噂
「さぁ、というわけでして」
ユエは俺の手を離すと右手を動かしシステム画面を操作しパーティー申請の項目を送ってきた。
右手を動かしYESの項目をタップする。
これでユエとのパーティーが完了した。
パーティー完了画面を見ながら嬉しそうに頷くユエ。
(まさか、あのアルテミスとパーティーを組むとはな)
関わることすらないと思っていた相手とパーティーを組みあまつさえ一緒にクエストも受けようとしていると考えると感慨深い想いになる。
「じゃあ行こうかアラヤ君」
ユエは暫く俺とのパーティー画面を相変わらず嬉しそうに見て頷いていたが一通り満足したのかシステム画面を操作し画面を閉じると俺の方に顔を向け告げた。
「ああ」
「――――――てる!!」
「―――ね~」
「うん?」
「何か聞こえるな」
話を終えた俺達が二階の部屋から出て一階に降りようと階段に差し掛かった所で
一階の方からルビィと誰かが言い争う声が聞こえた。
「だから教えろと言っているんだ!」
「私は知らないね~」
「ふざけるな!ここは情報屋だろが!なら情報の一つもないなんて有り得るか!」
「――はぁ、確かにここは情報の売り買いもしているさね、だけどねいくら情報を扱うと言っても知らないものは知らないものそれをどう売れっていうさね~」
「ふざけるな!」
「べつにふざけてはないさね~、ワタシはただ事実を述べているだけさね、それあーだこーだ言われてもしょうがないさね~」
聞こえてくる声から察すると誰かがルビィに何かの情報を聞いているがルビィは知らないとのらりくらり躱しているがその態度に相手は気に食わず言い争ってるというか、相手がしつこく食って掛かっているみたいだ。
聞こえてくる声にユエは不安そうな顔を浮かべる。
「ねぇ、アラヤ君ルビィさん大丈夫かな?揉めてるみたいだし私達助けに行った方がいいんじゃないかな」
下の二人には聞こえないぐらいの小さな声で俺だけに聞こえる様に言う。
俺は今にもルビィを心配して飛び出しかねないユエを手で制する。
「いやルビィなら大丈夫だろう。
俺にはルビィが口喧嘩でさえ誰かに言い負ける姿なんか想像できないし」
それよりも今はルビィと揉めてる相手が誰かと言うのが問題だが俺の予想が正しければ相手の方はあいつらだろう。
「おいおい加減にしろよ店主、お前俺がオリュンポスのギルドメンバーと分かっていてその態度か!」
ルビィと言い争っていた相手も何時までものらりくらりと躱すルビィに痺れを切らして怒鳴り声をあげる。
―やはりオリュンポスのメンバーか。
オリュンポスのギルドメンバーはオリュンポスのネームバリューの高さを利用し高圧的に脅すが正直相手が悪い。
並の精神のプレイヤーなら怯むかもしれないがお前が今食って掛かっている相手はその並の精神を持つプレイヤー等では断じてない。
「だから」
「はぁあ!?」
「だからオリュンポスギルドだからいったいなんだっていってんのさね~。
あんたがオリュンポスだろうとどこの誰だろうとワタシには知ったこっちゃないね~」
「なんだと!」
カン!
ルビィはキセルを逆さにしカウンターに軽く叩く。
「ここはワタシの店さね~、つまり此処で一番偉いのは誰かそれは分かりきった答えさね~」
言葉は相変わらず飄々とし掴み所の無いもの。
「――つっ!」
だが対面するオリュンポスギルドメンバーにはまるで毒蛇がじわじわと少しずつ口を開き内包する鋭い猛毒の牙を見せながら自身に迫ってきているように感じ
足を一歩ずつ後方に後退る。
まさに攻守の逆転。
相手が弱者と断じ自身が優位だと思い込んでいたものがその実自身こそが弱者であり狩られる立場で有ると思い知らされた、そんな恐怖や焦燥が彩られた動揺が今まさにオリュンポスギルドメンバーのこの男に訪れていた。
後退る男を取るに足らないつまらなそうな物を見るかの様に見るルビィ。
「だいたいあんたこそいいのかい、いくら必死になって人探しをしているからといって無作法に他のプレイヤーにまで迷惑をかける様なことをしてね」
「そ…それは、だ、だが捜索はギルドマスターの許可が――」
「それは捜索に関してだろ、ワタシが言ってるのは行き過ぎた迷惑行為についてさね~」
「――つっ!」
男も捜索の為とはいえ自身の行為が行き過ぎていたのは理解していたのだろう痛いとこを突かれ苦しそうに顔を歪める。
「――ちっ!もういい!」
勝負は決した。
男は悔しげな顔で悪態をつきながらルビィの店を荒々しく出ていく。
ルビィはそんな男に用はないと目もくべず何時ものようにキセルを咥えていた。
男が去りもう大丈夫だと思ったアラヤ達はルビィの前に姿を表す。
「――うん?お二人さん用はもうすんだのかい」
先程の事など気にもとめてないルビィは何時ものようにキセルを吸いながら飄々とした態度だ。
「――ルビィさん…わ、わたし」
ルビィは気にしてなさそうだが自分のせいでルビィに不快な想いをさせてしまったのではと気にしているユエは俯きながら消え入りそうな声を出す。
そんなユエの姿にルビィは苦笑する。
「まったく、この娘は何をそんなにしょげてんのさね~、せっかくの綺麗な顔が台無しじゃないさね。」
「私のせいで…」
「はぁ、まったくしょうがない娘さね~」
ルビィは右手に持つキセルをカウンターに置き椅子から立ち上がるとユエの方に歩く。
「ルビィさん――」
ルビィは幼子の様に俯くユエの頭にそーと右手を乗せると幼子をあやす母親の様にゆっくりと優しく撫でる。
「いいかい、ワタシにとってあんたが想う罪悪感なんて何一つ気にすることじゃないんだよ。
だからあんたがワタシに申し訳なく想うことなんてないさね~」
「………」
ユエは俯いた顔を上げ泣きそうな顔でルビィを見る。
「ほらほら、立派な女がいつまで弱った面でベソかいてんのさね~。
何時も言ってんさね~、女が弱った姿を見せたら相手をつけあがらせるだけだって。
だからワタシ達は強い笑顔で相手をねじ伏せていかなければならないってさね~」
本気なのか冗談なのか分からないがルビィは自信に満ちた笑顔でユエに言うと
「――うん!」
ユエは一度目を瞑るとルビィに答えるように目を開き笑顔で答える。
そんな尊き二人の姿を見ていたアラヤは自分の知らない二人の経た時間を感じ眩しそうにそーと目を瞑る。
「でぇ、あんたらこれからどうするんさね~。
どうせ泣き寝入りなんかするきはないんだろけど、まぁあそれならそれでべつにワタシは構わないんだけどさね~」
ルビィは何時もの定位置に座ると今後の行動について聞いてくる。
というかルビィの構わない発言だが、さっきユエに泣き寝入りに似た発言を言った俺が言うのもなんだが本当に泣き寝入りを決めていたら後が怖そうに感じたのは俺だけだろうか。
チラリとユエの方を見るがユエは平常のまま――俺だけみたいだ。
「ああその事なんだが、この状況下でとは思うかもしれないがユエと相談してグランドクエストを受けることに決めたよ」
「へぇ~グランドクエストにね~、思いきったもんさね~」
「ああ」
ルビィは右手にキセルを持ちながら口元にやり可笑しそうに笑った。
「クッククク、まぁあいいんじゃないさね~。あいつらも自分達が必死こいて探しているさなかに追ってる相手がまさかグランドクエストなんて実行してるなんて夢にも思わないだろうさね~」
「ああそうだろうな、俺が逆の立場だとしても隠れているならまだしもクエストを実行しているなんて考慮にもいれないことだしな」
「まぁあワタシとしたらあんた達がどんな考えで決断し行おうとそれはあんた達の生き方、ワタシが異論を唱えるきはないさね~。
だけど一つ言わせてもらうなら挑むのは難攻不落なクエストさね、勿論いどむからには勝算有っての事だろうさね~」
「うん!勿論あるよ、まかせて!」
ユエはVサインを作り自信満々に宣言する。
アラヤも挑むからにはクリアするきでは有る。
しかし挑むのは只のクエストではなくグランドクエスト、自信満々とはいかず失敗するかもしれないという想いも有る。
しかし何故か分からないがユエは失敗することは決してない確実にクリア出来ると自信満々に宣言する。
何か必勝法を持っているのかもしれない。
「へ~やけに自信満々じゃないさね~、必勝法でもあんのかい」
もしルビィの言う通り難関クエストたるグランドクエストに必勝法が有るならそれは全プレイヤーが喉から手が出る程に欲しがる情報だ。
「フッフフ、ルビィさん挑むのはワタシとアラヤ君なんですよ」
「ああそうさね~」
「なら例えグランドクエストだろうがクリアするに決まってるじゃないですか!」
ユエは胸を張り誇らしげに言う。
「――――」
流石のルビィもユエのまさかな根拠に唖然とする。
「――――」
アラヤも絶句する。
誇らしげなユエを他所に押し黙っていたルビィだが
「ハッ、ハハハ、アッハハハハハハハハハ!!」
腹を抱え大爆笑した。
ひとしきり笑ったルビィはニヤリと笑う。
「そうかいそうかい、ああ確かにそうさね~、確かにあんたらならグランドクエストだろうが挑んで大丈夫さね~
いや~こりゃあいかんさね~、ワタシとした事が随分な見落としをしたもんさね~、これじゃあ情報屋として名折れさね~」
ルビィの奴確実に面白がってやがる。
「―――」
ルビィに言い返したい気持ちはあるがユエの言う根拠のせいで思考が洗濯機の様にグルグル回りどう言ったらいいのかが分からない。
「ええ!?そんなことないですよ!
ルビィさんの情報は凄いですよ!!私何度もルビィさんの情報のお蔭でモンスターを倒したり謎解きの遺跡をクリアしたりしてますよ!」
ユエはルビィのフォローをするがそんな必要はない、ルビィは微塵も自分が情報屋の名折れなんて絶対思ってないはずだ。
「クックありがとさね~。あんたの気持ちは十分どころかそれ以上に受けとったさね~。
ところでどこかの誰かさんはワタシに何か言いたいことがあるさね~」
ルビィのやつ……
アラヤにはルビィの言葉に含みが有ることに気づいている、というかあからさまだ。
「――べつに」
「えへへへへ」
ユエの方はルビィの言葉に照れていてまったく気づいていないが。
「さて、情報屋としては名折れなワタシだけどアイテム屋としてはどうさね~、まぁ無理に買えなんて言いはしないけど今後を考えるなら色々準備は整えていた方がいいと思うさね~、ほんと今後を考えるなら、ああ別に催促しようというきはさらさらないさね~ほんとないさね~」
催促じゃなく押売だろ。
照れて話を聞いてないユエを見計らいアラヤに購買を促す。
「――ああそうだな。ちょうどアイテム屋に居るんだ必要な物は買わせてもらう」
「まいどありさね~」
「ユエ、丁度ルビィの店に居るんだ今のうちにグランドクエストに向けて回復アイテムとか必要になる物の補充をすませよう」
いまだに照れるユエの方にそう声をかける。
「えへへ―――えっ?あっ、そうだね!何事も準備は大切だもんね!」
ユエはよほど気分が絶好調なのだろう笑顔でそう応える。
挑むのがグランドクエストな以上通常よりも多く回復アイテムや消耗品を限界近く迄買い揃えたが量が量だけに結構な値段になった。
幸い俺もユエも高レベルのトッププレイヤーに属していたのが幸いし資金は充分に有ったのだがこの買い物で半分以上消しとんでしまった。
アイテムの補充を終えた俺達は変身アイテムカメレオンチェンジを使った。
俺は黒髪黒目を金髪赤目にユエは白銀の髪と碧目を黒髪黒目に変え念には念をいれようと体を覆う黒いフードも被りルビィに礼を告げ店を出ようとした。
ユエが先に店から出て俺も出ようとしたタイミングでルビィから声をかけられた。
「アラヤ」
「?なんだ」
「ユエの事守ってやんなよ」
俺はルビィからの唐突な言葉で困惑した。
(?ユエはトッププレイヤーで実力は確かだし、それに彼女を守るどころか俺が守られるかもしれない、ルビィの言ってる意味は分からないが)
俺を見詰めるルビィの目は真剣で俺をからかっている様子等は微塵も感じさせない。
「ああ、分かった」
ルビィは俺の言葉に満足し笑みを浮かべキセルを吸い直すと店の外に居るユエを見るように視線を俺から店の扉の方に移し
「あの子にも色々と事情があるかもしれないがあんたはちゃんとあの子の味方でいるんだよ」
憂いを帯びた声で言った。
ルビィが言っているユエの事情と言うのはおそらくユエの異名に纏わるある噂だろう。
「一種にパーティーを組みクエストを受けるからには守るのは当然だ。
……だが俺はユエ、彼女の事を知ってる訳じゃない」
ルビィは何と応えていいか分からず言葉を紡ぐ俺に苦笑すると
「それでもだよ、頼んだよアラヤ」
「………ああ分かったよ」
俺はそう言ってルビィに背を向け店から出た。
ユエの噂それは彼女が生きている人間ではなくNPCまたはホログラムゴーストではないかというものだ。
廃人ゲーマーでも一日中ゲームをしているのは珍しくないといっても食事、トイレ、睡眠といった生理現象があるため完全に1日中とはいかないがそんな中《ユエ》は1日中どころかゲーム開始から朝も昼も夜も姿を見るとあり彼女はこのゲームのNPCか混沌無形だが幽霊じゃないかと言われている。
(誰もが見える幽霊とはなんだと思うが…)
真意は定かではない。
俺がルビィの店から遅れて出ると外で店の壁に寄りかかり俺を待っていたユエがいた。
ユエは店から出てきた俺に気付くと壁から離れ俺の前に移動した。
「遅いよ~、何かあったのかなアラヤ君?」
首をかしげて言ってきた。
軽く不満を言うユエに流石にルビィとの会話の内容は教えることは出来ないので
「すまない、ちょっとルビィから道中オリュンポスギルドには気を付けろと改めて言われただけだ」
誤魔化す俺にユエはふ~んと疑わしげに見ていたが俺を信じたのかそれとも俺が本当の事を言わないと感じたのか
「そう、まぁいいけど」
渋々了承したという風で…と云うか全然信じてなさそうだった。
だがこれ以上探るのは止めたのかユエは疑わしげな顔から一変笑顔になり
「じゃあアラヤ君!クエスト発生場所に行こうか!」
身を翻しながら言った。
そして俺達は一般の何でもないプレイヤーを装うなか俺達を探し回るオリュンポスギルドに不振がられないように堂々と歩きながらアルカディアのポータルに向かうとクエスト発生場所のエリアである、森林エリアにある都市フォレストパレスのポータルに転移すると森林エリアの中にあるマロンの村に向かって歩み出した。