アラヤとユエ
ユエの姿を目にしただけで鼓動が高鳴り脈が早くなる。
鼓動の音が内側だけではなく外側にも聞こえそうなぐらい大きくなっている。
ああ、なんだろう1ヶ月と少し半年にも満たない短い時間会えなかっただけでそれこそ一年いや、それ以上に長い時を過ごした様に悲しく寂しく想いを募らせていた。
勿論父さんやシドやクレスとの日々は楽しくて面白くて安らぎを感じ充実していた。
だが心の底では自分で決めて覚悟をしてたのに君に会えないことを会話できないことを切なく想い心に穴が空いたように感じていた。
だからこそ君がアミュレットを託してくれた事らPVPの前に信じているとメッセージを送ってくれた事は本当に嬉しく心の穴が塞ぎ暖かな気持ちに満たされる様だった。
ユエに近づく度に激しく高鳴っている鼓動は不思議と緩やかに鎮まっていっていき気持ちも静まり返っていった。
ユエより後数センチまで近付いた距離で
「アラヤ君」
俺に背を向けたままのユエが口を開いた。
どうやら俺の存在に気付いていたみたいだ。
俺はその場で立ち止まり
「ユエ」
俺が応えるようにユエの名を呼ぶとユエは俺に背を向けたまま口を開く
「勝ったね」
「ああ」
「凄かったよ」
「ああ」
「心配して一時はどうなることかと思ったよ」
「ああ」
「でも、必ずアラヤ君が勝つって信じていたよ」
「ああ」
「一杯頑張ったんだね」
「ああ」
俺に背を向けたままなのでユエの表情は分からないだか、言葉のひとつひとつから喜び、心配、安堵様々な感情が伝わる。
「ほんと凄いなぁ~アラヤ君は無理だと不可能だと言われていたラインハルトさんに勝つんだもの、挑むだけでも勇気がいるのに」
俺を誉めるユエの言葉、それには俺に対する称賛だけではなく微かに羨望の色が混じっている様に感じた。
「ユエ、俺は…」
此処で初めて自分から口を開いた俺を遮るようにユエは
「ねぇ、アラヤ君は何でラインハルトさんともう一度戦ったの?」
ラインハルトとのPVPの理由を問い掛けてきた。
「敗けたのが悔しかったから、勝ちたかったから?」
「ああそうだなユエの言う通り敗けたのが悔しく勝ちたいと思った」
「そう…」
「だけどそれだけではないんだ」
「証明したかったのさ」
「証明?」
「不可能だと決められたものは決して不可能なものなんかじゃない、それは結局誰かが決めつけ諦めその先はないと道を閉ざしたからそうなっただけだ」
「諦めなければ僅かに脆く細い道、それこそ1%以下の確率だろうとゼロでない限り歩み続けることはできる」
「ゲームだけではない現実だってそうさどんなに苦しく辛い道だろうと無理だと諦めてしまいたい事で有ろうと全てがそうでじゃない」
「勿論絶対とは言えない確証が有るわけでもないでも、道の先なんて未来なんて誰も分かりはしないんだ、不確かで不明よでそれこそ99%の確率いや、それ以上99.9%以上であろうと0ではない限り変化の可能性がある」
「どんなに苦しく辛い現実だろうとその先には笑い喜ぶ未来が待っているかもしれない」
「でも、それじゃあ結局何も変わらないんじゃないのかな」
「そうだな、未来が不確かで不明な時点で分かりはしない」
「それでも前に進むか今は立ち止まり休息するでもいい諦めさえしなければ未来は無数に続いていくんだから」
「だからこそ俺は証明したかった誰もが無理だと不可能だと諦めていたラインハルトに勝ち決して不可能な事はないって」
「アラヤ君はその為だけに戦ったって事?」
俺はユエの返事に今から言うことの恥ずかしさもあり指で頬を掻いた。
「あーいや、実はそれだけではないんだ」
「へー他に何かあるの」
背を向けているユエが何故かは分からないが俺の言葉に何かを期待している様に感じた。
俺を視線を彷徨わせた後意を決して
「一回目の時ユエの目の前で敗けたのが嫌で、このままじゃあ何かあった時ユエを守れないんじゃないかと思ってラインハルトと云う最強に勝ってユエを何者からも守れる事を証明したいと思って」
結局しどろもどろになった。
本人の目の前で言ったのもありどんな反応をするのだろうと気になりユエの方を見たら肩を震わせていた。
俺はもしかして何か怒らせてしまったのかと思っていたがユエの方からは微かに笑い声を抑えるようなくぐもった声が聞こえた。
「ユ、ユエ」
俺が戸惑うなかユエは涙を拭うように指を目元にやると
「アラヤ君って本当にゲーム中心なんだから、だって守る事の証明がゲームの中の一番強い人に勝つことって」
ぐうの音も出ない正論である。
「まったくルビィさんの店で聞いた時も思ったけど本当に負けず嫌いの男の子なんだから」
面目ない……いや待て、今ユエは何って言った。
ルビィの店で聞いた、確か俺がユエを守るってルビィに言ったのはラインハルトにPVPを挑む前五大ギルド会議に乗り込んだ……まさか!
(あの時、ルビィと会話をしていた時の物音ルビィは何でも無いように言ったがまさか、あれはユエ本人、確かにルビィならやりかねないが、それよりもだ!と云うことはあの時の会話全て聞かれていたって事か!)
俺は一つの真実に気付き恥ずかしいやら怒りたいやらで感情が入り交じり顔を下げ項垂れていた。
幻聴かは分からないがこの時この姿の俺を嘲笑うかのように愉快に笑うルビィ笑い声が聞こえた気がした。
そんな俺をお構い無しに一頻り笑っていたユエはスーと立ち上がり俺の方を振り向いた。
「アラヤ君」
声を掛けたユエに俺は顔を上げるとそこには
「嬉しかったよ」
リネイシアの花に彩られた輝かんばかりの美しく微笑むユエがいた。
ユエの笑顔を見た途端先程抱いた気持ちは一瞬のうちに消え去り俺もユエの笑顔に呼応する様に笑顔になった。
「ああ」
微笑んでいたユエだが急に申し訳なさそうな顔をすると
「ごめんなさい、私がアラヤ君の気持ちなんて考えず自分の事を話したせいでアラヤ君を困らせて」
それは先程までとは違い深い後悔が感じられる謝罪であった。
「いや、ユエ俺はむしろ君の事が知れてよかった。
ユエが抱えている想いを俺なんかに打ち明けてくれたことは嬉しく思っている。
だってそれは俺を信じてくれていたと云うことだから。
だから謝らなければいけないのは俺の方だ、あの時ユエが様々な想いのなか意を決して話してくれたのに俺は何も言うことが出来なかった。」
俺の言葉にユエは首を振った。
「ううん違うよアラヤ君。
私は別に何かを言って欲しかったんじゃないのただ聞いて…ううん君だけには私の事を知っていて欲しかったんだ」
俺はユエの言葉に対しユエと同じように首を振ると
「だからこそ、何かを言うべきだったんだ、ユエが俺に言葉を求めていなくても知って欲しいと云う想いがあったのなら俺はそれに応えるべきだったんだ、なのに俺は辛く悲しい現実を受け入れたくないと想い黙ってしまった」
「アラヤ君私は…」
俺に何かを話そうと口を開けるユエを遮る様に先に言葉を紡いだ。
「だからこそ今あの時の返事をユエ、君に伝える」
急な展開に目を見開き驚くユエを真っ直ぐ見ながら
「ユエ、君の心意を聞かせて欲しい」
それは終わりを迎えるその時までゲームの中に居続けるか、7割りの確率に賭け現実に意識を戻す為ログアウトするかどちらかを選んでといった選択を迫るものでもこうすればいいと云う助言でもなくユエの心意を問うものだった。




