Prologue:餐宴の火炎
お世話になります。
『相棒とつむぐ物語』コンテスト に応募する作品です。
相棒であり先輩後輩であり、上司と部下である「グレイブ」と「フェイトアスタ」の物語をお楽しみください。
街は燃えている。至極、当然のように。
午前3時、作戦は開始した。
今この区画にの周囲には「警安局」が待機している。もし仮に私が時間をかけるようなことがあれば、容赦なく突入してくることだろう。
この土地を完全に私たちに丸投げしたくせに――とは口が裂けても言えない。言ってしまえば戦争になってしまう。
早急に仕事を終わらせるために、私は地上からジャンプして廃工場の屋上に飛び乗った。
ここは見晴らしが良くて、「トリウォール州」の全容が見える。
――私たちが任された、この燃えている街が。
許されざる暴徒の暴挙により、善良な市民は夜道を歩けない。火炎瓶を投げたり、銃を乱射したり、女子供を誘拐したり。好き勝手し放題だ。
だから、私たちがいる。
今回の作戦は、暴徒を統べる上級幹部に違法薬物の在り処を聞き出すこと。
なに、簡単なことだろう?
「手ぇ上げな」
私は背中に携えていた「命槍」を三人に向けながら、少し低めの声でそう言った。決して恐怖感をなくして言ったのではないが、奴らには効かない。
それもそのはずで、「自分たちの最大の敵だ」と散々教育されてきた敵が、女の私だったからだ。奴らに私たちの具体的な情報は充分に行き渡っていない。
「まさかボスが言ってた〈黒犬〉ってのはこの嬢ちゃんか? ふっ、ふはははっ! 笑わせてくれよるわ。おい、覚えとけよ。俺たちみてぇなクズでもな、逮捕には令状がいるってもんだぜ? それと──」
気付いた時には、既に私は数多の敵に様々な種類の銃を向けられていた。
「B域は俺のシマだ。二度と手ぇ出すんじゃねぇぞ」
銃弾の雨が、私の体に降り注ぐ。
やはりこの感覚は嫌いだ。体中が痛くて、熱い。
骨を、皮膚を、内臓を鋼鉄の弾丸が貫く。
脳みそが激しくシェイクされ、考えもロクにまとまらない。
雨が止んだ頃には、私の体はいくつかの肉片と化し、そこら中に散らばっていた。
────しかし、私のグレイブは遥か上空にて生を保っている。
「話は終わりか、おっさん」
何事もなかったかのように私は実体を取り戻し、上級幹部の背後に立っていた。
奴の首筋には私のグレイブ。私と魂を契った、命の槍。
やはり私は先程のように敵に銃を向けられるハメになったが、今度は人質を取っている。ここにいる誰よりも丁重に扱われるべき命が、私というイレギュラーで無価値な存在に手玉に取られている。
「おいおっさん、”Shit down?”」
上級幹部を私と対面させ、グレイブを持っている手と反対の手で地面を指差した。明らかに不服そうな顔をしたので、刃先を首筋まで当ててもう一度忙しく指を動かした。
上級幹部は顔を地面に着け、手首を腰の辺で組む。
「じっとしてろよ」
そう言い放つと、勢いよく息を吸い込んだ。息を止め、グレイブを持つ手に力を込めたまま、その場で一回転。百を優に超える人間の頭部がその場に転がった。辺り一帯に血の海が広がる。
これにはさすがの上級幹部も私の足元で目を見開いた。
これでさっきの元は取れたかな。
グラハムに早く情報を吐かせるため、屍が落とした拳銃で一発ずつ、彼の両脚に弾を撃ち込んだ。悶絶の末、私を睨みながら彼は黙った。
「話が早くて良い。私が聞きたいのは一つだけだ。お前が扱っていた薬物は、どこから輸入してきたもんなんだ? この街で輸出入が出来るのは政府が認可した私たちだけなんだよ。なのにどうして、お前たちがそんなことを可能にしてんだよ?」
私とグラハムを囲うようにして、首なし死体と頭部が輪環状に広がっている。タイムリミットはもってあと一分といったところか。遠くから陳腐なサイレンが聞こえてくる。
「言えよ、脚潰されたいのか? あ?」
体力的に削っても意味がなさそうだ。あまり好みではないけれど、精神的に削るしかない。警安局が到着するまでに絶対に吐かせないと。私も私で、任務を達成しないと上司がうるさい。
「吐かなかったら、お前の奥さんも娘さんも蜂の巣だ。それかあらゆる手段を使って健康なまま『牢獄』にぶち込んでやる。女に飢えた汚い男たちで溢れているあの『牢獄』に! どうなっても知らないぞ」
グラハムの顔が歪む。私だってこんな卑怯な手は使いたくない。だけど色々と覚悟を持ってやらなければこの仕事は務まらない。それはグラハムもきっと分かっているはずだ。
「わ、分かった! 分かったから妻と娘だけは助けてくれ……! リスエテのブラックマーケットを牛耳ってる奴から仕入れてたんだ!」
「トランスポーターは誰なんだ。誰が密輸ルートを? ……おい、おいっ! クソっ、血が足りなくなったか」
できることならばトランスポーターの情報まで仕入れたかったが、輸出元が分かっただけでもこの「作戦」は意味を成す。私はグレイブを背中に戻し、その場で勢いよくジャンプした。
私たちはそんな汚れた仕事をしなければならない。
世界の平和のために、市民の笑顔のために。
命を賭してでも、守らなければならない。
私たちは、魔衛警安省・魔衛局神異課────通称・〈黒犬〉。
熊をも喰らう、黒犬だ。
・魔衛局
魔衛警安省所属の部署。主に〈魔女〉の護衛にあたる。
・魔衛局神異課
通称〈黒犬(Dober)〉。〈魔女〉の護衛ではなく、〈魔女〉反対派である〈緋熊〉による反政府テロを未然に防ぐために、〈緋熊〉が拠点としている「トリウォール州」に駐留している部隊。
現在は隊長である希蝶ユイが失踪しているため、副隊長の藍原サユリが代表を務める。