燦然炉理。
【前回のあらすじ】
射殺された若様の復活には成功したものの、逆上した副首領により今度は首領を殺害され、その濡れ衣を着せられてしまったやまぶき達。
そこへ救助に現れたのは、今まで隔離施設の守衛を務めていた忍者さんと、彼の義理の娘のクノイチさん。彼らの正体は代々首領に仕えてきた御庭番であり、生前の首領の依頼により、やまぶき達の逃走を手助けするのだった。
道中、一行の抹殺のため襲来した猫型怪人のキャットを懐柔し同行者に加えたが、その後に出会ったゴタンマのブレインである生体AI・ニャオスリーの陰謀により絶体絶命のピンチに陥る。
負傷したやまぶきは逃亡を諦め、すがる若様を精神操作して彼女に関する記憶を消去させ、御庭番一行に彼の今後を一任して別れた。
再びゴタンマに捕らえられたやまぶきは、謎の銀髪少女しろがねにより救出され、ニャオスリーに再会。彼女達の説得により、新首領の座に着くことを決意するのだった…。
◇
「やれやれ、やっと帰って来れたな」
夕靄の中、高級住宅街の一角に建つ大きな屋根の家を見上げて、父さんがホッと一息ついた。
「…命懸けの帰宅。」
姉さんも疲れ果てた顔にやっと安堵の色を滲ませて…
「姉さん違う。私は母さん。」
…そーだっけ? その割にはずいぶん若くて、歳だって僕とそんなに離れてないよーな?
「という訳だから、これからヨロシク…ア・ナ・タ♩」
「あーもー好きにしろ…」
父さんはゲンナリしてる割にはなんだか少し照れた様子で渋々了解すると、おぶっていた僕を玄関先で下ろした。
母さんもそれに倣って、背負っていた妹をそっと地面に下ろしてやった。
「うにゃ♩」
妹はまだ幼くて、うまく喋れない。
にもかかわらず滅多やたらと頑丈だ。
どこで怪我したのか、血が滲んだ包帯で脚をぐるぐる巻きにされてるのに、もう普通にぴょんぴょん飛び跳ねてる。
「…ん〜?」
「どうした、ななお?」
家を見上げてしきりと首を捻っていた僕に、父さんが声を掛けた。
『ななお』…それが僕の名前らしいけど、どうにも呼ばれ慣れてなくて違和感ありあり。
しかも門柱の表札には『七尾』とある。
『七尾ななお』…自分の名前ながら、フザケ過ぎでしょ?
「あ〜うん、僕ん家って…ホントにココだっけ? なんか全っ然憶えてなくてさぁ」
「ふぅむ…そんなもんだろ、自宅なんざ。日頃からそんなにじっくり見ることもないし、夕方だから尚更そう思えるんだろう」
そう言いながら玄関戸を開けた父さんを追って、僕も家の中へと…
「あ痛っ!?」
ドアノブに少し触っただけでズキンと痛みが駆け抜けた。
よく見たら僕の手にも妹同様に包帯が大袈裟に巻かれている。
「気をつける。ななおの怪我、けっこう酷い」
母さんが心配してくれた…けど日本語が怪しいせいか、怒られたように聞こえてしまう。
それにしてもいつ何処でこんな怪我を…?
ってゆーか…ついさっきまで、家族ぐるみで銃撃の最中を掻い潜って帰ってきたよーな…?
なんちうか…サバイバル一家だよな、ウチ。
◇
「にゃにゃあ〜っ!? オイシイ、オイシイ、オイシイ、オイシイーッ☆」
姉…母さんが早速作ってくれた夕飯に口をつけるなり、妹は涙ながらに絶叫した。
いや確かにすごく美味しいけど…泣くほど?
「あー、ななみは今までロクなモン食わせて貰っとらんようだからな…」
「お代わりまだいっぱいあるから、ななみ、もっと落ち着いて食べる」
父さん達も苦笑してるけど…なるほど、妹は『ななみ』って名前なのか。
ずっと一緒に暮らしてきたはずなのに、なんだか初めて聞いたよーな気がするなぁ?
てか、そんなことよりも…
「ホラななみ、ちょっと顔見せて。
…あーあー、あちこち食べカスだらけでベッタベタじゃないか」
てゆーかなんで手掴みなんだよ、ちゃんと箸使え!
…と言いたいところだけど、見るからにまだ満足には使えないようなので仕方ない。これから追々覚えさせていくか…。
とりあえず汚れまくった顔をおしぼりで拭いてやる。
「んにゅにゅっ…にゃあ〜っ♩」
お礼のつもりらしいけど…やれやれ、こりゃ〜まだまだ先が長そうだぞ。
「コラ、『にゃあ』じゃなくて『ありがとう』だろ?
『ありがとう、お兄ちゃん』って言ってみろ」
「にゃ…あ…ありが…と? おにぃ…たん?」
「よしよし。呂律が回ってないけど、ちゃんと言えるじゃんか♩」
「ぅにゃっ…うんっ♩」
をっ、けっこう憶えが早いな。それに、なんだか仔猫みたいで…
「ホントにカワイイなぁ〜お前は♩」
撫で撫で撫でりんこ♩
これほどまでに可愛い妹を、誰が愛でずにいられようか!?
いきなり手を延ばしたせいか、最初こそ警戒して「ふにゅっ!?」と身を縮めたななみだったけど…
「は、はにゃ?…はにゃあ〜ん…っ♩」
撫でられる気持ち良さが解ったのか、くすぐったそうに目を細めて僕に擦り寄ってきた。
「お、おにーたん…おにぃちゃん…お兄ちゃ〜ん♩」
僕を自分の兄妹だと認識したらしい。まだ拙いけど言葉が通じるぶん仔猫よりも親しみが湧く。
「もっと上手く話せるようになったら、もっともぉ〜っと褒めてやるからな?」
「うんっ! なにゃみ、がんびゃるっ♩」
◇
「くかーっ…くかーっ…」
夕飯をキレイに平らげるなり、若様…ななおはリビングにひっくり返って大きな寝息を立て始めた。
クローンの培養槽から取り出されるなり、あれだけ目まぐるしい災難に見舞われたのだから無理もないだろう。
嬢ちゃん…やまぶきに土壇場で書き換えられた記憶がいまいち馴染んでないことへの疲れもあるんだろう。脳みそは新品ホヤホヤだから、数日もすれば違和感も消えると思うがな。
「んにゅにゅ…お兄ちゃん…♩」
そのななおにピッタリくっついて眠りこけてるキャット…ななみは、もうすっかり懐いたみたいだな。
ななおも意外と世話好きらしいし、このまま躾けを任せてみるか。
「でもコレ、いちおー生物兵器。」
「まあ大丈夫だろ、社会常識が身に付きさえすれば。可愛いから兵器感ゼロだし」
「…旦那様、割とテキトー。」
「細かい事をいちいち気にしてたら秘密結社の構成員は務まらんぞ」
ジト目で睨んでくる相棒を嗜めつつ、改めてこれからの棲み家となった家屋を眺め渡す。
いずれ巷に潜伏して工作活動を行う際の拠点としてリストアップしておいた空き家が、よもやこんなところで役立とうとはな…。
本物の家主は投資の失敗から多額の借金を抱えて夜逃げしたらしいが…丁度おあつらえ向きに俺達同様の四人家族で、ななおやななみと同じ年格好の子供がいたことが決め手になった。
ご近所付き合いはさほど積極的じゃなかったようだし、あとは「借金返済のメドがついた」とかテキトーな理由でしれっと舞い戻ったことにしとけば、意外にバレないもんだぜ。
「いやそれでもお前の設定は無理すぎだろ。やっぱり無難に俺の娘ってことにしといた方が良くないか?」
「リーダー…旦那様、いつもそう。私を娘扱いしてばっかり。
けど…私、リーダーを父親と思ったこと、一度もない。」
それはそれでショックなんだが…。
「父親じゃイヤ。私達は…パートナー。」
熱っぽい視線で見つめてくる相棒には、もうだいぶん前から理性が緩みかけていた。
だがな、俺とお前はどんだけ歳が離れてると思ってるんだよ…。
「それこそ細かいコト。私の国の結婚、年の差あたりまえ。でも相手は親が選ぶ。
私の親…もういない。だから自分で選ぶ。」
そして相棒は俺の首筋にしがみついて…耳元で囁く。
「私はリーダーがいい。アナタと…一緒になりたい。」
…フッ。ったくよぉ…ここまで上げ膳据え膳されちまったら…ゴチにならん訳にゃ〜いかんだろ?
「んっ…」
いきなり服の中に手を入れて胸をまさぐると、相棒は小さく呻いた。…が、嫌がる素振りは見せない。
「…な? 俺は本当はこんな奴だぞ?」
「『俺はノンケでも食っちまう男だぜ』?
私、その気バリバリ。安心して食べる。」
なんだか激しく間違ってる気もするが…コイツの気持ちだけは間違ってはなさそうだ。
じゃあもう…拒む理由はないな。
「お前は今日から…俺の嫁だ。」
「…ずっと前から…そのつもり。」
健やかに眠る子供達の隣で、俺達は身体を重ね合わせた。
この子達のためにも…
死んだ元相棒のためにも…
今、目の前で嬉し涙を流す嫁のためにも…
そして、そんな世界とは無縁だとずっと思い込んでた、自分のためにも…
良い家族にならないとな。
◇
「ちょっ…いきなりハードル高すぎるんですけどぉ!?」
大広間に集合した途方もない人数の構成員を目の当たりにして、私はまさしく途方に暮れた。
何百人…いや何千人いるのか判らないけど、これでもまだ本部全体の半分にも満たないという。これに支部やら関連業種やらの人員を加えれば、ちょっとした小国の国民並みだ。
彼らは全て、この私のゴタンマ新首領就任を祝って集まったのだという。つまり私はこれから彼らの面前で所信表明を行わなきゃいけない訳だけど…
「無理でしょそんなの!? 私、今まで多くても数人程度としか会ったこと無いんだよ!?」
それがイキナリこんなにいっぱい…キャパオーバーで色々溢れちゃう〜あふん☆
「これだから引き篭もりっ娘は…。
大丈夫だってそんなの、やまぶきちゃんは自己評価が低過ぎるにゃ…ホラ♩」
と、しろがねちゃんが指差す方をステージ脇からコッソリ覗き見れば…
「ねぇねぇ、何あの子!?」「え〜っ、めっちゃカワイイんだけど!?」「情報通りだと、アレが新首領様らしいぜ!?」「マジかよ!? ルックスだけなら歴代最強じゃん!」「いやそれが、能力もトンデモナイらしいぞ?」「あのニャオスリー自ら推薦したっていうしな!」
私の存在に気づいた聴衆が早速ざわめいてる。だから買い被りすぎだってばぁ〜!
「あんなの全部ジャガイモだとでも思えばいいにゃ♩」
そう思おうとしても…こういった性格の組織だから、構成員の大半はヤンチャで屈強なタイプの人が多くて…だいぶん毒芽が伸びてる感じなんだけど?
「ううっ緊張し過ぎて吐きそう…おしっこチビりそう…っ」
「大丈夫! 美少女のゲ◯やおもらしはむしろご褒美にゃ!!」
…そんなヤ〜な喜ばれ方されるくらいなら、むしろブ◯に生まれたかった…。
「まずは落ち着きましょうか」
いつの間にか忽然と隣に立ってたニャオスリーが、背中をポンポン叩いてくれる。
何らかの能力を使ったのか、それとも彼女の絶対的な信頼性のなせる業か、ひとまずそれでだいぶん楽にはなった。
「では最初に私が総員に挨拶するので、合図をしたらご登場ください」
えっ間髪入れず!? もうちょい待って!
自ら司会を買って出たのは私をとっとと引っ張り出すためくわぁ〜っ!
…とか思ってる間にニャオスリーの姿は一瞬で掻き消え、次の瞬間にはステージ上に降臨していた。
突然目の前に現れた謎のチャイナ少女に場内が騒然となる中…演説台に立った彼女は凛と響き渡る声で口火を切った。
「初めまして…と言うべき方のほうが多いでしょう。
私はニャオスリー。我らがゴタンマの統括AIです」
ザワッ!?
「アレが…!?」「初めて見た…!」「人間じゃないのか…?」「しかも結構カワイイ…!」
可愛けりゃ何でもイイのか、ウチの連中は?
「先刻御承知の通り、前首領は不幸な『事故』に見舞われ急逝なさいました」
『事故』ねぇ…。
あれだけザワついてた場内が水を打ったように静まり返った。
よくよく見れば、その根本的な『原因』の副首領がステージ袖で苦々しい表情を浮かべて突っ立っている。
さすがの彼もニャオスリーには一切口を出せないらしい。
「事故の経緯については後ほど報告しますが…
取り急ぎ決定すべきは首領の後継者です。
この件に関して、私は以前より選定を進めてきました。
そして、この度…」
そこでニャオスリーはステージ上から私にチラリと視線を送った。ここで私の出番か…。
先に彼女が立っててくれるから、それほど緊張せずに済むけど…。
私は仕方なく、おっかなびっくりステージ上に進み出た。
「…この、やまぶきを新首領として推薦致しました。」
再びざわめく場内。無理もないことだ。
「あの子って、たしか若様の世話役だろ?」「ってことは…首領殺害の容疑者じゃないか!?」「マジ!? なのに何で!?」
…ですよね〜。私が甦らせた若様が首領を殺害して逃亡したという情報はすでに広まってる。
ということは、私がそのように仕向けたのではないか?…と勘繰られても仕方がない。
この状況を、ニャオスリーはいったいどうやって覆すつもりなんだろう…?
「結論から言えば…先に副首領からもたらされた一報は誤報でした。」
予想以上にひっくり返したァーッ!?
副首領もあからさまに「何ィーッ!?」って顔してはるぅ!
「新首領は培養室にて、前首領と共にクローンの起動実際を行っており…そこを第三者に襲撃されました。
そのためクローンの起動が不完全となり、前首領はソレに襲われてひとたまりもなく死亡しました」
なるほど…若干強引だけど筋は通ってる。
クローンなら前首領と同程度の性能はあるだろうから、彼が太刀打ち出来なかったという説明にも信憑性があるし、培養室がメチャクチャに破壊されていた理由にもなる…!
「襲撃者はやまぶきを人質にとり逃走。
騒ぎを聞きつけた副首領が現場に駆けつけ、周辺状況からあの一報のような判断を下したのは無理もないことでしょう」
というニャオスリーの釈明により、犯行を企てたのは私でも副首領でもなく、完璧に第三者の仕業ということになった。…巧い!
なんてったってミスを犯すことなど有り得ない生体AIの言い分だから、皆黙って事実と受け入れるしかない。
よし、私も今度から嘘つく時は彼女に考えてもらお♩(←中身は成人女性)
「実行犯についてはいまだ追跡中ですが…首謀者は拘束しました。」
…え? そんなの、居るはず無いのに。
だって実際の『首謀者』は…。
壇上から副首領を見下ろせば、彼も黙ってこちらを睨み返していた。怖っ。
《…残念ながら、そういった計画が進行していたのは事実です。前首領もアレも、そうした状況を逆手に取って行動した結果がコレです》
ニャオスリーも私に念話を飛ばしながら副首領に目をやっていた。
ああ、それで…いずれこうなる事態を見越して、私が若様の養育係に任命された訳か。
あながち嘘ばかりじゃなかったからこそ、ニャオスリーも堂々としていられるのか。
《さて、そろそろ貴女にお言葉を戴くとしましょう》
〈え゛…いったい何をどう言えば?〉
《何でも構いませんよ。すぐにそれどころではなくなりますから》
大衆の視線には慣れてきたけと、演説を急かされて再び緊張がぶり返した私に、ニャオスリーは珍しくかすかに微笑み返して、手のひらで私を誘う素振りをした。
なんだかわかんないけど、仕方がない…。
私は深呼吸してから彼女に代わって演説台へと向かった。
◇
「…え、え〜と…只今ご紹介に預かりまちた、やまぶきと申しまふ。」
…噛んだ。恥ずかしっ。
「わ、私もお初にお目にかかる方が圧倒的に多いかと存じますが…」
恐る恐るマイクを通して大衆に語りかける。
「聞こえねぇぞーっ!」
と、すぐにヤジが飛んできた。
「捕らえた首謀者はどーなったんだーっ!?」
別の方向からも至極当然な疑問が。言いたいことは解るけど、少なくとも首領の演説を遮ってまで訊くことじゃない。
どうやら私は予想以上にナメられているらしい。
壇上から副首領を見れば、それ見たことかとほくそ笑んでるし…がっでむ!
ううっ、中身は一端の成人女性の私でも、ここまでアウェーだと結構凹むなぁ…。
…あ、そのすぐそばで女子社員とあからさまにイチャクリこいてたコワモテの、いかにも歴戦の猛者といった雰囲気のオッサンが、彼と目配せし合ったかと思えば…
「そんな可愛らしいお嬢ちゃんに、マトモな仕事が出来んのかぁ? 社員食堂でお茶汲みでもしてた方がお似合いだと思うぜぇ?
ガァーッハッハッハ!!」
これまた解り易すぎなヤジを飛ばしてきた。洋画にありがちな、酒場を訪れた主人公にすかさず絡んでくる噛ませ犬みたいな輩だ。
あ〜ぁ、そんなフラグを立てちゃうから…
「ガハガハガグげろべブるわァアアアッ!?」
ホラ言わんこっちゃない。バカ笑いを続ける男の頭が、急に北斗神拳のソレみたくメキョモコ膨れ上がったかと思った次の瞬間、断末魔の悲鳴とともに顎から下を残して風船みたいに破裂した!
「ヒッヒィァア〜〜〜〜ッ!?」
夥しい肉片と血飛沫をまともに引っ被ったイチャコラ女子の、これまた北斗っぽい悲鳴が轟いて、場内は一気に大パニック!
先ほどまで余裕綽々だった副首領も顔を引き攣らせてる。そんな場合じゃないけど、イイ気味♩
会場を見渡せば、さっきヤジが飛んできた方向でもそれぞれ同様の騒ぎが巻き起こっていた。
そんな芸当が可能なのは…この場では彼女しかいない。
「…まだお解り頂けないようですね?
やまぶきを推薦したのはこの私です。
すなわち…新首領へのいかなる敵対行為も、私への敵意と同等とみなします。」
マイクを介さずとも、ニャオスリーの冷徹な声が場内の隅々まで沁み渡り、恐ろしいほどの静寂が訪れた。
なるほどね。確かにフォローは完璧だし、すぐに演説どころじゃなくなったけど…コレはちょっとやり過ぎじゃない?
「…せっかくのお言葉を中断し、場を盛り下げてしまい恐縮です」
本当はそんなこと微塵も思ってないクセに、わざとらしくうやうやしく私に頭を下げた彼女は、
「お詫びとして、ここで皆さんにちょっとした余興をお楽しみ頂きましょう」
パチンッとギザっぽく指を打ち鳴らすと、大広場へと通じる通路の大扉がおごそかに開いて…
外部から射す逆光をバックに、奇妙な一団が入場してきた。
「オラもっとキリキリ歩くにゃっ!」
怒鳴りつけるしろがねちゃんに引きずられてムカデのようにゾロゾロ歩いてくるのは、手枷足枷を鎖で一列に繋がれたオジサン達。
あたかも江戸時代の罪人か、北海道開拓に従事した網走刑務所の受刑者のような光景…。
そのそうそうたる顔触れには、まったく初対面なはずの私でも見覚えがあった。
「お、おい…嘘だろ?」「海外事業部長に、地方統括部長…防衛課長までいるぜ?」「まさか…連中が…?」
ステージ上に登壇させられ、スポットライトを浴びせられて見せ物扱いなその一団に、会場のあちこちで生じたざわめきがさざなみのように押し寄せる。
さすがの副首領もこれは知らなかったのか、呆然とした表情でステージ上を見上げている。
そう、彼らこそが首謀者である…とニャオスリーが告げるまでもなく。
「フンッ、ゴタンマを地の底まで貶めた阿呆どもが…いい気味だ!」
なんと連中は私ではなく、副首領に向かって罵詈雑言を吐き始めた。
「先代首領の頃は良かった…。それを貴様ら愚兄弟がすべて台無しにしてくれおって!」
「そうだ! 貴様らのせいで、我々が今日まで積み上げてきた実績が総崩れではないか!?」
あ〜いるいる、体制が変わった途端に物事が上手くいかなくなって、それを全部上のせいにする奴。
この手の懐古主義な人々は、現在の方がよっぽど優れている面も多々あるのに、そうした点には端から見向きもせずに大昔からのやり方に固執しがち。
「昔の人は一生懸命働いた」って、非効率で危険な方法を延々繰り返して、それで死んでちゃ意味ないでしょ。バカなの死ぬの? あぁ死んでるかケタケタ♩
そもそもこの連中、たぶん自分達は椅子にふんぞり返ったままな〜んもしてなくて、全部部下に丸投げしてたんだろう。だから指示系統が変わると総崩れになっちゃうんだ。
つまり一番に変えるべきは自分自身なのに、その努力を怠って同じ過ちを繰り返してばかり…。
こんなのが上に居座ってたら、そりゃどんなに優秀な人材でもたちどころに根腐れするわ。
てゆーか、どうせ規制が厳しくなって賄賂が思うように集まらなくなったことに腹を立ててるだけでしょ?
前首領は、そうした不正にはかなり厳しい人だったという。けれども父親の代から仕えてきた人材を無碍にはできず…。
それこそが彼の、良く言えば優しさ、悪く言えば脇の甘さだったのかもしれないけど。
「なるほど…それが不満でこんなコトをしでかした訳ですか」
「だから何度も言ってるだろう、我々は何も知らんと!」
「ただザマぁ見ろと思っただけだ! それが罪になるというのか!?」
ニャオスリーの追及を完全否定する彼ら。そりゃそーでしょ。
けれども、前首領に多大な不満を抱いていたという時点で、彼らの無実を支持する味方はもう誰もいないだろう。
そして…ことゴタンマにおいては、上司の死を喜んだだけでも充分な罪に値する。
「だ、そうですが…首領。聡明なご判断を」
そうか…これが彼女が言ってた『イベント』か。
ここで私が毅然とした態度を示せれば、以降私をナメる部下は確かに激減するだろう。
けれど…引き換えに、何の罪もない彼らは…。
ニャオスリーは言ってた。「ゴタンマの全ては私のもの」だと。
それはつまり…彼らの命も…。
「ふ、ふん、小娘ごときにできるものか!」
「だ、だがまぁ、助けてやると言うなら助かってやらんでもない…ぞ?」
「てゆーか…助けてくださいお願いしますぅ!」
「何でもっ、何でもしますからぁ!」
…なんかちょっとムカついた。
仮に、私や若様がそう言って命乞いしたとして…彼らは聞き入れてくれただろうか?
私は単に、外の世界で若様とご一緒したかっただけなのに…どうして一人だけでこの場に残るハメになったのか?
…うん、解ってる。直接の原因は彼らには無いって。
悪いのはむしろ、すぐそばに立ってるニャオスリーや副首領だって。
それなのに…どうしてこんなに彼らに怒りを覚えるんだろうか?
完全に八つ当たりかもしれない。
それでも構わないと思えるほどに…彼らはあまりにも『薄っぺらい』。
よくサスペンスドラマで「奪っていい命なんて無い」なんてカッコつけた主人公刑事が言うけど…
それって逆に言えば「わざわざ助けてやる命も無い」ってコトだよね?
それも、こんなに薄っぺらい命を。(←生粋の悪の組織育ち)
「…では、こうしましょう。この中の誰が真犯人か、この場で証明してみせてください。
そうすれば犯人以外は助けましょう」
◇
私の口からこんな意地悪な提案が出てくるだなんて思いもしなかった。
私はそれをニッコリ笑って口にしていた。
人間、本当に怒りが湧いてどうしようもないときには…かえって笑えるものなんだ。
ニャオスリーもしろがねちゃんも「へぇ〜ヤルじゃん?」的な視線を私に手向けた。
漫画なんかでは、たいてい主人公が皆と示し合わせて全ての責任を自身が被り、それを恩に着せて以降の展開を有利に進めていく。
だけど…実際問題、いざ命の瀬戸際に追い込まれてまでそんな英雄みたいな立ち振る舞いができる者は…皆無だ。
「お前だろう!?」「お前こそ!」「貴様ァッ今までの恩を忘れたか!?」「知るかそんなモンッ!」
実に浅ましく見苦しい展開がステージ上で巻き起こっていた。
罵り合いが次第にエスカレートし、掴み合いの殴り合いへと発展していく。
それを見守る観客達もどんどんヒートアップし、「やれ!殺せ!」というヤジや声援が飛び交う。
「…なかなか埒があきませんね」「なら手っ取り早く結論づけるにゃ!」
いい加減しびれを切らしたニャオスリーに応えて、しろがねちゃんが乱闘の輪の最中にサバイバルナイフを投げ込んだ。
その後の展開は言うまでもないだろう。
…やがて、ただ一人生き残った勝者が、血まみれのナイフを高々と掲げてみせた。
「フ、フハハッ…見ろ、俺の勝ちだッ!!」
「そうですね。おめでとうございます」
ニャオスリーがパチパチ陰気な拍手を送りつつ、淡々と祝福を述べた。
「これで無事、真犯人が判明しました」
「んなっ!?」
無論そんな訳ない。元々真犯人など存在しないのだから。
でももう、誰もニャオスリーの分析に異論は唱えられない。
「首領はこう言いました。『誰が真犯人かを示せばそれ以外は助ける』と。
『殺し合って一人だけ生き残れ』とは一言も言っていません。
にもかかわらず、そうせざるを得なかったのは…貴方こそが真犯人だからです。
異論を挟む可能性のある者を一人残らず排除すれば、もう誰も貴方が犯人だとは言えませんから」
「きっ詭弁だッ!!」
だよね〜。後でよくよく聞き返したら穴だらけの解説だけど…今はそれでいい。
わざわざ私が手を下すまでもなく殺し合ってくれたのは好都合だった。
これで…自ら手を汚すのは一人だけで済む。
「ク、クソッタレどもがァーッ!!」
サバイバルナイフをブン回して暴れ出したオッサン…だけど、手枷足枷のお陰で簡単に避けられる。
先ほどまでは、無実の人を処分するなんて…と思っていたけど。
相手がこちらに危害を加える気満々なら話は別だ。
さらには、女の子をクソッタレ呼ばわりする奴なんて…絶対許せない!
それに、さっきからニャオスリーとしろがねちゃんにばかり仕事させてるから…首領たるもの、最後は自分が出るべきだろう。
『止まりなさい。』
言葉と同時に彼の心にも呼びかける。こうすることで、並みの精神力の持ち主ではもう私に逆らえない。
「うっ…くっ…!?」
急に動かなくなった自分の手のナイフと私達を交互に見つめるオッサンの顔に、焦燥感が色濃く浮かぶ。
実際には私の暗示にかかって自身でナイフを止めてるんだけど、それに気づかない限り呪縛の解きようがない。
そしてこの種の人々はたいがい全て他人のせいにするから、絶対解けない。
会場の人々にも何が起こっているのか薄々解ってきたようで、次第に私の方に驚異の視線が集まってきた。
それを見て、私はあえて彼の懐に入った。ナイフの刃先は目と鼻の先だ。
会場のどよめきがますます大きくなり、ときおり悲鳴も入り混じる。ビジュアル的にはまんま、いたいけな美少女に刃物を突きつけた変質者だから無理もない。
「なかなかいい性格してますね、いたいけな美少女。」
やかましい。てな具合に私の能力を熟知してるニャオスリーは涼しい顔だけど、しろがねちゃんは気が気じゃない様子で身を乗り出した。
それを片手で大丈夫だからと制しつつ、私は一時停止状態のオッサンに次の指示を送る。
『そのナイフで…自分の首を刎ねなさい。』
オッサンの顔が恐怖と絶望に歪み、一瞬遅れて会場のざわめきも最高潮。
これは予想外だったらしくニャオスリーも目を見張り、しろがねちゃんはヒュウッ♩と口笛で囃し立てた。
「た、頼む、やめろ…やめてくれ…っ」
急に弱腰になってきたオッサンの懇願とは裏腹に、彼のナイフの切先が自らの喉元に突きつけられた。
「嫌だ…まだ死にたくない…っ!
やめろォオ〜〜〜〜ッ!!」
恥も外聞もなく泣き叫ぶ彼の皮膚を突き破り、刃先がズブズブと体内にめり込む。
だから私は指示しただけだから、貴方自身がやめようと思えばやめられるんだってば。
…よっぽどの鋼の意志の持ち主ならね。
「あ゛…ぐっ…がはっ…げぽ…っ!?」
残念ながら彼にはそこまでの度量は無かったらしく、軽々と彼の喉を切り裂いたナイフは、血飛沫を上げて深々と突き刺さった。
さすがはサバイバルナイフ、よく斬れる♩
会場の方々からは最初のうちこそけたたましい悲鳴が聞こえたものの、すぐまたシ…ンと静まり返った。
オッサンはとっくに白目を剥いて失神状態だけど、それでも行動は止まらない。
既に声帯は機能せず、口と喉からはヒューヒューゴボゴボという耳障りな呼吸音しか聞こえない。
でも本当の見せ場はここからだ。
やがて首根っこを貫通したナイフを、オッサンは今度は刃の向きに従って反時計回りに滑らせ、少しずつ首を捻じ切っていく。
ゴリゴリゴキュゴキュと骨を断ち切る音。
切れ味抜群のナイフは脊髄をも簡単に切断。
これで脳髄と身体は完全に分断されたはずだけど…それでも彼の動作は止まらない。身体を動かす意志は脳以外にもあるということか。
精神操作のプロの私も、すべて理解して術を駆使してる訳じゃないから知らないけど。
メキョメキョッ…ごとんっ。
程なくして切断終了した彼の首が、不安定なマネキンの首が落ちるようにステージ上に転がった。
そこでようやく動作を止めた彼の身体が、彫刻作品のようにその場に立ち続ける。
これだけ凄惨な光景の中にあっても、どことなく神々しい芸術作品のような…。
するっ…ザクッ。
彼の手からこぼれ落ちたナイフがステージ床に垂直に突き刺さる。その衝撃で残る身体もぐらりと揺れて…ずずぅ〜ん。
切り倒された樹木のように横たわったところで、やっと全てが終わった。
もう、誰も何も言わない。
これだけ大勢が詰めかけた場内に、恐ろしいほどの静寂が満ちた。
…そこで私は、まだ就任の挨拶の途中だったことを思い出した。
百聞は一見にしかず…一連のイベントのお陰で、回りくどいことを言う手間が大幅に減った。
私はツカツカとオッサンの生首に詰め寄ると、その頭髪を鷲掴んで引きずり起こした。
早くも固まりかけた血糊がベリベリと引き剥がされるけど、もうマネキンみたいなものという認識だから、さほどの恐怖は感じない。
たいして中身が詰まってないはずの生首はムダに重いけど、持てないほどじゃない。
スイカのように抱きかかえて、再び演説台へと歩み寄ると、その首を花瓶のようにどっこいしょっと台上に置いた。いわゆる見せしめだ。
不安定ですぐ倒れるので、何度もガンガンぐちゃぐちゃと打ち付けて…やっと真っ直ぐ立たせることに成功。
《まったく…最期まで手間を掛けさせないで》
独り言のつもりだった私の声が、スイッチを入れっぱなしだったマイクに拾われて会場中にボソボソと中継されてしまった。…恥ずかしっ。
「えとえとっ…こゆことはなるべくしたくないから、みんな協力して頂けたら幸いです。ゴンッ☆」
最後に一礼したら、マイクにしこたま頭をぶつけてしまった。
ううっ、やっぱり私にはこんなの無理…
『イエス・マムッ!!』
うわビックリしたっ!? ステージから見下ろせば、満場一致で私に向けて敬礼する大勢の姿が。その後には割れんばかりの拍手喝采。
いったいどーなってんの…?
「あははっ、なかなかヤルにゃ!」
背後からのしろがねちゃんの声で我に返れば、その隣に立つニャオスリーも、
「魔女とはよく言ったものですね。やはり貴女を推薦した私の目に狂いはなかった」
と満足気に微笑んでいた。
改めてステージ上から周囲を見渡せば…すっかり青ざめた副首領が、信じ難いモノを目撃したように私を見つめ返していた。
よくわからないけど…少なくとも、これで彼が私に直接なにかしてくることはもう無いだろう。結果オーライってやつ?
ふう〜やれやれ、やっと終わった…と額の汗を拭ってみれば…袖口が真っ赤に染まった。
どうやら私は相当な量の返り血を浴びていたらしい。
なるほどね、みんなあーなっちゃうのも無理はないか…と納得しながらも、急に意識が遠のいて…
私はそこで卒倒して…その後の記憶はない。
◇
授業終了の直前からクラスメイト達がそわそわし始める。
彼らの視線は一斉に教室の戸口へと向かう。
そして今…終業チャイムが高らかに鳴り響いた。
ガラッ!とどこか他の教室のドアが勢いよく開け放たれる音が。
次いで小さな足音がパタパタと階下から近づいてきて…僕のクラス前で止まった。
ガララッ!とまたしても力まかせにドアが開いて、
「お兄ちゃあーんっ☆」
小柄な美少女が戸口から教室中央の僕の座席まで、たった一足で飛びついてきた。
おかっぱ頭にクリクリお目々…もったいぶらずに明かせば、僕の妹のななみだ。
「来た! 我らが天使!」「いつ見てもカワイイ♩」
教室内がにわかに活気づく。
「ななみたん、飴食べる?」「たべるぅ〜♩」「コラ〜食べ物持参は校則違反だぞー没収!」「え…アメちゃん、たべられないのぉ?」「ゔ…い、一個だけだゾ♩」「あー先生一人だけ餌付けズッコい!」
てな感じにみんな僕らの周りに寄ってきて、ななみをチヤホヤかまい始める。学園のアイドルってゆーよりもペットのソレだ。
まあ妹がカワイイのは僕の自慢でもあるけど、こうも毎回だとさすがにウンザリだ。なにしろ授業が終わるたんびにコレだからな。みんなよく飽きないもんだとマジ感心する。
あ、言い忘れてたけど僕らはつい最近、近所の小学校に通い始めた。
ななみがそれなりに喋れるようになったのを見て、母さんがそろそろ学校に行けと言い出したんだ。
「学校は行けるうちに行っておいた方がいい。後になって後悔したって遅い」と、どこぞの往年のアイドルソングみたいな口ぶりで。
「今日ある学校、明日にはもう無い」とも。それどこの戦場?
父さんは対照的に「大丈夫なのか? ななおはともかく…」とやたら心配してたけど、「大丈夫。ななみが暴れたら私がトドメを刺す」とかメチャヤバい説得で押し切った。
で、僕が五年生で、ななみはイッコ下の四年生。
…僕はともかく、妹の方はとてもそうは見えないほどチビっこくて幼いけどね。
てゆーか僕の方も、年齢的には通ってて当然のはずだけど…な〜んか今までそんなトコに通った記憶が一ミリも無いんだよなぁ?
しかもぶっちゃけ、なんで今さら?って思わなくもないし。小学校で学ぶような知識ならもう間に合ってるから、学習的には退屈この上ないし。
けど、こうして大勢でワチャワチャ賑やかなのは意外に楽しくて、思ったほど悪くはない。
悪くはないけど…毎回コレはさすがに疲れるだろ?
「ななみ…いつも僕のトコにばっか来てるけど、お前のクラスの方はどーなってんだ?
まさか、友達いないとか…?」
「ううん、お友達はいっぱい出来たけどぉ…あっちにはお兄ちゃんがいなくて寂しいんだも〜ん♩」
と、人目もはばからずマーキング…いや頬擦りしてくる困ったチャン。でもカワイイから僕も許すしみんなも許す♩
「それにぃ…お兄ちゃんカッコ良すぎだから、見張ってないと心配だしぃ…」
ななみ専用の指定席である僕の膝の上に陣取ってグルーミング…いや僕の髪をいじくりながら頬っぺたをプクッと膨らませる。
もうどこから見ても完全無欠なパカッポーだけど、これまたななみがカワイイというだけで皆スルー。美少女って得だな…。
かくいう僕も女子の間ではそこそこ人気あるようで、無邪気にじゃれ合う僕らを羨ましげに見つめる視線にもとっくに気づいてはいる。
あまり自覚は無かったけどルックス抜群で、大人びた落ち着きぶりがさらにイイんだとか。年上の存在に憧れる時期だしな。
でもなぁ…
「安心しろ。お前以外の子には興味ない」
僕の答えにななみの顔がポッと赤らんで、周囲の女子からも黄色い悲鳴が上がる。
…ほらな? 相手は小学生のガキだぜ。色気のイの字もありゃしない。
いや外見の問題じゃなくて、もっとおしとやかな子の方が個人的には…
…ん〜? それならななみはますます対象外だし、なんかどっかでそういう子と知り合いだったよーな気もするけど…何故だか全然思い出せないなぁ?
「…兄妹でイチャついてるトコ悪いんだけど、七尾くんちょっといい?」
おっと。周囲の人垣を掻き分けて、三つ編みの眼鏡っ子が話しかけてきた。
たしかクラス委員長だっけ? みんなにいいんちょイインチョ言われてるから、名前は知らないけど…ちょっとカワイイ子かな。
「ん?…あ、コレかな? 悪い、提出し忘れてた」
と、机の中から未提出だったアンケート用紙を取り出して手渡す。ちゃちゃっと記入し終えたところでななみがじゃれついてきたから、すっかり忘れてた。
すると眼鏡っ子はちょっとムッとした顔で、
「書き終わってるんならもっと早く提出して」
とだけ注意すると、踵を返してスタスタと行ってしまった。
みんなポカーンとした顔でそれを見送る。
「…センゴクさんって、なんか…ねぇ?」
「言ってる事は正しいんだけど…なぁ?」
「あんな言い方しなくっても…さぁ?」
どうやらクラスメイトにもあまり良いイメージは持たれていないようだな彼女。ああやって自ら生き辛い環境を作る輩はよくいるし、確かに悪いのはこっちだから腹は立たないけど…。
割と大人びてて可愛かったし。
「…ムゥ〜ッ、やっぱり安心できない…!」
僕の心情を目ざとく嗅ぎつけたななみがプクッとムクレる。相変わらず嗅覚バツグンだな。これじゃあオチオチ浮気も出来やしない。
「お兄ちゃんはななみだけ見てればいーのっ!
お兄ちゃんはななみと繁殖するんだから!」
どよ…っ!?
どよめくギャラリー。そりゃそーだろ。
ななみサン。あーた今、何を…?
「ななみはお兄ちゃんでハンショクするの♩」
聞き間違えじゃなかった上にダメ出しだとぉ!?
いちばん幼いと思ってた子が、実はいちばんマセてた罠!
「いっぱい赤ちゃん作ろーね、お兄ちゃん☆
ななみはいつでも準備オッケーだから♩」
もぉやめたげて!? これ以上はいくら僕でもフォローしきれないナリ!
準備って、具体的には何をどんだけハァハァ!?
「あ〜…ななおくん、ななみちゃん。後でちょっと職員室まで来なさい」
って先生まだいたの!?
よりによってエライとこ聞かれてもーて!?
「いや先生っ、僕ら兄妹はいたって健全なお付き合いを…!」
『どこがぢゃいっ!?』
ううっ、クラス全員のサラウンドツッコミは脳を揺さぶるなぁ…。
その後、先生はマジにうちの両親にこの出来事をチクリやがった。
で、父さんは平謝りだったけど、母さんは「愛さえあれば大丈夫♩」とまるで取り合わなかったらしい。
チョー頼もしいけどチョー不安な人が身内にいたよ…。
◇
「…ってな塩梅で、二人ともすこぶる元気に育っとるぞ」
「…そうですか…」
今日は首領室での定期報告会。
忍者さんが話す若様達の最新の様子に胸が熱くなる。
「ななみはまだ私のおっぱい欲しがって困る。出ないと言ってるのに…と思ってたらちょっと出た。何事も根性☆」
クノイチさんは…色々相変わらずなご様子で。
「旦那も欲しがるけど、子供の分が無くなるからあげない」
「余計な報告はせんでいい!」
あははぁ。呆れるくらいラブラブな二人には当てられっぱなしだけど、よもや本当に夫婦になってるとは思わなかった。
年の差婚ってゆーか、犯罪…。
「あの、その…まさか若様にもおっぱい…?」
「ななおはもう中身は大人。だから飲まない」
ホッ、良かった…
「でも大人だからおっぱいには興味津々。
見て見ぬフリしてたから、見たければどうぞと言ったら遠慮なく触ってきた。子供のフリして。
なかなかのテクニッシャンで旦那より上手。キモチ良かった♩」
「なんだとぉうっ!?」
はいアウトぉーっ!!
若様は安定のエッチぶりで、私がいなくなった途端にやりたい放題で…正直ちょいムカ。
…でもそうか。あの時からもう、そんなに経っちゃったのか。
◇
一旦はゴタンマから無事逃げおおせた二人が、再び私の前に戻ってきたのは数日後。
再会の喜びこそあれど、なんでわざわざ!?と驚く私に、
「…嬢ちゃんの方こそ、いったいどーなっとるんだ?」「見違え…はしないけど、驚いた」
私の肩書きがイキナリ首領になってたことに、二人は戸惑いを隠せなかった。
「えーっとまあ、色々…ホントに色々ありまして…正直、自分も頭がついてってません」
「いや、ニャオスリーがあんたを首領に推してたトコまでは同席してたから知っていたが…あの副首領がよく了解したな?」
「了解せざるを得ないトコまで追い込まれたみたいですよ…ニャオスリーに」
あ〜なるほど、そりゃ気の毒に…と顔を引き攣らせる忍者さんの隣でクノイチさんが、
「偉くなったなら、敬語使った方がいい…デスカ?」
「…今まで通りでいいですよ。私も話し方は変えませんし」
てゆーか、急に慣れない敬語なんて使われたら、なんだか一気に皆との距離が遠くなった気がして…若様が、ますます遠くに行っちゃった気がして…。
「でもあの…若様にはみだりにおっぱいを与えないようお願いします」
「…? 解った。万一おねだりされたら粉ミルクを飲ませておく」
いえいえそーゆー意味じゃなく。
出来ればワサビ成分や苦味を含んだクリームを患部に塗布して、二度と触る気が起きなくなるよう指導したげてください…プンスカ。
「だが、こいつはますます都合がいい。後はコレを副首領に見せれば、俺達は無罪放免だ」
と、背中に担いでた大きな袋をどっこらせっと応接テーブル上に降ろす忍者さん。
さっきからずっと気になってたけど、ソレいったい何…
「…ヒィッ!? あ、あなた達…まさか…!?」
袋の中身を見て一気に血の気が引いた私は、思わず二人に詰め寄った。
「おいおい慌てなさんな。こういう時こそお得意の能力の出番だろ?」「コレ、ニセモノ。あの部屋から回収してきた」
袋に入ってたのは…若様とキャットちゃんの『生首』。
でも言われてみれば確かに、あの時まで一緒だった彼らのモノとは微妙に違うし、時には非情な忍者さん達もさすがにホンモノには手出ししてはいなかった。
前首領のクローン培養室は事件直後に閉鎖され、内部のモノはすべて廃棄処分になったと聞いていた。御庭番達はそこからコレを拾ってきたのだという。
あの時は気づかなかったけど、すぐそばにはキャットちゃんの培養室もあり、同様に廃棄されていたという。彼女は首領のクローン技術を応用して開発され、若様同様に一体だけ実験飼育されていた。
つまり、彼らは事実上の『兄妹品』だった。
「確かに…副首領は今、あらゆる権限を私に横取られて相当参ってるご様子ですから、コレで貴方達を信用して味方に引き込む姿は容易に想像できますが…」
ニセモノと判ってはいても、机上のモノは直視するに耐え難い。
それは御庭番達の二人も同様で、さっきから一度もそちらに視線を向けようとはしない。
街での共同生活を始めてからまだ日が浅いけど、すでに『家族』としての絆が強く芽生えているからだろう。
それを嬉しく思うと同時に…そこに私がいないことに、一抹の寂しさを感じてしまう…。
「…本当は、コレでゴタンマ内を自由に歩き回れるようになった後、嬢ちゃんを連れて、改めてここから逃げるつもりだったんだがな…」
「それは…ありがとうございます。でもまあ…無理でしょうね、今の私の立場では」
「はい。逃しません」
いつものように忽然と現れたニャオスリーが、しれっと応接テーブルに同席していた。
神出鬼没な彼女のことだから、御庭番達の目論見にもとっくに気づいてるだろうとは思ってたけど…。
「ご安心を。この子達のことは誰にも言うつもりはありませんよ。副首領にも…その『駒』のしろがねにも」
机上の生首を一瞥しても顔色一つ変えない彼女の目的は、私をずっと自分の手元に置いておくことだけ。
ニャオスリーとしても、それで自分の意志がよりゴタンマに反映され易くなるし、私も彼女に反目する理由はない。
そんな彼女は立場上、反勢力側の副首領とは敵対関係にある。あの時、しろがねちゃんと仲良さそうにしていたのは、単に私を救出する目的が一致していたからだという。
「あの、しろがねちゃんって子は…やっぱり叔父様の味方なの?」
彼女はあれ以来、ちょくちょく私にちょっかいを掛けたりして気さくに振る舞ってはいるし、今のところ副首領側の意図を押しつけるような真似もしてこない。
けれども、あちら側の人間という括りがあるせいで、そう易々と信頼する訳には…。
「…まあ、副首領もアレには手を焼いてるようですけどね」
何処からともなく取り出したティーカップで中国茶をすすりながら、ニャオスリーは予想外の情報を口にした。
「自身の指導で造り上げた存在にもかかわらず、いまいち制御しきれていない様子が見て取れます」
造り上げた…?
「彼女の『心』は読めなかった…でしょう?」
…その通りだった。
私が今まで精神介入出来なかったのは、前首領とニャオスリー、そしてしろがねちゃんの三人だけ。
前首領は人間離れした鋼の意志で、自ら心を閉ざしていたが、時折それを逆手にとって秘匿通信代わりに意思疎通を図ることがあった。
ニャオスリーの頭脳は電脳置換されているため、生体にしか効果を発揮できない私の能力は通用しないが、行動自体は比較的シンプルだ。
けれども…しろがねちゃんの場合はこの二人とは全く違う。
一見あれだけ解り易い言動を繰り返しているにもかかわらず、その『心』はどうやっても解読不能だった。
というよりも…そもそも『心』が何処にあるのか皆目不明で、まるで無機物を相手にしているみたいだ。
前首領のような意志の強さも、ニャオスリーのような機械じみた言動もなく、至って自然に振る舞ってるだけなのに…?
「…それがアレの最も恐るべき点です。
結論から言えば…アレは人間ではありません」
驚く私達に、ティーカップをそっと机上に置いたニャオスリーは静かに告げた。
「アレは…しろがねは…
HWMです。」
◇
HWM…Humanized Working Machine。
人型作業機器の総称。
それくらいは私でも知っている。
近年発展目覚ましいAIの進化で、その開発技術が飛躍的に向上してきていることも。
けれども現状では、その外見はいかにもロボット然とした代物ばかりで…
彼女のように何処からどう見ても人間味に溢れた存在がソレだなんて…
世界中検索しても、一件もヒットする情報がない。
確かに副首領は、以前からゴタンマ内で進められてきた『超人』や『生体兵器』の開発計画を問題視していた。
開発部主任であり、恋人でもあったしおり先生が、その研究成果である私の能力を利用して逃亡を図ってからは、なおのこと…。
そして私の代になった今、そうした研究部署を次々と閉鎖に踏み切っている。
現首領であり、当該部署出身である私にも少なからず辛い思い出があることから、彼の方針には何ら異論はない。
加えて、彼への罪悪感も無きにしもあらずなことから、副首領の一存に任せてはいるけど…。
すっかり見過ごしてたけど、そうして確保した余剰予算の大半を、彼はとある部署にごっそり注ぎ込んでいた。
言うまでもなく、彼がかつて独自に立ち上げた『HWM開発部』だ。
当時はゴタンマの主力である兵器開発部内の一課として細々とスタートさせたらしいけど、将来的に発展が見込めるとの理由でいつの間にか分離昇格され、人員や予算が大幅に増強されていた。
そして、しろがねちゃんは自らを営業部所属と謳っていたけど…以前はその前身の『HWM研究課』に所属していた。
ゴタンマを統括するニャオスリーが言うことに間違いなんて無いに決まってる…けど、にわかには信じ難い。
あんなに天真爛漫な子が、まさか造り物だなんて…。
いや確かに人間離れした怪力や、罪悪感のカケラもない非情な行為には時々ギクリとさせられるけど…。
という訳で事の真相を確認するため、私はしろがねちゃん専用のプライベートルームへと赴いた。
…営業の人間が社内にそんな部屋なんて持ってる時点でオカシイでしょ、やっぱり?
でもさすがに最新設備が整った新社屋ではなく、昭和の香りが色濃く漂うひなびた旧社屋の一角に彼女の部屋はあった。
コンクリ剥き出しの廊下の端に位置する、色褪せたドアをノックしようとして…室内から洩れ聞こえる話し声に、思わず耳をそば立てる。
「…だからぁ、サボってなんかいないにゃ。ちゃんと仕事してあげてんにゃん?」
誰かに文句を言われて反論してるらしい。
しろがねちゃんは普段から声が大きいから、薄いベニヤを貼っただけの古ぼけたドア越しに会話が筒抜けだ。
でも話し相手の声は聞こえず、室内からは彼女の気配しか漂ってこない。
…電話で通話してるのかな? う〜ん、もっと室内の様子が判れば…
とか思いながら周囲を探ってみると、ドアノブではなくドア自体に小さな鍵穴を見つけた。大昔にはよくあった構造のドアだ。
鍵の造りも実に簡素だから、この穴から覗き込めば…やっぱり。
部屋の窓際に置かれた大きな机にベッドみたいに寝そべって、脚をプラプラさせながら喋ってるしろがねちゃんの姿が見えた。
私もあまり他人のことは言えないけど、お行儀悪いなぁ。靴も靴下も床に脱ぎ散らかして、裸足でくつろぎすぎた彼女のスカートは大きく捲れ上がって、お子様パンツがモロ出し…。
なんでか上着も脱いで、大きく胸元がはだけたシャツの隙間から滑らかな柔肌が露わに…。
あ、サイズ的に私とどっこいどっこいだと思ってたら、やっぱりノーブラ…
ってイヤイヤ、そんなトコロよりも!
「んなっ…!?」
思わず叫びそうになった自分の口を慌てて両手で覆い隠す。
雑音が反響しやすい旧社屋のおかげで、幸いしろがねちゃんには気づかれなかったようだけど…
何なの…アレは?
彼女の背中…首の付け根辺りにポッカリ穴が開いて…コネクタみたいな部品が見えてる!
そこからケーブルで接続されたスマホに向かって、彼女は誰かとビデオ通話していた。
…これは後になってから知った話だけど、今では無線通信が普通になったHWMも、当時は各パーツの外部電波による誤作動が多かったことから遮蔽剤が多用されていたんだとか。
これにより外部通信時には有線接続が必須で、現在のように通信回線を開きながら他の作業にあたる芸当はほぼ不可能だったらしい。
そのぶん外部要因に惑わされず行動がとれ、かつ内部構造がシンプルなため、しろがねちゃんの稼働速度は現在でも全HWM中最速クラスなんだとか…。
「てゆーかさぁ、あんな子の観察を続けて意味なんてあるにゃ? ボクには只のドン臭いドジっ子にしか見えないんにゃけど?」
ムッ…それってもしかしなくても私のこと?
その時、彼女がスマホの持ち方を変えたおかげで、それまで聞こえなかった通話相手の声がクリアに聞き取れるようになった。
《侮るなしろがね…相手は魔女だぞ? あの就任式での奴の能力を見ただろう?》
スマホの画面が小さくて傾きも大きいから顔は見えないけど、この声…副首領の叔父様!
「見た見た、カワイイ顔してエグいコトするよにゃ〜ますます気に入ったにゃ♩
でも、ボクなら大丈夫じゃにゃい? 何度か心を読もうとしてる感じだったけど、一度も成功できなかったみたいにゃ」
それはアナタの脳みそが非生体の電脳だから…。
しおり先生は、たとえ相手がAIでも人間同様な思考方法なら介入できる可能性はある、とか言ってたけど…
まるでチャンネルが合っていないかのように一切読み取れないのは、私達人間とは思考のアプローチが全く異なるからか…?
《その油断がイカンのだ! お前の特性が有効なうちに、さっさと奴の弱点を見つけてミスを誘え! そしてとっとと奴を失脚させて、俺に首領の座を譲らせるんだ!》
わ〜まだ諦めてなかったんだこの人。
そんなにお山の大将になりたいなら、いつでも譲ってあげるから。私も望んでやってる訳じゃないんだし。
でも、ニャオスリーの説得は自分でお願い。てゆーかそっちの方が手っ取り早くない?
まあたぶん無理だろうし、私にも絶対無理だけど。
「わざわざ見つけるまでもなく、最初っから弱点だらけにゃ。怖がりだしキョドッてるし弱いしニブイしオモラシするし…あの子のHPはスタート時点でゼロにゃ☆」
ゔゔゔゔゔ〜〜〜〜っ…なんでオモラシのことバラしちゃうのっ!?
「でも…それでも一生懸命だから、ついつい応援したくなっちゃうんだよにゃ〜♩」
《…なんだと!?》
副首領がツッコむのと、私がキョトンとなるのは同時だった。
応援したくなる…? HWMが、マスターの命令よりも…自己判断を優先した!?
「あの子、言ったにゃ。このゴタンマを…今までに無かった組織に変えてみせるってにゃ」
確かに言った。最初はニャオスリーに勧められて。このゴタンマを変革する…って。
今のゴタンマは、世間的には悪の側かもしれない。
でもそれは、現時点では到底社会に受け入れられない実験を率先して行なってるからで…。
それまで非常識だと思われていたことが、社会や技術の進歩で常識に覆ったことなんて枚挙にいとまがない。
そしてこのゴタンマに集った構成員は総じて悪人ばかりではなく、そうした社会変革を本気で目指してる人達も多い。
そう、何も私達まで悪人になる必要はない。
だから私が目指すのは…ゴタンマの『意識改革』。
人が道を違えて悪に堕ちるのは…希望を失ったから。
夢や希望を叶えた人だけが正義を語る…そんな世の中こそが間違いだと、私は思う。
そしてまた、どんなに時間が掛かろうとも…
どれだけ犠牲を払おうとも…
希望さえ失わなければ…
やがて、夢は叶う!
私はこのゴタンマを、そういう場所にしたい。
そうすればもう、わざわざ自ら『秘密結社』を名乗る必要もなくなる。
そうして変わったゴタンマに…いずれ若様をお迎えできれば…。
また、私と…若様と…二人で…。
…それが…私の夢。
◇
「だからオッサン。アンタが首領になるのは、それまで待ってくれるにゃ?」
《フッ…フザケるなァーッ!!》
オッサ…副首領ブチギレ。そりゃそーよね。
《俺が何のためにお前を開発したと思ってるんだァ!? 俺がお前のマスターなんだぞ!? その恩を忘れおってぇ〜〜〜〜っ!》
テンプレ台詞の最中で悪いけど、叔父様。
アナタ、この手の漫画読んだコトないでしょ?
小悪党に産み落とされた使い魔は遅かれ早かれ、多かれ少なかれ、飼い主を裏切って主人公側につくものなのよ♩
《これだから人形ごときに個性など不用だと、あれほど言ったのにアイツら…っ!
そんなツマランものは造らないと駄々をこねおって…あのっ糞オタクどもがァーッ!!》
新部署立ち上げに際して副首領が自ら声をかけて寄せ集めたのは、いずれも開発者としては優秀だけど上司や社則にろくに従わないトラブルメーカーばかりだった。
その腕前はしろがねちゃんの出来栄えを見れば疑いの余地もなく、やがてHWM開発部を大発展させる原動力となる。
が、その不忠義ぶりが災いして職を追われ、再び路頭に迷っていた彼らに今度は私が声を掛けて、『前作』を遥かに上回る大傑作にして『問題作』を開発することになるんだけど…それはもっと後のお話。
「あ〜うっさ…話が終わったならもう切るにゃ」
《なっ!? ちょっと待てキサマ》ブチッ。
嗚呼…いとあはれ。
「オッサンなんかとダベってたって、ちーっともオモロくないにゃ…。
あの子の方がよっぽどからかい甲斐があって楽しいにゃ♩」
…お、お手柔らかにお願いします。
「ちんまいけど、あれでけっこーそそるカラダしてるし…いぢめ甲斐あるんだよにゃ〜ニュッフッフ♩」
ううっ…目つきと手つきが若様とおんなじ。
「でも…あのキラキラお目々を近くで見てるのが好きなんだにゃ…♩」
…………。
私も…まるで猫の目のようにコロコロ表情が変わるしろがねちゃんを見てるのは嫌いじゃない。
彼女は常に明るくて、多少は強引なところもあるけど、私をグイグイ引っ張ってくれて…。
引っ込み思案な私にとって、そんな彼女がいつもそばにいてくれるのは、とても頼もしいし、不安にかられる暇もないほど心強いし…
なんといっても、楽しい。
心が読めないなんて…考えてみたら、そんなに大した問題じゃない。というか普通はそれが当たり前なんだし、彼女は割と単純…いや純粋だから、それでも対処しやすい。
しろがねちゃんが人間じゃないって知ったときにはさすがに動揺したけど…
よくよく考えてみたら、私の周りは人間離れした人ばかりだし、私自身も人間の範疇からはだいぶん外れてるし。
なので、今さら本当に人間じゃない子が増えたところで、どうってことないってゆーか。
最初に彼女に助けてもらった時には、その過激なやり方に恐れ慄きはしたけど…その陽気なキャラに圧倒されて、すぐに好印象に変わったし…なんとなく、仲良くなれそうな気がした。
それなりに気が合う程度から始まって、時には歪み合ったり励まし合ったりしながらも、いつしか自分に欠かせない大切な存在になっていく…。
そんな関係になれたらいいなと思ったのは、若様に続いて彼女が二人目だった。
確かにしろがねちゃんは、副首領が私を探るためによこしたスパイだ。
けど、私自身に知られて困る事なんてそれほど多くないし、最初からそんな存在だと知ってれば臆することもない。
それにマスターの命令は最優先というHWMの常識を曲げてまで…副首領の命に背いてまで、彼女は私を評価し、見守ってくれようとしてる。
自分を信頼してくれる人が、すぐそばにいる…こんなに幸せなことが他にあるだろうか。
そんなかけがえのない彼女に…私はどんな恩返しが出来るだろうか?
「…さぁ〜って、そろそろまた『金の字』をからかいに行こっかな〜♩」
机の上でぴょこんっと跳ね起きたしろがねちゃんが、鼻歌混じりに着崩れた衣類を直している。
『金の字』て…考えるまでもなく、私のことだよね。ふ〜ん、私がいないトコではそんな仇名を付けてたんだ…。
…あ、そっか。その手があった。
いつもは彼女の方から声を掛けてくれるけど…たまには私の方から歩み寄ってみよっかな?
コンッコンッ。
「…んにゃ? 誰にゃ?」
応答を聞いて、私はそっとドアを開けた?
「やまぶきちゃん…珍しいにゃ!?」
顔を見せたのが私だったことに、しろがねちゃんは目を丸くしてる。この部屋を訪れたのも初めてだしね。
さっきまでケーブルが繋がっていた首筋をしきりと気にする素ぶりを見せているあたり、私に正体を知られたくないんだろう。言われなくても追及なんかしない。
「んっと…ちょっと思い付いたことがあって。
でも私だけじゃ難しそうだから…シロちゃんに手伝って欲しいなーって…」
「あ〜、そんなことならお安い御用…」
机からピョンッと飛び降りた彼女は、私に走り寄ろうとして…
私が放った言葉の違和感に気づいたらしく、ふと立ち止まって反芻してから…
「…『シロちゃん』?」
彼女の問いかけに、私ははにかんで頷き返した。
「『しろがねちゃん』じゃちょっと長くて堅苦しいかな〜って思って。
それに、仔猫みたいにカワイイあなたには、こっちの方が似合ってるかな〜って…
…ダメ、かな?」
小首を傾げてみせた私に、しろがねち…シロちゃんはギュッと飛びついて抱き寄せた。
「じ、じゃあ…ボクもこれからやまぶきちゃんのコト、『金ちゃん』って呼んでいいにゃ!?」
ゔ…なんかどっかのベテラン芸人さんかカップ麺みたい…だけど、語呂もいいしお揃いだから、まいっか?
いつも笑顔の彼女だけど…このとき私に見せた朗らかな表情は、今まで見たどんな彼女よりも愛らしかった。
…こうして私とシロちゃんは、この時から無二の大親友になった。
◇
とゆー訳で、シロちゃんの助力を得て私自らが初めて手掛けた新事業の視察に、私は今日もいそいそワクワクと向かう。
「金ちゃん、今日もアソコに行くのかにゃ?」
廊下ですれ違ったシロちゃんに満面の笑顔で頷き返す。
と、彼女は対照的にハァ…と溜息ついて、
「ボクも立ち上げを手伝ったし、金ちゃんが張り切ってるのは見てて楽しいけど…その方向性がどーにもにゃあ…」
サブカル方面にさほど興味がない彼女からすれば、私がソレに熱を入れれば入れるほど退屈なんだろう。
「ま、ほどほどで切り上げてくるにゃ。他にもお仕事てんこ盛りだからにゃ?」
釘を刺すしろがねちゃんに苦笑を返して、私は目的の場所…またしても旧社屋へと向かった。
先日訪れたシロちゃんの自室からさほど離れていないフロア数階分を、私は丸々その事業用に確保した。
新社屋ではなく旧社屋にしたのは、こっちの雰囲気の方が比較的落ち着いてることと、業務内容的にそれほどの設備や規模は必要ないから。
[出版事業部]…廊下の端に真新しいプレートが掲げられてはいるけど、まだほとんどが空きスペースでシーンと静まり返っている。
今のところ活動してるのは、そのうちの一部署だけだから無理もない。
私の目的もその場所だ。
[月刊ゴタンマ編集部]…シロちゃんの部屋のドア以上に古ぼけて傾きかけたそのドアを、私は意気揚々とノックした。
…けれども返事がない。まあ予想はついてたので、遠慮なくドアを開けて入室する。
室内はパーテーションで仕切られてて、まるで迷路のような構造になっている。
手前には打ち合わせ用のシンプルなテーブルと椅子が並び、奥の方には編集者用のPCが載った作業机が島を作っている。
まだ稼働後間もないから、どれも新品同様で片付いてる。
が…その最奥に位置する一回り大きなデスクだけは、早くも夥しい書類やスタミナドリンクの空き瓶に埋もれて腐海の様相を呈していた。
その机の下を、恐る恐る覗き込むと…
…いた。この部屋のヌシが。
仮眠用の布団セットを私物化して、社屋内のコンビニで買ったインスタント食品をバリケードのように積んで、大いびきを掻いて爆睡中だった。
さながら、ダンジョンのボス部屋に金銀財宝をしこたま溜め込んだ真ん中で眠りこけるキングドラゴンのように。
「お…おはよーございまーす…?」
「…んふぉっ!?」
おっかなびっくり呼びかけると、ドラゴンは布団を引っ被ったまま飛び起きて、頭上にあった机の底にしこたま頭を打ちつけた。
「あ゛痛〜っ…なんだ金ちゃんかぁ」
シロちゃんがそう呼べるまでにしばらくかかった私の愛称をあっさり口にして、布団から亀のように顔を覗かせたのは、女子大生風の派手めな女性。
繁華街によくいるギャルそのまんまな色とりどりに染めたストレートヘアー、流行りのコスメでバッチリ決めたメイク、そして露出度高めのファッション…かと思ったら、それもそのはず下着姿だった。
「あ、あのぉ、編集者には男性もいるんですから、もう少し、そのぉ…」
「えっ、もぉそんな時間!?」
慌てて手繰り寄せた掛け布団を身体に巻き付けつつ、窓辺を覆う半開きのブラインドに目を向けた彼女は…その向こうに広がる爽やかな青空に安堵して、
「な〜んだ、ホントに朝っぱらじゃん? 連中が顔出すのは夕方からだから、まだまだ大丈夫♩」
…うちは秘密結社とはいえ表向きは一般企業だから、営業時間はいちおーマトモな時間帯になってるし、本来は無断残業や泊まり込みも禁止なんですケド?
「とりあえず服は着てください服は」
「ちぇ〜っ、金ちゃんのイケずぅ」
そして私は曲がりなりにも代表取締役…。
ゴタンマにも制服コードはあるのに、彼女が目の前で袖を通してるのは何の断りもなくギャル服だし…。
あと、若様とナニした時はいちお〜ちゃんとイケてました!…え、そーゆー話じゃない?
「で、何の用?…って訊くまでもなく、決まってるよねー?」
「そうじゃなかったら、わざわざこんなトコまで足を運んだりしません。
…お仕事の方はどんな感じですか?」
「ん〜、思いのほか順調かな? このままいけば予定通り創刊号が出せそうだよ♩」
それを聞いて安心した。かな〜り急ピッチで押し進めたから、無理は百も承知だったけど…
「この『桜ふぶき』が手掛けるからには、下手なモンは出せないからね〜☆」
自信満々に胸を張り、ロケットおっぱいをぽよよんっと揺らす彼女こそが誰あろう、このほど新創刊予定のコミック誌『月刊ゴタンマ』の編集長だ。
元は同人業界で常に売上首位を独走する同人クイーンの彼女に、私が直々に声を掛けて抜擢した。
ちなみに『桜ふぶき』は同人時代のペンネームで、本名は『春日こゆき』と意外にカワイイ。しかも実家は老舗旅館だし。
「あとは方々駆けずり回ってかき集めた『豪華執筆陣』の原稿さえ上がって来れば御の字だけど…豪華なだけあってクズ人間度パネーからなぁアイツら。
他の本よりだいぶ稿料イイんだから、頑張って欲しいよね〜?」
そのクズ人間の最たる者が目の前に…。
お願いしますよホントに。
◇
私が出版部門を立ち上げた御題目としては、「先にコミック誌を創刊し、比較的年齢層の低い読者に『ゴタンマ』という名前を定着させて世間の違和感を無くしてから、次第に多種多様な雑誌や書籍を発行して社会的に定着させると同時にイメージアップを計る」という、我ながら巧い理由付けがなされている。
要は、本来なら秘密なはずの結社名を大々的に巷に晒すということだから、最初こそ異論反論多々ありましたよ、エエ。
ところが、意外にもこの案に大賛成したのが副首領の叔父様だった。
「小娘にしてはなかなか考えたではないか!」と珍しく手放しで褒めてくれたことにより、反対派も渋々意見を引っ込めざるを得なくなった。
私とはやり方がずいぶん違うけど、「ゴタンマを変えたい」という願いだけは一致してるのかもしれない。
…でも悪いけど、私がコミック誌を出そうと思い立ったのは、実はまったく別の理由からだった。
公私混同甚だしいにも程があるけど…離れ離れになってしまった若様との距離を、少しでも縮めたいと願ったからだ。
彼と別れた、あの日…私は彼の記憶を大幅に改ざんして、ゴタンマでの思い出を消した。
とりわけ私のことは徹底的に消去した。彼が新しい世界で気兼ねなく暮らしていけるようにと…。
でも、たった一つだけ全く手をつけなかった想いがある。
それは言うまでもなく、彼の『漫画にかける情熱』だ。
というか実のところ、その想いがあまりにも熱すぎて、精神操作のプロの私ですら容易には手出しできなかったのだ。
だから…今は一時的に忘れていても、いずれまた漫画家目指して再起する日が必ず訪れる。
今の若様は外見的には小学生だから、デビューに漕ぎ着けるには時期尚早だろうけど…
その時に備えて、今から私が漫画雑誌を用意しておけば…やがて必ず彼の目にとまり、投稿してくれるに違いない…!
そして月刊ゴタンマの方針として、編集長とも意見を一致させた上で、次の絶対ルールを定めた。
『優秀作品は即掲載』
『有望作家は即連載』
もちろんゴタンマを挙げて大々的にフォローアップし、アニメ化等のメディアミックスも積極的に行う。
そのために、以降は映像やゲーム等を扱うメディア事業部も立ち上げるつもりだ。
どーよ、この万全の準備体制!?
さぁ若様、おいでおいで〜♩
「ま、あたしとしても金ちゃんには恩があるしね〜。やるからには精一杯やらせてもらうわヨン♩」
そう、編集長・桜ふぶきがここまで一生懸命なのはソレが大きい。
考えても見てほしい。私やシロちゃんみたいな見た目お子様がイキナリ声を掛けたところで、子供のおママゴトみたいにあしらわれるに決まってる。
そこで私は御庭番の力を借りて、申し分ない編集能力を誇りつつも、のっぴきならない事情で困り果ててるクリエイターの内定を進め…白羽の矢がズブリと突き刺さったのが彼女だった。
当時、彼女のサークルは大ブレイク間違いなしのラノベタイトルに狙いを定め、それに因んだ同人誌数万冊を用意し、イベントやネットで売り捌く予定だった。
すべて捌ければ小規模出版社並みの利益が得られる算段だったというから途方もない。
ラノベの時点で数十万部という驚異的なセールスを記録した原作は、メディアミックス化したコミック等関連商品の売り上げも順調で、いよいよテレビアニメも放映直前に迫っていた。
と・こ・ろ・が!
よりにもよってそのタイミングで、原作者が違法薬物所持で逮捕されてしまった。
当然のようにアニメ放映は中止。原作発刊&コミック連載も中断。その他あらゆる関連グッズが闇へと葬られ、当作は近年稀に見る大失敗コンテンツの烙印を押された。
…ま、割合よくある話ではあるけど。
ソレに一縷の望みを託していた彼女達サークルも大打撃を被り、アマチュアサークルながらに中堅企業並みの莫大な損失を計上。
こりゃも〜メンバー全員で首吊るしかないかな〜アハハハハ〜!?
…と、笑うに笑えない状況に陥っていたところに、突如として燦然と降臨したのが金色と銀色の天使…
ぶっちゃけ、私とシロちゃんだった。
「最初はこんなチビっ子ちゃん達が、いったい何の冗談かと思ったけど…
実際目の前で、本物の小切手をポンッと切ってくれちゃったしねン」
彼女達の借金をすべて肩代わりすることを約束した私達は、引き換えに新創刊誌のスタッフとして、桜ふぶき以下サークルメンバー全員を引き抜いたのだった…。
「でもさぁ、フツーなら半年以上はかかる創刊準備を、しかもド素人なあたし達だけで二ヶ月足らずでやれって言われた日には、死刑宣告の方がよっぽどマシかもって思っちゃったわよン…」
そんな無理は承知の要求でもなんとかカタチになったのは、ひとえに桜ふぶきのカリスマ性と、意外に強い責任感…そして若様と同等かそれ以上の漫画にかける情熱があったればこそ。
「ふぶきちゃんにはこれからも色々と無理を聞いて貰うかもしれないけど…
よっぽどのことがなければそうそう『死刑にはしない』から、頑張ってくださいネ☆」
にこやかに激励する私に、編集長は顔に縦線が下りた漫画キャラのように青ざめて、
「だけどいつか気づくでしょう その背中には
紅と黒に染まり抜いた 羽根があること〜♩」
往年の名曲アニメ主題歌っぽい替え歌を口ずさんでいた。
やっと気づいたの?…ウフフ♩
【第十一話 END】
過去編が終わらない!(笑)
てな感じのやまぶきの回想録も早三回目。
当初は二回ぐらいで終わらせる予定だったのが、話が膨れに膨れて次回も続きます。それでようやく過去バナ終了の予定。
主人公ななおがどうしてあそこまで漫画沼にどっぷりハマってるのかが判明すると同時に、各キャラとの繋がりもバッチリ理解できるとゆー仕掛けになっとります。
性懲りもなく今回もまた新キャラが出てますが、この人わりと重要な役所です。
ななおが漫画家を目指していたなら、投稿先の雑誌も必要だろうということで、月刊ゴタンマ編集長の桜ふぶきを登場させました。
彼女はやまぶきの親友しろがねや後見人のニャオスリーよりもさらに年上で、面倒見が良い姉的なポジションとして、今後も物語に深く関わってきます。
なので初登場からインパクト強めに仕上げてみました。
それにしても、やまぶきは当初の想定以上に黒ずんできましたね〜いろんなトコが(笑)。
個人的には正統派なヒロインよりは、どこか歪んでる娘っこが大好きなもので…願望が出すぎましたかね?
でもこれくらいのタマじゃなきゃ悪の組織の親玉は務まりませんよ。元々が若様ファーストでメイクゴタンマグレートアゲイン主義者ですし(笑)。




