一撃PVP3
【ノックバック】
一般的にゲーム用語であり攻撃を受けるとダメージが無くとも相手を吹き飛ばす現象の事である。
VRMMORPGであるジェネティクノーツでも使われているシステムでありプレイヤーやモンスターは攻撃を受けたさいに吹き飛ぶ或いは後ずさってしまう。
だが別段ノックバック自体は悪いシステムではない、攻撃を受け吹き飛ぶ或いは後ずさると云うことは相手との間合いを取れ危機的状況から安全圏に避難する、仕切り直す事が出来戦況を覆すことが出来る。
熟練のプレイヤー程ノックバックを巧く使い始終戦況を自身の有利に運んだりもする。
ノックバックはそれこそ相手のHPを0にしない限りか体勢、構え、姿勢によりその場で持ちこたえる以外は確実に起きるものである。
だからこそ体勢も崩れ尚且つ空中に前のめりに浮いた状態で幾らノーダメージだろうとラインハルトの剣を受けたアラヤにノックバックが発生しないのは有り得ない。
境間荒原一帯に激しい突風と雷撃がぶつかり合うプラズマ音、剣と剣がぶつかり響く金切り音、地面を踏み込む度割れる地音が響き渡る。
PVPをライブ中継で見ているプレイヤー達の驚愕を他所にアラヤとラインハルトの攻防は激しさを増していく。
二人の神威開放の使用時間は刻々と確実に減っていくがアラヤもラインハルトも引く気はなく幾重にもお互いの剣が交差する。
既にこの攻防のなかで数回とはいえラインハルトの剣がアラヤを捉えているがやはりアラヤにダメージはなくノックバックも発生しない。
傷つくことも退くこともなく微動だにしない
その有り様はまるで……
「まさに無敵要塞ってとこかね」
自身の領域たる店【ルビィの店】にてそう漏らす店の主人たるルビィ。
現在【ルビィの店】にてアラヤとラインハルトのPVPを観ているのは店の主人たるルビィとオリュンポス副ギルド長たるアンのみである。
「しっかしまぁ、神威開放が変化したのは驚いたけど、
AGI値上昇、ノーダメージ、ノックバック回避とはまたずいぶんとピーキーすぎる能力だね」フゥー
ルビィは何時もと変わらずキセルをふかしながら言う。
「私が遠距離主体なら相手が飛び道具は効かないわノックバックもないわ凄いスピードで距離をつめて来るなんて最悪以外にないけれどね」
一見したら、いやしなくても分かるほど誰の目からもアラヤの神威開放の能力は破格だと思うがルビィの見解は違う。
「確かにAGI値の大幅な上昇、ノーダメージ、ノックバック回避、10秒間とはいえ大した性能だよ、だけどいささかというかたった一つでも大した性能なのにそれが三つもつくなんてだいぶ盛りすぎではあるけどね」
「うん。私もほとんどお姉ちゃんと同意見だよ………けどお姉ちゃん忘れてないかな、ラインハルト様の神威開放にはあれがあるのを」
店には二人しか居ないため外向きのように取り繕うこともせずお姉ちゃん呼びをするアン。
「…もちろん忘れてないさ……状態異常付与。
神威開放状態で武器若しくは身体に攻撃を当てたなら相手を麻痺状態にする」
「うん。
それだけでも凄い事だけど、それだけじゃあない。
相手を麻痺させるだけではなくそれに加え相手が麻痺状態の場合は神威開放を使用している間の自身が当てるHITダメージは二倍になる。
まぁ此れを知っているのは私やお姉ちゃんを含めてごく僅かなんだけどね。
…………まぁそれを知ってるごく僅かであるシドのあんちくしょうが教えたのかも…いや絶対教えているな、あんちくしょうめ!!」
アンは今にも歯軋りしそうなぐらい険しい顔で裏切り者とシドへの憤りを露にしていた。
「……………」
そんなアンに対しルビィは白けた視線を向けながら右手に持つキセルをカウンターにトントントンと軽く叩き続け無言の圧を放つ。
憤っていたアンだがルビィからのさっさと先を話せという無言の圧力を肌で感じると慌てて咳払いし先程の自身がさも無かったように誤魔化す。
「……!?ゴ…ゴホン。
まぁ、まぁあそれはともかくとしてあの子ラインハルト様の剣を受けたにも関わらず動けているって事は麻痺状態になってことは………麻痺限定かそれとも状態異常全般かは分からないけど無効にしているってみたいだね。
もしかしたら他にも何か有るかも知れないけど今はっきり分かっているのはAGI値の大幅な上昇、ノーダメージ、ノックバック回避、麻痺状態無効の全部で4つ。
確かにあの子の神威開放は凄い性能、いや凄すぎる性能だよ。でもだからこそその凄すぎる性能が故に問題となり欠点ともなる」
熟練の上級プレイヤーたるアンやルビィの分析力をもってしたら破格の性能故の欠点を明確に察することなど容易いことである。
「4つも破格の性能が有るっていうことはそれを一切の無駄なく十全に使いこなすこともかなり大変だし、なにより持ちうる手や切れる札が多いということはその分戦略のバリエーションが増えすぎてしまう、それこそ許容範囲以上に」
通常のプレイヤー達からしてみれば二人の会話を聞いて首をかしげ疑問符を浮かべるだろう。
『それの何が問題なのか?』
『戦略が増えるのは良いことではないのか?』
『破格な性能の何が悪いのか?』
「ああそうだね。
あんたの言う通りそれこそがまさに致命的な欠点さ。
戦略のバリエーションが増えるということは言い換えれば選択の余地が幾重にも増えているのと同じこと」フゥー
「そして選択の余地が増えるということは判断力の低下を招き迷いが生まれる」
「ああ。
別に選択の余地が多いこと自体は悪いことではないよ、取れる手段が多いって事は余裕を持てて勝ちへの道筋を模索できるしね。
まぁそれを迷わず後悔なく選べる判断力と意志、それに時間さえあればの話だけどね。
出来る事が少ないと確かに戦略のバリエーションはその分少なくなる、だけどそれは別に全部が全部短所というわけじゃあない。
その分それしかないって諦めもついてどれを選択するかは決まりやすくなり決断を素早く判断することが出来る。
けど逆になまじ出来る事が多ければ多いと戦略のバリエーションが増えすぎてその分あれがいい、これがいい、それもいいなんてどれを選択するかで決断に迷い判断を遅くする」
「そうさ、なまじ出来る事が多いからこそ傲慢になり、傲慢になるからこそ欲をかき、欲をかくからこそ迷い、迷うからこそ隙を生む。
まさに強さ故のジレンマってやつさ。
まぁだからこそそんなピーキーの能力を使いこなすには神威開放の性能を十全に理解しそれを使いこなすだけの力量、判断力が求められるってもんだい。
……まぁ観た限りでは、アラヤには問題無さそうだけどね」
「うん。あの子迷いが感じられない」
「しっかし、ラインハルトもまぁよくやるこった。
一撃PVPってちゃんと分かってんのかね」
ルビィは呆れた様子でアラヤの止まらない怒涛の剣戟を捌き、躱し、受け流すラインハルトを観る。
「あいつ程の実力者なら幾らアラヤの方が速さも上で有利だとはいえ距離を取ることなんて簡単ではないにしろ無理じゃあないだろうに」
一般のプレイヤーからしたらアラヤが繰り出す怒涛の剣戟の最中一瞬でも引く選択をしたらその時点でTHE ENDである。
だがラインハルト程の実力者なら幾らアラヤの方が俊敏値が自身より勝っていようが一旦仕切り直しで間合いを取ることなど難しくはあるが不可能ではない。
速さは確かに脅威だ、引いた途端に間合いを直ぐ様瞬間的に詰められ意味を失わされる。
しかし例え相手より速度で劣っていてもやりようはある。
対捌き、フェイント、虚実つまりは相手の虚をつけばいいのである。
それさえ出来る実力を備えているならわざわざ相手の間合いに入った状態で相手の有利なまま居ることはない。
そしてラインハルトはその実力を備えし者。
だが眼前に映し出すラインハルトは引く事はない、引く意志すら見えない。
アラヤの有利かつ間合いで全てに迎え撃つ。
ラインハルトも此処までくればアラヤの進化を遂げた神威開放の詳細が見えていた。
(AGI《俊敏》値の大幅な上昇、ノーダメージ、ノックバック回避、麻痺状態無効、まさに大盤振る舞いだ…クックク、なによりそれを使いこなすアラヤ君。
ああ、面白い、面白いよ、アラヤ君の剣の一撃でも当たれば私の負け状況的に私の方が不利だとは分かっている、分かっているがこんな面白いの引くなんてもったいないじゃないか!)
ラインハルトは心は嗤う。
獰猛に狂暴に兇猛に自身の不利を悟った上で歓喜に奮える。
自身の眼前に写る強者に。
PVPをライブ中継で見ていた同じ五大ギルドのギルド長や副ギルド長も気づいていた。
桃源郷ギルドホーム水鏡の間
部屋は円形になっており壁には淡い青い光を放つ光石が等間隔で設置され部屋全体が照らされており床は雛壇の様に段差になっており中央にある深き透き通る水の池には蓮と蓮の花が幾つも浮かんでおり中央に桃の木が池の中に根を張っている。
漢服を戦闘服にアレンジしたギルド服を身に纏った桃源郷のギルドメンバーが思い思いに段差に座りながらPVPのライブ中継を観ていた。
「「「無敵~!?」」」
「マジすか姉御!?」
「ああそうだ。
それも今もラインハルトの攻撃が当たっているにも関わらず焦った様子もないってことはだ、回数制限のある無効化と云うよりは神威開放を発動している間中常に無敵化といったとこだろうな」
自分のギルドメンバーにいま起こっている状況をライブ中継を見ながら説明するマオに対しギルドメンバーは疑問の声を上げた。
「だけどよ姉御!」
「あ?なんだ」
「だったら何でラインハルトの奴わざわざあいつに付き合い打ち合ってるんですか!一撃でも当たれば負けなんっすよ!!無敵で攻撃しても意味ないなら神威開放が終わるまで逃げ続ければいいじゃないですか!!」
副ギルド長と幾人かのギルドメンバー以外の者も同じ意見だと頷いている。
マオは最もなギルドメンバーの意見に笑う。
「アッハハ!!確かにそうだ通常とは違い一撃で勝負が決まる以上わざわざ付き合ってやる道理なんかねぇ」
「なら!」
「なら分かんだろ」
「えっ?」
「道理まで曲げて迄引かず迎え撃つ理由。
そんなのは一つだけだ」
「いったいなんなんですかそれは!?」
「矜持だ」
「矜持…ですか?」
「ああラインハルトの矜持、つまりは……」
ブリテンギルドホーム玉座の間
絢爛豪華と100人が100人全て思わしめる煌びやかな部屋。
中央の天井には巨大なシャンデリアが設置され床、壁、柱、天井は大理石で出来ており入り口から奥の玉座の壇上迄の床にはレッドカーペットが敷いてある。
玉座は二つあり二つとも玉座の名の通り王が座るに相応しい豪華さである。
壇上の二つの玉座にはシオンとクオンが座っており壇下にはアーサーを含め騎士甲冑を身に付けたギルドメンバーが居りPVPのライブ中継を観ている。
「最強うえだからですか?」
「そうよ、ラインハルトはジェネティクノーツ最強の男性」
「だからこそ、相手が強大であろうが無敵であろうが退くことはない」
ギルドメンバーに応えるシオンとクオン。
「しかし最強だからと言って相手が無敵である以上一旦退くのも戦略の一つであり非難されるものではないかと思われますが」
「そうね、だから最強だけというわけじゃあないの」
「もう一つ彼には決して退かない理由があるのよ」
ギルドメンバーの最もな意見に己の唇に指を宛てクスッと微笑むシオンとクオン。
その妖艶を魅せる微笑みに美しいものを観たと恍惚な顔をするギルドメンバー。
武蔵ギルドホーム聖峰の間
砂、石、草木で出来た枯山水を模様し中央には大きな御影石が聳えたつ庭に面した畳が敷き詰められた大広間の縁側に胡座をかき顎をさすりながら
「堅実に戦略を立て退く様な男ならジェネティクノーツが始まって二年のも間最強のギルドは称せても最強のプレイヤーは称せねぇぜ。
まぁ個人はともかくとして最強のギルドなら家も負けてねぇ、いやむしろ家が最強だしな!」
羽織に袴の装いで大広間に思い思いに座っているギルドメンバーに向けて豪胆に発する。
「だがな大将、おっしゃることは分かりますが無謀な事には変わりはないですぜぇ」
一部は納得を示すものの他はラインハルトの戦い方に無謀だと難色を示す。
ジュウベエはそんなギルドメンバーを見ると
可笑しそうに自身の膝をバシバシ叩く。
「アッハハハ!」
急に笑い声を上げるジュウベエに難色を示していたギルドメンバーが驚き目を丸くする。
「た、大将?」
「いやいや、すまねぇ。
お前のいや、お前らの想いは別に間違っちゃいねぇよ、至極正しいことだ」
ジュウベエはPVPのライブ中継を指差し
「ラインハルトの顔を観てみろよ」
皆が視線を再びPVPのライブ中継の方に向け見るが
「………?いや大将観てみろって言われても俺達からしたらまじな顔で剣を振ってるしか分かんねぇんだけど」
他も何が有るのかさっぱり分からんと口々に言うなか
「笑っている」
壁に背を預け静かに立っていたマサムネがポツリと呟く。
「……笑って、はぁあ?…いや、でも笑ってるって…」
何処をどう観たらあんな冷静沈着と表現しようがないまじな顔が笑って観るのかさっぱりわからない。
「おっ!その通りだマサムネ。
ラインハルトの奴こんな状況で笑ってやがるんだよ」
「いやいやいや!?笑ってるって、あんなマジ顔の何処をどう観たら笑ってるんですか!!」
ギルドメンバーからしたら幾ら集中して観ようが全然笑っているようには見えない。
別にラインハルトを今まで観たことがないわけではないし普段冷静沈着な男だとは知ってるが始終表情を一切変えない鉄火面というわけではない、自身のギルドメンバーの接しや他のプレイヤーからの応援にに対し優しい笑みを浮かべ応えているのを観たこともある。
だが今画面越しに観えるラインハルトの表情からは微塵も笑っているように観えない。
(だがもし、もしもだが本当に大将やマサムネの言う通りあの顔が笑っている様に観えるのなら)
「何であんな状況で笑ってるんですか?」
「そんなの決まってんだろ、この戦いがな、楽しくて楽しくしょうがねぇからだよ」
まだまだ困惑するギルドメンバー。
「まぁ、お前達に理解しろって言う方が難しいだろうな」
「はぁあ……」
理解出来ないと言われ複雑な表情を浮かべるギルドメンバーに対しジュウベエは気にするなと右手を振る。
「別に気にする必要はねぇぜ、どっちかってぇと分からねぇお前等の方が正しいしからな。
そもそもこれは常人、いたって正しく正常な普通の精神の奴には理解は出来ないことだしな」
ジュウベエはそう言葉を漏らす。
アースガルズギルドホーム氷星の間
天井、床、壁、長机、椅子に至るまで水晶の様に透き通った氷で出来た部屋に集まりPVPのライブ中継を観ているリリアと布と銀の鎧が合わさったバルキリーの衣装を着たギルドメンバーが各々の椅子に座っていた。
「常人には理解出来ないといいますと?」
意味がよく分からず疑問を飛ばすギルドメンバー。
「ラインハルトは無敵な相手に挑むのが楽しくて仕方ない。
それも只の強いモンスターではなく相手が思考し意思を持った強いプレイヤーだからこそ」
「はぁあ、無敵の相手に挑むのが楽しいんですか…」
(キャーー!リリア様可愛い、素敵!)
PVPのライブ中継を観ながら淡々と抑揚のない声で告げるリリアにさも理解が出来ないと首を傾げながら内心ではリリアの可愛さに悶えているギルドメンバー。
「一手でも間違えれば即負けの一撃PVP。
現段階では極めてラインハルトが不利負ける可能性は高い。
でもラインハルトはそれすらも楽しんでいる」
リリアの言葉にギルドメンバーはお互い顔を見合せ
「私達には分からないねぇ~」
(キャーーリリア様!!)
「そうよねぇ~」
(可愛い!可愛いよリリア様!LOVE!!)
自分達にそんな気持ちは分からないとお互いに言葉を飛ばしながら悶えるギルドメンバー。
「それだからラインハルトは最強」
自身のギルドメンバーに色々と説明するギルド長達だったが五人の結論は一致していた。
(((((まぁ結局一番はただ単純に楽しいからだろうな)))))
それはシンプルでありラインハルトの的をえるものであった。
荒野エリアには都市デゼルトアース
中央広場周りにあるベンチに座りながらPVPを観るシドとクレス
「ちっ、分かっていはいたが一撃与える処か逆に何発か当ててきてやがる」
「そうだね、流石は最強っていったとこだね」
「ああ。
しかし分かってはいたがやっぱラインハルトの奴無敵状態のアラヤに退くことはせず打ち合ってきやがったな」
「想定通りと言えば今のところ順調にいってるけど、普通だったら無敵状態の相手と打ち合うなんてあり得ないからね」
シドはクレスの言葉に神妙な顔を浮かべる。
「本当に強いって奴はどこか常人とは違ぇ、たかが外れていると言うわけでも狂っていると言うわけでもねぇ。
ただ本当に強い奴はその在りかた、強さ、姿、意思どれか、或いは全てが常人には理解できない域に居やがる。
だから常人にはその行動が理解できねぇし理解したいとも思わねぇ。
だからこそつぇんだよ。
これは理屈でも理論でも説明できるもんじゃねぇ。
だがらこそそいつを理解できるのも近付くこともできるのもまた同種の奴しか居ねぇ」
「そうだね。
おそらく今ラインハルトさんの在りかたを本当に理解できているのは五大ギルドのギルド長や副ギルド長、プレイヤーの中でも強者の位置にいる人達だけだね」
「ああ、そして」
シドはPVPのライブ中継に映るアラヤの姿を観る。
「今ラインハルトと戦っているアラヤの奴もその一人だ」
(わかってんだろうなアラヤ。
こっからだ、絶対揺れるんじゃねぇぞ。
たった一度でも心を揺らし瞬きほどでも遅れるようなことがあればその瞬間ラインハルトの剣がてめぇを刈り取り全てが終わっちまう)




