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勝利

ラインハルトを見上げるアラヤ。

アラヤを見下ろすラインハルト。

対称的な二つの事象。

一見すると見下げる者が勝者であり見上げる者が敗者であろう構図。

しかし指し示されたものは正反対。


ラインハルトは上空にあるアラヤを勝者と表す表示を一瞥し深く目を瞑る。

まるで現実を噛み締めるように。

「ふぅ」

ラインハルトは軽い息を吐くと目を開け座るアラヤに手を差し出す。

「君と戦った私が言うのも変かもしれないが、おめでとう君の勝利だ」

その姿はまさに清廉潔白。

自己が負けようとも勝者を称える正道の有り様。

アラヤはその姿に純粋にすごいと思った。

勝負とは即ち格付けである。

こいつより凄い、あいつより劣る。

それを表に顕にしたものが勝負だ。

なら、敗者となり自己が相手より劣ると顕にされた事に悔しさや怒りを抱かないはずがない。

だからこそどんなに取り繕い、仮初の仮面を被ろうがその感情は滲み出していく。

しかしどうだ、アラヤに手を差し出すラインハルトにはその感情は見受けられない。

ただ純粋にアラヤの勝利を称えているようにしか見えない。


「…なんかあれだな、勝ったのは俺なのにそう平然とされるとまるでお前の方が勝ったような感じだな」


「うん?……ああ、そんなことはないよ。

敗北とは自身の未熟の象徴でしかなくそれ故に勝者に委ねる感情は無い、過去の私ならそれだけで有り相手に対し悔しい等と言う感情はないと公言していただろう、そう生きてきたのだから。

私自身の奥底に有るものに気づきもせずに。

だけど、気づかなかっただけで確かに其処には有ったんだ。

それを私は教えられた。

だからアラヤ君。

こう見えて私は悔しさで一杯なんだよ」

ラインハルトは誇らしげに語る。

まるでそれが自身にとって色づく大事な心の思い出(一ページ)だと言うように。


「そうか」

アラヤは立ち上がる。

「アラヤ君。私からも一ついいかな」

ラインハルトはアラヤに尋ねる。

「なんだ」

「楽しかったかい」

アラヤはラインハルトの予想外の質問に驚いたように瞬きする。

アラヤにとっては自身にとって勝たなければ成らない戦い、其処に楽しむと言う感情は不要でしかない。

だが………

「楽しかったよ」

それでも楽しいかと聞かれれば確かに楽しかった。

自分の全力を全てを出しきった戦いに。

「私もだ」

ラインハルトはアラヤの答えに笑みを浮かべアラヤに手を差しアラヤは差し出されたラインハルトの手を笑みを浮かべ握る。


例え優劣、序列、順位、上下が決まる戦いと言う勝負であろうと其処に籠められ、表された感情は決して勝敗だけに左右されるものではない。




アラヤはラインハルトの手を離した。

「ラインハルト、改めてあんたと言う男と全力で戦えた事を光栄に思う」

「それを言うなら私もだ。アラヤ君、君と全力をもって戦えた事を光栄に思う」


向かい合いお互いに健闘を称えるアラヤとラインハルト。

それはまるで最高のライバルとこれ以上はないというぐらい死力を尽くし果てた上で認めあう歴戦の猛者達のようだ。

一区切りのついたアラヤとラインハルトの間に良い雰囲気が流れる。

そう流れてはいた。

たった5秒にも満たない時間だけ。


「ところでだアラヤ君。決着は何日にしようか?」

ラインハルトは至極真面目な顔で戦士達の戦いの終焉たる雰囲気を躊躇いもなくぶち壊した。

「……はっ?えっ、今なんて言った」

アラヤは急な方向転回に一瞬ラインハルトの発した言葉を理解出来ず戸惑う。

「再戦だよアラヤ君。

忘れてはないかい。

今回の勝負は君の勝ちだがその前の勝負は私が勝っている。

つまり私達の結果はお互いに一勝一敗のイーブンだ。

この結果を本に私は思うんだ、このままでは締まりが悪いと。

つまり私達は真なる決着をつける必要があると私は思うのだよ、いやつける必要がある、絶対に有るんだ!」

後半からグイグイと差し迫る勢いでアラヤに詰め寄るラインハルト。

「えっ、あっ、ああそうだな、確かにお前が言っている事にも一理あるが……」

「そうだろ。

それにね私も敗けっぱなしと言うのはどうにも悔しいものなのだ、だからこそリベンジして今度は私が勝つんだ」

「……お前の気持ちも分からなくはないがこう言ってはなんだが俺達は今戦いを終えたばかりだ、さすがに直ぐに次と言うわけには…」

「ああそれは私も重々承知している。

アラヤ君に誤解のない様に言うがなにも私も今すぐに再戦しようと言う訳じゃない。

私から願い訴えた事だ何日にするかは君の裁量で構わない。

そう、今すぐじゃなくていいんだ。

明日……いやそれでは早すぎるか、一週間後……いやこれも難しいかな、二週間………………うん、これが最適か。

ちなみになんだが私は二週間後なら予定も調整でき空けることが可能なんだがどうだろうかな」

(……いや二週間後って、さっき俺が何日にするか決めていいって言ったばっかだろが)

一体何の何処が最適なのかアラヤはあまりの唯我独尊的にグイグイ押し迫るラインハルトに顔が引き攣りそうになる。

(……うん?そういえば)

そんななかふっと以前ユエに言われたことを思い出す。

『私、ラインハルトさん自身の事はあまりよくは知らないんだけど案外アラヤ君と似た者同士なのかもしれないね』

アラヤの目の前にいるラインハルトは負けずぎらいの子供にしか見えない。

(…えっ、嘘、だろ。もしかしてユエの目には俺の事がこう見えていたのか……)

アラヤはなんとなく苦虫を噛み潰した様な複雑な気持ちになる。

(いや確かに負けることに関しては俺も思うことが無い訳じゃないけど、流石に俺はこんなんじゃないと思うんだが。

と言うかなんだかさっきから今のラインハルトの姿に近似観が、誰かの顔が重なって見えるような気がするんだが)

何故かは分からないがアラヤには今のラインハルトの姿が誰かに酷似しているように感じる。

頭を捻る様に記憶の海を巡るアラヤ。

(誰だ?そんな昔ではなかったと思うんだ、と言うか逆につい最近の様な気がする…………あっ、分かった。守だ、守に似てるんた)

アラヤには今のラインハルトの姿がベクトルは違えど以前屋上でゲームをするかと聞かれた時にすると応えたアラヤに食い付きグイグイ質問してきた守に見えたのだ。

解にたどり着いたアラヤはなんだか可笑しく思え笑い声を立てる。

急に笑うアラヤに対しラインハルトは驚く。


一頻り笑い落ち着くアラヤ。

「ああ、すまん。

別にお前が可笑しくて笑ったんじゃない。……まぁ関係はしているけどな。

いやあまりにも今のお前が知り合いに似ていたもんで可笑しくなって」

「ほぉ、私に似ている者か、それは私も興味があるな」

「別に姿や強さが似ているって事じゃないんだ。

ただ何と云うかゲームに対しストイックと云うか、真っ直ぐと云うか、上手くは言えないけど似てるって思ったんだ」

「そうか、私もその君が言う私に似ている知り合いに会ってみたいものだ」

「ハハッ。あいつ、絶対お前がそう言ってくれた事に嬉しがるぞ」


アラヤは一頻り話し終えると真剣な顔でラインハルトを見据えた。

「ラインハルト、お前の気持ちは俺にもよく伝わったよ。

正直お前と言う男が俺とまた戦いたと言ってくれることは嬉しいし応えたいとも思う、だから勝手は承知で言う、暫くは待ってくれないか。

別に再戦そのものが無理っていうんじゃないんだ。

ただ今の俺には何よりも優先させなければならないものがあるんだ」


「それは私にPVPを挑んだ理由だね」

(流石にお見通しか)

「ああそうだ……怒るか」

「いや怒らないよ、と言うか私が君に対し怒る事など一つとしてないだろう。

そもそも相手が戦う理由等自身にとっては意味の無いことだ。

私に戦う理由が有り君に戦う理由が有る。

自身に価値があろうとも相手には同価値ではないのだから。

何故なら相手がどうであろうとも向かい合う以上はお互い引けない、なら相手の理由等無価値でしかない。

だから君が私と戦った理由が私に拘った理由でなく他のついでだろうとも構わない。

そもそも敗者である私が負けた分際であれこれ言う方が愚かであり罰しされるものだろう。

まぁ私としては私と戦う上でどんな理由が有ったにしろアラヤ君が挑んでくれたお陰で敗北したものの満足のいく素晴らしい戦いをすることが出来た。

私としては逆に君に感謝の気持ちを抱いているよ」

「ハハッ。ああ…そうだ、そうだったな、忘れていた、お前はそう言う最強()だったな。

はぁ。なんか肩の荷が楽になった。

ラインハルトありがとう。

お前にそう思えてもらえたその事が俺は嬉しいよ」

「ハッハハ。敗者の私にありがとうとはアラヤ君もなかなか言うな。

では改めて言おう。

私こそありがとうアラヤ君。

それで行くのかい」

「ああ。行くさ、その為の全てなんだからな」

「そうか。

しかしなんだこういう時何と言えばいいのか分からないな。

何か気の利いたことを言えたら良かったのだがあいにく私にはこれしか思い付かない。

頑張りたまえアラヤ君」


アラヤはラインハルトの言葉に頷くと転移石を取り出した。

そして森林エリアに都市フォレストパレスに転移しようとした時ラインハルトが急に今までにないほど真剣な顔をして声を掛けた。

「アラヤ君」

「念押しするようで悪いが、直ぐにじゃなくていいんだ、何日の日かもう一度私と戦ってくれないか」

それは先程と同じ言葉なのに先程とは違う、そう、まるで今じゃなければ二度と訪れない様な絶対の誓いを立てる言葉に感じた。

「……ああ必ず、必ずだ。

俺はお前と決着をつけるためもう一度戦う」

そう感じたからこそアラヤは真摯に応える。

「約束だアラヤ君」

「約束だラインハルト」

その言葉を最後にアラヤは転移石を使う。

アラヤは青いエフェクトに包まれると森林エリア都市フォレストパレスに転移した。


残されたラインハルトはアラヤが転移した場所を見ながら先程のPVPについて想いを馳せていた。

(あの最後の一瞬僅かとはいえ私が出遅れた。

そう僅かに出遅れた。しかしそれだけだ、本来なら神威開放(アルティマ)状態の私の剣速からすればいかに出遅れたとはいえアラヤ君の剣と同時にお互いを斬る筈だった)

アラヤも含めPVPを観ていた全てのプレイヤーは結果としてのアラヤの勝利しか見えていない。

しかしラインハルトだけが最後の攻撃は互いに同着であり引き分け(ドロー)だったと確信していた。

そう本来ならだ。


最後の一瞬ラインハルトの剣がアラヤに届くほんの僅かの時それこそ知覚すら難しい程の刹那

(私の体は停止した。

まるで私の時間だけが切り取られたみたいに)

それが何故、どんな理由から発生した現象なのかは停止したラインハルトですら分からない。

それこそ現実ではあり得ない現象だった。

だがゲームとしてなら幾つか説は有る。

もっとも考えられるのはバグ、可能性は限りなく低いがラインハルトにだけ発生したバグ。

だがラインハルトにはそうは思えなかった。

根拠が有るわけではない、ただそれは違うと訴えている。

これはもっと、そう理外の外からの干渉だと思えてなら無い。

それを裏付けるものなのか分からないがラインハルトはあの時何かの意思を感じた。


(アラヤ君を勝たせる、いや絶対に勝たせなければならない私にはそう感じた)

そして結果はアラヤの勝利。


しかし何もラインハルトはアラヤの勝利について不平も不満も有るわけではない。

過程はどうであれアラヤが行為に行ったとは思えない、それはアラヤの仲間達にもだ。

つまりアラヤが知らない何者かが起こした事象にしか過ぎない。

そんな事で勝利に異議をたてるほどラインハルトは狭い男ではない。

それにアラヤの力量は剣を交え十分に伝わった。

だからラインハルトは心の底からアラヤの勝利を祝っているのだ。

だからこそ願うのだ。

(私は君ともう一度戦う、今度こそ何にも介さずに)

最後に交わしたアラヤとの約束はラインハルトにとってはただの約束ではない、誓いであり誓約であり宣言だ。

何があろうと決着をつけると云う。

それは獰猛な肉食獣が絶対に何があろうと逃さないと獲物を定めたものと同じであった。


(しかし……いや、いいかアラヤ君が勝った事でどんな選択が成されどんな結果に成ろうと私のすることは変わらない)

(ルビィ、私達の懸念通りこのPVPも含め全てが何者かの意思のもとそう、物語みたいに成されたものだろうが、私は選んだよこの結果がどうなろうと私は私の意思を選択を貫き通すと)

ラインハルトは感じていたアラヤが最強である自分に勝った事で大いなる何かが決まった事を。



アラヤは森林エリア都市フォレストパレスに着くと全力で走り出した。

途中PVPを観ていたプレイヤー達から幾度も話し掛けられそうになったが皆必死な顔で全力で何処かへ走るアラヤの姿に今は触れてはいけない邪魔しちゃいけないと感じる。

「頑張ったな坊主!」

「ナイスだったぜ!」

「格好よかったわよ!」

「凄かったぜ!」

称賛の声だけを挙げた。


称賛の中を通り過ぎたアラヤはリネイシアの花園の門まで来ると門を開け中に入りリネイシアの花園の中を進んでいった。

中央にある墓石を越えまだ先まで歩くとそこにはアラヤに背を向けて沢山のリネイシアに囲まれまるで花園の妖精を想わせる様に座っているユエがいた。






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