変革
今日は連夜が通う高校一学期最後の終業式。
つまり連夜の学校だけではなく各学校が明日からの長い夏休みに向かい最後のホームルームを行う日である。
明日からの夏休みに浮き足立つクラスメートを他所に連夜は教師の夏休みに対する注意事項を聴きながらも1ヶ月後のラインハルトとのPVPに向け思案していた。
(さてどうするか、この1ヶ月をどう過ごすかで全てが決まるが…)
アラヤは取り敢えず父親だけにはさわりだけど話しをした。
話を聞いた父親からは連夜が後悔なく満足に終える事が出来るならどの様な事に成ろうが連夜の好きなようにしなさいと言われた。
父親の気遣いのお陰で夏休み中は毎日朝から晩までジェネティクノーツをプレーするのは問題なくはなった。
しかしだ流石に父親が心配しないように常識の範囲でちゃんと体調に気を遣いながらにはなる。
夢中に成るあまり自分の事が疎かに成り駄目に成るなら本末転倒である。
連夜はそもそも学生である以上勉強面でも疎かに成るなどあっては成らない。
正直なところアラヤがラインハルトに1ヶ月で勝利を得る方法の中ではステータスやプレイヤー知識を深めるよりはFシステムを極限まで高めるこれが一番高い可能性である。
アラヤとラインハルトは現状でもレベル、ステータスに圧倒的開きがあるのでレベル、ステータスを上げる事も確かに重要ではあるが必死に上げるために頑張ったとこでラインハルトもこの1ヶ月ただ何もせず過ごすわけがない。
アラヤがレベルを1上げたとこでラインハルトもレベルを1上げるならその差は現状のまま平行線である。
酷い言い方をするなら無駄な抵抗でしかない。
ならばレベル、ステータスに依存されないプレイヤーのイメージにより人間の未来の可能性を実現し現状では不可能な動きを可能にするFシステムならば例えレベル、ステータスに開きがあろうとも目に見える形で表示されるレベルやステータスのゲームのアバターではなくともアラヤ本人がラインハルトのイメージを精神面を上回ればいい。
つまりFシステムであれば如何にラインハルトよりも低いレベル、ステータスだろうともアラヤ次第でラインハルトを越えることができると云う訳である。
ならば現状でアラヤが出来る最善の方法はは対ラインハルトを想定しイメージしながらレベルやステータスも上げる方法としてひたすら一人では攻略出来るギリギリのボス級モンスターに挑み例え負けるとしても強者との戦闘経験を動きのイメージを得ていくしかない。
実際Fシステムを含め此れをルビィに話したらルビィからもそれなら可能性はあると言われた。
(はぁ…確かに俺が今出来る最善策としては此れしかないのは確かなんだけど)
アラヤの脳裏にはラインハルトとのPVPにてカウンターにより一撃で倒され地に伏した情けない自分が映る。
(俺の考えは間違いない、間違いはない筈なんだが、そうまだ足りない気がする)
アラヤは不安に思っていた。
確かに現状アラヤに出来る最善策は此れしかないがあくまでこれは勝てる可能性であり勝てると云う事実を得るものではない。
可能性と事実はまったく違うものだ。
だからこそアラヤは思うまだ何か勝利を掴む為に必要なピースが足りないのではないか、勝利を決定づけるものが他にもあるのではないか。
此れではラインハルトといい勝負は出来るとしてもそれまでではないのか。
だがそれも無理はない1ヶ月後にアラヤが挑むのは何回もコンテニュー出来るクエストではなく既に一回コンテニューされもう後がない闘いである。
アラヤにとっては命がかかっているわけではない……がアラヤとユエの未来が掛かった決して敗けられない大事な一戦である。
だからこそアラヤは此れでいいのか此れ以上はないのかと不安に想い苦悩する。
其れはまるで洞窟の中地図に出口までの確実だが険しく断崖が続く一本の道が書いてあるものの実際の洞窟には幾重にも道があり地図に書いてないだけで他にも確実により安全に出口に続く道が有るのではないかと模索する探検家と同じである。
肘をつき考えに没頭するあまり気付くといつの間にかホームルームは終わり下校となり教室には既にアラヤと数人の生徒しか残っていなかった。
アラヤは取り敢えずここで思案を重ねても仕方ないと思い鞄を手に取り教室を出る。
(あれは……)
すると廊下の奥の屋上へと続く階段付近にて傍目からも見て分かるぐらい尋常じゃない正に怒り心頭の表情で歩く木戸健哉とそんな木戸に困惑しながらも付いていく何時もの仲間二人にその仲間の片方に乱暴に腕を引っ張られながら連れていかれている真田守がいた。
四人はそのまま階段を昇り屋上へと向かって行った。
(木戸の奴…何か尋常じゃない様子だったが)
近くで連夜と同じ様に木戸達4人を見ていた幾人かの生徒達も此れはただ事ではないと感じ教師に報告するために職員室に走って行った。
前までの連夜だったなら自分には関係ない事であり自分が関わったせいで木戸達の真田への扱い暴力がもっと酷い事になると思い何もせずに自分が下手に関わるよりは教師に任せればいいと立ち去っていただろう。
此れは連夜に限ったことではない誰しも自分の責は自分が被るなら後悔しながらも諦めも付く、だが自分の責で誰かが傷つく事に成るのなら初めから関わらない方がいいそう思ってしまう。
(だがそれは違う。
結局は言い訳だ、自分が関わった責で誰かが傷つきお前が余計な事をしなければと恨まれ憎まれるのが嫌なだけだ。
……それにあの時真田の目)
連夜は真田が木戸達に連れらている際に一瞬ではあるが此方に顔を向けた時に目があっていた。
(真田の目は救いを求めている様に見えた)
一瞬其れこそ瞬き程の僅か連夜の見間違いなのかも気のせいだったのかもしれない、だが其れでも真田はあの一瞬の交差の中自分に救いを求めたそう感じずにはいられなかった。
正直今の連夜には余裕はない。
ラインハルトに向けて一分一秒も無駄には出来ず自分の事に精一杯であり他に構っている暇はない。
冷たいようだが所詮は少し言葉を交わしただけの赤の他人であり大切なユエに比べれば天と地ほどさがある。
だから真田の事は気にせず帰るべきなんだろう。
今連夜の前には天秤がある。
一方はユエと云う金
もう一方は真田と云う銅が乗っている。
誰の目からも分かるように下に傾くのは金であるユエだ。
此れはどうしようもない事実であり当たり前の事だ。
誰しも大切な人と云う金と少し話しただけの他人と云う銅では天秤は大切な人である金に傾くのは至極当然の事である。
では永久にこの価値は変わらぬものか………………其れは違う。
環境、時間、現状、意思、思想、人の心は永久不変ではなく些細な事、僅な想い、小さな勇気で多彩に変化する。
そう、だからこそ時として一時、一瞬とは云え銅の価値が金の価値を凌駕する事がある。
「アラヤ君!」
脳裏に此方を振り向き笑顔を向けるユエの姿が写った。
アラヤはユエの笑顔に微笑むと止まっていた足を進めた。
――――――――――――屋上へと。
連夜の天秤は今まさに真田と云う銅に傾いた。
(真田は俺に助けを求めた様に見えた。
それは俺の勘違いや気のせいかもしれないだけど俺にはそう見えたんだ。)
連夜は力強く足を踏み屋上に向かい階段を上がる。
(別に真田の事がユエより大事な訳でもない。
だが俺は助けたいと思った。
それが小さな些細な例え偽善的な想いだろうと俺は真田を助けたいと思った。
今まで人と関わるのを避けてきた俺が今更かもしれないが…いや今だからこそ、ユエと出逢い変わった今だからこそ自分の事だけではない他人の事まで気に掛けるようになったのかもな。
だからこそ俺はもう逃げない。
ユエに恥じない自分であるんだ!)
連夜は強い意思を心に宿し階段を昇り屋上の扉の前に立つと勢いよく扉を開けた。
其処には制服はボロボロで顔にアザが出きた真田に拳を硬く握り締め殴る木戸とそれを見ている仲間二人がいた。
興奮し周りが見えていないのか木戸を含め真田、仲間二人も連夜が屋上に来たことには気付いてない。
連夜はそんな四人に構わず近づいていくと真田の胸ぐらを左手で掴り右手で今まさに殴ろうとしている木戸の右腕を掴んだ。
「あっ?…てめぇは」
急に自分の右腕を捕まれた事で誰だと思い振り向いた木戸はようやく連夜の事を認識し驚いた。
「荒…木君?」
木戸の拳を止めたことで真田も仲間の二人も急に現れた連夜に気付き驚いていた。
「つっ!おい何の真似だ」
木戸は自分の右手を掴む連夜の右手を振りほどこうとするが振りほどけず連夜が握る右手には段々と力が込められ離さないと云う意志が感じられた。
木戸は威殺さんばかりに連夜を睨み付けながら唸るようなドスの効いた声を出すが連夜はまったく怯まず木戸を無視し木戸の右腕を掴んだまま真田を見ながら
「大丈夫か真田」
心配の声をかけるが真田自身もまるで状況が理解できてないのか口をポカンと開けて呆然としていた。
「無視してんじゃねぇよ!」
「ブッ飛ばされてぇのかてめぇえ!」
木戸の仲間達は自分達を無いもののように無視して真田にだけ声をかける連夜に怒鳴る。
「おい」
木戸の再度の呼び掛けに連夜は木戸の方に目を向けると木戸は連夜を睨みながら
「此れは注告じゃなく警告だ、痛い目に遭いたくないなら今すぐに俺の腕を離せ」
低く脅すように言うが連夜は木戸の右腕を離さない。
何故なら連夜には手を離したらどうなるかなんて目に見えているからだ。
そのまま真田を殴るか矛先を連夜に向けるかどっちにしたってろくな事にはならない。
「手を離すのはいい、だがお前らが真田に謝り今すぐにこの場から立ち去りこんな下らないことを二度としないと誓うならだ」
連夜は冷淡な目で木戸達に真田に対し謝罪を求めるが連夜の冷静な態度に木戸の仲間達は怒りをつのらさ更に怒鳴るなか木戸は自分を見る連夜の冷淡な目を見た瞬間
「つっ!いや…まさか…ありえねぇ…ありえるはずがねぇ…だがこの眼は」
目を見張りぶつぶつと呟いたと思いきや
「まさか…てめぇえはアラヤなのか」
振り絞るように連夜に連夜のジェネティクノーツでのアバターネームの名前を漏らす。
木戸が声を漏らしたその時何故か連夜にも分からないが木戸がある男に重なった。
そんな筈は有り得ないと思いながらも連夜は怪訝な表情で
「まさか…お前シドなのか」
ジェネティクノーツのプレイヤーにしてオリュンポスギルド幹部アポロンの通称で呼ばれている男であるシドの名を漏らした。
―木戸健也―
俺は何時もよりも心の奥から溢れるこの身を燃やしつくさんとする激しい苛立ちを真田にぶつけるため殴っていたら右腕を誰かに掴まれた。
顔を向けると其処にはこの前、真田と話していた男がいた。
俺はそいつに腕を離せと言うがそいつは無言で離さず逆に力をいれてきやがった。
そいつの態度に更に苛立ちを覚えた俺は真田を掴んでいた左手を放しこの男を殴ろうと思っていたらそいつは口を開き
「手を離すのはいい、だがお前らが真田に謝り今すぐにこの場から立ち去りこんな下らないことを二度としないと誓うならだ」
正義感張りに嘗めた事を言い出した。
(嘗めやがって!)
俺は更に怒りを募らせそいつの眼を見た。
其処にあったのは俺をまるで興味のないものを見るかの様に見る冷淡な目であった。
その目を見た瞬間俺は有り得ないものを見た。
それは顔は違うのに俺をPVPで俺を見下ろした時、いや其れよりも昔ジェネティクノーツ初期の頃に何かを抱えているのか冷徹な眼でモンスターを倒すではなくただ抱える何かをモンスターにぶつける機械の様に淡々と駆逐していたアラヤと重なった。
俺はアラヤの奴が俺の全力の神威開放を容易く破り剣を突きつけられた時確かに悔しさ苛立ちを覚えていた反面嬉しい気持ちもあった。
昔の、俺が憧れた二人の男の内の一人である強く冷徹であるアラヤは居なくなったのではないと
感じたからだ。




