死の森と怪我人
昨日の更新を忘れてしまいました。
今日は二話更新です。
本日一話目です。
「こちらです。」
騎士が案内したのは王宮の真後ろにある裏門だった。騎士はの鉄門を開けた。その先には舗装されていない道の上に質素な馬車があった。
「どうぞ。」
騎士は馬車の扉を開けユリアとロバートを促す。
「ありがとう。」
ユリアは馬車に乗った後、騎士に微笑みかけた。まだ精霊の愛し子として認められたころのユリアは国一番の美人としてもてはやされていた。そんなユリアに微笑みかけられたのだから騎士はかすかに頬を赤らめた。
「お気をつけて。」
騎士は扉を閉めて、御者に合図する。
「出してください。」
合図とともに馬車が走り出す。
「ユリア。」
ロバートは短く呼びかけた。
「はい、お父様。」
ユリアはその意図にすぐに気づき、精霊術を展開した。
『防音』
ユリアの目の前に魔法陣が浮かび上がりすっと消えた。
「これで大丈夫です。」
ユリアが言う。
「そうか・・・。」
ロバートは曖昧にうなずいた後黙り込む。不審そうにロバートを見つめるユリアにしばらくして言った。
「精霊の愛し子の座を外れられたのはよかった。だが、死の森とはどういうことだ?この服のまま行くと言ったことも含めてだ。」
「死の森にした理由はお分かりでしょう?死の森の先にあるのはラピスラズリ大帝国です。ラピスラズリ大帝国はヴィ―ルヘミア王国とは敵対関係にあります。復讐するのならラピスラズリ大帝国が最も良いと思うのです。軍備も大陸最高峰ですし。この服のまま行くと言った理由は簡単です。平民の服で行ったら、私たちが元貴族だとは思わないでしょう。けれど、この格好で行ったらまず間違いなく貴族だと思われるでしょう。何か事情があると気づいてくれるはずです。それに死の森にはラピスラズリ大帝国の軍が常駐していると聞きます。彼らに事情を話せば分かってくれるのではないでしょうか?」
「うむ・・・確かに・・・。」
ユリアの説明にロバートはうなずく他なかった。
「着きました。」
王宮を出てから2時間後御者が声をかけてきた。扉を開けて馬車から降りるとそこには真っ黒な森が広がっていた。
二人が降りたことを確認すると御者はもと来た道を去っていった。
「それで、ユリア。これからどうするのだ?」
ロバートが尋ねた。
「ラピスラズリ大帝国は南ですので南に進めば大丈夫です。駐屯地は森から出たところにあると予想されますので。お父様。できるだけ音をたてずについてきてください。」
ユリアの言葉にロバートは無言でうなずいた。
森は真っ黒で目の前さえろくに見えない。
音をたてないように歩いていく二人の前に湖が現れた。
「グルルルル!」
魔物のうなり声が響き渡った。
「くっ!」
茂みから覗くとそこには高そうな軍服を着た青年がAランク相当の魔物グリフォンと対峙していた。
グリフォンは無傷。
しかし青年の方は腹部に怪我を負っているようで防戦一方だった。
その時、青年が草に足をとられ、体のバランスを崩した。
「あっ!」
とっさにユリアは茂みから飛び出し、勢いのまま青年に襲い掛かるグリフォンにファイアーボールを放った。
ユリアの頭ぐらいの大きさの火の玉は恐ろしい勢いでグリフォンにあたってグリフォンを火だるまにした。
しばらくして火がまわりの草に燃え移り始めた。
ユリアは自分だけの精霊術では消火できないと判断し、精霊に助けを求めた。
(皆、この火を消すだけの雨をお願いできる?この範囲だけでいいから・・・ね?)
ユリアの呼びかけに次々と精霊が集まる。
(ユリアだ~)
(ユリアのお願いは王のお願いと一緒なの~)
(雨!雨!水の精霊さぁん)
(はあい!雨降らせればいいのね)
すぐに水の精霊が現れ、火が広がっている範囲だけ雨を降らせた。
「ふぅ。これで大丈夫ね。」
「ユリア・・・!」
茂みからロバートがでてきてユリアに駆け寄る。
「君たちは・・・?」
湖の淵で倒れていた青年が顔をしかめながら身を起こす。
「あ、大丈夫ですか?怪我してるみたいですけど!」
ユリアは青年に近づく。
「待て!助けてもらった身でこんなことを言うのは失礼だと重々承知の上での質問だ。どこの誰だ?」
青年の鋭い声が響いた。
「お初にお目にかかります。ヴィ―ルヘミア王国シェーラ侯爵家元令嬢ユリア・シェーラと申します。」
「お初にお目にかかります。ヴィ―ルヘミア王国シェーラ侯爵家元当主ロバート・シェーラと申します。」
ユリアとロバートは礼をする。
「ヴィ―ルヘミア王国・・・だと?なぜヴィ―ルヘミア王国のあのシェーラ侯爵とその令嬢が!」
青年の表情が険しくなる。
「お話したいのはやまやまですがとりあえず怪我を治してからでもいいですか?血の匂いで魔物が集まってきたら困りますので。」
ユリアは丁寧に言う。
「・・・確かに。」
青年は渋々うなずいた。
「それでは失礼します。」
ユリアは青年の脇に腰をおろした。
「なぜそなたが・・・?」
青年が不思議そうに言う。
「私こう見えても精霊術師なのです。治癒魔法は得意ですよ。」
「・・・そうか。」
ユリアの言葉に青年は安心したように横になった。
ユリアは手を青年の傷にかざすと唱えた。
『ハイヒール』
「っ!?」
次の瞬間青年の腹部の傷が瞬く間になくなっていた。青年が驚いたように身を起こす。
「素晴らしい。こんなに完璧に傷を治すとは・・・。」
青年はユリアとロバートの顔を交互に見た後に言った。
「私はラピスラズリ大帝国の皇太子、シオン・ルゥ・ラピスラズリ。助けてくれてありがとう。かなり重大な理由があると思われる。詳しい話は駐屯地で聞こう。よかったらついてきてくれないかな?」
青年シオンは朗らかにそう提案したのだった。