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復活炉理。

【前回のあらすじ】

 無事ゴタンマから逃げ延びた若様、キャット、御庭番コンビの四人は、仮想家族『七尾家』としての生活をスタートさせる。

 特にキャットことななみの学習能力は目覚ましく、短期間で若様ことななおと遜色なく会話ができるほどになり、兄妹で通い始めた小学校でもその純真無垢な愛らしさからアイドル的な地位を確立するに至る。

 一方、ニャオスリーやしろがねの助力で見事ゴタンマの首領に就任したやまぶきは、さっそく様々な組織改革に取り掛かる。

 そんな最中にしろがねの正体がHWMであることを知るが、マスターである副首領の命令に背いてまで自分を支えてくれていた彼女に心を許し、無二の大親友になる。

 そしていよいよ大変革の一環として出版部門を設立したやまぶきは、コミック誌『月刊ゴタンマ』を創刊し、ななおの投稿に期待するのだった…。





 朝。教室に入ると、クラスメイトが見覚えのない漫画雑誌を読んでいた。


「…委員長。なに、その本?」


「!? な、七尾くん…!」


 クラス委員長…名前は憶えてない…は三つ編みを逆立てて大袈裟に驚いてみせた。


「わ、私のじゃないから! 男子が学校に私物を持ち込んでたから没収して、その…エ、エッチなモノじゃないか確認してただけっ!」


 いや誰もそんなコト訊いてなくて。


「オ、オレも表紙の子が気に入ったから買ってみただけなんだよぉ!? まだろくに中身も見てないのに、委員長がぁ…!」


 半べそ掻いて雑誌を見つめてるのは、まだあまり話したことがなかった男子。こっちも名前は知らないけど、気が弱そうな子だ。

 他に登校してきたクラスメイト達は一様に「あ〜ぁ」という顔でこっちを見てる。僕も同感だな。よりにもよって委員長に見つかってしまうなんて、運のない奴だ。

 その彼が言う通り、表紙に載ってるヒロインはあざとカワイイ系の見たこともないキャラ…だけど、その絵柄には見覚えがあった。

 あと、キャラ自体にもなんとなく。


「この作者って…ジャポン以外じゃ描いてないんじゃなかったっけ? いつもページの柱にそう書いてあるし」


「へ、へぇ…七尾くん、漫画詳しいの?」


 気弱男子が恐々訊いてくる。見た目はそこそこカッコイイから、もっと堂々としてればモテそうなのに。


「詳しいってゆーか…あ、そーいえば昔よく読んでた気がするなぁ?

 ここに通うようになってからは、ななみの相手で忙しくって、すっかり忘れてたけど」


「ふ〜ん? ななみちゃん、家でもあんな感じなんだ…」


 ポッと頬を赤らめる男子を見て、彼がなんでこの雑誌を手に取ったのか解ったような気がした。

 ヒロインがなんとな〜くななみに似てるから買っただけで、雑誌自体に興味はそんなに無いらしい。


「ソレ、その作者の新作みたいだよ。

 オレ、ジャポンだけは毎週読んでるけど、前作けっこー人気あったはずなのに、少し前にいきなり連載終了したんだよ。テレビアニメ化間違いなしって話もあったのにさ。

 おかしいな〜って思ってたら…こっちの本に引き抜かれてたんだな」


 ふ〜ん…人気作家になると色々大変なんだな?

 後で知った話では、担当編集やスタッフごとそっくり移籍したらしい。同時期に他の雑誌からも、人気作家が続々と…。


「その雑誌、シャーペンの芯を買いにコンビニ寄ったら、棚にズラーッて並んでたんだ。

 昨日まで見かけなかったから、今日発売したばっかなのかも…」


 ああ、コンビニの方が時刻的に書店より早く発売になるからか。朝っぱらから買い物することなんて滅多にないからよく知らないけど…。


「表紙の子が、なんかななみちゃんみたいにエロ可愛かったから、つい…」


 あ、言われてみれば確かにななみに少し似てる。初見なのに親しみを覚える訳だな。


「エロ可愛い!? やっぱりエッチ目的で買ってるじゃない春本くん! こんないかがわしいモノは没収! 先生に提出しますッ!!」


「ぅえぇ!? そんな殺生なぁ〜っ!」


 不用意に委員長を怒らせて雑誌を没収されかけた男子が不憫すぎて、僕は思わず「まあまあ」と二人の間に割って入った。

 そして委員長の手から雑誌を奪い取って、


「委員長子さん、本だってタダじゃないんだし、没収は可哀想すぎるだろ? たかが漫画でそんなに目くじら立てなくたって…」


「え゛…もしかしてソレ私の名前だって思ってる!? 私は仙石さより…」


 いやさすがに間違えてないけど、さほど親しくもない女子の名前なんて興味ないだけ。

 けど漫画にはそれなりに…と、雑誌をパラパラめくってみた…ところが丁度そのページだったんだ。


《月刊ゴタンマ漫画大賞開催!!

 プロアマ問わず幅広い層の応募をお待ちしてます。

 優秀作は即掲載! 有望作家は即連載!!》


 ソレを見た瞬間、僕の身体をビビビッ!と高圧電流のような衝撃が走り抜けた。

 そうだ…そうだった!

 僕はこのために街に出たんだった!!

 どうして今まで忘れてたんだろう…?

 でも思い出してしまったからには、もう、こうしちゃいられないッ!!


「キミッ、悪いけどこの本、借りるよっ!?

 委員長ッ、僕、今日サボリでいいやっ!!」


「え゛っちょっ…オレのななみタンがぁ!?」


「コ、コラッ!? サボリはダメでしょサボリはっ!!」


 抗議の悲鳴を上げる二人の声は、もう僕の耳には届かなかった。

 雑誌を抱えたまま踵を返した僕は、そのまま教室から飛び出した。

 まずは漫画を描くための準備を整えなきゃ…

 近所の画材店なら早朝から開いてたはず!

 そこで道具一式揃えて…


「びえ〜〜んお兄ちゃあ〜〜〜〜んっ!!」


 泣き喚く妹を助けて…ってちょい待ち。

 朝っぱらから廊下でななみに泣き付かれた。

 そしてその背後から、


「待てやぁこんクソガキがぁーっ!!」


 鬼の形相で追っかけてくるのは…確か、ななみのクラス担任だな。女だてらに学校イチ厳しいと評判の先生さきおいセンセだ。

 娘さんが地元で有名なバレーボール選手とかって母さんが言ってたから、僕にしては珍しく名前を憶えてた。


「いっつもいっつも宿題忘れる度に逃げ出しやがって、今日とゆー今日は逃がさんぞぉーっ!」


 あ゛ー…そりゃ全面的にななみが悪いわ。

 にしても、息も絶え絶えとはいえコイツの逃げ足に食らいついてくるなんて、さすがだなぁ…。


「…ななみ、宿題は?」


「やってない…」


 だろーな。ウチでも僕が自分の宿題片付けてるのを邪魔して纏わりついてばかりで、机に向かってるところなんて一度も見たこと無いもんな。


「すんませんセンセ、今度からやらせますんで、今日のところは…」


「お兄ちゃん…♩」


「お引き渡し致します。」


 僕はななみの首根っこを摘んで担任に差し出した。


「おっ、なかなか話の解る兄ちゃんだな♩」


「お゛兄ちゃん!?」


「悪いけどそれどころじゃないんだ。てゆーかだいたいお前が悪いのに、いつも甘やかされてばかりだしな。一度こっぴどく叱られてみろ」


「お優しいお兄様のお許しがお出たぞ〜? さあ来いおクソおガキ様ーッ!?」


「そ、そんなぁあ〜〜〜〜っ!?

 てか先生『お』が多すぎなーーいっ!?」


 この世の終わりみたいな顔をしたななみは、いまだ救いを求める目に涙をちょちょ切らせながら廊下の向こうに引きずられていった…。


 …おっと、余計なことに気を取られてしまったけど、本当にそれどころじゃなかった!

 そうだ、僕は一刻もはやく漫画家にならなきゃいけないんだ!

 それがあの子との約束だから!!


「……あの子…って…誰だっけ?」


 必死に思い出そうとしたけど…思い出せなかった。

 それだけじゃない。僕には…この街にやってきて、あの家に住み始めてからの記憶しかないことに、最近気づいた。

 お父さんやお母さん、ななみと一緒に、なんだか悪そうなヤツから逃げてきたところまでは憶えてるんだけど…それより前の思い出が、急に白いモヤに覆われたようになってて…。

 誰かに訊こうにも、気軽に話して良いコトじゃない気がするし…。


「けど…約束は約束だ!」


 どーでもいいことを考えるのは、その後でいい。

 たぶん…約束を叶えれば、向こうから会いに来てくれると思うし。


「よぉーし…描くぞぉ!!」


 一抹の不安を振り切って、僕は学校の外へと飛び出した。


 …もちろん、この後兄妹揃ってメチャメチャお母さんに叱られたことは言うまでもない。





 夜の帳が重さを増して、眼下に見える街の灯りが次第に消え始めた頃…


「…おはよーございまーす」


 半ば通い慣れた編集部の扉をそっとこじ開け、大昔のドッキリ番組リポーターのような慎重さで室内へと踏み込めば…

 予想通り、疲れ果てた編集者達の死屍累々な様相だった。

 そんなゾンビハウス内におっかなびっくり歩を進めて、最奥の机に近づけば…


「…ったくどいつもこいつも根性ねーなぁ。それでも地獄の週刊連載を乗り越えてきた猛者どもかよ?

 しかもウチは月刊だぞ。なのになんで締切内に仕上がった奴が半分にも満たねーんだよ…クソがぁッ!」


 窓辺に降り注ぐ満天の星をバックに、机上にあぐらを掻いてスタミナドリンクをグビグビ呑み干す編集長の姿があった。

 机の周辺には夥しい本数の空瓶が転がって…ってコレ、本当にスタミナドリンクだよね? ヘベレケ成分とかヤバヤバ成分は入ってないヤツだよね?

 出版業界には得てしてこんな夜型人間ばかりが揃ってて、お仕事はむしろ一般大衆が寝静まったこれからが本番だとか。

 なので私の挨拶も業界のしきたりに合わせてみたんだけど…。

 あとふぶきちゃん…パンツ丸見えだから。

 レースの紐パンだから…具も。


「事情はだいたい察しました。早急になんらかの対策を図らせて頂きます」


「あらぁ金ちゃん、おっはよーん♩

 …せいぜい無事に漫画が描ける程度の『対策』に留めておいてね」


 冷や汗混じりに釘を刺すふぶきちゃん。

 …創刊号の表紙を飾った作家さんは、アニメ化決定した途端に調子に乗って夜な夜なキャバクラ通いを始めちゃったからなぁ。

 案の定、カネ目当てのサイテー女に引っかかって「子供が出来たから責任取って♩」って脅されてたから、実際に彼女のお腹を裂いて『中に誰もいませんよ』が確認できる状態にして、無実を証明してあげたのに…

 作家さん、何でか半狂乱になって精神病院に入院しちゃった。連載は当然中断。

 幸いアニメ1クール分のシナリオは既に出来上がってたから無事放映には漕ぎ着けられそうだけど…アレはもうダメね。

 また新しい金のガチョウを探して来ないと。お話の教訓同様、お腹を裂いても金は入ってないから、大切に扱わなきゃいけないし…。

 出版事業もいざ始めてみると、何かと大変だわね。


「それはさておき…漫画大賞の募集具合はどうなってますか?」


「お陰様で順調よン。大賞受賞は即連載な上に、副賞三百万円ってのが効いてるわね。

 こんだけ豪華な賞はどこ探したってあり得ないわよン。てか私も現役だったら絶対応募してた」


「例の『肩代り』とは別に、それに見合うだけのお給料をちゃんと差し上げてるんだから我慢してください」


 いつもそれを言うと、ふぶきちゃんは途端にしおらしくなる。

 まあ彼女ほど有能な人材は他にはいないから、他に流出させないための防護柵と考えれば安いものだけど。


「…あっ、それでね? なかなか面白い応募者を見つけたのヨン。ほら、この子♩」


 と、ふぶきちゃんが机上にあった茶封筒を手渡してくれた。

 その中身を一目見ただけで…


「…ッ!?」


 私は息が止まった。

 代わりに胸の鼓動が早鐘のように高鳴る。

 忘れもしない、この特徴的な絵柄…

 そして決定的な、このペンネーム…!


「…『若様』…!?」


 それは紛れもなく彼の作品に相違なかった。

 年齢的に、彼の応募はもっと先だと思っていたのに…こんなにも早く…!

 しかも、この作品内容は…一言で表せばラブコメだけど、そのタイトルが…


『約束の君へ』


 記憶を失くした主人公が、再びヒロインの元に還るために七転八倒する物語。

 そのヒロインは…まるで私に瓜二つで…!


「もしかして…洗脳が解けてる…?」


 ううん、そんな訳ない。あの時、特に私に関する記憶は徹底的に消去したはず。

 それなのに…。


「…若様…!」


 思わず涙が溢れ出すところだった。


「…気に入った?」


「うん…とっても素敵な絵ね」


 ふぶきちゃんが私の様子をじっと見てたことに気づいて、慌てて涙を拭った。


「でしょでしょ〜? あたしも一発で気に入ったのヨン♩

 したらその作者、それでまだ小学生の男の子だってのよ!? あたしの現役時代とは、もぉ全然常識が違うのねぇ…嫌んなっちゃう」


 ううん、この作者さんが非常識な存在なだけ。


「それで…コレを受賞候補に…?」


「うん、あたしもコレイイ!って、早速ノミネートさせてみたんだけど…意外とキビシイ意見が多くてねぇ…」


 編集長の渋り顔に、私は目の前が真っ黒になった。


「そんな…だって、こんなに上手なのに…!」


「問題はまさにソレね。

 絵的な才能は確かに天才的だけど、もうすっかり完成されてて、これ以上の伸びしろは期待できないって意見が多くて…。

 年齢詐称を疑う声もあったわねン」


 実際には概ね正解なだけに反論できない。


「審査員の先生方からも『お話が小さく纏まりすぎてて発展性が無い』とか『どこかで見たような展開ばかりで意外性に欠ける』って声が多かったかなン。

 あたし自身もアマチュア止まりだったから、それ以上エラソーなことは言えなくなっちゃって…ごめんネ…」


 解ってる。ふぶきちゃんに一切非が無いことは。

 そして、そんな評価に至ってしまう原因も私は既に知っていた。

 若様はかつて、あの施設内から十年以上も一歩も外に出ることなく、漫画から得た知識だけで自身の腕を磨き続けていた。

 つまりは究極の引きこもりで、圧倒的な経験不足なんだ…!


「すったもんだの挙句、今回は『編集長特別賞』って形でお茶を濁して、若様先生の次回作にご期待くださいってコトになったわン。

 でもあたし個人としては、彼の実力や情熱はホンモノだと思うから、今後もフォローを続けるつもり♩」


 それを聞いて安心した。ふぶきちゃんみたくちゃんと評価してくれる人だっているんだし、若様がこれから念願の実社会で経験を積んでいけば、いずれ陽の目を見るときが必ず訪れるだろう。だから…


「あの…この原稿、私が貰っても…?」


「そんなに気に入っちゃったなら、どーぞ♩

 一応コピーは取ってあるし、応募原稿は返却しないって募集要項に明記してあるしねン」


 とゆー訳で若様の処女作は私の手に渡った。

 残念ながらデビューには至らなかったけど…一生の家宝にしますっ☆

 …処女作でナマ原稿…ぢゅるるっ♩


「…金ちゃん、よだれヨダレ」


 ぅおっとイケネェ、つい興奮したまったぜハァハァ♩


「…薄々判ってたし、もう疑い様もないけど…金ちゃんてカワイイのにド変態よねン」


 あ〜も〜何も聞こえませんっ♩





「…ぉ…落ちたァーーーーッ!!」


 リビングで月刊ゴタンマを広げて大賞発表のページを見るなり、僕は大いに絶望した。

 その様子を父さん母さんにななみ…家族全員が固唾を飲んで見守っていた。

 僕は一人でコッソリ投稿したりなんかせず、大賞に応募したことは堂々と告知してたし、僕が漫画を描いてることは何故だか家族全員が知っていた。

 まあ最初からいきなり大賞受賞なんてうまくはいかないだろうけど、自分の腕にはそこそこ自信あったから、佳作ぐらいには引っかかってるだろうと思ってたのに…。


「残念。また頑張る。」


 ってお母さんは気楽に言ってくれるけど…漫画ってのは魂の分身なんだよ?

 自分自身をすり減らして描いたモノがダメだったら、ハイ次って…そう簡単には割り切れないよ。


「…ん? おい、ちゃんと受かってるじゃないか!」


 父さんが指差す箇所を見ると…あ、ホントだ!?

 でもコマがなんかスゴイ小さいけど…『編集長特別賞』?

 扱い的には努力賞や奨励賞よりも下か…ハァ…。


《この年齢でこの実力には恐れ入りました! 諸々の事情で大賞には至らなかったものの、継続は力なり! 頑張ってネン☆》


 恐れ入ったのになんで落選なの?

 たしか編集長って、同人界では知らない者はいないって女だよな…?

 所詮はアマチュアな奴に励まされてもなぁ。

 漫画家ってのはプロになってからが勝負なんだぞ? でもこの体たらくじゃあ勝負以前の問題じゃん。

「諦めたらそこで試合終了ですよ?」って、そもそも試合すら開催されてないパターンじゃん!

 …悔しいなぁ…チキショー…。


「お兄ちゃん…コレ何て書いてあるの?」


 僕の落ち込みぶりを見たななみが、遠慮がちにその隣のコマを指差した。妹はまだあまり難しい漢字は読めないからな。


「えーっと?…『首領様のお気に入りで賞』?

 なんだこりゃ?」


 他の漫画賞じゃ、こんな妙チクリンな賞は聞いたことないぞ?

 しかも対象はまた僕の漫画じゃん。二つも受賞してて、なんで大賞じゃないのかますますワケわからん!

 なんでか『首領』って聞いた途端に父さん母さんの顔が引き攣った気がするし。


《華麗な絵柄や独創的なお話、そしてペンネーム…何もかもがステキです! これからもどんどん投稿してください、若様♩》


 …いやそもそも首領って誰よ?

 しかも作品以上にペンネームを褒められてる気がするけど、なんじゃいそら!?

 投稿直前になんとな〜く思い浮かんだ名前をそのまんま付けただけなんだけど。

 なんてゆーか、こう…かつて何処かで誰かにそう呼ばれていたよーな気がして…。


「ムゥ…やまぶき、まだお兄ちゃん諦めてなかった。お兄ちゃんはななみと繁殖するんだモン…!」


「は? やま…何だって?」


 隣で何やらブツクサ言ってたななみを問いただそうとした僕を遮って、


「ななみ、お前…記憶消されてなかったのか…!?」


 愕然とした父さんが先にななみを問い詰め始めた。

 それを今度は母さんが横から割り込んで、


「とゆーより、ななみは何の操作もされてない。百パーセントピュア。

 自力でここまで変わった…ななおのために。

 ななみ、旦那様、ちょっとこっち来る。

 ななおは来ちゃダメ」


 がーん。僕だけ仲間はずれ…。

 言われなくても今、落ち込んでてそれどころじゃないから別にいいけどさ…フンッ。

 三人はリビングの向こうで何やら熱心に話し合っている。

 何だか知らないけど…もしかしたら気を利かせて、僕を独りにしてくれたんだろうか。


「…………」


 改めてもう一度、僕の作品の評価を吟味する。

 編集長のコメント…「継続は力なり」って、言い換えれば「まだまだこれから」ってコトだよな? わざわざ特別賞をこさえてまで応援してくれてる訳だし。

 それに…首領って誰だか知んないけど、エコ贔屓にも程があるほどベタ褒めだし…僕の漫画をそこまで気に入ってくれたってことか。

 他の受賞作には審査員のコメントはあるけど、ここまで熱烈なファンの声は当然まだない。

 つまり、僕の漫画は…雑誌掲載前にして、確実に誰かの心を掴んだんだよな?

 そう考えれば…正直、嬉しい。


 …気を取り直した僕は、やっと僕以外の受賞作にも目を配ってみた。

 今回の大賞受賞者は有名プロ作家で、ここ最近はヒット作に恵まれなかった人。心機一転を計っての新作が満場一致の評価を得ての堂々たる受賞だった。

 大ゴマに抜き出されてるクライマックスシーンの作画はさすがの出来映えで、このまま雑誌に連載されてても何の違和感もないし、ついつい目が引きつけられるほどの魅力と迫力がみなぎってる。

 次点の副賞受賞者はアマチュアだけど、物語の斬新さと巧みな語り口が評価されて今後の連載が決定していた。安定した美麗な絵柄もすでにプロの域に達してて、地道な努力の跡が偲ばれる。


 そんな彼らに比べれば…僕は確かに、井の中の蛙だった。

 絵柄にもまだまだ改善の余地はあるし、お話も思いつきそのまんまなやっつけ感が否めず、スケールや広がりは徹底的に足りてなかった気がする。

 …そうだな…もう少し、頑張ってみるか…!





「ってまた落ちたあぁぁっ!! こんだけ頑張ってんのに、なしてぢゃあーーいっ!?」


 お兄ちゃんがまた慟哭してる。

 なんか怖くて近寄づけない。

 あたしはそばに転がってた漫画本を読むフリをしながら、お兄ちゃんの様子を盗み見てた。


 あれからもう何年もゴタンマの大賞に応募し続けてるけど…良くて努力賞止まりで、一度もそれ以上の賞に輝いたことは無かった。

 この際、別の雑誌に応募するなり持ち込むなり…ってことも考えはしたらしい。たぶんそっちの方が可能性は高そうな気がするし。

 でもお兄ちゃんにだって意地があるだろうし…妹のあたしから見ても、彼の作風にはゴタンマって雑誌が一番合ってる気がした。

 第一、他のどの雑誌を見ても即連載なんて好条件な賞はなかなか無いし、有ったとしてもすぐ廃刊しそうなツマンナイ雑誌だったりで…。


 …あぁ、この頃のあたしは漫画にはまだそれほど思い入れは無かったけど、お兄ちゃんが全然遊んでくれなくなったから暇つぶしによく読んでた。何もしなくても、お兄ちゃんが読み散らかした本が辺りに散乱してたし。

 なので自然に詳しくなったし、それが後々の糧になったのかもしれないけど。

 難しい言葉遣いもほとんど漫画で憶えた。

 大昔のオトナは「漫画ばかり見てるとバカになる」って子供を叱ったらしいけど、それは親のあなた達がお粗末な脳みその持ち主だからじゃござーませんこと?(←既に毒舌)


 閑話休題。

 応募する度に、相変わらず首領サマがお兄ちゃんの作品を手放しで褒めてくれた。さすがに賞まで貰えたのは初回だけで、次回からは特別審査員という形になってたけど。

 その期待を裏切るような真似はできなくてゴタンマにこだわり続けたんじゃないかな?

 ホンット、やまぶきってしつっこい…!

 あの子の方があたしよりずっと長くお兄ちゃんのそばにいたし、悲しい別れになってしまったことには同情するけど…

 でもでもっ、今はななみのお兄ちゃんなんだもんっ!

 …てことをあのとき思わず口走ってしまったら、あたしの記憶もお兄ちゃんみたく改ざんされてるものだと思い込んでたお父さんとお母さんは大慌てだった。

 あの時のやまぶきはたぶん、お兄ちゃんの精神操作だけで手一杯だったろうし…あたしがこんな短期間に社会生活に馴染むとは思わなかったから、洗脳の必要性を感じなかったんだろう。


 だけどあたしは、もう昔の思い出はみんなの前では言わないことにした。

 お父さんは「ななおがアレを思い出すには、まだ早いしキツイだろう」って言ってたし…

 お母さんには「ななお、記憶戻ったら、今すぐやまぶき迎えに行く…はず」って脅されちゃったから。

 お兄ちゃんがまたどっか行っちゃうのは嫌だもん。

 あたしはまだ、お兄ちゃんの妹でいたいし…

 みんなと家族で居続けたいから。


 とか思ってたら…

 お兄ちゃんが中学に上がって携帯電話を買ってもらってから、いつの間にか編集長の桜ふぶきと連絡を取り合ってて、直々に作品を添削してくれるようになったらしい。

 お兄ちゃんには時々そーゆー、どこでどうやって繋がったのか判らない意外な知り合いがいたりするから油断できない。

 そうやって一人だけでどんどん外の世界に踏み出して…いつしか勝手に他の場所に行っちゃう気がして…。

 あたしとは年齢が一才しか違わないのに、たったそれだけの差で物凄い勢いで遠ざかってく気がして…ズルいよ。


 てゆーか、編集長なんてメチャクチャ忙しい立場だろうに、なんでろくに受賞経験もない一投稿者のために、わざわざ自ら指導してくれるんだろう?

 まさか…お兄ちゃんがカッコイイから、狙ってるとか!?

 編集長ったって所詮はメスだし、そーゆー下心が無いとは言い切れないじゃない!?

 お兄ちゃんとはだいぶん年齢が離れてると思うけど、あの手の業界にはそんな趣味の人が多いってゆーし…っ。

 あ゛〜っ、どいつもこいつも信用できないっ!!


 今のところお兄ちゃんは、女の子なんてどーでも良くって、漫画にしか興味ないみたいだけど…だからこそ。

 あたしからお兄ちゃんを奪った漫画が憎い。

 でも…確かに漫画は結果面白いから、お兄ちゃんがハマるのも解らなくはない。

 このままじゃ、お兄ちゃんは…あたしじゃなくて、漫画と繁殖しちゃう!(←?)

 ううっ、一体どーしたら…


《私がアンタと友達やってあげてるのは…

 アンタが大っ嫌いだからよッ!!》


 物想いに耽りながら漫画をパラパラめくってたら、よりにもよって一番ドギツいシーンで指が止まってしまっていた。

 作品自体はいわゆる魔女っ子モノで、大勢の魔法少女が活躍する最近流行りの大ヒット作。

 キャラの愛らしさと間口の広さで老若男女問わず幅広い読者層に受け入れられたけど、話数を重ねる毎にどんどん闇落ちしていく鬱展開が密かな人気の秘訣。

 で、このページはいわゆる神回のクライマックス。

 ヒロインのライバルにして大親友な美少女キャラが、ヒロインはおろか読者さんにも絶対見せちゃイケナイおぞましい裏の顔を覗かせる大問題シーンで、漫画ファンなクラスメイトの間でも『美少女キャラ崩壊しすぎてむしろ神!』とかって話題になってた。

 たしかアニメ化もされて、声優さんの気合い入りすぎな演技に泣き出すお子様続出で、放送局に抗議が殺到したとか…。

 …なるほど…これは使えるかも?

 この腹黒キャラがヒロインに近づいたのは、長年恋焦がれた幼馴染みをヒロインから奪い返すためという、よくある理由からだった。

 あたしも、この腹黒キャラになろう。

 あたしがメチャクチャ面白い漫画を描けば、お兄ちゃんだってあたしを放っとけなくなるはず…!


「んと…紙と…なんか描くモノ…あった!」


 部屋に転がってたチラシの裏とサインペンを使って、今まで読んでた漫画の絵を真似て適当に描いてみた。

 …我ながら驚くほどそっくりに描けた。スゴイ!

 って、そっくりすぎると色々怒られそうだから、少しずつ絵柄を変える練習もしないと…。

 これは後から知ったことだけど、あたしは形状認識力と空間把握力に優れているらしい。

 敵と闘うためには相手の身体構造を素早く見抜いて、何処からどう狙うか計算しなきゃならないからね。それを応用すればいいだけ。

 つまり、見た物の形状を一目で理解してどの方向からでも描ける上に、画面上のどこにどう配置すれば最も効果的かが本能的に判るワケ。

 思うに、絵が苦手って人は技術的に上手い下手以前にこうした能力が未熟だから、真正面から見たように平面的で、すべてのパーツが一直線上に並んだような稚拙なモノしか描けないんだろうな。

 そんな絵描きに必須な才能が、あたしには最初から全部備わってたんだ。

 よし、これを巧く使えば…!


 その日からあたしは独学で漫画を描き始めた。

 お兄ちゃんみたく漫画が好きだから、じゃなく…

 むしろ、漫画なんて大っ嫌いだけど…!

 お兄ちゃんよりも面白いモノを描いてみせて彼の夢を奪い、再びあたしに振り向かせるために…!





 気づけば中学生最初の学年も来月で終わり…ハァ。

 来年からはななみも中学に入ってくるから、また賑やかになるんだろうけど…ヒィ。

 最近はうちでもあまりくっついてこなくなったから楽でいいけど、ちょっと寂しいかな…フゥ。

 んなことより…今年度もまたプロデビュー出来なかったなぁ…ヘェ。

 編集長に直接指導されてまでコレじゃあ…もう望み薄かなぁ…ホォ。


「おはよ、七尾クン。その…ななみちゃんの調子はどぉ?」


 朝っぱらから教室で黄昏れてた俺に、一人の男子生徒が挨拶を交わしてきた。最近よく話しかけてくる…春本だっけ?

 どうやら俺とは小学校時代からの同級生だったらしい。えらく控えめな奴で印象薄いから、よく憶えてねーけど。

 ちなみに自分の一人称は意識して『僕』から『俺』に変えた。俺の顔を見た編集長が、せっかくカッコイイんだからそっちの方が似合ってるっていうから…。

 彼女とはスマホ越しに最近よーやく互いの素顔を見合わせたけど、あんなに美人なお姉さんだったとわ…デヘヘ♩


「…っと、ななみか? 相変わらず元気でやってるよ。うちじゃ最近なんかやってるみたいで、前ほど纏わり付いてこなくなったけどな」


「えっ…毎日あんなにベッタリだったのに?」


 マジ心配そうな顔で訊き返す春本。コイツはどうやらななみ目当てで俺に近寄ってきたらしい。学校が違ってもさすがの人気だな。


「来年から俺達と同じ中学生だし、そろそろ落ち着きが出てきたんじゃねーか?

 あれでなかなか人気者だし友達も多いらしいから、心配はしてねーよ」


 という俺の答えに安心したように胸を撫で下ろす春本の顔を見て、俺は…


「フム…お前、モテそうだな?」


 どっかで見たと思ったら、顔立ちが最近流行りのラブコメ漫画のイケメン主人公に似てるんだな。

 だが、しかし…


「えっ!? ううんダメダメ、僕なんて全然っ!」


 …だろうな。大人しくて控えめすぎる性格が災いして目立たないしな、コイツ。

 けど、こうすれば…


「わわっ、何すんのさっ!?」


 いきなり頭をワシャワシャやられて、慌てて飛び退く春本に、


「おっ、やっぱりな…そっちの方がずっとマシだと思うぜ?」


 いかにもお坊ちゃま然として、前髪長すぎで隠れがちだった顔が…先ほどの漫画キャラ同様な無造作ヘアのおかげでワイルドさを増して、二枚目な素顔もよく見えるようになった。


「おはよー…って、誰あのイケメン!?」「もしかして…ウソっ、春本クン!?」


 登校してきたばかりの女生徒グループが、奴を見るなりさっそく騒ぎ出した。


「ほらな。お前はやればデキる子だ。

 その調子でななみが入学するまでに自分を磨いとけ」


 そうすれば、ここへ来たななみも奴に気を取られて、今までみたく俺にくっつけなくなるしな。


「…ありがとう、七尾クン…な、ななお!

 僕…オ、オレのことも、これからは『はるき』と呼んでよ…くれてイイ、ぜ!?」


 をっ、いきなり馴れ馴れしくなったな。もしかして苗字じゃなくて名前呼びか? どっちがどっちか聞いてる分には判らねーけど。

 けど、今までのむず痒い喋り方よりはずっと気楽だし…ま、いっか?


「…おはよう、二人とも。」


 おっと、また別の女子が近づいてきた。

 三つ編みの眼鏡っ子…ってアレ、どっかで見たよーな気が…?


「おはよう、委員長!」


「…春本…クン? 髪型変えるのは自由だけど、あまり派手なのは校則違反だからね?」


 いつもとは違う彼に面食らった様子の女子は、若干ドギマギしつつもしっかり釘を刺す。


「どうよコイツ? けっこーカッコ良くなったと思わねーか?」


 と俺が尋ねるも、女子ははるきをチラリと一瞥するなりフンッと鼻を鳴らして、


「カッコ良かろうと悪かろうとエッチな人は大っ嫌い。」


「ぐぉあっはぁーーーーっ!?」


 一刀両断されたはるきが断末魔の悲鳴とともに宙を舞う。


「…訊いた相手が悪かったな。安心しろはるき、コレはかな〜り特殊な事例だ。

 んで、えーっと…委員長?サマが、朝から何の用だ?」


 という俺に二人は顔を見合わせて、


「え゛…もしかしてななお、憶えてないの!?

 仙石さんは小学校の時からずっと委員長だったじゃないか!?」


「しかも私達、あれから小中通してずぅーっと同じクラスだったし、中学入ってもう一年近く経つんだけど…?」


 慌てた春本…ハルキと委員長本人にツッコまれて、おぼろげながらやっと思い出す。

 そして彼女の顔を指差して、


「…そんな悪かったっけ?」


「んなぁ!? わ、私は顔もそんな悪くないと思うし、頭はもっと悪くないっ!!」


 ムキになって言い返してくる。割とからかい甲斐のある子だな。


「あーいや違くて…眼鏡なんて掛けてたっけ?」


「中学生になったから、イメチェンで掛けたんですっ! それももう一年近くっ!!」


「え…じゃあ目が悪い訳でもないのに掛けてんの? やっぱアホの子じゃん。

 しかも三つ編みに眼鏡てテンプレすぎね?

 単なる記号モブなんていちいち憶えてられっかよ」


「んっなぁあああ〜〜〜〜っ!?」


「な、ななお!? みんな薄々思っててもあえて口には出さなかったことを、そんなハッキリと…!?」


 いやはるきも割りかし言いたい放題だと思うぞ。


「くうっ、何たる屈辱…っ。この恨み、晴さでおくべきか…エロイムエッサイム、エロイムエッサイム…!」


「呪文なんか唱えてるヒマがあったら、とっとと仕事しろやエロ委員長。だから何の用があんだよ?」


「誰がエロ委員長よ…お゛ゔ?

 進路志望の調査票、まだ出してないのアンタ達だけだからさっさと出せってのよ…あ゛あ゛ん?」


 コッッッワ!? ちーと遊びすぎたか。


「ぼ、ぼぼ僕のはコレですハイーッ!」


 すっかり元通りの口調に戻ったはるきが、往年の放浪絵描きに元自衛官の人気女性芸人を加えたよーなビビリ方で調査票を差し出した。


「フム…高校進学→大学進学→普通のサラリーマン? ほんっとツマンナイ奴ねアンタ。」


「うわ〜んななえもぉーんっ!?」


 おーよしよし。ありゃあ確かに、ちゃんと話し合えば解ってくれそうなジャイアンよりも強敵だわ。

 世の中フツーが一番だろ? つっても俺はそんなフツーな人生は真っ平ゴメンだけどな。


「俺のは…カキカキ…コレでどーよ?」


 と、俺も用紙を手渡すと、


「机の中に入れっぱなしだったヤツに今書いたでしょ? ほんっとだらしないんだから…」


 どこぞのラブコメの幼馴染ヒロインのような目ざとさでブチブチ言いながらも委員長は渋々ひったくり…その目が見る間に般若のように吊り上がる。


「ホンットふざけてるわねアンタ。

 なんで『漫画家』一択なのよ!?」


「ふざけてねーしマジだからソレしか思いつかねーんだよ。俺はとにかく面白い漫画をどんどん世に送り出したいんだ!」


「とか息巻いてる割には、投稿始めて数年経ってもまだデビュー出来てないんでしょ?

 噂だと担当まで付いて指導を受けてるにもかかわらず…それって才能ナイんじゃないの?」


 どっぎゃあーすっ!? 人の弱みをピンポイントで攻撃しやがって…っ!


「出来ない事は出来ないって早めに見切りをつけるのも大切だし、ちょっと視野が狭すぎるんじゃない?

 要は面白い漫画を生み出せさえすればイイんでしょ?

 なら何も自分自身で描かなくても、編集者とか原作者とか、他に色々やり方はあると思うけど…」


 言われるまでもなく考えなかった訳じゃねーけど…それだとあの子との約束がだなぁ!

 …ソレがどの子かも判んねーんだった…。

 このクソ眼鏡の言うことはイチイチごもっともだから、悔しいけど言い返せない…!


「そ、そーゆーオメエ様はいったいどんなご進路をご所望なんでごぜーますか?」


 人にシノゴノ言うくらいなら、さぞかし御立派な将来設計を立ててやがんだろーぜ。


「コホンッ。私のはもう提出しちゃったけど、今後の予定はこんな感じ…」


 と、取り出したサインペンで俺の机に断りもなく直書きしやがるメガネザル。まあ机なんざ枕代わりにしかなんねーから別にいいけど。


[一流進学校→一流大学医学部→医師免許取得→実家の病院を継ぐ]


 うーわっ、本当にいるんだこんな漫画みたいな奴!?

 ま、これだけ自信満々に披露するからには叶わない事でもないんだろう。

 だが…やっぱりな。


「…オメー、それでよくはるきにツマンネとか、俺に視野が狭いとか散々言えたもんだな?」


「な、何よ…この私の完璧な人生設計に文句あるってワケ?」


 案の定膨れっ面で反論する委員長だが…その顔見りゃあ誰でも俺みたく思うだろうぜ。


「じゃあなんでそんな辛そうな顔してんだ?

 ガキのくせに無理してんじゃねーよ」


「なっ…んなっ…なんっ…!?」


 これ以上ないほど顔を真っ赤に怒らせて、委員長は眼力だけで相手を射殺せるほどの形相で俺を睨みつける。

 はるきは俺達の間でなす術なくオロオロしてるし、他のクラスメイトは「やっちまったな…とばっちりはゴメンだぜ」とばかりにそそくさと周囲から退避していく。

 だけどな…こーゆー女は意外なほど単純だから、前後不覚に陥った今こそが攻め時なんだぜ?…って漫画に書いてあった。


「第一アンタ、さっきから一度もくすりとも笑ってねーじゃん?」


「ぇえ〜ぇ誰かさんのお陰様でねっ!!」


「せっかくカワイイ顔してんのに、もったいなくね?」


「えーえーどーせ私は…………ほへっ!?」


 効果アリ。いつもツンケンしてるから、誰にもンなコト言われたコトねーだろと踏んだら、案の定かよ。どこまでもテンプレだな。

 …とか思ってたら、ヤダこの子ホントにカワイイ♩

 すっかり呆けて隙だらけの今の顔とか、毒気が抜けるとけっこーイケてんじゃね?

 思えばずっとしかめっ面しか見てなかったし、眼鏡かけてるせいで気づきにくかったし、結局いまだに笑顔は見せてくれないから尚更かもしんねーけど。


「まいっか。俺的にはそっちの顔の方が好みだぜ♩」


 ぶっちゃけ、最初はこの鬱陶しい堅物を追っ払うための方便に過ぎなかったけど…あまりにもテンプレすぎて…そして予想外に可愛かったせいで、ついつい笑いかけちまった。


「う…あう…っ」


 元々顔を真っ赤に怒らせてた委員長は、赤らめを通り越していっそチアノーゼ気味な顔のまま面白おかしい百面相を繰り返した後、


「…と、とにかくこの用紙は回収させて貰うから! どーせ書き直しだと思うけどねっ!!」


 語尾だけ聞けばツンデレっぽい捨てゼリフを残して、逃げるように教室から飛び出していった。


「おいおいどこ行くねん、もうじき朝礼だろ?

 どーせ担任来んだから、そんとき手渡せばいいじゃん。

 意外と要領悪いなアイツ?」


「たぶんそんな問題じゃないんだろーけど…

 つくづくスゴイね、ななお。マジ尊敬♩」


 何でかはるきを始めとするクラス全員の羨望の眼差しを集めてしまった俺は、その後しばらく『メガネキラー』の二つ名を欲しいままにした。





 ムッッッカつくぅ!

 メッッッチャむかつくぅ〜〜〜〜っ!!

 なんなの、あのダウナー系男子!?

 いっつもぼんやりしてるだけの割には常に誰か彼かそばにいるし、ムダにカッコイイから、こっちは内心ドキドキで話しかけてるのに…毎回毎回からかってくれちゃって!

 どっから紛れ込んでくるのか知らないけど、ちんまい新入生までまとわり付かせてるし!(注:ななみが一才下の妹であることを委員長は知らない。友達いないから確認も出来ないし)


 あまつさえ、言うに事欠いて…私のことを、カ、カカカワイイとか…!?

 そんなこと言われたのは、両親以外では初めてだ。賢いとか頭イイとか利発そうとかは散々言われてきたけど…。(←頭の良さが抜きん出てるためソレ以外の評価が乏しい頭イイ奴あるある)


 それに…私の進路希望にケチつけた人に、生まれて初めて出会った。

 私が病院の一人娘だと知る人達は、誰も彼もそれが当然だと思ってるし…

 私を引き取ってくれた両親も、口では好きなように生きてと言いつつも、半ばそれを望んでいるように見える。

 なのに、私は…彼に指摘されるまで、自分がそんな顔をしていたことにさえ気づかなかった。

 七尾ななお…彼は私を色眼鏡では見ない。

 何だかんだ言いつつも、真っ直ぐな視線で私を射抜いて…心の奥底まで見透かしてくる。

 だからだろうか…こんなにドキドキさせられるのは?

 本当に…不思議な人…。


 お陰で…中学入学を期に心機一転、掛けてみたは良いけど周りの反応が薄いから、そろそろやめよっかな〜とか思ってたこの伊達メガネ…

 いま外したらメチャメチャあの男子を意識してると思われちゃうから、外すに外せなくなっちゃったじゃない!?

 それなのに…あっちは私のこと、毎度毎度モブキャラ扱いして、ちーっとも憶えてくれてないしっ!!

 数年間ずっと委員長だなんて、我ながらキャラ立ちまくりだと思うのに…どぼぢで!?

 おのれぇ〜、こーなったら…何が何でもアイツを私に振り向かせちゃるっ!

 今に見てなさいよぉ、七尾ななお!!…ププ

ーッ、何度口にしても変な名前クスクス〜!


「…あら、仙石さん? どうしたのこんな所で…あなたが遅刻なんて珍しいわね」


「へっ…あ、先生ッ!? こここれは違くて…っ!」


「いいわ、今日はオマケしといたげる。これからは注意してね?」


「だだだからあのっ…………はい。」


 ううっ、小学校時代からずっと無遅刻無欠席で皆勤賞に輝き続けてきたこの私が…っ。

 ぅおのれぇえ〜っ七尾ななおっ!!

 この恨み、晴さでおくべきかァーッ!!

 




 そんなことがあってから、より自分磨きにかまけてるうちに…

 気がつけば、私もいよいよ高校生になっていた。

 高校は七尾くんと同じ近所の公立校に進学。理由はもちろん…彼がそこにいたからだ。

 中学時代の担任には、私なら名門の進学校も狙えるのに何故?と問われたし、自分も当初はそのつもりだった。

 けれども前述の理由と…私を養子に迎え入れてくれた両親にあまり負担をかけたくなかったから、結局ここで良かったと思う。うちは病院やってるから経済的には充分余裕はあるけど、それでも…ね。

 伊達メガネは意地で掛け続けたけど、髪型は色々変えてみた挙句ポニーテールに落ち着いた。背丈の低さが悩みの自分が少しは大きく見える気がしたし、両親にも評判良かったから。


 あと…断じて七尾くんに言われたからじゃないけど、いつまでも他人にツンケンしてる厨二病みたいなのもどうかなーって思って、意識して笑顔を増やすようにしてみたら、以前ほどは煙たがられなくなった。

 女子からも普通に話しかけられる程度にはなったし…男子からは、どーゆー訳だか時々告白めいた態度をとられるようになった。

 今のところ七尾くん以外に興味が湧くような男子はいないから、全部断ってるけど…なるほど、人の評価なんて雰囲気一つでどうにでもなるものだ。


 ただ、残念ながら…クラス委員長だの何だのと色々安請け合いしすぎた結果、学校ではプライベート時間がほとんど無いほど忙しくなってしまった。

 なので休み時間に七尾くんに近づくことなんて到底できず、もっぱら授業中の観察に留めている。

 にもかかわらず、現生徒会長&風紀委員長コンビの左右田そうだ姉弟からは再三に渡り生徒会加入のお誘いが…。

 そんなモノに加わってしまった日にはマジに過労死しかねないから、必死に断り続けてるけど…

 こんな調子で彼を陥落させることなんて出来るのかな…?


 それにしても、この人…学校ではほぼ寝てなくない?

 いったい夜、何してるのか知らないけど、よくもまああれだけ見事に眠り呆けられるものだ。

 先生達も諦めてるのか、もう注意すらせず放置状態だし。

 つくづくだらしなくて、いい加減で、やる気なんて微塵も感じられなくて…私が一番嫌いなタイプのはずなんだけど…

 どうしてこんなにも気になって仕方がないんだろうか?

 見た目はまぁ…そ、そこそこ格好いいし? なんだか得体の知れない雰囲気を漂わせてるし…只者じゃないことだけは確かだと思うんだけど。


「じゃあホームルームはここまでなー。

 …委員長、ちょっといいかー?」


 ほら、さっそく担任からお呼びが掛かった。

 先生さきおいていち先生は、体育会系には珍しく気負わないサバけた人で、あまり押しつけがましくないから付き合いやすい。

 その飄々とした雰囲気が、どこか七尾くんに似ていて…


「あっハイ、何でしょうか?」


「この調査用紙だけどなー。クラス毎に集計して持って来いって、学年主任がメンドイこと抜かしやがってなー…悪いけど頼めるかー?

 たしかお前、ノートPC持ってただろ?」


 ガサツで口は悪いけど憎めない人で、化粧っ気もあまり無いけど、よく見れば美人。実際、校内人気もかなり高いらしい。


「ゔ…わ、解りましたぁ…」


 やっぱりカッコつけだけで、ろくに使えもしないPCなんて持って来るんじゃなかった…。


「をーサンキュー。今週中でいいらしいから、無理はすんなよー。

 …あ、それとなー」


 と、ていち先生は急に声をひそめて、


「お前、七尾とはずーっと同級生やってんだろー? で…どーよアイツー?」


 ぎっくんちょっ!? な、なな何故それを私めに…?


「アイツ…昔っからあーなのかー?」


「…へ。あーなのか、とは…どーなのか、ですけど?」


 と訊き返した私に、先生は担任がよく手に持ってる例の黒い記録帳を開いて…ってあの、生徒に見せて良いんですかソレ?


「ああ、特別になー。んで、コレが七尾の入学してからのテストの点数なんだがなー?」


 あっちゃー…予想通りってゆーか見るまでもなくってゆーか、ものの見事な低空飛行。

 そりゃ授業中あんだけ爆睡してれば…


「…って、あれ? これって…まさか…!?」


「お、やっぱ気づいたか。さすがだなー♩」


 うちの学校の評価基準はかなりユルユルで、赤点ラインも教科や担当教諭ごとにバラバラなんだけど…

 七尾くんのテスト結果はどれもこれも、ギリギリ赤点を回避できるレベルでやり過ごされていた。

 二、三教科ならともかく、それが全教科となると…狙ってそうしない限りは、こんなに綺麗に横一直線のフラットラインは描けない。

 ハッキリ言って、私のように全教科満点を取るより難しいだろう。


「それを狙ってやってんだよ、アイツはどうやら…しかも小学生からずっとなー?」


「え゛…な、なんでわざわざ?」


「それを訊きたかったんだが…やっぱ誰も気づいてなかったかー? よっぽど目立ちたくない理由でもあんじゃねーのアイツ…知らんけどー」


 それに気づいた先生もよっぽどだと思うけど。普通そこまで気に留めないでしょ、平均以下だけどピンチというほどでもなく、放っといても何とかなりそうな生徒のことなんて?


「でなー、興味本位で、市販のIQ判定アプリにアイツをかけてみたら…結果がコレなー?」


「…ッ!?」


 う、嘘…? 誰か嘘だと言って…?

 かくいう私も以前の判定で、天才レベルのIQの持ち主だと言われたことがあるけど…

 七尾くんのIQは、それをも遥かに上回ってて…もはや人間が叩き出せる数値とは思えなかった。


「そんなマジに受け取るなー、無料アプリだからいい加減な作りに決まってんだろー?

 …あーあとアイツ、一コ下に妹いるだろー?

 うちのガッコに進学希望らしいけどなー」


「妹さん?…初耳ですけど」


 一コ下なら、間違ってもあのおチビちゃんじゃないだろうし…そうそうお互いのクラスに来ることも無いだろうから、知らなくて当然かな。(←情報難民)


「ぅおぃ大丈夫か同級生ー?」


 持ってた黒革の記録帳で私の頭をパァンッ!と叩いて、先生は苦笑する。

 てゆーかコレ、体罰じゃないの?

 お父さんにもぶたれたことなんて無かったのにぃーッ!?


「だから甘ったれ…でも、まいっかー。

 コイツも兄貴とは別方向にバケモノレベルでなー、今から運動部の顧問の間で争奪戦が勃発しとるぞー」


 さりげなく体罰の事実を隠蔽しつつ、先生が見せてくれた妹さんのデータは、学力ではなく現在の中学校で実施された体力テストのもの。…ていち先生、どっからこんなに色々仕入れてくるんだろ?


「って…あはは、コレこそ嘘ですよね?」


「まあ計測したのは生徒達だから、それこそいい加減だけどなー」


 そうでなきゃ困る。だって…たかが地方中学の一生徒の体力が、世界記録を軽く超越してるだなんて、あり得ないでしょ!?

 何なのこの非常識兄妹、本当に人間なの!?


「なー? ここまでバカバカしいと笑けてくるだろー。この手の輩には迂闊に絡まない方が正解だと思うんだが…なー?」


 そういう先生も、妙にネチネチ絡んでくるけど…まさか、私の気持ちを見抜いてる?(←バレバレ)


「んにゃ、どーせならあたいも一枚噛ませて貰おうかと思ってなー。

 お前も充分バケモンだし、バケモンにはやっぱバケモンだろー? 怪獣大戦争だなー!」


 発現がいちいちレッドカードですね先生!?


「てゆーか、アイツをあのまま放ったらかしといたら、将来絶対なんかやらかしそーでなー。

 その点、お前みたくしっかりしたのがそばについてりゃ、まだいくらかマシになるだろーかと思ってなー」


 いやあの、私だって元々心理的にはそんなに余裕なかったし、相手がこんなんだって解ったら尚更どうこうできそうな気が全然しないんですケドぉ!?

 …でもまあ、言わんとしてるコトは薄々察した。

 この人はどうやら…私の味方だ。

 それなら…さっそく助力を仰ごう。

 相手は私一人じゃもうどうにもできない。


「…どうすれば…七尾くんを落とせますか?」


 訊いてしまってから、今さらながらに顔が火照ってくるのを感じてる私に、先生は「やっぱりなー」とニヤニヤ笑って、


「まー野郎なんざ、二人っきりになったついでにあちこち触らせて一発ヤッちまやぁ一撃で轟沈だけどなー?」


 オ、オトナだ…!?

 てか、今日びの教育者って…?


「…で、出来ればヤッちゃわない方向でお願いします。初心者ですので…」


「だよなー? あたいもそんなんヤッタことねーわアハハー」


 …味方…なのよね、この人?


「んじゃ、正攻法でコマスかぁー。

 委員長お前、いつも使えもしねーノートPC持ち歩いてるだろー? ソイツ使ってなー…」


 なんでバレてるの?


 …そんな経緯で実行に移された、付け焼き刃もいいところな先生発案の七尾くん攻略作戦は驚くほど見事にキマッてしまい、私はやっと彼に顔を憶えてもらうことに成功した。

 ミイラ取りがミイラになるまで、あと少し。



 


「…困りましたね…」


「困っちゃったわねぇン…」


 もはやここに通うのが日課になった月刊ゴタンマ編集部にて…

 深夜、私と桜ふぶき編集長は打ち合わせブースにて頭を抱え込んでいた。

 中央に置かれたテーブル上には、先日、若様から送られてきた大賞応募原稿…。


「…金ちゃんはどう思ったン? コレ読んでみて」


「有り体に言ってしまえば、ありきたりというか…ぶっちゃけ、まるで同じのを見たことあります…よね?」


 彼の絶対信者である私にすらそう言わしめてしまうほどに、若様の新作漫画は…駄作もいいところだった。


「それ正解ねン。回り回った挙句、結局フリダシに戻っちゃった感じよネン。

 毎回ひたむきで、派手さは無いけど斬新なのが『若様作品』のウリだったのにン…」


 だからふぶきちゃんも気に入ったんだとか。同人時代の自分を彷彿とさせるようなガムシャラな勢いがあって。

 だけど…今回のコレはちょっと頂けない。

 初見ならそれほど悪くはないんだろうけど。

 元々美麗を極めた絵柄にはますます磨きが掛かって、パッと見だけならプロの域だ。

 けど、肝心のお話が…一番最初の応募作のまんま焼き直しで、まるで進歩が見られない。

 キツいことを承知で言ってしまえば、『ナ◯シカ』ファンから見た『も◯のけ姫』だ。

 リメイクということでストーリーはさすがによく練られてるけど、その分キャラが語り部に徹してしまってて…能動的な動きが少ないから、まるで魅力を感じない。

 キャラ設定は適材適所…と言えば聞こえは良いけど、悪く言えばいわゆる『記号』だし、表情も乏しくて、淡々とセリフを吐き捨ててるだけに見えてしまう。どのコマも同じ顔のキャラを応援したくなる読者は稀だろう。

 総評として、全体的によく出来てはいるけど…それだけ。読者の予想を上回る展開は微塵もなく、そこから得られるものは何も無いから読後感も薄い。

 言うなれば、有名になりすぎた巨匠の映画。『ファンが期待するそのものズバリすぎて物足りなさすら感じてしまう』現象だ。


「こっちがよかれと思って指導してみた挙句、むしろ彼の持ち味を殺す結果になって…悪いことしたと思ってるわン」


 それは仕方がない。漫画を描くのも人間なら、それを評価するのも人間だから。

 あまりにもダメ出しが多いと、そのうち何とか相手に認めてもらうことだけが目的になってしまって、過去に良い評価を受けたモノを寄せ集めただけの妥協策に陥りがちだ。

 その際に一番引っ込めがちなのが、一番大切な『個性』。

 見るほうは最初は皆、あまりにもそれまでと勝手が違うその人ならではの語り口に面食らってしまうから、芳しい評価は得られないかもしれない。

 それでもめげずに繰り返していくうち、次第に受け入れられていくものなのに…一度つまづいただけで諦めちゃう人のなんと多いことか。

 とりわけ年齢層が若ければ若いほど初回で成功を収めることに拘り過ぎて、結果的に没個性化してしまう人が多すぎる。


 会社の面接とかでもやらかしがちでしょ?

 相手はその人ならではの特性を見たいのに、すべての個性を削ぎ落として、判で押したように優等生的な答弁ばかり繰り返す人なんて、誰が採用したいと思う?

 仮にうまく潜り込めたところで、すぐに化けの皮が剥がれて退散することになるだけ。

 会社が自分に合わない? 合わない自分を演じたあなたの責任でしょ。

 あと面接練習で学ぶ入退室や着席の作法なんてのは「できて当然の事」ばかりであって、そんなものがいくら上手くいったからって評価には微塵も影響しないんだからねっ!?

 コホンッ。話題が盛大に逸れちゃったけど、曲がりなりにも経営責任者からのアドバイスってことで。


「それになんだか…明らかにモチベーションが下がってますよね…」


「事実、執筆速度も目に見えて落ちてるわねン。以前なら大賞の応募期間中にニ〜三作は送ってきたもんだけどねン」


 若様の作画速度自体は、この高画質ぶりにもかかわらずかなり速いほうだと思う。

 なので、その分の余裕をストーリーやネームなど他の要素に存分に回せるのが強みだけど…

 執筆が滞ってるということは、思うように物語が生み出せなくなってきてるんだろう。

 そろそろネタが尽きたか、あるいは何を思いついてもダメに思える悪循環に陥ってるか…。俗に言うスランプってやつだ。


「…若様から何か連絡は…?」


「ここ最近はさっぱりねン。元々あまりマメじゃないけど、それでもニ〜三日に一度は何らかのメッセージが送られてきてたわネン。

 けど…一年ほど前にコレが立て続けに送りつけられてきてからは、ピタリと止まっちゃった感じねン」


 と言ってふぶきちゃんが見せてくれたスマホの画面には、若様からと思しきチャットメッセージが並んでる。

 いいなぁ…と妬んだのもつかの間。


《打ちのめされました。しばらく立ち直れそうにないっス》


《何も思い浮かばず、何も手につかないっス。何をしようと先を越されてる気がするっス…》


《持ってる奴は最初から全部持ってる。自分は何も持ってなかった。それだけのことっス》


 …何があったの若様にッ!?


「詳しいことは何も教えてくれなかったのよねン。それでも投稿は続いてたから、しばらく様子を見ようと思ってるうちに…」


「それでも一年は放ったらかしすぎじゃあないですか?」


「放ったらかしじゃないわよン。ちゃーんと定期的に会って直に打ち合わせてるしネン」


 へっ? じ、直に会ってる…?

 それじゃあ若様、本当にすぐ近所に住んでたの!?


「ホラホラ証拠写真。漫画家に顔はそれほど重要じゃないけど、すんっごいカッコイイでしょ〜♩」


 いや若様の成長後の顔なら知ってるし、と思いつつふぶきちゃんのスマホに表示された写真を見れば…アレなんか違ーう!?

 やっぱり生育環境が密接に絡んでくるのか、俗世間に揉まれて立派に成長した彼の現在のお姿は…

 かつて私と生活を共にした甘いマスクの若様と、どこか陰を感じる前首領の苦み走ったニヒルな顔を足して二で割った美味しいトコ採りのお徳用♩

 ふぶきちゃん、こんな素敵な人と頻繁に会ってたの!? ズルいっ!!


「しょうがないでしょン、さっき言ったように彼は連絡がマメじゃないから、直に顔を突き合わせて指導した方が手っ取り早いのよン☆

 …でも確かにイイ男よねン。ファミレスとかで打ち合わせ中にも通りすがりの子達が羨望の眼差しを送ってくるほどだし。

 あたしがもうちょい若かったら、打ち合わせの二次会とか称してラヴいホテルに絶対お持ち帰りしてるわネ〜ン♩」


「…ふぶきちゃんもそろそろ物理的に首チョンパしたい?」


「もももちろん冗談よよんのヨン♩

 …あ、その先も読んでみてン?」


 釈然としないまま、ふぶきちゃんが慌ててスクロールさせる画面の字面を追えば…


《よくよく考え直してみれば、これはチャンスなんでは?》


《そう思ったら、だんだん楽しくなってきたっス!》


 前文との落差コワッ!?

 だから一体何が起こってるの!?


《物凄い天才がすぐそばにいたのに、今までまったく気づけなかったのが腹立たしいっス》


《なら、自分の仕事はいつまでもそれを羨み続けることじゃなくて、より高みを目指せるように御膳立てすることじゃないか…と》


《とにかく、この才能をこのまま埋もれさせとくなんてもったいないっス!》


《しばらく育てて、程々で掘り起こしてみたいっス♩》


 主語がないから何のことやらサッパリなんですケド!?

 思えば前首領も狙ってなのか、はたまたアレが素なのか、わざわざ解りにくい表現ばかり多用してたっけ。さすがは同一遺伝子。


「えーっと、なんか突然ヘヴンズドアが開いて、何らかの栽培を始めたみたいだけど…?」


「たぶん妹さんのことかなン? 今までにも時々話題に上ってたからねン♩」


 この難解すぎる文脈を読破できるなんて、さすがは編集長。

 妹さんって…キャットちゃんのことよね?

 キャットちゃんを育てる…。

 ………。

 ついついあの施設内で、監視カメラの死角で若様にアレやコレやを日夜ちまちま育てて貰ってたときのことを思い出して赤面してしまった。

 彼女なら大丈夫だろうと、あの時なんの精神操作もせずに別れてしまったのが仇になったか…くうっ!?


「もしもーし、金ちゃーん?

 面白おかしい百面相中のトコ悪いけど、漫画以外な〜んの興味もない若様が、妹さんに興味を示すようなコトっていったら…」


 と、その時。タイムリーなアラームと共に、若様からのメッセージが更新された。

 何処かのサイトへのリンクが貼ってある。

 私と同じ時間に、若様もこの街のどこかでまだ起きてるんだ…と思うと、たまらなく嬉しくなってくる。


《先日は体たらくな作品を投稿してしまって申し訳ないっス。アレで自分の限界を悟ったので、投稿活動はしばらく自粛したいと思うっス》


 実に潔い決断にホッとしつつも残念な…。

 じゃあ、これからどうするつもりなんだろ…若様?


《丹精込めて育て上げた成果っス。なかなかのモノに仕上がったと思いますが…どうっスかね?》


 あ、ここでリンク先を見ろってことね?

 ふぶきちゃんにお願いしてリンク先を開いてみると、ブラウザ越しに同人誌通販サイトが表示された。

 いまさら同人活動…プロは諦めたってこと?


「…ちょーっと違うようねン。ホラ見てココ」


 ふぶきちゃんが指差す先には、注目の新刊の表紙がサムネイル化されて並んでて…そのトップに、


「あっ…若様…!?」


 彼の絵柄と思われる同人誌が堂々の首位を獲得していた。購入者の評価も表示されてて、すこぶる高いポイントが誇らしげに躍っている。

 ホラ、やっぱり彼の漫画はちゃんと評価されてるじゃない!? なのになんでデビューさせたげないの、ふぶきちゃん!?


「ん〜…? よぉーっく見てみてン。

 コレ…若様とは違うわよン?」


 へ!?…あ、ホントだ。

 一見よく似てるけど、微妙にタッチが違う。

 美麗ではあるものの、気合いが入りすぎて時々画面がうるさくて、漫画としては読みづらいことも多々あった若様の絵に、よりメリハリが付いて洗練された感じ。

 言うなればデビュー直後の新人作家と、何十年も連載を続けていい塩梅にこなれたベテラン作家の差、みたいな…。


「サークル名…セブンシーズパラダイム?

 ペンネームは…七海奈緒菜。

 …女性名?」


「あ、やっぱり妹ちゃんねン。

 七尾ななみ→七海奈緒菜。単純なアナグラムだわネン♩」


 え゛…マッハで気づいた?

 ふぶきちゃんて何気に凄っ!

 てゆーことは、コレ描いたのって…キャットちゃん!?


「み…見たい見せて見てるよね見たな!?」


 どっかのアニメ曲さながらのテンションではしゃぐ私に、ふぶきちゃんは渋々ハイハイと『お試し』アイコンをタップしかけて、


「あ…ダメだこりゃー。残念ながら金ちゃんにはお見せできませ〜ンヌ♩」


「な、何で!? なしてそげんイヂワルするヅラ〜!?」


「何処の生まれン!?…ぢゃなくて、ホラ。」


 たぶん生まれも育ちもゴタンマですが何か?

 と内心反論しつつ、ふぶきちゃんが指し示す箇所に目をやれば…

 そこには、燦然と黄色く輝く『成人指定』マークが。

 …って…え゛え゛っ!?


「エロマムガぁ〜〜〜〜〜〜っ!?」





 私がとっくに成人してることをふぶきちゃんに解って貰うまでにいくらか時間を要したけど…


「それでも社会ルールには絶対違反しないのが同人時代からのウチの方針だからねン!」


 などと頑なに譲らなかったので、最終的には首領権限で脅して強引に屈服させた。


「そ、そこまでしてエッチぃ漫画が見たいのねン…?」


 そうだけどそうじゃないっ!

 だって、若様は実質成人してるけど…

 キャットちゃんはリアルに見た目のまんまの御年齢ですから!

 あっちでは若様の一つ下で通してるようだけど、実際にはそれよりさらに幼いし…!

 そんな子が、いったいどんだけいかがわしいモノを描いたのか…オトナとして確認しない訳にはいかないでしょハァハァハァハァ☆


「そこまで言うなら、もぉ止めないけどン…

 …スッッッッゴイ!わよぉン?」


 先に確認したふぶきちゃんが糠に釘を刺す。

 たいていの漫画に免疫がある彼女にそこまで言わしめるなんて、果たして…


「ではでは…ほぉーら見てごらン☆」


「ぁひいッ!?」


 エッロ!

 容赦なくエッッッロ!!

 完全無欠にエッッッッッロ!!!!

 最初からエロいって前置きしてあっても、現物は息が…ううん、いっそ息の根が止まってしまうほどスゴかった!

 だってだって、若様の絵で成人向けだなんて…言うなれば少年ジャ◯プの看板作家がエロ雑誌に描いてるような衝撃なのよ!?

 てか今日びのジャン◯自体が半ばソレに近いけど!

 あのキャットちゃんに漫画の才能があったってことにも驚かされたけど…

 こんなにもエロ知識が豊富だったってコトの方が、今日イチビックリ仰天だよッ!!


「こ、これ絶対アカンやつでしょ、あんな子供にこんなの描かせるなんて…!?」


「ん〜? 描くこと自体は個人的な自由だからねぇン。てかあたしも最初の頃はゴリゴリ描いてたしーン♩」


「ソレを未成年が販売してるってコトが問題だって…!」


「スンマソンあたしも未成年の時分に年齢詐称で売ってましたーン☆」


 くぅっ…この業界に常識は無いのかっ!?

 てかコレ…年端もいかないはずのキャットちゃんに、若様はいったいどーやって…?

 嗚呼ダメッ、なんか頭がグラグラしてっ…そこにメチャエロいこの同人誌がモロに効くッ!


「お〜スゴイわねぇン!? 深夜帯だってのに物凄い売れ行きヨン☆」


 ってそりゃあアダルトチックなモノを真っ昼間から買う人なんて…沢山いるか。

 ともかく、画面上に表示されてる販売部数が途轍もない勢いでどんどん伸びてる!

 デジタル配信が主だけど、この同人誌は紙媒体でも販売されてて、その残数もあっという間に…!


「ふぶきちゃんっ!」「はいなーン♩」


 とゆー訳でまんまとポチッてしまった。

 これで若様&キャットちゃんの美麗にしてエロースな漫画が我が手中に…クッククック♩


「…よくよく考えたら、ななおクンに欲しいって言えばいくらでもタダで貰えそうよねン?」


 ぐはァッ!?


「にしてもコレ…エロ以外も抜かりないわねン。ストーリー自体もよく出来てるし、キャラ設定もしっかり考えられてるわン」


 やまぶきちゃんの分析によれば、最初にエロ抜きでも充分売れるレベルにまで物語を構築した上で、基本のエロを阻害しない程度にあえて削ぎ落としてあるんだとか。

 というと、逆に設定にこだわりまくった割には肝心のエロがオマケという九十年代のギャルゲーみたいな漫画を想像するけど、そのへんのさじ加減は作家のセンスと腕で巧みにカバー。

 それがわずか三十ページ足らずの間にギッチギチに詰まってるから、エロ漫画にありがちな読後のスカスカ感が無い上に、作家の個性を存分に発揮できてるとゆー。

 解りやすく言うと、『エロゲメーカーが作ったRPGって結局、エロ抜きの紙芝居ADVじゃん!』みたいな勘違い感が無いってことね…うわ解りにくっ!


「…つくづく末恐ろしい才能ねン!」


 早速ゲットしたデジタル版の内容をスマホで確認しつつ、編集者目線のふぶきちゃんが唸ってる。

 それがキャットちゃん自身の持ち味なのか、はたまた若様の熱血指導の賜物かは判らないけど…。


「…うん、これは楽しいコトになってきたわねン。選択肢が増えちゃったのヨン♩」


 そうか…若様以外に、キャットちゃんという強力な手駒が増えたんだ。この二人をゴタンマにうまく取り込むことが出来れば…!


「ウチの雑誌では年齢的にエロはアウトだけど、これならたぶんすぐにでも連載可能な実力だわねン!」


 皮肉にも、兄が叶えられなかった夢を、妹が今まさに実現しようとしている…。

 これが…ときの涙…!(←たぶん違ぉ)


「んにゃんにゃ、ななおクンにも新たな才能が開花したとみるべきねン…『編集者』ってゆー」


 編集者は、書籍でいうところの『プロデューサー』だ。

 作家を生かすも殺すも編集者次第…だから単なる編集能力だけじゃなく、ありとあらゆる知識や技術が要求される。


「この同人誌が完成するまでダンマリを決め込んでたのも、有無を言わさず私達を納得させるためだったのねン。

 成人向けにしたのも手っ取り早く売り込んで、高い作画技術を遺憾なく発揮させるためでしょン…ヤルぢゃ〜ン♩」


 そして編集者に最も求められるのが『交渉力』と『実行力』。これもただ口がうまいだけじゃ誰も納得しないから、こうしたハイレベルなプレゼン能力が必要だ。

 思えば…若様には王者の風格ともいうべき、周囲を自然と従わせる能力が確かにあった。私の能力のような精神操作を使わずとも。


「…ふぶきサン、解っとりますね?」


「ハハッ、御老公さまぁーン♩」


 こうしてその夜、新たな時代の幕開けの目撃者となった私達は、類稀な才能の持ち主である二人の獲得へと乗り出した。

 でも結局、キャットちゃんこと七海奈緒菜先生の学業を優先させたいという若様たっての希望により、漫画家生活が板に付くまではデビューを待つことになった。


 その間にも超新星の誕生はネット界隈を中心に爆発的に広まり、方々でファンサイトが立ち上がるなどの盛り上がりを見せている。アマチュアの、しかも成人向け作家としては異例なことだ。

 程なくして、今日びでは珍しくペンによる肉筆で描かれていることが判ると、様々な憶測を呼びつつも同人誌は高値で取引され、販売サイトでも入荷即完売や予約殺到が恒例となった。


 そして私は人知れず、とある事実に気づいた。


「…コレ…どう見ても若様の…だよね?」


 幾分修正は掛かってるけど、圧倒的な筆致で艶かしく描かれたソレは、かつて私が日常的に目にしてた若様のモノに瓜二つ。

 と、ゆーことは…ソレに組みする女性側のコレは…やっぱりキャットちゃんの…?

 …ホントにどんな環境下で制作されてるの、この漫画!?


「若様…ハァハァハァハァ♩」


 そして私は今夜も愛のせいで眠れない…

 いろんな意味で♩





 七海奈緒菜の人気はその後も鰻上りで、瞬く間に業界を騒然とさせた。

 だけにはとどまらず、その名はやがて他業種にも波及し、プロ漫画家にまで影響を与えるほどの存在になった。

 ネットに限れば、成人向けに難色を示す層にまで名前が浸透し、もはや知らない者はいないレベルに。


 となれば当然のように業界各社が彼女の獲得へと乗り出し、ポスターやタペストリー、抱き枕にフィギュアなどの関連商品や、ゲームキャラのゲストデザイン等への誘致も企画検討されたけど…


 彼女のサークル・セブンシーズパラダイム側は、彼女がデビュー後まだ日も浅い新人であることや正規団体に未所属のアマチュアであること、そして現在は成人向けに特化していることなどを理由に頑なに辞退したという。

 …まあ、あの義理堅い若様が、私達に断りもなく他から仕事を獲得することなんて有り得ないだろうけど。


 かくして七海奈緒菜はいまだに謎の存在のままであり続けており、プロ作家のセカンドネームだとか、複数人の連名だとか、実は海外国籍だとかの在らぬ噂まで飛び交う始末。

 その正体を知る私としては、彼女…いや『彼等』の実態が世に出ずに済んでいるのは実にありがたい。


 けれども…彼等はあまりにも有名になりすぎた。

 もはや私の予想を遥かに上回るまでに。

 このままでは…いずれその存在が副首領である叔父様の目に触れるのも時間の問題だろう。

 そう思って、実は彼には事前に密かに記憶操作を行っておいたし、御庭番達の工作もあって若様達は死んだと思い込んでるようだから、もうしばらくは大丈夫だろうけど…


 物事に絶対安全なんてものは無い。

 いつ彼の洗脳が解けるとも限らないし…

 彼はシロちゃんという強力すぎる手駒を持っている。

 今のところは私達の味方な彼女も、HWMである以上はマスターの命令に従わざるを得ない。

 そこで私は…対抗策としてより強力な手駒を開発し、ソレを彼自身に直に若様のもとへと送り届けさせることで、さらなるカモフラージュを施すことに成功した。


 皆は厳正なるネットアンケート調査の結果、若様がアレのモニターに当選したと思い込んでることだろう。

 けれども実は、あのアンケートそのものが私の手による自作自演で、若様の当選ははなから仕組まれたことだった。

 あのアンケートで若様は、自分の理想とするHWMを自らデザインしたと思い込んだ。

 ところが実は、それに先行する形でHWMは既に完成済みで、若様はまんまとそのデザインを選択させられたのだ。

 具体的には、彼の深層心理下にある女性像があのデザイン機能で極自然に導き出された。だから私は事前に彼の好みを知っていた。


 あの日…ゴタンマ本社前での激しい銃撃戦の最中、凶弾に倒れてしまった私は…

 若様に初めて精神操作を施して彼の退路を断ち、新しい世界へと送り出した。

 その際に私は、彼の私への未練を振りほどくため、彼の中の私に関する記憶を徹底的に消去し、白紙に戻した。

 その上で、御庭番達やキャットちゃんとの日常生活をスムーズに行って貰うために、皆の情報を若様の深層心理下に植えつけた。

 とりわけ社会生活を行うにはまだまだ未熟な感があったキャットちゃんのことは、何があろうと守り通そうと思えるほどの大切な存在となるよう、より入念に印象づけたのだ。


 ある意味で疑似恋愛感情ともとれる意識を刷り込まれた若様が、HWMのデザインを一任されれば…

 キャットちゃんに瓜二つな…ううん、『部分的』にはまさしく姉妹である『彼女』を…


 形式番号『HBDK-0773』を選択するのは、至極当然な成り行きだった。


 だから実際に彼女が彼の手元に届くまでの期間が異様に短かった訳だ。

 こうして私は副首領の警戒心を掻い潜って、無事に若様のもとへ『最強のボディガード』を届けることに成功した。

 これで彼の身の安全は約束されたも同然…と、思ったんだけど…


 肝心要かんじんかなめなそのHWMが…

 私との約束をちぃ〜っとも守らないッ!!


 ついに痺れを切らした私は、これだけは使うまいと決めていた最終手段…『秘匿通信』のスイッチを今、入れた。


「ひょえぃあっ!? 誰ですかぁーっ秘匿回線なんて使うボケナスはぁ〜っ!?」


 不意を突かれた通信相手…ズボラにも程があるHWMが、回線の向こうで悲鳴を上げた。

 秘匿通信…それは我々ゴタンマ独自の衛星回線を用いた極秘の通信手段。

 通常の電話やネット、無線等とはアーキテクチャが根本的に異なり、さらに通信信号が暗号化されているため部外者に傍受される危険性は極めて低い。

 しかし着信側の回線を強制的に開いてしまうため、HWMにとっては突然ひざカックンされたような衝撃に見舞われることから著しく評判が悪い。

 だから使わないでおこっと思ってたのに…


「全っ然連絡してくんなかった、そっちが悪いんだからねっ!?」


「あややぁ〜? こんな非道な行いをするのは何処のどいつかと思いきや、小娘…首領様ぢゃあないですかぁ〜♩」


 通信画面の向こうでヘラヘラ笑うHWMを見てると、めがっさムカつくっ!

 見た目だけならキャットちゃんと同じ愛らしさなのに…なしてこがん小憎らしかっ!?


「秘匿回線を使える人間は限定されてるんだから、考えるまでもないでしょ!?

 …てゆーか今、私のこと小娘って言いかけなかった!?  自分だって見た目そんなに変わんないでしょ!」


「そーはおっしゃりましてもぉ…部分的な大差は如何ともし難くぅ〜♩」


 嫌味ったらしくほくそ笑むウ◯コHWMの無駄に肥大しきった両乳が、格ゲーの女性キャラさながらに不自然に揺れまくる。

 うわっ、虫唾が走るってこーゆーコトを言うのね。格ゲーなんて所詮は憶えゲーだから元々嫌いだったけど、ますます大っキライになれました☆


「ンなこたぁこの際どーでもよろしっ!

 さぁ〜今日とゆー今日こそ根掘り葉掘り聞かせて貰うんだからネッ…へぼみちゃんっ!!」




【第十二話 END】

 とゆー訳で全四回に渡った過去編がよーやく終わり、ラストで現在に繋がりました。

 過去バナってーとどうしても予定調和になりがちで、だからタイムリープものってツマンナくって嫌いなんですけど(笑)、極力そうならないようにヒネクレてみました。

 眼鏡いいんちょがななおを執拗に追っかけ回す理由や、ハルキがあ〜んな人でなしの親友でいてくれる理由、ななみが漫画を描き始めた理由、そして首領となったやまぶきがへぼみをななおのもとへと送り込んだ理由…。

 どれも予想通りと予想外を程よく盛り込みつつ、何故そうなったのかにより説得力を持たせてみたつもりです。


 なお過去編には未登場のあゆかや、名前しか出てこなかった左右田姉弟は、この時点ではさほど接点がないため無理にねじ込むのは止めておきました。

 次回からはまた現在編に戻り、出番もジャンジャン増える予定ですので乞うご期待!

 同様に、今のところゴタンマ社内から外出しないため出番が少なめなしろがねやニャオスリーも、ななお達と触れ合うことで大化けするかもしれませんね。


 当初はちょっとおかしな母親…程度に考えてた七尾家の母、名前はまだ無い(笑)も作者の想定を遥かに超えたイイ〜塩梅のキャラに育ってくれたんで、次回以降も出番を増やしたいですね。

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