クリムゾン大公家
「この後はどうなさいますか殿下。」
神殿から出て、前庭を歩きながらレイが言った。
「総帥閣下に先ぶれを出しているから軍の方にいるとは思うのだが・・・確証はないね。総帥閣下は自由な人だから。」
シオンが言ったその時、神殿から神官が慌てた様子で出てきて、駆け寄ってきた。
「どうかしましたか?」
シオンが尋ねると、息を切らせた神官は息を整える。
「先ほどクリムゾン大公家から連絡がありまして、軍ではなく屋敷にいらっしゃるそうなので屋敷に来てほしいと連絡がありました。」
息を整えた神官が言う。
「期待を裏切らないね総帥閣下は・・・。」
シオンが半ば呆れたように言った。
「ちなみに連絡は何で来たのかな?早馬は来ていないようだし・・・。まさか水晶玉かな?」
「は、はい。大神官様の水晶玉に連絡が入りました。」
神官はシオンに何を言われるのかとびくびくしながら言う。
「さすが、帝国随一の資産を持つクリムゾン大公家はお金の使い方が違うね。」
シオンは驚いたように言う。
「連絡を教えてくれてありがとう。」
シオンが言うと、神官は頭を下げた。
「それでは失礼いたします。」
そして脱兎のごとく神殿の中に逃げ帰ったのだ。
「あの神官はなにをそんなにおびえているのですか?」
神官の後ろ姿を見送ったユリアがシオンに尋ねた。
「私は社交界では気が強くよく令嬢たちを泣かせているので。怖いというイメージがあるのでしょう。」
シオンは苦笑いする。
「そう、なのですね。」
ユリアは反応に困った。
「殿下、我々はどうしますか?殿下がユリア様についていくのは当然のこととして我々はついていきますか?軍で待ちますか?」
レイが尋ねた。
「私が言っても信じてもらえないから・・・エルだけついてきてほしいかな。レイたちは軍で待っていてほしい。今日中に戻れないかもしれないから夜になっても戻ってこなかったら今日は実家に泊れ。」
「マジすか・・・。」
シオンの返答にレイが天を仰ぐ。
「レイ様、どうかなさったのですか?そんなにご実家に戻りたくないのですか?」
ユリアが訝し気に尋ねるとレイは言った。
「私には一人兄がいるのですがその兄が私に対してあたりが強くて・・・。使用人も兄に同調しているようで冷たいんです。」
「軍の寄宿舎に泊ればいいだろう。」
「酷なことをおっしゃいますねぇ。あそこ確か申請に2日ぐらいかかるはずですけど。今日は私は野宿ですか?」
シオンが笑いながら言うとレイの顔は絶望に染まった。
「レイ、もしも野宿になりそうだったらルスニア大公家に来てください。部屋の1つや2つ空いていると思います。」
見かねたエルが言う。
「あ、ありがとう!マジで神です。エル様を一生拝みます!」
レイが目を輝かせてエルを見る。
「一生拝まなくてはいけないのは精霊神ティターニア様だろう。信仰の元を間違えるな。」
シオンが厳しく言う。
「出ましたね。殿下の精霊神ティターニア様第1主義。」
レイが茶々を入れるとシオンがぎろりとレイを睨んだ。
「第1主義で何が悪い?」
「な、なにも悪くありません。」
引き攣ったような表情でレイは言った。
「それではユリア嬢、いえ精霊神ティターニア様の愛し子なのですからユリア様とお呼びした方がいいですね。」
シオンは口調をあらためる。
「お気になさらないでください。皇太子殿下にそのように言われるのはちょっと・・・。」
ユリアは困ったように言った。
「わかりました・・・とはいえませんね。正式に認められてはいませんが精霊神ティターニア様ご本人に愛し子だと言われたのですから。知っているとは思いますがラピスラズリ大帝国は精霊信仰が盛んです。精霊の愛し子は何よりも大切にされるのです。皇帝よりも上になりますから。」
「こ、皇帝よりもですか!?」
ユリアは驚く。
「王国ではそんなにくらいは高くなかったです。陛下の手駒というような扱いでした。」
ユリアの告白にシオンはつぶやいた。
「王国は精霊の愛し子の扱い方が良く分かっていないようですね。」
「ここがクリムゾン大公家です。」
神殿を出発してから1時間後の午前11時にクリムゾン大公家に到着した。
大きな白塗りの屋敷は外から見たら豪華には見えない。
しかしその分庭はとても丁寧に手入れされていてその美しさは皇宮にも匹敵すると言われる。
しかし屋敷も遠くから見た時と近くから見た時とはかなり印象が違った。
近くで屋敷を見るとかなりの威圧感があった。
さすが大公家のお屋敷だとユリアは思った。
「お待ちしておりました。総帥閣下は応接室でお待ちです。」
屋敷の扉に近づくと扉は勝手に開いた。
ユリアはぎょっとした。
(扉は自動で開くものだったかしら?)
屋敷の中は豪華そのものだった。
豪華な調度品にいくらするのだろうと思わせる絵画。
扉の取っ手はただの木ではない。
最高級の木材が使われている。
どこもかしこも最高級のお屋敷だった。
「こちらです。」
出迎えてくれた執事がユリアたちを応接室まで案内してくれた。
「総帥閣下。お客様をお連れしました。」
執事は返事を聞かずに扉を開けた。
「あれ、いらっしゃいませんね。先ほどまでいらっしゃったのですが・・・。」
扉の向こうは応接室。
応接室にはいるはずだった総帥閣下はいなかった。
「どうせ暇で散策にでも出ているのでしょう。少々お待ちください。探してまいります。」
執事は慌てたように紅茶の準備をするように侍女に命ずると駆け足で出て行った。
「待たせたかしら。」
しばらくすると執事を引き連れて16歳ほど少女があらわれた。