5.ボトルガムストライク
ニコちゃんの謝罪と助けを受け入れ、私は首をコキコキと鳴らした。ここにいるのは〈緋熊〉の中でも下っ端の下っ端と言っていいほど。前の作戦と同じようにグレイブをぶん回せば、すぐに任務は完了する。
だけど、全員とはつまり──全員だ。
ニコちゃんを犠牲にするならばそれでいい。救うと言っておきながらそんなことは──
「あ……忘れてた。私バカじゃん」
己の馬鹿さ加減を痛感する。私はさっき、どうやって生き返ったんだよ。まさにニコちゃんを犠牲にするならばそれでいいということになる。
「ニコちゃん、歯ァ食いしばって!!」
ニコちゃんには痛い思いをしてもらうことになるが、これが一番手っ取り早くニコちゃんを助けることが出来る。もし本当にニコちゃんがこの拳銃と契約を結んでいるのなら。
もしそうだとすれば、私のグレイブによって上半身と下半身に分けられてしまったニコちゃんは、一度死んでから私の手元にあるフェイトアスタの元へ新たな肉体を創造するはずだ。ニコちゃんは救い出せるし、〈緋熊〉を一網打尽に出来る。
グレイブを力強く握り、ニコちゃんまでもを殺す勢いでぶん回そうと助走を付けたその瞬間──。
ガゴ、コン、カラカラカラ……。
「痛っ」
地面にボトルガムが転がる。私の好きなエキサイティングストロベリー味のガム。
額がジンと痛んで、一瞬だけ意識が遠のいた。ニコちゃんの傍にいる、仮面の幹部が投げたのだろう。なるほど、最後の足掻きということか。
「てんめぇ……っ!!」
「おい、私が死んだらどうすんだ」
仮面の幹部が突然その仮面を脱ぎ捨てた。
最初は訳が分からなかったが、これもアイツの策略なのかと思うと腹が立った。「ここまで」がアイツのシナリオだった、と。私は「ここまで」踊らされていた、と。
「なんでここにあなたがいるんですか──隊長」
Dの隊長である希蝶夕衣、ニヤニヤと私を見つめる。
その傍でニコちゃんは困惑したように夕衣さんを見ていた。今まで散々自分を痛めつけてきた奴が、まさか上司だなんて思いもしないだろう。
「ま、全部総司令の指示だったってわけよ。監禁されてる少女なんていない。でも勘違いしないで、これはあくまで潜入作戦。周りにいるみんな、ホンモノの〈緋熊〉よ?」
正式な作戦公開文書で合法的に記せるように、「作戦」と名目を打っただけだろう。確かに私たちDの使命は〈緋熊〉の廃絶なんだけど……、これはあまりに横暴だ。誰のことも信用出来なくなりそう。
「初めまして、とでも言っておこうかしら。私は魔衛局神異課・隊長よ。家に戻ったら本名は教えてあげる。あなたは──フェイトアスタと呼ぶわね。そのままじっとしてなさいね」
眠ってしまいたくなるほど落ち着いた声はやはり健在だ。ニコちゃんも見惚れたような面持ちで夕衣さんに釘付けになった。
夕衣さんはおもむろに右手を突き出して、空気と握手するように指を少し丸めた。私は急いでニコちゃんをおぶってアジトを逃げ出した。
「おいっ! どこまで走ればいいんだよ!」
「黙ってないと舌、噛んじゃうよ! いいから走ってー!」
ニコちゃんは私の背中で、泣いているのか笑っているのか分からない声を漏らした。
どちらでも良かった。感情を出してくれて、それだけで私は良かった。
ニコちゃんはやっと〈黒犬〉に入れたんだ。