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理想社会。

 平穏無事な日常を怠惰に過ごすことをモットーとする俺にとって、天敵ともいえる存在がいる。

 桜も散り終える時分のうららかな昼休み…そろそろアイツが現れる頃合いだ。

 俺はいつものように机に突っ伏して居眠りを決め込む。


「ななお、お前は今日も弁当か?」


 自称親友のはるきが前の席に腰掛けつつ、気さくに話しかけてくる。こっちが寝てようがお構いなしだ。


「…ああ、その予定だ」


「そいつは良かった、一緒に食おうぜ!」


 最初からそのつもりだったくせに、俺の了承も得ずそそくさと自分の弁当箱を俺の前に広げる。

 若干厚かましい奴だが、嫌味な気配は微塵も感じない。どこぞのアイドルグループにでもいそうな人懐っこい爽やかイケメン野郎…

 なんだが、なぜだか不思議とモテない。

 先ほどから女子の視線が気になるものの、それらは全てはるきではなく俺の方に向けられている。…なぜだ?


「んで、お前の弁当は?」


「忘れた…ってことにしてある」


 さもなきゃ、アイツがここに来る理由がなくなっちまうからな。


「そーかそーか、いい『お兄ちゃん』だねぇ♩

 おかげでオレは毎日アイドルに会えるわけだし、感謝しねーとな」


 よく言うぜ、最初っからそれが目当てで俺に近づいてきたくせに。


「…あんなクソチビのどこがそんなにいいんだ?」


「カワイイとこ☆」


 即答かよ。まあ確かにカワイイってのは否定しないけどな…だが、しかし。


「はるきよ…お前は本当のアイツを知らない。

 今ならまだ、引き返せる…!」


「なん…だと…!? お、教えてくれ…お前は彼女の何を知ってるというんだ…?」


 ノリノリだなコイツ。然らば俺もノらない訳にはいくまい。


「ならば…教えてやろう。アイツは…ななみは…もごっ!?」


 セリフの途中で突然、俺の口に大きめな唐揚げが突っ込まれ、俺の忠告を強制終了させた。


「カワイイななみちゃんが何ですか? お兄ちゃん♩」


 唐揚げを押し込んだ指先をペロッと舐めて、あざと可愛く微笑むソイツに、教室の空気が一気に華やぐ。

 座敷童子かと見紛うばかりの、身長百四十センチにも満たない小柄なボブカットの女生徒。

 皆と同じ制服を着てるから生徒と判るが、そうじゃなきゃ小学生にしか見えない。

 不肖ながら、これが俺の妹だ。


「カワイイ…」「仔猫みたい♩」「抱いてみたい」「むしろ抱いて!」「ぺろぺろして♩」


 教室中から骨抜きな歓声が上がる。うちのクラスは揃いも揃って変態ばっかだな。

 そんな猫神サマのご登場に、はるきも「キタァーッ!!」と大はしゃぎ。


「こんにちわ春木さん、いつも兄がお世話になってます♩」


「いえいえこちらこそ〜ふひゃはっ!」


 妹にペコリとあざとく会釈されて、『春本はるもとはるき』という親がダジャレで付けたとしか思えない名前の自称親友はもうデレデレだ。


「るっせぇぞななお、そーゆーお前だって『七尾ななおななお』じゃねーかっ!」


 くうっ、痛いところを。

 こんなフザケた名前のせいで、たいてい「メンドイから片方だけでお呼びしますね〜」と端折られてしまう俺の身にもなってみやがれ!

 上と下のどっちで呼ばれたのか判んねーし…って、どっちでも大差ないか。


「んなことより…ハァハァななみちゃん、お腹なでなでしてイイ? 肉球プニプニしてイイ?」


「え、遠慮しときますぅ…あと肉球ありませんのでぇ」


 たった一字違いで妙に可愛い名前の愚妹は、はるきの申し出に引き攣った笑顔のまま後ずさる。


「またセクハラしてる…」「春本くんって見た目はカッコいいのに」「中身ガッカリだよね〜」


 クラスの女子の囁き声で、奴がモテない理由が明らかに。


「でも七尾くんと一緒にいると絵になるわ〜♩」「うんうん、二人ともルックスだけは抜群だしね!」「なのに七尾くんってずぅ〜っと寝てばっかだから近寄りにくいし…」「なーんか、二人揃って変態臭が漂ってんだよね〜」


 ううっ…ついで俺がモテない理由までもが赤裸々になって大いに落ち込んだところで。


「それはさておき、お兄ちゃんまた弁当忘れてったでしょ? いつも届けさせられるあたしの身にもなってよね〜」


 可愛くプンスカ怒りつつ、手にした俺の弁当箱をグイグイ押し付けてくる。

 ケッ、言葉通り『届けに来てる』だけの分際で、何をエラソーに。わざわざそうさせてやんねーと、お前が後で機嫌損ねるからだろが。

 ちなみにこの弁当はお袋のお手製で、ななみ本人は調理技術など微塵も持ち合わせてはいない。


「せっかくだから、ななみちゃんも一緒に食べていけばどぉ?」


 はるきの余計な提案に、クラスの大半が「イイコト言った!」的なムードを漂わせるが、


「う〜んせっかくだけど、お友達と一緒に食べる約束してますんで〜」


 ハイハイ、こないだ入学したばっかなのに早くもモテモテだな。

 この俺と一緒に昼飯食おうとする変わり者ははるきぐらいだってのに。

 だが陰キャを自覚する俺には、それくらいが丁度いい。飯食うたびに大勢でドンチャン騒ぎな陽キャラやパリピどもは性に合わん。

 つーか飯とかトイレくらい一人で済ましやがれ。合わせ技でトイレ飯なんて実に効率的な技法を生み出した奴等はむしろ尊敬するね。

 …真似する気は微塵も起こらんけど。


「あと、お兄ちゃん…帰りにお買い物よろしくネ♩」


 走り書きしたメモ用紙を手渡しつつ、図々しく頼んでくるななみに俺は若干イラッとして、


「ンなもんアメズンで取り寄せろよ…!」


「むぅ、あたしがPCとか使えないの知ってるクセに…」


 唇を尖らせて可愛くスネてみせるが、なかなか致命的な欠点だと思うぞ。

 ななみのヤツはZ世代の分際でハイテク機器の類が一切合財使えない。PCやスマホはいうに及ばず、今日びの授業では必須なタブレットからゲーム機、カラオケ店のリモコン、回転寿司屋のタッチパネル…果ては電子レンジやIHコンロに至るまで、徹底的かつ壊滅的にだ。

 昭和世代の方々ですらフツーに使いこなしてるこのご時世に…。

 さすがにテレビや電話程度は使えるが、これでよく世知辛い現代社会を生き抜けるもんだと感心する。


「あ〜わーったわーった。どれどれ…ペン先にインクに原稿用紙…って必需品ばっかじゃねーか? ギリギリになってから言うなっていつもがもごぉアッ!?」


 俺が全部言い切るよりはやく、ななみは弁当の残り全部を箱ごと俺の顔面に押しつけて強引に口を塞いだ。


 「おほほほお兄様ちょーっとツラ貸せや…!」


 可愛く微笑みながら俺の胸ぐら掴んで引きづり起こし、


「テメーなに要らんことばっかペチャクチャくっちゃべってやがんだ…ブッコロされてぇか…を゛!?」


 誰にも見えないように般若の形相を浮かべたななみは、誰にも聴こえないほどの殺気みなぎる囁き声で俺の鼓膜と肝っ玉を震わせた。

 やっと本性を表しやがったな…。

 ご覧の通り、コイツの実態は猫神様などではなく『猫かぶり姫』だ。


「ペン先に原稿用紙? なんか昭和の漫画家みたいだね?」


 何気なく呟いたはるきに、ターミネーターのごとくギュルンッと首を高速回転させてターゲットオンしたななみは、俺をペイっと放り出すなり、奴の頬に両手を添えて、


「はるきサン…それ以上追及されちゃったら、あたし、あたしぃ…!」


 つぶらな瞳を切なげに震わせて熱視線を送りつつ顔を近づける。なるほど口封じには最適解だ。

 するとはるきのアホは勝手にとろけて、


「うぅ〜ん言わない、もぉ二度と言わないから…ちょこっとチューしていい? 先っぽだけでイイから!」


「お断りしますぅ♩」


 俺同様にはるきを紙屑のようにポイっと放ったななみは、天使のような笑顔を浮かべて、


「それじゃあお兄ちゃん、また放課後にね♩

 皆さんもお邪魔しましたぁ〜☆」


 これみよがしに媚びを撒き散らし、聖者のように惜しまれつつ教室から出て行った。

 やれやれ、やっと嵐が去ったか…。

 顔じゅうに張り付いた弁当の具を引っ剥がしては口に放り込みつつ、俺はホッと胸を撫で下ろした。


「…相変わらずキョーレツな兄妹愛だねぇ♩」


 あっさり立ち直ったはるきが、俺の顔の具を勝手についばみながらニヤリと微笑む。

 そーゆー意味深なやり取りは一部の腐女子にマジウケするからヤメロし。

 てゆーかコイツ、ななみの本性をとっくに見抜いてやがったか。にもかかわらず、いまだにアレに心酔できるだなんて…


「真正の変態だな、お前…」


「なんだとぉう!? 勃てばちゃんと剥けるから問題ねーだろが!?」


 そっちの話じゃねーよ。自爆までしおってからに。

 ったく、俺の周りにはどうしてこんなのしか寄ってこないんだ?

 俺はただ、平々凡々な日常を謳歌したいだけなのに…。





 それなりに腹が膨れた後は、午後の授業に備えて仮眠を取…

 ったつもりが、次に目を開けると教室内にはもう誰もおらず、締め切られた窓からは穏やかなオレンジ色の光が射していた。


「ふむ…いよいよ人類滅亡か?」


 窓の向こうに沈みゆく荘厳な夕陽を目に独り言ちたつもりが、


「死滅してんのはお前の脳細胞だろ。放課後まで爆睡しやがって」


 今度は後ろの席でスマホをいじくってたはるきが呆れたように呟いた。どうやら俺が目覚めるまで待っててくれたらしい。


「てことはもう学校終わりだな。こうしちゃいられん、早よ帰ろ!」


 そそくさと帰り支度を済ませ…と言ってもぺちゃんこの鞄を手にしただけだが…さっさと席を立つ俺を見て、


「…お前、いったい何しに学校来てんの?」


 ますます呆れ返って被りを振りつつ、はるきもスマホをポケットに放り込んで立ち上がった。


「どっか寄ってくか?」


「画材屋。いつものトコ♩」


 そーゆー意味で訊いたんじゃないんだけどな…とはるきは溜息をついて、


「まだ描き続けてんの? お前が漫画の話しなくなってから結構経つけど」


「まだまだやってんよ。もう現役じゃねーけど。

 あと俺は最初からデジタル派だけど、アイツはアナログしか使えねーからな」


「あ〜…やっぱななみちゃんにも感染うつっちまったか」


 昼間のお買い物リストの件を思い出したのか、はるきは頭をポリポリ掻いて苦笑する。

 他人にはひた隠しにしてるつもりのななみとは違い、俺の方は大っぴらにやってたからな。


「あんなバレバレでも、いちおー秘密にしてるらしいから黙っておいてやってくれ」


「りょーかい。んで、どんなの描いてんの?」


「…それがバレちまったら、アイツはもぉ学校来ねーだろうな…」


「それは困る。今どき隠すほどのことでもないと思うけどなぁ…解った、もう訊かねーよ」


 漫画やアニメやゲームが広く市民権を得た今日では、もう大昔のように後ろ指を指されることも無くなったが…いつの時代でも変わらず非難され続けるジャンルが一つだけある。

 はるきはたぶん、ななみがライトなBLでも描いてると思ってるようだが…事実を知ったらきっと悶絶死するぞ。


 それでも画材屋までは一緒に行こうとしつこく付きまとうはるきを連れて教室を出ようとしたところで…


「きゃっ!?」「ぅおっと!?」


 顔が完全に隠れるほどのプリント類を抱えた誰かとぶつかった。その手からプリントの束がドサドサと雪崩れ落ちるのを見て、こいつはヤバイと直観。今は手伝う暇すら惜しい。


「をぅをぅどこに目ェ付けてほっつき歩いてやがんだア゛ァ゛!?

 こっちはボーっとしてんだから、そっちが気をつけてくれなきゃ困っちゃうんだぞ!?」


「…ななお、お前ってホンットろくでなしのクズな?」


 責任転嫁阻止のためガンタレた俺をはるきが他人事のように非難する。

 だけど女子の方は申し訳なさそうにうなだれて、


「ぁうぅ…ごめんなさい…っ」


 と素直に泣きべそを掻き始めたポニーテールの眼鏡っ娘を見て、俺の方までうなだれる。

 ますますヤベェ、よりにもよって彼女かよ。


「を〜これはこれは委員長サマ、大変申し訳ありませんでしたっと…」


「女子と判った途端に態度豹変だし…」


 詫びを入れつつ渋々プリントを拾い集める俺に呆れ返りながらも、はるきも回収作業を手伝ってくれた。


「あ、ありがと…七尾くん」


「いいってことよ」「良いも悪いもななおのせいだしな」「うっせ!」


 目の前で即興漫才を繰り広げる俺たちに、委員長はやっと眼鏡を拭って…いや目尻を拭って微笑み返した。

 さっきまでダラリと垂れ下がってたポニテの先がヒョコヒョコ揺れてるし、いくらか元気も戻ったようだ。


「んで、なんだその大量のプリント?」


「先日までのアンケート用紙。先生が集計しておいてくれって…コレで」


 委員長は鞄を開けて、俺のとは対照的に教科書やノートがギッチギチに詰まった中身からノートPCを取り出した。

 それを見るなり俺は深ぁ〜い溜息一つ。


「…またかよ?」


「あははぁ…」


 照れ笑ってる場合かよ。おかげで余計な仕事が増えちまっただろがぃ!


「悪いはるき、俺コイツと付き合うわ」


『…!?』


 二人の顔色が一瞬で変わり、特に委員長のポニテがまともに逆立ったのを見て、言い方を間違えたことに今さら気づいたが、メンドイから取り消さない。


「今日こそはヒィヒィ言わせちゃるから覚悟しとけよ…?」


「はひぃ…っ」


 真っ赤な顔で身悶えながらもポニテをブンブン振り乱す委員長。だから真に受けんなって。


「ま、まさか二人がもうそこまでの仲だったとわ…!?」


「はるきも焚きつけんな。てかはよ帰れ」


「へぇへぇ、お邪魔虫は退散しますよっと。

 …にしても信じ難い組み合わせだこと」


 全国でも上位の成績保有者なポニテ眼鏡イインチョと、オレ様のようにニヒルなイケメンのカップリングって、ラブコメ界隈では割とマストだと思うが?

 などと考え込んでるうちにはるきは誰もいない廊下の向こうに消えていった。

 夕闇迫る教室に残ったのは、ちょっと気まずい男女二人きり。


「…じゃ、とっとと済ませるぞ」


「は…はぃ…」


 …なんでスカートをたくし上げる?





 窓際の席に陣取って、委員長から借りたPCを操作する。


「まったく…ろくに使いこなせないPCなんて持ち歩いてるからそーゆー目に遭うんだぜ?」


「そーゆー目に遭わされても良かったのに…」


 意味深なセリフとともに絡みつくような彼女の熱視線。だからそゆトコが誤解を産むモトなんだろがぃ!


「それに、ボタンがいっぱい付いてる機械をカチャカチャやってるのって、いかにも頭良さそうでカッコイイでしょ?」


「ボタンじゃなくてキーボードな。タッチスクリーン全盛の今どき、わざわざンなコトやってる奴なんて頭カタイと思われるだけだせ」


「うぅ…っ」


 ここまでの会話でご推察通り、彼女もななみと御同類だ。

 ただし『使いたくても使えない』ななみとは違って、こっちは純粋培養の機械オンチだけどな。

 あと、コイツはななみとは別ベクトルの見栄っ張りで、もともと成績優秀なのにさらに頭良く見せようとしたがるアタマ悪い女だ。

 このノートPCも単なるインテリ演出用の小道具だし、実は掛けてる眼鏡にも度が入ってない。裸眼で両目とも視力1.5だ。


 そもそも委員長とお近づきになったのは去年…この学校に入学して間もない今時分。

 そのときから同じクラスで、コイツはやっぱりクラス委員長だった。

 そういやはるきもいたっけ。うちの学校はクラス替えが無いようだから、たぶん卒業するまで同じ顔ぶれだろう。

 で、そん時も俺は放課後の教室で惰眠をむさぼっていた。

 すると…何処からともなく女生徒のすすり泣く声が…。

 俺にもいよいよ心霊現象ネタが出来たかと喜んだものの、よくよく周囲を見回せば…

 なんのことはない、教室の最前列ど真ん中といういかにも優等生的な特等席に居座った委員長が嗚咽を洩らしていた。

 放課後の教室で泣く女なんてメンドイ奴に決まってるから、無視を決め込もうと思ったものの…俺たちの他に人影はない。

 チッ、貧乏くじかよ…と舌打ちしつつ、


「…どったん?」


 おっかなびっくり呼びかけると、委員長は待ってましたとばかりに振り向いた。

 その時…俺は初めて素直のコイツを見た。

 正直言って、可愛かった。

 俺的には充分に美少女と呼べる範疇だった。

 いつもは眼鏡を掛けたツラした拝んだことが無かったから、なおさら衝撃的だった。

 その眼鏡…を外して涙を流した美少女は、ようやく飼い主に巡り会えた仔犬のようにポニーテールを振り乱して、


「このパソコン、変なの。押したのと違う文字ばかり出てくるの…!」


 と、開きっぱなしのノートPCを俺に突きつける。

 よくよく見るまでもなく、


「かなキー、ロックされてね?」


「かなキー…ってどのボタン?」


 この時点で俺は見抜いたね。コイツはそーとー重症だぞ、と。

 その日から何となく、委員長がPC処理を任されたときには俺が肩代わりせざるを得ない腐れ縁が構築されちまったのだ。

 なにぶん俺も男だからして、これほどの美少女との共同作業はやぶさかではないが、こうも頻繁に引っ張り出されると…なぁ。

 委員長にも少しは罪悪感があったのか、そのうちこんなコトを言い出した。


「カンニングペーパー?…をどうするって?」


「だから私が、七尾くんに作ってあげるの♩」


 罪悪感どこ行った?


「何のために?」


「だって七尾くん、アタマ悪いでしょ? テストの成績もいつも底辺だし」


 一見人当たりが良さそうで、けっこーズケズケ言うタイプだったんだよなコイツ。


「私のカンペならトップ入り確実だよ。職員室とかしょっちゅう出入りしてるし、先生の机に置きっぱなしの作成中のテスト用紙とか見放題だし☆」


「こらこらコラコラッ!」


 てな訳で全国有数の超優等生は、己が成績と見栄のためなら手段を選ばない極悪非道な女でしたとさ。

 この提案もたぶん、俺に共犯意識を抱かせることで互いに口封じを図るという計算尽くの行動だったんだろうな。でも可愛いから許す♩

 てゆーか、委員長がドジっ子属性なことはすでに大半のクラスメイトが知ってるから、何を今さらなんだけっどもな…。


 ちなみにせっかくのカンペはありがたく頂戴してるが、そのまんま使って急に成績が上がるとかえって怪しまれるため、試験当日まで丸暗記するだけに留めている。

 さすがに試験中に使う度胸はないな。うちの学校、カンニングは良くて停学、悪けりゃ退学だし。バレたら委員長もタダじゃ済むまい。

 それでも自分でテスト勉強するよりは遥かに効率がいいし、かろうじて赤点回避も可能になった。まさにいいんちょ様々だ。

 …え? カンペ暗記できるだけの脳みそがあるならマトモに勉強しろって?

 ヤダよ、俺様の灰色の脳細胞はお勉強なんてくだらない事のためにあるんじゃねーんだ!

 限りある資源と記憶領域は大切にネ♩


 さて、与太話はそれくらいにして…

 ネットから適当な集計AIアプリをダウンロードして…PCのカメラでアンケート用紙をひたすら読み込ませたら…

 あ、一枚ずつじゃなく、机の上に何枚か広げてまとめて撮影するので充分イケる。

 そしたら後は集計結果を待つのみ。


「…え、もう終わり!? 七尾くんって意外と効率良いね!」


「『意外と』って何だよ。効率良いのは俺じゃなくてアプリの方な」


 最近のAI技術の進歩は目覚ましく、素人でもこれくらい簡単に開発する。

 もうワードだのエクセルだのでちまちまやってる時代は終わったんだ。


「…ホラ出たぜ。後はコレをプリンタで印刷すりゃ良いだけ」


「…プリンタ?」


「それくらい職員室にあるだろ。そのそばにPC持ってって『印刷』って言えば勝手にやってくれる」


 昔みたいにケーブルで接続したり、ネットワーク組んだり、はたまたスキャナで取り込んだりなんてしちめんどくさい作業はもう必要ない。


「ん〜…わかった、やってみるね!」


 いまいち要領を得ない様子で席を立った委員長は、ノートPCのフタを開けたまま胸の前に大事そうに抱きかかえる。

 …まさかとは思うが、フタ閉めたらデータが消えるとか思ってんじゃないだろな?

 そして振り向きざまに、


「あの…もし良かったら、帰りは一緒に…」


「…悪ィけど用事があるんだ。また今度な」


 せっかくのお誘いなのに…お互いとことんツいてない。

 いくぶん残念そうな委員長は、すぐに気を取り直して、


「あと、このコトはどうか御内密に…」


「わーってるよ。バラしたら何されるか判ったもんじゃないからな」


 すると彼女は満足そうに微笑んで、


「うんっ。私と七尾くん…二人だけのヒミツ…ね♩」


 またもや思わせぶりなコトをのたまって、照れ隠しのように教室から走り去っていった。

 ったく、トンデモネーやつ相手にトンデモネー秘密を抱えさせられちまったもんだぜ。


「でもま…カワイイから、いっか」


 誰にともなく呟いてから、俺もようやく教室を後にする。

 誰に見られる訳でもないけど、真っ赤な西陽が射してる時刻で良かったぜ。

 誰かさんが小っ恥ずかしいコトばっかやらせるせいで、やたらと顔が火照って仕方ないからな…。





 年代物の校舎から足を踏み出した途端、風景が一変した。

 そこそこ田舎街なこの辺りでも、最近じゃ高層ビルだの高級マンションだのが所狭しと立ち並んで、一昔前なら充分に大都会の様相だ。

 通りを行き交う車はすべて自動運転。しかも誰でも気軽に呼び止めて乗り込めるカーシェアリングが普及したおかげで、道端をほっつき歩いてる通行人はほとんど見かけない。

 今どき自己運転のマイカーなんて所有してるのはよほどの車好きだけ。しかもガソリン車の場合は高い税金が課せられるし、そもそも給油スタンド自体めっきり見かけなくなった。

 交通事故も大幅に減り、さぞかし住み良い街になった…かと思いきや、


「強盗だァーッ!!」


 街の明かりがぽつぽつ灯り始める時刻。

 唐突に近くの店舗から悲鳴が轟いたかと思いきや、マスク姿の数人が表に飛び出してきた。


「チキショウ、やっぱブッ殺しときゃ良かったぜ!」


「バーロー殺人は即刻射殺だぞ! いいからもっと早く走れっ!」


「クソッ、こーゆーとき車が使えねーのは不便だよなァッ!」


 口々に罵声を浴びせ合いながらこっちに走ってくる強盗団。犯罪者は速やかに身元調査されカーシェアリングを拒否されるため、自力で逃げのびるしかないのだ。

 って、なんでこっちに向かってくるんだ?


「…ヘヘッ、丁度いいトコにガキがいやがったぜ!」


「ラッキー! 人質にしちまうか!?」


 ほれ見ろ、こっちはとんだアンラッキーだぜ。すぐ近所の店に立ち寄る予定だからと、車を呼ばなかったのが災いしたか?


《そこの覆面の男たち、すみやかに停止しなさい!》


 とそこへ、路地裏からパトランプを点滅させた2台の小型パトカーが飛び出してきた。

 自律巡回警備ドローン。従来の人間の警察官に代わり、どんなに危険な任務でもフルオートで即応する万能な番犬どもだ。


「クソッ、もう嗅ぎつけやがった!?」


「ええいっ、早くあのガキを捕まえろッ!」


 慌てた強盗団は俺めがけて一直線にすっ飛んでくる。

 あ〜こりゃ終わったな…連中が。


《警告! 警告! 通行人への危害意志を察知!》


 速度を上げたドローンの一台が全速力で俺と強盗団の間に割り込んだ。


《被害者確保!》《確認! これより掃討作業に移行する!》


 抜群の連携プレイで、もう一台のドローンが強盗団をターゲットオン。


「クソがァーッ!!…ぐほぉあッ!?」


 やぶれかぶれでドローンに突進した覆面野郎の一人は、急加速したドローンの体当たりを食らって空高く弾け跳んだ。

 そのまま急降下してベチャッと地べたに張り付いた野郎の頭を、ドローンはカエルや野良猫のようにクチャッと轢き潰して前進。


《十秒間の猶予を与える。武器を手放して投降せよ。十…九…》


「って誰がおとなしく捕まるかよッ!」「殺っちまうぞゴルァッ!?」


 強盗団は懐から刃物や自作拳銃を引っ張りだした。あの拳銃の類も現在では自宅で簡単に複製できるが、作成アプリをダウンロードした時点で指名手配だ。


《八…武装を確認。無力化する》


 ドドンッ! ぶちゅぶちゃっ!

 ドローンに内蔵されたレールガンが連中の得物を腕ごと破壊。薄暗がりに鮮やかな血肉の花が咲き乱れる。


「ギニャアーーーッ!?」「まだ十秒経ってねぇだろがーッ!」


 これ見よがしに凶器をチラつかせたアンタたちが悪いんだろ。ドローンには人間のような慈悲の心は微塵もないんだぜ?

 悲鳴を上げた野郎たちが路上を転げ回ったところで、


《見せられないヨ! 見せられないヨ!》


 俺の前にいた保護役のドローンが遅ればせながらブルーシートを展開して目隠し。

 って、バッチリ見えちゃってましたけどスプラッタシーン。このへんはまだまだ改良が必要らしいな。


《状況終了。容疑者を最寄りの署に連行します。貴方達には黙秘権がある。貴方達には弁護士を呼ぶ権利が…》


 ハリウッドの刑事モノ映画でよく聞く口上を唱えながら、迎撃役のドローンは道端の肉塊…いや容疑者たちを背面の捕獲ケースに多関節アームでペイッと放り込むと、速やかに走り去った。

 保護役ドローンはシートを展開し続けたまま路上に散らばる血痕や肉片を清掃しつつ、


《御協力に感謝します。万一PTSD等の症状が見受けられた場合には、速やかに当局へご相談願います》


 被害者である俺へのアフターケアも忘れない。


「ああ、今のところは平気そうだ。ありがとサン」


《どういたしまして》


 律儀に車体を傾けてお辞儀するドローンに見送られて、俺は現場を後にした。

 このように犯罪はますます凶悪化する一方で、発生件数はドローンの配備以降は大幅に減少したという。

 愛のない生活には耐えられても、AIのない生活など考えられない現代社会。

 良い時代になったものだ♩





 多少のハプニングがあったせいで、お目当ての店に着く頃にはとっぷりと日が暮れていた。


「いらっしゃいませ」


 行きつけの画材店の自動ドアをくぐるなり、音声合成の挨拶が頭上から降り掛かる。最新の電子音声ならもう少し愛想が良いが、古い店舗だから仕方ない。

 ここには店員はいない。欲しい商品を取ってからレジを通すと自動精算される仕組みで、今日ではたいていの店がそうなっている。

 誰もいないとはいえ、監視カメラでしっかり見られてるし、仮に万引きでもしようものならさっきの強盗団みたいな目に遭う。

 などと接客システムはハイテクだが、店の造りそのものは昔ながらの画材屋だ。


「え〜っとペン先とインク、原稿用紙…か」


 ななみから手渡されたメモを頼りに商品棚を見て回る。店頭で欲しい物を言えばロボットが持ってきてくれる店も多いが、味気なさすぎて個人的には好かない。

また、現在では漫画はデジタル作画が主流で、こんなアナクロな用品を使って描くのはよほどのベテランだけだ。

 なのでこの手の商品を取り扱ってる店もめっきり少なくなった。ここはそんな貴重な店舗の一つってワケ。

 実は俺がいまの高校に進学したのは、すぐ近所にこの店があったからという理由が大半だ。 日常的にガンガン使いまくる奴がいるから、すぐに在庫が尽きてしょっちゅう補充せにゃならんしな。


「いらっしゃいませ」


 また誰か他の客が来たようだが、気にする必要はない。

 なぜって、こんな商品に用があるのは俺みたいな変わり者だけだから、鉢合わせる可能性はない…


「っと!?」


 言ってるそばから誰かにぶつかった。なんと今しがた来た客もここに用があったらしい。


「あぁ悪い」


「…………」


 おいおい、無視とはご挨拶だな。挨拶してないけど。

 ムカついて相手を睨みつけた…俺の目が驚愕に見開かれた。

 何なんだ今日は。学校に引き続き、こんな場所でも美少女に出くわすとは。

 しかも目も醒めるような美人だ。サラサラなショートカットの色白でスタイル抜群。

 とりわけ薄手のカットソーを押し上げるように自己主張するたわわなお乳についつい視線が吸い寄せられる♩


「…………」


 その部分ばかり熱心に見つめていたせいか、彼女に無言で睨み返された。キツめの吊り目だから自然と萎縮してしまうが…

 ヘンッ、もとはと言えばぶつかったのに謝りもしないそっちが悪いんだろ!?


「…描くのか?」


 すると相手は予想外の質問を投げかけてきた。いきなり何のことだ?


「お前も漫画を描くのか、と訊いている」


 あれっ? なんでか俺、逆に怒られてる?

 思いのほか可愛い声だが、なぜに初対面の女子に『お前』呼ばわりされにゃならんの!?


「描いてちゃ悪いか?」


「いや、別に悪くはない。やっと同好の輩に出会えたと思っただけだ」


 なんと、逆に歓迎されてた!?

 判りにくいんだよこのキツネ目オンナッ!

 どうやら人当たりが少々キツかっただけらしい。せっかくの美人なのに、第一印象で損しまくってる奴だな。

 それにしても…


「てことは…あんたも描くのか?」


 到底そうは見えなかった。なにしろこの美貌に加え、身に付けてるモノは一見シンプルだけどブランド物の高級品ばかり。

 白魚のような細い指先にはペンだこも見当たらず、徹夜明けでやつれた感じもない。

 さらにはこの、常に上から目線の高圧的な態度…どう見てもイイトコのお嬢様だ。

 ってことは、どうせ金持ちの道楽的なニワカだろ?


「…今、私を小馬鹿にしただろう?」


「先に小馬鹿にしたのはそっちだろ?」


 一触即発な雰囲気で対峙する俺たち。

 しかしすぐに、


「…フッ、気に入った」


 先に折れたのは彼女の方だった。


「この私にそこまで言える者はそう多くはない。お前、名前は何という?」


 教えたら後で黒服にグラサンの怖い兄ちゃんたちがお家に詰めかけるんじゃないか?と危惧したものの、言われっぱなしじゃこっちも立つ瀬がない。


「…七尾ななお。」


「名前まで漫画みたいな奴だな」


 放っとけや。


「ムゥ? どこかで…

 …なんだ、クラスメイトか」


 一瞬の逡巡の後、意外なことを口走ると、


雫石しずくいしあゆか。私の名だ」


 それを聞いて今度は俺の方がたじろいだ。

 やっべぇ、コイツがソレだったのか…!


 うちのクラスには、入学以来ほとんど顔を出さないことで有名な不登校児童がいる。

 それがこの雫石あゆか。世界に冠たる巨大企業グループ、雫石財閥の御令嬢だ。

 噂ではお嬢様とは名ばかりの札付きの不良で、夜な夜な盛り場をうろついては金持ちオヤジを引っ掛けてホテルにしけ込んだ…とか、絡んできたチンピラを半殺しにした…とか、黒い噂には事欠かない。

 俺はもともと他人には関心が薄くて、入学から早二年目だというのに、いまだに顔と名前が一致しないクラスメイトも多い。

 そんな俺だからしてコイツの顔なんて知る由もなかったが、さすがに名前は知っていた。

 まさか向こうもクラスメイトの名前を把握していたとは意外だったが。


「いや、人名には興味ないから記憶が曖昧だが、顔ならクラス全員分憶えている」


 そいつは…俺よりスゴイのかダメなのか?

 他人に興味ないって言っちゃったし。

 でも顔を憶えてるってことは…それなりにクラスに溶け込もうとしてたってことだよな?


「…なんで学校来ないんだ?」


「どうして行く必要がある?」


 どっかのCMで見たな、このやりとり。

 新しい風が吹いている…!


「今の私にはそんな余計なことをしている余裕はない。

 お前のせいですっかり忘れるところだったが、今は物資の補給が先決だ」


 あっさり踵を返して、雫石オジョーサマは俺と同じ棚に向き直った。

 どうやら一度ハマったモノには脇目もふらず一直線に突き進む性格らしいが、そのためには学校すら不要と言い切ってしまえる境遇は正直、羨ましい限りだ。

 だが漫画を描いてるというのはどうやら大マジなようだ。奴が真剣に吟味してるブツを横目に観ていたが、極めてマトモな審美眼を持っていたからだ。

 価格の高低やブランドには踊らされず、ちゃんと品質と使い勝手を最優先してやがった。

 金持ちの道楽とあなどって悪かったかもしれん…どの程度の実力かは知らんがな。


「…七尾はこの辺りにはよく出現するのか?」


 商品の精算を済ませながら、雫石が尋ねた。


「出現て、俺はボケモンか!? まあ週に一度は必ずここに来てるかな」


「ふむ…憶えておこう」


 憶えなくてイイからそっとしといたげて!

 しかし単なる社交辞令だったのか、お嬢様は別れの挨拶もなしにそそくさと店から出て行ってしまった。

 うーむ…美人なら無条件でウェルカムな俺だが、あの類の相手はなかなかに厄介そうだぞ。

 はてさて、どーしたものかな…?





「ただいま〜」


 ほとほと疲れ果ててやっとこさ自宅に転がり込んだ俺は、飲んだくれリーマンのように廊下に大の字に寝転がった。

 …だが誰の出迎えもない。ななみの奴が先に帰ってるはずだが? ちゃんと靴もあるし。

 夕飯の時刻はとうに過ぎているが、この時間帯なら家には俺たち二人以外いない。

 両親はまだ忙しく外を飛び回ってることだろう。まったく興味ないから何の仕事かは訊いたこともないが、夫婦揃って同じ職場らしい。仲睦まじいこった。

 …それにしても静かすぎるな? 灯りも消えたままだし、物音一つしない…


「…まさか…!?」


 ふと最悪の事態を想像してしまった俺はガバッと跳ね起きると、靴を脱ぎ散らかして廊下を駆け出した。


「ななみ!? ななみィーッ!!」


 妹の名を呼びながら、柱や敷居にぶつかってもんどり打ちつつ、もどかしげにリビングへと駆け込む。

 そこで俺が目にしたものは…

 部屋の隅に置かれたロングソファーに横たわって事切れたななみの姿。


「クソッ…遅かったか…遅過ぎたのか…っ!?」


 ガックリとその場に崩れ落ちて、握り拳を床に打ち付ける俺の前で…


「んにゅ…ぅにゃにゃあ〜」


 ななみは眠りこけながら仔猫のようにヒゲを撫でてやがった。

 だってコイツ、めっちゃ寝起き悪いんだぜ?

 こうなっちまったが最後、いつも起こすたびに俺の生傷が絶えねーんだよ!

 そろそろ締め切りだってのに、何を呑気に…ったく。

 しかも何なんだ、この無防備すぎる格好は?

 ヘソが丸見えのぴっちりキャミソールに、尻のカタチ丸出しのスパッツとか…

 コイツのお気に入りの部屋着だけど、よくよく見なくても襲ってくれと言わんばかりのキワドさじゃねーか。

 いくら兄妹ったって、俺も一応男なんだぜ?

 お〜お〜ほとんど洗濯板な乳のくせに、一丁前に谷間こしらえおってからに。乳首の一つも捻じ切っちゃうぞゴルァ♩

 などと間近で覗き込んでたら…


「んにゃむにゅ…お兄ちゃんの…」


 おっ、なんか始まった? 寝ぼけて夢見てるようだな。


「お兄ちゃんの…黒くて硬くて長ぁい…こんなの、ホントに挿入はいるのぉ?」


 なん…だとっ。


「んんっ…ホラやっぱりキツすぎ…あんっ!?

 う、嘘ぉ…こんなに奥まで挿入っちゃった…!」


 うんうん、最初はみんな無理だと思うけど、成せば成るなり法隆寺♩


「そ、そして次は…腰に力を入れてぇ…ああっそんな!? 回すなんてぇ〜〜〜っ!」


 う〜んロリロリローリングサンダー☆


「そ、そんなにグリグリ回されちゃったら…あっはぁ〜んっ削れちゃう〜〜〜っ!!」


 …『削れる』? 『抉られる』じゃなくて?

 なかなかに斬新な表現だな…。


「ハァハァ…お兄ちゃん…楽しかったね?

 『鉛筆削り』♩」


 …ちょい待ち。

 長いのを差し込んで、回す…と削れる。

 なるほど理解した。理解はできた…んがっ!

 鉛筆削りのどこがそんなに楽しいのさマイシスター!?

 今どき鉛筆削ってる奴なんてお前くらいのもんだろが。現代っ子の俺たちゃもう筆記具自体使わないぞ?

 紛らわしい夢見てんじゃねーよこのナイチチビ!


「んふふ…お兄ちゃん…大好き♩」


 ゔ…。

 ったく、不意打ちにも程があるぜ。

 いったい何年前の夢を見てやがんだ?


 今ではあーんな凶暴に成り果てちまったななみだが、以前は…具体的には中学に上がるまでは、それはそれはカワイイ文字通りの美少女だった。

 どこに行くにも俺の後ろを仔猫みたいにちょこちょこついてきて…その健気で愛らしい姿が近所中で評判となり、『ななみヌコたんを陰ながらコッソリ愛でる会』なる謎組織も結成されたほどだった。

 思えばその頃からはるきの奴も俺に付き纏ってたような気がするが…それはさておき。


 ところがその頃の俺は…今でもそうだが『超』が付くほどの漫画バカで、来る日も来る日も漫画雑誌や原稿用紙と睨めっこ。

 我ながら年齢の割に画力やテクにはそこそこ自信があったし、実際にあちこちの漫画賞で佳作にノミネートされたことも何度かあったが…そこらへんが俺の限界だった。

 それでも諦めきれずに漫画家デビュー目指して邁進し続ける俺にとって、くっつき虫のななみは鬱陶しくて足手纏いなだけだったから、ろくに相手もせず放ったらかしてばかりだった。

 甘えたい盛りだったあの頃のコイツには、ずいぶん寂しい思いをさせちまったことだろう。


 けれどもななみは転んでもタダでは起き上がらない。

 俺が漫画ばかりにかまけてるなら…自分も漫画を描けば相手してくれるのでは?

 そんな子供じみた純粋な動機で、本当に超大作を描き上げちまいやがった。

 手や顔や服を鉛筆の芯や削りカスで真っ黒に汚したまま、ノート丸々一冊にギッチリ描き込まれた処女作を得意満面に俺に手渡してさ…。

 それは画力もストーリーも構成も荒削りすぎて、とても他所様にお見せできるような代物じゃなかった。

 が…その奥に俺は何かを見つけた。

 眩いほどに光り輝く、途轍もなく魅力的な何かを。

 この俺がどれだけ頑張っても手に入れられなかったソレを…ななみは最初っから持ってやがったんだ。

 そりゃたまげたし、打ちのめされたさ。

 もうコイツのツラなんか二度と拝みたくなくて、部屋に閉じこもって…ますますななみを遠ざけてさ…。


 でもそのうち、こう思い直したんだ。

 ななみの実力はホンモノだ。このまま埋もれさせておくのは勿体無さすぎるだろ…ってさ。

 ならこの俺が、持てる限りのあらゆる知識と技術をコイツに伝えて、そいつを掘り起こしてやるべきじゃないか…ってな。


「ななみ…俺と一緒に、漫画…描くか?」


「…うんっ☆」


 涙交じりのバツグンにカワイイ笑顔で、俺に大きく頷き返したななみの姿が…今でも忘れられない。


 …それだけの能力があるってのにコイツは、根本的にぐうたらな怠け者で、ちょっと目を離せばすぐにこの有り様だ。

 今のコイツの実力なら、すぐにでもプロデビューできるほどだってのに…いつまで俺がついててやんなきゃならねーんだよ、まったく?


「お兄ちゃん…すやすや…」


 チッ、人の気も知らねぇで健やかな寝息を立てやがって。

 放っといて先に飯でも食おうとしたら、いつの間にか俺の制服の裾を咥えて離さねぇし。もうシワだらけのヨダレまみれじゃねーか。

 …仕方ない、起きるまで待っててやるか。

 その代わり、今夜は寝かせずヒィヒィ言わせちゃるから覚悟しろよ!?

 …寝起きでアバラ何本持ってかれるかな…トホホォ。





「うにゅにゅにゅ…むにゃにゃにゃ…」


 深夜。自室で机にかじりついたまま、原稿相手に格闘中のななみの後ろ姿を盗み見ながら、俺は部屋中央の座卓に置かれたノートPCで仕上げ作業の真っ最中。

 あーやってうにゅうにゅ言ってるときは、たいてい行き詰まってるときだ。

 いかに世の中が便利になろうとも、創作の苦悩は昔とさほど変わっちゃいない。

 デジタル作画なら描線等が自動補正されるから、線のヨレやはみ出しなど些細なことには拘らず、自分の描きたい通りに描けるが…

 ななみは昔ながらのペン描きだから、すべてを自身で制御しなければならない。極めて玄人向けな高等技術で、現在ではまともに使いこなせる作家は数える程だという。

 そうやって仕上がった線画原稿を俺がPCに取り込み、ベタや背景描画、トーン貼りやカラー彩色などを行って完成だ。


 ぶっちゃけ…まったく絵心がない輩やお話作りが苦手な奴でも、AIに任せれば絵は描けるし、ストーリーも簡単に作れる御時世だ。

 かつてはそうやって生み出された作品が話題をさらった時代も確かにあった。

 だが…AIはどっからか勝手に拝借してきた作品を参考にするため、著作権違反で訴えられる者が現在でも後を絶たない。

 それに何より…所詮は人間の真似事だから、絵柄は無個性だし、お話には意外性が無いしで、平々凡々な作品しか生み出せない。

 まったくの無から、まったく新しい何かを生み出す技能は、今も昔も人間だけの特権だったのだ。

 そうしたAI技術の限界が見えてきてからは、再び人間が生み出した『血が通った作品』が持て囃される時代となった訳だ。


 だが、それ以前の問題として…ななみにはデジタルを活用できない致命的な問題があった。


「さっきから何をそんなに悩んでんだ?」


「うう…兄貴ぃ〜っ」


 俺の助け舟に泣きべそ掻いて振り向いたななみは…

 ちなみに他人がいない場所では、コイツは俺を『兄貴』呼ばわりするが…それはさておき。


「描けない…ち◯こが上手く描けないんだよぉうっ!!」


 手足を振り乱して地団駄踏みつつ、恥も外聞もなく泣き喚いた。マジ恥ずかしかった。

 これだけでもお判りだろうが…コイツが描いてる漫画のジャンルは成人向け、いわゆる『十八禁指定』モノだ。

 なんで表立っては漫画活動をひた隠しているのか、これで一目瞭然だろう。

 ソレを描くように勧めたのは、他ならぬこの俺。理由はもちろん「手っ取り早く売れてガッポリ稼げる」からさ♩


「どーせ後で修正掛けるんだからテキトーでいいだろ、ンなもん?

 そこだけAIに任せるとか、いっそ描かないとか…」


「それじゃダメだってのッ!!

 一箇所でも手を抜くと、それに連られて全体のクオリティが下がるし、読者にもそーゆーの伝わっちゃうんだからね!?」


 ええいっ完璧主義者め…!

 かくしてオ◯ンチ◯が描けずに泣きじゃくる…こんな妹に誰がした?


「アンタだろこのクソ兄貴ッ!! いいからちゃっちゃと責任取れや!」


「じゃあ、このPCでちょちょいっと描いてみるか? 手描きよりはイメージ通りにできるだろうし…」


「え?…だけどホラ、あたしは…」


「なんかの弾みで使えるかもしんないだろ? ほれ、やってみ?」


 と俺はノートPCをななみに手渡す。

 彼女はまだウジウジ渋ってたけど、そのうち覚悟を決めたようにPC画面と向き合い、その部分だけが空白地帯な原稿に手を伸ばした。

 だが…タッチスクリーンに触れたななみの指先は虚しくディスプレイを撫でるだけで、画面上には一本の線も描かれない。

 試しに液晶タブレットも渡してみたが、やはり同じ。どうやっても機器が反応しないのだ。

 そのうち画面上に何故だか《異常操作機器が検出されました》と警告が出たところで、


「…やっぱダメじゃん」


 諦め顔のななみは、溜息とともにPCを突っ返してきた。

 今しがたの現象はスマホやゲーム機、はたまた駅の切符券売機やコンビニの自動精算機などでも確認されている。

 昔ながらの原始的な押しボタン採用のテレビリモコンや電話機なら問題なく操作できるが…なんでそーなるのか皆目原因不明だ。

 すなわち、ななみはあらゆるハイテク機器から見放されているのだ…物理的に!


「ううッ…かくなる上は…っ!」


 暴れん坊将軍に追い詰められた悪代官のように切羽詰まった形相で、ななみは…なぜだか俺の股間を凝視する。

 おい待て、まさか…?


「…お兄ちゃん?」


 昼間に見せた猫かぶりの美少女ポーズでニッコリ微笑むななみだが…自宅でコレをやられたときには直後の惨劇に要注意だ。つまり…


「見・せ・て☆」


 ホラやっぱり! そいつはさすがにヤバいだろ…


「つべこべ抜かさずとっととポコ◯ン見せろってんだよア゛ア゛ッ!?」


 一瞬で態度を豹変させたななみは、ハニトラにまんまと引っかかった中年リーマンを脅迫する未成年女子のように凄みながら、俺のズボンを鷲掴むと…

 猫パンチの要領で一気に引きずり下ろした!


「へぇ〜っ、こーなってんだぁ…っ♩」


「ってちょおーーーーーーいっっ!?」


 慌てて股間を隠そうとする俺の手を跳ね除け、興味津々な瞳を爛々と輝かせたななみは、ガキンチョの分際で一丁前に妖艶な表情のまま、今にもかじりつかんばかりに顔を寄せて、


「ハァハァ…黒くて硬くて太ぉ…くない。」


 興奮状態から一転して不機嫌ブリバリに。


「こんなフニャ◯ンが参考資料になるかいゴルアッ!? いますぐ大っきくしなさい。ハイ命令ッ!」


「無茶言うなァッ!! フェロモンギュンギュンのエロエロ姉ちゃんならいざ知らず、お前みたいなチンチクリン相手におっ勃つかイッ!

 せめてナマ乳の一つも拝ませろやこんクソガキャアッ!!」


「い、妹になんてコト要求してんの!? こん腐れ変態兄貴ッ!」


 ドスッ!! 俺の大切なお子さんの土手っ腹にペン先が深々と突き立った。


「ドッ…ギャアァアァーッスッッ!!??

 兄のズボンを剥ぎ取った挙句チ◯コをペン立てにする妹はノーマルだとでも言うのかァーッ!?」


「でもおっ勃ったじゃん?」


 ぬおっマジかよMySon!? お前をそんなマゾっ気のある奴に育てた覚えはないぞ!


「よぉ〜っしそのまま動かさないで!」


 俺をペンが突き立ったチ◯コごとフリーズさせたななみは、机上の棚からスケッチブックを引っ張り出すなり怒涛の勢いでスケッチし始めた。

 普通はスマホのカメラで撮影すれば良いだけだが、ななみは前述の理由でデジタル機器が使えないことに加え、直に描いたほうがよっぽど早いそうな。

 あと…たしかに自分のチ◯コ写真は撮られたくも見られたくもないな。

 だがしかし! そこで突然どこからともなく電子アラームが鳴り響き、


《DV行為ならびに未成年児童への猥褻行為を検出。当局に通報しました》


 無慈悲な合成音声が部屋の各所から同時に流れた。

 しまった!と慌てても今さら手遅れだ。


 近年なにかと問題の家庭内DVや児童虐待を防止するため、現在あらゆるAI家電にはこうした監視アプリの搭載が義務付けられている。

 どのようなギミックかつ判定基準かはブラックボックス化されており一般庶民には非公開。

 要は日常生活の一部始終が第三者に覗かれている訳で…

 それがたとえAIだろうと、プライバシー保護の観点から許されない!という反対運動もかつて巻き起こった。

 しかしそれは法律施行当時から現在までの長期政権を維持している波音はのん総理…旧姓美岬首相の、


「反対派の方々は、日頃よほどやましいコトでもなさってるんでしょうかね?」


 という辛辣な意見とともに半強制的に鎮圧された。

 とはいえ通常は警告が発せられるだけで、今回のように即通報となるのは可及的速やかな対処が必要なケースのみなんだが…。

 例えば過度な暴力行為、大声での罵倒、明らかな未成年者への禁則行為、猥褻物の執拗な記録行為、等々…

 …あ〜ヤベ、全部やっちゃってたわ。

 ななみのクソチビの見てくれのせいで過剰反応気味なのは日常茶飯事だし…がっでむ。


 ともかく、こいつはマズイぞ。

 先刻、街中で見た警備ドローンが我が家を包囲するのは、もはや時間の問題…


「…ふむ。どうやら我々の出番のようだな」


『誰ッ!?』


 唐突に部屋の戸口で聞こえた何者かの声に、俺とななみは弾かれたように振り返った。

 …フリ◯ンのままで。





 そこにいたのは、作業服のような、忍者装束のような…一見してあまりお近づきになりたくない特殊な格好の二人組の男女。

 一方は初老で髭面な眼鏡男性。

 もう一方はグラマラスな年齢不詳の美魔女。

 不肖…俺たちの両親だ。

 コイツら勤め人と俺たちオタクの生活サイクルが合うはずもなく、同じ家に住んでるにもかかわらず滅多に顔を合わせない。

 真夜中だからとっくに帰宅してる頃だろうとは思ったけど、まだ起きてたとはね。


「てか…なんだそのカッコ?」


「それはこっちのセリフだぞ息子よ」


 指摘されて慌てて股間を隠す。

 また見られた!? 親父にも見られたコトなかったのにィーッ!


「…ご立派。」


 アンタはアンタで何言ってんのお袋!?

 この人はいつも口数が異様に少なくて表情に乏しいから、何を考えてるのかさっぱり解らない。

 …とかやってるうちに遠くからサイレンの音が急接近してきた。ドローンめ、もう来やがったか!?


「フッ…ちょこざいな、警備ロボごときが我ら本職に敵うと思うてか…?」


「…瞬殺。」


 不適な笑みとともに懐から、先端が端子状になったドライバーのような工具を引っ張り出す良心。真夜中だってのに血気盛んだな。

 …って殺しちゃダメでしょ!?

 アレいちおー警官だよ?

 いったい何やらかすつもりなのアンタら!?


《通報地点に到着。現場を包囲。状況開始》


 家の外から無機質な合成音声が聞こえてきた。

 ななみの部屋のある二階から窓越しに外を覗き見れば…

 うわっウジャウジャいるぜ、パトランプ回したドローンの団体さんが!


「ではこちらも掃討開始」「…ラジャー。」


 短い合図を交わして窓辺に立った両親は、そのままヒラリと宙を舞った…ってここ二階!

 ひゅーん…ガコンッ! ずぶぅっ!


《…指令更新。待機。待機。》


 予想外の光景だった。

 ドローンの頭上に飛び降りた親父が、必殺シリーズの効果音のようなヤバめの音響とともにあの工具を連中の装甲の隙間に差し込んだ瞬間、ドローンはご覧の通りピタリと静止したのだ。

 母親のほうも同様にして、ドローンの頭上にノミのようにピョンピョン飛び移っては、次々に静止させていく。

 その鮮やかすぎる手腕もさることながら、何なんあの人間離れした身体能力!?


《…状況解除。誤報。従来の巡回ルートに復帰》


 やがてドローンたちは蜘蛛の子を散らすように現場から立ち去り…辺りに静寂が戻った。


「…七尾さん? 何だったんですか今の…」


「いや〜お騒がせして申し訳ない。手違いで誤作動したようで…あ、我々はアレのメンテナンス会社に勤めておるんですよ」


「…陳謝。」


 何事かと家の外に出てきたご近所の人々に、両親が頭を下げて事情を説明してまわってる。

 その様子を二階から覗き見ていた俺とななみは…


「…どう思う、アレ?」


「さあ? お父さんたちがあんな仕事してたなんて初耳だし」


「だよなぁ。う〜ん…」


「…とりあえず、そろそろズボン履いたら?」


 ををっ、まいっちんぐ♩

 言われてズボンを履き直し、


「…どうやら疲れて悪い夢を見たようだ。今夜はもうやめて寝よう」


「そだね…でも、やっと筆がノッてきたとこだから、もうちょいやってみる」


 いつになくヤル気だな。兄貴のチ◯コ資料を入手できたのがそんなに効果的だったとわ。


「なら今度、見せ合いっこでもするか?」


「ばっ!?…今度は自衛隊ドローン呼んであげよっか!?」


「冗談だよ、おっかねーな。

 あんま無理すんなよ…おやすみ」


「う、うん…おやすみ」


 バツが悪そうなななみのぎこちない笑顔に見送られて、俺は部屋の外に出た。

 …何なんだろうな、うちの家族は?

 ずっと一緒に暮らしてきたのに、まだまだ知らないことだらけだ。

 まあ、どこの家でも似たようなもんかもしれないが…


 そこまで考えて、ふと思い当たる。

 俺たち…いつから家族やってたんだっけ?

 記憶を呼び起こしてみたものの…割りかし最近の思い出しか出てこなかった。

 日頃、あまり考えないようにしているが…


 …俺には、子供の頃の記憶がない。





 それから数日後。

 本日は休日だ…とはいえ俺たち同人作家に休みなど無いが。

 昨日の夜から徹夜で作業し続け…

 昼近くになって、やっとななみの原稿が上がった。なんとか締め切りには間に合った。


「ふぇえ〜…じゃあ、印刷所に原稿持ってくね〜…」


 徹夜明けでヘロヘロのななみが、原稿を入れた茶封筒を抱えて這い出すように部屋から出ていく。

 デジタル全盛の今日では、わざわざ印刷所など介さずともPC上だけで作品制作が完結できるし、配布もネット配信が主流だ。

 それでも即売会は昔と変わらず健在かつ盛況だし、希少な紙媒体の同人誌はなおさら高値で取り引きされる。

 そこに俺たちの勝機がある訳だが。

 おまけにななみは、現在では絶滅危惧種な直筆作家。しかも…


「あ〜兄貴。ついでに餌買ってきてあげるけど、なんか欲しいモノある?」


 なんだ、まだいたのか。

 部屋の戸口から問いかけるななみに適当なリクエストをして、はよ行ってこいと送り出す。

 印刷データはデジタルなら二十四時間受け付けだが、そのぶん休日の直持ち込みの対応時間は短いからな。

 その間に俺は、溜まりに溜まった愛読者アンケート…すなわちファンレターの整理でもするか。

 PCのメールをチェックすると…うをっ、未読が数千件も溜まっていた!

 スパムを排除しても途方もない件数だ。一昔前なら一日では到底処理しきれない。

 …これでお解りだろうが、ななみは…いや、


 同人ネーム『七海奈緒菜ななみなおな』は、超絶売れっ子であるッ!!


 日々どこからともなく新情報を仕入れてくる、リサーチ能力に長けたはるきでも、コレばかりは知る由もあるまい。

 …俺が世情に疎いだけかもしれないが。

 ななみが漫画を描いてることはすでに周知の事実だが、それがガチな成人向けで、しかも同人界に轟きまくりな有名人ってのは、その幼い外見と日頃の猫かぶりに惑わされて、そう簡単には見抜けないはずだ。


 …妹自慢はこのくらいにして。

 アンケート整理は先日、委員長の前で披露したのよりも簡単だ。宛先はメアドしか公開してないから、紙面をいちいちPCに読み込む必要がないからな。

 アレと同様にAIアプリを駆使して、ざっくり『いいね』と『ダメだこりゃ』に仕分ける。

 結果は『いいね』が八割以上。そもそもイイと思わなきゃアンケートなんて答える気にならないから、当然の成り行きだな。

 『いいね』の中から何通かピックアップして、どこがどう良かったのかが書いてある具体的な意見は、今後の参考資料としてななみに手渡す。

 中にはストーカー紛いのキチ◯イじみた文面を送りつけてくる熱烈すぎる輩もいるが、ななみ自身が直にメールを開くことはまず無いから安心だ。


 …実は、ななみが本格的に同人デビューしたのは今年に入ってからで、まだ日が浅い。

 それでもうここまでの評価を得ているのは誠にもってアッパレだが、それだけに細心の注意が必要だ。

 アイツがあそこまで高飛車になってしまったのは、それを怠った俺のせいだからな。


 最初は成人向けを恥ずかしがっていたななみをなんとか騙くらかして一本描かせ、試しに配信サイトに登録したのが去年の暮れあたり。

 それがイキナリ新作売上げランキング一位という予想以上の快挙を成し遂げ、すっかり有頂天になった俺はななみを手放しで褒めちぎった。

 そして、アンケートに寄せられた大絶賛な意見の数々を、余すことなくななみに見せてしまった。


「え…これホント、お兄ちゃん!?

 こんなに沢山の人が、あたしの漫画を…?」


 半信半疑のままアンケートを読み進めたななみの目に映る賞賛の嵐。


《一発で気に入りました!》《絵も話もスバラシイ!》《漫画でこんなに興奮したのは生まれて初めて!》《泣ける! イケる!》《天才の誕生だ!》《もっと、もっと描いて!》

《先生!》《せんせえ!》《センセーッ!》

《七海奈緒菜大先生閣下ッ!!》


 あ、これアカンやつだ…と気づいたときにはもう手遅れだった。

 これ以上ないほどのぼせ上がったななみの奴は、天空の城からワラワラ落ちていく兵士を見つめるムスカのような愉悦の表情でクスクスほくそ笑んで、


「世の中なんて案外チョロいもんよね…

 …ねぇ、兄貴?」


 ドッッギャアァーーーーンッッ!!!!

 …てなことがあった次第でして。

 それで懲りた俺は、それ以来ななみを必要以上に甘やかさないようにしている。


 逆に、それ以上に取り扱い注意なのが『ダメだこりゃ』なご意見。

 下手するとド新人なななみを再起不能に陥れるなどの多大なダメージを被りかねないからな。

 しかしこれも大半は《前作の方が良かった》などの比較的好意的な理由。個人的な好き嫌いが大きいから何とも言えないが…

 これも《ここをもっとこうすれば、より盛り上がったと思う》などの建設的な意見は、そのままななみに渡すことにしてる。

 アイツはあれでも根は真面目だから、ちゃんと反省して次回作に積極的に取り入れることだろう。


 だが…やはりどこの世界にも、どーしょーもない輩はいるものだ。


《つまんねー金返せ!》

 …そゆことは販売サイトに言って。古本屋で立ち読みばっかしてるから知らないだろーけど、世の中まずはお金なの。解る?


《勃たないしヌケない》

 …多分に貴方の性癖か身体的な問題では?


《そもそもエロは嫌い。もうエロ描かないで!》

 …ならなんで買った?

 この手の意見は、女性作家宛てには結構多いんだとか。幻想ゆめ見るのもたいがいにしとけやオタクども。


《自分の方がもっと上手く描けるぞこのヘタクソ!》

 …じゃあ描いてみせろや。


《ちょっと上手いからって調子こいてんじゃねーぞ!?》

 …だからオメーが描いてみせろや!


《俺が考えた話と同じじゃねーか!? 盗みやがったな!?》

 …何処のどなたか存じませんが、ななみはネットを見ないので盗用は不可能ですし、エスパーでもないので貴方の頭の中身は覗けません。

 逆に言えば、新人作家ごときでも容易に考えつくほどの平凡なお話ってことでは?


《とっとと盗用を認めて謝罪しろ! 慰謝料払えッ! また無視しやがったらタダじゃ済まさねぇぞッ!!》

 …おーおー放火でもすんのか?

 貴様のような奴は…えぇいっ、こうしてくれる!

 …ハイ、事務局に通報っと♩


 …ったくどいつもこいつも。こんなトチ狂ったモンは、ななみにはさすがに見せられないヨ! 削除、削除っと。


 そんなこんなでアンケート整理も終盤に近づいたところ…なんとも奇妙な意見に出くわした。

 作品評価自体が五つ星の大絶賛なのはありがたいんだが…意見内容が理解不能と、AIにすら爪弾きにされた代物だ。


《我々は約束します。当社の魅力的な製品をご利用になれば、貴方の作品はより素晴らしい出来映えとなることでしょう!》


 …なんだこりゃ、宣伝メールか?

 なんか海外サイトから来た日本語直訳みたいな文章だし、肝心な作品の感想はまるっきり書かれてないしで…こりゃスパムだな、うん。

 ならば問答無用で削除だと、ゴミ箱アイコンに放り込みかけたところで…俺の指はピタリと止まった。

 メールの最後に書かれたこの一文に、心臓が止まりかけたからだ。


《七海先生ならびに若様先生の今後のさらなるご活躍に大いに期待致します。》


 『若様』…コレは俺の投稿時代のペンネームだ。結局デビューには至らなかったから、その名を知る者は皆無なはずなのに…なぜ?

 そして、ななみと俺が二人がかりで作品を手がけていることは何処にも公開してないのに…なぜ知ってる!?

 イヤ〜な汗が背筋を伝い下りる。

 いったい何者なんだコイツは?と差出人を確認すると…『秘密結社ゴタンマ』。

 何が秘密結社だ、フザケやがって!

 しかも社名の横に描かれたロゴマークを見たら、『マタンゴ』のをひっくり返しただけのモロパクじゃねーか!?


 マタンゴグループは日本屈指の大手企業グループで、こないだ画材屋で出会った雫石の嬢ちゃんの会社とはライバル関係にある。

 近年ではAI技術関連の製品開発が目覚ましい勢いで、あの警備ドローンもここで造られている。

 噂では、かつて一世風靡した巨大IT企業『ハノンシステム』がベースになってて、創設には現役首相の波音総理も関わってるとか?

 そういや同じ名前だしな…。

 警備ドローン導入時にも、大量に職を奪われることになる警官たちが全国で抗議活動を行ったが、その大半は自衛隊の予備隊として継続雇用されることで事なきを得たんだっけ。

 現在では憲法改正により他国への攻撃権も有する自衛隊が、もともと警察予備隊としてスタートしたことを考えると、なんとも皮肉なオチだよな…。


 『マタンゴ』と『ゴタンマ』…よくよく考えるまでもなく単純なアナグラムだし、何か関係あるのか?

 それを差し置いても…そんな危うげな組織が、俺たちにいったい何の用があるってんだ?

 そしてさらに不可解なのが…このメールの送信元が、なんでかウチのアドレスになってる点だ。

 詐欺業者がメールを送り付けるときによくやる小細工だというし、もう何をどう考えてもヤバさプンプンなんだが…?

 メールの末尾には、別のサイトへと誘うリンクアイコンが貼り付けられていた。


《只今、当社の製品モニターを募集中です。お気軽にご応募ください》


 …だってさ。いかにも見え透いた手口だし、普通だったらそんなモン無視するに決まってる。

 だが、今の俺は普通じゃなかった。

 連中がどうして俺のことを知っているのか、気になって仕方がない。

 それでもなかなかアイコンを押す勇気はなく、その寸前でしばらく指先を彷徨わせていた。

 が…アイコンのタッチ感度が異様に高かったのか、あるいは時限式で勝手に作動する仕組みだったのか…

 指先が触れたかどうかも判らないうちに突然画面が切り替わり、


《じゃじゃーんっ! ようこそゴタンマのモニター様募集ページへ☆》


 なんともド派手な動画がおっ始まってしまった! ヤッベェエ〜〜〜〜ッ!?





《ボクはゴタンマの営業部長兼マスコットのシロガネだにゃ。気軽に『シロちゃん』って呼んでネ♩》


 CGか実写か判別不能な精緻にして絢爛豪華な背景を舞台に、ド派手な衣装に身を包んだ小柄な美少女が軽快に踊り狂う。

 目にも鮮やかな銀髪をツインテールに束ねた、猫みたいに大きく吊り目がちな瞳と八重歯がチャーミングな、シロガネという名のアイドル級にカワイイ娘。

 自らを営業部長などと称したが、こんな幼なげな少女を幹部に据える変態企業はそうそう無いだろうから、演出の一環だろうか。

 とにかくこれでは、すっかり目が釘付けにされてしまって消そうにも消せない。

 おのれゴタンマ、謀ったな!?


《早速だけどお客様には、今後ゴタンマから発売予定の『HWM』のモニターになって欲しいんだにゃ〜!》


 シロガネことシロちゃんの紹介とともに、舞台上に何人もの水着風コスチュームの美女軍団がご登場。おっほぉ〜っ!?

 そのどれもが人間離れした美貌を誇るけど…それもそのはず。

 シロちゃんの言葉通りだとすれば…彼女たちは人間ではない。

『HWM』…ヒューマナイズド・ワーキング・マシーンの略。人型作業機…要するにロボットだ。


 AI技術の発展に伴い、ロボットが店頭で接客を担うことも珍しくはなくなった昨今。

 だが、あまりにも機械然としたその見た目に拒絶感を覚えたり、はたまた所詮は機械と横柄な態度に出た挙句、破壊活動に訴えて警察のご厄介になる輩も後を絶たない。

 結果的に、AIとはいえ擬似人格なのだから、我々人間と同様にある程度の礼節をもって付き合うべきだ…という気運が盛り上がりつつある。

 そこで、外見が人間と同じであれば違和感を覚えることもないだろうと、現在あらゆるメーカーがしのぎを削って開発中なのがこのHWMだ。

 開発に着手した頃はまるでマネキンか人形劇だったのが、これもAI同様に飛躍的な進歩を経て、今日では一見ほとんど人間と変わらないモノも出現し始めてはいる。

 …だが問題は、開発に尋常ならざる莫大な費用がかさむことだ。

 電産技術・ロボット工学・人間工学・医療科学などのありとあらゆる分野を総動員せねばならず、その難易度は宇宙探索用機器の比ではないとまで言われている。

 故に、仮に完成をみたとしても市販レベルまでコストダウンさせることは容易ではなかろうと、志半ばであえなく撤退する事業者も多い。

 また、なにも現実社会で実現させずとも、仮想空間のみでの運用なら現行のバーチャルアイドル技術だけで充分実現可能と、開発方針を切り替える事業者もこれまた多数。

 従って現状では、試験運用レベルにまで漕ぎつけたメーカーは皆無とされている…はずだが…?


 ゴタンマのPR動画を見る限り、HWMと目される女性たちは人間と何ら変わらないスムーズな動きを披露してはいるものの…

 これが実際に連中が開発したHWMだと証明できる材料はどこにもないし、単に人間のモデルを雇っただけのでっち上げ映像かもしれない。


《嘘だと思ったら試してみて。ココからお客様のお好みの容姿にカスタマイズできるにょん。もちろん年齢性別も自由自在にゃ♩》


 こちらの疑問を見透かしたように、画面上のシロちゃんが右手をポイっと掲げると、その指先に3Dキューブ状の立体アイコンが表示された。

 おっかなびっくり突ついてみると、キューブが折り紙を広げたように展開されて、カスタマイズウインドウが表示された。いちいち演出が凝りまくってるなぁ。

 どれどれ…あ、こりゃいわゆるキャラメイク画面だな。ネトゲとかでお馴染みの。

 画面左の項目やパラメーターを操作すると、画面右に表示された3Dキャラの容姿がグニグニ変わるという例のアレだ。

 地道にパラメーターをいじくる以外にも、音声入力にも対応してる。


「性別はもちろんオニャノコで、髪型は長すぎず短すぎず…そうそれ、ボブカットな感じで。 背丈はもう少し下げて…小学生くらいでいいかな? スタイルは…もっとグラマラスな感じで。あ、おっぱい特盛りでネ。デヘヘ♩」


 なんてアバウト極まる指示にもちゃんと答えてくれる。


「…なぬっ、衣装も選べるのか!? この競泳水着っぽいコスも捨てがたいけど…う〜む、やっぱり基本はメイドたんかなぁ♩

 あ、でもこっちのやたらめったら露出度高いゲームキャラ風コスも捨てがたい…!」


 などとあれこれ試してみるうちに…

 ハタと気づけば、画面上に表示されたキャラは、何故だか日頃から見慣れた感じに。

 もちろん巨乳っぷりはこっちの方が遥かに上だが…


「…ななみじゃん、コレ。」


 するとキャラはさらに微調整され、どこからどう見てもアイツに瓜二つな仕上がりに!

 もちろんおっぱい特盛りなままで!!

 …これはいったいどーゆーコトだ?

 どうやら連中にはこちらの個人情報が筒抜けらしいから、ななみの容姿を知っていても不思議はないが…


「…俺の理想が…なんでコレ!?」


 俺は潜在意識の奥底で、ななみを求めている…ということなのか?

 ちょっと待て、俺はそんなにシスコンじゃ…


《決まったらココを押すと送信にゃ♩》


 再び画面上にひょっこり顔を出したシロちゃんが、画面下の『OK』ボタンを指差す。

 …って一択じゃん。『リセット』とかねーのかよ?

 …おいおい、PCの強制終了も効かねぇし、電源スイッチもロックされてる! どーなってんだこりゃ!?

 もうコレほとんどウイルスじゃん!!

 などと七転八倒してるときに限って、


「たっだいまーっ☆ 兄貴、エサ買ってきてやったよ〜♩」


 原稿を印刷所に納入し終えてハイ状態のななみが、コンビニ袋をぶら下げて帰ってきやがった!

 ヤバいっ、こんなの見られたらマシコロケテーイ!

 慌ててノートPCを全身で覆い隠した俺に、


「ん〜? なに隠してんの?

 …どーせまたエロ動画でも観てたんでしょ。人の部屋であまり変態なコトしないでよねー」


 兄貴のポコ◯ンを拝んでも割りかし平然としてる奴だから、一旦はスルーしかけたものの…

 やおらその顔にニヤリと邪悪な笑みを浮かべると、


「ねぇねぇ、どんなの観てんの? ちょっと見せてみなさいよ」


 んのぉうっ!? いつも放ったらかしなのに、なんで今日に限って興味を持つんだよ!?


「い、いやぁコレは…ちょおーっとお見せできないかなぁ〜?」


「ほっほぉ〜? ちょっとやそっとじゃ…見せらんないモン見とんのかい妹の部屋で!?」


 あひぃーっ藪蛇やぶへびだった!?

 ななみは俺に飛び乗って、無理やりPCから引っ剥がそうとする。見た目の小っこさからは予想もつかないほどの怪力だ。

 コイツ、頭の出来は俺に輪をかけたアホさ加減だけど、運動神経と腕っぷしの強さはピカイチだからな。学校でも運動部からしょっちゅうスカウトされるのを全部断ってるらしい。

 ホント、なんで漫画描いてんだろうね?


「ぅらっ、見せろったら見せろッ!

 うらっうらっうらうらうらぁ!

 べっかんこー♩」


「ぅだわァーッ!? 本当は何才なんだお前!?」


 抵抗虚しく弾き飛ばされ、ベチャッと熟れた柿の実のように地べたに墜落した俺を座布団にして、ななみはPCの画面に目をやり…

 開きっぱなしだったキャラメイク画面の、よりにもよって一番エロエロな衣装を着た、自分にそっくりなキャラとバッチリ目が合った。


「…なっ…んなっ…なんっっっじゃあコリャアァーッ!?」


 当然のように絶叫とも悲鳴ともつかない雄叫びを上げたななみは、尻に敷いた俺の髪を鷲掴んで引きずり起こし、バキョべキョッと背筋百二十度を達成させて、


「説明せいっ!!」


「…キャラメイクで遊んでたら、偶然たまたまそーなりました」


「嘘つけぇーッ!!」


 嘘は一切申しておりませんが、ここまで瓜二つでは申し開きもござらん。


「ど、どうどう…まずは落ち着け…」


「妹で怪しげなコラ画像こさえてほくそ笑んでる兄貴を目の当たりにして、落ち着いてられる奴がどこの世界におるくわッ!?」


 ですよねー。


「し、しかもこの画像…あたしよりもおっぱいデッカイしムキャアァーッ!?」


 興奮しすぎて独り動物園状態になってるななみだが…どうやら余計なトラウマスイッチまで押してしまったらしい。


「あひゃ…イヒッ…ぐへへっぐへへへっ。

 こーなったら、この超絶美少女なあたしの艶姿を世界配信して、世界中の野郎どもを猿状態にしてやる…っ!」


 トチ狂った挙句のGOサイン!?


「待てっ、美少女は『ぐへへ』なんて笑い方はしないぞ!…じゃなくて、その送信ボタンは得体の知れない組織の罠で…!」


「やかぁしーわこんクソボケッ!!

 ふへへへ男性諸君、右手の準備はいいかぁ?…猿のように掻きまくるがよいッ!!」


「お前はそんな扱いでいいのかァーッ!? 」


 妹を全世界八十億人規模のオ◯ペットにしてはなるまいと慌てふためく俺の制止を振り切り、ななみは画面上のOKボタンに指をかざし、


「ポチッとな♩」


 意気込みの割には軽い合図とともに押したァーッ!! だから何才なんだよお前!?

 しかし…


「…おんやぁ?」


 案の定、無反応。液晶が波紋を打つほどグリグリ押しても一切反応ナッシング。

 あらゆる電子機器に拒絶された彼女の特異体質が、思わぬところで役に立…


「おのれぇ〜いっ、立たぬなら…勃たせてみせようホトトギス!!」


「グギャアァアァーーーーッッ!?」


 あろうことか、ななみはイキナリ俺の股間に手を突っ込んでサイドブレーキのようにマイソンを引っ張り上げると、庭に水撒きするときのホースのようにぞんざいに手繰り寄せてPC画面に持っていった!

 普通に俺の指でいいだろうに、なんたるアクロバティックな代替手段、天才かお前!?

 …などと称賛する間もなく俺の身体も当然引きずり起こされ、そのままPCにダーイブ!

 しかし物理的に飛び込んでみたところで電子の海など広がる訳もなく、わずか数ミリの薄さのタブレットモニターがメキョッとへし折れただけだった。それでも平然と画像を表示し続ける今日びの液晶スゴイ。

 ヒビ割れて凹んだ画面の中で、シロちゃんが愛嬌たっぷりに手を振っている。


《ご応募ありがとにゃん☆

 皆様の貴重なご意見には社内での厳正な審査の結果、試供品の発送をもってお応えするにゃ♩》





 学生の本分は勉強というが、いくら学んでみたところで俺が求めるモノは見つからない。

 人生において必要なコトの大半を、俺は漫画と宇宙刑事から教わった。

 若さってなんだ? 振り向かないことさ!

 愛ってなんだ? ためらわないことさ!

 とゆー訳で今日もすへての授業が終わるなり、俺はためらわずに教室の外へと躍り出る。


「おいななお、今日こそどっか寄ってこうぜ!?」


「あ、ちょっと七尾くん!? まだホームルームが…」


「ワリィ、それどころじゃねーんだ!」


 引き留めるはるきと委員長を振り切って、俺は自宅への帰路を急ぐ。

 明日からいよいよゴールデンウィークに突入する今日は、七海奈緒菜にとって最も重要な編集会議…つまり次回作を決定する日だからな!

 同人作家はプロ作家とは違い連載を持たない。故に基本的には単発勝負で、打ち切りの不安がない代わりに、書籍のデザインやら部数処理やらのあらゆる要素を自己責任で行わねばならない。

 とりわけ七海奈緒菜はアニメやゲーム等の二次創作を行わないから、元ネタ人気にあやかることは適わず、作品内容そのもので勝負する必要がある。

 その評価や売れ行きは今作のみならず、今後の動向にも大きく関わってくるから、決して気は抜けないんだ。

 ななみの奴は学年の都合で半日で授業が終わり、とっくに家に帰って会議の叩き台…すなわちネタ出しを行なってるはずだ。

 先日のようにまた居眠りを決め込まれると厄介だからな。可及的速やかに帰宅せねば!


「…ずいぶん慌ただしいな、八尾やおやつお?」


 商店街に差し掛かったところで、不意に背後から呼びかけられた。ええいっ、急いでると言っとろうが!?

 しかもよりにもよって、この大上段からの物言いは…。


「数字が一つ大きい! 俺は七尾ななおっ!」


「むう、そうだったか? まぁ惜しい線ではあったな」


「惜しいもクソも、人の名前くらい憶えときやがれボケェッ!」


 いまいましげに振り向けば…そこにいたのはやはり雫石のお嬢様。

 しかも…ムッヒョーッ! 大きな胸がドーンと突き出たボディーラインも露わな黒いハイネックノースリーブシャツに、ムチムチなふとももがニョッキリ突き出たデニム地のホットパンツという、なんとも刺激的すぎるお姿♩


「…ず、ずいぶん涼しげだな?」


「ああ、今日は暑かったからな」


 心の動揺を悟られまいと邪な視線を泳がせる俺に、あゆかお嬢は対照的にまったく動じずに胸を張る。おっぱいの形がますますクッキリ…ってアレ? もしかしてコイツ…ノーブラ?

 たしかにまだ四月末だというのに連日汗ばむほどの陽気だが、だからってそこまで薄着に徹さなくても…。


「ふむ…生まれて初めて他人からクソボケ呼ばわりされたぞ。何というか…少々イラッとするが、なぜだか妙に嬉しくもある。実に不思議なものだな」


「冷静に自己分析できる余裕があるなら、まずは謝るなり憶える努力をするなりしろや」


「だが断る。」


 クッ、このクソアマ…ッ!


「私の記憶容量は最大限、漫画に割きたいからな。他人の名前などというろくでもない情報は極力カットしているのだ」


 本当にろくでもない理由だが…その心意気やアッパレ! 漫画オタクたるもの、常にそうでなくては!


「だが、お前の顔は片時も忘れずにいたぞ。なかなか興味深いキャラだったからな」


 キャラて。少なくとも彼女の中の俺はありふれたモブキャラから、本編に絡まない程度の脇役くらいには昇格できたらしい。


「試しにこの界隈を巡回してみたら、本当に出くわすとはな…。

 記念に、お前の名前は特別に憶えてやってもいいぞ…七尾ななお。」


 ほとんど無表情な奴が、愉快そうにかすかに微笑む。

 チッ、こそばゆいコト言いやがって…結構カワイイとこあるじゃねーか。

 コイツまさか、俺に会うためにわざわざ街中を徘徊してた…とか思うのは自惚れすぎか?

 でも先日あの画材屋で出会うまでは、まったく見かけたこともなかったし…。

 いや、そもそも超が付くほどのお嬢様ともあろうお方が、こんなお気軽に街をうろついてて良いもんなのかね?

 ともかく一人で出歩けるなら引きこもりじゃないだろうし、人当たりにやや難ありだがコミュ症でもなさそうなのに…


「…ホント、なんで学校来ないんだ?」


「またそれか…」


 せっかくの笑顔を掻き消して、あゆかは鬱陶しげに俯いて、


「…私のような者がいまさら顔を出したところで、誰が喜ぶというんだ…」


「そうか? 少なくとも俺は喜んでやるぜ」


 え?と意外そうに顔を上げたあゆかに直視されて、なんだか照れ臭くなった俺は視線を逸らしつつ、


「お前とこうやってバカ話してるだけでも案外楽しいし…お前みたいな美人がそばにいれば、みんなに自慢できるしな♩」


 我ながら素直に心境を吐露してしまったら、すっかり開き直ってしまい、


「それに…こ〜んなセクシーな格好が拝めるなら、いつでもご一緒したいネ♩」


「む? ななおはこういった服装が好みなのか?」


 半分嫌味だったのに、全然通じてない様子のあゆかは身を捩って己の格好をしげしげ眺め回している。コイツ間違いなく天然だわ。


「ああ、実によく似合ってると思うぞ!」


「そ、そうか…」


 おっ、コイツでも褒められれば照れるんだな?


「ただ惜しむらくは、この日差しの下で黒ってのはミスチョイスだったな。

 黒色は熱を吸収しやすいし、見た目にも暑苦しいから…やはり白がベストだな!」


 そうすれば、お乳の先端がより透け透けに…ムフフッ♩


「ほう、なかなかの博識ぶりだな。今後の参考意見として検討してみよう」


「ああ、頼んだぜ!」


 いかにも青春真っ只中な会話が俺にも出来たんだなぁ…と感心したところで。

 どこかのビルの屋上から、夕暮れ時の時報のチャイムが辺りに鳴り響いた。


「…ぅをっ!? もうこんな時間かっ!!」


 だから急いでたんだっつーに、おなごの色香に惑わされてつい長々と油を売ってしまってたァーッ!?

 う〜むむむぅっ、なんともお名残惜しい限りだが、背に腹はかえられん…っ!


「続きはまた今度な!

 …無理しない程度に学校にも来てみろ、なるだけフォローしてやるから。じゃあな!!」


 それだけ言い置いて、後ろ髪を引かれる思いで走り出す。

 背後からあゆかの視線がいつまでも追ってきてる気がしたが、振り向いたら負けゲーム!





 やっとこさたどり着いた自宅は、やはりいつぞやのようにシーンと静まり返っていた。

 あっちゃ〜、またやらかしちまったか?

 ななみが起きてくれるよう祈りつつ、玄関の敷居をまた…ごうとしたところで違和感に気づく。

 ななみの通学用ローファーと、愛用のスポーツシューズが並んで置かれたその横に…明らかに見覚えのない、あちこちリボンがくっついたゴスロリ靴がドデスカデンッと鎮座していた。

 いかにもギャルギャルしたこんな靴は、うちの家族じゃ誰も履かないはずだが…

 …まさかななみの奴、友達でも呼んでるのか?

 俺やアイツのダチがうちに来たことなんて、今の今までただの一度も無かったはずだが…


「よりにもよって、こんな大切な日にかよ…!?」


 にわかにムカっ腹が立つのを抑えつつ、まずは二階へと上がり、ななみの部屋と隣り合う自室に入る。

 …隣の部屋からは何の物音も聞こえてこない。友達呼んでるにもかかわらず…まさか寝てるのか?

 我が妹ながら大した奴だが、それだけ余計な仕事が増えちまったってことだ。


「ったく…」


 溜息を吐きながら制服の上着を脱ぐ。


「…お預かりしますぅ」


「ああ、よろしく頼む」


 続けざまにネクタイを外し、同様に手渡す。

 そしてシャツのボタンに手を掛けた…ところで、


「…あれっ?」


 誰もいないはずの自室に誰かが入り込んでたことに今さら気づいた。イヤ〜ンな汗が背筋を滴り落ちる。

 お、俺はいま…誰を相手にしてたんだ…?


「じゃかじゃーんっ!! それはあたしですぅ〜☆」


「ぅだわーっ!? ビックリした、ビックリした、ちょお〜〜〜ビビったァーッ!!」


 ド派手な挨拶をキメた相手に腰を抜かしつつ、よくよく見れば…


「…なんだお前か。脅かすなよ…!」


 なんのことはない、ななみだった。子供じみた真似しやがって。

 イタズラがまんまと成功したのがそんなに嬉しかったのか、お目々をキラキラ輝かせてご満悦だ。

 いつも自宅にいるときは大抵徹夜明けで、道端で死んで腐った猫に湧いたウジ虫のようなショボいツラがまえを晒してやがるクセに。

 しかも、なんでかメイドさんコスまでしてやがる。通販やドンキで売ってる安物じゃなく、しっかりした造りの上質なヤツだ。

 いったい何処から調達したのか、ホンモノと見紛うばかりだけと…よく考えるまでもなく本物のメイド服にミニスカなんてあり得ない。


「ハイハイ、お前みたいな美少女は何着てもカワイイに決まってるよ。ンなことより、ネタは絞り出せたのか?」


「むはぁ〜っ、お褒めに預かり光栄至極ですぅ〜♩

 でもでも、いくら絞り出してもおっぱいは出ませんよぉ〜?」


 ご機嫌を損ねないようおべんちゃらを使っただけなのに、照れまくってフザケたことを抜かしやがる。

 おっぱいと言えば、本当は洗濯板のくせに付け乳でも入れてるのか、これ見よがしにデッカイ乳房をゆさゆさ揺さぶってやがる。


「ハイハイご立派ご立派…」


 むにゅりんこ♩


「あひゃあんっ!? 出会い頭にケダモノすぎますぅ。もっと暗くなるまで待って♩ですぅ〜」


 おんやぁ? どうせ作り物だろうと鷲掴んでみれば、予想外にリアルな感触と反応が…

 っていやいや、その手には乗らんぞ!


「おいコラ。いつまでもしょーもない誤魔化し方してねぇで、とっとと出すモン出せや…あ゛?」


「ひぐぅっ!? 今度は急に鬼畜になったですよぉ〜? ど、どーしても出さなきゃダメですかぁ〜?」


「ったりめーだろが。いつまでもチンタラ引き延ばしてんじゃねぇよ…お゛?」


「わ、解ったからそんなに怒らないでくださいですぅ…」


 早くネタを見せろと言ってるだけなのに、涙目になったななみは何を思ったかメイド服の胸元に手を掛けて、ポチポチとボタンを外していく。

 てっきりパッドをしこたま詰め込んでるのかと思いきや…はだけた胸元からは黒い下着に包まれた艶めかしい柔肌が覗くだけで、造り物な感じは微塵も…

 ってだから問題はそこじゃねーだろっ!?


「違ぁーうッ!! 誰がンなもん見せろっつったァッ!? 見たいことは見たいけど、今見たいのはソレじゃあねェーーーーッ!!」


「ひゃはぁうっ!? ってぇことは…やっぱりコッチですかぁ〜〜〜〜っ!?」


「最初っからそー言っとるだろぉがッ!? いい加減にしねぇとそのデカ乳むしり取って七輪で焼いて醤油つけて食うぞゴルァッ!?」


「あたしはきな粉派なんですケドぉ〜っ!?

 はぁうぅ〜…わ、解りましたぁ…」


 物分かり最悪なクセに、食い物に関しては妙に察しが良いななみは顔を真っ赤に染めて、今度はスカートの下に手を…

 ってその勘違いネタ、こないだ委員長でやりましたからっ!

 これだけ必死になって話を逸らそうとするってことは…さてはななみめ、ネタが一個も出なかったな?


「…っざけんなよテメー…!」


 クリエイターの産みの苦しみなら俺だって知ってる。

 頭が捻じ切れるくらい悩み抜いても、何も出てこない時なんてザラにある。

 自分はこんなにもスッカラカンなつまんねー奴だったのかと…こんなにも漫画に向いてなかったのかと、落ち込むことなんて日常茶飯事だ。


「いつも言ってるだろ?

 何も出なかったら仕方ないって…。

 俺も一緒に考えてやるからって…。

 一人だけで抱え込むなって…!」


 けれど、それでも…己自身を切り売りしなけりゃ、読み手に熱意は伝わらない。

 テキトーに筆を走らせただけの落書きで人気が得られるほど甘い世界じゃないんだ。


「だからって…自分にまで嘘をついちまったら、そこで終わりだろうが?

 そんな浮ついた格好で、俺が誤魔化されるとでも思ったのか?…見くびるんじゃネェッ!!」


「ひゃひィーーーーッ!?」


 ズルりんこっ☆

 俺に怒鳴られて心底ビビったななみは、勢いに任せてパンツを一気にズリ下げた。

 ほとんど布地面積がない黒いレースの紐パンが、ふとももの間に吊り橋のようにぶら下がる。

 ななみの奴、こんなセクシーな下着持ってたのか…っていやいや待て待て、いったい何をどーしたらこーなった!?


「ふぇえぇ…何でも言うコト聞きますからぁ、もぉ怒らないでくだしゃあぁ〜〜〜いっ!」


 涙をうるうる流して懇願する彼女のスカートの中からも、謎の水滴がぽたぽたと床に滴り落ちる。

 明らかに涙や汗ではない…ってことは…


「…あ、あのぉ…」


 その時、不意に誰かに恐々呼びかけられた。

 振り向いてみれば…部屋の戸口からコッソリ室内を覗き込んだななみが、青ざめた顔に引き攣った微笑を浮かべている。


「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃん? ちょっと居眠りしちゃっただけで、ネタなら何本か用意できたからさ…」


 おっかなびっくりノートを差し出して、キャラ原案やストーリー構成がみっちり描かれたページを指し示す。

 なら最初っからそっち出せやオラ!

 コイツは普段はあんなんだけど、基本的に真面目で俺の言い付けはちゃんと守るし、今みたく俺がマジギレしたときにはビクビクオドオド…


「ってちょっ…女の子になんてことしてやがんだクソ不良兄貴ィアーッ!!」


 …してたのは最初だけで、俺がななみを泣かせてるのを目撃したななみは血相変えて室内になだれ込み…っておや?


「兄貴はそゆことだけはしない奴だと思ってたけど、いつか絶対トンデモナイコトしでかす奴だと危ぶんでたら、案の定…!」


「ちょほいと待ちなは。ただでさえ情報量過多でオーバーフロー気味なんだから、これ以上余計な騒動を…」


「引き起こしてんのはアンタだろがこのバカちん強姦魔ッ!!」


 怒涛の勢いで俺を突き飛ばしたななみは、吊り橋パンツ状態でしくしく泣き続けるななみをかばって、


「ちょっとあんた大丈夫!?」


「ふえぇ〜おもらししちゃいましたぁ〜。おぱい揉み揉みもされちゃったし、もぉお嫁に行けまっしぇえ〜んっ!!」


 そして見つめ合うななみとななみ。

 ややこしいからもう一度言うが、ななみがななみと見つめ合っている。

 つまり…目の前には、ななみが二人いる。


「んな…な…なんっぢゃこりゃあはひゃへほぉきょきょ〜〜〜〜〜〜っっ!!!?」


 衝撃のあまり日本語能力バグりまくりで腰を抜かすななみ(小)。二人いると紛らわしいから、以後は最も顕著な肉体的特徴で区別する。


「あやや…こりゃまたビックリおったまげですぅ〜!?」


 対照的にこっちは涙が引っ込んで、往年のドリフのような鏡合わせコントにいそしむななみ(大)。どーでもいいけどパンツ履け。





 さぁ〜てと…長々と引っ張ってきた連載第一回目も、そろそろ終わりだからな。

 やっぱ、お決まりのあのセリフで決めとくべきか?

 俺はなるべく真顔になって大小二人を指差し、


「お、お前たちは…いったいどっちがホンモノなんだあーあ?」


 あ、語尾が棒読みになっちた。やっぱ思ってもないことを言うべきじゃないな。


「そんなん一目瞭然だろがいボケぇっ!」


 さっそく噛みついてきたななみ(小)の前に立ち、俺は言う。


「俺も内心そうだろうとは思うが、やはりキッチリと決め手を提示せねば今日びの読解力に乏しい読者さんは納得しまい?」


「メチャメチャ失礼だなアンタ!?

 んで、具体的に何するつもり?」


「こーするつもり。」


 ふにょっ。


「んあ…っ!?」


 いつもの露出度高めな部屋着の上から揉みしだけば…予想通り、鷲掴んだ瞬間すべてが手中にすっぽり収まるジャストサイズ。

 肉感には乏しいながらも、みずみずしくも張りのある弾力のなかに程よく硬い蕾のアクセントが…


「って、お前もノーブラかい」


「だ、だって支えなきゃならないほどボリューム無いし、重ね着は暑苦しいから好きくない…

 って、なんてことしやがんだこんガキャアーッ!?」


 案外素直に触らせたかと思いきや、思い出したように繰り出した強烈な右フックが俺の下顎にクリーンヒット!


「てかアンタ今『お前もノーブラ』つったな!? いつどこで誰のを拝みやがった!?」


「チッ、耳ざとい奴め。だが今問うべきはソコじゃないだろ、ん?」


「クッ、それもそうか…」


 考え直したななみと共に、俺たち兄妹は揃って人差し指をななみ(大)に突きつけ、


『どこのどいつだコンチキショオーッ!?』


 ヤケクソ気味に叫んだ。

 するとそれをぽかーんと見ていたななみ(大)は、やおら顔に手を押し当てて、


「クッククック。やっと本筋に戻ってきやがりましたねぇ私の青い鳥…じゃなくておとぼけ色ボケ兄妹♩」


 ボケボケな奴におとぼけ言われたっ!?

 いやそれより、いよいよ化けの皮を剥ぐのか…!?


「いえ剥ぎません剥ぎません、そんな機能ないですよぉ〜」


 ななみ(大)は見ただけで相手をイラつかせるアメリカンなジェスチャーでやれやれと手を振ると、その手を俺に突き出して、


「ちょっとスマホをお借りできますかぁ〜?」


「ん? あぁホレ」


 と俺が手渡したスマホに真正面から向き合った彼女は…

 カッ! 急に瞳を光らせたかと思いきや、その瞳にイデオンのような光の帯が流れ…


「接続成功ですぅ〜♩」


 いつものぽわわ〜んとした笑顔に戻ると、スマホの画面を俺たちに向けた。

 …一応ロックをかけてあったはずの俺のスマホに、見知らぬおっさんの顔が映っていた。


《やぁ〜初めまして諸君。私は秘密結社ゴタンマ副首領の真田さなだであーる。

 図が高い、控えおろう!…嘘ウソ、よきにはからっちゃって♩》


 …なんだか俳優の佐藤二郎みたいな砕けたノリだな。

 でも、なんだろう。初対面のはずなのに…どっかで見覚えが…?


「…あれ? このおじさん…」


 隣でスマホを覗き込んでたななみ(小)改めシン・ナナミも、何かに気づいたようだ。


《ああ、世間的にはこちらの肩書きの方が浸透しているようだね》


 と応じたおっさんの顔の下に字幕スーパーがインポーズ。


”マタンゴグループCEO 真田じろう”


 ほらやっぱ二郎じゃん…じゃなくて!?

 メチャメチャ大物だった!


《この度は我が社の製品モニターにご応募いただき、誠に感謝感激雨あられ♩》


「…ですぅ〜♩」


 深々と頭を下げるおっさんが映ったスマホを携え、にこやかに会釈するななみ(大)改め偽ななみ。


『あっ…アレか!?』


 そこで俺たちはようやく、先日の訳わからんアンケートメールの経緯に思い当たった。

 たしかに目の前の彼女は、俺がテキトーにデザインしたアレそのまんま。ななみにも瓜二つだったけど…

 え? 製品って…この子が?


「ハイハイ〜。吾輩は秘密結社ゴタンマの新開発HWMである。名前はまだ無い。…ですぅ〜☆」




【第一話 END】

 新シリーズ開始です。

 実はこの作品、かつて自身のホームページ上で公開していたもののリメイクとなります。

 当時は小説ではなく、ほとんどセリフだけで進行するシナリオ的な形式でした。

 時期的には、皆がガラケーを持つのが普通になり、まだスマホが世の中に無かった頃なので、今の目で見るとかな〜り苦しい部分が多々…。


 とゆー訳なので、思い切って舞台設定を元の現代から、少しだけ近未来に変更しました。

 進歩したAI技術が日常に浸透し、自動運転やドローンが当たり前に利用されている…そんな世界です。

 そんな世界においてもいまだ未知の存在、HWMと呼ばれる人間型ロボットが自分の生活に突然入り込んだら…?

 とまあお話はよくあるパターンですが、今さらそんな当たり前のモノを書くわきゃーありません(笑)。


 当時は結局、未完のまま途中で放置し、そのホームページ自体も消えて久しいですが…

 今度こそはちゃんと完結できたらいいなぁ。

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