婚約破棄と偽の精霊の愛し子
「ユリア・シェーラ!貴様との婚約を破棄する!」
王立学園の卒業パーティーで、今まさにダンスの曲が始まる・・・というときに会場に場違いな大声が響いた。
「なに用でございましょう?」
ダンスの誘いにも来ず、どこの貴族の令嬢かわからないピンク頭の女子生徒をエスコートしている婚約者、サイラスにユリアはため息をついた。
「貴様は精霊の愛し子としてもてはやされてきたそうだな。しかし神殿に入ってからこれという成果をあげていないではないか。皆ユリアが偽物だと思っているのは知っているよな?」
サイラスはユリアに言う。
「はい、もちろん存じ上げております。しかし・・・」
ユリアの言葉を遮ってサイラスが言い放った。
「言い訳はいらない。皆に伝えたいことがある。ここにいるリリア・ミーナこそ本物の精霊の愛し子だ。ユリア・シェーラは偽物だった。父上もその事実を認めている。」
その場がシンとした。当然だ。国王陛下がユリアのことを偽物と認めたのだ。
「それでは、そちらのリリアさんだったかしら?本当に精霊の愛し子なのか、その証拠を見せてください。」
ユリアが呆れたような表情で言う。
「私は構いませんけど。ユリアさんは大丈夫なんですか?その、力が使えないって聞いたんですけど。」
サイラスの後ろに隠れていたリリアが顔だけ出して言う。その言葉を聞いて貴族たちがざわめく。
「今あの男爵令嬢なんて言ったの?男爵令嬢のくせして侯爵令嬢のユリア様をさん付けで呼んだわよね?」
「非常識にも程があると思うのだけど。」
「いくら国王陛下に認められたとはいえまだ精霊の愛し子の記章はユリア様がつけていらっしゃるのに。」
「皆の者静粛に。今からリリアとユリアが力を示す。判断はそのあとにして欲しい。シェーラ侯爵、ミーナ男爵前え。」
ざわめく貴族たちをサイラスは宥める。
「殿下、その前になぜこのような事態を引き起こしたのか説明いただけますか?」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべているミーナ男爵の隣に立ったシェーラ侯爵は無表情で言い放つ。
「そうだったな。皆になぜ今回婚約破棄に至ったのか説明しよう。」
サイラスはおびえるリリアを前に出して言った。
「皆、ユリアが精霊の愛し子ではないと疑っていたのではないか?なんの力も使えないくせに神殿に居座る居候。ユリアは父上にこう呼ばれていたんだ。2年になったときリリア・ミーナ男爵令嬢が入学してきた。リリアは平民上がりの男爵令嬢だったからいろいろ補佐するという目的で私がリリアと行動を共にするようになった。ユリアにはそれが我慢ならなかったのだろう。愛する私がリリアと行動を共にしているのだからな。」
サイラスは自信満々に言い切る。
「はあ?」
思わずユリアが顔をしかめた。気にせずに、いや、気づいてすらいないのかもしれない・・・サイラスは話を進める。
「ユリアは私がいない隙にリリアを取り巻き連中と一緒になっていじめた。教科書を盗むのは当たり前、いたずら書きしたり仕事を押し付けたりした。あろうことか階段から突き落としたのだ!リリアは健気にも私を心配させまいと私にこのことを隠した。だが、階段から突き落とされたと知ったとき、私はリリアを問い詰めたよ。リリアは迷惑をかけたくないと言ってなかなか話してくれなかった。だが1か月前にやっとリリアが話してくれたのだ。やった犯人はユリアだった。嫉妬のあまりの行動だということはすぐに分かった。だが私とユリアはクラスが違うから問い詰めに行けなかった。だから私は証拠集めのために今日まで頑張ってきた。そして、やっと今日。すべての証拠が集まった!」
サイラスは歓喜に震え勝ち誇ったような顔でユリアとシェーラ侯爵を見た。
「殿下、訂正があるのですがよろしいでしょうか?」
ユリアはにっこりと笑って言う。
「あ、ああ。良いだろう。」
この状況で笑っていられるユリアにサイラスは顔を引きつらせる。
「私が殿下を愛しているとおっしゃいましたが、私は微塵も殿下のことを愛してなどおりません。」
ユリアは笑顔で言い切った。
「は?いや待て待て。お前は私のことが好きだからリリアをいじめていたのではないのか?」
サイラスは慌てたように言う。
「まず大前提として私はリリアさんをいじめてなどいません。そもそもいじめる理由がないのですが。」
ユリアが言うとサイラスは困惑したように言う。
「いや、だから私のことが好きだから・・・。」
「先ほど言いましたよね。私は殿下のことは好きではありません・・・と。」
ユリアがサイラスの言葉を遮った。
「だ、だが。王妃教育を受けていれば感情を表に出さないようにすることは簡単だ。好きという感情を押し込めて嫌いということもできると聞いたぞ!」
「簡単・・・ですか。そもそも私が殿下のことを好きになる理由は何ですか?どうしてそうも私が殿下のことを好きだと自信があるのか教えていただけますか?」
ユリアが尋ねた。
「そ、それはだな・・・リリアをいじめていたことが理由だ!」
「いじめる・・・ですか?さっきからおっしゃっていますがどういう事ですか?私はリリアさんが殿下にくっつきすぎなので一度だけ注意しただけですよ。それも殿下がやめろとおっしゃたので結局それ以降は関わりませんでした。余計なことに巻き込まれる気しかしなかったもので。」
「取り巻きにやらせていたのだ!」
ユリアの言葉にサイラスはとっさに言う。
「殿下、私の何も分かっていないのですね。とても悲しいです。私に取り巻きはいません。」
ユリアは真顔で言う。
「じゃ、じゃあどういうことだ?ユリアに命令されたという令嬢たちがいるのだが・・・。」
サイラスは困惑したように言った。
「・・・そのご令嬢たちというのはどこの誰ですか?」
「私達です。」