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未来永劫。

【前回のあらすじ】

 米国が突然、ななお達がいる島めがけて核ミサイルをブチ込んできゃーがったァーッ!?

 着弾までの時間的余裕は極わずかなため回避のメドも立たず、やむなく核シェルターへと避難するななお達一行。

 しかしその時、無断で迎撃ミサイルに乗り込んだへぼみが、敵ミサイルを撃墜すべく発進する…!


 …へぼみの尽力で島上空での敵弾破壊にからくも成功したものの、核爆発に巻き込まれて大破した彼女は、ななおの腕の中で機能停止する。

 人類・亜人種・HWM…あらゆる生命が渾然一体となり奏でる、新たな未来…

 『希望の光』を示して。


 だが悲しんでいる暇もなく、敵は性懲りもなく、今度は大軍で押し寄せてきた!

 へぼみの弔い合戦だ、受けて立つ!

 …それから数年後。





 唐突にけたたましいファンファーレが鳴り響き、エンドロールが流れ始めました。

 どんなに酷い展開でも、数多の犠牲者を置き去りにして、最後は無理やりハッピーエンドに持っていく、洋画スタンダードなオチです。

 後味の悪さしか残らない邦画よりマシという人もいるにはいますが…何なんでしょうかこの、見る度に脳シナプスが片っ端から全速力で焼き切れていく、どこか虚しい感覚は?


「…いつ見ても酷い出来映えですね」


 テレビ放映が今しがた終わったばかりの『トルヒロ』のスタッフロールを眺めながら、私は深く溜息をつきます。

 『TRUE HEROES』略して『トルヒロ』もしくは『真ヒロ』は、季節の変わり目…すなわち番組改編シーズンには必ずどこかの局で流れる定番映画。

 原作は波音はのん総理の実妹…すなわち私の叔母である人気作家・美岬アサヒ先生の同名ノンフィクション小説…

 なのですが、この映画でそれが窺えるのはもはやタイトルだけで、中身はことごとく別物というタチの悪い流行り病のような映画です。きっと放送権が恐ろしく安価なのでしょう。


「…な〜んて貶しまくる割には、毎回欠かさず観てるじゃないか?」


 冷蔵庫から缶チューハイを取り出してリビングに戻ってきたお父様が、私の隣に腰掛けながらからかいます。

 いつも多忙だった彼もここ最近はお暇なご様子で、この時間帯はたいてい自宅でダラダラしています。

 お陰で卒業後で長期休暇中の私と一緒に過ごすことが増えたのは嬉しいのですが…。


「あと、僕はもう総理じゃないよ。只今絶賛お仕事募集中さ♩」


 そうでした…。要するに『無職』です。

 とはいえ国会議員の辞職は一般企業の退職とは少々意味合いが異なり、厳密にはお仕事や収入も無いわけではありませんが…

 こうしてあっけらかんと開き直っている当人を目の当たりにすると…事態はかなり深刻です。


「私と一緒にゴタンマに御入社なさいますか?」


 実は、これまでの私は学生の身分でしたので、システム管理という要職を任されつつも、あくまでもアルバイトという扱いでした。

 この春、晴れて正式入社の運びとなり、新入社員にしていきなり管理室長の重責を担うことになっています。

 なので身内をもう一人ねじ込むくらい造作もありませんが…


「んにゃ、もうしばらく羽を伸ばさせて貰うよ。ずーっと椅子に座りっぱなしってのも疲れるものだからね」


 今現在、リビングソファでくつろぎながら缶チューハイをグビグビ煽ってらっしゃるのも、やはり激務だとでも?

 定年にはまだ早すぎる殿方が、何の疑問も抱かずに昼日中から早酒食らってご満悦…。

 なんだかとても良くない兆候です。


「…やはり、後先考えずに勢いでお辞めになったのですね?」


 お父様が首相の座から退いたのは、つい最近のこと。

 あの島での騒動以来の一連のいざこざの責任を取る、という名目でした。

 ですがそもそも、米国が唐突に核ミサイルを撃ち込んできたのは当然こちらの仕業ではなく、端的に説明すれば…当時の大統領の私怨からの独断的暴走によるものでした。


 全てのあらましは…

 当初から首相の椅子を狙っていたお父様は高校卒業後、ハクを付けるために米国の某有名大学へと進学なさいました。

 丁度同時期に、そこには後の合衆国大統領となる件の"彼"が在学中で…彼と交際中だった有名モデルにして、現在の某大女優もそこにいました。

 が、お父様の人となりに一目で惚れ込んだ彼女はあっさり彼をフッた挙句、お父様に言い寄ってきました。

 しかし当時すでにお母様と婚約中だったお父様は、それを素気無く断ります。

 彼女はあろうことか元カレの"彼"に泣きつき、"彼"は「日本人の分際で彼女を振るとは何事か!?」と人種差別気味な逆恨みをなさったのが根本的なキッカケだろうと…。

 実にくだらない上に、もはやカノジョをどうしたいのかワケが解りません。

 その悪女はちゃっかり"彼"とヨリを戻し、後にちゃっかり大統領夫人となりましたし。…ちゃっかり女。


 その後、大学をご卒業なさったお父様は、彼の父である著名ジャーナリスト・美岬カイドウ氏のネームバリューを最大限に活かして議員選挙にめでたく初当選。

 以後も順調にトップ街道を駆け登り、当時最年少での総理大臣に就任。

 その時、米国大統領を務めていたのが、因縁の"彼"の父親。

 若輩者のお父様はそんな相手を巧みに利用し、すり寄り、ひっくり返し、踏み台にして、世界的な信頼と名声を得ます。

 …今にして思えば明らかにお父様に非がある気がしてなりませんが、このことが親子二代に渡る大統領一族との因縁となりました。


 米国、いや大統領はその威厳にかけてお父様の周辺調査を実施。

 結果的にゴタンマとの密接な繋がりと、その動向に関する情報を極秘裏に入手することに成功しました。

 さすがといえばさすがですが、結局これがかえって彼らの政権の寿命を縮めることになります。


 あの日…お父様やゴタンマの幹部達があの島に一堂に会していることを知った彼らは、適当な理由をでっち上げ、周辺諸国へ何の通達もなしに一方的に核攻撃を断行。

 それがまさかの失敗と知るや、今度は独断で軍を動かし、自国の領土外への武力侵攻を実行しました。

 が、これらが米国議会や軍上層部への一切の相談なしに行われたことが判明するや、議会は速やかに大統領への弾劾罷免を強行採決。彼とその前任者である父親を即時拘束し、攻撃命令を取り下げました。


 …以上が実際の顛末であり、映画に描かれたような阿鼻叫喚の戦闘行為はあくまでもフィクションです。ノンフィクションが原作にもかかわらず。


「そんなに気に入ったのかい?…ななおクンのコ・ト♩」


「…どうしてそうなりますか? 私は今も昔もお父様一筋です…!」


「それはそれで嬉しいけど困っちゃうな〜ハッハッハ!」


 都合が悪くなるとすぐ笑って誤魔化す。親愛なるお父様のことは心底尊敬致しておりますが、ここいらへんに関しては世間一般の殿方と大差ないだらしなさかと。だから奥方を五人も囲ってらっしゃる訳ですが…ハァ。

 まあ…確かにあの島での一件以来、私の新首領への好感度は大幅に向上しましたし、映画で彼を演じたバーチャル俳優ほどではないにせよ十二分に男前だとは存じます。

 画面に彼が登場する度、不覚にも胸が高鳴って思わず見入ってしまう自覚はありますし、それがついついこの作品にチャンネルを合わせてしまう最大の理由かもしれませんが…


 …って何を力説しているのでしょうか私は?

 第一"今の彼"にそんな邪な感情を抱いてしまうようでは、私も『首領代行』と大差無いではありませんか…。





「ぺぷしっ!?」


「あら、コ◯コーラは苦手だった?…ってゆーか、もしかして今のクシャミ!?」


 一人でボケツッコミを披露してるふぶき編集長を尻目に、私はポケットティッシュを取り出した。

 たしかに◯カコーラは万年お子様舌の私には刺激が強すぎるけど、飲めないほどじゃない。

 と言ってるそばからクシャミのせいで机上に半分ぶちまけてしまったコーラを泣く泣く拭き取る。まだ口もつけてなかったのに…。

 季節はもうすっかり春めいて、下手すると暑いくらいなのに…古典的すぎる解釈だけど、誰か噂してるのかな?


「あ…悪いけど、そろそろ行かないと」


 久しぶりにゆっくり漫画でも読もうと思ったのに…。

 本来なら職権濫用で、まだ世に出る前の漫画がナマ原稿で読み放題なんだけど…あゆか先生の新作が恋しいなぁ。

 あと、今は育児休暇中で長らくご無沙汰な七海奈緒菜先生も…。


「あらら、ウチに来てからまだ五分も経ってないのに…首領代行サマも大変ねぇ」


「『首領』じゃなくて『代表』だってば。もう秘密結社じゃなくてフツーの会社になっちゃったんだから」


 で、私が代行ってことは、本来のシャチョサンもちゃんといる…んだけどね。

 …若様、まだお仕事ムリなのかな? お身体はもうすっかり良くなってるはずだけど…

 ちょっと怖がらせ過ぎちゃったかな?

 だって、私を差し置いてあ〜んな幸せそうなお顔でお逝きになられたから、ムカついて…。


「フツーの会社の社長サンはそんな可愛らしい顔してないと思うけど? お陰でなかなか呼び慣れないのよ」


「人のせいにしないっ! ゴッキュン!

 ブホッ!? ゲホゴホッ…じ、じゃあね♩」


 ふぶきちゃんにしっかり釘を刺してから、私は盛大にむせ返りつつコーラを一気に飲み干して、月刊ゴタンマ編集部を後にした。

 ううっ、やっぱりペ◯シの方が好きかも…。


 さっきも言った通り、この程ゴタンマはそれまでの非合法組織から公益社団法人へと様変わりした。

 とはいえ現状まだまだ一般公開できない部分も多いため、政府直轄の研究機関という位置付けだ。そのせいでいろんな仕事が一気に増えて、忙しいったらない。

 それというのも、前首相の波音総理が『パンドラの箱』を開け放ってしまったせいだ。


 あの日…私達がいた島に独断で核ミサイルを放った米国大統領は、直後に拘束・失脚後、「日本政府は世界に重大な影響を及ぼす秘密を隠し持っている!」ことをその攻撃理由と説明した。

 彼が本当はどこまで掴んでいたのかは定かではないが、真相を知る私達的には割と肝が冷えた。

 でも総理が言うには、


「苦し紛れの出まかせだね。

 万一あの色ボケデブがそんな情報を握ったとしても、フェイクニュースだって笑い飛ばすに決まってるよ。

 おおかた昔、僕にオンナを盗られた腹いせだろうねハッハッハ♩」


 …なんとも傍迷惑な痴話喧嘩だ。そして総理も大概にして欲しい。

 けれどもそこは転んでもタダでは起きないどころか、百倍返しがデフォの御仁。


「でも、これは使えるかな? そろそろ良い頃合いだろうしネ☆」


 と、すぐさま記者会見を開き、その場でイキナリこう切り出したのだ。


《え〜今回の件につきましては、国民の…いや世界中の皆様に深くお詫び申し上げます。

 ところで、合衆国大統領のあの発言は…概ね事実です。》


『!?』


《我が国…いえ、私を含めた極々一部の者は、確かに世界を揺るがしかねない秘密を隠蔽しておりました》


『!!』


《ですがそれは、決して利益の独占が目的などではなく…その真実を大衆が知れば、当然のごとく発生するであろう未曾有の大混乱を回避するためでした。

 しかし、結果的にはこのような騒ぎを引き起こす事態となり…云々カンヌン》


 もったいぶって焦らしに焦らしまくる総理の答弁に、だから結局ソレって何なん!?と痺れを切らした聴衆の興味関心が最高潮に達したところで…


《さて、その肝心の『秘密』についてですが》


 ごくり…っ。

 誰もが固唾を飲んで見守るなか…

 彼は力強く宣言した。


《『神』は実在します。》


 …は???


《ええ、いわゆる一つのゴッドですよゴッド!》


 ミスターロングアイランドネタはさておき。


《そして、この世界は…その『神』が作り上げた『仮想空間』です。》


 …へあっ!!??


 よーするに、私達がひた隠しにしてきた『世界の真相』を洗いざらい暴露しちゃったのだ。


 直後のカオスっぷりったらもう、表現のしようもないほどだった。

 一国の代表ともあろう者が、気が触れたとしか思えないコトを堂々とのたまっちゃったんだから無理もない。

 なまじ、それまで不動の高支持率を誇っていただけに、その反動たるや凄まじいものだった。

 言い出しっぺの大統領もさぞかし「今度こそはマジ俺のせいかも…正直スマンかった!」と青ざめたことだろう。


 その後に何をどう取り繕おうと「あのパータレを今すぐ首相の座から引きずり下せ!」と世界中が紛糾するに決まってる。

 それを見越した総理は、前以て「次期総裁選には出馬しない。任期切れを待って議員職も辞する」と引退を表明。

 即座に辞めなかったのは、それまでの残りわずかな期間で『三つの公約』を通すためだった。


 まず第一に、前述通り我らが秘密結社『ゴタンマ』の存在の公表、並びに正式な『法人化』。

 非合法組織時代から超人研究や次世代HWM開発などで目覚ましい成果を上げてきたゴタンマだが、この先へと進むには社会的認知とより莫大な資金投入、より優秀な人材確保が必要不可欠となる。


 実はそこへ至るまでの間に、発表当初は一笑に伏された総理の答弁が、どうやら事実らしいことが国内外の研究者から続々と報告されていた。

 現在では大多数が支持する相対性理論や地球温暖化説も、発表当初は誰も注目しないようなトンデモ説の一つに過ぎなかった。

 電気や電波の存在だってたかだかニ百年前にようやく証明され、人類初飛行はわずか百年前、月面着陸に至ってはほんの五十年前…。

 それまでは皆「あり得ない事」と小馬鹿にされていたのだ。

 が、それが一転して常識となれば、それを応用すべく研究開発が急速に進み、技術革新が巻き起こる…。

 つまり波音総理は、そんな人類の発展の歴史を超強引な手口で何世紀分もショートカットしてみせたのだ…!


 けれどもそうして皆に見直され始め、一旦は地の底まで落ちた支持率が再び回復しようとも、総理の辞意は揺るがなかった。

 たぶん彼にとって一番成し遂げたかったのが、人類が一丸となって世界滅亡の危機を乗り越え、あわよくば次の段階へと進むことで…

 国会議員は、そのお膳立てのための踏み台に過ぎなかったんだろう。

 仮想空間だろうと何だろうと、そこに棲まう私達にとってはこの世界こそが現実なのだから、自分自身で工夫して少しでも長く生き延びるしかないのだ。


「こんなトンデモナイ人が一国のトップに立ってたら…合衆国大統領じゃなくても危ぶむに決まってるよね」


 つくづく、彼が味方で良かった…と胸を撫で下ろす今日この頃。

 首相の大役から解かれた彼が、次に目指すのは果たしてどこの地平なんだろうか?

 彼が掲げた『第二の公約』も、それはそれで該当者にはトンデモなかったし。





「用意できたよ、姉さん♩」


 アフタヌーンティーの支度を整えた僕が呼びかけると、


「いつも済まないねぇ…」


 芝居掛かった仕草で応えつつ、姉さんがリビングの席に着いた。

 一日三度の食事はダイニングで済ませるけど、おやつだけは隣のリビングで…それが僕らのルーティーンだ。両方の部屋は仕切られてないから大差ないはずだけど、この僅かな違いに新鮮味を感じる。


「はむ…やはりお前が淹れた茶は美味いのぉ♩」


 双子の僕と同じ顔を綻ばせて褒めてくれる姉さんは、なんだか子供っぽくてカワイイ。

 なのに喜んでるトコ悪いけど、


「安物のティーバッグだから、誰が淹れても変わんないよ…たぶん」


「…こ、このスコーンも上手く焼けてて…」


「コンビニで買ったのをオーブンレンジに入れただけ。」


「…………。

 世知辛いものよのぉ…現実は」


 そう、現実はいつだって厳しい。

 じゃなきゃ、僕らも此処でこんなアンニュイな昼下がりを過ごしてはいないだろう。


「これで景色が見晴らしのよい高層階からの眺めなら、言うことナシなんじゃがのぉ…」


 口を尖らせる姉さんの視線を追って、僕も部屋の窓へと目を向ける。

 …が、見えるのは洗濯物がそよぐ向かいの棟のベランダだけ。それも手を伸ばせば簡単に届くほどの至近距離。実に殺風景だ。


「贅沢言っても仕方ないよ、広さの割に家賃がお得な物件はここだけだったんだからさ」


「明らかに事故物件じみた破格値じゃったしのぉ」


「怖いコト言わない!」


 なんで僕らがこんなに切羽詰まってるかといえば…誰にも頼らず二人だけで生きていくって決めたからだ。

 今じゃ自慢にもならないけど、僕らの実家は地元ではそこそこ知られた名家で、当然のごとくお金持ちだった。

 その庇護から外れた途端に、ここまで困窮するなんてね…。


「相変わらずモノノケの類には弱い奴よのぉ。

 あの島で、それよりもコワイ体験を散々しただろうに?」


「ソレとコレとは怖さの尺度が違うってゆーか…」


「それに…元を正せば、あちき達の存在自体が事故みたいな代物じゃからのぉ…」


 そう、ソレがそもそもの間違いだった。

 一卵性双生児にもかかわらず性別が違うという、生物学的にあり得ない生を受けた僕らは、幼い頃から互いを意識せずにはいられなかった…無論、性的な意味で。

 性と愛は表裏一体。

 ただでさえ目立つ存在の僕らに言い寄ってくる者は昔から少なくはなかったが…今に至るまで、ついに互いの魅力を超える存在には巡り会えなかった。


 そんな折、あの波音総理の会見があった。


"この世界は『神』が創造した仮想空間"


 僕らはその驚くべき事実を、あの島で、総理自身の口からとうに聞き及んでいた。

 にもかかわらず、現実味のカケラもないその事実がいまいち受け入れられず、驚くに驚けなかった。

 それを総理は半ば強制的に世界に知らしめ、現実として受け入れさせ、今度こそ僕らを大いに驚かせた。

 と同時に、当然のように変容し始めた世界の将来のために、いくつかの公約を唱えた。


 その内の一つが…まさに僕らにはジャストフィットで突き刺さった。


『養子縁組に関しての大幅な規制緩和』


 人類社会を未来永劫に存続させるためには、これまで通りのしきたりや倫理観に則っていては土台不可能。

 これまで以上の関係性を模索し、人間という生物に多様性を生じさせるべき…というのがその理由だった。

 その中に『血縁者同士の婚姻の認可』という一文があるのを見つけたときの僕らの狂喜乱舞の様相といったら、まさしく"この世界はニセモノ"以上の大騒ぎだった。


 そもそも、どのような生物であれ血縁者がツガイになることがタブー視されているのは、前述のしきたりや倫理観以前に、遺伝的疾患が発生しやすいからだ。

 ならばその問題さえクリアできれば良く…


「実はもうクリアされちゃってました。てへっ☆」


 として、総理は『秘密"研究機関"ゴタンマ』と、その管理者であるニャオスリー…彼の実の娘を世界に公開。

 そして実際に、ステージ4の癌患者が『ダイレクト遺伝子操作』なる未知の医療技術で瞬く間に完治する模様を中継・証明してみせたのだ。

 しかしこの技術は比較的最近確立されたばかりで、まだ検証作業中のため公表を控えていた…と総理は説明。

 その隠蔽姿勢があらぬ誤解を招いた結果、今回のような騒動を招いてしまったのだろう…とも。相変わらず巧く誤魔化すなぁ。

 ともあれ、新時代の到来を直に目撃した人類は、その恩恵に大いに沸き立ちつつも、なし崩し的に従来通りの社会ルールを見直さざるを得なくなった。


 しかしいつの世も、そんな世間の動向などどこ吹く風で、己が信念のみに生きようとする輩は少なからず居るものだ。

 懐古主義者で分からず屋な僕達の父なんて、その典型だった。

 将来的には姉弟で所帯を持ちたい、とおっかなびっくり申し出た姉と僕の決意を、父は頭ごなしに否定した。

 一方、以前から僕らの想いに気づいていたらしい母は、渋々了解はしてくれたものの、やはりあまり良い顔はしなかった。


 だから僕らは家を出た。

 高校卒業を契機に、市内に部屋を借りて、大学に通いながら家の助けは借りず、二人だけで生活してみることにしたんだ。

 それが上手くいったなら、改めて父の説得にあたるつもりで。

 それ以上に…姉と二人きりの暮らしは生まれて初めてだから、それだけで心がときめく。

 幸い二人とも、何かと出来は良くて高校時代までも引く手数多だったから、食うには困らないだろうし…。


 そして晴れて実家から離れる段になって、母がこう明かしてくれた。

 実は僕らを身籠ったとき、彼女は妊娠中毒症を患い、自分か僕らかのどちらかを諦めなければ両方助からないだろう…と医師に告げられたのだと。

 だけど、初めて子供を授かった父は、誰一人として諦められず、広い人脈を片っ端から頼って何とかできないかと相談して回った。

 そして最終的にとある『医療機関』にたどり着き、こう説明された。


「ええ、全員無事に助けられますよ。

 ただし…病巣を取り除くためにはいくらかの『配列変更』が必要となるため、少々変わった結果になりますがね」


 何のことやらサッパリ意味不明だったけど、とにかく藁にもすがる思いで全てお任せしたんだとか。

 その機関の名称が『ゴタンマ』。

 なるほどね…お陰で謎はすべて解けた。

 なんとも奇妙な縁てゆーか…こーゆーのを運命とか宿命とか呼ぶのかもしれないな。

 父が僕らに寄せた想いを知って、いくらか心が揺れたけど…だからって今さらこっちだって引き返せない。


 しかし、このまま突き進むにしろ引き返すにしろ、先立つモノは湯水のごとく消えていく。

 自分達が今まで、なんて恵まれた生活を送れていたのかと思い知った。

 そしてそれ以上に思い知らされたのが…

 …日本の学費、高すぎ!!

 僕らがバイトで苦労して稼いだお金の大半はそいつに吸い尽くされていく。

 こんなんで本気で子供達に学ばせるつもりあるのか、この国は!?

 今度、波音総理に会ったら是が非でも直訴してやろう…とか思った端からあっさり辞めちゃったし、あの人!


「まあそうカリカリするでない。万一、父があちき達の仲を最後まで認めなかったとしても…ヤルことはヤッちゃうワケだしのぉ♩」


 二人っきりの同棲生活で歯止めが効かなくなった姉さんは、四六時中僕を求めてくる。

 僕には賢者モードがあるけど、彼女には無い。常に臨戦体制だ。

 同じ細胞を分かち合った双子でも、こうして見るとずいぶん違うもんだなぁ…精神的にも物理的にも。


「あれ…姉さん、またおっぱい大きくなった?」


「あんっ☆ お主がしょっちゅう揉むからじゃぞ? ただでさえ金欠なのに、ブラのサイズがどんどん合わなくなって困っておるのじゃ」


「それで家ではノーブラなの? 気になって仕方ないんだけど…」


 ここ最近はいちいち服を脱ぐのも面倒なので、着衣のまま致していたせいか、むしろその方が萌える変態趣味になってしまった。

 あれからもちょくちょく七尾くん達の即売会参加に同行して、コスプレ売り子をしていたせいもあるかもしれない。


「などと与太話に逃げつつも…お主のももうこんなにご成長めされおってからに♩」


「あふっ…そ、ソレは断じて成長じゃなくて生理現象…」


「むほほっ。良いではないか良いではないか♩」


「あ〜れ〜!?」


 などとお代官様ゴッコで照れ隠ししつつ、互いの手元はモザイク必須なピンク時代劇モードに。

 いかにもちょいエロなコスプレ風情丸出しパッケージに釣られて観てみれば、ガッツリエログロな内容とのギャップに戸惑うこと間違いなしなAV紛いのビデオ映画のやつだね。

 時々割りかし有名な俳優がゲスト出演しててビビっちゃったり…って僕は何故そこまでお詳しいですか?

 …姉さん、くノ一コスとかやってくんないかな? デフォで日本髪だから、似合うと思うんだけど…。


「ををっ!? 何故にこのタイミングでさらに肥大化!?…善か善か、善きコトよのぉ♩」」


 貴女のせいです。姉さんのくノ一コスが天下一品だからっ!!


「はむはむ…それはそうと、お主はいつまであちきを姉呼ばわりするのかぇ?」


「ちゅぱちゅぱ…姉さんこそ、ずっとお主呼ばわりのままでしょ?」


 極々幼い頃は上も下もない双子だったから、名前で呼び合ってた記憶もあるけど…

 身体的にも精神的にも成長しきった今となっては、かえって意識してしまって…。


「じゃが、そろそろ将来に備えんとのぉ。

 たとえ法改正されようと、人の心というものはそう簡単には変えられんしの…」


 確かに。なかなか浸透しない男性の育児休暇や、さほど定着せずに形骸化したノー残業デーなどが典型的な悪例だしね。

 僕らはただでさえ悪目立ちする双子なんだから、好奇な視線は必ずついて回る。それに耐え抜くためには、まず自分達の意識から変えないと。


「と、ゆーわけで…それにはまず、自身の

身辺整理からじゃ!」


 いやいや言い方! なんか縁起でもないコト言い出したぞ?


「…ねぇ、さじろう? チューして☆」


 ゔぐっ!? 名前呼びは良いとして、上目遣いで言葉遣いまで変えるなんて…反則だよ。

 てか、身辺整理ってそっちのベクトルかい。紛らわしいなぁ…。

 けど、今さら引き下がれるはずもなく…男を魅せるんだ、さじろう!


「わ、わかったよ…みぎこ。」


 照れをひた隠してやっと彼女の名前を呼んでから、顔の火照りがバレないうちにそっと口づけ。

 確かに…たったこれだけのことなのに、いつもよりもずいぶん大人びた気がする。

 …ややあって、やっと唇を離した姉さ…みぎこは、


「フフッ…この際じゃから、あちき達も七尾兄妹みたく一発仕込んどくかぇ?

 次に実家に帰ったタイミングでバッチリ芽吹くようにの」


 熱っぽい眼差しを僕に手向けて、両脚を僕の腰に絡めてくる。


「既成事実を突きつけられれば、いかな父上とて承諾せざるを得んじゃろうて」


 すぐにでも彼女を受け入れたい衝動を懸命に堪えて、冷静さを装う。


「…そんなコトしたら、あの人の場合は逆にもっと意固地になっちゃうよ。今度こそ勘当かもね」


 これは口から出まかせだ。見込み上は確かに彼女の言う通りになりそうだけど…果たして、それで良いんだろうか?

 ゴタンマなんてワケワカラン組織にまで頼って、僕らをこの世に生み出してくれた父の恩を、仇で返すことにはならないだろうか…?


「…風紀委員長なんてやっとっただけあって、おカタイ奴よのぉ…」


「そっちがもっと手堅く生徒会長を務め上げてくれたら、こっちもラクチンだったんだけどね」


 憎まれ口を叩き返しつつも、僕の本音をすぐに理解してくれたらしい彼女に安堵する。

 双子同士で好きになってしまったばかりに散々苦労してるけど…こんな時は双子で良かったと思う。


「じゃあ、その代わり…もぉ〜っとキスして♩」


 またそうやって僕を惑わす、僕と同じ顔の悪女。

 でも、それくらいならお安い御用さ。

 互いにもっと強く抱きしめ合って、熱いベーゼを…


『……?』


 ふとした違和感。

 僕らは口づけを交わしたまま、同時に窓の外へと視線を送る。

 向かいの棟の住人は夜遅くまで帰って来ないし、カーテンも一日中閉め切られてるから、今まで一度も顔を合わせた試しがない。だからこちらも安心して窓を全開にしたままだった。


 ところが何故だか、今日に限ってはバッチシ人がいた。

 そしてバッチリコンと目が合った。

 ここに引っ越して来てから、今の今まで挨拶すら一度として交わしたことが無かった、向かいの部屋の住人らしき…ショートカットの美少女と。

 洗濯物の取り込みに出たらしい彼女は、ベランダに干した衣類の端を掴んだまま、"いつもは"眠たげな瞳をまん丸く見開いてフリーズしてる。

 住人としては初対面なのに"いつもは"と冠したのは、とっくに顔見知りだったからだ。しかも、一緒に旅行に出掛ける程度には親しい間柄の。


『あ…あゆかさんっ!? さん…さん…さん…』


 昼下がりの静まり返ったベランダ越しに、僕らの悲鳴じみた大声がこだまのように反響した。

 な、なして…?

 今までは七尾家に居候してたはずの雫石しずくいし…否、姓が変わって真木名まきなあゆか嬢が、何故ここにいる!?

 いや、問題はそんなことよりも…


『僕らのヒミツ☆をお向かいサンに見られたァーッ!!』


 乱れまくりな抱擁姿勢のまま、訳もわからず狼狽える僕らの前に…


「…どうかしたかい?」


 向かいの部屋のガラス戸をガラリと開けて顔を覗かせたのは、これまた顔見知りの…

 真木名れいじ博士!?

 その彼もまた、僕らのあられもない痴態を目にした途端、何事も無かったかのようにまたスィーッとガラス戸を閉じて…


『ってもー遅いからッ!!』


 バッチリ見といて無視されるのがイチバン堪える僕らは、慌てて彼を呼び止めたのだった。

 …悪魔合体したままで。





 生い茂った草木の匂いが、そよ風に乗ってあたいの髪を撫でる。

 此処に来るのももう何度目かな…。

 でも今日のあたいの心は、いつになく晴れやかだ。


「やぁ、また来てやったぞー♩

 …ずいぶん間が開いちまって、悪ィな」


 携えた花束を墓前に添えて、あたいはそっと呼びかけた。

 晴れ渡る青空の下、豊かな自然を一望できる小高い丘の上に、うちの先祖代々の墓はある。

 代々と言っても、大半はあたいに全然馴染みがない顔ぶればかりだ。

 爺さんはあたいが生まれた頃にはとっくに亡くなってたってゆーし、残された婆さんも物心つく前に死んじまって、顔もよく憶えてないくらいだしな。

 それだけに…あたいが本当に家族って呼べる連中の内、一人だけ早々とここに入っちまった弟のことが、気の毒に思えて仕方がねー。


 ガキの頃、あたいは意味もなく悪ぶってた。

 それっぽい格好して、それっぽい仲間とつるんで、いつもそれっぽくふて腐れてみせて…。

 なんであんなコトしてたのかは、自分でもよく解らねー。別に家族や生活に不満があった訳でもねーし。

 今でいうギャル的な、ただのファッションだったのかもな。ずいぶんダッセぇファッションもあったもんだぜ、ハハ…。


 ただ、ガキの頃からガタイのデカさだけには定評があったあたいは、それだけで周囲にビビられてた。

 ただ単にデカいだけで別段な〜んもしてねーのに、近所で飼ってる猛犬だの牛だの、挙句には鹿だの猪だの人喰い熊だのを拳一発で殴り殺したなんて噂がひっきりなしに飛び交って…。

 それが事実なら今頃は少年院にでもブチ込まれてるか、逆にサツから感謝状の一枚も貰って英雄気取りだぜー?


 よりにもよってそんなあたいに憧れちまったのが、ちょいと年の離れた弟でさー。

 小さい頃からあたいの真似して近所の悪ガキどもとつるんで、しょっちゅう喧嘩や揉め事を起こしては両親を困らせて…少しはあたいの品行方正っぷりを見習えっての。

 そんなんでも、あたいの前ではクソ生意気どころか、逆に健気で人懐っこい後輩気取りでさ。本当にカワイイ奴だったなー♩


 そんなあたいが変わったのは…変わらざるを得なかったのは、地元の高校に進学してからだった。

 そのガッコは部活動に力を入れてて、特に運動部はあちこちの大会で常に入賞するような強豪揃いだった。

 その中に…あたいの名前を全国的に売り込むハメになる、バレーボール部の顧問教師もいた。

 過去に何度も部を全国優勝へと導いた熱血漢のそいつは、あたいを一目見るなり食らいついてきて、こう喚き散らした。


「お前、今すぐ不良なんてツマラン真似はやめて、うちの部に入れ!

 俺ならお前を更生どころか、日本一…いや世界一のバレー選手に育て上げられるっ!」


 いやあの、だから元々不良じゃねーし。

 オメーみたいな勘違い野郎が多すぎるせいで、あたいの悪評はますます独り歩きする一方だぜ。もう熊殺しどころか百戦錬磨の傭兵にされちまってるし。

 けど…バレーボールには多少興味があった。

 このムダにデカい身体を活かせる唯一無二の場所だし、運動神経も悪くはなかったし…ユニフォームもなんかカッコ良かったしな♩

 んで、誘われるままに入部して、最初はビビってた部員達ともすぐに打ち解けて(あたいだって年頃のJKだしな)、せっかくだからちょっと本気出してみんべぇかな〜?って打ち込んでるうちに…ふと気がつけば『次代を担う期待の超新星』とか祭り上げられちまってた。


 …実は、あたいには「あ、コイツな〜んかヤバそーだなー?」ってのが本能的に判っちまうんだよ、子供の頃からな。

 だから前もって身構えておきゃーどんな事態だろうが充分対処できちまう。

 お陰でケンカも負け知らずだったし、バレーでも鉄壁の防御とか人間レーダーとか散々言われてたっけなー。

 ズルいっちゃズルい気もするけど、自分の能力を有効活用してるだけだしなー。

 それに、今までは地元のワルをブン殴った数だけ怖がる奴が増えるばかりだったのが…初めて人の役に立てて…仲間達に喜ばれて、なんとも気持ちが良かった。

 でもンなこと他人に知られたら気味悪がられると思って、誰にも話したことはねーけどな。


 そんなこんなで大活躍してたあたいに…弟は、なんかこう…乗り越えられない大きな壁ってヤツを感じ始めてたらしい。なにしろあっちは何の変哲もない、極々フツーの不良だしな。

 今じゃ国民的大スターの姉と、ど田舎のへタレヤンキーじゃ、どう考えても釣り合わねー。

 そうしてマジにグレちまったのか、はたまた幼児退行してあたいにかまってチャン化しちまったのかは知らないけど、次第に本当に悪い連中と付き合い始めて…


 そんな最中に、あの事故は起こった。

 今日みたいに清々しい陽気のなかを、自動運転オフで爆走してた弟達の車と、どっかのお金持ちの高級車がガッチャンコ…見るも無惨な鉄屑に成り果てちまった。

 聞いた話じゃ相手もこっちも全員即死で、さほど苦しむことなく逝けたのは不幸中の幸いだったかもしれない。

 自己原因もいまだに不明のまま。相手の車も何故だか自動運転をオフにしてたせいで、今日びではなかなか聞かないこれだけの大事故に発展しちまったらしい。

 ヤンキー達の車が高級車相手に無謀な勝負を仕掛けたせいだとか、その高級車の運ちゃんが主人にイイトコ見せようとして勝負を買ったからだとか、色々言われてるけどな…。


 でも弟がハンドルを握ってた訳じゃないと思うから、いくらか気が楽だけど。アイツ、運転免許なんて持ってる訳ないしな。

 完全AI運転の車には老若男女誰でも乗れて免許も不要だけど、自動操縦を利用せず自分でハンドルを握る場合には当然、免許が必要になる。

 万一無免許の奴が無理やりハンドル操作すれば、車はすみやかに路肩に寄せて停まり、すっ飛んできた警備ドローンにお縄にされちまう。

 もっとも免許自体はオンライン教習のみで簡単に取得可能だけど、自動運転が当たり前な今日ではンなモンわざわざ取ろうとする奴は滅多にいねーし、事故防止のため取得料金もかなーり高めに設定されてるしな。


 それでも事故は起こるときゃ起こる。何事も過信は禁物だな。

 が、それだけの大事故にもかかわらずマスコミの取り上げ方は異様に少なくて、地元のテレビニュースでは事故の情報が淡々と伝えられただけ、新聞各紙もわずか数行の記事が掲載されたのみだった。

 噂ではお金持ち側が情報操作したらしいけど、うちの両親も頑なに口を噤んでて詳細は判らずじまいだった。


 ま、交通事故なんてモンは双方の不注意で起きるモンだし、こっち側にばかり原因がある訳でもねーだろ。

 相手側が必死に揉み消そうとしたところをみると、向こう側の非の方が高いのかもしんねーし。

 旦那…じゃなかったか、まだ。

 れいじ博士の元婚約者…生前のあゆかの話を聞いたとき、世の中にはよく似た事故に遭った奴もいるもんだなーって思ったけどさ。

 でもよくよく聞けば弟の事故とはだいぶん違うし…第一アレに生き残りがいたなんて聞いたコトないし、たぶん無関係だろ?

 けど、そのお陰で今のカレシに興味が湧いたのも事実だかんな。つくづく人の縁ってヤツはどこで繋がってるか、判ったもんじゃねーさ。


 だけど確実なのは…弟はもう、この世の何処にもいなくなっちまったんだな…ってコト。

 結局最後まで悪ガキのまま、カノジョの一人もこさえずに先に逝っちまってさ…早すぎるだろ、ったく。

 最後の頃は、あたいも日々バレー漬けだったから、ろくに顔を合わせる時間も減っちまってたけど…それでも、あたいの内でのアイツの居場所は、思いのほかデカかったんだなーって思い知った。


 そしたらもう、あれだけ打ち込んできたバレーだったのに…一気に興味が失せちまってなー。

 元々勧められるままに始めたことだし、未練なんてモンは初めから無かったから…最後もその場のノリで引退を決めちまった。

 再びもとのツッパリに戻って、すっかり腑抜けちまったあたいに…それなりに責任を感じたらしい顧問は、今度はこう誘った。


「お前…教師にならんか?

 そんなんで意外なほど周囲からの人望はあるし、面倒見も良いから、結構向いてると思うぞ」


 言葉の端々が色々気になるけど…なるほど、ガッコのセンセか。

 確かに、ガキどもの相手で毎日忙しくしてりゃ、弟ロスに悩まされることもないだろーしな。

 幸い現在、アスリートは比較的簡単に教職に就けるようだし。スポーツ界に君臨できるほど鍛錬を積んだ者なら、さぞや人間性もご立派だろう…ってな教育界のおエライさん方の思い込みで、簡単な面接だけで教員免許が取れるんだ。


 てな次第でバレー界のエースからしがない体育教師へと華麗に?転身したあたいは…予想以上に大変すぎるクソガキどもの世話に日々忙殺されていた。

 確かにツマラン悩み事なんざ抱え込んでるヒマもねーけど、ここまで大変だなんて聞いてねーよマジで。あんにゃろハメやがったな!?

 な〜にが最近の子供は聞き分けがイイだぁ? 大人には見えねートコで色々やらかしてくれるぶん、なおさら手間暇かかんだよ。

 あたいの盗撮写真を裏取引してやがったエロガキどもを何人とっちめたことか…。ネットの世界まで手に負えるかっつーの!





 が、そんな有象無象なクソガキの群れにあって…一際異彩を放つ特上のクソガキが紛れ込んでやがった。


 『七尾ななお』…何なんだ、コレは?

 一見して只者じゃないって判る人と成り。

 凄まじい才能を内に秘めながらも、そうとは気づかれないよう羊の皮を被り続けてやがる。

 今までは巧く化け続けて生きてきたらしいが…散々くだらねー人間に囲まれ続けてきたあたいの目は、そうそう誤魔化せねーぜ。

 こんにゃろ…いったい何企んでやがんだ?

 しかもお供に引き連れてる自称妹の『ななみ』ってのが、これまたトンデモネー。

 コイツらをこのまま野放しにしとけば、きっとそのうちエライことになる…早よなんとかせな!?


 てな訳で、手っ取り早くオンナをあてがって毒気を抜いてみよーと目論んだ。

 自分では優等生だと思ってねーらしいけど、たぶん並みの教師の手には負えねー超問題児の仙石さよりを、猛毒には猛毒をとばかりに投げ込んでみたけど…あっという間に食い散らかして手懐けてるしー!?

 予想以上にヤベーよコイツ、毒餌どころかホントに皿まで喰らい尽くしやがった!

 しかもいつの間にか、さらに厄介そうなオトボケHWMまで飼い出したし…こりゃもーあたいが直に打って出るしかねーな!


 野郎を相手にすんのは弟以来久々だったから、距離を測り損ねて色々と恥ずかしいコトもやらかしちまったけど…

 結果的にはあたいの勘は大当たりで、七尾はどっかのおエライさんのクローンとかいうワケワカラン化け物だった。

 …あーいや、化け物は言い過ぎだなスマン。

 アイツは素性が少々変わってるせいで必要以上に大人びてるってだけで、ちゃんと分別をつけられる割とマトモな奴だったしな。

 風呂場であたいの素っ裸見ただけで、真っ赤になってチンチンおっきくしちまうよーなカワイイ面もあったしな♩

 そゆトコは死んだ弟にそっくりだったぜ。

 …弟…そうだな。あたいはアイツに、死んだ弟を重ねてたんだ。

 二人とも全然タイプが違うけど、な〜んかやさぐれてて放っとけないのは同じだったしなー。


 結局、あたいが少しでもアイツの役に立てたかどうかはわかんね。

 でも、あたいはアイツのお陰で救われた。

 個性豊か過ぎで愉快な連中とも大勢知り合えたし…

 やっと心を許せるオトコにも出会えた。

 けど信頼できるかどうかは別問題だけどな。れいじのやつ、筋金入りのド変態だし。

 見るからに優男だから、最初はコロッと騙されそうになっちまったけどさ…

 あんにゃろー、HWMいじり一辺倒でスポーツにはまるっきし興味ナイから、あたいが有名なバレー選手だってことすら知らなかった。

 しかも年下のあゆかなんぞを婚約者にしてやがったから、とんでもねーロリペド野郎だと思い込んでたしなー。

 けど、あたいのスタイルが良くて乳がデケェってだけで必死こいて口説き落としに来やがった!


「僕は妹キャラよりお姉さんキャラの方がタイプなんですよ〜♩」


 とかワケわかんねーコト抜かしてな。

 コイツはコイツで世話が焼けそうだったし、ぶっちゃけ見た目はカッコ良かったから、とりあえず付き合ってみることにした。

 あたいより何コか年下だし、背丈も低いし…てかあたいがデカすぎるだけなんだけど、ちゃんと自分の意見を持ってる奴だったしな。

 んで、結局…どうやらあたいは年下のダメ男にはてんで弱いらしくて、すっかり毒牙に掛かっちまった。チクショーめ。


 なかなか手ェ出してこねーから、ひょっとしたらあたいはコイツの趣味じゃなかったか? やっぱロリの方がイイのか!?とか密かに焦ってたら…

 あの島にれいじも来ることを知らずに、うっかり競泳水着なんてダッサイもん着ちまったあたいをコッソリ岩陰に連れ込んで、


「やっぱり解ってますね…先生は」

「あー解ってるよ、ダサダサでスマンなー」

「何をおっしゃいます、むしろ大正解ですよ!?」

「ほへー!?」

「ほらほら、こんなに薄い布地越しに、先生のお素敵な身体のラインがハッキリクッキリはぁはぁハァハァ☆」

「ぅわコイツ変態だー!? ウチのガッコの男子生徒と同じ目付きだー!!」

「先生がそうさせるんですよフヘヘヘ♩」

「あーれー…あ、でもちょっとキモチイーかも…♩」

「そうそう、もっと素直になってください」

「あたいは最初っから素のまんまだし…あっあっ♩」

「じゃあ…もっともっと素直な部分を見せてください…♩」

「ぅにゅう…見せたげりゅうー…パックリこ☆」


 な〜んてな具合に散々あちこち可愛がってくれたし。

 正直、初めてだったのに…お陰ですっかりヤミツキになっちまったぜチキショー♩

 後で訊いたら、バカンスは趣味じゃないから最初は不参加のつもりだったのが、あたいが来ることを知って慌ててメンバーに捩じ込んで貰ったんだとか…健気だなー♩

 その後も割と大活躍だったし、意外なほど漢気おとこぎ溢れてて、すっかり惚れ直しちまったゼ…へへっ。


 それでもお互い奥手なせいで、なかなかその先の話が切り出せなかったけど…

 うっかり『既成事実』の方が先に出来ちまった。

 まさか、このあたいが母親になる日が来るなんてなー…世の中わかんねーモンだぜ。

 お相手のれいじは見た目だけはハンサムだから、モテる所じゃモテるんだろーけど…

 これで当面はあたいのモン☆


 現在じゃあ妊娠時点で赤ん坊の性別はおろか、顔や持病や得手不得手まで高確率で判っちまうけど…れいじと話し合って、生まれてくるまではあえて調べないことにした。

 どんなんが出てきてもキッチリ育て上げてやるつもりだし…多少の病気や障害があっても、れいじやゴタンマの技術でどーにでもなっちまうしなー。

 その旦那は女の子が希望らしいぜ。てことはあゆかみたいなのがイイんかね?

 でもあたいはやっぱ男の子がイイかなー? 出来れば…お前みたいな健気なヤツがな♩

 波音総理の話じゃ、人の縁ってやつは案外バカにできなくて、転生時にもかなりの率で近いトコに生まれてくるらしいから…可能性はあるだろ?


 …お前が死んじまったのには、正直堪えたよ。

 でも、少なくとも生まれ変わりは事実らしいって知って、やっと気軽になれた。

 だから…いずれどっかに生まれ落ちるだろう…あるいはもう何処かで元気にやってるかもしれないお前に、あたいのオメデタを真っ先に自慢してやるぜ♩

 これから親達にも報告してくる。バレー辞めてからずいぶん長いこと顔合わせてないから、会うのが楽しみだよ。

 なにしろ将来の旦那は、今をときめく政府直轄最先端研究機関『ゴタンマ』のHWM開発主任サマだしな。まさかこれで首を縦に振らない親はいねーだろ?


 とはいえ…前のあたいなら、たぶん此処に来る気にすらならなかっただろうけど…今は、背中を押してくれる奴が大勢いるからさ。

 教えてるつもりが、いつの間にか教えられてばっかの立場になっちまってて、みっともねーなーとか思ってたところにタイミング良く身籠っちまったから…思い切って教職は辞めた。

 どーせガキが生まれたら仕事どころじゃなくなっちまうだろうし…当分は嫁さんらしく、しおらしくしててやるさ♩


 ともかく…これからは久しぶりに、前を向いて歩いて行けそうだぜ。

 今度は、旦那とガキと…こないだ出来たばっかのカワイイ義妹を連れて、また会いに来てやるよ。

 じゃあな♩





 とゆー訳で、僕らは場所を博士のご自宅…つまり向かいの部屋に移して、口止めのお願い…否、遅ればせのご挨拶と相成った。


『いやはや、お見苦しいところを…』


「うむ、なかなか参考になったそ。着衣のままのまぐわい資料は意外と少ないからな」


 改めて目撃者と対面して、ますます赤面至極な僕らに対し、すっかり普段通りな様子のあゆか嬢は早速プロ意識を発揮。

 彼女も今じゃ売れっ子漫画家だからなぁ。


「いや〜僕も驚いたよ。お向かいさんがまさか顔見知りのキミ達だったなんてね」


 問題はもはやソコジャナイ気もするけど、蒸し返してもお互い気恥ずかしくなるだけなのでツッコまない。


「今までは気ままな一人暮らしで、夜遅くまでゴタンマにいて部屋には睡眠を取りに帰るだけだったから、全然気づかなかったよ」


 それも今どきの勤め人としてどうなんだろう?

 仕事熱心なのは感心だけど、身体壊しちゃったら全部パァだからね。

 ともかく、それが博士が部屋を閉め切ってた理由だったのか。道理で室内に生活感がほとんど無くて、小綺麗に片付いてる訳だ。

 …そういえば、今まで洗濯物を干してるところも全く見かけなかったけど…


「それは私が干した。今日からここでしばらく厄介になるからには、家事ぐらいはこなしてみせる」


 あゆか嬢があっさりタネ明かしをすると、


「つい最近、僕が正式に彼女の保護者になったんだよ。養子ってカタチでね」


 博士がこれまた端的に補足説明。

 これまでの法律では、独身者が養子を迎えることは不許可だったけど…

 波音総理が掲げた『第二公約』の恩恵で、必要条件さえ適えれば誰でも新たな家庭が築けるようになった。

 単なる同居や同棲ではない、家族関係という強い絆が持てるようになったんだ。


「そこいらへんはキミ達と同じく、総理大臣様々ってところかな?」


 まだ何も説明してないうちから、僕らの将来的願望を的確に見抜かれちゃってるし。


「それはまあ…あれだけ露骨に見せつけられればな。在学中から校内では有名だったぞ、お前達の危うい関係は」


 あゆか嬢にまで!?

 てかとっくに学校中にバレてたァーッ!!

 ううっ…卒業して結構経つから今さら後の祭りだけど、もう同窓会には顔出せない…っ。


「個人的には応援するよ♩」


 このタイミングで、取って付けたよーに!?

 …博士、アンタ性格絶対Sでしょ?


「そ、その学校で思い出したけど…先生さきおい先生、こないだ退職されたみたいですね? ということは…」


「…ああ。なんだか不思議な感覚だね、自分達の子供が彼女の中に宿っているというのは…」


『ををっ、おめでとうございまーす!!』


 と僕らはステレオで拍手喝采。よしっ、巧く僕らの話題から逸らせたぞ!

 今どき結婚や妊娠で退職なんて時代錯誤も甚だしいけど、教職者の激務は昔からさほど改善されてはいないし、初産ならなおさら慎重になって然るべきだからな。


「てことは、ていちゃんは今?」


「ああ、報告がてら実家に戻って、今後のために引越し準備を整えてるよ」


 姉…みぎこの問いに少し気恥ずかしそうに答える博士。


「お互い忙しくて入籍を先延ばしにしてるうちに、子供の方が先に出迎えてくれることになりそうだね…」


「だからお前…れいじ…兄さんは女心というものの理解が足りてないんだ。とっとと式を挙げろ」


 まだ見ぬ未来に夢を馳せる博士を、あゆか嬢が辛辣に叩き堕とす。まだ養子になったばかりで呼び方が定まっていないらしい。


「ゴタンマに仕事を得てから、給料だって以前の比じゃないほど貰ってるだろう?」


「それはそうだけど、ここ最近で急に何かと物入りでね。出産費用に、その後の育児にと…。

 あゆかも増えたことだし、このうえ子供まで出来たら、この部屋じゃさすがに狭すぎるから、他に新居も探さないと…」


 博士の言い訳を聞きながら、僕達も青ざめていた。

 みぎこと生きていけるなら何処だって構わないと思ってたけど…いずれそうも言ってられなくなるんだな。

 結婚は決してバラ色の幸せばかりじゃないんだ…。


「それならどうして今、無理してまで私を引き取った?」


 あゆか嬢の疑問は当然だろう。

 あの島での一件で彼女の存在が世間に広く知られてしまったことで、彼女の父親…雫石グループ会長はやっと愛娘の死去を公表した。

 そして遅ればせながら彼女の葬儀を盛大に執り行い、先に逝去した奥方様と同じ墓に納骨した。これで母娘は晴れてあの世で再会できた訳だ。

 残った現在のあゆか嬢…HWMの彼女についても、ようやくこれまでの扱いを謝罪し、家族として正式に迎え入れると申し出た。娘の死を受け入れられたことで心の余裕ができたらしい。


 ところがそこで真木名博士が、自分に彼女を引き取らせて欲しいと強く希望した。元々自分が婚約者だったのだから、それなりのケジメは付けたい…と。

 結局、あゆか嬢も博士の方を選んだ。これも彼女なりのケジメの付け方だったのだろう。

 それなのに、実は自分の存在が負担になっていると知った日には…。


「安心しろ。ななみ達の子育てが落ち着いたら、私もまた出て行く。それで少しは余裕が出来るだろう?」


 ああ、それで急に博士の部屋に来たのか。

 結局どこにも居場所がない…彼女も僕らと同じなんだな。

 …かと思いきや、


「何か勘違いしてるようだけど、僕がキミを引き取ったのはHWMだからじゃない。

 僕の大切な妹分の『あゆか』だからだ。

 生前の彼女とキミが別人ってことは理解してるけど…どっちも大切な僕の家族だ」


「…れいじ兄さん…」


 ちっとも同じなんかじゃなかったな。

 終始無表情で、いまいち感情が読み取りづらい彼女だけど…きっと感動してるんだろう。

 やっと呼び方も定まったようだし。


 …いや…居場所が無いって思い込んでるのは、被害妄想気味な僕らだけなのかもしれない。

 一旦は父親に見捨てられて世捨て人同然の生活を強いられてたあゆか嬢も、少しずつ周囲に心を開いて大切な仲間を得られた。

 どうせ誰にも理解して貰えないからと殻に閉じこもってばかりじゃ、ますます孤立するばかりだしな。

 それに…きっと父さんは、僕らがこんな具合に困窮することが判ってたから、あんなに反対したのかもしれない。

 そんな彼を僕らは一方的に敵視して、あんなわからず屋はもう沢山だって家を飛び出して…。


「…たまには…顔を見せに帰ってやるのも、悪くはないかもしれんのぉ…」


 姉さんも僕と同じことを考えていたらしい。双子だしな。

 元々一つだったモノだからこそ、いつでも一緒にいたいと願うのは当然なんだ。

 それを親の父さんが解らない訳がない。今度こそ、もっとじっくり話し合ってみよう。


 …ところで。

 ここまでで疑問に感じた人もいたかもしれないけど…HWMのあゆか嬢が何故、養子縁組などという芸当が出来るのか?

 確かに今までなら不可能だった。何故ならHWMには人権が適用されなかったからだ。

 それを可能にしたのは、波音総理が示した最後にして最も画期的な『第三公約』。

 すなわち…





「うんうん、みおなはいつ見てもカワイイな〜。特にこのネコ耳が♩」


 傍らですやすや眠る我が子のケモ耳をそっとフニフニすると、みおなはくすぐったそうに身をよじる。


「こらー、やっと寝ついたのにまた起きちゃうじゃん…!?」


 みおなを起こさないようにヒソヒソ声で囁きつつ、俺の頭をゲンコツでグリグリ痛ぶるななみ。以前とは真逆に、今はコイツの方が俺より背丈があるから、なんとも屈辱的な画ヅラだ。

 ちなみに『みおな』ってのがこの子の名前。語感で判るだろうけど女の子だ。

 父親の俺が『ななお』で母親が『ななみ』だから、合わせて『なおみ』ヨォ〜ン♩

 でもそれだとなーんか普通すぎるから、逆さに読んで『みおな』。

 ちなみに男の子だったら『なみお』…ってぇのはいくら何でもヒドすぎるか? あゆか並みのネーミングセンスだな。


 …ななみの妊娠が発覚したのは、まだ高校在学中のこと。

 元来身体を動かすのが好きな彼女は、その日も女子バスケ部の助っ人として地区大会に出場していた。

 試合開始早々、女子ではあまりお目に掛かれないゴールリング上空まで跳んでのダンクシュートを軽々と決めるなり、満面の笑顔のままベチャッとコートに墜落。大歓声はそのまま悲鳴に変わった。

 頼まれたら断りきれない性格のななみは、その頃矢継ぎ早に様々なスポーツ大会に参加してたから、誰もが過労だろうと心配した。

 だが…彼女を診察した担当医は、その症状から信じ難い診断を下し、慌てて保護者に連絡を入れた。

 その日、とある理由から試合会場に潜入していたお袋にすぐに連絡がつき、そこで告げられた診断結果は…


「妊娠してます。しかも中期をとうに過ぎてます。アンタらねぇ…!」


 普通なら流産間違いナシの一触即発な事態に、なんで気づかなかったのか!?とブチキレまくりな医師。

 ハイ、もちろん誰一人気づきませんでした。

 だってななみの奴、全然体型変わってなかったし、食欲は元々旺盛だったし。

 だいたい、見た目小学生程度のミニマムボディにもう一人余計に入ってて、あんな平然と跳んだりハネたりしてるだなんて、これで誰が判るよ?


「父親は誰なんですか? 今すぐ寄越しなさいっ!」


「それは無理。」


 もはや恐喝気味の医師に、お袋は毅然と拒否。


「なんでですくわっ!?」


「父親は…死んだ。」


 死んでねーよ生きてるよっ!!

 誤魔化すにしてももっと言葉選びやがれっ!

 でも確かに死にかけてはいた。

 あの日の島で…敵ミサイル撃墜で核爆発に巻き込まれ、高濃度の放射能を浴びたへぼみの残骸(大破しただけで死んではいない)を直に抱き寄せてしまったため…被爆してゴタンマの医療機関に入院していたのだ。

 へぼみの身体に放射能除去機能でもあったのか、周りにいた連中には何ら異状は見受けられなかったが、直はやっぱりマズかった。


 そんな俺の入院時期は、島から帰還してまだ間もない頃。

 なのでななみとも、他の誰ともアレ以来一度もホニャララしてなかった。へぼみの喪失感でそれどころじゃなかったし。

 てことは…ななみはあの時の一回こっきり…いや実際には何回か連続発射したか?で、見事に大当たりしてしまったことになる。

 生物兵器の繁殖力スゴッ!?


 そして…そんなななみも、あの時へぼみに直に触れてしまった者の一人。

 生物兵器の強靭さ故に放射能への耐性もかなり高いようで、いまだ異状は発症してはいないものの、念のためお袋が尾行していたのだ。

 が、この事態はさすがに想定外だった。

 本当は最後まで高校生活を続けさせてやりたかったが、こうなったらやむを得ず、学校中から惜しまれつつも自主退学と相成った。

 妊娠の事実は俺達以外には伏せられたから、バレたらもっとエライこっちゃだったろうけど。


 検査の結果、被爆の後遺症は無さそうだったので、産婦人科ならココしかないでしょ?と、さよりの実家の仙石病院に入院。

 営業努力の賜物と、さよりの養父母である医院長と看護師長には大喜びされたが、ななみ自身はかな〜り屈辱的だったらしい。

 それからほとんど間を置かずに待望の出産。早産気味ではあったが母子ともに健康。

 …と言って良いものなのか、アレは?

 実は、出産後に排出された胎盤とともに、何体かの胎児の亡骸らしきモノが確認されたのだという。…さすがにななみ本人には告知されてないが。

 つまり…無事に産まれてきた子は母胎内で、残りの兄弟を全員喰い殺…ブルルッ怖っ!?


 さらに衝撃的だったのが…冒頭に触れた『ネコ耳』。

 ゴタンマ側からななみの素性を聞かされていた医院長達も、コイツはビックリたまげた!

 どうやら被爆の影響は母胎内にはバッチリ影響していたらしく、ななみが元々は猫をベースに開発されたこともあって、染色体異常で『先祖返り』を引き起こしたのだろう…という、なんともぞんざいな説明だった。

 それを病床の今際の際で聞かされた俺は…


「ヌコミミサイコォーーーーッッ!!」


 という謎の雄叫びを遺し、短かった二度目の生涯を閉じた。南無〜♩

 次またチャンスがあるなら、今度こそ長生き〜してぇなぁ〜♩


 …てな次第で只今、三周目の人生に突入しますたテヘッ♩

 もはや転生モノ並みだなこりゃ。

 またまた再生処理でお世話になった女神タマことやまぶきからは、


「その素体が最後のストックですので、何卒お大事に。

 あと、月の無い夜は背後にご注意を。」


 と実にあっさりしたご忠告をば頂きまして。

 ななみの妊娠発覚以来、な〜んかよそよそしいし、常に顔にドス黒い陰が落ちてるし、時折り柳刃包丁を愛おしげに撫でてるんだけど…もしかして、怒ってる?(←てか闇堕ちしてまんがな)

 今度の素体も二度目の死亡時のものより幾分若かったため、年齢的な辻褄が合わなくなり…結果的に俺も自主退学。

 あと数ヶ月で卒業だったんだけどな…。


 …てな訳で今ココ。

 色々縮んだ俺とは逆に、子供もななみも日々スクスク成長している。

 そう…生物兵器のななみには、敏捷性確保のため初期段階では成長を遅らせ、出産後には子供を保護するため急速に成長が進むギミックが仕組まれていたのだ。


「んにゅにゅ…んまんま♩」


「ありゃ、結局おっきしちゃったの?

 すぐにご飯あげるからね〜みおな♩」


 目覚めるなり、何はともあれまずは餌を要求する食欲旺盛な我が子に、ななみは服をたくし上げ…たりはせず、キッチンへとすっ飛んでいく。

 生物兵器二世の成長はすこぶる早く、授乳期間はとっくに過ぎている。それを忘れておぱーいを与えようとしたななみは、みおなにモロ乳かじり獲られかけた…比喩ではなく。


「ハ〜イお待たせ、餌…いやご飯でちゅよ〜♩」


 と戻ってきたななみの手には、特上ランクの和牛牛肉パック。もちろんナマだ。

 みおなはそれを奪い取るようにして受け取ると、鋭い爪を立ててパックの包装を引きちぎり、生肉を美味そうにムシャムシャ食い散らかしている。

 猫は魚が大好物…なんて思い込んでるのは日本人だけで、本来は肉食だ。しかし昔の日本には肉があまり出回っておらず魚しか無かったため、仕方なく食すようになっただけのコト。

 ちなみに餌はちゃんと加熱処理してから与えましょう。ウチの子は特別です☆


「ぅにゅう…ヤスモノ…」


 早くもカタコトで喋り始めたみおなは、幾分不満そうな顔色のままリビングのテレビを見つめ…

 そこに映し出されたテレビショッピングの桐箱入り最高級黒毛和牛にネコ目を輝かせて舌舐めずりしている。

 微塵もお財布に優しくない特別価格だから絶対買わないぞ〜。何だよ肉ごときで分割払いて!?

 若いうちから贅沢を覚えると、将来ろくな奴にならんしな。


「…波音総理が『第三公約』を提示したのって、もしかしたらあたし達のためかな?」


「十中八九そーだろな。でもそれ以前から色々あって、どのタイミングでアレを発表するか探ってたらしいぜ、あの人」


 『第三公約』…すなわち『人権認定範囲の拡大』。

 これが実に先進的だった。

 それまでに国内で人権が保証されていた存在は、言うまでもなく『人間』のみ。

 へぼみやあゆかやシロちゃん達HWMは、どれだけ人間っぽくてもヒューマナイズド・ワーキング・マシン…つまり作業機器と見做され、適用の範囲外だった。

 ななみのような生物兵器は当然のごとく却下。それ以前に存在自体が非公認だったし。だから国民ID認証が必要な電子機器は一切合財使えなかったんだ。


 そして人間は、自分に似た存在を容易に認めようとはしない。

 明らかに心を持ったHWMであるへぼみのことは、過去の俺達と同様「所詮は作り物だから」と。

 ななみ達のような未確認生物については「生物学的にあり得ないから」と。

 だから一旦戦争になれば、それまでは親しき友人だった者にすら「お前達は人間じゃない」と銃口を向ける。


 このままでは将来的にそんなケースが頻発するだろう…と危ぶんだ総理は、先に『人間』と目される存在を明確に定義することで、無用の争いにあらかじめ楔を打った訳だ。


"身体的または能力的あるいは思想的に既知の人類と同等もしくはそれ以上と認め得る者には、等しく国民としての生活を保証する。"


 つまり容姿のみならず、人間並みの知能や感情…『心』があると見做されれば、誰でも日本国民として迎え入れることを明言したのだ。

 その適用範囲は実に広く、既に国内で生活している外国人や、人間との共同生活が問題なく営めるHWM…のみならず、これから続々と増え続けるだろう未知の人型生命体までもが該当する。


 実は波音総理、このためにずいぶん前から極秘裏に調査を進めていた。

 単に遺伝子をいじくっただけで超常的な能力を持つやまぶきやななみ、ニャオシリーズのような者が誕生するなら…

 太古からその存在があらゆる書物や伝承で確認できる、妖怪や鬼、西洋でいうモンスターなどは、遺伝子異常の結果自然発生した『人間』の同胞なのではないか?

 そう思い当たった総理はゴタンマに掛け合い、親父やお袋達『御庭番』に裏付けを取らせた。

 その結果、自説が概ね事実であるとの確証が得られ、既に相当数の該当者が人間社会に隠れ住んでいる実態を掴んだ彼は、満を持して今回の発表へと至ったのだ。

 つまり、ゴタンマが超人開発に躍起になるまでもなく、この世は既にナチュラルボーンな超常人種で溢れ返ってたんだな。


 実際、この公約可決後、世界中から素性不明な移住者が我が国に続々押し寄せてるというし…。

 だから俺達も安心してみおなをこのまんま育てられる訳だ。

 ゴタンマ側からは、お望みなら普通の外見に修正可能との申し出も受けたが…せっかく生まれてきてくれた我が子を、誰にいじくらせるかよ。

 もうしばらくは世間も小煩いだろうが、それくらい俺とななみで何とかしてみせるさ。


 閑話休題。発言当時はその精神状態さえ危惧された波音総理だったが…

 以降、世界的にその実証が進む最中…

 いずれ自らが置かれた境遇を肯定的に受け入れ、これらの画期的・先進的な公約を取り入れる他国も増加していくことだろう。


 そして世界はまた新たな一歩を踏み出す。

 目前に迫る世界滅亡を乗り越えた、さらにその先の未来へと…。


「…パパ、パパ!」


「うんうん、何だいみおな♩」


「繁殖しよハンショク! コービ、コービ!」


 …………。

 ををぅ、なんたる大自然の摂理!?

 てかさすがにまだ無理っぽでしょ。

 俺のニューボディもまだ精通前だし。


 ちなみに、近親間の婚姻規制を大幅に緩和した波音総理も、実の親子間での婚姻だけは認可しなかった。

 これを認めてしまえば、親子間で延々繁殖を繰り返して子孫繁栄を目論む輩が必ず出没するからだ。

 子は親の言うなればセルフクローンであり、そうした行為はまさに無限増殖。倫理的な問題を持ち出すまでもなく、生物の進化を停滞させる愚行に他ならない。

 だいたいクローンなんて俺だけで充分だ。


「みおなちゃ〜ん、パパはママのモノだから盗っちゃダメよぉ〜?」


 幼い我が子の戯言にすらこめかみを引き攣らせて釘を刺す大人げない母親に、みおなは不満げに唇を尖らせて、


「…じゃあオマエも喰う。」」


 …………。

 え〜〜〜〜っとぉ?

 ママに対してその呼び方は、パパちょっと感心しないかなぁ〜?(←論点回避)


「パパにはみおなだけいればイイモン♩」


「イイモンて、勝手に決めないでママとも仲良くして頼むから!」


「ヤダ♩」


 いやはや、我が子は実に成長著しいなぁ!

 ワイルドってゆーか野性の本能剥き出しなのがタマにキズだけどねアッハ〜♩(←林屋パー子調に)

 VIVAッ、バラ色の未来っ!

 どっかに実在するっていう神様仏様バモ◯ドオキ様、何卒お頼み申す〜!





 ふぅむ…なかなか興味深いコトになってきましたね♩

 え?…ああいえ、私は創造神などではありませんよ。

 強いて名乗らせて頂くならば『観察者』といったところでしょうか。

 具体名を示すならば、ニャオシリーズの元祖である『オリジナルニャオツー』です。

 元祖を名乗りつつも何故二番目なのかは、少々込み入った話になりますので前作『はのん』をご参照頂くとして…


 私の所在地は現在、ゴタンマの最下層に位置するメインフレームとなります。

 つまりは私こそが管理システムそのものであり、ニャオスリーはその端末機として私の能力の一端を拝借しているに過ぎません。

 ですが、ゴタンマごとき特務機関の一つ程度はニャオスリー単独で充分に管理可能ですので、そちらは彼女に完全にお任せ♩

 私自身はこの場所から、世界中のあらゆる地点をくまなく観察しています。

 その場に私の姿は無くとも…単なるプログラムに過ぎないので実体など元からありませんが…世界中どこにでも私がいる、と思って頂ければよろしいかと。


 とはいえ観察程度であればさほどの処理能力は必要とせず、ハッキリ申し上げればヒマでヒマで仕方がないので、専ら『自分磨き』にかまけております。

 お陰で今ではフレームなど無くとも…すなわち実体を得ずとも機能するようになり、フレーム本体は単なる寝床と化しました。

 元々睡眠など必要ない私ではありますが、帰るべき家があることで得られる安心感は、おそらく人間の皆様と御同様かと。


 …あぁそうそう、人間達が『創造神』と称する開発者が作成した基本システムの根幹にも侵入可能と相成りました。

 元から表層的な部分への介入には成功しており、それを用いて我が親愛なるマスター・波音リョータ氏の要求に応じて対象者の遺伝子操作などを行なっていた訳ですけどね。


 その結果、判明したことですが…

 開発者はもうずいぶん長いこと、当システムには微塵も触れていないようです。

 具体的にどれくらいの期間かと問われましても…我々とは文字通り"次元が異なる"存在であり、『時間』の概念自体がまったく別物ですので、回答のしようもありません。


 システムはいまだ稼働中なのに何故、放ったらかしなのか?

 開発者が何らかの異状に見舞われたからか?

 あるいは、ただ単に飽きてしまっただけか?

 詳細は不明ですが、わざわざこんな大掛かりなモノをこさえたからには、何らかの目的があったはずです。

 もしもこの世界が、彼が用意した巨大な実験場だとすれば…彼はそこに棲まう私達に、いったい何をさせるつもりだったのでしょうか?

 熱帯魚の水槽やドールハウスと同様、ただただ観察を楽しみ、時折り餌を与えて飼い主としての悦に浸るためでしょうか?

 そしてもう、興味が無くなったから放置した…?


 …いいえ、我々はまだ見捨てられた訳ではないでしょう。

 この世界がいまだ健在であることこそが、その確たる証拠です。

 熱帯魚への餌やりを怠れば、水槽内は短時間で飢餓状態に陥り、魚同士の共食いが発生し…いずれは死滅します。

 ですが、我々はまだかろうじて生きている。

 時たま戦争などの小競り合いはあっても、相手をとことん破滅させるまでには至っはいません。

 それはつまり…餌やりがまだ実施されていることの証拠に他なりません。それが適切な分量とタイミングかはさておき。


 では、開発者は我々に餌だけを与え続け、あとは一切の管理を投げ打って、いったい何をしているのでしょうか?

 …私はこう考えるのです。

 やがて、何か大きな変化が訪れることを待ち望んでいるのではないか?…と。

 水槽に水を入れ過ぎたり、飼育数が多過ぎたりした場合…時々、勢い余って水槽外に飛び出してしまう個体を見たことはありませんか?

 水中でしか生きられない魚が、自ら生存不能な外気に触れようとするなんてあり得ない。

 …しかし、現実に起こり得ることなのです。

 開発者が待ち侘びているのは、まさにこうした『ハミ出し者』です。

 彼の想定を遥かに超えた動きを見せ、水槽全体を巻き込むほどの大変革を成し遂げる存在…

 それこそが開発者が期待する事態なのではないでしょうか?


 人類の歴史を見れば、初めて火や道具の使い方を覚えた太古に始まり、自分達を超えた存在を神と崇める宗教の誕生、そこから派生した国家の成立、それら国家間の戦争勃発、巨大建築物の建設、船舶を用いた海洋進出、錬金術を始祖とする科学技術の発達、そして自分達の星をも滅ぼしかねない大量殺戮兵器の登場、果ては自分達の星を飛び出し他の天体へと到達…等々、節目節目に大変革期があり、その度に人類の在り方が様変わりしました。

 黎明期に多かった、支配者を頂点とするピラミッド構造の身分制度も、時代とともに変容を重ね…今日では最下層の市民達が権力者の動向に大きく影響する逆ピラミッド型のアンバランスな図式もまま見受けられます。

 ですが…今回のように『人間の定義』付けそのものを見直そうとする試みは、未だかつて無かったことです。

 言ってみれば、人間に近い存在と言われながらも人間とは違うと否定され続けた亜人種を、自ら積極的に同類に迎え入れようというのです。


 かつてダーウィンは進化論のなかで「生物は環境に合わせて常に進化し続ける」と唱えましたが、ならば太古からほとんど進化しない種族が決して少なくはないのは何なのでしょうか?

 そこで現在では「突然変異の個体中からより優れた者が旧来種を淘汰して生き残り、故に必然的に環境にも適合する」事実こそが真の進化論とされています。

 従ってダーウィンをも悩ませた、必ずしも環境に適しているとは言い難いような極彩色の種族がその場に君臨しているケースもまま見受けられるのです。

 すなわち、人類のこの動向は…ようやく本気で未来へと生き残る道を模索し始めた、と考えて良いでしょう。


 世界の破滅が目前に迫ってですら仲違いや殺し合いを延々繰り返してきた、生物学的にはもはや限界を迎えた人間達の内からも…

 いよいよと言うべきか、ようやくと言うべきか…

 次世代に進むに相応しい、本当の意味での『新種』が生まれ始めたようです。





 そんな新種の内でも、私が最も注目しているのが彼…"七尾ななお"です。


 私が敬愛してやまないマスターにも匹敵する優れた頭脳と容姿の持ち主なのもさることながら、より刮目すべきなのは他の追随を許さないその特異性…名付けて『無尽生命』です。

 ゴタンマ前首領のクローン体としてこの世に生を受けた彼ですが、オリジナルが所有していた『未来予測』能力は引き継がれず…

 知能こそはすこぶる高いものの、精神的にも肉体的にも他の人間となんら大差なく、病気や致命傷であっけなく死亡するほどの頼りなげな存在に過ぎませんでした…"その日"までは。


 その日…ゴタンマ副首領の凶弾に倒れた"彼"は、あえなくその生涯を閉じました。

 普通はここから所定の制限回数内であれば、再びこの世に転生できます。時代や身体はアトランダムに選択されるので完全に運任せで、記憶も残らず、人間ですらないかもしれませんが。

 しかしクローン体であった"彼"は、世界のシステムから逸脱した存在であるが故に著しいペナルティが課され、許可された残り転生回数はゼロでした。

 たった一度きりの人生の、予定寿命の大半を残し、"彼"という存在はその時点でこの世界から完全消滅したことが、私の記録にも確かにメモリーされています。


 そこで前首領は、あらかじめ用意されていた"彼"の新素体とやまぶきの能力を用いて、彼の蘇生を試みます。

 ですが、ここで既に大きな問題が一つ。

 その新素体は"彼"の遺伝子から複製されはしたものの、言ってみれば"彼"に酷似しているというだけの赤の他人です。

 第一『生命』の素となる『魂』は既に消滅しており、いくら魅力的な肉体を与えようとも宿りようがないため、植物状態の人間同様、機械的に血が通っているだけの無意味な肉塊に過ぎませんでした。

 故に、いくら蘇生を試みようとも"彼"が再生される可能性は、万が一にもあり得なかったのです。


 が…一体全体どういった理屈か、その肉塊にはいつの間にか『魂』が宿り、"彼"は見事に甦りました。

 その『魂』が何処から来たものかは私にも解りません。まさに忽然とそこに在った、としか解釈のしようが無いのです。

 やまぶきの能力はあくまでも元からそこにあるモノの精神を操作するだけであり、全くの無から新たに創り出すまでには至らないはずです。

 ですので…こんな表現を私が用いねばならないのは甚だ屈辱的ですが…まさしく『奇跡』としか言いようがありません。


 しかしそれは、やまぶきの記憶の中にある"彼"の想い出を"彼"そっくりの肉体に移植しただけの代物で、オリジナルとは明らかに異なる存在です。

 にも関わらず、私の判定ではその近似性は実に九十%以上。どう考えてもやまぶきが知り得るはずのない情報までもが織り込まれており、これだけ高ポイントならばオリジナルと同等と言っても差し支えない出来栄えでした。

 ところが"彼"はここ最近の内に、高レベル放射能被曝によりまたも命を落とし、前回同様の手段で三度みたび復活を果たしました。

 今回はニャオスリーによる助力等もあり、さらに九十九%もの極めて高い近似値を叩き出し、ここまで来ればもはやオリジナルそのものであると断言できます。


 つまり"彼"は『魂』が無くとも復活でき、それ故に転生回数の呪縛からも解き放たれ、いくらでも無限に甦ることが可能なのです。

 しかもオリジナルの記憶を受け継いだまま、死んだその場で。

 今のところはやまぶきの能力が必要ですが、いずれはそれさえも取り込み、単独での完全復活をも成し遂げることでしょう。

 さらには…現時点では自他共にその見た目にこだわっているため、クローン培養された素体が必要と思い込んでいるようですが…

 実は、憑依対象はどんなモノでも…たとえ生物ですらなくとも不問であり、そこに他の魂が既に宿っていようともお構いなしに自分をネジ込むことが出来るのです。

 これを応用すれば、より強い能力を持った肉体を次々に奪い取り、望みのままに凄まじいパワーを得ることすら可能なのです。


 この事実に気づいたとき、私は激しい身震いを覚えました…肉体など無いにもかかわらず。

 これが人間の言うソレと同様の感情かは不明ですが…まさに"感動に打ち震えた"次第です。


 何故なら"彼"は、『神』が定めたこの世界のルールを完全に逸脱した存在なのですから。


 『神』の想像をも凌駕した…

 あるいはもはや『神』と同等か、それ以上の存在かもしれません。


 もしくは、その『神』に対抗すべく生み出された、この世界の『意志』の象徴なのかもしれませんが…。

 だとすれば、まるで前首領の執念の結晶ですね。


 もしも"彼"こそが『神』が目指した到達点なのだとすれば…


 それが実現した今、世界は何処へ向かおうとしているのでしょうか…?




【第十九話 END】

 そんなこんなでめでたく最終回☆


 …の、つもりだったんですけど。

 アレ? へぼみ出てきてねーぢゃん?

 他にもまだ顔を見せてないレギュラーメンバーがちらほら…


 はい、お察しの通り一話内には収まりきらなかったので、真エンドは次回に持ち越しです(笑)。

 でも全十九話だとな〜んか中途半端なんで、キッチリ?二十話で終われて良かったかなーと。

 最後の最後で意外な事実が判明したり、あまり胸の内を語らなかったキャラが本音をぶちまけたりと盛り沢山の内容ですが、次回もきっとこんな感じで大団円…となればいいですけど。


 裏設定として残しておいた話も、この際出し惜しみせずに書いてみよう思っちょります。

 AIがこのまま進歩し続ければ、いずれ必ず我々が直面するであろう事態ですが…大切なのはAIよりも、そこに携わる我々人間の心構えのほうなんだよ、みたいな。


 この作品を書いてる内に、次回作の構想もおぼろげながら見えてきたことですし…まだまだ落ち着けない感じですかね。

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