れてくれたわ。

 そして、これからも私たちは変わらず家族のままだって…嬉しいことまで言ってくれて…」


 嬉し涙をちょちょ切らせるお袋さんに、うんうん大いに頷く親父さん。

 はて…今までのところは、なーんの問題も無さそうだが…?


「…まさにそこだよ、問題は」


 手にしたコーヒーカップを静かにテーブルに戻して、親父さんは腕組みをして考え込む。

 そんな彼に代わって、お袋さんが続けた。


「さよりは…素直すぎたのよ。」


 先ほどの夫妻の言葉通り、委員長は一度も怒られたことが無ければ、夫妻の言いつけは何でもきちんと守る。

 学校の成績は相変わらずトップであり続け、料理などの家事も完璧にこなす。

 そして将来の夢は、二人の後を継いで病院を存続させることだという。

 まさしく二人の夢や希望をそのまま具現化させた、非の打ち所がない完璧超人ぶりだった。


「だがね、僕ら二人はお世辞にも、そこまで出来た人間じゃなかった。

 そんな僕らからすれば、何もかもが自分たちの思い通りなさよりは、どんどん人間離れした存在になっていって…こんな言い方はどうかと思うが…」


 言いにくそうに口ごもってしまった旦那に代わって、意を決したように妻が言葉にする。


「…『化け物』みたい…って思ってしまったの。」


 他に言い方が見当たらなかったのかもしれないが、それはあまりにも絶望的な言葉だった。


「…っ」


 俺の隣で委員長が激しく動揺するのが、ソファの軋み具合で判った。


「!? ごめんなさい、さより…!」


 慌ててお袋さんが差し伸べた手を、委員長は脊髄反射で払い除けた。無理もないだろう。

 義理の母娘とはいえ、後先考えない発言はある意味親譲りなのかもしれないが…タイミングが悪すぎた。

 そんな二人の様子に、親父さんは深い溜息をついて…重々しく呟いた。


「さよりが僕らに嘘をついてまで、家を出て行ったと知って…いよいよ、この時が来たんだと思ったよ」


 テーブルの上で手の震えを懸命に抑え込んで…彼は言った。


「僕らはもう…お終いだって。」


 その場の空気が凍りつく。

 まだ春だってのに、朝っぱらから結構な陽気だったのが嘘のような寒気を感じた。

 他人とはいえ、親しい知人の家族が崩壊するその瞬間に…俺は立ち会ってしまった。

 なんてこった…親子関係がギクシャクしてるなら、とりあえず両者を引き合わせて、双方の話を聞いてやれば何とかなるだろう…なんて安請け合いしてみた結果が、このザマだ。

 元々不安定だった、この家族に…

 この俺が、トドメを刺しちまったんだ…ッ!

 悪いのは…この俺だッ!!


 …いや、それはさすがに自惚れすぎだな。

 俺ごときが何をどうしたところで、他所様の一家がどうなる訳でもあるまい。

 たしかに崩壊の後押しをしたのはこの俺かもしれないが…この家族はおそらく、いずれどこかでこうなる宿命だったんだ。

 そこまで解っておいて、何もしてやれないのがもどかしいが…こんな時は本当に、俺には何一つ出来ることがない。

 せめて、震え続ける委員長の肩でも抱いてやろう…そう思って手を伸ばしかけた、その時。


「…あのぉ〜ぅ、ちょおーっといいですかぁ〜?」


 その場を支配する鎮痛な空気にはまるでそぐわない間延びした声が上がった。

 皆で一斉にそちらを振り向けば…

 リビングの戸口の陰からひょっこりと、偽ななみの顔が突き出ていた。


「わっわっ何やってんの、やめときなさいって!」


 それをシン・ナナミが慌てて引っ込めようと後ろから引っ張ってるが、びくともしない。


「何やってんだお前、ちゃんと見張っとけっつっただろ!」


「無理だっつーの! コイツ、メチャ馬鹿力なんだからぁ!」


 たまりかねて怒鳴りつけると、シン・ナナミが悲鳴じみた声で反論した。


「あ〜も〜しゃーねぇ、入ってこい!」


 戸口でウダウダやられるよりはマシだろうと呼びつけると、


「ではではおっ邪魔っしまぁ〜っす♩」「お、お邪魔しますホントに…」


 ななみーズは対照的な登場の仕方でこちらに寄ってきた。


「まぁ、とてもカワイイお嬢さんたちね!?」


 それまでの鎮痛な雰囲気が一気に華やぎ、仙石夫妻も興味津々にななみーズを観察する。

 予想外のアクシデントだったが、場を和ませられたのは幸いだったかもしれない。


「妹さんがいるとは聞いたが、双子だったのかい?」


「あーいえ、妹はこっちのななみで、そっちのアホっぽいのは某所から送り付けられたHWMです」


 メンドイから別に双子扱いでも良かったが、間を持たせるためにあえて紹介してやると、


「HWMって、あの…!?」


「信じられん、どう見ても人間そのものじゃないか!」


 夫妻は子供のように目を輝かせて偽ななみに見入っている。上手く話題を逸らせたようだ。

 このままなんとかなあなあで済ませられれば上出来なんだが…。


「いひひ〜、そんなにジロジロ見つめられたら、さすがに照れちゃいますねぇ〜♩」


「おっと、これは申し訳ない。なにしろこれほどの出来映えのモノを目にしたのは初めてなものでね」


「うちの病院の受付にも旧式のHWMは置いてるけど、ここまで人間らしい受け答えは出来ないから、一部の患者さんには不評で…」


 よしよし、なかなか盛り上がってるな。


「せっかくの機会だから、色々訊かせて貰えるかな?」


「はぁ〜…その前にぃ、あたしの質問に答えてくださいですぅ〜」


 あ、ヤベ。慌てて止めようとしたが…間に合わなかった。


「どーして『オシマイ』なんですかぁ〜?」


 再びピシリと瞬間凍結する場の空気。

 まいがっ。なんで非常停止ボタンが無いんだ、このガラクタ!?





「おのれぇ〜ちょこまかと…っ! あっ、味方の陰に隠れて…なんて姑息な!? 正々堂々戦いなさいっ!」


「悪の組織の首領様がソレ言っちゃったらオシマイにゃ…」


 ゲームプレイに熱中する私が洩らした独り言に、シロちゃんが呆れ返ってます。


「かくなる上は…喰らえっ! 必殺・金ちゃんビィーーーームッ!!」


「ってただの連射かにゃ」


「いやでもスゴイですよ!? これだけ切れ間なく弾を撃つには、最低でも三十二連射くらいは必要なはずなんですが…」


「きっと指先にバネを仕込む手術でも受けてるにゃ」


 かつてたったの十六連射ごときで名人呼ばわりされた某メーカーの営業部長さんにもそんな噂がありましたけど…バネの隙間に肉が挟まって痛くないですかねソレ?

 そんなことしなくても、二本指使ってドラムロールの要領で叩けば誰でも出来ますけど。(※個人の見解です)


 でも、その連射こそがこのゲーム最大にして唯一の必勝法でした。

 ゲーム中にパワーアップの類いは一切ありませんが、致命傷をくらわない限りミスにはならないので、ドッジボールのようにただ逃げ回ってるだけでも半永久的に生き延びられます。

 また障害物は一切出てこない上に、敵弾に自弾をヒットさせれば軌道を逸らしたり威力を殺せることに気づいてからは、連射オンリーでごり押しできるヌルゲーと化しました。

 なにしろこのゲームの敵弾は例外なく自機めがけて飛んでくるので、引きつけてから躱わせばどうということはありません。

 背景は皆無だし、どんな敵でも撃ち込みさえすれば瞬殺できるしで盛り上がりに欠け、プレイが進めば進むほど単調な作業プレイになってしまいます。


 …やがてラスボスらしき巨大な球体が周囲に無尽蔵に弾をバラ撒きながら登場しました。

 が、それまでと同様に周囲をグルグル回り続けながら撃ち込み続けていただけで、いつの間にかあっさり倒せてしまいました。


”CONGRATULATIONS!!”


 今どきあり得ないほどシンプルなメッセージがペロンと表示され、そのままエンドロールに突入しました。

 それも制作スタッフは数名だけなので、あっという間に終わってしまいました。


「…ふぁ…二周目は無いんですか?」


 延々と垂れ流される単調なエンディングの催眠効果にあくびを洩らしかけて尋ねた私に、新米開発者は冷や汗をダラダラ掻きながら、


「こ、後半はほとんど嫌がらせみたいな難易度になってて、クリアは不可能だろうからと、全99ステージで終了という仕様に…」


「ゲーマーの金ちゃんは高難易度ほど燃える変態だから、嫌がらせとも気づいてないにゃ」


 そう…ゲーマーの私にとってイチバンの嫌がらせ、それは…未完成にも程がある作品をプレイさせられること!


「…ヌルい…」


「…え?」


「生温すぎます。この作業ゲー」


「ひぃ…っ!?」


 ムカつくあまり、ちょっと睨みを効かせて差し上げただけで新米開発者は顔面蒼白になりました。


「特にラスボス! 左舷弾幕薄いよ、何やってんのッ!!」


「ぅえぇえ〜そーですくわぁ〜〜〜っ!?」


「…って言ってみたかっただけにゃ? あのラスボス、球体だから右も左もなかったにゃ」


「…てへぺろっ♩」


 と、ほんのお茶目なジョークのつもりだったのですが…


「あ、あぁ…だからヤだったんだよプレゼンなんてぇ! こんな地味なクソゲー面白がるのなんて昭和生まれのジジババだけじゃん!

 僕はちゃんとしたデザイナー雇った方がって何度も言ったのに、そんな予算無いからって先輩たちがぁ…アンタらが使い込んだからだろぉ〜っ!?」


 ちょっとつまずいただけで、もう二度と立ち直れず人生を失敗したとふさぎ込む、この堪え性の無さ…所詮は彼もZ世代に過ぎないということですか。

 デザイナーがいないならAIに任せるなり、部外の人間に意見を貰うなり…他にいくらでもやりようはあるでしょうに、全部自分だけで解決しようとして…

 それで結局思い通りにいかなかったら、アイツが悪いコイツが悪いと責任転嫁。

 そんな自分がどれだけ恥ずかしい姿を見せているのか、くまなく撮影してネットに晒さなければ気づかないのでしょうか?

 まぁそれで自殺でもされちゃったら、それこそこちらの責任になって思う壺ですけどね。

 でも、そうですか…コレを少しでも面白がった私は、昭和生まれのBBAですか…フフ…ウフフフフのフ。


「ゲーム開発、ゲーム開発うわ〜んっ! クソゲー、クソゲーひぃあ〜〜〜っっ!」


「…なんかどっかの号泣議員みたくなってきたにゃ」


 それだけで済めばまだマシなんですけどねぇ…。


「ぅぅ…チキショーこんなのパワハラだ、モラハラだッ! 僕はちゃんと指示通りに働いたのに、評価されないなんてオカシイッ!

 そうだ、全部上司が…会社が…社会が悪いんだッ! 訴えてやるッ!!」


 ほら、やっぱりそう来ましたか。メンドクサイ人材ですねぇ。


「何処に誰を訴えるにゃ? ウチは『悪の秘密結社』だにゃ。意味解ってるにゃ?」


「にゃーにゃーウルサイんだよ小娘ッ! 僕の言ってるコト間違ってますか!? 正しいですよねェッ!!」


 うーわー出ました、お決まりの自己正当化。 面倒な人間はたいていこの言葉を口にします。そして自らマイナスイメージを高め、どんどん仲間を失います。

 これはハッキリ言ってあげたほうが良いでしょう。


「人の評価は絶対ではなく、時と場合で常に変化する相対的なものです。あなたの意見がどれだけ支持されるかは、あなた自身の人望によりますが…この場ではどうでしょうか?」


「だからウルセーっつってんだろ小娘どもがァッ!! 僕は常に正しくて、お前らは常に間違ってんだよ解れよバーカバーカ!!」


 やれやれ…やはり理解して貰えませんでしたか。では仕方ありませんね。


「シロちゃん…減らず口を減らして差し上げて♩」


「ラジャーにゃ!」


 バリッ! くちゃっ!

 シロちゃんが爪を立てた手のひらを一振りしただけで、新米開発者の下顎がもぎ取られ、文字通り口が減りました。

 悲鳴を上げようにも上げられないその顔を血まみれの手で鷲掴み、シロちゃんはなおも怒鳴りつけます。


「そもそも悪の組織で正義を叫ぶのは敵対行為にゃ! あまつさえ上司を罵るなんて言語道断にゃよっ! 解ったかにゃッ!?」


 返事をしようにも呻き声しか出せず、涙ながらにコクコク頷く彼に、シロちゃんは満足げに頷き返し、


「聞こえたならもうコレは要らないにゃッ!!」


 ベリッ! ブシュウーッ!!

 両耳を一気に引きちぎられ、開発者の側頭部から血飛沫が噴き出します。

 理解できたからといって許すとは一言も言ってませんし、仕方ありませんね。

 という訳で、口に続いて耳も減りました。

 う〜ん逆どろろ♩


「◯△⬜︎◎〒〜〜〜ッ!!」


「えぇーいやかましいにゃッ!!」


 ブチブチィッ!!

 口が無くなっても両腕を振り乱して暴れ回る開発者に業を煮やしたシロちゃんが、その両腕をバナナをもぐように引きちぎりました。

 マネキン人形のように肩からすっぽ抜けた腕が足下に転がるのを見て、呆然と立ち尽くした開発者はやっとおとなしくなりました。


「これに懲りたら…ってもう凝る所も無いにゃ?」


 漢字が違う、なんて無用なツッコミをすると同じ目に遭わされるので黙っておきましょう。


「アタマ悪いお前でも解るように、この世で最も正しい事を教えてやるにゃ!

 いちばん正しいのは…ッ」


 バゴォッ!! シロちゃんの正拳突きが開発者の鼻っ柱を突き破り、そのまま頭蓋内部に潜り込みました。

 そこで彼の脳髄を鷲掴み、力尽くで引きずり出すと、相手の眼前に突きつけて…


「…いちばん強い奴にゃッ!!」


 グチュブチャッ!! 至極当然な鉄則を言い放つとともに、脳髄を握り潰しました。

 それを目の当たりにした開発者の目玉がグリンッとひっくり返って白目を剥くと、棒っきれが倒れるようにバタンと真後ろに卒倒し、完全に動かなくなりました。


「ったく、また制服がダメになったにゃ!

 これとゆーのも人事部の新人教育がなってないせいにゃ…連中にも再教育が必要にゃッ!!」


 いまだ治らない怒りの矛先を変えたシロちゃんは、返り血を浴びて血みどろになった格好のまま倒れた死体を踏み潰し、部屋の外へと向かいます。

 お亡くなりになった今となっては無駄な忠告ですが…とにかく訴えたモン勝ちな傾向が強い昨今、だからといって誰彼構わず噛みついてばかりいると、いずれこのように手痛いしっぺ返しを喰らうことになりますよ?

 一人っ子で誰とも争うことなく育った世代の方々は知らないでしょうが、喧嘩や訴訟にはそれなりの作法というものがあって、楽して一人勝ちは決して許されざる行為なのです。

 この春から新たに組織人となった方々も、独りよがりな不満を爆発させる前に、相手が誰なのかをちゃんと確認したほうが良いでしょう。

 少なくとも相手はあなたの住所氏名年齢電話番号等の個人情報を把握済みなのですから…ウフフ♩


「午前中の予定はこれで全部? そこそこ面白かったけど、最後はちょっとダレちゃったかな…」


 昼食を摂るべく、やれやれと玉座から腰を上げたところで、


「…お、お待ちくださいお二方ッ!」


 唐突に部屋のドアが開き、また新たな人影が室内に傾れ込んできました。

 その顔を見定めた途端…私もシロちゃんもドッと疲れたように肩を落とします。


「…第三ゲーム事業部…今日はお前んトコの新作披露の予定は入ってないにゃ?」


「そこをなんとかっ! やっと…やぁっと市販化のメドが立ちましたものでッ!」


 よりにもよって、この惨劇の真っ只中にわざわざ持ってくるなんて…彼もそろそろお尻に点いた火を吹き消せなくなったようですね。


「…わかりました、見るだけ見てみましょう。

 もしもまたどーしょーもないレベルだったら…解ってますね?」


 足下に転がる肉塊を爪先でどかしつつ、私は再び玉座に着席しました。





「キ、キミ…それはさすがに不躾ぶしつけすぎないかな?」


 ずっと沈着冷静だった親父さんの顔色が、見る間に険しさを増した。


「ウチにはウチの事情ってものがあるんだ。部外者の、ましてやHWMのキミに余計な口出しをして貰っちゃ…」


「いいえっ、黙らないデスッ!」


 俺でさえ容易に口を挟むことが躊躇われるほどの静かな怒りを醸し出すオトナの漢に、偽ななみは果敢に反論する。


「黙ってなんかいられないですぅーっ!

 だって、委員長さん…泣いてるぢゃないですかぁ〜ッ!?」


 言われてハッと気付けば、委員長は俺の隣で大粒の涙をポロポロこぼして震えていた。

 ずっと親子関係を続けてきた相手から『化け物』だの『オシマイ』だの言われて、耐えられる訳がない。

 なのに、俺は…何も出来ずに…!


「HWMさん…いいの…いいから言われた通りに…」


「イヤですっつってんですよぉこのムッツリ眼鏡ェーッ!!」


 泣きながらも諭そうとした委員長にすら偽ななみは歯向かう。


「ムムムッツリ眼鏡!?」


「相手がマスターなら股ぐらおっ広げて奥まで見せびらかしてたじゃあないですくわぁ〜ッ!!」


「あ゛ーっ!?あ゛ーっ!?あ゛ーっ!?

 もぉイヤぁ〜〜〜〜っ!!」


 断末魔の悲鳴を上げて、委員長ますます泣いちまったじゃねーか!?

 てか俺にはそんな有り難いモン見せて貰った憶えはねーぞ!? こんエロエロHWM、いったい何やらかしやがったんぢゃいッ!?


「その時の録画映像ありますけど、見てみますかぁ〜?」


「えっ♩…ぃ、ぃゃぃゃいやいやイイッ、そんくらい自分で見せて貰うッ!!」


 これには俺ももう黙ってなんかいられず、


「てゆーかもぉいい加減にしろよお前ッ!!」


 隣で委員長が真っ赤な顔で卒倒しかけてるけど、そんなことよかこのガラクタを早よなんとかせにゃ!


「オメーこそマジ使えねーヤツですよぅこのヘタレマスターッ!!

 カノジョさんが泣いてるのに、なんで黙って見てやがるですかァッ!?」


 ぅををを言い返された上にヘタレって言われたァーッ!? だから泣かしてんのはほとんどオメーだろがぃ!?


「な、なんだかずいぶん情緒不安定なHWMだねぇ…?」


「あははースンマセンスンマセンこいつちょっと…いやかなりオカシイんですよォーッ!」


「あたしはどっこもオカシくなんかないですよぉ! オカシイのはこのクソ親父のほうですぅーッ!!」


 ズビシィーッ!!っと親父さんを指差して、偽ななみはなおも、


「たかだか子供が嘘ついたぐらいで、なんでもぉオシマイなんですかァッ!? 甘えるのも大概にしやがれですぅーッ!

 子供が親に嘘つくなんて、当たり前のことじゃーないですくわァ〜ッ!!」


 図星を指された親父さんは怒りで顔を真っ赤にして立ち上がり、


「何なんだねチミはッ!? 子供が嘘ついて当たり前なんて、何バカなことをっ…」


 そこまで言い返して…やっと偽ななみの言わんとすることに気づいたようにハッと我に返った。


「アナタッ…た、たしかにその通りだわ。私たちも小学生時代に付き合い始めたとき、親にはなかなか言えなかったじゃない…!?」


「あ、あぁ…そうだったな。ましてや交際のきっかけが地区児童会の肝試しで二人きりになったとき、なんとなーくイイ雰囲気になって、そのまま誰もいない神社の境内で最後まで…だなんて!」


「あのときのアナタ…とっても逞しくてドキドキしちゃったわ…♩」


「キミのほうこそ…初々しく恥じらいつつも全てをさらけ出してくれた姿に、ボカァ思わず…っ☆」


 思いのほか早熟すぎたこのパカッポー夫婦の、誰も訊いてないのに洗いざらいくっちゃべってくれた馴れ初めにも興味をそそられなくもないが…今はそんなことより!


「そーゆーコトですぅ〜。

 大昔から、子供は親に嘘をつくものなんですぅ〜。

 親に怒られたくないから、親に知られたら恥ずかしいから…とゆーのもありますけどぉ。

 それよりも、親に心配かけたくないから…親を悲しませたくないから…

 要は親を思うあまりの、ごく自然な行動なんですぅ〜」


 にわかに穏やかな口調に戻って解説し始めた偽ななみの言葉は、誰にでも思い当たるフシがある、大いに頷けるものだった。

 現に俺たちだって、エロ同人やってることは両親にはずっと秘密にしてたしな。

 …思くそバレてたけど。


「増してやぁ、委員長さんはあなた達の跡を継いで病院を守ると啖呵を切った手前ぇ…

 こぉーんなおバカちゃんなマスターに恋焦がれてるだなんてぇ、口が裂けても言えませんよねぇ〜♩」


「〜〜〜〜!」


 委員長は真っ赤になって塞ぎ込み、シン・ナナミはうんうん大きく頷き返し、御両親はなるほどぉ…と感心したように首を捻る。

 …俺がおバカちゃんってコトは誰も否定してくんないのネ…ぐっすん。


「これでもまだ…委員長さんの嘘は許せませんかぁ?

 彼女とあなた達ご家族は…もぉオシマイだとお思いですかぁ〜?」


 畳み掛ける偽ななみに、御両親は何も答えられない。…答えられるはずもない。

 何故なら、二人が俺に誘われて我が家を訪れたのは、委員長に絶縁状を突きつけるためなんかじゃなくて…

 愛娘のことが心配で、自ら迎えに来ただけだったのだから。


「と、ゆーわけでぇ…ジャカジャーン☆

 おめでとーございますぅ〜♩」


 偽ななみの突然の祝福。

 何事かと目を白黒させる委員長たち三人に向けて、彼女は声高らかに宣言する。


「あなた達ご家族は今日、互いの顔色を窺ってええカッコばかりの『真似っこ家族』から…

 互いに信頼し合えるあまり、ちょっと素直になれなかっただけの『極々フツーなご家族』へとレベルアップを果たしましたぁ〜☆」


 そうか…今、やっと理解できた。

 この家族は崩壊するはずもなかったんだ。

 何故なら…まだ、それ以前の段階だったから。

 家族とはこうあるべき、こうしなければならない…そんな『理想の家族像』に囚われ続けて、前にも後にも進めない…そんな状態だったんだ。

 フツーの家族…それこそが、彼女たちが最もなりたかったモノに違いなかった。

 そして、今…その夢が、やっと叶った。


「ぅ…ぁ…ゔあ゛ぁ〜〜〜〜んっっ!!」


 堰を切ったように委員長は大声で泣き喚く。


「お父ざん、お母ざん、ごめんなざい、ごめんなざいぃ〜〜〜〜っっ!!」


「いいんだ…もういいんだよ、さより…!」


「私たちの方こそ、ごめんね…ごめんねさより…!」


 泣きじゃくる愛娘を抱きしめて、温かい涙を流す父と母。

 ずっと掛け違えてたボタンが、やっと元通りの位置に収まったんだろう…。

 そんな三人を残して、俺たち七尾家の面々は速やかにリビングを後にした。


「…ぃやぁ〜、なかなか小っ恥ずかしいもんだな、一家団欒ってのは」


「あたし達も、ちょっと前まであんなんだったのかって思うと…ぅわ恥ずかしっ!」


 俺とななみは委員長たちとは逆に、つい昨日までは本当の家族だと信じて疑わずに生活し続けてきた。

 それは、あのアホ両親にまんまと騙されてたというよりは…心の底から本物の家族同様に接してくれたお陰なんだろう。

 だから、それが偽りだったと知った今も…そこで育まれた心の絆までもが偽物だった訳じゃないって、ちゃんと解ってるからな。

 結果的には、悪の組織を堂々と名乗るような、ろくでもない親どもではあったけど…性根まで腐り果てた連中じゃなかったんだって、信じてやりたい。

 巷に溢れる、子供の意見を微塵も取り合わない癖に、まるでペットのようにせっせと世話を焼くだけで親の努めを果たした気になってる、腐りきった連中よりかよっぽどマシだぜ。

 少なくとも、俺たちがやりたいコトを自由気ままにやらせてくれたことだけは感謝してる。

 だから…親父、お袋…今までありがとうな。

 あんた達との大切な想い出はしっかり心に刻み込んで、これからも生きていくから…

 …ちゃんと成仏しろよ。


「ってイヤイヤ、まだ死んでないし!」


「だよね〜。今頃どこで何やってんだろな〜アイツら?」


 ナイスツッコミなシン・ナナミに笑い返しつつ、何処へともなく消え去った育ての親たちを思う…。

 ってまあ、星屑に変えてやったのは他ならぬ俺だけど。どーせあのくらいでくたばりゃしねーだろ。

 またどっかで、ひょっこり出くわすこともあるだろうさ。


「んなことより…お手柄だったな。褒めてつかわす♩」


「…ますたぁ〜。ふひょへへぇ、褒めらりちったですぅ〜♩」


 偽ななみの頭に手を置いて撫で繰り回す。そうせずにはいられなかった。

 バラバラになりかけたあの家族をすんでのところで繋ぎ留めたのは、間違いなくコイツだからな。それもあんな絶望的な状況から、奇跡的などんでん返しで、ものの見事に…。

 俺には絶対できなかったことを、いとも簡単に成し遂げやがって…こんなにちんまくてアホっぽいのに、ホントにスゲェ奴だぜ。


「ま、まぁ確かにね。よくよく考えたら実質的にはな〜んもしてない気がしなくもないけど…

 それでもあんだけの大演説が、咄嗟によく打てたモンよね?」


 珍しく褒めちぎるシン・ナナミに、偽ななみは鼻高々と、


「はい〜☆ ホントに咄嗟だったのでぇ、過去の人気ホームドラマのベストシーンを寄せ集めて丸々パクってみたんですけどぉ、割り合い好評だったよーでホッとしましたぁ〜♩」


「…なんぢゃそら?」


 そーいやコイツ、HWMだったな。

 あまりにも人間くさいから、ついつい忘れがちになる。

 スマホなんか使わなくても自在にネット検索できるようだし、俺たち人間よりかは効果的な解決策が編み出せて当然か。

 …いや、でも、そのためには人間の心をきちんと理解できることが必須なわけで…


「…………」


 コイツ、さっきマスターである俺の命令をあっさり無視しやがったどころか、ケチョンケチョンにけなしやがったな?

 今さら根に持ってる訳じゃないが…HWMとしては有り得なくね?


 普通のAIなら「死んだ奴を生き返らせろ」なんてどう考えても実現不能な命令や、殺人等の違法行為に類する命令以外は、基本的に拒まない。

 そして、その命令を達成するための効率的なプロセスを考え、それに従って段階的に行動していく。

 その過程で様々な新知識を吸収し、より有効なプロセスに変更し、ときには失敗を経験しつつつ、ただひたすらに…。

 そんな行動がときたま人間らしく見えることもあるだろう。

 しかしAIはあくまでも目的達成のために機械的に動いているだけであって、そこに己の意志は介在しない。

 つまり、AIにとってはマスターの存在こそが最優先事項であって、その命令を叶えるためには自分の意志など不要なんだ。


 ところが、コイツは…明らかに自身の意志で、マスターである俺の命令に背いた。

 俺や、妹のななみや、あるいはゴタンマの連中などとはまるで無関係な…優先順位的には度外視しても構わない、赤の他人の委員長のために。

 委員長に恩を売ったところで、コイツには何のメリットもないだろう。

 それなのに…ただ、委員長が可哀想だからというだけの、俺たち人間でさえ躊躇するような取るに足らない理由で。


 つまり…コイツには確固たる意志があり、それに伴う人格が存在する。

 だから時にはマスターさえ拒むことが可能となるんだ。

 と、いうことは…それこそまさしく『人間』そのもの…ってことにならないか?


 コイツは…このHWMは…

 本当にただの機械(HWM)なのか?


「ますたぁ〜…ハァハァ♩」


 吸い込まれそうなほどに澄んだ瞳が、もっと褒めてと期待しながら俺を見つめ返してくる。

 それは…ななみの奴が時折り垣間見せる瞳と、まったく同じだった。





 我がゴタンマのゲーム事業部は大まかに三部門に分かれ、それぞれが独立した業務展開を行っています。

 エリート開発者が揃い踏みで、意欲的なタイトルを次々と開発し、そのことごとくが大ヒットに結びつく、優秀を絵に描いたような第一事業部。

 いましがた見た第二事業部は、それに引き換え幾分華やかさに欠けるキライはありますが、堅実で玄人好みなタイトルの開発に定評があります。

 …時折り先ほどのような大チョンボをやらかすなど、いささか不安定なのが玉にきずですが。


 そして…ハァ…思わず溜息が洩れてしまいましたが、問題の第三事業部。

 ココは第一のような開発意欲と、第二には無い華やかさに満ち溢れてはいますが…

 いかんせん、技術がまるで追いついてません。

 言ってみれば、BASICしか触ったことのないド素人集団が大規模RPGを作りたがってるような頭の痛い部署です。

 その代表がこの男…格闘ゲームの衰退に伴い、事業不振で倒産しかけた某メーカーから転職してきた、いわく付きの開発者です。

 元のメーカーはパチンコメーカーや海外メーカーに次々に吸収合併されて消滅したようですが…その直前に「格ゲー以外作りたくない!」とウチの関係者に泣きついて半ば強引に移籍した模様。

 しかし、その技量は惨憺さんたんたる有様で…要は「格ゲーしか作れない」人でした。

 元のメーカーからちょろまかしたタイトルのソースコードをまんま流用し、キャラや演出を挿げ替えただけの錆びついた駄作をいまだに持ち出してくる、どうにもこうにも食えない御仁です…ハァ。


「…んで? 今回の『売り』は何だにゃ?」


「ハイ! 新進気鋭の人気作家デザインの魅力的なキャラクターのオンパレード…」


 …新進気鋭の…人気作家?


「ソレ前回も聞いた気がするにゃ。てか格ゲーからキャラ取ったら何も残らないにゃ。

 前作は相変わらずの古株作家ばかり起用した挙げ句、シリーズ屈指の最低な売り上げを記録したんだったにゃあ…?」


「で、ですから今回はその反省を踏まえて、全キャラ挿げ替え…いや新規キャラを大幅に投入し、新章開幕と銘打ちまして…!」


「映画でも漫画でも『新章』を謳ったモノが長続きした試しはないにゃ」


「そ、そーおっしゃらずに! 騙されたと思って一度見」


「見てみましょう☆」


 新進気鋭の人気作家…もしかしたら『七海奈緒菜』先生かも!?

 という期待から食いつき気味に反応した私に、第三開発リーダーは九死に一生を得た眼差しを、シロちゃんはあからさまな疑惑の眼差しを向けます。


「…いったいどーゆー風の吹き回しにゃ?」


「だってだってぇ、せっかく作ってくれたんだしぃ〜♩」


「で、では早速、こちらをば!」


 と開発リーダーが喜んで手渡したのは…チラシ?


「…何だにゃコレ? ゲームのベータ版は?」


「も、申し訳ありませんが、いまだ企画書の段階でして、開発はこれから…!」


 この薄っぺらいチラシが企画書!?

 新キャラのデザイン画と3Dモデルが数人分掲載されているだけで、ゲームシステムや世界設定等はな〜んも書かれてません。


「ストーリーやシステムは前作までをそのまま踏襲しておりますので、ここでは割愛ということで…!」


 いえいえいえいえソコがいちばん肝心なトコでしょ!?

 まさかこの人…企画書もろくに書けなかっただなんて…!

 これじゃ〜まんまキャラ挿げ替えただけじゃないですか!

 そんな体たらくなモノを、この状況下でわざわざ発表しにくるなんて…どうやら私も相当ナメられてるようですね。

 しかも夏季商戦突入間近なこの時期に、いまだ現物ナシって…!?

 しかもしかも、この絵…七海先生じゃないしッ!! ここ重要ッ!!


「新章開幕を記念して、今回は豪華特典至れり尽くせりの超豪華特装版もご用意、予定!

 BGMには人気音楽ユニットのアサガエリを起用し、新曲をふんだんに盛り込んだばかりか過去の楽曲をフルアレンジ、予定!

 特典版には各種開発資料と、キャラデザ担当作家執筆のオリジナルコミック、3Dモデルを忠実に立体化したフィギュア、BGMサントラ等を同梱、予定!」


 要らねぇーーーーッ!!

 そんな私とシロちゃんのセンブリ茶を一気飲みしたような表情にはろくに目も向けず、完全自己陶酔モードの開発リーダーは何かに取り憑かれたようになおも捲し立てます。


「これぞまさしくっ、ゲーム史上最大規模ッ、空前〜絶後のォーーッ、」


ぼつ。』


 今や立派な保護猫芸人サンシャイン何某のように意気込んだリーダーに、私とシロちゃんの空前絶後のダメ出しが見事にユニゾンしました。


「ほぉぅわァーーイッ!? なぜなにどぼぢでッ!?」


「当たり前だろがクソボケぇーッ!!

 なんだこの『予定』ばっかの詐欺パンフ!?

 確定情報が一個もないにゃッ!!」


「こ、個々の交渉はこれからでして…」


「もう余裕がない割にはずいぶんのんびりなさってますけど、交渉担当者はどなたですか?」


「わ…私です」


 …は? いやいや人材だけは無駄にいるでしょう、あなたの部署は?

 もともと2Dキャラアニメ製作のために大量雇用したものの、すぐに3Dの時代になって行き場を失った開発員が。


「余剰人員を有効活用してこその組織でしょう?」


「そ、それがですねぇ…営業希望者を募集したところ、開発以外やりたくないとの理由で大量離職が発生しまして…現状、私しか残ってないんですわアハハ〜ッ♩」


 笑い事じゃありませんよっ、この引きこもり開発者どもがッ!


「でも大丈夫、私自身が声掛けして回れば断る人などいやしませんよアッハッハ!」


「ずいぶん自信がおありですけど…この人気作家さん、うちの出版部門とはライバル関係にある秀英社さんの看板作家だし…

 アサガエリさんに至っては、今じゃ毎日聴かない日がないほどの超有名アーティストですよね?

 そう簡単に引き受けてくれるとは…」


 しかし開発リーダーは得意げに胸を張り、


「ところが二組とも、私の出身校の後輩なんですよ。世代が違うので実際対面したことはありませんけど、先輩に頼まれて断れる輩などいやしませんてアーッハッハッハ!!」


 …ダメだこりゃ。この人、典型的な「俺はこの有名人と知り合い」アピール厨でした。

 実際には仕事に結びつくような人脈でもない事柄をあからさまにひけらかしてばかりの、自己顕示欲の塊です。

 そもそも仕事をするのはその人脈の方で、本人は何一つ出来ない輩ほど、こうした主張を繰り返しがちですが…

 そうすればするほど自身の無能ぶりが浮き彫りになる事実に、はやく気づいてほしいものです。

 とりわけその「絶対大丈夫」宣言は十中八九「やっぱダメでしたてへぺろ♩」的失敗フラグに他ならないので、信用など微塵もできません。


「あと…この3Dモデルはどなたが作成なさったのですか?」


「もちろん私ですが、何か?」


 平然とそう訊き返せるだけの胆力が、むしろ羨ましいほどです。

 何なんでしょうね、この積み木みたいにカクカクした、今どきあり得ないほどの低クオリティー造形は?

 腕も脚も棒っきれみたく真っ直ぐで、まるで初代ガンプラかバーチャ◯ァイターです。

 よもやコレがゲーム内で操るキャラで、コレを忠実に再現したフィギュアがオマケに付くというのでしょうか…?

 そこいらの中古ショップが大量在庫を抱えてる不人気格ゲーソフトとプライズフィギュアのほうがよっぽどマシでしょうね…。


「あと…3Dなのに、なんでまだ前後ライン移動が残ってるにゃ?

 真剣勝負に水を注されて冷めるだけだからやめてくれって、ユーザーからも社内からも、もぉ〜何度も何度も何度も何度も口が酸っぱくなるほど言ってるにゃ!?」


「で、ですからソレを削ってしまうと、当シリーズを立ち上げた私のアイデンティティが…!」


 アイデンティティ…ソレが最も余計だってことに、いつになったら気づくんでしょうかね〜この人は?

 とかく自意識過剰な開発者ほど独自の要素を盛り込みたがりますが、それこそがゲームをどんどん複雑化させて門戸を狭め、新規ユーザーを拒む最たる要因でしょうに…。

 特に、今どきスキップ不可なムービー垂れ流し演出をアクションゲームに盛り込むなんて、最低最悪です!


「…シロちゃん。どうして差し上げましょうかね、この『名プロデューサー』さんを?」


「そーだにゃあ…今後も素晴らしい作品をリリースし続けるために、世界に羽ばたいて貰おーかにゃあ?…今すぐ。」


 言うが早いか、シロちゃんは速やかに開発リーダーの背後に歩み寄り、


「えっ、あれっ? お待ちください、いったい何をウギャアーッ!?」


 引きつり笑いを浮かべた彼の両肩に爪を立てると、肩甲骨を無理やり引っ剥がして引きずり起こしました。

 肩の上に生えたそれが、あたかも天使の羽根のように見えます。


「ったく…お前のプランにいったいどんだけカネが掛かると思ってるにゃ?

 人気ゲームの開発ブランドが丸々買収できる規模の予算が必要にゃよ…。

 せっかくだから、そーさせて貰うにゃ」


 怒りの色を滲ませながら開発リーダーの首根っこを片手で鷲掴むと、片手で軽々と持ち上げて窓辺へと運びます。


「だから…お前はもう用済みにゃ♩」


「ヒィッ!? ヒィイ〜〜〜〜ッ!!」


 この部屋…謁見室は地上二百階建てを誇るマタンゴビルの最上階。

 世界に冠たるマタンゴグループと秘密結社ゴタンマは表裏一体。

 マタンゴのモノはゴタンマのモノ、

 ゴタンマのモノもゴタンマのモノ…

 構成員の命運はすべて、首領であるこの私が掌握しています。

 …すなわち。


「世界に羽ばたきなさい…役立たず。」


 ガッシャアーーーーン!!


「ヒィイ〜〜アァ〜〜〜〜…」


 映画『ロボコップ』ラストのユーファイヤー!な副社長ジョーンズのように、開発リーダーは身を翻しながら大空へとダーイブ☆

 …しかし羽ばたくにはいささか小振りすぎた彼の翼と器はまともに機能することなく、哀れなイカロスは階下へと…


 ひゅるるるるる…………くちゃっ♩


「たーまやー♩」


「を〜っ、キレイに同心円状に飛び散らかったにゃ♩」


 ビル正面の広場に鮮やかに咲いた血肉の花を晴々と観察する内に…私、少々小腹が空いて参りましたわ♩


「さてと…しょーもない用事で遅れちゃったけど、そろそろお昼ご飯にしよっか?」


「そーにゃね。今日は何食べるにゃ?」


「ピザ! トマトソースた〜っぷりのマルゲリータ♩」


「あー…アレで連想したにゃ? 相変わらずゲテモノ食いにゃ」





「いやぁ、キミたちにはすっかりお世話になってしまったね」


「いえいえ、お陰さんでゴチになりました♩」


 昼下がり。俺たちの家の前庭で、高級外車に乗り込みハンドルを握った委員長の親父さんに、俺たちは別れの挨拶を交わす。


 …あれから皆が落ち着いた頃にはもう昼飯時だったので、委員長とお袋さんが偽ななみのラーニングがてら存分に料理の手腕を振るい、パーティーさながらの豪華な食卓となった。

 その席上で仙石家は今後の方針について話し合い、とりあえず委員長が病院を継ぐという話は一旦保留とし、卒業するまでは彼女の自由にさせるという方向で固まったらしい。

 まあ彼女なら、その気になれば何処の道にでも進めるだろうしな…。


「しっかし良い車ですねぇ。うちの親父も下っ端…いや平社員の分際で割と無理してたけど、それとは比べ物にならないほど上物っスよ♩」


 車庫の中に置きっぱなしのうちの親父の愛車を斜に眺めて褒めちぎる俺に、


「ハッハハそーだろう、何かと忙しい私の唯一の楽しみだからねぇ♩」


「正直、お医者さんって儲かるのよウフフ♩」


 臆面もなく鼻高々な仙石夫妻。褒められて素直に喜ぶあたりは、やっぱ委員長とそっくりな親子だわ…。


 カーシェアリングが進んだ日本では、個人所有の車はずいぶん少なくなった。

 だが、いまだ発展途上の海外では自家用車は社会的ステータスとなり、新興メーカーも続々登場するなど大盛況な市場となっている。

 仙石夫妻の車は数年前に発売されたばかりの超有名メーカーの最新モデルだが、うちの親父のは数十年前のAI未搭載の国産ビンテージモデルだ。

 親父のような旧車マニアはいまだに多く、全国各地で展示会が催されるなど、より交流が活発になっている。

 一方で巡回警備ドローンのような浮上走行タイプのモデルも開発が進んでいるというが、航空法の壁が厚い日本国内では一般化はまだまだ先だろうと言われて久しい。

 かくいう俺は今んとこ四輪にはさほど興味ないが、二輪ならちょっと欲しいかも…カッチョイイじゃん♩


「…お姉さ…HWMさん、色々ありがとう」


 帰り支度を済ませた委員長が、後部座席から偽ななみに話しかける。

 …って今『お姉様』って言いかけたよな?


「私たちは『普通の家族』だってあなたに言われたとき…やっと肩の荷が降ろせた気がするの」


 それまでの彼女たちは、互いに『良い家族』であろうとしすぎて、自らを呪縛していたんだろう。

 なまじ委員長が優秀すぎて、何でもこなせるタイプだっただけに、ご両親もそれにつられてしまって…。

 血の繋がりがないことを知ってしまってからは、その負い目を意識しすぎて、なおさら引っ込みがつかなくなっていった。

 委員長は何としてでも養父母の恩に報いたいと思い詰め、「病院を継ぐ」と言い出し…


「私たちも言葉が足らなかったな。もう我が子も同然なんだから、解ってくれるだろうと思って…」


「あんな突き放すようなコト言っちゃって…それでさよりがどれだけ心を痛めたのか、まるで解ってなかったわね…」


 対する二人は、彼女にもっと気楽に生きて貰いたいと思った結果、「そんなことを言われるのは迷惑だ」と思わず洩らしてしまい…

 その言葉が委員長をますます追い詰めた。

 こんなことは実の家族でもよくあることだけど…血の繋がりがないってだけで、それは致命傷になりかねない言葉だった。


「それで私、なんとかして見返して貰おうとして、ますます意固地になって…」


「そんなさよりのことが、私たちどんどん怖くなっちゃって…」


 一旦気になり出すと、相手の長所さえもが煩わしく思えてくるのは、俺にも経験がある。

 ななみの奴に、俺以上の漫画の才能があると知ったあの時…嫉妬の塊と化した俺は、もうあいつの顔なんか見たくもないって思っちまったしな。

 委員長たちの場合は、それが彼女の脅威的な学力そのものだった。

 自分たちではその足下にも及ばないことを悟ったとき…大抵の人間は、無意識的にその相手を遠ざけようとするものだ。

 そして…委員長同様に余計な一言をこぼしがちなお母上の『化け物』発言のせいで、一時はマジに家族仲が崩壊しかけた。

 こういうどーしょーもない所が似てしまうのは、やっぱり母娘だよ…。


「けれどもキミは、そんな私たちの問題がどこにあるのかを的確に見抜いた。

 そして、僕らの猛反発にも果敢に立ち向かって、見事にそれに気づかせてくれた…。

 キミがHWMだなんて、こうして見ていてもいまだに信じられないが…」


 俺たちも別の意味で信じ難いから無理もないっスよ。


「だからこそ、僕ら人間のように常識だの世間のしがらみだのに惑わされず、物事を純粋に見極められるのかもしれないね…。

 誰にでも出来ることじゃないよ。本当にありがとう。

 それから…本当にすまなかった」


 ハンドルを握ったまま深々と頭を下げる親父さんに、偽ななみは両手をパタパタ振って、


「いえいえ〜、こちらこそ言いたい放題で申し訳ありませんでしたぁ〜」


 ホンットそれな。この俺にもヘタレとか散々言いやがらなかったかお前?


「でも…委員長さん達が無事に仲直りできて、本当に良かったですぅ〜♩」


「お姉様…♩」


 もはや委員長も、偽ななみへのちょいヤバめな敬意を隠そうともしない。


「ね、あなた何処のメーカーのHWMなの?

 うちの病院のHWMもそろそろガタが来てメンテナンスが追いつかなくなってるし、せっかくなら…」


「おお、そいつはイイな! これだけ出来たモデルなら、出産を控えてナーバスになってる患者への癒し効果も期待できそうだしな!」


「にゃはは〜毎度お買い上げアリガトサンでございますぅ〜♩

 いずれ私の姉妹たちが巷に溢れる日も近そうですねぇ〜☆」


 思いがけず商談が進んでるトコ悪いが、オメーの出どころはヤバさげな秘密結社だろ!?

 こんなモンが世界感染した日にゃ、マジに人類滅亡だぜ…。


「あははーやめといた方がいいと思いますよ〜病院潰したくなかったら♩

 まだ開発中ってことで、発売時期も未定っぽいですし」


 それに…たぶん、金持ちとはいえ一般庶民にはおおよそ手が届かない価格のよーな気がするしな。


「う〜む、それは残念だな…。

 せめて名前だけでも教えて貰おうかな?」


 もっともらしい理由をつけて、なんとか思いとどまらせると、親父さんは名残り惜しそうに偽ななみに尋ねた。


「はぁ〜、正式名称はHBDK-0773と申しましてぇ、戴いたお名前は…名前はぁ…

 はにゃああああ〜〜〜〜ッッ!?」


 さっそく自己紹介を始めた偽ななみが突然すっとんきょうな悲鳴を上げた。

 何事かとビビる俺に、奴はわなわな身体を震わせて、


「ま、ますたぁ〜。あたしぃ、あたしぃ…

 まだ名前付けて貰ってましぇえ〜んっ!!」


「ぅを?…ををっ、そーいやそーだった!」


 すっかり偽ななみで定着してたしなー。

 でもいつまでも偽物呼ばわりもさすがにアレか。


「え〜? ロボ子で良くない? そんなん。

 テレビや冷蔵庫に名前なんて要らないっしょ?」


「だから家電扱いしないでくださいよぉ〜う!?」


 シン・ナナミの意見はごもっともだが、たしかに同じ顔だからとはいえ、いちいち真偽表記すんのもシンドイしな…。


「なら、この場でテケトーに付けちまうか?」


「テケトーて、ペットじゃないんだから…」


 と委員長も不満そうなので、もうちょい考えてみるか。

 えーっと、さっき正式名称がHBDKとか言ってたから…


「ハブダカ?」


「なーンそれ?」


「いや、エイチビーディーケーじゃ長ったらしいし…電車とかによく書いてあるじゃん? キハとかサロとかってモビルスーツみたいなアレ」


「『キハ』は気動車+普通車、『サロ』はモーター無しグリーン車の略ね」


 なんでそんなに詳しいんだ委員長?

 まいっか、とりあえずこの路線でしっくり来るヤツを探そう。


「ヒブヂキ」「なんかビフテキっぽい」

「フべヅク」「ロシアの艦船みたい」

「ホビダケ」「新種のキノコ?」


 俺が謎の呪文を口ずさむ度に委員長のツッコミが入る。なんだか楽しくなってきた。


「…ヘボデク。」「それだッ!!」


 うをっビビった!? 今のツッコミは委員長じゃなくてシン・ナナミだった。

 コイツの漫画的なひらめきはなかなかのモンだから、すかさず反応したってことは正解か?

 でも『へぼでく』か…たしかに、なんかしっくり来るな。


「じゃあ、その『へぼ』に、ななみの『み』をくっ付けて…」


『命名:へぼみ。』


「こっ…これはいくらなんでもあんまりなんじゃ…っ!?」


 うん、委員長に言われるまでもなく、俺もなんだか不憫に思う。


「でも…本人はけっこー気に入ってるみたいだけど?」


 ななみの弁にマジか!?とそちらを見やれば…


「う〜ん、『へぼみ』ですかぁ〜?

 一度聞いたら絶対忘れない強烈なインパクトと、唯一無二の独創性を併せ持つ、素晴らしいネーミングセンスですねぇ〜!

 さすがはマスターですぅ〜♩」


 …大絶賛だった。

 いやマジ? 本当にこんなんでイイのお前?

 たぶん市役所の出生届でも申請拒否されるレベルの名前だぞ?


「とゆー訳なのでぇ、これからはあたしのことはどーぞ『へぼみ』とお呼びください〜♩」


 決定してるしっ!?





 ピロピロピロピロリンッ♩


「…っ!?」


 突然、頭の中でニュータイプっぽいSEが鳴り響いて、私はピザを食べる手を止めました。


「…どったにゃ?」


 昼下がりのカフェテラス。テーブルを挟んだ向かいの席で、生クリームとお砂糖てんこ盛りのホットケーキ…今はパンケーキって言うんでしたっけ?を口いっぱいに頬張ったシロちゃんが怪訝な目を向けます。

 彼女はご覧の通り無類の甘党ですが、どんだけ食べてもまったく太らないのは羨ましい限りです。


「金ちゃんもそんなコトばっか気にしてるから、いつまで経ってもおっぱいがSSサイズのまんまにゃ。

 全体的にボクよりミニマムにゃんだから、もっと食べにゃいと大っきくなれないにゃ?」


 うう…自分よりも遥かに年下な子に的確な指摘を受けることの屈辱。

 私が永遠に成長しないのは体質じゃなくて『宿命』なのに…。


「そんなコトより、何かあったにゃ?」


「…今、HBDKがまた何かやらかしたよーな波動を受け取って…」


「怖っ。もぉ定時報告いらないレベルにゃ。

 …金ちゃんもついにHWMと繋がれるようになったにゃ?」


 それは無理です。AIの心理分析は私の専門外ですから…。

 とはいえ、彼女を若様のお側へと送り出してから一切の連絡が梨のつぶてなのはさすがに不安です。

 ちゃんとうまく使命をこなせているのでしょうか?

 それとも…連絡を忘れるほど楽しい暮らしを満喫しているのでしょうか?

 私だって、こんな立場でなければ、今すぐにでもお会いしたいのに…!


「…ズルい子はキライ」


「…また何か察知したにゃ?」


「ううん。ただの独り言」


 しれっと応えて、残りのピザに口をつけます。

 とっくに冷えたそれは塩気が増して、とってもしょっぱく感じました。





「で、では、へぼみ…くん。

 …なんだか猛烈に口にしにくい名前だな…」


 親父さん、聞こえてる聞こえてる!


「他の皆も、さよりをこれからもよろしく頼むよ」


「これまでも、これからも…私たちの大切な一人娘だしね♩」


 ああ、言われなくてもそのつもりだぜ。

 任しときな!


「…でももうフラれちゃったけどね〜♩」


 シン・ナナミ…いや、ななみの冷やかしにハッとする。

 そうだった…覚悟の上だったとはいえ、俺は委員長にこっぴどく嫌われちまったんだった!

 ぅををぅ…まだ乳揉んだだけだったのに…。


「あの…七尾くん? それ…嘘だから。」


 真っ赤な顔した委員長が、後部座席の窓から気恥ずかしそうに顔を覗かせる。


「言葉のアヤってゆーか、その場の勢いってゆーか…ホラ、そーゆー演出って大事でしょ!?」


 よーワカランが、要は口から出まかせってコトか?


「だ、だから…あーっもぉっ!!」


 委員長は車窓から落っこちそうなほど身を乗り出したかと思いきや…チュッ☆


「んなぁ〜っ!?」「をっほぉ〜っ♩」


 ななみーズが対照的な鳴き声を披露する中…委員長に捕食された俺は呆然自失。

 え? なんだコレ…どゆこと?

 俺、フラれたんじゃなかったん?


「ちょ、ちょっと七尾くん…あーっもぉッ!!」


 俺の煮え切らないリアクションがお気に召さなかったらしく、委員長は後部ドアを吹き飛ばさんばかりの勢いで車内に躍り出るなり俺の首根っこを引っ捕まえて…ブッチュウ〜ッ☆


「んんんなななァーッ!?」「をををっっほほほォーッ!!」


 掟破りの二度目のしかも超ロングキスに、ななみーズは再び遠吠えを披露。

 あまりの事態に行動&思考不能に陥った俺にしがみついたまま、委員長は御両親に向かって、


「お父さん、お母さん、私…

 この人と結婚しますッ!!」


 ズッギャアアアァーーーーンッ!!

 俺たちの背景には明らかに、あの独特な書体の描き文字が浮かんだことだろう。

 しかもこの唐突な展開…漫画廃人なななみには絵柄までアレに見えたかもしれん。

 彼女の予想外な言動は今に始まったことじゃないけど、清々しいほど色々段階すっ飛ばし過ぎじゃね!?


「ををっ、そいつはイイ! 七尾くんなら私たちも安心だ!」


 娘さんの乳揉んだって言いましたよね今朝!?


「初孫の顔を拝める日も近いかもしれないわね!?」


 だからかっ飛ばし過ぎだってのこの一家!


「大丈夫、仕込みはもうバッチリだから!

 ね、ななおクン♩」


 仕込んでねェーーーーッ!!

 乳揉んだくらいでガキが出来るかっ、あんたん家産婦人科だろっ!?


「お尻はあたしに専有権があるコトをお忘れなくぅ〜♩」


「大丈夫だよへぼみお姉様、そっちには仕込まないから♩」


 委員長もう大胆すぎっつーか開き直りやがったっつーかキャラ崩壊してね!?


「って、こんな仲なのに、私のコトいつになったら名前で呼んでくれるの?」


 極短時間ですっかり恋人気取りな彼女は、さっそく外堀を埋めにかかった。


「俺のことはできれば『ご主人様』と呼んで欲しかった…」


「将来的にはそうなるけど、ニュアンス違うからイヤ♩」


 むぅ、我が野望がまた一つ潰えたか…。


「んじゃ、無難に『仙石さん』で…」


「私の方はもう『ななおクン』って呼んでるのに?」


 可愛らしく唇を尖らせるのはチョイ萌えだけど、だから俺のは苗字も下も同じだから違いが判んねーっつーの!


「わーったよ…さ、さより。」


 チキショー日頃まったく呼び慣れてないせいでメチャメチャ照れる!


「えへへ…ななおクンッ♩」


「御結婚自体は受け入れるんですねぇ〜?」


 期せずして往年のキックオフごっこbyちば拓をやらかしかけた俺たちに、偽ななみ…いや、へぼみの無粋なツッコミが炸裂。


「いやさすがにそこまでは未定だけどよ。

 まぁ…今んとこ他の相手もいないし、別段拒む理由もないしな…」


 てゆーか御両親の目の前で、既にお手付き済みの娘さんを突っ返せるだけの度胸は俺には無い。

 それに『そっち』方面については満場一致でゴーサインも出てるしな…クッククック♩


「がるるる…壊す…絶対ブッ壊す…!」


 小泉元首相状態のななみが涙をチョチョ切らせて暗黒面に堕ちてるのが若干気になるが、他に手はないんだから見逃してクレヨン♩

 それに…コイツらがそばにいれば、俺やさよりの暴走も防げるだろうしな…。


「じゃあな。しっかりヤルんだぞ、さより♩」


「時々は顔を見せてね。…赤ちゃんの顔も♩」


「…うん、頑張る♩」


 何をどうガンバルのか知らんが、感動的な別れを交わした仙石家の面々は、親父さんの車のクラクションを合図にゆっくりと…

 って、同じ町内なんだからいつでも歩いて会いに行けるけどな。


「てゆーかちょと待てちょと待てぇーいっ!?

 一緒に帰るんじゃなかったんかいっ!?」


 ハッと気づいたななみが慌てて呼び止めるが、


「この流れなら置いてくのが当然じゃないかね?」「一刻も早く孕んで貰わなきゃね♩」


「どわぁ〜からソコからしてオカシイだろっ!? 何なんだよこのぢぢいとぶぁぶぁあっ!?」


「なぁーに、うちは産婦人科だからね。いざとなればどーにでもなるサ♩」「そゆこと。うちに任せればノセるも堕ろすも心配ないサ〜♩」


「どさくさに紛れてちゃっかり営業してんじゃねーよっ! てか産婦人科的にその発言はどーなんだッ!?」


『キミもいざとゆー場合は是非、我ら仙石病院へ☆』


「いざとなっても誰が行くかそんなヤブ医者ァーーーーッ!!」


 ななみの絶叫がこだまする中、仙石夫妻の高笑いとともに、高級外車は滑るように我が家を後にした。

 うーん、実にスムーズな発車だなぁ。さすがは高級♩


「…とゆー訳だから、ななおくん。今後とも夜露死苦ね?」


 アレ? なし崩し的に同棲ケテーイした途端マウント取られてないか?…などと思い悩んでいた俺にスイッと顔を寄せたさよりは、そっと耳元に唇を寄せて、


「…浮気したら許さないから♩」


 怖っ。やっぱヤンデレってんじゃん!?


「じゃあ私、早速お部屋の片付けを済ませてから、お夕飯の支度するからね…ア・ナ・タ♩」


「あたしもお手伝いしちゃいますよぉ〜♩」


 すっかり女房気取りのさよりはへぼみをファンネルにして、鼻歌混じりに再び我が家へと入っていった。


「やれやれ、こいつは賑やかになりそうだぜ。

 …お前も遠慮は要らねーからな?」


 見るからに不満タラタラなななみにも一応フォローしとく。コイツはこう見えて意外と繊細だから、ほっとくといつまでも兄妹縛りにこだわって遠慮がちになるからな。


「…フンッ、言われなくても!

 もぉアレとイイ雰囲気になんて、絶対させてやんないんだからっ☆」


 少しは機嫌が治ったのか、ななみはふんぞり返って俺に笑い返した。

 ハハッ、やっぱコイツはこうじゃないとな。


 …しっかし、あれこれやってるうちに早くも連休前半が終わっちまったな。

 ななみの新作も全然進んでねーし、やれやれだぜ。

 これ以上騒動に巻き込まれるのは、当面ご遠慮願いたいね。





 …連休前半も今日で終了か。

 あれから毎日のように街中を巡ってみたが、あの男には結局一度も出会えなかったな。

 うーむ…何だろうか、この物足りなさと…ある種の焦燥感は?

 あの日…彼奴に学校に誘われてから、どうにも調子が狂って仕方がない。

 あんな処には、もう二度と行くことはあるまいと安堵していたのだがな。

 …やはり、彼奴の口車通りに出向いてやるしかないか?

 幾分シャクだが…不思議と楽しみでもある。

 フフッ、自分でも信じ難いことだが…どうやら私は期待しているようだな、あの男に。

 この退屈な日常があとどれだけ続けられるか、定かではないが…どうせ、どう足掻こうと先は無い。

 ならば、思い切って恥を掻き捨てに行くのも一興だろう。


「待っていろ…ななお七尾。

 …むぅ、逆だったか? まあ、どちらでも変わらんか…フフフ♩」




【第四話 END】

 今回で委員長こと仙石さより編は一段落です。

 何かと大変な彼女ですが、こういう拗らせキャラは大好物なので気合いが入りすぎて、当初二話でケリをつける予定が三話も要してしまいました(笑)。

 そして決着編の今回はのっけから割とシリアスムードで間がもたないな〜と思ったので…

 合間にゴタンマ首領閣下の日常生活を交互に挟んで、軽く息抜きしつつ読み進めてもらう予定が…どーしてこーなった?(笑)

 ブラックユーモアのつもりが超ブラック企業化してしまったゴタンマですが、自ら「悪の秘密結社」とか言っちゃってますし…まいっか。

 個人的に大好きな映画監督ポール・バーホーベンに倣って、虐殺ドカドカ、ドーパミンだばどぼな感じに仕上げております(笑)。


 てな訳で次回からは、第一話に登場以来すっかりご無沙汰だった雫石あゆか編に突入です。

 これまた難儀なお方でして、ある意味さよりを遥かに上回る不幸キャラなので、ティッシュペーパー必須です。

 …別の意味でもね。むひょへへへ♩

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