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フタが開かれたら 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふん……ふん! ふぬぬぬ……!

 おお、きついなあ、これは。あ、こーちゃん、いいところに。

 このフタ、ちょっと開けてくれない? だいぶ僕が弱らせたはずだから、あとちょっとでオープンすると思うんだけど、どうも攻め手が足りなくて……。

 いやあ、握力弱くなったかもしんない。ここはこーちゃんの加勢で、どうかひとつ。


 おお、開いた開いた。さすがだねえ。

 この中のドロップ、結構好きなんだけど、ときどきこうしてへそを曲げちゃうからなあ。

 ご機嫌の取り方とか分からないし、せいぜい冷えすぎないところへ置いておくくらいだろうかね。

 こーちゃんはどう? いつもすんなり開いていたものに、思わず頑強な抵抗を受けてしまったこととか、ない?

 僕たち側からすると、その原因を事前に特定するのは容易じゃないね。それが何であれ、こうして力づくに訴える必要が出てくる。

 今回はたまたま、何ともなく済んだけれど……ひょっとしたら、ひょっとすることもあるかもね。

 おじさんから少し前に聞いた話なんだけど、耳に入れてみない?



 おじさんが働き出して間もないころ。

 自分の部屋の冷蔵庫には、たっぷり缶の飲み物を入れていたらしい。

 近所のスーパーが定期的に大安売りしていたみたいでね。時間が合えば、この機会を逃すまいと、どどっと買い込むのがクセになっていたとか。

 そのときは、おじさんひいきのエナジードリンクの特売日。ひとりあたり何本までの制限もなく、おじさんは籠いっぱいにそれらを詰めていく。

 すぐさま家へ連行されて、冷蔵庫に入れられる分が、次々とそのスペースを占有しはじめた。

 庫内のオレンジ色の光のもと、その黒々とした缶のボディをさらしていくエナドリたち。

 こいつらを傾けて飲む時を、おじさんは今か今かと楽しみにしていたんだそうな。


 おじさんはコーヒー代わりにエナドリを飲む派だった。

 朝、出かける前に一本。晩、帰ってきてから一本。仕事先でも、必要とあらばエナドリをあおることがあったらしい。

 さすがに飲みすぎだろうと、家族に注意されたことも多かった。けれど、おじさんとしてはこれを外すことはできなかったそうだ。

 それがストレスのためか、カフェインの依存のためかは、はっきりと分からない。ただ、そいつを口にすると、舌へ粘っこく絡んでくる甘みと一緒に、自分の中へ気力が満ち満ちるのを感じられる。

 しょっちゅうではないけれど、これを味わう瞬間がたまらないのだとか。火照る身体とゆで上がる脳みそを伴うと、怖いものがなくなって、何でもできそうな気がしてくるんだ。

 それまではここ大一番での、景気づけくらいの立ち位置だった。それが今では、手元にあるとつい手を伸ばすような友達感覚になっていたんだとさ。


 買い込んでから数日後の朝。

 その日もおじさんは、冷蔵庫の戸を開ける。朝に弱いおじさんにとって、家でゆっくり朝ごはんをとれる日ばかりとは限らない。

 こういうときもエナドリの出番。おじさんは冷蔵庫を開け、まだまだゆとりのあるエナドリの山から一本を手にかける。

 ほっそりとしたスリムスタイル。いかに好きなものとはいえ、炭酸も含まれていて何杯もがぶ飲みするにはきつい。これくらいの量がおじさん的にもベストではあったのだけど。



 開かない。

 このとき、プルトップが非常に頑強に抵抗してきたんだ。

 これまでも、ぴっちりと缶のてっぺんに張り付いて、なかなか起こせないことはあった。それが今度は爪でさえ、ろくに差し入れることができない。

 これまでは爪を怪我しないよう、ちろちろ、そろそろと滑り込ませて、どうにか指の腹を挟み込むのがお決まりの必勝パターンだった。


 けれど、今回は爪の厚さでもっても、容易にいかない。

 かすん、かすんと音を立てて弾かれる爪の突貫。なお細いものの存在を求められている。

 自分の爪を犠牲にするリスクを背負えればあるいは……ともふと思ったが、自分の身をエナドリに削るなど、あまりに覚悟が決まりすぎている。

 とっさに、この台所で使えそうなものがないかを探るおじさん。身を削る覚悟はなくとも、道具を削る覚悟はあった。

 さすがに調理器具を使うのはまずい。ならば、電話横に置いているペン立て。その中にある文具たちなら……。


 おじさんが手に取ったのは、カッターナイフ。

 いつぞやの工作で求められて用意した、ごくごく細いものだ。数カ月ほど前にお役御免となって、ここで冷や飯ならぬ冷や空気を食っていたが、久々にお呼びがかかった。

 チリチリと、かすかに出した歯には、早くもかすかに錆が浮かんでいるものの、今日期待されているのはキレ味ではない。

 そのスレンダーボディでもって、缶とプルトップの間に潜り込み、てこの原理でもってそのすき間を押し広げることだ。たとえ、その身折れようとも……。


 おじさん自身、自分の爪が太めという自覚があっただけに、この痩身のアドバンテージは大きかった。

 角度を調整しながらの数回のぶっこみで、ついに刃はそのすき間へ滑り込んだ。

 しかし、てこの原理にさえもこのプルトップはなおも抗う。おじさんは、自らの力の込め具合からして、いつ刃が折れて自分に飛んでくるか。

 そんな、始める前は冗談半分に想定していた事態が、いよいよ現実味を帯びる事態になってきた、じんわりと手に汗をかいていたとか。

 刃と缶の間に、ごく細かい金属の粒が増えていく。刃とプルトップのつばぜり合いの証で、どこかスクラッチくじをやっているような気分を思わせた。

 

 いかほど、時間が経っただろうか。

 とうとつに抗いは消え、あっけなくプルトップは押しあがった。力を込めすぎていたカッターは、ついおじさんの込めた力のまま跳ね上がり、宙を舞ってしまったほどだったとか。

 プルトップが上がるばかりか、缶の口も一緒に開いている。これは大噴水、間違いなしかと思われたけれど、なぜかおじさんの手の中から重さが消えた。

 先ほどまで、みっちり詰まっていたはずの缶の中身が、開栓とともになくなってしまっていたんだ。いくら傾けても、中の液体は姿を見せなかった。

 

 直後、おじさんは自分のお腹がぐるぐるとうめき出し、トイレへ駆け込んだ。

 腰を下ろしてのち、勢いよく出てくるのは下痢を思わせる水のような便ばかり。けれどもそれは、非常に甘ったるさを帯びていたらしい。

 あの、エナジードリンクそのものと同じような、ね。遅刻が確定するまで、彼らは延々と断続的に飛び出て止まらず、便器があふれるかと思ったとか。

 そして後で確かめた、冷蔵庫の中の缶たちはいずれも軽い身となっていたらしく、片っ端から開けても、中身は何も入っていなかったのだとか。

 


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