軌跡
クレスの涙も止まり各々の感激や羞恥で高まった感情が落ち着いたとこでアラヤはシドに抱いたある一抹の懸念を訪ねる。
「シドまぁなんだ、何はともあれ俺やお前がその色々あったなかでだ、助言はくれたことはありがたいんだが……その大丈夫なのか、オリュンポスの幹部であるお前が敵である俺に助言を送ることわ」
そもそもアラヤに助言を送ったシドの立ち位置ははアラヤがPVPを挑むラインハルトのギルドの一員でありそれも幹部である。
オリュンポスギルドに限らず組織の一員である以上敵を助けるなど背信行為であり裏切り厳罰やペナルティーつまりはギルド脱退を宣告されても仕方がない行いである。
ギルドに属していないアラヤでもシドが現在行っている行動がどういうものかは理解しているからこそ不安を抱え訪ねる。
自分に助言を送ったばっかりにシドがオリュンポスギルドを追放されないかを。
「あーー」
アラヤの言うことを自分の行動の意味を重々に理解しているシドはそれが気にすることじゃないみたいに何でもなさそうな顔で頭を掻いた。
「俺がしたいようにしているだけだ別にてめぇが気にすることじゃねぇ」
シドは問題ないと言うがアラヤにしてみれば『分かったじゃあいい』と言うわけにはいかない
「だが……」
アラヤは納得できず眉をひそめる。
「……ハァアア。
別にてめぇに助言したとこで簡単にどうこうなるほど俺の立場はやわじゃねぇよ。
こんなんでも神威開放保持者だしな。
まぁあ何人か…特にアンの奴あたりは怒り浸透で文句言ってきそうだがな。
…それにラインハルトの奴は俺がてめぇに肩入れようがつゆ程も気にもしねぇだろしどっちかてぇと俺がてめぇに助言した事でてめぇが今よりも強くなって相対する事の方を喜ぶだろうよ。
少なくとも俺が知ってるあいつはそうゆう奴だ……たくっほんとめんどくせぇたらありゃしねぇ。
それにもしそうなったらそうなっただけの事だ、例え俺の立場は変われど俺の生き方はもう変わりやしねぇよ」
ぶっきらぼうに苦言を提するシドだがその言葉からはラインハルトに対する信頼、敬意そしてシド自身の覚悟が感じられた。
「そうか」
アラヤは覚悟を決めた男にこれ以上は不粋だと感じこれ以上はなにも言わなかった。
「…それにてめぇには借りがあるしな」
シドは小さく呟いた。
「うん?何か言ったか」
聞き取れなかったアラヤは首を傾げてきくと
「チッ何でもねぇよ」
怒られた。
「ハァア。
そんなことよりもだ、今こうしている間も時間はすぎちまっている、一秒たりとも無駄にはできねぇ時間はいくらあっても足りねぇからな。
分かってんなあいつとのPVP迄にできることはどんな無茶無謀だろうとも全てやりきるぞ、覚悟を決めろ」
「ああ分かってる。
お前に言われなくてもはなっからそのつもりだ、俺がラインハルトに勝つには俺の持ってる全てを使わなければ絶対に無理だ、その為には例えどんな無茶無謀な事だろうともやらなければならない、もっと強くなる為には限界を越えるためには挑み続ける」
(ハハッ、全くどいつもこいつも嫌になるぜ)
アラヤが決意を顕にするとアラヤからラインハルトに似た圧を感じたシドは嗤う様に口角を上げる。
そしてアラヤ・シド・クレスの特訓が始まる。
特訓は苛烈を極めるものであった。
ジェネティクノーツ内ではゴルゴーンをはじめ、ケルベロス、アンピプテラ、アーヴァンク、アスピドケロン、タラスク、ヒドラ、アラクネ、アルビオン、グレンデル、タロス、バーゲスト、ドッペルゲンガー、ルサールカ、フンババ、阿修羅、鵺、大天狗等遺跡や神殿、ダンジョン等特定フィールドでエンカウントする何れもボス級モンスターの中でも攻略難易度が高いハイボス級モンスターとの戦いを行った。
基本的の戦略についてはボス級モンスターはアラヤ一人が戦いその他の付属モンスターはアラヤの戦闘の妨げにならないようにシド・クレスが戦う様にしアラヤが戦闘不能になった際はアラヤの蘇生も担った。
アラヤのHPが0になったらシドかクレスが蘇生させる。
死→蘇生→死→蘇生→死→蘇生→死→蘇生の繰り返し謂わばゾンビアタック、スパルタどころか鬼畜。
普通というか常識的に考えなくても分かる外道まっしぐら過労死必至の行為であり端から見たらドン引きな行為である。
だが強敵との経験を稼ぐなら此れが一番ではある。
幾度の敗北を経験し蘇生される毎にアラヤの技術だけではない精神も研ぎ澄まされる。
とはいってもやはり限界はある、逃げれない、転移不可領域にいるモンスターとの戦いの時だけは蘇生石が切れるとシドもクレスも参加し三人で戦った。
最初は初めてのチームで戦い連携即ちチームワークと呼べるものは皆無に等しくお互いがお互いの動きを妨害してしまい不様な結果が続きギスギスする(特にアラヤとシドがと思われるがクレスもゲームではしびやなのか色々とダメ出しをしてきた)事もあったが回数をこなすことにお互いがお互いの利便、得意、性質を理解しあい進歩、進化し新たな境地へと至る事ができた。
そんな中で話題のアラヤとオリュンポスギルドの幹部たるシドが一緒に居るため度々他のプレイヤーからしたら意外すぎる二人にビックリ仰天驚きの眼で見られることもあった。
ボス級モンスターと以外ではシドとクレスの即席タッグと戦った。
即席でありながらも近接主体の前衛のクレスと遠距離主体の後衛のシド前衛と後衛にハッキリと分かれているので後衛のシドが前衛のクレスをバックアップする形でなかなか息があった良いコンビネェーションを発揮した。
(剣じゃないが近接と遠距離か…、ふぅ。まるであの時の俺達みたいだな)
アラヤはシドとクレスの即席タッグと戦いながらグランドクエストの時の自分とユエの姿を幻視し笑みを浮かべた。
ちなみに急に微笑んだアラヤに対し1対2の状況で余裕をかましてしると思ったシドはなに笑ってんだと怒ったが。
そんななかシドの提案で相手つまりラインハルトを理解することは必須いではあるがそれよりも自分に何が出来るのか、自分の武器は何か自分を理解することの方がそれよりも必須であると言うので切り札たるアラヤの神威開放について改めて理解を深める事にした。
アラヤの神威開放は神威開放の中、といっても十数しか発現してないが6つの武器の中から選択出来ると云う珍しさや幾重にも変わる戦場のなか一回限りとはいえその場、その時にあう武器を取捨選択できるのだから片手剣を主軸に置くとしてもそれ以外を知る必要がないと初めから切り捨てるのはもったいなく他の5つの武器、遠距離、中距離、近距離のレンジを試すのは何かしらの発見を生み得るものがあるんじゃないかと一日一回神威開放を使用し他の5つの武器を順々に一つずつ選択しシドとクレス相手に試すことにした。
そのかいもあるがジェネティクノーツを揺るがすある事件『悪夢の檻』がありシドの狙い通りいやそれ以上の新たな発見をする事ができた。
現実の世界ではゲームだけではなくちゃんと現実も大事にし勉強、家事を疎かにすることないようにした。
(父さんに心配をかけたくないしな)
荒木連夜の家や真田守の家に集まりラインハルトに対する戦法、戦略を話し合いああでもないこうでもないと議案を重ねたり、ハイオメガ、デッドバイト、リバイスクエストの三種のゲームをしたり、真田守の祖父の協力の元体を鍛えてもらったりした。
集まるなかで真田守からの提案と云うか懇願により現実で名前を呼ぶときは名字ではなく下の名前で呼ぶことになった。
荒木連夜にとって恥ずかしい話ではあるが必要以上に人に関わろうとしなかったせいでただ名前を呼ぶことがまるで断崖を登るかの様にハードルが高く最初は上手く呼べずどもったり小さな声だったりしたがそんなの関係無いとぐいぐいとくる真田守に精一杯頑張り最終的には呼べるようにはなったがまだ照れ臭さはある。
別の意味でラインハルトに向けての特訓より精神が磨り減り疲れる荒木連夜だった。
何はともあれ真田守とは名前で呼び合える様になった荒木連夜、じゃあもう一人の協力者である木戸健哉とは下の名前で呼び合えているのかとなると…………………難しかった。
真田守との呼びあいが断崖を登るものだとするならば木戸健哉との呼びあいはほぼ90度の断崖と云うよりは最早垂直な壁を登る様なものである。
最早無理極まりない事このうえなしである。
荒木連夜も別に今さら木戸健哉を拒絶するほど怒っているわけでもないし協力までしてもらい感謝の気持ちもあるが真田守と違い怒りに身を任せPVPまでした相手だそう簡単にいかない…………というか気恥ずかしいだけであるが。
ちなみに木戸健哉も荒木連夜と同じ心情である。
要は素直に成れない二人である。
なのでお互い真田守の名前は呼べてもお互いの名前は名字のままである。
正直荒木連夜も木戸健哉も別にお互いが名字呼びだろうと不都合はないのでこのままでいいのだがこの場にはそれを許諾出来ず不満たらたらな男がいるのもまた事実。
真田守としては三人とも同じ目標を持った仲間、友達なのだから三人が三人とも名前で呼び合いたいと思っている。
荒木連夜も真田守には切っ掛けはともかく親身に協力してくれ助かっている。
木戸健哉も今までの事があり真田守には負い目を感じている。
結果として二人とも真田守の悪意のない純真な願いをハッキリと無理!とは出来るか!とは言えない、言えるわけがない。
というか今までの事情が事情だけにその小さな願いすら無下にする様ならそいつは心の腐った腐れ外道に他ならない。
真田守の自室にて荒木連夜と木戸健哉がお互い見合っていた。
別に今から二人ともお互いの胸ぐらを掴み喧嘩をしようと睨み合っているわけではないその証拠に真田守が二人に対し期待を膨らませキラキラ輝く眼で見守っている。
「…………」
「…………」
「ほらほら二人とも!僕の時と同じ様にお互いに名前を呼ぶんだ!さぁさぁさぁ!」
荒木連夜と木戸健哉は見合った状態で立っているので相手の表情がまるわかりである。
荒木連夜も木戸健哉もどちらも今にも身体中の穴から汗が吹き出そうな異様な緊張のなか何とも言えない表情をしており既に5分以上たっている。
ちなみに荒木連夜と木戸健哉の体感時間では既に5分を遥かに越え1時間以上たっている様に感じていた。
「ほら!ほら!ほら!ほら!」
その間も真田守は二人の心情など割れ関せずに急かしていく。
(……………うっ)
(……………くっ)
真田守の一点の曇り無き悪気のない純真な想いが余計に荒木連夜と木戸健哉を追い詰めていく。
(くっ!こうなったらい、いくしかない!)
「け、け、健哉」
退路は断たれている荒木連夜は精一杯、そうまさに巨大な敵との決戦に挑む勇者ぐらい精一杯の勇気を振り絞り意を決して木戸健哉の名前を呼ぶがその声は精一杯の勇気に反し口に出した荒木連夜すらも驚くくらいか細く震えた声であり健哉のやの時に至っては萎み最早聞こえない。
(うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!)
何とか勇気を振り絞り言うことが出来たが荒木連夜は内心羞恥心から悶えていた。
「うん!うん!ほら健哉君も!」
真田守は荒木連夜が木戸健哉の名前を呼んだことに腕を組み満足げに2度頷くと次は木戸健哉の番だと促す。
それに対し木戸健哉は次は自分の番が『来た』というよりは『来てしまった』という緊張した面持ちで喉をならした。
「つっ……………………れ、れ、れ、連夜」
木戸健哉の発した声は荒木連夜よりもか細く至近距離で聞いたとしても最早聞こえない領域であった。
さて荒木連夜よりもか細く聞こえない声そんな声で納得するのかと聞かれれば納得するのか、荒木連夜はハッキリと聞こえはしなかったが木戸健哉がなんと言ったかは最早言うまでもなく分かりきっており自分の心情と合わせても仕方ないと思っているがやはり善意の塊たるこの男真田守はそれでは納得できない。
「ほら!ほら!そんなんじゃ聞こえないよ!二人とももっと大きな声でハッキリと!連夜君!健哉君!って別に恥ずかしいことじゃないんだから!」
(えっ?ちょっと、ちょっとまて守、二人とも?お前さっき俺が木戸の名前呼んだ時満足げな顔で頷いたんじゃないのか、まさか俺ももう一度言えと?嘘だよな、頼む嘘って言ってくれよ!?さっきのでいっぱいいっぱいなんだよ!?)
まさか木戸健哉の自分への名前呼びが聞き取れなかったばっかりに自分の木戸健哉への名前呼びに納得したはずの真田守から催促され信じられないものを見るかのように驚愕する荒木連夜。
再びの催促一度目はなんとか言えても流石に二度目は色々と限界に達してしまうと躊躇う荒木連夜よりも先に既に一回目で限界が過ぎた男がいた。
「守…守さんよ、てめぇさっきから随分と調子にのってんじゃねぇかーなぁあ」
「えっ?…えーと急にどうしたのかな健哉君?」
「ふざけんじゃねーー!!このヤロー!!」
「えっ、ええー!?健哉君、ちょっ、まって!?」
切れて怒れる鬼の表情の木戸健哉は真田守に近付くとそれはそれは見事なコブラツイストをかける。
「ギャー!いたい!いたい!いたい!いたいよ健哉君!!」
「てめぇこの間から調子に乗りすぎなんだよ!」
「あいたたた!!暴力!これ暴力だから!暴力反対だよ!健哉君!」
真田守はコブラツイストされながら必至に訴えるが木戸健哉は止めない。
「けっ、なに言ってやがるこれは暴力じゃない、調子こいた馬鹿への制裁だ!」
「無理無理無理無理!分かった!分かったから、調子にのってごめんなさい!だからギブ!本当にギブだから!ギャー!連夜君助けてーー!」
真田守は木戸の体を必至な顔で限界だと何度もタップするがそれでも木戸健哉は止めなかったし荒木連夜も真田守が善意でしたこととは言え木戸健哉の言う通り真田守が少し調子にのっていた感があったのでいい笑顔で合掌した。
「いたいいたい!…ってええー!?なんで絶体絶命の窮地から救われたみたいないい笑顔で僕のこと合掌してるの!?」
言っておくが荒木連夜は決して取り敢えずは直ぐに名前呼びが無くなったことに内心喜んだ訳ではない…訳ではないのだ。
(フゥーああよかった、本当によかった。
別に呼ぶのが嫌って訳じゃない、訳じゃないんだが流石にこうなぁ、俺とシド色々あった仲だけに急すぎるというか段階を吹っ飛ばしているというか、取り敢えず時間がそう時間が欲しい)
荒木連夜は木戸健哉が切れてくれたことに助かったと安堵した。
荒木連夜も木戸健哉もお互いの考えは知らなくても気持ちは一種である。
せめて名前呼ぶにしてもこんな心の準備が必要な程急にではなくもっと月日を重ねお互いを知り理解しあい壁も隔たりもお互いを塞ぐものが何も無くただ気兼ね無く笑い怒り泣き笑い合えるようになったその時に、心から純粋な気持ちで憧れや憎しみや悲しみからではなく呼吸をするようにお腹がすき飯を食べるように眠くなり寝るようにごく普通で当たり前で自然と呼べることを。
さてそれはそれとしてだ此処はゲームの中ではなく現実の世界。
「ギャーーー!!!ギブ!ギブ!ギブアップ!!た、助けてーー!!!」
コブラツイストから卍固めに変わりもう限界が過ぎ形容しがたいヤバい表情になり必至に助けを求める真田守をどう助けようか思案する荒木連夜であった。
あれから荒木連夜はハイオメガ、デッドバイト、リバイスクエストの三種のゲームも止めず投げ出すことはなく継続し続け前よりも更に上達した。
三種のゲームの理不尽さは相変わらずというか進む度に更に上がっていき相変わらずクリア迄は程遠くはあるがそれでも三時間はゲームオーバーにならずに中盤迄は行けるようになった。
ちなみに木戸健哉が興味本位でリバイスクエストにチャレンジした。
「難しいの分かってるがこれは所詮ゲームだろクリアできねぇわけがねぇ」
と難しいと分かっていながらも余裕な態度を見せていた。
さてそのプレー結果はというと荒木連夜と同じくぬいぐるみみたいなファンシーな学ラン、セーラー服を着て目がキラキラした小熊の大群に完膚なきまでにぼこぼこにされていた。
木戸健哉がデバイスを被りプレーしているところを横で見ていた荒木連夜と真田守は
「熊…熊が…たす…」
魘されている木戸健哉を見て今何が起きているのか察し木戸健哉に向かい憐れみの目を向けながら合掌した。
「けっ、確かに動きは亀みてぇに遅いが慣れればこんなもん……ってなんだぁあの…熊?熊か?随分ファンシーな見た目な熊が来てやがる、ふっなんだあの熊も敵ってか、数は多いが今までのと違い随分弱そうだな」
ファンシー小熊×10
「あれなら楽勝だ………」
ファンシー小熊×20
「…増えやがった…」
ファンシー小熊×30
「…更に増えやがった…」
ファンシー小熊×40
「…………」
ファンシー小熊×50
「……まぁ、まぁ落ち着け幾ら増えようがあんな見た目だ雑魚に決まってる、決まっているが取り敢えず念には念だ、別に逃げるわけじゃねぇが此処は一旦後退して……」
シドの後ろにファンシー小熊×50
「………えっ?ちょっ、いつの間に…」
シドを囲むファンシー小熊×100
「……チッ空が憎たらしい程青いぜ…」
ニヒルな笑顔で空を見上げるシド
シドを囲み見上げるファンシー小熊×100
「………………ふっ、やってやんよ!!ウオォォォォォォォォォ!!」
拳を握りファンシー小熊に立ち向かうシド………だがシドが気合いをいれ拳を握った途端に先手を打つよう殴り込むファンシー小熊
「ウォッ、ウグッ、ゴホッ、ブゲェラ、熊…熊が…た…たすけ…ガハッ」
シドをぼこぼこにするファンシー小熊×100
地面に倒れ伏すシドのアバターの上に乗り勝どきをあげるファンシー小熊×100
HP0プレイヤー【シド】GAMEOVER
ゲーム以外では真田守の祖父からの好意で現実でも攻撃を捌けるイメージを付けられる様にと道場で訓練を行った。
荒木連夜からしたらこの好意は有り難いものであった。
ゲームでは勿論の事、ゲームに偏りすぎるばかりでは頭も固くなってしまうし健康を害する恐れもある。
PVP当日病気でやれないことになれば今までの全てが本末転倒である。
それに真田守の祖父は武道家、まぁ一般の武道家とは少しかけ離れているが武道家である。
武道とはまさしく心技体を兼ね備えるもの。
つまり真田守の祖父は心技体全てを兼ね備えた男。
荒木連夜にとって最適な訓練、アドバイスをしてくれるのは間違いないうえ荒木連夜にとっても適度な運動としては申し分ないものである。
荒木連夜が行った訓練の内容は以下である。
真田守の祖父が投げる手の平サイズのボールを防がず竹刀で捌くか体捌きで避けるものであった。
投げる動作やボールの軌道さえ把握できれば容易いものである、あるはずなのだ。
皆さんはラバーボールというのは知っているかい?
ラバーボールとは100円ショップ等で売ってあるシリコンで出来た五歳以下の子供が投げて遊ぶ柔らかいボールの事である。
なので通常投げたとしても
ポーン、ポヨ~ンみたいに柔らかな効果音がつく安全面に配慮したボールであり体に当たっても痛くない。
そう、通常の五歳児がなげるならだ。
では武道の達人どころか超人レベルの真田守の祖父が投げるとどうなるのか、答えは明白。
シュッ、パン!ボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコ。
ソニックムーヴを起こしそうな高速の勢いでラバーボールが壁、床、天井を幾重にも跳弾する。
(投げる動作も速すぎるうえボールの軌道が全然わかんないんだけ)
荒木連夜は目で追おうとするが幾重にも無規則に跳弾するラバーボールを追うのは至難というかほぼ無理であった。
そんな中でも壁に飾ってある道場の神棚には一切当たっていない事を見るとラバーボールの反射の軌道を計算し投げている事が分かる。
武道の超人は体だけではなく知能も超人であった。
ただ仮に計算でなくともラバーボールの速さがマッハだろうと
ヒョイヒョイヒョイヒョイヒョイヒョイ
全方位から迫るラバーボールを腕を組みながら軽々と慌てず無駄の一切ない身動ぎ程度の動きで躱す真田守の祖父を見ると
(関係ないんだろうな…)
人間に司る五識どころかもはや人間を越えた領域たる第六感いやそれ以上の七識たる未那識や八識たる阿頼耶識すら使っているんじゃないかとすら思えてならない。
荒木連夜が訓練に挑む前実際どういう風なものか分かりやすいように見本として木戸健哉が先に行った。
「よーく見とけ今からてめえがやるのを俺が実践してやると言いてぇが、ふぅ、最初が初級レベルじゃ俺には簡単すぎるし手本にもならねぇ、そこでてめぇに上ってもんを見せてやる。
そうゆうことだ爺さん」
「いいのかお前もこの訓練は久方ぶりだろうって」
「ケッ、なめんじゃねぇ男に二言はねぇよ」
「そうか……フッ健哉よその意気やよし」
「ああ、じゃあ取り敢えずボールは三
「お前の気持ちに応えボールは5つでいこう」
つ、うん?おいちょっと待て、まじで待て今なんつった爺さん」
「いくぞ健哉」
「いや、待て待っ」
シュッ×5、パン×5!ボコ×5ボコ×5ボコ×5ボコ×5ボコ×5ボコ×5ボコ×5ボコ×5ボコ×5ボコ×5ボコ×5ボコ×5ボコ×5ボコ×5ボコ×5ボコ×5ボコ×5ドガドガドカドガドガ。
「オグホッ!!」ドサッ
余裕満々な勝ち気な笑みを浮かべていたが予想外の展開が起き真田守の祖父に制止を掛けるも届かず慌てふためくなか高速の勢いで放たれた跳弾する5つのラバーボールに頭、頬、胸、腰、股関を同時に撃破され倒れ伏す木戸健哉であった。
ピクピクピクピク
「…………………」
(俺、大丈夫なのか生きていられるかな)
荒木連夜は体を細かな電流が流れているかの様に震わせ倒れ伏す木戸健哉を悲しげな目で見ながら自分の命の安否を想うのであった。
ちなみに真田守から荒木連夜は木戸健哉の様に5級ではなく初級の一個であり速さも先程よりは遅い為大丈夫といい笑顔で言われた。
どうやらラバーボールの数と速さで級が上がっていくらしく最高が高速を越えたラバーボールがもはや弾む音だけで姿を認識できない程の消速の勢いで迫る10個であるらしい。
さてラインハルトとのPVPに向け様々な訓練を行っていた荒木連夜達だが時間が過ぎるのもあっという間日付は7月21日にラインハルトにPVPを挑んでから1ヶ月まじかの8月20日となった。
8月20日つまり荒木連夜いや荒木連夜だけではなくユエや対戦するラインハルト自身、幾人ものこれから歩み行く運命を未来を掛けたPVP前日である。
そんなラインハルトとのPVP前日に控えたまさに今アラヤ・荒木連夜はシド・木戸健哉、クレス・真田守と共にいた。
余談であるが木戸健哉は現在真田守の家を出て父親の訃報を知らせてくれた熊みたいな刑事のおじさんと共に暮らしている。
父親を亡くし保護責任者が居なくなった木戸健哉を産みの親たるもう一人の肉親である母親や現実に変えようがない確かな血の繋がりのある親戚が引き取りを断ったためでもあるが刑事のおじさんにはそんなことよりももっと大切で確かな想いがあった。
自分の旦那や息子や血縁が死んだと云うのに平然と悪びれなく悪態をつき葬式にすらこない連中だそんな奴等の所に木戸健哉が行ってもどうなるかは目に見えており決して幸福な未来を歩めない事は分かりきっている。
例え血の繋がりがなくても木戸家に近しく木戸健哉を大事に想う真田家としては奴等が木戸健哉を引き取ると言い出してもやれない自分達が引き取ると確固たる決意の元決めていたがここで待ったが掛かった。
刑事のおじさんが木戸健哉を自分に引き取らせてはくれないかと嘆願してきたのだ。
そして紆余曲折真田家と刑事のおじさんとで様々な話し合いが行われたうえ結果として木戸健哉の了承が最後の決め手となり刑事のおじさんが引き取ることとなった。
刑事のおじさん自体以前から木戸健哉の父親や木戸健哉自身に対し大層気にかけていた。
そんななか絶対に起きて欲しくない、欲しくなかった悲しき現実が起きてしまった。
だからこそもう結局は傍観者で居ることしか出来なかった自分の不甲斐なさを悔やみ憎しみそして何より一番大事な親友であった木戸健哉の父親と木戸健哉への想いを露に刑事のおじさんは訴えた。
『俺は結婚もしたこと無ければ女性と付き合ったこともない不器用な男です。
世間一般の父親みたいにできるかと言われれば分かりません。
ですがあいつを救えなかった分俺が健哉を胸を張って笑って幸せに過ごせるようにしたいんです。
その為に全身全霊をかけるつもりです。
後悔からじゃないと言ったら嘘になります。確かにあいつを救えなかった後悔は今も俺の中に重く息づいています。
ですがそれ以上に、それ以上に俺が健哉の奴には幸せになって欲しいんです。
真田家の方々と共にある方が健哉にとって良いことなのかもしれません。
だけど、だけど俺はそれでも健哉を……。
どうかお願いします健哉の成長を俺に見守らしてはもらえませんか』
真田家や木戸健哉の前で土下座した。
『お前の気持ちは分かった。
お前が心から健哉の事を想い言っているのは確かなようだ。
だがそれは結局はお前の想いだけでありエゴでしかない。
それにお前の言うとおり私達の方が健哉に色々してやれる』
『……………』
『……ふぅ。
バカモンが!!そんな弱気でどうする!!
男が己が人生を通し幸せにすると笑っていけるようにすると決めたなら他所ならと弱気な事を言うな!!必ず自分が幸せにする、それだけで、それだけで充分なのだ』
『……………』
『そもそも私達の方が幸せになると誰が決めた、お前では私達に劣ると誰が決めた、先の未来がどうなるかなんて誰にも分かりはしないのだ。
だからこそ決めるのは私達でもお前でもない己が未来を歩む当人である健哉が決めるのだ』
決定権の有無が誰にあるのかゆっくりとだがハッキリと諭され顔をあげる刑事のおじさん。
真田守の祖父は顔を上げた刑事のおじさんの悲しみ・迷い・恐怖・覚悟・希望がおり混ざり揺れながらも確かな意志を感じる目を見て頷くと健哉に振り向き問いだす。
『健哉よ私達もそやつもお前を想う気持ちは同じでありそこに優劣はない、だがな私達には結局お前の人生を決める権利はない、お前の人生をはお前のものだ、健哉お前はどうしたい』
木戸健哉は今までの辿り歩み喜怒哀楽を表した自分の17年間を振り返りる。
(つれぇことばっかだった。
悲しいことばっかだった。
いてぇことばっかだった。
怒ってばっかだった。
全てを投げ出せれば切り捨てれば楽だったのかもしんねぇ。
その方がなにも背負わずにすむからなにも失くさなくてすむから。
…………だがそれは間違いでしかねぇ。
確かにつれぇ事ばかりだったが楽しかったことも。
笑ったこともなかったわけじゃねぇつれぇことの方が多かったが楽しかったこと方が少なかったがそれでもあった。
そう実際に現実にあり俺が辿った俺の人生だ
それは例えどんな奴だろうと否定はさせねぇ
それに辛かった事は俺だけじゃねぇ守も爺さんもおっさんもそして親父も一緒だった。
俺だけのものじゃあなかった。
ふぅ、爺さんの言うとおりだ、この先どんな未来が訪れるのかなんて分かりはしねぇ、何が幸福で何が不幸かなんてな、だから、だからこそ俺が決めなくちゃならねぇ、他でもないこれは俺が歩みを進む貰いなんだからな
……………なぁそうだろ親父)
全てを吐き出し、此れからの歩みを考え想い深く息を吐きだし真田守の祖父と刑事のおじさんに目を向け己の答えを告げる。
『爺さん俺は……』
ただこれはあくまで木戸健哉アナザーストーリーであり荒木連夜ストーリーには関係のない話ではあるのかもしれないだがこれがアナザーストーリーだとしても荒木連夜ストーリーの裏で番外で確かに起きた人と人の繋がりを表したストーリーでありいつか語られる話の伏線なのかもしれない。




