眼鏡襲撃。
【前回のあらすじ】
ある日突然うちに押し掛けてきた謎の少女は妹のななみに瓜二つで、自らをHWM…すなわち人型作業機だと名乗った。
いや、たしかにななみにクリソツって時点で充分ありえないし、目を光らせてスマホをコントロールするなんて人間技じゃないけど…
「現状のHWM技術じゃ、ここまでの代物は作れないんじゃなかったっけ?」
《…ふむ。たしかに不可能だね…表向きは》
俺の疑問にスマホの中のおっさんこと、秘密結社ゴタンマの副首領・真田じろう氏はニヤリと笑い、
《だから表の『マタンゴ』じゃなく、裏の『ゴタンマ』で開発したんだよ》
氏いわく、秘密結社といっても悪の限りを尽くして世界征服を目論む…なんて大それた野望がある訳ではなく。
おおっぴらには扱いにくいモノを秘密裏に研究開発するために、秘密結社という名目で活動してるんだとか。
《まあ本気を出せば世界征服なんて簡単に実行可能なだけの技術の蓄積はあるがね。大量殺戮兵器だとか生物兵器だとかオカルト紛いの呪術兵器だとか…》
おいおい。兵器って言っちゃってる時点でアウトだしな確かに。
だがそうやって力尽くで世界を牛耳ろうとしたって誰も従わないのは目に見えている。
ところが、技術面や文化面からじわじわと浸透を図れば、人はいずれソレなしではいられなくなる…。
たとえば、Z世代の若者をスマホが使えない環境下に長時間放置すれば、十人中九人は発狂死すること受け合いだ。すでにスマホが身体の一部として機能してるからな。
で、話をHWM…ヒューマナイズド・ワーキング・マシーン技術に戻せば。
アンドロイド技術は既に幅広く利用されているAIよりもずっと古くから研究されてきた。
にもかかわらず、今日においてもいまだ完成の域には達していない。
それはロボット工学や生体科学、医療技術などの総合分野であるという敷居の高さは勿論…いちばん大きな問題点は倫理観そのものだ。
要は生身の人間とさほど変わらない、しかも能力的には人間を遥かに凌駕する存在を生み出そうというのだから…
ちょっと考えただけでも反対派がプラカード持って大行進する光景が目に浮かぶだろう。
HWMは確かに機械だが、自らの意志を持って自律的に行動するのは人間と変わらない。
それはプログラム通りの行動なのか、はたまた彼らにも『心』があると見なすべきなのか…?
欧米では実際に、HWM開発は人間を生み出した神への冒涜だという反対運動が盛り上がっているという。宗教なんぞにはさほど興味がない俺からすれば愚の骨頂だが。
人間の仕事はおろか、存在意義までもを脅かしかねないソレが…
「あへぇ〜♩」
目の前でのほほ〜んと微笑むアホの子丸出しな偽ななみを見て、俺は頭を抱えた。
まさか、既にここまで完成されていたとは。
しかも、実の兄の俺でさえも、最初はそれがななみ本人だと信じて疑わなかった。
それが偽物だと判った今は…なんでこんな支離滅裂な奴に容易く騙されてしまったのかと、自己嫌悪で死にそうだ。
「経緯は解ったけど、応募者は他にもいたんだろ? なんで俺なんだ?」
《それは七尾くん、キミのアイデアが他の者の比じゃないほどユニークだったからだよ。
まさか、妹さんそっくりに仕上げようだなんてね。これなら対象者であるななみクンとの比較実験も行えるし、一石二鳥だ》
「まぁ〜既に多大な相違点も明らかになってますけどぉ〜♩」
と、偽ななみが誇らしげに胸を張ると、たわわなお乳がぷるるんるんるん♩
それを見たシン・ナイチチ…いやななみは涙をちょちょ切らせ、
「クッ…コイツめっちゃ殺りてぇ〜っ!
その無駄乳もぎ取って味噌漬けにして焼いて食っちゃろかい…っ!」
「あ〜痛いのはヤですけどぉ、ソレはなかなか美味しそーですねぇ〜ぢゅるりんこ♩」
なかなかに微笑ましいやり取りだが、コイツら相手にしてると話が一向に進まないから、この際無視。
「あと、も一個聞かせてくれ。
…なんで俺のペンネームを知ってた?」
《キミのペンネーム?…はて?》
怪訝な顔で訊き返すおっさん。どうやらマジに知らないらしい。
じゃあ、あの時のメールはいったい誰が…?
「じゃかじゃーんっ。それは私ですぅ♩」
「…DEATH。」
唐突にすぐそばで誰かが応えた。おバカな口調は偽ななみそのものだが、この野太い声色と、それを追いかける輪唱めいたソプラノボイスは明らかに別人…それも耳馴染んだ声だ。
「ってことは…犯人はアンタか。
どーゆーつもりだ…親父?」
いつの間にか部屋の戸口にお袋とセットで立ってた親父に、俺はいまいましげに問いかける。
「メールにも書いておいただろう?
お前たちの企てをより確実に遂行すべく、我が社で開発中の最新鋭機のモニター募集に応募させたのだ。
結果、構成員優待を使うまでもなく、見事に当たりを引いてくれたな!」
「お見事♩」
構成員優待て。社員割じゃあるまいし。
たしかにそんな下りがツラツラ書いてあった気がするが、俺たちの作品とまるっきし無関係だからスパムかと思ったじゃねーか!
だが…俺が漫画を描いてたことは両親も知ってただろうが、ペンネームまで教えた覚えはない。
しかもコイツらはななみのペンネームまで知ってやがった。てことは当然…描いてるモノがどんな内容かも知ってるんだろう。
くうっ、親にエロ同人活動バレバレだなんて…隠してたエロ本を見つけられたどころか、AV出演がバレたのと同じくらい恥ずいじゃねーかっ!
「ううっ殺して…誰かあたしを殺して…!」
ほら見ろ、ななみの奴も顔を真っ赤にして身悶えてるじゃん。
先日も見た、作業着だか忍者装束だかわからんキテレツな格好の親父たちはズカズカと室内に分け入り、
「クックッ…皆まで言わずとも解るぞ?
ななお、ななみ…お前たちはあの作品でもって、人類を堕落させるつもりだったのだろう?」
「いんとぅ・ざ・だーくさいど。」
…は? いやいや親父もお袋もなに言ってんの?
「聞けば相当な売れ行きだそうじゃないか。新人作家にしては、ここ最近見ないほどの爆発的大ヒット連発だとか?
やがてお前たちは漫画界の頂点に立ち、性の営みを赤裸々に描いた作品群で全人類を骨抜きにすることだろう…。
それでこそ私たちの子だッ!!」
「カエルの子はカエル。ダースベイダーの子はルーク。」
それ善悪逆転してんじゃん。
だからそんな大それたコトは微塵も考えてないって…
《久しいな二人とも。元気なようで何より》
偽ななみが手にしたスマホの中からじろさんが呼びかけると、
「ハッ! 副首領閣下もますますご健勝なご様子でなによりであります!」
「万歳。」
親父たちは自衛隊員ばりにビシッと敬礼ポーズで応えた。
《うむ、苦しゅうない。盛り上がってきたところで…恒例のアレ、いっとくかね?》
『イエス・サー!!』
《では…》
じろうのおっさんは突如スクッと起立したかと思えば、どこぞの鉤十字的敬礼ポーズを披露し、
《ヤルッツェ・タマッキン!!》
「ヤルッツェ・タマッキンッ!!」「たまっき〜ん☆」
ずるぅっ!? なんなんだその卑猥な敬礼はぁーッ!?
「ヤルぜタマキン〜☆ですぅ〜♩」
偽ななみの奴なんてモロ言っちゃってるし!
「これぞ清く正しい悪の秘密結社ゴタンマの正式な敬礼だ。いずれ私たちの跡を継ぐであろうお前たちも憶えておいて損はないぞ!」
「いや継がねーよ、思くそ『悪』って自分で言っちゃってる組織なんざ!」
「なん…だと…っ? いったい何のために今日まで仮面家族を貫いてきたと思っとるんだ。
すべてはこの日のためだろうが!?」
「知るかンなもんっ!!」
一旦ブチ切れかけた俺は、すぐに親父の言葉の違和感に気づく。
「…ちょい待ち。『仮面家族』…って何ぞ?」
「その通り…我らは本来、赤の他人よ。市井に潜伏すべく、組織で飼っていた被験者の内からテケトーな子供を見繕ってここに連れてきた。
…それがお前たちだッ!!」
「なん…だと…っ!?」
いきなし明かされた衝撃の事実に、今度は俺の方がうろたえた。
そして納得した。それなら子供の頃の記憶が無いのも道理だな…と。
さらには、ななみがほぼ全ての電子機器を使えない原因もそのへんにありそうだな。
噂では、電子機器を使用する際には利用者の個人情報をどっかのデータベースに照らし合わせて認証を得ているらしい。それで他人に悪用されるのを防いでるんだとか。
が、そのデータベース自体に誤りがあるとすれば…認証不能、イコール使用不可…とはならないだろうか?
また、俺とななみは漫画制作の際にはたいがい先日のようなエロ行為に及んでいる。
普通あれだけの禁則行動を取れば、もう百万回ぐらいは警備ドローンのお世話になっててもおかしくはないはず。
なのに実際、緊急配備に発展したのは先日の一度きりだ。
どうしてこうも反応が悪いのかと常々疑問に思っていたが…これで腑に落ちた。
「じゃあじゃあ、あたしと兄貴って血が繋がってないんだね? 良かっ…いや良くないけどっ!」
この期に及んでシン・ナナミはなんで嬉しそうなんだ?
真相を知ったところで、納得なんてできるわけないだろ。オラぁだんだんムカムカしてきたぞ!
「だいたいお前ら、悪の組織を名乗るならもっとそれっぽい格好しろや! なんだそのナルトみたいな中途半端な忍者コスは!?
秘密結社っつったら全身タイツに覆面姿で、セリフも『イ゛ーッ!』だけって相場が決まってんだろが!」
「フフッ、まだまだ青いなななお。ショッカーの戦闘員も最初は素顔を晒して普通に喋っていたりしたのだぞ!」
「タイツは最初から。」
「つーか毎回毎回なんで普通に戸口から入ってくるんだよ!? 悪人だったら窓を蹴破るなり屋根をぶち抜くなりしてみぃや!」
「アレは他所様の家だからこそ可能なのだ。自分ん家を毎回壊しておったら修繕費が高ついて大変だろが!」
「ぷあー。」
「てかそもそも子供たちを悪の道に引きずり込んで、良心は痛まねーのかご両親!?」
「まぁ所詮は他人だしな。下っ端構成員は余計な疑念など抱かず、上の指示通りに動いておればそれで良いのだッ!」
「命令絶対全力前進♩」
…言ってて悲しくならないのかコイツら?
ええいっ、あー言えばこー言う…!
「兄貴アニキ、さっきからツッコミどころ、ことごとく間違ってるから!」
ななみのフォローで我に返る。そうだ、そもそも悪いのはすべて…!
「フハハハ憎いか!? 憎いだろうなぁななおよ! それがこの世というものだッ!!
さぁ〜もっと、もぉーっと世間を、社会を憎むがよいッ! そして我らと共に歩むのだッ!!」
「れっつ・じょいなす。」
うっっっがぁあああ〜〜〜ッッ!?
「憎たらしいのはおどれらぢゃあーいッ!!」
怒りに任せて放ったら、なんか出たビームがクソ親父とアホ袋を部屋の天井ごと弾き飛ばした!
「ムハハハその調子だぞななおっ! 次に会う時までに悪逆非道ぶりに磨きをかけておくのだぞおおおぉぉぉ…」
「あでぃおす・あみぃごおおおぉぉぉ…」
こうして諸悪の根源は正義の鉄拳の前に潰えた。
さらばだ、親父よ…もう会うこともないだろうが、どーせこれしきでくたばりはしまい。達者でな。
そして、お袋…アンタぁ最期まであんなアホいセリフ回しで満足だったのか?
「ほぇ〜…お空の彼方にぴゅーんですぅ…」
両親が星になった夜空を見上げて、呆然とアホヅラを晒す偽ななみ。
そーいや一番メンドイのが残ってたネ☆
◇
《とゆー訳で製品モニターの件だがね》
何事も無かったかのように淡々と仕事に戻るじろさん。さすがは悪の幹部、下っ端の処遇ごときには微塵も動じない。
「いや、だからアレは事故みたいなモンで、俺たちゃ了承した覚えもないんだってばよ!」
必死に弁明する俺の隣で、ななみもしきりとウンウン頷く。
「ふぇえ〜っ!? それじゃああたしの立場ってゆーモノがぁ〜!?」
またもや泣きべそを掻く偽ななみだが、知らんがな!
「だいたいコイツ、なんでこんなに間延びした喋り方なんだよ? 正直、聞いててイライラすんだけど」
「ほぇえっ聞いてイライラですかぁ!? あたしはほんわかしててカワイイと思うですぅ〜っ!!」
「自分で言うなし。」
見た目だけは同じ顔で双子漫才を繰り広げるななみーズを見つめながら、副首領殿はうーむと首を捻り…
《ありがちな話だがね…史上初の本格派HWMということで、開発チームもノリノリでアレコレ詰め込んだ結果…
ちょおーっとばかり悪ノリしすぎて、なんとか処理能力ギリギリな感じに仕上がったという報告が上がってるんだわ》
「なるほど。要は…常に『処理落ち』しとる訳だな? そんなキワキワな代物をウチに押し付けようとしてたのかアンタらは!?」
《私が直轄してない部署でやったことだから詳しくは知らんがね。
まぁなにぶん試供品だし、それなりのデキなんじゃないの? 稼働中に最適化されて、いくらかこなれてくるとは思うがねぇ》
ザ・縦割り!ア〜ンド、ザ・投げやり!
身内にばかり甘くて外部に無理強いする政治家みたいな企業なんて滅んでしまえ!
こりゃもう企業トップも全部AIに置き換えたほうが効率的なんじゃないか?
《…そうかね。そこまで言うなら…残念だが、この話は無かったコトに…》
「そぉんなぁ〜っ!? せっかくここまで電車を何本も乗り継いでやっとこさたどり着いたんですよぉ〜っ!?」
え、お前いまどき電車移動だったの?…その格好で?
あ〜、ひょっとしたらコイツもシン・ナナミ同様カーシェアリングが利用不能なタチか。
でも何本も乗り継いでって…ゴタンマの本拠地どこにあんのよ?
《正直、モニター候補は他にもアテが無いわけでもないしね。その場合はその候補者の要望通りに再設定するハメになるが…》
「…再設定?」
《要は造り直しだね。性別、年齢、身長、体型、性格…等々、全面的に変更せにゃならん》
よくよく聞けば、それだけ複雑な代物をよくまあこの短期間でこさえたな。あのメールに答えてから十日も経ってないのに。
…だからあちこちやっつけ仕事になってんじゃねーのコレ?
《いくらかのパーツは使い回せるだろうが…生体部分はどうしょーもないかなぁ〜?》
「…ってぇ〜と?」
《全面廃棄だね。放ったらかしといても腐るだけだから、切り刻んで犬の餌にでもするかなぁ〜?》
造作もなく言ってのける悪の幹部に青ざめる俺の隣で、ななみーズが揃って泡ふいて卒倒してる。
じろさんめ、あからさまに揺さぶりかけてきやがって…!
だが、しかし…うぅ〜むむむ…っ。
「…わーったよ。受け入れりゃいいんだろ?」
「あ、兄貴!?」
渋々うなだれた俺に、ななみが抗議の声を上げるが、
「しゃーねぇだろ。お前と同じ顔の肉片が犬畜生に喰われちまってもいいってのか?」
「ゔ。」
「…異論は無いようだぜ?」
《では、そゆことで。》
相変わらず副首領のくせに軽っ。
「はぁ〜…マスターに救って頂いたこの命…一生懸命働いて恩返ししちゃいますよぉ〜☆」
犬に喰わせるのを止めさせただけで、偽ななみに感謝感激されてしまった。元はと言えば俺がモニター蹴ろうとしたからなんだが…。
しかしコイツ…ななみと同じ顔してるだけに、よくよく見れば健気でカワイ…いやゲフフンッ!
「ハァ〜…ったく、兄貴ってオンナに甘すぎない?」
シン・ナナミも溜息混じりに苦笑する。そう言われても自覚はないが…その恩恵にいちばんあやかってんのはお前だろ。
…ふと気づけば、両親が星と消えてポッカリ開いた天井の大穴からは満天の星が瞬いていた。
世界的な排ガス規制も厳しい昨今、再びもとの美しさを取り戻した夜空を遮るものは何もない。
くだらん騒動に巻き込まれてるうちに、もうすっかりいい時間になってたな。
ともかく今宵は晴れてて良かった。自分でやらかした事とはいえ、雨が降ってたら洒落にならん。
明日にでもさっそく偽ななみをこき使って修繕させて、改修費用はゴタンマに償わせよう。全部連中の下っ端のせいだしな。
「…とにかく、まずは飯だ。誰かさん達のおかげで、すっかり腹が減っちまったからな」
「をを〜グッドチョイスですねぇマスター!
今夜のお献立は何ですかぁじゅるり♩」
長嶋監督かお前は。HWMの分際でやたらと食い意地張ってるし。
「お前が作るんだよ。俺もななみも料理なんて出来ないからな」
「ほぇ? でもでも、あたしも出来ませんよぉ〜?」
…なぬぅ?と顔をしかめたところで、
《現時点では料理知識がゼロだからね。そのへんの料理本でも読ませれば自己学習して、すぐに作れるようになるさ》
と、じろさんがすかさずフォロー。そこいらは一般的な自己学習型AIと同様なんだな。
ならばとキッチンに置いてあった、数分前に亡き者となったお袋の形見の料理本を読ませてみる。
「ぅはぁ〜っ、美味しそーなお料理がいっぱいですねぇ〜! はやく食べたいですぅ〜♩」
「ならはよ作れ。もう充分憶えただろ?」
「ハイハイ、一般的なレシピのインプット完了ですぅ。
あ、でっもっでっもっでっもっでっもっ、こんなの作れませぇ〜〜〜んっ♩」
「小島よしおの太古ギャグみたいに誤魔化すなやヴォケェーッ!!
なんでじゃ、どーしてじゃ!?」
「間寛平のさらに古いギャグみたいに囃すなやヴォケェーッ☆ですぅ。
あたしはまだ調理器具を使った経験がないのでぇ、ご命令には従えましぇ〜ん♩」
こんにゃろめがぁ…っ!
俺はじろさんをギロリんちょと睨みつけ、
「ほっほぉ〜お? ずいぶん素晴らしい出来栄えだなぁ、お宅さんのHWMは?
あとコイツ、今マスターの俺にボケっつったぞ!?」
《ハッハッハー。何かと多様性が叫ばれる昨今、そんなHWMがあってもよろしいんじゃないでせうか?
…おっと、急用ができたからこれで失礼するよ。ヤルッツェ・タマッキン略してヤルタマ、ゴタンマに栄光あれ!》
プツン。
そこで副首領サマの通信は一方的に途切れた。逃げやがったな。
都合の悪いコトはすべて多様性で乗り切り、何でも略せばいいと思ってる最近の風潮こそが、真の多様性の発展を阻害しとるのではないかね?
「…まあいい、今夜は出前でも取ろう。メンドイことは明日考える」
ちょうど都合よく、ウーバードローンの発着に便利な穴も開いてることだし。
問題は山積みだが、その山をなるべく崩さないよう迂回ルートを通るのが俺の主義だ。
尊敬する藤子不二雄A大先生も『明日できることを今日やるな』って金言を残してるしな。
「ひゃほーいっ! 何でも好きなモノ頼んでもいいですかぁ〜!?」
「…アンタには遠慮って概念がまるっきし欠如してんのね…」
やれやれ…一匹でさえ厄介な妹が倍に増殖しちまったぞ。これからどーなんのかね?
◇
《…ふぅ。何なんだあの若造は? 目上の者への尊敬がまるでなってないじゃないか…!》
現場との通信が終了した途端、叔父様は急に態度を豹変させてグチグチ文句を言い始めました。相変わらず二面性の激しい人です。
《腹いせに工作員甲と乙に罰則を与えたいところだが、二人ともどこへ飛んで消えたか判らんしな…フンッ!》
工作員甲・乙。それが若様…いまは七尾ななお様でしたか?の御両親代わりとなっていた彼らの正式名称です。
二人とも恐ろしく強靭なので、あの程度ではビクともせず、いずれ私の下に戻ってくることでしょう。彼らにはまだまだ働いて貰わなければなりませんし。
キャットちゃん…いまは七尾ななみちゃんですか?も、あんなに大きくなって…。
まるで我が子の成長を見守るように微笑ましい気持ちになってしまいました。
それら一部始終の光景を、私はあの子…開発ナンバーHBDK-773型の瞳を通して観ていました。
私の自室である、この首領室のモニターで。
若様…ご立派になられましたね…。
お元気なようで何よりです。
あの子との通信が途絶えた今も、彼の姿が目に焼きついて離れません。
気を抜けばすぐに涙で潤んでしまう視界を何度も拭って…私は自身の仕事を全うすることに専念します。
《ったく…そもそもなんで私がこんな役回りなんだ? くだらん仕事を押し付けおって…小娘めがッ!》
叔父様は私が今もすべてを観ていることに気づかず、いまだに愚痴をこぼし続けています。
この類の人は得てして大成はしないものですが…それでもウチの副首領にして表のマタンゴCEOなどという重職につけているのは、すべて首領様…
私ではなく、彼の実の兄にして私の大恩人だった前首領氏の功績の賜物に他なりません。
現在、私が首領を名乗っているのも、氏の亡き後に、叔父様のつまらない企てによって無理やりその座に着かされたからです。
ですが、おかげでこうして若様をお守りするために存分に力を振るえるようになったのは不幸中の幸いでした。
これだけは叔父様に感謝して差し上げてもよろしいでしょう。
「…ご苦労様でした、叔父様。首尾よく運んだご様子ですね?」
《チッ…なんとかな。あんなガラクタがまともに使い物になるとは思えんが…どうせ可愛げのないガキどもだ。どうなろうと知ったことではないわ》
私がモニター越しに呼びかけると、叔父様はいまいましげに舌打ちしてこちらを睨みつけました。
これくらいはいつもの事なので気にしてはいられません。
いちばんの懸念事項だった若様との顔合わせも滞りなく済んだようで一安心…
《だが…あのななおとかいうガキ。はてさて、どこかで見覚えが…?》
…何ということでしょう。この私の『力』をもってしても完全に拭い去ることが出来なかったとは…凄まじい執念です。
いえ、もはや怨念でしょうか?
「あの子たちは今もっとも勢いがある同人作家だそうで、ウチの出版部門でも接触を試みている最中だとか。
その内部資料をご覧になられたのでは?」
《あー…そんな情報もあったか? ふむ、なるほどな…?》
…なんとかご納得頂けたようですが、さすがに肝が冷えました。
《ともかく、これで私の仕事は終わりだな?
後はそっちに任せたからな。これ以上の面倒事は御免被るぞ!》
言うだけ言って、叔父様はさっさと通信を終えました。
私もやっと憂鬱な時間が過ぎ去ってくれて、ホッと胸を撫で下ろします。
「…金ちゃーんっ。ボクらもそろそろお仕事切り上げて晩御飯にしよーよ♩」
叔父様と入れ替わりに、今度はシロちゃんがお食事のお誘いに来ました。
若様にお送りしたメールではあえて人目を惹く格好をして貰いましたが、今日の彼女は私と同じく表のマタンゴグループの女子制服を着ています。首領であっても構成員の皆さんとそう立場は変わらない…という私からのメッセージです。
あとは単純に、デザインが可愛くて気に入ってるから♩
ファッションに無頓着なシロちゃんは、新しい服を渡すたびに「こんなのボクが着てもにゃ〜…」と渋りますが、「カワイイ格好のシロちゃん、もっと見てみたいな♩」とおだてれば素直に着てくれます。割とチョロい子です。
そんな純真無垢な彼女のいつも元気な笑顔に、私の心のわだかまりが一気に吹き飛ばされます。
「あ、コイツ…。いよいよ送り込んだにゃ?」
室内の別モニターに映っていたあの子…HBDK-773のデータを目にするなり、シロちゃんは不機嫌そうに眉をひそめます。
ここ数日、私も今日に備えてあの子にかかりっきりになっていたので、彼女を嫉妬させてしまったようです。
「うん…やっと肩の荷が降りたよ」
「いやいや、安心すんのは早くにゃい?
アレ、とんでもないポンコツだよ!?
どこに送ったか知んないけどさぁ、絶対色々やらかすよ〜?」
「アハハハハァ…」
それについては私も渇いた笑いを洩らすしかありません。
本当に…なんであんな仕上がりになっちゃったんでしょーか?
それでも、現状ではあの子に期待する以外、他に手はありませんし…長い目で見るしかないでしょう。
「…さ、ご飯にしよ?」「うわーい♩」
シロちゃんと連れ立って部屋を後にする際…
私はもう一度だけ、あの子が映るモニターに目をやりました。
後はよろしくね…『偽キャットちゃん』♩
◇
「はぁ〜、みんなで食べるご飯はやっぱり美味しいですね〜♩」
「美味くて当たり前でしょ、プロが作ってんだから」
「そゆことじゃないんですよぉ、情緒のない小娘ですねぇ〜」
「にゃにをぅっ!? テメーだって小娘だろがぃ!」
「ソレ言っちゃうとすぐにおぱーい的大差の話題で切り替えされちゃうってゆーの、そろそろ学習してくださいね〜『小』娘♩」
「こ、こんガキゃあ…っ!?」
うだうだ言い合いつつも、俺の眼前に並んで出前飯を掻き込むななみーズ。
見た目は同じでも性格はほぼ真逆なのに…
出前の注文メニューは二人ともオムライスにスパゲッティナポリタンと、示し合わせた訳でもないのにまったく同じだった。
「今さらだけど…お前フツーに飯食ってるよな?」
俺はカツ丼と天そばを交互に口に運びつつ、素朴な疑問を口にする。
「ハイハイ〜、あたしは基本的に皆さんと同じご飯を戴きますよぉ〜!
生体パーツを維持するためには食物による栄養補給が欠かせませんから〜」
ふ〜む、そーゆーもんか?
確かに見た目は完璧ナマモノだけど…でも中身の半分はメカってことだから、それがパクパク飯食ってんのはどうにも違和感がなぁ…。
どーでもいいけど全員見事に炭水化物X炭水化物だな。太るぞ…と、言いたいところだが。 俺はともかく、シン・ナナミは何をどんだけ食おうが太らないし背丈も伸びないし乳も膨らまないから、偽ななみもたぶん同じだろう。
…おっぱい以外は。
「ななみ、例の打ち合わせは明日でいいか? 今日はもう疲れたから気力が持たん」
「あ、それ助かる。正直どれもイマイチだから、もうちょい煮詰めたいなーって思ってたとこ」
「お〜真面目だねぇ。でもそれなら今回も売上げはバッチリだな」
コイツがその気になれば確実に面白くなるから、明日から本気出してくれればいいよ。
「んで…お前はこの後、風呂場に直行な」
「お箸で人を指差すのはお行儀悪いですよ〜マスターぁ。なんでですかぁ〜?」
おかんか貴様っ!?
さっきも人をボケ呼ばわりしてくれたし、何から何まで服従って訳でもないのか。このへんは並みのAIとは大違いだな。
おっと、なんで風呂場に行かせるかといえば、
「さっきションベンちびってたろお前?」
ブフゥーーーッ!?
ななみーズが放った米粒バルカン砲が俺の顔面を直撃した。
「アレはマスターが怖かったからですよぉ〜!
上着もパンツも脱がされちゃいましたからぁ、もぉクーリングオフは利きませんよぉ〜!?」
「うわ兄貴サイテー。てかアンタもほいほい脱ぐなし!…どこまで見せた? あ゛!?」
真っ赤になりつつもさらに既成事実化を促進する美人局みたいな偽ななみと、それを嗜めるフリしてさらに俺を追い詰めるシン・ナナミ。
肝心な「HWMが何故におもらしするのか?」という疑問に誰も行き当たらないのは何故なのか?
「…てかお前…どこいらへんまで精巧に出来てんの?」
キワドイ質問てことは百も承知だが、それよりも未知のHWMへの知的好奇心の方が勝っている。
「それはぁ…実際にお見せしたほうが早いかとぉ。丁度およろしい塩梅ですしぃ、一緒にお風呂…入りますぅ?」
米粒だらけの俺の顔面を指差し、にわかに妖艶な微笑を浮かべる偽ななみ。
俺は確信した…コイツかなり性格悪いぞ!
「どわぁーからほいほい応じるなっつってんだろがぃ! 曲がりなりにもあたしと同じ顔なんだからアンタ!」
なるほど。なんだかんだ言ってても、ななみ的には他人事じゃ済まない訳だな。
…結局、偽ななみのみんなでお風呂案はシン・ナナミの猛抗議で却下され、各々シャワーを浴びてから早めに寝ることになった。
「ほぇ〜っ、ここがマスターのお部屋ですかぁ!? 漫画のご本がいっぱいですねぇ〜!」
まあ俺にとって漫画は唯一無二の趣味だからな。自室の大半は本棚と漫画本で埋め尽くされている。
そんなことよりも…
「なんでお前がここに?」
「それはもちろん、あたしもここでお休みさせて戴くためですけどぉ〜?」
さも当然のように言い放つ偽ななみ。
HWMに休息が必要なのかと思わなくもないが…さっきの食事のときの彼女の弁から推測すれば、生体パーツの疲労回復のためだろう。
ふむ、理屈は解った。解らないのは…
「なんでお前までここにいる、ななみ?」
「それはもちろん、あたしもここで…」
「同じ顔で同じセリフを繰り返されるとデジャヴ感パねーからヤメロし」
おおかた偽ななみを監視するためだろ。コイツは放っとくと何をやらかすかマジ判らんからな。
本来は俺たち人間のサポート役として造られたHWMを、なんで俺たちがサポートせにゃならんのか? 本末転倒も甚だしい。
「だってあたしが見てないとコイツ、すぐまた脱ぎ出すじゃん?」
だよね〜。シャワー浴びた直後、「どーせ一度見られちゃってますからぁ〜♩」と、黒下着にガーターベルトだけという刺激的な格好で現れた偽ななみに俺たちは吹っ飛びかけた。
エロ漫画の読みすぎじゃねーのお前?
描いてる俺たちが言えた義理じゃないけど。
シン・ナナミが慌てて自分の予備パジャマを着させてやったから事なきを得たが…
「でもでもこのパジャマ、特に胸のサイズがぜぇ〜んっぜん合ってなくてちょお〜苦しいんですけどぉ〜?」
「ケンカ売ってんのアータッ!?」
悔し涙をちょちょ切らせてる場合じゃないぞマイシスター。早く反撃材料を見つけないと、延々このネタでいぢくり倒されるぞ?
とはいえあっちに無くてお前にあるメリットなんて漫画描けるくらいだけどな。乳とエロさだけでなんかもー全体的に負け気味だし。
だけど、お兄ちゃんはその一点だけで、今んとこお前推しだ。
が…今後どこまでフォローしてやれるかは不明だ。実の兄妹じゃないって判っちまったら、正直どう扱っていいものやら…だからな。
「それはそーとぉ…このままじゃみんなでオネンネできませんよぉ〜?」
偽ななみの指摘通り、四方を本棚に囲まれた俺の部屋の真ん中には安物のパイプベッドが一つっきり。これで三人も寝るなんて土台無理だ。いくらななみーズがミニマムサイズだったとしても。
「…お隣はどなたのぉ〜?」
「バカ親どもの部屋だ。もう当分帰ってこねーだろうけどな。
たしかでっけぇベッドが置いてあった気がするが、ドアに鍵掛かってるから入れん」
アイツらがなんでいちいち施錠してたか、ようやく理由が判ったけど、今さらだな…。
「じゃあ、拝借しちゃいましょー♩」
はぁ? どーやって…と尋ねる間もなく。
偽ななみの目がチュイン☆と光ったかと思いきや、俺の部屋の壁が本棚ごとバタン!と倒れて、両親の部屋と繋がった。
…え〜っと。ツッコミどころ満載だが、とりあえず…
「お前…目からビーム出せるの?」
「ビームは無理ですけど、赤外線とかレーザーとかなら出せますよぉ〜。殺傷性はありませんけどぉ〜」
普通はそれすら無理だし、攻撃力がないからって問題大アリだし、そーゆー割に壁ブチ抜いちゃってますケド?
「それでたまたま上空にいたどっかの国の攻撃衛星に指示を送って、高出力レーザー照射で壁を焼き切りましたぁ〜♩」
そりゃスゴイ。俺たちまで焼き切られなくて幸いだったな。
てかそれってつまり、あらゆる兵器を支配下に置けるってことなんじゃ…?
…いや、深くは考えまい。考えたら負けだ。
「さぁさぁ、レッツ・スリーピングぅ〜!
カマーンヌ♩」
若干エドはるみめいた偽ななみに促され、
「…とりあえず、寝よう。積もる話はその後だ」
「うん…そだね」
半ば放心状態の俺たちも両親が使ってたダブルベッドに潜り込んだ。
三人でも難なく使える広さで、極上の寝心地だった。
が…過剰にアダルトテイストな内装の両親部屋はほぼほぼラブホと化していて、いささかの背徳感は否めない。
親父もお袋も、仮面夫婦だの何だの言いつつ、ヤルこたぁしっかりヤッてたんだなー…と思った。
◇
翌朝。いつもと同じ時刻に目覚めてしまったが、今日から連休なので慌てない。
むしろもっと惰眠を貪りたかったのだが…気がつくと偽ななみの姿がなかった。せっかく寝ぼけたフリして巨乳の一つも揉んでやろうと思ったのに。
腹いせに隣で俺にくっついてスヤスヤ寝息を立ててるシン・ナナミの洗濯板に触れてみようとしたが、硬すぎて突き指しそうなのでやめておいた。
「んで…アイツはどこ行った?」
素直に帰ってくれたのなら有難いが、アレの性格上それは有り得まい。
放っておくと何をしでかすか不安だし、それ以前に…男の生理現象的に妹の隣でおっ勃たせ続けるのもアレなので、渋々寝床から抜け出す。
一階へと続く階段を下りている最中…眩い朝陽が射す明かり取りの窓越しに、玄関先にたたずむ偽ななみの姿が目に入った。
昨日のメイドコス完全装備で、どこから持ってきたのかホウキを手にして表の掃き掃除をしている。
飯が作れないなら家事は絶望的かと思ってたから意外だが、あれくらいガキでも出来るか。ともかく感心なことだ。
「あったしぃはかっわいーいメーイドったん〜♩」
なんか歌ってる。自分でこさえたらしい妙ちくりんな唄だけど、HWMって作曲もできるのか。
ふむ…落ち着いた頃に漫画の描き方を憶えさせたら面白いかもしれんな。
「今日ーもあっさかーらお掃除〜お掃除〜♩
そこーにマッスターがやーってーきて〜♩
『朝から感心だね。どれ、ご褒美をあげやう』
じゅぷんっ☆
あは〜そもぉダメぇーーーンッ!」
…なんたるエロオチ。
やっぱりアイツはアイツだった。
思わず途中までハミングで合唱しちまったじゃねーか!
自己嫌悪に頭を掻きむしっていたところ…意外な人物の姿が視界に飛び込んできた。
門柱の陰に隠れてアレの様子を窺う、白いブラウスにロングスカートという清楚にしてブリリアントな服装の、眼鏡の清楚な印象の少女…って委員長じゃん。
これで日傘でも差して顔が見えなかったら宗教勧誘かと飛び出してったところだぜ。これだけ科学技術が進歩した今日でも、あの手の輩はいまだ健在だし、連中の口の巧さに偽ななみが対抗できるとは思えんしな。
こんな朝っぱらから何の用かは知らんが…ウチの住所を教えた憶えはないのに、よく判ったな。委員長特権で学校側から訊き出したのか?
どうやら普通に呼び鈴を押すつもりだったのが、アレに圧倒されて出るに出られなくなっちまったらしい。
「…あやや〜お客様でしたかぁ〜? 自身の美声に酔いしれるあまり、気づかなくってすんずれいぶっこいちゃったですぅ〜♩」
「あっいえっこちらこそ…なんだか声がかけづらくて…」
いまだ不憫な人を見るときの表情のまま、委員長は引き攣った笑みを浮かべる。
「あの…もしかして、七尾くんの妹のななみさん…?」
意外なことに、委員長はななみとは初対面らしかった。奴が入学して以来毎日のように俺のところに来てるにもかかわらず。
たしかに委員長も何かと多忙で、休み時間にはたいてい席を外してるしな。
「ほぇ? あー、よく似てるって言われますけどぉ…」
弁解を始めた偽ななみのトロくさい言葉を遮って、
「やっぱりぃ! とってもカワイイって評判だから、絶対そうだって思った!
うわぁ〜本当に…お持ち帰りして穴が孔くほどプニプニし倒したいくらいカワイイ…♩」
ちょっとヤバめな性癖を暴露しつつ顔をとろけさせる委員長に褒められて、偽ななみは…意外にも不機嫌ブリバリに。
「むむむむむぅ〜っですぅ。あーんな小便くさい小娘と間違われるなんて心外ですぅッ!!」
小便くさいのはお前だろがぃ小便たれ。もう一生そう呼んでやっからな!
長年一緒に暮らしてきた俺でさえ間違えたのに、初対面で見分けなんかつくかい!
「えっアレっ? でもココ、七尾くんの自宅で合ってるし、妹さんは一人だけって…?」
手にしたホウキをへし折らんばかりに全身をわななかせた偽ななみは、戸惑う委員長の言葉にますますヒートアップ。
「何なんですかぁアータ、いきなり出てきてマスターを気安く『くん』付けしたりしてぇ!?
末端価格なんぼでっかアータ!? ウチのマスターはアータみたいに安っぽい女がみだりに近づいていいようなお方じゃないんですよぉ〜!」
急にデヴィ夫人化したかと思えば、呆気にとられた委員長を散々罵倒し、ドデカイ乳を誇らしげに仰け反らせる。
対する委員長は割りかしスリムで、とりわけ部分的にはシン・ナナミ並みにカースト最下層な貧困者だから、ううっと呻いて尻込みするしかない。
「あ、あの…なんでそこまで…?」
言われなき口撃を浴び続けにゃならんのかと当然の疑問を抱いた委員長に、鼻高々な偽ななみは、
「いいですかぁ? あたしはマスター専用の可愛いカワイイメイドたんなんですよぉ?
ってぇことはぁ、日頃のお世話から下のお世話まて一切合財を担うパートナーにして、心も身体もぢゅっぷりねっとりジョイナスされた、もはや肉体の一部…
よーするに『肉奴隷』ってコトですぅッ!!」
「に、肉…っ!?」
うわこれには俺も引いたわー。むしろ奴隷ごときがなんでそこまで威張り腐ってんの?
「さぁさぁ解りやがったらとっととお帰りはあちらでございやがるですぅッ!!」
元々どっかオカシイ偽ななみの語彙力も怒りのあまりいよいよ末期的だし…そろそろ俺の出番かな?
「…うっせーな。朝っぱらから何やってんだ?
ってアレ、委員長?」
平静を装って玄関ドアを開け、今まさに起き出したかのように振る舞う俺に、彼女はホッと表情を和ませ…
たかと思いきや、思くそ生ゴミでも眺めるような侮蔑の眼差しで、
「…七尾くんて……『変態』?」
ひゅう〜。新しい風が吹いている…。
朝もはよからうららかな陽気だってのに、なぜだか心が寒いの…ぐっすし。
◇
「…で? いったい何なの朝っぱらから?」
「オメーがグースカ眠りこけてる間に、一悶着あったんだよ」
俺に叩き起こされて、ご機嫌斜めな様子でリビングに下りてきたシン・ナナミと、
「がるるるぅ…どぼぢでこげなメス豚にお茶なんて出すですかぁ!?」
「メス豚言うなし。それが日本のおもてなし文化なんだよ。追い返したい客にすら茶漬け食わせる土地もあるしな」
と、いまだ敵愾心を微塵も隠さない偽ななみを並べて立たせてみせると…
「…………」
リビングに通された委員長はぽかーんと口を開け放ったまま、二人を交互に見つめ倒している。
こうして傍から見てるとアホの子丸出しだが、これでも全国有数の成績上位者なんだよな…。
そんなスゴイ輩が、なんで有名進学校でも何でもない極々フツーなうちの高校に通ってるのかは知んねーけど。
ややあって、やっと思考回路が繋がった委員長は、
「え〜っと…この子も肉奴隷?」
まだバグが残ってた。それは忘れろし。
「ちょっ…イキナリ何なんこのクソ眼鏡!?」
ただでさえ寝起きが悪かったところに香ばしいネタをぶち込まれたシン・ナナミは当然のように委員長を敵と認定。
これは委員長サイドに非があるから俺もフォローはしないぞ。
「だいたい誰よコイツ!?」
「うちのクラスの委員長サマだよ」
やはり初対面だったシン・ナナミに紹介してやると、奴はピッ?と硬直した後、「うがぁーっ!?」と頭を掻きむしった。
いちばん猫かぶりがバレたらアカン層に、自ら盛大にバラしちまったしなぁ。
「まぁ、可愛いからってみだりに手を出すのは危険って言うしね…」
生まれたばかりの野生動物の赤ちゃんを遠巻きに愛でるような顔で、委員長も冷や汗を滴らせている。
「…で、わざわざウチまで何の御用で?」
「…昨日、七尾くんホームルーム前に帰っちゃったでしょ? あの後、色々配り物があったのに…」
完全アウェーであることを悟った委員長は悲しげな顔をしつつ、ハンドバッグからプリント類を引っ張り出して俺に手渡した。
なるほど、そりゃ確かにありがたいけど…
「何々…連休中の諸注意?
夜遊びは禁物、飲酒喫煙は厳禁、違法薬物に手を出さない…うわ要らねーコレ。小学生かよ」
せっかく持ってきたモノを全否定され、委員長はううっと呻くしかない。
「あ、ソレならあたしも貰った。学校のサイトでも同じのが見れるって友達が言ってたよ」
手渡す必要すら無かったことをシン・ナナミに指摘され、委員長はううううっとさらに呻くしかない。
「御用はお済みですかぁ〜? ではとっととゴーホーム。ゴーゴーゴーゴー♩」
「いやいやちょと待てちょと待て、せっかく来たのに!?」
鬼軍曹にせっつかれた降下兵のように偽ななみに摘み出されかけて、たまりかねた委員長はリビングソファーにしがみついた。
「昨日だって珍しく仕事がなかったから、思い切って七尾くん誘って一緒に帰ろうと思ったのにぃ!!」
あ。ここでそんなこと口走っちゃったら…
ほらほら、ななみーズが揃って悪ぅ〜い顔しちゃってるヨ?
「ちょっと奥様、お聞きになりましてぇ?」
「え〜ぇ、今聞き捨てならないコトを言い放ちやがりましたわよぉ〜このクソアマぁ〜♩」
「だいたい委員長だからって、一介のクラスメイトにそこまでしてやる必要ありますぅ?」
「家の住所まで調べて押しかけるなんてぇ〜、お節介を素通りしてもはやストーカーですよぉお〜?」
『ねぇ〜え?』
言わんこっちゃない。見た目にもキショい双子コントの餌食にされちゃってんじゃん!
「はぁうぅう〜〜〜っ!?」
対する委員長はもう泣き泣きで…そんなすがるような目でこっち見られても知らんて。
とか言いつつ、最低限のおもてなしはしといてやるか。
「…ま、せっかく来てくれたんだしな。茶ーくらい出してやるよ」
「ペットボトルので良いですかぁ〜?…チッ」
「センブリ茶もあったと思うけど?…ケッ」
揃って舌打ちすんなよ。
◇
「HWM!? この子が!?」
やっとこさ事情を知った委員長は当然のように、昨夜の俺たちと同様の驚き様を示した。
「ああ、昨日いきなりやって来やがってな。ご想像通りの漫画みたいなパニックになったぜ」
「昨日? じゃあ肉奴隷っていうのは…」
「引っ張るな〜ソレ。あるわけねーだろ、そもそもHWMだぜ? テレビや冷蔵庫に欲情する奴がいるか?」
「家電扱いしないでくださいよぉ〜!
そうおっしゃる割にはおぱーい揉み揉みしたりパンツ脱がせたり一緒にオネンネしたりと、電気製品にあるまじきやりたい放題ぶりでクタクタになっちゃいましたけどぉ〜?」
ぬおぅっ!? なぜに余計な口を挟むか偽ななみよ!
「どさくさに紛れて、あたしの胸も揉んでたわよね…?」
シン・ナナミも怒涛の追い打ち! そんな真っ赤になるくらいなら無理して言うなっ!
「HWMだったら男の子がリカちゃん人形ひん剥いてニヤニヤするのと同じだけど、こんな小さい子のこ〜んな小っちゃい胸まで!?
七尾くんてやっぱり変態…」
変態もういいから!
「誰がリカちゃん人形ですかぁ!?」「小っちゃいゆーなッ!」
…委員長って案外、知らないうちにどんどん敵を作る天才だったんだな。
あるいは脳のリミッターが外れてるから高得点をマークできる見返りに、自分の口を制御できない気質か?
「だって、妹さんにまで手を出すなんて、どんだけ飢えてんの? それなら私が…」
「うにゅう〜〜〜っ…
兄妹じゃないもんっ!!」
「バッお前…ッ!?」
何やらとんでもないコトを言いかけた委員長を遮って、シン・ナナミがさらにトンデモ爆弾を投下。
俺も慌てて止めようとしたが、既に手遅れだった。
「…え? 七尾くん…今の、ホント?」
世情に疎そうな割には耳ざとい委員長が、次第にプルプル震え出しながら俺を問いただす。
「…ああ、ホントだよ。つっても俺らも昨夜初めて知ったんだけどな」
観念した俺が正直に暴露すると、委員長の震えはピタリと止まり、なんでか安堵の表情で、
「昨夜? じゃあまだ手は出してない…」
「乳揉まれたっちうたやろがぃさっき!」
「みんなで一緒にオネンネしましたしね〜♩」
ぅおのれぃななみーズ、なぜこのタイミングで余計な口出しをっ!?
「がっつり出してんじゃんッ!!」
血相変えた委員長は俺の胸ぐら掴んで引きずり起こす。なんかアンタ、初登場時から著しくイメージ変わっちゃってません?
でもま、彼女ならそこそこ口が堅いし、学校で言いふらすようなこともない…
「…クスッ。それはどうかしら?」
あれっ? 何なんスか委員長サマ、急にリビングテーブル上で頬杖ついて…
まだ朝だってのに、黄昏れた窓ガラスを背にしてシルエットと化した全身に、眼鏡だけがギラリと光って…
どこぞの赤い葉っぱの司令官みたいなヤバさげな雰囲気醸し出しちゃってますケド?
「すべてはシナリオ通り…とは行かなかったけど、コレは思わぬ大収穫ね♩」
事前にいったいどんなシナリオを思い描いてたかは知ったこっちゃないが…どうやら彼女は思った以上に計算高い輩だったらしい。
「オイオイまさかアンタ…俺をゆする気か?」
「ゆするなんて人聞きの悪い。
でも、私もこう見えて噂好きなJKの一人だし…あなたの態度次第では、どうなるか判らないってだけの話よ」
ニヤリ…と口角を吊り上げる委員長に、ホラー映画さながらの戦慄を覚えた。繰り返すが、まだ朝っぱらにもかかわらず。
さらにはシン・ナナミを鼻先で笑い飛ばしつつ、
「そっちの仔猫ちゃんも、おとなしくしておいた方が身のためだと思うけど?」
「こいつッ…ガチでヤバイ奴じゃんっ!?」
「うちの首領サマよりよっぽど腹黒ですよぉ〜?」
ななみーズがそう言うならマジもんだろう。
清く正しい悪の秘密結社って言ってたし、話せば解る親玉っぽいしな。
かくいう俺もコレには微塵も話が通じそうにもない。
「…ハァ〜。わかったよ…ったく。
んで、あんたの要求は何だ?」
「ンなの兄貴に決まってんでしょ!?」
「へっ!? ち、違っ…!?」
シン・ナナミの横槍で一気に素に戻った委員長は、真っ赤な顔して両手をブンブン振り回す。
「あ〜コレはぁ…せっかくだからと凄んでみたものの、その実な〜んも考えてなかったパターンですねぇ〜?」
偽ななみに図星を指されてうぐぅっと呻いた委員長は、しばらく逡巡した後、
「じゃあ…少しお時間ください」
急に元通りにしおらしくなったかと思うと、そのまますごすごと引き上げていった。
「…結局、何がしたかったんだアレは?」
「だから決まってんじゃん、そんなの…」
俺の素朴な疑問に中途半端に答えて口ごもったシン・ナナミの後を継いで、偽ななみが補足する。
「マスターの顔を見に来たかっただけかとぉ。しばらく学校お休みになっちゃいますからぁ〜」
あー…なるほどね…うん。
正直、まるっきり自覚してなかった訳でもないけど…それほどまでとは思わなかった。
「じゃあたぶん…このままじゃ済まないだろーな」
◇
「…とゆー訳で、皆さんお久しぶり♩」
昼過ぎになって、委員長は再び我が家を襲来した。
朝方にも割りかしオシャレな格好をしていたが、その上さらに避暑地にでも行くようなツバ広の帽子を被り、足元には海外旅行客のようなドデカいスーツケース。
この時点でもはや嫌な予感プンプンだが…
「ずいぶんおめかしして、どちらへお出掛けで?」
「私、連休中は有名進学塾の合宿に参加することにしたの。学校にも近いし、そこから通うことにしたから。
ほら、コレがパンフレット。」
と委員長が手渡した冊子を見れば、表紙には確かに有名塾の名前と、校外に佇む小洒落たペンションの写真。
しかし裏返せば、そこに記された所在地は…
『ウチじゃん!?』「ですぅ〜!」
俺とななみーズの驚嘆が見事にハモった。
「行きつけの書店に置いてあったパンフとコピー機でちょちょいっとね♩」
得意げに鼻を鳴らす委員長だけど、思くそ偽造罪だからなコレ!
彼女はPCのような「ボタンがいっぱい付いてる機械」の操作は苦手だが、それさえ無ければ自在に操ることができる。
加えて今日びのコンビニのコピー機はAI搭載でド素人でも扱えるから、こうした芸当はお手のものだ。
「…つまり、ウチに泊めろって?」
「解り切った質問はさておき、私の部屋はどこ?」
マウント取った途端になんたる図々しさ!?
「なんでそこまで…」
「不埒な男子高校生が児童虐待に及んでるのを阻止するために決まってるでしょ!?」
「誰が児童虐待ぢゃゴルァ!?」「せめて不純異性交遊と言っておくんなまし〜!」
えっ、ななみーズがツッコムのそっち?
「てかアンタ、認識甘すぎじゃない? なんで自分だけ部外者だと思ってんの?」
「フヒョヘヘヘ〜、マスターの鬼畜ぶりを甘く見たらアイタタタ〜ですよぉ〜♩」
「ハッ…確かに! 既に被害者のあなた達が言うと説得力あるっ!」
今さらソコに気づいて身を固くする委員長だが…ちょお〜っと遅かったようだなぁ〜ムヒョハフへへ♩(デーモン閣下調に)
「ま、俺は自分の欲求に素直に生きてるだけだから、そう悪いコトはしないさ♩」
「気遣うフリして逆に追い詰めてるよねソレ!? ぐ、具体的に何をどうするつもりなのハァハァ♩」
なんか時々みょお〜にノリ気になってないかアンタ?
しかし、そんなノリノリな委員長にシン・ナナミはフフンとほくそ笑んで、
「だいたい、その計画穴だらけじゃん。塾の合宿にまで参加して成績が全然上がらなかったら、親にどう言われるか見ものだわね〜♩」
「うーん、それはまぁ…とりあえずは現状維持って線でなんとか?」
こともなげに切り返した委員長にシン・ナナミは「へ?」と目が点に。初対面なら知らないのも当然か。
俺は委員長をうやうやしく指し示して、
「この人、学年トップ。てゆーかたぶん全国区でも首位を狙える」
「ゔ。」
と呻いたっきりシン・ナナミは微動だにしなくなった。コイツの成績は俺以上に壊滅的だからなぁ。
「いや〜それほどでもぉ…あるけど♩」
「チョーシこくなっ!! なんでそんなバケモンと兄貴ごときが知り合いなのよっ!?」
あ、動いた。てかなんだよ『ごとき』て?
誰かさんも「バケモンて!?」と抗議の声を上げてるが、些細なことはこの際置いといて。
「どうしてもウチに居着くってんなら…こっちも一つだけ条件を出させて貰うぜ」
「条件?」
怪訝に眉をひそめる委員長の目をまっすぐに見て、俺は問う。
「アンタ……『経験』はあるか?」
「けぴょっ!?」
頭のてっぺんから突き抜けるような声を上げて、委員長は一気に全身真っ赤っか。
「大事なことなんだ。包み隠さず正直に教えてくれ…!」
両肩をガッシリ鷲掴んで顔を寄せると、彼女は今にも泣き出さんばかりに全身をわななかせて…
「…ありま…せん…っ」
落ちた。事実確認しただけなのに、なんでか『事後』みたいにやつれ果てちゃってるのが気になるが。
「そうか…。じゃあダメだな、残念だけど」
「ちょ…ぅえぇえ〜〜〜っ!? フツーそこは喜ぶトコなんじゃないの男性的に!?」
被りを振って残念がる俺に、打って変わって慌てふためく委員長だが…これは面妖なことを。
性差別が問題視される昨今だが、それでも世の男性の大半は経験アリの方を尊ぶだろう。
俺としてもコレだけは譲れない。
「ダメなんだよ…料理できる奴じゃないとッ!!」
「へ……お料理?」
にわかに呆ける委員長に、俺は偽ななみを指差してみせ、
「コイツに可及的速やかに料理を覚え込ませにゃならんのだが…残念ながら俺もななみも調理技術は皆無だ。
自己学習AIみたいなもんだから、一通り教えれば完璧なはずなのに…それ以前の問題なんだ…っ!」
さも悔しげに壁を拳で打ちつける俺の姿に、委員長は…
「そ、そぉ…お料理…あ…はは…は…
紛らわしすぎんのよッッ!!」
うわー怒った怒った!(棒読み)
はて、他の何かと取り違える要素がどこにあったとゆーのだろーかー?(超棒読み)
「お料理なんて出来て当然でしょ。うち、両親が忙しいから家事は私が全部やってるし」
こともなげに言い放つ委員長の傍らでシン・ナナミがダメージ受けてるけど、誰が出来るかは問題じゃない。
出来る奴が確保できたことが、今の俺には無上の喜びなんだ!
「うぇるかむとぅまいほぉむ委員長☆」
その喜びを全身で表現すべく、彼女をガバッちょとハグしてみたら、
「ぴっ…!?」
と硬直したっきり微動だにしなくなった。おいおいノリがワリィなぁ。
せっかくだからお尻でも撫でとくか。はいペロリんちょっと♩
「ぁあァアァーッ!?」「さっそく毒牙にかけられてるですぅーっ!?」
うっせーぞななみーズ。ほんのちょっと欧米式スキンシップをはかっただけだろ。
見ろ、委員長のこの落ち着き払った態度…っておんやぁ?
「ふ、不意打ちはラメえぇ〜〜〜…」
よくよく見れば、委員長は俺に抱かれたまま鼻血をふいてダウンしていた。
ふむ…『経験』ナシってのはどうやら本当みたいだな。フフリ♩
◇
「えー、大変お見苦しいところをご覧に入れてしまいました…」
鼻の穴にティッシュを詰めた委員長が、いまだ赤らんだ顔のまま頭を下げる。
「まったくですねぇ。どーせ出血するなら下からにしといて欲しいもんですよぉ〜」
そういうオメーの救いようのない下ネタはもっとお見苦しいとはよ気づけ偽ななみ。
そんな二人が立ってるのはキッチンの流し台。アイランド式になっててリビングから丸見えなので、俺とシン・ナナミはその様子をリビングソファーからぼんやり眺めている。
「とゆー訳でなし崩し的に始まりました、HWMでもできるけど仔猫ちゃんにはできないお料理教室ですが〜」
「いちいちグダグダ嫌味ゆーなし!」
いちいち噛みつく小うるさい外野はあっさりコッキリ無視して、
「それで先生ぇ、今日はどんなお料理を教えてくれるんですかぁ〜?」
「えー今日は、素人さんでも割と簡単に作れて失敗が少ない上に、刻む・こねる・焼くといった料理の基本が満遍なく入っててガッツリお腹も膨れる入門者向けメニューの『ハンバーグ』を作りまぁ〜す♩」
「すっごぉ〜いン♩ 社長ぉ、おいくらですかぁ〜ン? もっとお安くぅ〜ン♩」
「そーゆーボケは結構で〜す♩」
さっそくブレブレだな。
でもハンバーグの作り方なら俺もグルメ漫画で学んだから知ってる。実際作ったことは無いが。
玉ねぎを微塵切りにして挽き肉やパン粉、牛乳、スパイス類と混ぜ合わせ、ひたすらコネコネしたら、形を整えてフライパンで焼く。
…なんだ、案外簡単そうじゃん?
「あー先生ぇ〜、玉ねぎ微塵切りにしたらなんでかまな板まで細切れになっちゃいましたぁ〜テヘッ♩」
「…えー、こんなこともあろうかと、既にあとは焼くだけのパティが別途こちらにご用意してありまーす」
フツーあり得ない事態を予想済みの委員長こそ只者じゃない気が。
「面倒な人はスーパーの出来合いパティを使ったり、冷凍食品をレンチンしたり、いっそお惣菜店で完成品を買ってくるのも手ですねー」
…料理教室の意味? 委員長さっそくヤル気ナッシングだな。
「気を取り直して、とりあえず焼いてみましょう。たいていのモノは火さえ通せば食べられます」
身も蓋もないことをのたまいつつ、フライパンに油を引いてパティを載せる。
…程なくして、パチパチと油のはぜる小気味好い音と鼻腔をくすぐる香ばしい匂いが漂い始めた。
「裏面の焼け具合を見て、程よく焼き色が付いたらひっくり返しましょう」
「はぁ〜い☆ おっ、そろそろイイみたいですぅ…ちょへちゃーいっ!」
ぺちゃんっ! ジュワ〜ッ♩
掛け声カッコ悪ぅ!? てゆーか、
「ヒィイ〜ッ!? 素手でひっくり返しちゃダメ絶対ッ! 火傷したらどーするのっ!?」
青ざめた委員長が慌てて偽ななみの手を掴んで引き戻すが、
「ほぇ〜? でもでも、ちっとも熱くないですよぉ〜?」
だよね〜。熱したフライパンの底を思い切り引っ掻いたはずのHWMの指先には焦げ跡すら付いてはいない。
人型はしてるけど作業機なんだから当然っちゃ当然だけど。
「ううっ…あ、熱くなくても熱がるフリをしなさいっ! せめて、人間らしくっ!!」
委員長、なんたる無茶振り!?
「ハァ〜イ☆ ではでは早速〜」
しかし偽ななみは快く応じて、
「きゃあ〜んっ!? 熱っつぅ〜いんっ! 指ヤケドしちゃったあ〜んっ!」
超ざーとらしっ!
そして偽ななみはなーんもなってない指先を委員長に向けて頬を赤らめ、
「…せんせ? お口でちゅぱちゅぱして…?」
「ゔ…。しょーもない小芝居はやらなくてもよろしいッ!」
怒鳴り返したものの、委員長はドギマギと視線を彷徨わせる。どうやらこの手のいかにも乙女チックなシチュエーションには弱いらしい。
「と、とにかくこうやって、ちゃんとフライ返しを使うか、フライパンで煽って!」
取り乱しつつも、器用にフライパンだけでペイッとパティを跳ね上げる委員長。
ぺたたんっ! ジュジュウ〜ッ♩
おお〜っ二個同時! さすがに手慣れてる。
こんだけ器用なのに、なんでPCの扱いはああなのか?
「焼き上がったら、あとはお皿に盛り付けるだけ。どう、簡単でしょ?」
出たコレ。料理が得意な奴は必ず最後に簡単ってまとめるけど、そこに到達するまでが大変なんだってばよ!
「あ〜ホントに簡単ですねぇ〜♩」
また出たコレ。ほとんど見てただけのクセに、あたかも全部自分で作ったかのように軽口叩く奴!
で、いざ自分一人で作らせてみると、なぁ〜んも憶えてない奴ッ!!
「じゃあもう一度頭からやってみて?」
「はぁ〜いセンセェ。どやぁ!ほやぁ!ちょえやぁ〜〜〜!っと出来ましたぁ♩」
「凄っ!? 本当に一回で憶えちゃった…しかも私より手際イイ!」
…マヂか。ま、まぁHWMだしな。
「せ、せっかくだから、他のお料理もやってみる? 今日は簡単なのだけにしとくから」
「ほぉほぉ、憶えた分だけ食べられる品数が増えるってことですねぇ〜? 受けて立ちましょお〜!」
HWMの予想外の物覚えの良さを目の当たりにして、急にヤル気を出した委員長と偽ななみは意気投合して和気あいあいと盛り上がっている。
「…ふぅ〜ん。あっちはなんだか楽しそうだことっ」
俺の隣で二人の様子を遠巻きに眺めていたシン・ナナミが、つまらなそうにポツリと呟く。
「なら、お前も混ざってみりゃどーよ?」
「フンッ! うちに来たばっかでもう現場仕切ってる奴の言いなりになんて、誰がなるもんですか!」
相性悪いな〜コイツら。委員長の方は仲良くしたがってる気もするんだけっどもな。
現に偽ななみとは早くも打ち解けてるし。
「それに、どーせ私はお料理なんて出来ませんよぉ〜っだ!」
何かとコンプレックスが多い奴だが、料理もだったか。やれやれ世話の焼ける…。
「気にすんな、俺だって出来ねーし」
「けど…お料理ができる子のほうがイイんじゃないの、やっぱり?」
「たしかにキャンプとかの何もないトコでなら重宝するだろうけど…腹が減ったらレンチンするなり湯を注ぐなりコンビニ行くなりすりゃいいだけだろ?」
漫画至上主義の俺にとって、どんなに筆がノッていても描く手を止めざるを得ない食事などという行為は単なる手枷にすぎない。
美味かろうが不味かろうが、腹さえ膨らめばそれでいいと思ってるし、欲を言えば手を止めずに飯を済ませたい。
手元を見ずに食ってる訳だから、たぶん何を食おうと味なんてろくに解らない。
なのにいちいち感想を求めてくる女なんてぇのは拷問も同然…てな訳でフリダシに戻る。
「俺的には、あんな漫画が描けるお前の方がよっぽど羨ましいぜ…」
「…そっか」
つい本音を漏らした俺に、シン・ナナミは目を細めて微笑んだ。
う〜ん、柄にもないことしちまったから、なんだかこそばゆいぜ。
「…あ、そうだ。昨夜結局できなかった打ち合わせ、今のうちにやっちまおうぜ。
あの分だとまだまだかかりそうだし」
「そーゆーと思って持ってきてるよ。今回のは自信あるから、コマ割りまで済ませてきた」
と、ネタ帳とともに大判の茶封筒に入った原稿を取り出すシン・ナナミ。さすがに用意がいい。
昨夜から今まで結構余裕があったから、それまでさらに煮詰めてきたらしい。
しかも…確認してみると、コマ割りどころか下書きまで済ませてあった。鉛筆描きだけでも充分イケるほどの緻密な筆致で。
自信作というだけあって俺も即決でゴーサインを出し、そのまま詳細な編集作業に入った。
漫画以外には身体を動かすことぐらいしか取り柄のない彼女だが、その一点が尋常じゃないほど突出している。
編集中により面白いアイデアが出たら速やかに取り入れて描き直し、さらに良い作品へと昇華させていく。
な、スゴイだろ俺の妹は? 料理なんか出来なくたって全然問題ないじゃん。
…あぁそうか、実の妹じゃなかったっけ。
いったい何処のどいつなんだろうな、これほどまでに凄まじい遺伝子と才能を仕込んだ奴は? 俺にも是非分けて欲しいぜ…。
「…はーいお待たせ。ちょっと早いけどお夕飯にしましょ?」
編集会議もいよいよ大詰めとなったあたりで、料理皿をいくつも載せたトレイをファミレスの店員のように片手で器用に運んだ委員長がリビングへとやって来た。
その後ろから、ほとんど曲芸師のように料理を満載した偽ななみが、何事もないかのようにスイスイ歩いてくる。バランス感覚や積載量に優れたHWMだから、まあ安心だろう。
窓に目をやれば、そろそろ陽が落ちて暮れなずむ時刻だった。ずいぶん長く会議に集中していたらしい。
「ああ、もう少しで終わるから先に食べててくれ」
「とゆーことなのでぇ、遠慮なく戴きまぁ〜す! んぐあぐもぐごっきゅん♩」」
両手がトレイで塞がったまま、自分の分の皿を口に咥えた偽ななみが、オットセイのように料理を丸呑みにしてる。コイツにはまず礼儀作法から教えにゃならんな…。
「…で、そんなに一生懸命なに描いてんの?」
偽ななみの方は見なかったことにして、引ききつった笑顔を浮かべた委員長が俺たちの手元を覗き込む。
瞬間、
「!?」
花瓶から大輪の花がぽとりと落ちるドラマ演出のごとく、彼女の手からスローモーションのように滑り落ちた料理が、真下で鯉のように口をあんぐり開けて待ち構えていた偽ななみの喉の奥へと消えていった。
見事っちゃあ見事だが、できれば手で受け止めて欲しかったな…一人だけがっつきやがって。
「なっ…んなっ…何っちゅーもん描いてんのアンタらッ!?」
委員長に金切り声で叫ばれて、俺たち兄妹はようやく大失態をやらかしてたことに気づいた。
なにしろ成人向け作品だからして、ページの大半がアレでコレでアララララなシーン。おまけに丁度クライマックスシーンを開いてたから、いっちゃんドギツイやつだった。
鉛筆描きでもそのまま通用するほど高品質なななみの画力がかえって災いしたな。
俺たちはいつもこうして二人だけで打ち合わせしてたから、第三者の目に触れることをまったく危惧してなかったのだ。
「をを〜っ、コレはエロエロですねぇ〜♩」
「子供は見ちゃダメッ!!」
偽ななみが大興奮で手にしたソレを、委員長がひったくる。そういうアンタだって区分的にはまだ子供だろ。
あ〜…またややこしい事態になっちまった。
◇
「いいかね委員長? まずは前提からして間違っておるのだよ。
たしかに未成年者がエロを見るのは咎められてはいるが…描いちゃイカンとゆー規則はどこにも無いッ!!」
「趣味で描いてる分にはね。でもソレ、販売用でしょ、同人誌の!? 七尾くんが漫画投稿してたことも知ってるんだからね!」
なん…だと? と言いたいところだが、投稿時代の俺は割りかし大っぴらに活動してたから、知ってる奴は知ってるだろう。
ななみが七海奈緒菜としてデビューしてからは、描いてる作品の性質上、表向きの活動は控えるようになったがな。
しかし委員長がエロにここまで拒絶反応を示すとはな…本当は興味津々なクセに。
だが事を荒立てるのは得策じゃない。下手にキレられて学校中に言いふらされでもしたら厄介だしな。
「…スンマソン私が悪うごぜーました!」
「弱っ!? もうちょい張り合わんかーい!」
そうは言うがなマイシスター。この俺が理論展開で日本有数の頭脳に敵う可能性が万に一つもあると思うかね?
「てかアンタ、漫画読んだコトないの?
ちょっとやそっとのサービスシーンくらい、今どき常識でしょ?」
「私だって漫画くらい読みます! モー◯ングとかビッグ◯ミックとか漫画ゴ◯クとか!」
「ぶはぁっ想像の斜め上をいく濃ゆさだった!
逆にンなもん読んでて、なんでこんなに理解力ないかなー!?」
「理解もクソも、後半ほぼ裸でしょコレ? ちょっとやそっとじゃ済まないでしょ!?
しかもアナタは未成年でしょ!?」
とまあこんな具合に、堂々巡りの不毛な言い争いを続けるシン・ナナミと委員長。こいつはケリがつきそうにもないな。
というか委員長がなぁ…。
俺がほとんど手を出してない青年漫画方面には割と詳しそうだし、エロい事にも関心ありそうなのに、両方合わさるとどーしてこーなるかね?
「んむんむ…ここは一つ、あたしにお任せ願えますかねぇ〜?」
口をもごもご動かしつつ、偽ななみが意外なことを言い出した。まだつまみ食いしてやがったな。
だがコイツなら委員長ともそれなりに仲が良いし、あるいは状況を好転させてくれるやもしれん…。
「…よし、やるだけやってみろ」
「ラジャーですぅ〜♩
ではまずぅ…ちょえやぁ〜っ!」
『!?』
いきなり何処からともなく繰り出された極細ワイヤーが俺たちをフン縛った。
いやいやちょっと待て、話し合いにどうして拘束が必要なのか?
「話し合いじゃなく…『説得』ですからぁ〜♩」
どう違うのか解らんが、すこぶる嫌な予感しかしない。あとなんで俺たちまで縛った?
「任務を着実に遂行するため、不特定要素の介入は阻止させて頂きましたぁ〜。
ソレはゴタンマ謹製超硬質ワイヤーですから、生半可な方法じゃ切断不能ですよぉ?
てゆーかぁ、あまり暴れるとますます食い込んで身体がちょん切れちゃいますから、ご注意願いまぁ〜す♩」
…ますます嫌な予感がプンプンじゃねーか!?
そんな危なっかしい代物をマスターの俺に使うんじゃないッ!
「…お前、ロボット三原則を知らんのか?」
「かつてSF作家アイザック・アシモフが自著中で提唱した有名理論ですかぁ〜?
要約すると、ロボットが人間に危害を加える行為を禁止してるヤツですねぇ〜」
「俺より詳しく知ってんじゃん!?
それならコレは何なんだッ!」
「はぁ〜、あたしはHWMであってロボットではありませんからぁ〜♩」
「言うと思った。コイツやっぱ超ヤバイじゃん!
とっととゴタンマに送り返そう!?」
シン・ナナミの提案には全面的に同意するが、なにぶんすべてが遅すぎた。
「でわでわいいんちょサン、行きますよぉ〜?」
言うが早いか偽ななみは委員長のポニテの尻尾をグワシッと鷲掴み、力尽くで引きずっていく! 行くって何処へ!?
「キャアァア痛い痛いっ、髪の毛抜けちゃうっ、頭皮ごとズル剥けちゃう〜っ!?
七尾くん助けてえぇぇぇ…」
世にもおぞましき断末魔の悲鳴をたなびき、委員長は両手足をバタつかせながらリビングの外へと消えて行った。
どっかのホラー映画で見たような背筋も凍る光景を、ただただ黙って見守るしかない俺たち義兄妹だった…。
【第二話 END】
第二話、やっとでっち上げました。
お気づきでしょうが今作の一話ごとの文章量は、前作のほぼ倍になってます。
第一話をキリがいいところまで書いてみたら、なんとなくそうなってしまったので…とゆーか、メインヒロインのHWMを出さないまま終わる訳にはいかなかったので(笑)。
第二話以降もそれに倣っていますが、そうすると前作のように一週間毎の更新というのはさすがに無理なので、今作は単純に二週間置きの更新ペースになるかと。
また今作の舞台設定は前二作とは違って近未来なので、舞台背景の説明にも割と力を入れてます。
作品的に直接的な繋がりは今のところありませんが、前作『はのん』の世界観がそのまま継続されていますので、興味がおありの方はそちらも是非に(笑)。