希望乃光。
【前回のあらすじ】
ななお達のバカンス先である南海の孤島を突然、電撃訪問した副首領。その目的は、長年の因縁相手であるななお達をまとめて抹殺することだった。
早速、自前の戦闘HWM軍団を差し向けるも、へぼみ達の奮闘であっさり撃破されてしまった副首領は、配下のしろがねにななお達の殺害を厳命。
しかしその行為を咎めたさよりと一悶着あった挙句、二人が実の父娘であることが判明する。
さよりの母親であり副首領の恋人だった故・ゴタンマ生体工学部門責任者の万城目しおり博士の最期を知った二人は、彼女が二人への愛ゆえにゴタンマを去った事実に涙し、父娘の絆を確認し合う。
さらには副首領により殺害された、ななおのクローン元である前首領も、自身が推し進めていた人類強化計画の失敗を悟り、その白紙撤回と以後の人類救済計画推進のため、自ら副首領の凶弾に倒れたことが明らかとなった。
これにて彼らの過去のいざこざは無事解決し、しろがねとへぼみの無用な戦闘もななみの活躍で阻止され、全ては丸く収まった。
…かに思えたその時。
米国が発射した核ミサイルが、今まさにこの島へ向けて飛来するという緊急事態が発生した…!
◇
[警告:米国より核ミサイル発射。標的は赤道直下の無人島。付近の海域を航行中の船舶は注意]
何度見返しても、スマホの待受画面に表示された緊急メッセージは信じ難い内容だった。
「ちょ…な、何コレっ!?」「待って、あたしにも見せてっ!」「あ〜も〜邪魔しないでっ!!」
電子機器が使えないためスマホを持たないななみが肩越しに覗き込もうとするのをむずかりつつ、さよりが手にしたスマホをチャカチャカいじくっている。
どうやらニュースサイトを開こうとしてるらしい。
ハッと我に返った俺達も、慌てて各々のスマホで情報確認を始めた。
「…どうやら事実のようだね。いや〜参ったねこりゃ♩」
波音総理がヤケクソ気味に呟く。
「いやいや簡単に諦めないでよ! アンタ首相でしょ!? とっとと国に連絡しなさいッ!!」
彼の第五夫人のユウヒさんが興奮気味に胸ぐらを掴んで怒鳴りつけるが、
「もう発射済みなんだよ。今から対策しても間に合うとは思えないし…」
「この人がここに居ることは、連中もとっくに知ってるはずだよ。ってことは…さ」
総理の後を第四夫人のシノブさんが継いで、悔しげに唇を噛んだ。
「ちょっと…いやだいぶんやらかしすぎちゃって、国内外問わず敵は多いけど味方は少ないからねぇ〜僕は。アッハッハ♩」
「笑ってる場合かアホォーッ!?」
第二夫人のマヒルさんも胸ぐら掴み大会に飛び入り参加し、賑やかなことこの上ない。
「で…着弾まで後どんくらい?」
俺も誰にともなく訊いてみた。知ったところでどーにもならんだろうけど…解らないまま終わる、そーんなのーはーイ〜ヤだぁっ♩
「発射されたのが数分前で、現在地は米国から約二万キロは離れてますが…三十分もあれば余裕で届くかと」
と、いつも通り冷静に答えるニャオスリーだが、その顔色はさすがに若干焦って見える。
意外に猶予時間はあるけど…航空機や船舶での避難は厳しいか?
「…とりあえず、まずは避難しようか。ここにも核シェルターくらいあるんだろ?」
務めて平静を装う総理の問いに、やまぶきは軽く頷いて、
「宿舎の地下室がそのままシェルターになってますし、建物自体も理論上は核攻撃に耐え得る造りになっているという話です。
実攻撃は初めてなので、どうなるかは判りませんが…」
そりゃそうだろうけど、何もしないよりはマシか。という訳で全員でゾロゾロと宿泊施設への避難を開始する。
「…てか、赤道直下で日米の中間地点て…ここの所在地がほとんど割り出せるんじゃね?」
「まあ今さらですしね」
歩きながらの俺の問いを、ニャオスリーがあっさり認めた。半ば投げやりな気もするが…ピンポイントで攻撃を受ければ、ニュースで場所の解説が必ずあるしな。
「てかてか、なんでミサイルなんて射ち込まれたの僕達!?」
慌てふためくはるきの質問に、副首領が顔をしかめて、
「正直、以前からマークされてはいたんだ。兄上の先代…俺達の父親の時代からな」
この島は何処の国の海域にも属さない洋上のど真ん中に位置し、その存在が知られたのも比較的最近だとか。
それ故に大国を自称するいくつかの国が領有権を主張しつつも、いまだ決着がついてないという、かな〜り微妙な情勢になっていた。
そこをゴタンマ…いや表看板のマタンゴグループが環境開発という名目で実効支配し、ヤリたい放題ヤリまくってた訳だが…
頼りない日本政府以上に各国に顔が効くマタンゴだからと、どちらさんも見て見ぬフリを決め込んでくれていた…今の今まで。
相手が対抗勢力でさえなければ寛容な国ってのは案外多いし、所詮は民間企業なら大したことはしでかさないと踏んだんだろうな。
「ですが…今回の騒動で、実質的には軍事大国レベルの攻撃力を所有することがバレてしまい…」
解説を引き継いだニャオスリーの弁に、どっと疲れが押し寄せる。
あー…今しがたまで地形が大幅に変わるほどのドンパチやらかしてたしなぁ、ロボ娘どもが。
日本は今や、いまいち使い道がなかった従来の自衛隊に代わり、憲法改正によりその攻撃力や攻撃対象を大幅に拡大させた、立派な軍隊の所有国だ。
名目上は『自衛隊』のまんまだが、その意味合いは『自らを衛るための迎撃部隊』から『自国に不利益をもたらす存在を、自己防衛の観点から率先して叩き潰すための軍隊』に塗り変わってる訳だ。
かつては警察と呼ばれた組織も、近年の警備ドローンの飛躍的な進歩に伴い解体され、現在は自衛隊の予備隊として機能している。(第一話参照)
それらを指揮する親玉であり、良くも悪くも目立ちまくりな波音総理のお膝元で、これだけ大規模な戦闘行為がなされていることが国外に知られてしまえば…そりゃあねぇ。
「それから…他国の軍用兵器をちょくちょく借りパクってたへぼみの所在がハッキリしたのが、最大の攻撃理由らしいですね」
あ゛ー…攻撃衛星のレーザービームとか、無断でバンバン使いまくってたしなぁ。
大丈夫なんかいアレ?と思ってたら、案の定でっかいお釣りが来たよ。
「つまり何か? 今まさにこっち目掛けてカッ飛んでくるミサイルは、ほとんど首相とへぼみのせい…」
「いやはや、キミ達無関係な一般市民を巻き込んでしまって申し訳ない」
うっかり総理がそばにいるのも忘れて余計な愚痴をこぼした俺に、総理がすかさず謝罪。
アンタ、支持率とか割と気にするタチだろ?
「よろしいんじゃないですか? もはや大半がお父様やゴタンマの関係者な訳ですし」
断じてよろしくはないが…こうして顔ぶれを見渡せば、確かにニャオスリーの言う通りだ。
ずいぶん豪華な身内もあったもんだぜ。
そりゃ〜やっかみついでにミサイルの一つくらいブチ込みたくなるか?
◇
…とか思ってる内に宿泊に到着。元々すぐそばにいたしな。
施設のスタッフにも既に一報は伝わっており、迅速な誘導に従って俺達は地下シェルターへと…
「…ぉおぅ…!?」
誰からともなく感嘆の声が洩れる。
シェルターって言うから、よくその手の映画やドラマに出てくるようなコンクリートで密閉された小狭い穴ぐらを予想していたが…
地上部分の高級リゾートホテル並みの絢爛豪華さを誇る施設をそっくりそのまま地下に移築したような、とてつもなくゴージャスな造りだった。
ちゃんと個室も居並び、各々にシャワーや簡易キッチンも備わってるなどプライバシーにも配慮が生き届いてる他、共同の多目的ホールや食堂や風呂場、ゲームコーナーにスポーツジムまで完備。
通路の天井は時間帯に合わせて照明の色が変わり、時間の感覚を損なわせない。
また今いる中央ホールの、窓状のモニタースクリーンには森林や公園や繁華街など、あらゆる風景映像を投影可能。長引く避難生活にも精神的に耐え得るための配慮だとか。
これならたとえ地表が壊滅しても、当面は快適に暮らせるだろう。
皆、初めてこの島を訪れた時と同様のはしゃぎっぷりであちこち見て回り、まるでこの後に訪れるであろう惨劇など無かったかのようなレジャームードに。
…だが事態は微塵も改善などしてはおらず、残り数分後には地上の生きとし生けるものは全て蒸発する。
あるいはそれが解っているからこそ、から騒ぎで不安を吹き飛ばそうとしているのか…?
「あの…若様。」
と、点呼を取っていたやまぶきが、浮かない顔で俺に声を掛けた。
「へぼみちゃん…見てませんか?」
…を? そーいや、さっきから見かけないな。道理でうるさく…はあるけど快適な訳だ。
いつでもどこでも常に騒がしいアイツなら、きっと先頭切ってあちこち駆けずり回ってるはずだろうが…
改めて皆を見渡してみても、やはりへぼみの姿だけがない。また勝手にどこかに入り込んでるんだろうか?
それとも…まさか…。
「なぁ…此処に、核ミサイルに対抗できそうな武器ってあるか?」
「…航空機撃墜を想定した迎撃ミサイルならありますが、超音速で飛来する敵を撃墜できるかは正直微妙ですね」
唐突な俺の質問にも沈着冷静かつ的確に答えるニャオスリー。決して無駄な希望を持たせるような誇張をしないのはありがたい。
「そこの様子って、この部屋でも見れるか?」
と問い返した俺の真意に気づいたのか、彼女は無言で頷き返すと、目の前の巨大スクリーンに手をかざす。
と、スクリーンに映し出された映像が、テレビのリモコンを操作するように次々と切り替わった。
部屋に備え付けのリモコンや音席認識でも操作可能だが、施設の管理システムとリンクしたニャオスリーは自らの手足のように設備を操れる。
なかには外の風景を映した監視カメラ映像もあり、施設外の様子が気になっていた皆の目を釘付けにした。
その内の一つに…
「…いた! やっぱりか…」
映し出されたのは、原発の炉心を彷彿とさせるような寒々とした施設内の様子。
床にはいくつもの巨大な穴ボコが放射状に開いて、その中に先の尖った鉛筆みたいなミサイルが整然と居並んでいる。
てっきりニュースでよく見るパトリオットシステムみたいな中型のを予想していたが、この大きさは…
「こんな代物で何を迎撃するって? どう見ても大陸間弾道…」
「名目上はあくまでも迎撃用です。この島は地形的な理由で移動式のが使えないもので。
ですが、まあ…このような事態に即応できないようでは、迎撃の意味はありませんけどね」
遠方からの直接攻撃は想定外だったのか?
このシェルターも地上壊滅後に移住するのが目的だったのかもしれないな。
「ともかく…アイツに話しかけられるか?」
画面内で、ミサイルの外装をこじ開けて内部に潜り込もうとしているへぼみの姿を指差しながら問うと、
「リモコンのマイクボタンを押せば庫内に通じますが、それよりも…」「この専用端末なら直接通話できます」
横からやまぶきがスマホに似た通信機を差し出したのを、礼も言わずに掴み取ると、さっそく通話アイコンを押下。
「そこで何やってんだ、へぼみっ!?」
《ひょえいっ!?》 ゴンッ!
スクリーン内と端末画面で、驚いたへぼみが飛び跳ねる姿がシンクロする。最後のは奴がミサイルの外板にしこたま頭をぶつけた音だ。
《あちゃ〜見つかっちゃいましたかぁ〜》
てへぺろ♩と舌を出す、いつも通りの様子に安堵しつつも…当初の不安が的中したことに、より一層の焦燥感が襲い来る。
「答えなさいっ! そこで何を…」
横から割り込んで怒鳴るやまぶきに、へぼみは迷惑そうに顔をしかめて、
《見て解りませんかぁ〜? 今からコレに乗ってぇ、悪ぅ〜いミサイルさんをペンペンしに行きまーすぅ♩》
はぁ!? 薄々解っちゃいたけど、あまりにも非常識な回答に、一同目が点に。
鉄腕アトム最終回か、バットマン・ダークナイトライジングか…どっちにしろあり得ねぇ!
「ア、アホかァッ!! いくらお前でも相手がヤバすぎるだろぉっ!?」
確かにへぼみの猛烈パワーなら、上空でぼてくりこかしたミサイルの破壊も可能かもしれない。
だが相手は核だ。爆発に巻き込まれれば無事では済まないだろうし…万一撃ち漏らして軌道がズレれば、飛んでった先の爆心地に尋常ならざる被害をもたらす。
さっきの引用タイトル、両方ラストで主人公死んぢゃってるし…どう転んでもイヤな予感しかしねぇ!
「こっちを見ろ、俺達は核シェルターの中だ!
ここに居さえすれば全員助かる…ムダに戦う必要はねーんだよッ!」
《あ〜、道理でなんかカッチョイイ所にいらっしゃると思ったらぁ…それなら失敗しちゃっても安心ですねぇ〜♩》
ダメだコイツ、相変わらず言うこと聞きゃしねぇ!
「ほら、へぼみちゃんも失敗するかもって思ってるんでしょ? 本当は怖いんでしょ!?
なのにどうして…!?」
HWMの心は読めずとも、その言動から容易く相手の心境を見抜くやまぶきが咎めるも、
《でもでもぉ…それがあたしのお仕事ですからぁ。そー言ったのは元々首領サマじゃーないですかぁ〜♩》
ごもっともな反論に、やまぶきは小さく呻いたっきり二の句が継げない。
《とか思ってたのは最初だけでぇ…今ではあたし自身がマスターや皆さんをお守りしたいって思ってるんですぅ。
あたしに出来るのはそれだけですしぃ…
皆さんは、とぉ〜ってもイイヒトばかりですからぁ〜♩》
チキショウ、殊勝なこと言いやがって…。
コイツは元々ななみと同じ顔をしてたこともあって、最初から他人には思えなかったし…
そりゃ何かと世話を焼かされることも多かったけど、よくよく振り返ってみればそれ以上に俺の方が助けられてたし…
ちょっと付き合ってみれば個性が強烈すぎたこともあって、もう誰もななみと混同する奴はいないし…面白くてカワイイ奴だなって…。
…へぼみ…っ。
◇
《いやいやまだ死んでませんからぁ〜。
悲嘆に暮れるのが早すぎますよぉ〜♩》
チッ、せっかくの泣かせどころだったのに。
《それにぃ…核なんて食らっちゃったら、当分お家には帰れませんよぉ〜?
いくらご立派なシェルターだからって、三日もいたら飽きちゃいますよぉ。それでもいいんですかぁ〜?》
むうぅ、痛いトコロを…っ。
だが確かに核の問題がなくとも、すぐには帰れそうにない。
俺達は世界最強の軍事大国に狙われてるんだ。このまま地元に帰った日にゃあ何をされるか判ったもんじゃないし…皆の家族や友人達や…大勢の人間が巻き添えになる。
俺の家族…を装ってた連中は全員こっちに来てるし、それぞれ自前で充分すぎる戦闘力の持ち主だからまだしも、そうじゃない知人を持つ奴らは…。
ったく、えらくタチの悪いチンピラに絡まれちまったもんだぜ。
この執念深さ…原因は本当に政治や軍事的な問題だけなのか?
《とゆー訳で真木名博士、万一の時はお願いしますね〜?》
「へぼみくん……解ったよ。任せたまえ」
いきなり名指しされて動揺した博士だが、すぐに快く了解した。
この人に任せておけば大概の損傷はなんとかなるだろうけど…。
「…どうして…非論理的すぎる…」
そのそばで、ニャオスリーが珍しく放心したように独り言ちる。
ゴタンマ関係のことなら何でもござれの彼女にも解らんなら、俺が解る訳ねーだろ。
「…飛来する核ミサイルへのハッキングは試したのですか?」
「やってみましたけどぉ、AI搭載タイプで説得は失敗しましたぁ♩」
今日びはミサイルにまでンなもん搭載してんのかよ。
《さてと…まだ四の五の言いたそうな人もいらっしゃいますけどぉ、そろそろ時間切れみたいですよぉ〜?》
へぼみが空を見上げると共に、カメラ視点が上空へと切り替わる。
いつしか黄昏色に染まった大空が、闇色へと切り替わる境界あたりに…一筋の閃光が走る。
「アレか…!」
今からこの島の全てを焼き払おうとする恐怖の光だというのに…どうしたことか、この上なく美しい。
天に瞬く星々のように、光だけでは距離感が全然掴めないが、実際には音速を超える凄まじい速さで此処に降ってくる。
《ではでは〜、ちょっくら片付けてきますね〜♩》
画面のこちらに向かってヘラヘラ手を振ると、へぼみはミサイルの内部に潜り込んで、外板をガコンッと閉じた。
もっとも音声はすでに切っているようで、もう何の物音もしなかったが…
完全にフタを密閉する直前で、こちらを振り向いたアイツと目が合った。
"さ よ う な ら"
いつになく愛らしい笑顔を浮かべたアイツの口元が、そう呟いたように見えた。
「…へぼみっ!!」
その言葉に不穏な気配を感じて思わず叫んだが…もう向こうには届かないようだった。
発射口が眩いオレンジ色に染まる。エンジンが始動したらしい。
その光が外へと広がり、ミサイルがゆっくりとせり上がってきた。
それは瞬く間にスピードを増し、あっという間に上空へとすっ飛んでいく。噴き上がる爆炎がカメラを焦がし、映像がノイズだらけになって…もう何も見えない。
「ミサイルにも追尾用のカメラが搭載されています。映像を切り替えます」
ニャオスリーがアナウンスするなり、スクリーン映像が急に鮮明になった。
これは…ミサイルの機体中央辺りに搭載されたカメラが捉えた画像か。ミサイル先端が画面中心の下側にくるアングルで撮影されてる。
ミサイルは天空めがけて突き刺すようにグングン上昇していく。周囲にスピードを比較する物が何もないから、どれほど速いかは具体的には判らないが、機体の振動具合から途方もない空気抵抗を受けているのは容易に想像がつく。
…だが上昇が続き、空の色がどんどん翳って闇が深くなってくると、振動が次第に収まってきた。これは…
「おいおい、どこまで昇るんだ…もうすぐ宇宙に出ちまうぞ!?」
「正確には成層圏ですね。ICBMではないので、本来ならこれほどの上昇は想定外ですが…おそらくへぼみが軌道を操作しています」
アイツ、そのためにわざわざミサイル内部に潜り込んだのか。
敵も味方も超音速で飛んでるから、万一すれ違いでもしたらもう引き返せず、迎撃は失敗に終わる。
相手はAIを搭載してるから、巡航中にも多少は軌道変更が可能なんだろう。だからへぼみはガチにタイマンやらかすつもりなんだ。
「…捉えた!」
誰かが叫んだ。見れば、ミサイルの進行方向…画面中央に眩い光点が現れた。
「アレが…核…!」
地上からは只の光にしか見えなかったが、画面内のソレは見る間に大きさを増して…凄まじい威圧感だ。
これが兵器だなんて…。
そうじゃなければ、蒼く輝く地表を背景に、戯れる光達の美しきランデブー…などと呑気に構えていられたんだろうがな。
…と、こちらのミサイルの外壁が、突然モコッと膨れ上がった。
「へぼみだ!…外に出るつもりか!?」
海の底でも長時間無呼吸でいられた奴だから、成層圏のほとんど真空中でも活躍はできるだろうけど…
「このスピードで? 自殺行為だぞ!?」
この高度まで昇れば、あらゆるモノは画面内では静止しているように見えるが…実際には超音速で飛び続けてるんだ。チンタラ走ってる車の窓から顔を出すのとはワケが違う。
って言ってるのに…やがて、大きくひしゃげた外板はカメラをかすめて一瞬にして弾け飛び…
剥き出しになった機内から、人の脚がニョッキリ生えている、あり得ない光景が映し出された。
この時点で、生身の人間ならとっくに機外に放り出されてることだろう。
しかしさらにあり得ないことに…よっこらせっと外に這い出したへぼみは、普通に機体の上に仁王立ちになって、迫り来る敵ミサイルと対峙する!
「…アレは一体どーやってんだ?」
「さあ? 根性でどうにかしてるんでしょうか?」
ニャオスリーにも解らんことが、俺に以下略。
そうしてるうちにも敵ミサイルはますます接近し、肉眼でその外観が確認できるほどに。
…と、そこでへぼみが右手を振り上げ、敵に向かって中指をおっ立てた。
「米国式に挑発してますね」「相手が米国だからかな?」
この期に及んでニャオスリーと総理が悠長に父娘談義を繰り広げてる。
…おや、敵ミサイルの軌道が少し変わった?
いや…明らかにへぼみ目掛けて突っ込んでくる!
「釣れましたね」「AI搭載って言ってたからね」「ずいぶんと直情的ですが」「米国は何でも大雑把だからなぁ」
そろそろ黙らせてもいいかな、この父娘?
…それはさておき、超音速同士のタイマンってどうやるんだ?
とか思ってるうちにも両者の距離はどんどん縮んで…どんどん…どんどん…っ!
「ぅ…ぅあ…っ!?」「近っ!? 近すぎるって!!」「ぶつかるぶつかるぅッ!?」
スクリーン上のド迫力映像に、実際には接触する訳もないのに皆、悲鳴を上げて身を逸らし、辺りを逃げ惑う。さながらテーマパークのアトラクションだ。
相手はもう目と鼻の先。事故の直前みたく全てがスローモーションになって…敵ミサイルの外壁の微妙な凸凹までクッキリ見える。
日本製なら几帳面すぎるほどもっと平坦に仕上げるだろうに…海外製はやっぱ仕事が雑だなぁ〜。
航空機同士の空中衝突って、きっとこんな感じだろうか? こりゃどーしょーもないわ…
「ちょっ、へぼみ…まさかっ!?」
ななみの悲鳴にハッとして画面を見れば…
さっきまで中指おっ立ててたへぼみが、その手をグーにして、大きく振りかぶってぇ…っ!
『殴ったアァーーーーッッ!?』
敵の顔面にワンパン喰らわせたへぼみに、全員声を揃えて大合唱!
核ミサイルをパンチで迎撃なんて前代未聞すぎる! 天才かコイツ!?
殴られたミサイルは、一撃で漫画みたくジャバラ式にクシャッと潰れた。まるでストローの包装紙みたいに。
そこにこちらの迎撃ミサイルが、へぼみごと真正面から激突する!
『…へぼみッ!?』
一瞬遅れて、皆またもや大合唱でその名を叫ぶ。
そのまま、画面が眩い大閃光に包まれて…直後に砂嵐が吹き荒れた。
「…映像ロスト。別アングルに切り替えます」
ニャオスリーの変わらぬ冷静なアナウンスに皆、興奮冷めやらぬままスクリーンにのめり込む。
切り替わった映像は…またもや迎撃ミサイル庫内から空を見上げたもの。
夕暮れ迫る空の彼方に…真昼の太陽のように輝く大輪の光。
そこからパラパラとシャワーのように降り注ぐ、ミサイル…だったものの破片。
敵の核とこちらの迎撃…両方ごちゃ混ぜになった…
「…へぼみは…どーなったの?」
誰にともないななみの問いかけにハッとする。あれだけの大爆発に巻き込まれたからには、いくらアイツでも…!?
「…外、出ても大丈夫か!?」
「はい。核ミサイルは上空で消滅しましたので、地上への影響はないものと思われます」
相変わらず冷静に答えたニャオスリーだが、その身体は俺よりも早くシェルターの出入口へと足を進めていた。
「…よし、ここから出よう!」
波音総理の号令一下、皆、急いで外へと向かう。
へぼみが守り抜いた、平穏無事な世界へと…。
◇
再び這い出た地上は、不気味なほどの静けさに包まれていた。
いや…静かというよりは、脳みそがそう錯覚させてるんだ。
島を取り囲む波の音に混じって、雷鳴に似た轟音がずっと上空で鳴り響いてる。その音が思いのほか耳障りだから。
空に目をやれば…先ほど映像で見た二個目の太陽はすでに消え失せていた。
本来の太陽はそろそろ水平線の彼方へと沈み始め、オレンジ色に染まった世界を…いまだ上空から降り注ぐ光のシャワーが、物哀しく彩っている。
「…へぼみさんは無事なの?」
そのシャワーを浴びるように見上げながら、さっきのななみと同様の質問を繰り返したさよりに、
「さぁな…でも恐ろしく頑丈な奴だし、そのうちひょっこり戻ってくるんじゃねーか?」
内心の不安を掻き消すように強がって応えた俺だったが、
「いや…いくらへぼみくんでも、核の威力に耐えられるほどの設計にはなってないよ。
外装は大半が生体パーツだし、放射能の影響も受けない訳がない…」
HWM技術者として嘘はつけないのか、真木名博士がまたもや不安をぶり返させた。
「博士ー、こんな時は嘘でも、もっとこう…なー?」
彼には激アマなていちでさえ、さすがに責めない訳にはいかないらしい。
「でも博士…アンタさっき、へぼみに『任せろ』って言ってたじゃん!?」
俺に代わってななみが博士を咎めるも、
「…皆の為なら自分の命さえ顧みず死地へと向かおうとした彼女を…誰が止められると言うんだい…っ?」
今にも泣きそうな顔で言い返す彼を、もう誰も責めることは出来なかった。
「そこです、私が驚いたのは。彼女の思考は、HWMとして非論理的すぎる。
普通のHWMならば自己防衛を第一として行動し、たとえマスターのためでも自己犠牲などあり得ないはず…」
ニャオスリーはさっきも似たようなこと言ってたな。でも今にして思えば、へぼみは最初っからそんな傾向だったぜ?
「それが彼女の特異性だよ。だから僕も、初めて彼女に出会ったときにはずいぶん驚かされたもんさ」
気を取り直した真木名博士は、顎に手をあててしばし考え込み…
「逆に言えば…彼女はもう、HWMではないのかもしれないね」
へぼみが…HWMじゃない!?
誰もがその見解に驚くなか、博士はさらに、
「彼女の身体はその大部分をメカパーツが占めているが、芯になったのは開発計画凍結により廃棄処分されていた生物兵器のキャット…つまりは、ななみくんの妹なんだ。
だから彼女は生粋のHWMじゃなく、厳密にはサイボーグだね…あゆかと同様に」
「あたしの妹!?」「私がサイボーグ!?」
事実を初めて知ったななみとあゆかがすっとんきょうな声を上げる。でも確かに、そうじゃなきゃ〜あそこまで瓜二つな訳ないよな。
ちなみにあゆかの方は初期化に伴い記憶領域もクリアされたから、知らんのも無理ないが。
「電脳化こそされているものの、その行動パターンはキャットのままだから…もとより我々普通の人間の思考パターンとはかなり異なるんだ」
おいおい博士、そんなコトあっさり言っちまうから…目の前にいるななみがショックを受けてるぞ。
本当、HWM絡みになると周りが見えなくなるよな、この人。
「加えて、搭載されたAI自体もちょっと特殊でね…」
通常、AIの思考には我々人間の倫理観に基づいた、アレやっちゃダメ、コレもしちゃダメ…という様々な禁則事項があらかじめ設定されており、AIはそれを回避するように思考を展開する。
万一、禁則事項をすり抜けるような危険思考に至ろうとも、行動時に機械的なストッパーが掛かる二重セーフティ機構になっているため、実行には至らない。
「だが…へぼみくんのAIは、必要に応じて禁則事項を無視できる。
というより…実行可能となるよう、禁則事項を自ら更新してしまうんだ。我々人間と同じようにね」
そういや以前、自分はHWMだからロボット三原則は適用外とか嘯いてたな、アイツ。
早い話が、アイツの都合のいいように解釈できるってこった。
「いったい誰がそんなユニークな仕様にしたのか、当時の開発スタッフに聞いて回ったけど…誰も知らないって言うんだ。ごく普通のHWM用AIしか搭載してないって。
ということは…へぼみくん自身がカスタマイズしたとしか考えられないな」
自分の開発中からやりたい放題だったのかよ、アイツ!?
「彼女はボディよりも電脳が先に仕上がってたから、周囲の目を盗んでアレコレいじくるくらいの余裕はあったと思うし。
口も達者で、早く完成させろとか、胸をもっと大きくしろとか色々と無理言ってスタッフを困らせてたらしいよ」
「あんガキゃあ…っ!」
へぼみに胸のサイズで散々からかわれたななみが、真相を知って鬼の形相に変わる。
それはともかく、HWMが自分自身を自己開発…パラドックスだな。
へぼみの本当の開発者は、いったい誰だったのか…?
「もしかすると…兄上が目指していた『可能性』とは、このことだったのか…?」
副首領の独り言にハッとする。
彼の兄である前首領が、弟の計画に期待した『可能性』…言い換えれば『希望』とは?
それは、自然と科学の融合…『人工生命体』の創造だった。
この仮想世界の生命リソースを一切消費しない…
世界の理から逸脱した場所で誕生した、まさに別次元の存在…!
まさか…へぼみがそうだってのか?
そこには仮想も現実ももはや関係なく…単なる数値や記号の羅列からなるDNAという名のスクリプト以上の意味合いを持つ、確固たる存在。
もしも世界の何処かに神なる者がいたとすれば、その想像をも上回る新次元からの来訪者…
…それこそが本当の意味での『生命』だ。
そして行く行くは、そうした天然や人工の垣根を超越した、あらゆる生命が分け隔てなく住まう新世界が誕生する…。
そんな、まさに理想郷の具現化こそが、前首領か目指した『来たるべき未来』なのでは…?
「ですが…その希望も、今は…」
ニャオスリーの声が虚しく流れ、沈痛な空気が辺りに満ちる。
考えたくはないが…そう考えざるを得ない。
あの、想像を絶する爆発の瞬間を、この場の誰もが目の当たりにしたのだから。
いくらへぼみでも、アレでまだ生きていられるはずが…
「…反応あり…!?」
ふと、思い出したようにへぼみ専用の通信端末を取り出したやまぶきが、画面を見るなり唖然として呟いた。
「まだ稼働中…!
へぼみちゃんは、生きてますっ!!」
皆の顔に見る間に安堵が広がる。
「マジか…!?
何処だ、アイツはいま何処にいる!?」
端末を奪い取るようにして画面を覗き込む俺にドギマギしつつ、やまぶきは信号の発信源を確認し…
「海岸線…もう戻って来てる!」
言われるまでもなく、俺にもすぐにそれが判った。
さっきの戦闘で生じたばかりの、波打ち際の巨大なクレーターが、端末のマップにもしっかり表示されていたからだ。
そのクレーターの片隅に、へぼみの現在地を示す光点が点滅していた。
「近いぞ…行こうっ!」
号令一下、不可避に思われた悲劇を未然に防いだ英雄を迎えるべく、俺達はまたも波打ち際へと急いだ。
◇
水平線に沈み行く夕陽に彩られた海岸は、信じ難いほどの美しさだった。
HWM達の戦闘で見慣れた地形が激変してしまった時には心底ガッカリしたものだが…命拾いした今は、目に映る何もかもが新鮮な輝きに満ちている。
だが…そんな中にあって一際異彩を放つのが、少し前までミサイルだったモノの破片…デブリだ。
核ミサイルはこの島のほぼ上空で撃墜され、細かな破片は爆発に巻き込まれて燃え尽きた。さっき見た光のシャワーがそれだ。
だが燃え残った大きな破片は、こうして周囲に降り注ぎ…今は無残な姿を晒している。
核と迎撃…どちらの物かは、もう判らない。判別できないほどにグシャグシャだから。
そして…どちらにせよ、今となっては厄介極まりない。
「残骸から高濃度の放射能を検出。近づかないようにお願いします。
すべての回収作業が終了するまで、この海岸は立ち入り禁止とします。
なお放射能は海水による洗浄が期待されるため、短時間で状況は改善するものと推測されます」
ニャオスリーによる解説を受けながら遠巻きに海岸を見渡すが、当然のように肉眼では危険は確認できない。
…へぼみは何処にいるんだ? とっくに帰って来てるって話だろ?
アイツのことだから、きっと元気に手を振って、逆に俺達を出迎えてくれると思ったのに…
「…ん?」
すぐそばに落ちてるデブリが動いたように見えた。
波で揺られてそう見えただけか?
…いや、気のせいじゃない。ほら、懸命に砂を掻き分けて、こっちへ寄って来ようと…
「……!? へぼみ…へぼみィッ!!」
やっとソレが彼女であることに気づいた俺は、慌ててそこへと駆け寄った。
「ダメですっ! まだ高濃度の残留放射能が…」「…行かせてあげなさい」
必死に叫ぶニャオスリーを、先代のニャオツーが制止する。
そんな母娘の様子を斜に見ながら、たどり着いた俺の目に飛び込んできたものは…
「…へ、へぼみ…なの…か?」
思わずそう訊き返してしまうほどに変わり果てた彼女の姿だった。
下半身は吹き飛び、片腕がもげて、残った手も先端が引きちぎれてしまっている。
衣服や肌は大半が焼け落ち、かろうじて残っていた顔半分の皮膚から、なんとか元の顔が判別できるほどだ。
人間なら即死レベルの惨憺たる有様だが…それでもへぼみは、まだ生きていた。
「マス…ター…」
皮膚が残った方の顔は麻痺して動かないようだ。
残るメカ剥き出しの顔半分で、彼女は安心したように微笑んだ。
居ても立っても居られずに、その場にひざまづいて彼女を抱き抱える。
胸の奥底からこみ上げる感情のせいか、はたまた高濃度の放射能に晒されているせいかは知らないが、身体の震えが止まらない。
「あははぁ…こんなになっちゃいまして…お恥ずかしい限りですぅ…」
冷静な自己分析ができているようだが、肯定するのは憚られる。
かといって、大丈夫だから…なんて根拠のない気休めは、こんな状況下では絶対出てこないもんだ。
「…ずいぶんとまあ…軽くなっちまったな。お陰で抱き寄せやすいぜ」
「せっかく…マスターを独り占めできた…のに…これじゃあ…エッチできませんねぇ〜」
こんな時でも減らず口は相変わらずだな。
だがまぁ…これで少しは安心できた。
何故ならコイツはHWMだからな。これだけ元気なら、まだ直しようもあるだろう。
「ほら見なさい。ズルして特盛りになんかするから、バチが当たったのよ…」
俺の隣に座り込んだななみが、金属肌が剥き出しになったへぼみの胸をツンツンつついて、これまでの仕返しとばかりに涙目で笑う。
「あちゃ〜…バレちゃいましたかぁ…」
当たり前だが、乳房なんて大半が無用な脂肪の塊だ。だから俺はそれほど重視しないって再三言ってるんだが…
それら全てが削げ落ちて従来のスリムボディに戻ったへぼみは、悪びれもせずに舌を出す。無断で迎撃ミサイルに乗り込もうとしていた時のように。
「…お前のお陰で、全員無事だぜ。ほらな♩」
身体を自由に動かせない彼女の代わりに、いつの間にか周りに集まって来ていた皆の顔が見えるよう、抱き抱えたままその場で一回りしてやる。
「どうだ、英雄になった気分は?」
「はぁ〜…嬉しいは嬉しいですけどぉ…思ったより、痛いし…恥ずかしいし…疲れましたぁ。
もぉ二度と…ゴメンですぅ…。
やっぱやめときゃ良かったかもって…後悔してますよぉ…」
ぎこちなく微笑むへぼみに、皆も笑い返そうと試みるが…今にも溢れ出しそうな感情を堪えるのに必死で、笑うに笑えない。
つーかそんなコトは、核ミサイルなんぞとタイマン張ろうとする前に思うもんだぜ。普通はな。
だが、その普通じゃないお前のお陰で…
「助かったよ…ありがとな、へぼみ。」
「マスター…」
「安心しろ。真木名博士にキレイに直して貰うから。…な、博士?」
呼びかけた俺に、博士は…肯定はせず、ただ力無く微笑み返した。
「ついでに乳も特盛りに頼むぜ。あゆかみたくな」
「…フフッ…やっぱり、キミに嘘はつけないね」
そう答えた博士の言葉には二重の意味があることを、俺は薄々感じ取っていた。
「ありがとうございますぅ…これで…やっと、お休みできますぅ…」
「ああ…いくらでも、好きなだけ休んでくれ」
気を抜けばすぐにこぼれ出ようとする涙を懸命に堪えて…俺はそれだけ応えるのがやっとだった。
「ではではぁ…しばらく…お別れですねぇ。
マ…ス…タァ…」
へぼみの瞳から光が消えた。
鉄の塊と化した身体の重さが、俺の両手にずっしりとのし掛かる。こんなにコンパクトサイズなのにな。
「バカヤロ…寝る時は、目くらい閉じやがれ…」
半開きのままだった彼女の瞼を、指先でそっと閉じてやる。
これで、やっと…気兼ねなく泣ける。
「…ななおくん…悪いけど、僕の専門はHWMで、サイボーグは本来管轄外だ。
しかもへぼみくんはさっき言った通り、極めて特殊な個体だから…到底期待には…」
「んなこたぁ解ってるさ。今すぐどうにかしろって言ってんじゃねーよ。
もうしばらく、ぐっすり眠らせてやろう…ぜ…」
最後のあたりは涙声が酷くて、聴き取りづらかっただろうに…
「そういうことなら、やってみよう。
何年掛かるか判らないけどね…」
俺の肩に置かれた博士の手の温もりは、とても優しくて頼もしかった。
こうして、へぼみは永い眠りについた。
彼女が大好きな人々と、穏やかな夕陽の光に見送られて…。
◇
しかし無論、俺達の話はこんなしめやかには終わらない。
「…皆さん、哀しみは後で存分に堪能してください」
いつも通りの淡々とした口調で語るニャオスリーだが、その声は幾分くぐもっている。
だが、直後に告げられたアナウンスは、そんな些細なことすら気にならない非情なものだった。
「先刻の核攻撃の失敗に伴い、周辺に展開する米軍基地より各種攻撃機が離陸しました。
次いで数万人規模の軍隊の出動も予定されており…数時間後、再び此処は戦場と化します」
やれやれ、オチオチ泣いてる暇も無ぇとはな…仕方ない。
俺はへぼみをそっと横たえ、涙を拭って立ち上がる。
「…ソレ、ニュースとかじゃあなんて報道されてんだ?」
「各々のスマホ等でご確認頂ければ一目瞭然ですが…まあヒドイものですね」
ということなので、早速スマホでニュースサイトを開いてみれは…
"非人道的国際テロ組織の首謀者の所在を確認。
先刻決行された核ミサイル攻撃は敵の迎撃ミサイルに阻まれ失敗。
逐次、攻撃機や軍隊により追加攻撃。"
なるほど…たしかにコレはヒドイ。
007じゃあるまいし、テロの親玉がこんな風光明媚な場所に住んでるもんかよ。
こんな見え透いた嘘をついてまで、大半が女子供の俺達を付け狙うたぁ…いったいどっちが非人道的だよゴルァ?
やられてみて初めて解る、敵さんの極悪非道っぷりだぜ。
「フム…一国の代表を敵に回して、このやり方はマズイねぇ。
攻撃開始まで結構余裕があることもバラしちゃってるし…ナメられたもんだねぇ僕も」
ほらほら、ついに怒らせちゃアカン人を本気にさせちゃったようだぜ?
「マオ。シノブ。懲らしめておやりなさい!」
助さん格さんのように水戸の御老公…いや波音総理に呼びかけられた、娘のニャオスリーと第四夫人のシノブさんは即座に頷き返し、
「本国の空軍基地ならびに周辺の協力各国に緊急出動を要請しました。敵の第一波到達までにはギリギリ間に合いそうです」
「こんなコトもあろうかと〜、さっきオジサマにも協力を頼んどいたよん。今晩には国際情勢がひっくり返ってるだろうってさ♩」
プロの即時対応力凄っ。
シノブさんの言うオジサマってのが誰かは知らんけど、たぶん何処ぞの諜報機関のお偉いさんだろうな。
米国はここ最近のやらかしっぷりが酷くて、かつての同盟国にもすっかりそっぽを向かれてる今日この頃だから…いよいよ終焉かなぁ?
「あっ、降りてきた降りてきたぁっ!
これで一冊書けちゃうかも♩」
と総理の妹にして天才作家と称される美岬アサヒさんが突然叫ぶ。降りてきたって何が?
「奇遇ですね! 私もこれで新作が書けちゃいそうです」
「ならばやはり私がコミック化を担当するか」
「出版の際にはゴタンマを何卒ご贔屓に♩」
さより、あゆか、桜ふぶき編集長はこの期に及んでも商魂たくましい。
「ソレ、父さんも便乗させろって。やっとクソ大統領一家にひと泡吹かせられそうだって」
第五夫人のユウヒさんがチャットアプリのやり取りを披露する。
メッセージ相手は彼女の育ての親にして、総理の実の父の美岬カイドウ氏。かつて世界を股にかけて活躍し、現在もなお精力的に取材攻勢を続ける著名なジャーナリストだ。
総理がまだ学生だった頃、二人がかりで悪名高きテロ組織を壊滅させ、指導者ハマーチンを拘束へと導いたエピソードはあまりにも有名だ。
その当時、二人に全面的に協力したのは米軍だったのに…それが何故、現在はこんな事に?
まあ、件のテロ組織もかつては米国に協力的だったというし、よくあることか。
「なんか米国、最近ますますトチ狂ってない?
今回だってどこにも相談せずにイキナリ核ブッ放すしさぁ」
「米国というよりは、あの大統領親子が癌だな。二代に渡ってアメリカを地の底まで叩き落としおってからに…」
はるきのごもっともな質問に応じたのは副首領だった。ずいぶん親しげな口ぶりだけど、大統領親子と面識でもあるのかな?
ゴタンマの表の顔であるマタンゴグループCEOともなると、世界的にも顔が広いし。
一方、俺はといえば、連中が親子で続けざまに政権を握ってるってことぐらいしか知らないが…
自由を売りにした国の親玉が、どっか北の国みたく代々親族でのさばってるって時点で、もう相当ヤバイ状態ってのは誰でも解るだろ?
日本ではかつて、単一政党が政権を独占していた頃は、誰が首相になっても同じとよく言われたものだ…波音総理が常識を覆すまでは。
ところが米国は真逆で、その時々のトップによって情勢が大きく様変わりする、良くも悪くも極端すぎる国家だ。
日本の首相は一般国民には選択権がない。
それは、国家主権が国民そのものにあり、その代表者が選挙で選ばれた国会議員なので、彼らの中から選出された首相は我々が選んだのと同じこと…という、詐欺のような屁理屈による。
しかしそれが幸いし、何か不都合があれば国民の意志で比較的早期に辞めさせることが事実上可能なため、本当の意味での『悪人』は誕生しない。
だが一方の米国では、主権は『全てを統べる』大統領にある。
その超絶的な権力者は一応、国民全員の投票によって選出されるという、一見民主的なシステムではあるが…
そこに民意などもはや微塵も存在しないことは、大統領選のニュース等を見れば誰でも薄々お気づきの通りだ。
大統領は基本的にやりたい放題。咎める者はあっても、直に辞めさせる権限を持つ者はいない…自らが辞意を表明するまでは。
故に、唯一の制限である任期を迎えるまでは、善人だろうと『悪人』だろうとそのまま居座り続ける。
はてさて、どっちがより厄介な存在だろうか?
「知ったこっちゃナイにゃあそんなコトッ!
カワイイ妹の…あぁんにゃ、断じて可愛さのカケラもないけど! へぼみをここまでボコってくれた奴は…必ず死なすにゃっ!!」
直前まで姉妹同士で死闘を繰り広げていた自分のことは棚に上げ、シロちゃんが怒りの拳で天を突く。
気持ちは解る。自分の獲物は自分で仕留めてこそ価値がある訳で、他人が仕留めたモノなど賞味期限切れの細切れ詰め合わせパックにも劣る。
それに…彼女が自分の姉妹、いや姉妹品だと知ってしまった今は、胸中穏やかではあるまい。
では、その三姉妹の元祖にして長女である、ななみは…?
◇
「頑張ったね、へぼみ…。
…後はあたし達に任せて。」
夕陽に赤く染まった海辺に横たわる妹の顔を、優しく撫でたななみは…ゆっくりと腰を上げて、
「お父さん…お母さん…お兄ちゃん。」
何やら決意めいた目を俺達に向け、
「街を歩けば誰もが振り向く、超絶美少女なあたしだけどさ…」
なんかズーズーしぃコト抜かしやがったけど、実際その通りだから始末に負えない。
「でも中身は猫だから、居心地のイイ場所にはトコットンこだわっちゃうのよ」
なるほど。高い棚の上とか、厨房の鍋の中とか、リビングのソファの隙間とか…予想外のいろんな場所に入り込んでて、ビビらされることもしばしばだからな。
…子供の頃のななみがしょっちゅう俺にくっついてたのも、居心地が良かったからか。
「お父さんがいて、お母さんがいて…お兄ちゃんがいて…。
ついでだから、そこにへぼみを加えてやってもいいわ」
それがななみにとっての理想の居場所か。
…なんだかんだ言ってても、へぼみがいないとイマイチ賑やかさが足りないしな。
「えっと、私達は?」
わ
「チッ…混ざりたきゃ勝手に混ざれば!?」
おっかなびっくり尋ねるさよりやあゆかにもぞんざいに言い返す。ずいぶん丸くなったなコイツも。
「あたいはー?」
「オメーはもう男こさえたろがい!? とっととそっち転がり込んで、好きなだけズコバコやってろッ!!」
でもなかった。いちおー教師のていちにまでこの始末。彼氏持ちにはずいぶん辛口だな。
「…てことなんだけどー。どーする博士?」
「え…ぼ、僕は別に構わないけど…」
「…ズコバコもー?」
「ぜ…善処します…」
「えへへー、それならますます無事にお家に帰らないとなー♩」
どさくさに紛れて激甘だなコイツら。歯が浮くどころか全部溶解しちまうぜ…やれやれ。
ていちもやけに可愛いと思ったら、子供みたいに甘えてるからか。俺達生徒の前ではいつも大人ぶってたけど…こっちが本来の姿なのか?
…てか、どーせヤルならここでヤッとけば?
「…とにかくっ!」
おっと、まだななみの発言中だったな。
「そんなあたしの居場所を奪おうって奴は、誰だろうと許さないッ!
米軍だろーが何だろーが、全力でブッ潰すッ!!」
握り拳でガッツポーズ。堂々たる戦線布告だ。
若干独善的な気がしなくもないが、ななみにしては上出来な名演説だ。
「よく言った、ななみ!」「嬉しいコト言ってくれるぜチキショウ☆」
親父とお袋も大絶賛してるし、他のメンバーも拍手喝采。
ななみはこの場にいる全員の心境を代弁してくれたんだ。
テメーらの力を過信して、一方的かつ理不尽にイキナリ仕掛けてきやがった連中には、もう二度とそんな気が起こらないように痛い目見せてやらねーとな。
ここにいる人々なら…それが出来る!
「う〜ん…やっぱり惜しいね、これだけのスター性をこのまま埋もれさせとくのは」
そんなななみのカリスマ性に着目したのは、意外にも左右田姉弟の弟、風紀委員長のさじろう殿だ。
「じゃのぉ。彼女の作品も素晴らしいが、本人はそれに負けないほどのポテンシャルを秘めておるのに…日頃は漫画ばかりでなかなか日の目を見んからのぉ」
彼の双子の姉にして生徒会長のみぎこ殿も、独特な口調で激しく同意。
「???? え、え〜っと?」
戸惑うななみに、さじろう殿はどこからか生徒手帳を取り出して披露。さすがは風紀委員長、ンな堅っ苦しいモン校則通りいつも持ち歩いてんのか。
「…え? こ、これって…」
そこに書かれたメモを一見するなり、ますます戸惑うななみ。その様子に興味を惹かれた俺も脇からヒョイっと覗き込むと…
記されていたのは、様々な部活動からのななみへのヘルプ要請。運動部の競技会への助っ人がほとんどだが…
中には文化部…服飾同好会や現代動画研究部からの出演依頼もある。前身は別名コスプレ会で、後者はネット動画を公開してるトコだな。
ななみが漫画を描いてるのを知ってるのは校内では極一部の者だけのはずだが…類は友を呼ぶってのは本当らしい。
「お主が漫画にすべての時間を割いておるのは知っておったから、創作の妨げにならぬよう全部あちきが断っておったのじゃ…今まではの」
「けど先刻、しろがねちゃんとへぼみくんの揉め事を止めたときの鮮やかな技量とか、今の大演説を目の当たりにするとさ…やっぱりもったいないかな〜って♩」
一応言い訳しとくが、俺はななみの漫画以外の活動に口を出したことは一度もないぞ。コイツにはコイツの付き合いってもんがあるだろうしな。
ななみが入学した当初の各部活動の勧誘合戦はそりゃも〜凄まじいもんだったが…間もなくしてすっかり沈静化したから、コイツが全部自分で断ったんだろうと思ってた。
それがまさか、生徒会まで巻き込むほどの事態になっていたとは…。
「で、でも…ホラあたし…人間じゃないし。」
そんなななみの言い訳に皆ハッとする。
そうか、コイツは最初から自分が周囲とは違う存在だって知ってたから…
決して俺への忖度とかじゃなく…自分がそんなきらびやかな場所にいるべきじゃないって、割り切ってたのか。
でも漫画なら自分の顔は出ないし、作者が誰だろうと関係ない…ただ面白くさえあれば。
だから、ななみは…。
「…フム。このまま計画を推進すれば…やはりこういった問題は避けられないか。
こいつは早急に対処しとくべきかなぁ…?」
こちらのやり取りを遠巻きに見ていた波音総理が、何やらブツクサ呟いてる。
だいたい解ってきたけど…この人がこんなふうに思い悩んだ後には、大概トンデモネーことをやらかしてくれる。
果たしてコレは、吉と出るか凶と出るか…?
「んあ? そんなコトで悩んでおったのか。
別に構わんぞよ。お主が何者だろうと、我が校の生徒でさえあればのぉ♩」
あまりにも意外なみぎこ生徒会長の反応に、ほあ?と呆けるななみのそばで、
「確かに…我が校の生徒は人間に限る、なんて校則はどこにも見当たらないね。
風紀委員長としては、校則制定者と生徒会長の意志を尊重するしかないかな♩」
さじろう風紀委員長もそう言ってニンマリ笑いつつ、生徒手帳を再びしまい込んだ。
ハハッ、なんて頼もしい人達だよ!
ウチの学校はほとんど何の制限もないほど自由すぎる校風が売りだけど、それを維持するのは並大抵のことじゃない。
…並大抵じゃない人達が尽力してるからこそ、それが可能だったんだな。
「…お兄ちゃん?」
期待がこもった目で俺を見つめるななみ。まるで遊ぶ前に飼い主の顔色を窺うペット…てのは人権的にヤバすぎる発言か?
そんなもん、俺の答えはもう決まってる。
「…言っただろ? これからはお前の好きなように生きてみろって」
ななみが本当は身体を動かすのが大好きなことを知っていながら、俺の道楽に長々と付き合わせちまったからな。
本当はこんなに色んな才能を秘めたスンゴイ子にもかかわらず…独り占めしすぎちまった。
学生時代なんてそう長くないんだから、もっとやりたいようにやってもいいんじゃないか?
それが無駄かどうかはその後で考えりゃいいし…きっと考えるまでもなく、その後に進んでる人生こそが答えだろう。
「けど、たまには漫画も描いてくれよ?」
「お兄ちゃん…うんっ、ありがと☆」
ここ最近見た内では最高の笑顔を返して、ななみは早速、生徒会長達となにやら話し込んでいる。今来てる助っ人依頼はどんなのかを訊いてるんだろう。
…どーでもいいけど、あれだけ啖呵切った戦意はどこ行った?
まあいい。この勢いが損なわれない内に、俺も皆の闘志を焚きつけとくか。
「ぃよぉーっし、お前ら! これが最後の戦いだッ!」
「まだ最後と決まった訳ではありませんが。米軍はしつこさだけには定評がありますし」
「只々バカンスを満喫してただけで、な〜んもしてない俺達に、イキナリ御大層なケンカふっかけてきやがったアメ公どもに、もう一泡吹かせてやろうぜ!」
「何もやらかしてなかった訳ではありませんよね、断じて」
「こ、これは邪悪な異教徒を薙ぎ払うための聖戦…ジハードであるッ!」
「自爆テロでもなさるおつもりですか。ちなみに私は無宗教派ですが、神なる概念の存在は信じています」
「へ、へぼみの弔い合戦…」
「HWMは電脳さえ無事なら再生可能ですから、厳密には死んではいませんが」
「…………」
…ぇえいっ、ぅおにょれぇニャオスリー! ことごとく要らん口を挟みおってぇ〜!
「わ、若様ふぁいとっ☆」
やまぶきが可愛く励ましてくれるが…俺もぉダメぽ。
「僕が押さえておこうか? ダメだぞマオ〜♩」「あんっ、お父様…もっと優しく…♩」
最初からそーやっといてくださいよ総理。
てな訳で、お言葉少女が父親と乳繰り合ってる内に、俺は高々と拳を振り上げてぇ…!
「え、え〜っとその…ほら何だ…
今日こそが我ら人類のインディペンデンス・デイッ!!」
『それモロパクだからアウト。』
すかさず全員からの総ツッコミ。せめてオマージュと言ってやっておくんなまし。
ううっ、最後まで締まらない…。
けれども直後に大爆笑の渦が巻き起こり、いい塩梅に緊張がほぐれたお陰で、結果的に皆の士気は昂まった。
どうせ逃げ場はないし、誰一人として逃げる気など毛頭ない。
俺達は…ここで決着をつけるッ!!
◇
「うわあああーーーーっ!!」「何だ、何なんだコイツらッ!?」「聞いてたのと話が違うぞぉッ!」
激しい銃声と爆発音を遮るように、阿鼻叫喚の悲鳴が飛び交う。
紅蓮の炎に包まれた戦場を、完全に取り乱して逃げ惑う兵士達。
意気揚々と攻め込んできたのも束の間、ものの数分で士気はガタ落ち、陣形は総崩れで、もはやどう足掻いても負ける以外の選択肢はない。
「本部聞こえますか本部っ!? 敵は予想外に強力で…このままでは全滅ですっ! すぐに撤退の許可を!」
《撤退は許可できない。援軍も救助も出せん。
既に本国には諸君の戻る場所はない。
…スマン。》
「そ、そんな…アンタらは俺達を見捨てる気かァォえぐげぶわぁ〜〜〜っっ!!」
涙ながらに叫んだ通信兵は、直後に背後から小柄な少女に串刺しにされて断末魔の悲鳴を上げた。
《チーム・デルタ、何があった!?
アルファ! ブラボー! チャーリー…誰でもいい、返事しろっ!》
いくら呼べども砂嵐しか流れない血まみれの通信機…。
それを拾い上げた少女はニヤリとほくそ笑んで、
「…もうすぐ害虫駆除完了にゃッ!」
マイクにそう吹き込むなり、相手の応答を待たずに通信機をへし折った。
カメラアングルが変わると、穴ボコだらけの駐機場から発進を試みるステルス戦闘機のコクピット内に。
「畜生っ、もぉこんな場所なんかに居られるかッ!」
「何処へ行く貴様ッ!? 敵前逃亡は銃殺グギャアーーーーッ!」
離陸を咎めた兵士が、逆に機首バルカン砲で銃殺され挽肉と化す。
しかし間髪入れずに別の兵士達が機体の着陸脚にしがみつく。
「待ってくれ、俺も連れてってくれ!」「こんな所はもう真っ平御免だっ!」
「ええいっ、放さんかァーッ!!」
ブチキレたパイロットがVTOLエンジンを噴射すると、真下にいた兵士が一瞬にして消し炭に。
生き残ったもう一人も、着陸脚が本体内に収納される際に閉じたカバーで両腕を切断され、落下しながらやはり火だるまに。
「ヒヒッ、ヒャハハッ! こうなったら俺だけでも逃げ帰ってやるぜぇ〜〜〜〜っ!!」
ハイになったパイロットが操縦桿を引いた瞬間…
遠方からエアインテーク目掛けて投げ込まれた小石がタービンを直撃し、機体は爆発炎上。
「…非力な私でもこれぐらいは出来る。」
墜落して燃え盛る機体を尻目に、そう呟いて立ち去るショートカットの巨乳美少女。
「…さてと。そろそろ降参したらどうだい?
大人しくしてくれれば命は保証するよ」
岸壁に追い詰められた兵士達に波音総理が投降を促すが、
「ふっざけるなァッ!! 貴様らごとき小島の山猿になど、誰が従うかぁ! ジャップ! イエローモンキー! サノバビッ」
「聞くに耐えませんね」
罵詈雑言を吐きまくっていた鬼軍曹の喉元を、チャイナ服の眼鏡っ子が不似合いな大振りのコンバットナイフで見事に掻っ切った。
血の海に倒れ伏した軍曹を足場にして、どこか神々しさを漂わせる美少年がスイッと兵士の前に歩み出て…
「どうやら全員、命は要らないようだね。
…ななみ、やまぶき。後は任せたよ」
号令一下、ななみと呼ばれた少女が獣のように四つ脚で兵士達の間を猛スピードで走り回りながら爪を立てる。
と、一瞬遅れてあちこちで真っ赤な噴水が噴き上がり、兵士達がバタバタ倒れ伏す。
残った兵士は、やまぶきと呼ばれた直立不動の少女にギロリと睨まれるや、何故だか取り出した銃やナイフで自らにトドメを刺して果てた。
「ええ〜いっ、かくなる上は…っ!」
戦場となった小島から遠く離れた米国の『白いお家』で、小太りの金髪親父が核ミサイルの発射ボタンに指を掛けた、まさにそのタイミングで、
「…またソレかね。バカの一つ覚えだな」
強行突入してきた国連軍の隊長が、あまりにも無芸な大統領に苦笑した。
「やかましいっ! 私は世界の覇王だァーッ!!」
雄叫び上げてボタンを押し込む大統領。
…しかし何の反応もない。
慌てふためく彼に隊長は、
「既に発射施設はこちらで抑えさせて貰った。
貴方の父上も拘束済みだ。
悪いことは言わん、諦めたまえ」
「貴様こそ、さっきから私に対してその口の利き方はなんだァッ!?
誰が諦めるかァーーッ!!」
大統領は往生際も悪く吠えさくりながら執務室の椅子にしがみついた。
するとその周囲に一瞬にして防弾ガラスが盾状に張り巡らされ、手元にはまた新たな発射ボタンが…!
「フム…情報通りだな。仕方ない…退却だ」
なんと、隊長は部隊に退却を命じ、あっさり引き上げていった。
「フンッ、躾の悪い犬畜生どもめっ!
それもこれも…リョータ・ハノン! 全部貴様のせいだァーーーーッ!!!!」
頑として自らの非を認めない大統領は、全ての責任を派音総理になすりつけて、謎の発射ボタンを押下。
その途端…見た目以上に頑丈な造りの白い家の天井を透過して、光の粒子が大統領へと降り注ぐ。
「これは…まさか…!?」
そのまさかだった。
赤道直下の孤島に照準を定めておいたはずの攻撃衛星のターゲットは、いつの間にか白い家のど真ん中に変更されていたのだ。
「ガッデム! ファック! シット!
私を誰だと思ってるんだァーーーーッ!?」
大統領にしては小物すぎる断末魔の雄叫びを残し、最期まで偉大さのカケラも見出せなかった彼はほとばしる閃光の中へと消えた。
「…知ってるさ。お前は世界最悪最低のファッキンだってな」
宇宙から降り注ぐ大出力ビームが、白い家を跡形もなく焼き払う様を遠巻きに眺めていた隊長が、聞こえるはずもなかった大統領の雄叫びに応えて呟く。
歓喜に沸く部隊を民衆が取り囲み、やがて部隊長を胴上げしての大歓声に。
その歓びは世界中を駆け巡り、様々な国のあらゆる都市で打ち上げ花火や紙吹雪が舞う空前の大騒ぎへと。さながらスターウォーズ・エピソードⅥの大団円シーンだ。
そんなドンチャン騒ぎから一転、舞台は再び南海の孤島へと。
黄昏時。波の音だけが静かに響く浜辺に作られた小さな墓に、島には自生していないはずの色とりどりの花束を添えて…
あの美少年が優しく語りかける。
「ありがとうな。全部、お前のお陰だよ…」
墓石をそっと撫でて立ち上がり、何処へともなく立ち去っていく少年の後ろ姿。
そこからカメラがゆっくりとパンし、再び小さな墓石を真正面から捉える。
そこに刻まれた墓碑名は…
"HEBOMI〜愛に生きたHWM〜"
カメラがゆっくりと引き、激戦の傷痕が生々しく残る島の全景へと。
変わり果てたその地を彩る夕陽は、それでも哀しいほどに美しい…。
そよ風のように奏でられる憂愁の弓弦楽は、やがて管楽器を加えて次第に華やかさを増し…
一転、勇ましくけたたましい怒涛のマーチングテーマへと。
そして暗転。
"TRUE HEROES"
"〜彼らは彼の地にて斯く戦えり〜"
画面中央にシンプルな白文字でタイトル表示がなされ、しばらくして上方へとスクロール開始。
画面下からせり上がってくるスタッフロールに合わせるように…
「ほんぎゃあっ! ほんぎゃあ〜っ!!」
ことさらけたたましい赤ん坊の泣き声が、名曲にさらに華を添えた。
◇
「あ〜もぉっ! やっと寝ついたと思ったのに、また泣き出しちゃったじゃんっ!?
ハイハイ、大丈夫よ〜ダイジョブでちゅよ〜♩」
慌てて室外から飛んできたななみが、赤ん坊を抱き上げてあやし始めた。
なんで子供やペットに接するとき、人は自然と赤ちゃん言葉になるのだろうか?
「悪い、つい見入っちまっててEDトラップ忘れてた」
リビングのソファに寝っ転がって、赤ん坊の様子を見ながらテレビ放映の映画鑑賞にいそしんでた俺は、目尻の涙を拭って平謝り。
EDトラップとは、この作品のエンディングで突然、明らかに音量が大きく跳ね上がる仕様だ。
直前が静かなシーンで、しかも主人公を演じた人気俳優の見せ場なため、テレビのボリュームを上げめにしている視聴者が多く、毎回このような悲劇を呼ぶ。
「ったく…ソレ観るの何回目よ? 原作レ◯プも甚だしいってファンから酷評されてるじゃん!?」
原作とは、あの島での騒動の直後に人気作家・美岬アサヒが発表した同名小説だ。
あれからもう何年も経つのにいまだに売れ続けており、彼女も本作でめでたく世界的ベストセラー作家の仲間入りを果たした。
また同作はこれまた人気シナリオライター・沙丹さより(スゴイ名前だが本名)の手で脚色され、新進気鋭の異色HWM漫画家・真木名あゆかの作画でコミック化され、こちらも大ベストセラーに。近々アニメ化やゲーム化も予定されている。
が…この映画版は、制作発表当初から各方面で賛否両論様々な騒動を巻き起こした。
なにしろメガホンを取るのが米国から亡命したばかりの有名ハリウッド監督で、やりすぎとも思えるほどのバイオレンスシーンが毎作話題になる変態クリエイターだったからだ。
しかも原作では主人公側が全員日本人なのに、キャスティングは何故だかワールドワイドで、アクションシーンを担うのは香港俳優ばかり。
さらにはどーゆー訳だか、原作には不在な国連部隊の隊長が主役格で登場し、原作には微塵も描かれていない米国での戦闘指揮をとる。
事実、彼の活躍シーンが映画全体の八割を占め、肝心の島での激闘はラスト十分足らず。後に公開されたディレクターズカット版でも、該当シーンの追加は一切なかった。
…とまあこんな塩梅に、のっけから懸念材料しかない陣容だったが、原作者であるアサヒさんの「コレはコレで面白いし、ななおくん役の子もカッコイイから、イんじゃない?」というゴーサインを受けて制作開始と相成った。
この映画で唯一褒められる点といえば、アサヒさんもイチオシの俺役の少年だろう。
実は彼…俺の生体データを基にコンピュータ上で作成された、いわゆる『デジタルクローン』と呼ばれるバーチャル俳優で、実在しない。
何かの資料で俺のツラを拝んだらしい制作サイドから一応、出演オファーもあるにはあったが、見せ物パンダにされるのが目に見えてる代物に出る気なんざサラサラ無かったし…
後で触れるだろうが、とある事情から出るに出られなかった?
また、将来的に俺がゴタンマの首領になった場合、非合法にして秘密組織なのに顔が知れ渡ってるのは問題だろうという政治的配慮もあった。
今は晴れて『合法公式企業』になったことで、その懸念もクリアされてるけどな。コレについても詳細は後ほど。
そんなこんなで無理に本人に似せる必要がなくなった似非俳優は、ずいぶん豪快にいじくり倒された結果…ホントに本人とは似ても似つかない聖人君子が爆誕してしまった。
本作がいまだに一部で酷評され続けながらも、動画配信の視聴数もすこぶる好調で、テレビ放映も頻繁に行われて高視聴率をマークするのは、一重に彼の存在のお陰だ。
てゆーか、よもやクローンの俺がさらにクローンを雇うとは思いもしなかったぜ…。
この映画は他にも原作や史実との乖離がやたらと多く…そもそも、これほど大規模な戦闘は発生しなかった。
実際には、司令部からの連絡が手違いで届かなかった一部の敵部隊が島に上陸したものの、俺達との圧倒的な戦力差を目の当たりにして戦意喪失し、早々と白旗を掲げたため、死者は一人も出なかった。
さらには米国内での戦闘行為ももちろん大嘘で、大統領も死んではいないし『白いお家』もいまだ健在。
ただし事後に親子共々拘束され、職を追われたのは事実で、社会的に死んだことには相違ない。
この辺りは別の機会に説明されるだろうが…
これら一連の不可能な出来事は、とどのつまりは波音総理に二代に渡って煮え湯を呑まされ続けた大統領一家の私怨からなる独断的暴走だったのだ。
かくして現役大統領の失脚後、後継を巡って様々な疑惑や不満が噴出した米国は、もはや『世界警察』を自負するどころの騒ぎではなくなり、かつての超大国の権威は地に堕ちた。
文字通りの無政府状態となった挙句、数百年ぶりに南北に分断されての小競り合いが後を絶たない彼の国は、近々大規模戦争へと発展するのでは…と危惧されている。
話は前後するが、この作品の監督もそんな自国を見捨てて近隣諸国へと亡命した一人であり、今回の原作を一読するなりすっかり惚れ込み、すぐさま映画化権を取得したのだという。
そんな彼の恨み辛みがてんこ盛りな本作は、ハリウッド的フィクションのみならず、彼の十八番である息をも着かせぬスピーディーな展開と、目を覆わんばかりに過剰で残虐なバイオレンスシーンに溢れ返っている。
もはや原作通りなのはタイトルだけ、とも揶揄される問題作を世に送り出した迷監督として方々で叩かれまくった彼だったが…
ケレン味たっぷりなその内容が彼の従来のファンにはバカ受けで、噂を聞いて視聴するなりカルトな魅力にズッポリぬっぷりハマってしまった新規ファンをも獲得し、今では押しも押されぬ大監督へと登り詰めた。
何よりセールス的には公開直後から連日超満員の大成功を収めたため、世紀の大失敗作と冠されつつもメガヒット超大作として知らない者はいないほどの定番タイトルに。
監督自身にも次々とオファーが舞い込み、今でも連日意欲的に創作活動を続けているらしい。
つくづく世の中というものは意味不明で理解不能だが…
それでも、この哀しくも美しいラストシーンだけは何度見てもジワリと来てしまって、放送がある度についついチャンネルを合わせてしまう。
…当事者であるにもかかわらず。
「てか、へぼみまだ死んでないし。
現場にも墓なんて無いでしょ?」
いや、それは解ってんだけどな。
稼働休止したアイツのパーツを、あれからも周辺海域を捜索して集められるだけ集めて、全て真木名博士に預けてあるが…
あれから数年を経た今になっても、彼や…
彼と結婚間近らしいていち、そして改めて彼の実妹という扱いになったあゆかからも、いまだに芳しい一報は無い。
「ホントに直す気あんのか、あの人…?」
「だから、そんなに気になるなら直に訊いて来たらって、いつも言ってるじゃんよ?」
「それが出来たら苦労しねーよ。けど今は…コレだしなぁ」
博士への恨み言をぼやいた俺をたしなめるななみに、現状の『身体』を見せつけて溜息を返す。
色々あって、俺の身体はまたまたお子様サイズに縮んでいた。
ゴタンマから逃げ延びて、この我が家に住み着いた当時のボディよりは年齢や身長が高めだから、遠目には違和感ないかもしれんが…
こんな不自然に若返っちまっちゃっちゃ〜当分ご近所はうろつけまい。
「そんなん今さら誰も気にしないって。波音総理のあの『発表』以来、パンドラの箱が開きっぱなしになっちゃってるしね」
それはそうなんだが、自分事となるとなかなかそこまでは開き直れねーよ。
…ななみのようにはな。
「あたしより若作りなお兄ちゃんも、これはこれで♩」
うるせーよ気にしてんのに。
そういうななみの方は、この短期間で驚くほど成長が進んで、あっという間に立派なレデェに様変わりしちまった。
この子が生まれたばかりの頃は、本当に子供が子供を産んだって散々笑い転げてたのに…
今じゃおぱーいもへぼみ並みにぽよんぽよんだ。
「…へぼみには悪いけど、あたしとしてはもうしばらく静かに眠っててくれた方が安心できるんだけどな〜。
この子のためにもネ〜♩」
と、自慢の風船おぱいに抱いた我が子を愛おしげに撫でるななみ。
再び健やかな眠りについたその子の頭には…ひょっこり突き出たカワイイ猫耳がワンセット。
もちろんコスプレグッズ等ではなく、紛うことなきホンモノだ。
はてさて、これは一体全体どーしたことか?
話せば長いことながら…
…とゆーところで丁度紙面が尽きたし、本当に長話になりそうなので、次回に続く☆
【第十八話 END】
長々と引っ張ってきたこのお話も、やっとこさっとこ終わりが見えました。
てな訳で次回、いよいよ最終回!…予定です。
いやはや、我ながらこんなオチになるとは予想だにできませんでしたね。
連載開始時に書いた気がしますが、この作品は遥か昔に別所で発表していたお話のリニューアル版でして。
途中までの展開はほとんど同じなので、執筆は非常にラクチンでした(笑)。
…が。前作『はのん』との関連性が密接になってきてからは、かなり濃ゆ〜い展開になりまして。
たとえば秘密結社ゴタンマは、元々「なんか知らんけど悪そーな事やってるトコ」程度のボヤ〜ッとした設定でしかありませんでした。
それが波音総理の登場により、ちゃんと意味のあるコトをやってる最先端組織へと様変わり(笑)。
それが良い事であれ悪い事であれ、最初はなかなか大衆には理解されないものでしょうから、巷のあらゆる組織は皆ゴタンマみたいな側面を持つかもしれませんね。
まだ本編を読んでない人にはネタバレになるので多くは語れませんが、今回までに生じたアレやコレやな疑問は、次回でキッチリ回収予定です。
今回もラストでスゴイことになっとりますし、次回は世界的にもさらに色々と驚く展開があるかもしれませんが…
それこそが作者である自分の思い描く、理想の未来像なのかもしれず。
皆さんの理想とは必ずしも一致しないかもしれませんけどね…。
なお今回はやたらと米国バッシングが目立ちますが…何かと微妙なこの御時世、ちょっとやそっとじゃ揺るがなそーな国をやり玉にあげただけで他意はありません(笑)。




