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シニカルなエンディングを  作者: 鈴本詩人
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1.孤独な少女は笑わない

ここで初めて相棒(バディ)が登場します。

 私たち〈黒犬(Dober)〉は、〈魔女〉直属の行政機関である「魔衛警安(まえいけいあん)省」のうちの「魔衛局」に所属する部隊である。〈黒犬〉というのは愛称──あるいは蔑称──で、正式には「魔衛警安省魔衛局神異(しんい)課」である。そういうややこしい話はともかく、つまり私たちはそこそこ権力も名声もある役職だ。


 ……のはずなんだけど。


 私たちに与えられた家は見事に陳腐だ。外観もさることながら、家の内部も「普通」。二階の自室で相棒(グレイブ)を下ろし、既に乾いて固くなってしまった血で濡れたカッターシャツとベストを脱ぎ捨てた。

 回転式拳銃(レボルバー)を二つ隠しているこの重たいズボンも脱ぐ。私は別に下着姿でもいいが、なんとなく黒のパーカーだけ羽織った。下はまあいっか、という適当さ。


 そこで、突然右耳のイヤーカフからメッセージの通知音が鳴った。スマホを確認する。


『司令本部より「D」副隊長(セカンド・キャップ)

 8月3日付で「D」に所属となるスクール候補生の詳細なデータを添付する。一読すると共に、同日に副隊長自ら本部まで彼女の迎えを頼みたい。 以上』


 メールの内容は殺風景なものだった。

 わざわざ「D」に飛ばされるなんて相当問題児が来るな、これは。

 あくまで隊長が失踪しているから代理でリーダーをやっているだけで、子守りは仕事ではない。


 それより、また総司令官サマはお堅い文章なんか書いちゃって。本部に行ったら会えるのかな? 全然会わせてもらえないし、そろそろ会ってもいいんじゃない?


「『「D」副隊長より司令本部

 メールの件は了解したよ。ってかそろそろ会えない? なんか私のこと避けてる気がするんだけどー。ねっ、いいよね?』っと」


 送信して5秒後に返信の通知が届いた。なんだ、やっぱり私と会いたいのか。私からのメールを心待ちにするなんて、可愛い子だなぁ。


『本メールは送信専用です。返信は承れません』




『バレット=ディンプル、18歳、女。種族、アクエクス。第十期スタンダードスクール卒業生。リスエテ州南ネーブル出身で、〈神鳴(かみなり)〉によって両親は死亡。弟は行方不明。13歳の頃にネーブルのブラックマーケットを脱走。オーリスに逃げてきた数日後、栄養失調で倒れるが、搬送先の病院で治療にあたった天津(あまつ)サキハ総司令により、翌年よりスタンダートスクールに入学。首席卒業生』


 総司令からのメールに添付された資料には、彼女の詳細なデータが記されていた。スクールの首席卒業生が、わざわざ魔衛局に()()()くるだなんて変な話だと思ったが、彼女の種族が答えを示していた。

 しっかしネーブル出身かぁ。ましてや南部とは。あそこのブラックマーケットは魔衛局でも擁護出来ないほどの荒れっぷりだし。戦闘経験の豊富な子が来てくれるのは私たちとしてもありがたいことだ。


「なんやこいつ、誰やねん」

「話がちが~う!」


 本部の前の道路で、ディンプルちゃんは真っ向から私を突っぱねた。まずびっくりしたのは彼女の髪が金色だったことだ。

 通常〈泡沫(うたかた)の魔女〉の使い魔とされるアクエクスは、私もそうだが髪が生まれつき水色をしている。しかし彼女はアクエクスであることを隠すかのように金色に染めていた。確かに他宗派信仰者からは白い目で見られがちだし、その気持ちは何となく分かるよ。


「は? ……んだよ」

「んー、こっちの話。私は『D』の副隊長だよ。オードナンス・コードは〈グレイブ〉だけど、本名の方のサユ先輩でいいよ」


 手を差し伸べて友好の証に握手を、と思ったがなんとこの小娘は私の手を払い除けた。このクソガキ……じゃない。私は先輩でお姉さんなんだから、もっと寛容でないと。


「まあ仲良しごっこは時間をかけてするとして。サキ……じゃなかった。総司令サマはどこ?」


 私が「総司令」と言った瞬間、多分ディンプルちゃんの体が微かに震えた。おかしいな、と思ってもう一度試してみる。


「無視しないでさぁ、総司令サマは?」


 ──ピクン。


「やっぱり。なんでそんなにビビってるの?」


 ディンプルちゃんの表情は冷えて固まり、何かおぞましいものを見るような嫌悪感に満ちてしまった。ああ、これはきっと総司令のことが恐ろしくて堪らないのだろう。


「うっさい、ビビってへんわ。総司令は忙しいから後は任せるって」


 はぁ、また会えずじまいかぁ……。本部まで呼び出すクセに、対面することは出来ない。私がどれほど会いたいか、総司令サマは知りもしないんだろうな。

 素直に諦めて、駅の方へ歩き出した。本部がある帝都・オーリスから「D」の狩場があるトリウォールまでは、怪速列車(ファストレイル)に乗らなければならない。


「トリウォールは行ったことある?」

「あるわけないやろ」

「大丈夫? 死なないかなぁ?」

「ナメんな、ウチは首席なんやぞ」

「私のこともナメて欲しくはないなぁ」


 横並びにはならず、傍から見ても明らかに険悪すぎるほど空気が悪い。二人とも目を合わせようとも、きちんと相手に伝えるために話そうとも思っていない。


 オーリス駅の改札付近は人で溢れかえっていて、人々は私を見てヒソヒソと陰口を叩く。それは私の髪色が水色なことと、着ているパーカーに魔衛局のロゴが入っていることが合わさって考察された結果だろう。

 アクエクスが魔衛局に入ったところで、配属されるのは「神異課」のみだから。


「ああいう視線には慣れておきな。トリウォールじゃ真逆なんだけど」


 トリウォールは〈緋熊(レッド・グリズリー)〉による占領率が50%を超える地域で、他の州都からは見放された州都だ。州都を囲むように──まるで隔離するように──巨大な鉄の壁が三方からせめぎ合っている。

 出入りは大陸政府によって厳重に管理され、私たち国衛警安省の職員以外は許されていない。


 大陸の中心地となるオーリス駅には約40もの乗り場があるが、3番線であるトリウォールラインの乗り場だけは別世界のように陰気だ。清掃が行き渡っていないのかゴミだらけだし、中には血痕のようなものまである。プラットフォームには私たち2人しかいない。


『まもなく、3番線にトリウォールライン、平和公園駅行が到着致します。危ないですので……』


 ファストレイルがプラットフォームに入線してくる。車体は色付きのペンキで落書きされており、車内の座席にも落書きや血痕がこびり付いている。


「3番線なんか使ったことある? 私は超ヘビーユーザーなんだけどさぁ、遂に自動運転に変わっちゃったらしいよ。正真正銘、乗客は私たちだけだね」

「……………」


 面白くもない話をしてなんとかこの陰鬱な雰囲気を打破しようと試みるも、それは叶わない。ただでさえ彼女との相性が良くないのに、さらに追い打ちをかけるような車内の静寂だ。無機質な金属音が耳障りだった。


「真面目な話、していい?」


 ふざけるのは一旦止めて、本当に聞きたいことを聞くことにした。教えてくれるか分からないけど、今後共に仕事をする上で聞いておかなければならないことだ。


「……なに」


 耳をすまさなければ金属音にかき消されそうなほど、返事はか細くて小さかった。初めて意思疎通ができたようで安心した。


「『D』への配属を気に食わないって思ってる?」

「別に。下された命令に従うだけや」


 即答、だった。


 彼女の資料によれば、幼少期から傭兵として育てられ、つい先日まではスクールで訓練をしていた。命令されなければ動かない──裏を返せば、命令されれば何でもする──そんなふうに育てられてきた。


 大陸随一の激戦区であるトリウォールではそのような血の気の多い「黒犬」が求められる。魔衛局、あるいは総司令官サマがディンプルちゃんに求めていることは分かった。


 ──彼女を一人の少女として、大切に育ててくれないか?


 総司令官の命令に拘束されている身として、どうせ断ることはできないのだろう。私が身を呈して遂行してやるよ。


「なんて呼べばいい?」

「別になんでも」

「じゃあせっかくだし可愛いあだ名を付けたげるね」


 そう言うと彼女の身体が少し震えた。もしかしてあだ名で呼ばれることに憧れていたとか? 意外と可愛いところがあるのかもしれない。これから少しづつ見つけていけばいい。


「じゃあー……『ニコちゃん』でどう?」

「なんやねんそのふざけたあだ名」


 反応は芳しくないが、まあなんでもいいって言ったのはそっちだし。


「今は全然笑ってくれないけど、いつか私が笑顔にしてやるぞー! って意味を込めた素晴らしい呼び名なんだけど」

「……勝手に言うとけ」


 ニコちゃんの声が少しだけ緩やかになった。優しくなったと感じたのは勘違いかもしれない。だけど一歩ずつ歩み寄れていることは確かだった。


『まもなく、平和公園前、平和公園前……』


 列車が徐々に速度を落としていくと同時に、けたたましい金属音が鳴り響いた。

バディとは思えないぐらい仲が悪いですね。

どうなるんでしょう。

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