4.正直者へのファンクション
「遅くなった。ごめんね」
幽霊でも見るかのようなニコちゃんの顔は、私が予想していたものとほぼ遜色なかった。傷だらけの顔はみっともなく汚れているが、「私殺し」の罰にはちょうどいい。
「なんで、アンタ……ウチが殺した──はずやろ!!」
そう、確かに私は頭を何発もニコちゃんのフェイトアスタで撃ち抜かれ、本当に死んだ。しかし、死んだのは私の身体だけ。
──魂を契った〈グレイブ〉は、死んでいなかった。
ただそれだけの話。いくら私の脳をぐちゃぐちゃにしたところで、グレイブが傷つけられていない限り永遠に生き返る。フェイトアスタという武器を持っていながら、ニコちゃんは契約について知らなかったということだ。
「オードナンスの契約は知ってる?」
そう言われて、ピンときたような素振りは見せなかった。やっぱりこの子は知らない。知らないというより、教わっていない。
ニコちゃんを救い、武人として育て上げた「アイツ」は、意図して教えなかった。
「オードナンスとは〈武器庫の魔女〉を仲介人として、所有者の魂と契約を結んだ武器のことだ。サキ……いや、総司令はニコちゃんにそのことをわざと教えなかったんだ」
オードナンスに魂を預ける、それはオードナンスが破壊されれば所有者の身体も死ぬということだ。
フェイトアスタと契約したときにその危険性について説明しなかっただなんて、総司令がして許されることではない。必ず理由があってそうしたのだ。
「総司令が……なんで……?」
「私がニコちゃんに出会ってから現在まで、全てアイツのシナリオ通りに進んでしまったんだろうね。アイツはニコちゃんが私と出会うことで、『教育』させたかったんだ」
悔しいが、私もアイツのシナリオに踊らされていた。だが、これからのシナリオは読めている。私はそれになぞるだけだ。
「教育? 総司令のシナリオ? そんなん知らんわ! ウチが今までしてきたことは、無駄やったってこと……?」
「ニコちゃんを苦しめてきた本人たちが言うのはおかしいと思うけど、それでも私たちはニコちゃんに、自分が生きたいように生きて欲しい」
「私たちって、アンタ以外に誰が──」
「──総司令だよ」
スカーダンプ変災と今日まで語られる、警安局員全滅事件は僅か二人の少女によって引き起こされた。19だった私と、まだ10歳だった現・魔衛警安省総司令官、天津サキハによって。
「私たちのせいでニコちゃんが苦しめられてきたことは、いつまでも許さなくていい。私を殺したければ、グレイブを壊していい。それでニコちゃんの気持ちが晴れるなら」
でもきっとそうじゃない。
私は生き返ってからずっと、例のごとく廃ビルの屋上からニコちゃんを監視していた。自ら〈緋熊〉のアジトに丸腰で入って行くなんて、そんなの自殺しようとしているのと一緒だ。
私を殺したところで、ニコちゃんは今まで背負ってきた苦しみから解放されなかった。そんなの辛すぎる。だから私は、どうしても生きる意味を見つけて欲しいと思った。
「今のニコちゃんと同じくらいの時、私は大事な人を警安局の奴らに無意味に殺された。スカーダンプ変災は、『ついカッとなって』という、幼稚な動機によって起こった災害なんだ。幼稚な私たちを、大人は激しく虐げた。でもね、死の直前に〈魔女〉たちと一人の元警安局員が私たちを救ってくれたんだ」
「警安局員は、全員死んだはずじゃ……」
「メディアが大袈裟に表現しただけだよ。実際は全警安局員の30%は本部で指揮にあたっていたから、彼らは死んでいない。今の警安局は彼らによって復興したんだ。そのうちの一人が、Dの隊長なんだ。暴力は何も生まない。私の大事な人のように、大陸では警安局員による無意味なスラム荒らしが各地で起きているのだと彼女は教えてくれた。無意味な死や争いを無くすために、警安局と対をなす魔衛局を創設したんだ。……ニコちゃんに、昔の私と同じ道を歩んで欲しくない」
私は無意味な死から、人々を救わなければならない。そのためなら汚れ役を買うことなど厭わない。ヒールでも、駄犬でも、なんとでも言うといい。ニコちゃんが私を許さなくてもいい。
でも、無意味に死ぬことだけは許せない。
「ウチはっ……、アンタを殺そうとした……! ホンマはウチかって、そんなことしても意味無いことぐらい分かってた。でもじゃあどうしたら良かったんよ、教えてよっ……!!」
私はポケットから、無造作に捨てられていたリボルバーを取り出した。
ニコちゃんと魂を契ったフェイトアスタだ。
「これを壊すか、私に『助けて』と言うか、どっちかを選んで。前者を選んだ場合、君は死んで私は今まで通りDで過ごす」
どちらを選んでも、ニコちゃんからすれば最悪の結末しか残されていない。そんなの私も分かっている。だけど、死なない限り未来は変えられる。ちょっとでも良い未来を望むなら──。
「後者を選んだ場合、一緒に戦おう。こいつらをみんな倒して、家に帰ろう。そして一生を賭けて、君に『生きる意味』を教え続ける。それが私に出来る、最大の償いだ」
彼女の顔が歪んだ。今まで堪えていたものが、堰を切ったように溢れ出す。こんな都合のいい話があってはいけない。私にとっても、彼女にとっても。ただ、二人の利害が一致した。
彼女を傷つけた代償を背負う。生きる意味を与える。
私を殺した罪を償う。生きたいと願う。
「もう一度君が、君であれるように、また君が笑えるように私、頑張るからさ……っ! どうか助けを求めてくれ……」
ニコちゃんの嗚咽が止んだ。私を鋭い視線で睨む。
「サユリ……先輩、ウチの苦しみも背負ってくれますか……?」
「うん」
「溜まってたこととか全部聞いてくれますか?」
「もちろん」
「ウチのしてきたこと、許してくれますか?」
「いいよ」
「サユリ先輩」
「なぁに?」
「助けて…………くれますか?」
「任せて。────ニコちゃん、いい顔してるよ」
涙で濡れたぐちゃぐちゃな顔。だけどニコちゃんは笑った。
最高点まで上がった口角に、私もつられて微笑んだ。