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進む道


やぁ、こんにちは語り手だ

現実で有ろうとゲームで有ろうと変わるものも有れば決して変わらないものものが有る、それは感情という心。




ルビィの店、その二階にある四つの個室。

一つは店主であるルビィの個室、残り三つはルビィが許可を出したプレイヤーのみ使用できる個室。

ルビィの個室に今まで入室したことは皆無なので室内の内装は不明だが残り三つの個室は分かる。

ベッドと机と椅子だけが置かれた簡素な作り。

三つの個室は同じ内装なので一つでも入ったことが有るなら他の二つも手に取るように分かるのだ。


部屋に入ると俺が椅子に座りユエがベッドに腰掛ける。

「ごめんアラヤ君。私のせいでこんなに大変なことになっちゃって」

ベッドに腰掛けるユエは申し訳なさそうに眼を伏せ謝る。

だがそれは違う。

「別に君が謝まることじゃない。

例えきっかけが君だったとしてもその行く先が此処までの馬鹿げた騒動に成るなんて予想できなかったことだ。

そもそも全ての発端はゲームとはいえ最低限のルールも守らず無理矢理迫ってきたあいつらの方だろ。

それにあいつらからのPVPを受けると決めたのは俺自身だ、君の責任じゃあない」

確かにユエが助けを求めなければ巻き込まれることは無かっただろう……だがそれがどうした。

あの時オリュンポス(あいつら)からの強引なPVPで有ったが無視を決め込むこともできた。

ユエを差し出すこともできた。

だけどその選択は選ばなかった。

選んだのはユエを助けると言う選択。

つまりそこに有るのは俺自身の意志で選んだ選択と言う事実。

それが例え幸か不幸どちらになろうと分からないものだろうと。


「うん…ありがとうアラヤ君」

とぎこちない顔を浮かべユエは言う。

ここで、はい、そうですかと受け止め切り替えれるのなら良かったのだがユエと言う女の子はそう単純な性格ではないのだろう。

だから幾ら大丈夫だと言葉を告げても完全には納得出来ない。

それはユエが責任感が強く優しい敏い女の子と言えるだろう。

責任の所在について引く気が無いユエに対し

「ああ」

と返事を溢すしかなかった。



「ところでアラヤ君、一ついいかなぁ」

「?なんだ」

「私ねさっきからど~~しても気になってる事があるんだよ」

ユエは拗ねたように口を尖らせる。

「さっきから?いったい何のことだ」

知らない内に何か彼女の気にさわる事でも言ったか?

何故か拗ねた様なユエに訳が分からない。

ここまでの会話を思い返してみるがピンとくるものはない……ないのだが此方をジーと見るユエに

いったい俺は何をしてしまったのだろうか。

「名前」

とユエはポツリと声を漏らす。

「えっ?」

だがその声は小さ過ぎた為よく聞こえなかった。

「すまない、よく聞こえなかったんだがなんて言ったんだ」

「だ~か~ら~な・ま・え、名前!」

(名前?名前っていったいなんのことだ)

今度はちゃんと聞き取れた。

しかし名前、それがいったい何を指しているのかは分からない。

悩む俺に対し今度は何故かユエは笑顔を浮かべる。

惚れ惚れするような素晴らしい笑顔だ。

しかしその素晴らしい笑みに反し俺はたじろぐ。

何故ならその笑顔が嬉しいと言う感情からくるものじゃなく怒っていると言う感情が表されたものだからだ。


「へ~え、そ~なんだ、アラヤ君気付いてすらないんだ~、そっかそっか、私はてっきりアラヤ君も男の子だから恥ずかしいからだけだと思ったんだけどな~、へ~そうなんだ~、忘れているとそういう訳なんだ~、ふ~ん」

「まてまてまてまて、待ってくれ、ちょっと、ほんと待ってくれないか」

ユエの怒りの笑顔に気圧され思わず懇願じみた声を発してしまう。

「私はねアラヤ君の事をちゃ~んとアラヤ君って呼んでるんだよ。

なのにアラヤ君の方は出会った時以来君って呼んで私の名前をぜ~んぜん言ってないよね」

ユエは人差し指を頬に当てて不思議そうに言う。

「あれかな~アラヤ君は他の人の名前を呼ぶ時は君やあいつって言う呼び方なのかな~、あれれ、でもアラソン君それじゃあおかしいことがあるよね」

……えっアラトン君?なんだそのワトソン見たいな呼び方、と言うか推理しました風に言われても此方はどう反応すればいいか分からないんだが。

「さっきアラソン君はルビィさんの名前をなんて言いましたか」

いや、ほらどうぞ見たいに促されても……

「ル…」

「ルビィと言っていました」

取り敢えず答えようとしたらぶったぎられてしまった。

どうやら促していた訳じゃないうえ最初から解答権自体なかったみたいだ。

と言うかいつまでこの推理風は続くのだろうか。

「そうちゃんとルビィさんの名前を呼んでいたのです。

それなのに私は君、はてさてこれはどういう事なのでしょうか?」

ここまできて分からないとは言わない。

ユエが言いたいことは十分に理解した。

だがそれははたしてそんなに大事な事なのだろうか。

確かにユエに言われて思い返してみればユエの名前を呼んだのは出逢った時だけでその後は君と呼んでいた。

だけどそれが何故怒る原因になるのか理解しがたい。

だってたかが呼んでいる人称がプレイヤー名(名前)じゃあないだけだろ。

そりゃあよほど自分のプレイヤー名(名前)を気に入っているからそう呼ばれないことに不満を持つ神経質なプレイヤーも居ても可笑しくない。

しかしユエと言うプレイヤーはそれをいちいち気にする程神経質なプレイヤーには見えない。

だがそれは結局俺の視点でしかなく最近の女性はそう言う感性なのかもしれない。

しかし難しいな、もしそうなら女性との交流がルビィ以外ほぼ壊滅と言っていいほど皆無なので分かりようがない。

だが何はともあれだ、取り敢えずユエの怒りの感性は分からずとも怒りの対象は分かった。

解決策も分かっている。

原因の発端を解消すればいい………解消すればいいのだが。

プレイヤーネーム(名前)を呼ぶ、ただこれだけの事が問題だ。

別に現実の女性の名前を呼ぶ訳じゃない、仮初めのアバター()と仮初めのプレイヤーネーム(名前)、ゲームの世界の仮初めを呼ぶただそれだけ。

恥ずかしがることではない

臆することでもない

ただアイテムのネームみたくそれを言うだけ。

今までの俺ならなんの感情も抱かない行為。

なのに何故かユエ(この娘)に対しては出逢ってまもないユエ(この娘)には今までにない感情を抱いてしまう。

(どうしたらいいんだろうか)

簡単な事が踏み出せず心の中で葛藤を抱く。

だがこのままでいるわけにはいかない。

何故なら今もなおユエの表情が私起こっていますと言う表情だからだ。

(………はぁ、覚悟…ってほど大それたものではないが決めるしかないのか。

ユエは俺が名前を呼ばない限り引きそうにないみたいだしな)

覚悟を決めユエを真っ直ぐ見つめる。

「別に悪気があったわけじゃないんだ、だがそれでも君を不快にさせたならすまなかった…………ユエ」

「うん!!アラヤ君」

君をの部分で一瞬ユエの眉がピクリと反応したが最後の名前で怒りの笑顔が本物の喜びの笑みに変わった。

良かったと安堵するべきなんだろう、だがそんな安堵よりもユエの笑顔にはまるで時が止まったように思考が静止し目を奪われた。



ベッドから伸びる足を嬉しそうにバタつかせるユエだが本来の目的の為、この弛緩しきった空気を切り替える為に軽く咳払いをする。

ユエも空気が先ほどとは変わる事に感づきバタつかせている足を止め真剣な顔をする。

「で、これからの行動をどうするかってことなんだが、その前にユエ、今俺達のおかれている状況を詳しく知りたいから教えてくれないか」


「うん。私が今分かっていることだけど、アラヤ君にメッセージでも送った通り今オリュンポスギルドはギルドメンバー総出で私達を捜しているみたい、特にアラヤ君を」

「ああ」

「しかも捜索範囲は広くてほぼ全エリアに人を分散しているみたい」

「全エリアか……ギルドメンバーが多い最大規模のギルドだから出来る芸当だな」

まったく迷惑極まりない人海戦術、だがそれでも完璧ではない。

「ほんとそこまでするのと思う反面流石はってとこなんだけど……」

オリュンポスギルドの行為に思うとこがありそうなユエ。

どうやらユエも気づいたみたいだ。

「数を利用しての人海戦術は厄介だが抜け道はある」

「うん。確かに人探しをするなら全エリアに人員を配備されるのは有効な手の一つで厄介だよ。

だけどそれは全エリアを一部の隙もなく配備されている場合だね」

「ああそうだ。

ジェネティクノーツの人気の一つは数年程度じゃあ全てを網羅出来ない程の広大なオープンワールド。

その世界を一部の隙間なく埋めるのは最大規模のギルドだからといって不可能だ」

では仮にジェネティクノーツ以外のオープンワールドでは可能かと聞かれればだがそれは難しいだろうとしか答えようがない。

オープンワールドの規模範囲や世界観にもよる。

しかしこう言ってはなんだが最大規模のギルドとはいえそのギルド数で一部の隙もなく埋まってしまうような小範囲なゲームならそもそもオープンワールドにする意味がない。

どこまでいっても数日、数ヶ月、数年程度じゃあ行き詰まることがないそれこそがオープンワールドの真価なのだから。


「だからこそ全エリアと言っても人員が配備されるのは主に各エリアの都市や都市を基点としたプレイヤーが良く行き来する場所だろう」

流石にモンスターが出るなどの戦闘エリアにはいないだろう。

襲い来るモンスターとの戦闘で人探しなんてする暇なんてないだろうしな。



「……分からない」

今回の事態についてだが、改めて思えば今回のオリュンポスギルドに対応について不可解な点がある。

「うん?どうしたのアラヤ君」

「今回の事態についてだ。

改めて思えば俺がしたのが結果としてオリュンポスギルドに喧嘩を売る行為であったとしてもなんでここまでの騒ぎになるんだ。

本来ならPVPで勝負し俺が勝った、ただそれだけのことだ。

あいつらがギルド幹部なら面子を潰されたって言う面で分からなくもないがどう見てもあいつらが幹部には見えなかった。……いやもしかしてあいつら、ギルドマスターの直属だったとかか」

もしこの仮説が当たりでギルドマスターの直属ならギルドマスターが大事な部下に土をつけたと怒りギルド総出になってもおかしくはない。

「あ~あアラヤ君、その事なんだけどね、うん。アラヤ君の考えは半分当たりなんだよ」

「半分?」

複雑そうな顔をするユエはどうやら原因についても知ってるみたいだ。

「アラヤ君とPVPしたあの5人はギルドマスターの直属じゃなくてギルドの幹部の《シド》さんの直属の部下なんだよ」

「……シド、そういうことか」

面倒な奴が出てきたな。


《シド》

オリュンポスギルドの幹部でありトッププレイヤーの一人で《アポロン》の異名で呼ばれる弓使い。

実力も五大ギルドの幹部だけ有り確かなもの。

だが《シド》の名が印象付けているのはその地位や強さではなく人格にある。

苛烈にして粗暴、プライドは非常に高く自身に関わる面子を重んじ嘗められるのを憎む。

敵対するもの在らば焼き尽くす、それはまるで燃え狂う炎の狂人。


「確かにシドの性格なら部下に手を出されて黙ってないな」

「うん。自分の部下=自分に喧嘩を売ってんだろって認識なんだろうね。

はぁ、仲間を想うことは良いことだけど今回はちょっといきすぎているよ」

ユエは頭が痛そうに額に手を当てやれやれと言った風に首を振る。

ギルドメンバーどころか他のプレイヤーにも迷惑と混乱を招いている現在の状況は確かにいきすぎた行為だと俺も感じている。

ユエが教えてくれたお陰でシドが動いているのは分かった。

だがそれだけだ。

「シドが俺達に執着しているのは分かった。

だけどユエ、いくらシドがギルド幹部とはいえギルド総員を動かす権限なんて有るのか?

まぁギルド内のことは同じギルドメンバーしか分からない以上オリュンポスギルドがそういう仕組みの可能性が有るのかもしれないが」

「私もオリュンポスギルドメンバーじゃないから断言は出来ないけどその可能性にはほぼないと思う。

ギルド内の決まりは知らなくてもギルドマスターについては有名だから、あのラインハルトさんがギルド総員もそうだけど他のプレイヤーに迷惑をかける行為は許さないと思う………思うんだけど今がこんな状態でしょ、なんだかよく分からなくなってきたよ」

直接相対したことはないがオリュンポスギルドマスターのラインハルトは聡明な人格者だとプレイヤーの間ではよく聞く。

普通ならこんな行為を許す男ではないはずだ。


《ラインハルト》

《ゼウス》の異名で知られているオリュンポスギルドのギルド長でありこのジェネティクノーツ内で最強の称号を持つ男。


「あまりこう言うことは言いたくないんだけど」

ユエが言いずらそうに歯に衣着せぬ言い方をする。

「なんだ」

「もしかしたらアラヤ君にやられたあのあの五人が私達に恨みをもってシドさんに有ること無いこと嘘をついて嘘をついてシドさんの性格を利用してラインハルトさんに報告させ、ラインハルトさんを今の事態に誘導させたとか」

「確かに可能性の一つとしては有り得るが、利用したと言う点は無いと思う。

正直あいつらがそこまで頭が回る奴等には見えなかったしな」

「わお、アラヤ君凄いことをさらりと言ったね」

有り体にあいつら五人とも頭が良くないと言った俺にユエは目を丸くし可笑しそうに口に手をやり笑う。

なんだかんだ、ユエもあいつら五人があまり賢そうな人物達には見えなかったらしい。

「とにかくあいつらは可能性が低いとしてもシドが自らの考えでラインハルトを誘導させたて言う可能性はあるな」

つまりこの事態は俺達に絡んだ五人ではなくシドが誘導させたのではないか。

……駄目だ、可能性の提示は出来てもやっぱり今の事態は納得はいかない。

それはユエも同じようで有り腑に落ちない表情だ。


「う~~ん。やっぱり私にはあのラインハルトさんがいくらギルドの幹部とはいえすべて鵜呑みにして誘導されるなんて考え付かないな、いくらラインハルトさんが自分のギルドメンバーを信頼し大切にしていても」

「そうだな」

「けど結局この考えもあくまでこれは私がラインハルトさんならと言う思い込みなだけで絶対とは言えないし。

ラインハルトさんも生きている人間なんだから案外本当に誘導されたかもしれないしね」

「それもそうだな」

俺達が議論しているのはあくまで俺とユエが見聞きするラインハルトと言う男の仮想でしかない。

親でも恋人でも友人ですらない俺達がラインハルトの本質を理解できるのは不可能、いや例え親、恋人、友人でもその人本人ではない限りすべてを理解することは出来ない。

清廉だと思われた人物が裏では悪徳であるなんてこともざらに有るのだから。


「それかあの五人やシドさんとは関係なく何かラインハルトさん自身の思惑があるとか」

「他の思惑か」

最後に何気なくユエが漏らした可能性に何故だが言い知れない感覚を覚えた。



「それにしても、この後どうするか。

こんな事態だ、最悪事態が落ち着くまで暫くログインを止めるのも一つの手なんだが」

そう言葉を溢しながら考える。


正直こんな事で一時でもゲームを止めるなんてしたくない。

こんな事態普通のゲームなら運営に通報し対処してもらうのが正しいのだがこういったプレイヤー間の問題については自由を売りの一つにしているだけあり犯罪でも起きない限り運営はノータッチで関与をしないから当てに出来ない。

つまり俺達で対応を決めるしかない。


俺個人の事なら割れ関せずを貫くが今回俺だけの問題ではなく目の前に居るユエも関わっている。

(まったく……)

ユエに出逢う前の俺なら考えられない思考だ。

他人に無関心ってほどに他人に深く関わらず気に止めようともしなかった。

ルビィと言う例外はいる。

だがそれはルビィのあのマイペースな性格故故だ。

(ほんとなんなんだろうな…)

出逢ったばかりのユエ(少女)をなんでこんなにも気に掛けてしまうのだろうか。

いったいこのユエ(少女)は俺にとってなんなんだろうか。

特別なのか……いやそれは有り得ないな。絆を繋いだわけでも長い時間を共に過ごしたけでもない、そんなユエ(少女)が特別なんて成り得るはずがない。

そんな分からない事がもどかしく感じていても不快ではない。

今まで感じてきた事のない不思議な感覚。


「えっ………つっ!ダメ!そんなの絶対にダメだよアラヤ君!」

そんな考える俺を他所に俺の溢した声を聞いたユエは最初信じられないものを聞いたように目を丸くし驚いていたが理解をすると弾かれるようにベッドから飛び上がった。

そう俺の前に立ち叫ぶユエに驚いた。


衝動的な行為だったのだろうユエは驚いて自分を見たまま固まる俺を見てハッと気づく。

「えっ、あっ、ほ、ほら!今回の事は全面的に私達が悪いってことじゃないでしょ、私もね自分が100%悪いならそれも有りかなとも思うよ、でもほら向こうも悪いわけだし、確かに面倒なのは有るけど、もし私達がここで退いてしまったら私達が全面的に悪いですよって認めるようなものじゃない、そんなの断固反対だよ。

だから…だからねアラヤ君。

これは絶対に私達が引いたら駄目だよ。

だってそんなのオリュンポスギルド(彼等)のに屈したみたいで悔しいじゃない」

ベッドに座り直ししどろもどろになりながらも話すユエは最後はキッパリと断言する。

きっとそれはユエの中にある譲れない一線なのだろう。


「ああそうだな、ユエ、君の言うとおりだ。

俺達が全部悪いって言うならともかく向こうにも非があるのに俺達が引くなんてオリュンポスギルド(奴等)に屈したみたいで悔しいもんな」

なら俺が今するべき事、しなければいけないことはそう肯定するだけだ。



「しかし、この後どうするか」

ゲームをし続けるのはいいとして問題は今後の行動だ。

しかも条件のついた状態で。

オリュンポスギルドに見つからない。

オリュンポスギルドと出逢わない。

オリュンポスギルドに関わらない。

この3つの条件、最悪の場合破ってでも動かなければならない状態に陥る可能性も有るが行動の前提として避けなければならない。

自由を謳うゲームでさえ自由を拘束する条件に内心では怒りさえ抱く。


一体お前らの何処に俺達を縛る権利が有るのだと。

だが運営も動かないこの状況でいくら怒りを抱こうが叫ぼうが無駄でしかない。

正直歯がゆい。


悩むアラヤと同じくユエも今後の行く先を悩んでいた。

(うーん、どうしたらいいかな。

この先もこのままジーと黙ったまますごすって訳にはいかないし、何か私がアラヤ君にして上げれることってないかな……………あっ!そういえば)

ユエは何かを思い出したかのように両手を合わせるとすまなさそうに眉を下げ謝る。


「アラヤ君、今さらだけだほんとうにごめんね、私が言い出した事なのに…」


「はっ?ごめんっていったい何のことだ」

ユエは何かを謝罪するがいったい何を指しているのか分からず首を傾げる。


「ほら、昨日アラヤ君が私を助けてくれことに私アラヤ君にお礼をするって言ったじゃない」


「―――そう言えばそんな事を言っていたな」


「うん。それなのにすっかり忘れていたよ、幾らバタバタしていたと言っても昨日の事をしかもお礼を忘れるなんて自分で自分が恥ずかしいよ」

ユエはモーと頬を赤く染めながら言う。


「いや別に気にしなくていいだろ、だいたい昨日の今日で事態がこんなにも様変わりするなんて思いもしないし、ましてやその当事者だろ、忘れたとしても仕方ないだろ」

実際気にしてないことなのでそうユエに言うがユエは否定するように首を横に振る。


「アラヤ君は優しいね、でもね駄目なんだ。

それはそれ、これはこれなんだ。

だってお礼って言うのは決して軽はずみな言葉じゃあないんだから。

それがどんなことだろうと相手から貰った親切に心が温かくなる、その気持ちを相手に知って欲しくて返そうとする想いの形なんだ、だから決して他がどうあったとしても蔑ろにしてはいけない、言い訳をしてはいけないんだ、そうじゃなきゃ、私が口に出したこの想いは嘘になってしまうから」


「アラヤ君、私がアラヤ君にお礼をしたいのは私がアラヤ君に感謝しているから。

だから私が私の心に従ってアラヤ君に恩返しをしたい気持ちを口に出して言葉を発したなら私自身がその気持ちを大切にしなくちゃいけないんだ。

それがアラヤ君に対して私が応える誠意なんだから」


(……ユエと話していて思う事がある。

俺より年下の様に見えるこの儚く見える少女は俺の印象とは真逆のとても強く大人びている少女だと。

そう、俺なんかと比べる事すら烏滸がましいとさえ思える程に。

もしかしたらだが現実のこの少女の人生は様々な苦難にまみれたものだったのかもしれない、そしてその苦難を少女は精一杯頑張り乗り越てきたのかもしれない

―――ちっ、馬鹿か俺は、そんなの俺の考えを押し付けているだけだろ、俺はユエの事をなにも知らないんだから勝手にユエの人生にレッテルを貼って評価するな)




「で、アラヤ君何かないかな?何でもドンとこいだよ、ほら、ほら」

ユエは我が意を得たと言わんばかりにグイグイと押してくる。

そんなユエに俺はと言うと正直困っている。

いざ人に頼みごとをする場合前々から熟慮していたならともかくそもそも忘れていた事だそんな急に催促されても直ぐには思いつかない。

しかもユエの先程の言葉から軽はずみな事を言えない。

思わず眉間に皺を寄せ熟孝する。

そんな俺を見てユエはと言うと何か勘違いしたのか俺から隠すように両手で体を覆いとんでもない言い掛かりを放つ。

「あっ、言っとくけどエッチなのは駄目だからね」


「―――ハァ!?」


ユエの言葉に最初理解が出来ず空白になるが理解すると次第になんだか頭が痛くなってきた。

「……はぁあ~、……誰がするか」

取り敢えず右手をふって否定をする。


目の前に居る少女はアラヤ(自分)の事を内心では思春期真っ盛りの男とでも思っているのだろうか。

なんにしろそんなことを微塵も考えてなかったのに言われる側としては酷い言い掛かりでしかない。


取り敢えず否定したにも関わらず本当かな?といった疑わしげな目で見てくるのは早急に止めてほしいものだ。


我ながら此れが自分だったから良かったものだが他の人なら否定したにも関わらずこの態度は怒りを露にしていてもおかしくない。


――いや待てよ、前に女性は男の些細な機微から思惑を感じることが出来ると聞いたことがある。

特に厭らしいことに関しては一流エスパー並みに敏感だと。


だから仮に、仮にだが俺の些細な動き、目線や手や身体の動きがユエの目からしたら邪な思惑を抱いているように感じたのかもしれない。

となると俺がいくら否定の言葉を述べようが難しいくないだろうか。

いや、勿論俺はそういった邪な思惑をユエに抱いてはいないし向けてもいない。これは自分でも自信を持って断言できる。

だがそれを相手、ましてや女性に100%信じろと言うのは無理だろうな。

例え長年の絆が有ろうとも異性の壁と言うのはそれほど迄に複雑怪奇なものだ。

逆にこれが正反対の立場で男だろうと無理だろう。


「あー、その、なんだ、ユエがどう思おうが俺からは信じてくれとしか言えない。

だけど仮に……本当に仮にだぞ、異性間行為は幾ら自由度が高いこのゲームだとしても俺が無理矢理強要することは決して出来はしない。

もしそれを許してしまったら最早このゲームは倫理観も人としての理性すら欠如した最低最悪のクソゲーだ。

そんなものはゲームと言う名を冠してはいるが只の悪性でしかない。

とはいえ確かにこのゲームは強制ではないが異性間行為自体を認めてはいる。

その場合はお互いの了承が絶対的な必要となる。

そうじゃないと運営から罰則としてアカウント停止、或いは剥奪になったうえアカウントからユーザーを割り出し警察沙汰になる」

これでいかに先程のユエのアラヤ()に対する疑いが浅慮であるか理解してもらえただろう。

俺の完璧な説明に対し納得してくれた筈だ自身を持ってユエを見る――――何故だ、裏のない真剣な顔で伝えた筈なのにユエの俺に対する視線はより厳しく疑いの目でジーと見てくる。

「――なんかアラヤ君やけにそういうシステムについて詳しいね」

「えっ」

「それにその言い方だとまるで私の了承さえあれば問題ないみたいに」

「えっ」

待てこれではまるで俺が異性間行為に興津々みたいじゃないか。


(まじで俺にどうしろと言うんだよ……)

いや確かに何かに博識な人って言うのは言い換えればその何かに夢中だからこそ相手に聞かれたさいに完璧に言えると言うことでは有るが。

博識めいた(どうでもいい)事に意識が溺れそうになり顔を伏せるアラヤの耳にに

「クスクスクスクス」

笑い声が聞こえた。

笑い声の出所はユエの方向から。

「うん?」

顔を上げた俺の前でユエは可笑しそうに笑う。

「フッフ、冗談だよアラヤ君。

だって私アラヤ君がそんな人じゃないって信じているもの」

どうやら全てユエの演技であったみたいだ。

別の意味で頭が痛くなりそうになる、もう好きにしてくれ。

「そいつは結構なことで、信頼してくれてどうも」

だがなげやりに成りながらもこれはこれで思うことがある。

自分と言う人間性が信頼されている事実に喜ぶべきかそれとも自分はそんな度胸がある人じゃないと言われているのかどっちなのかと。

なげやりなアラヤの返事に対しユエは笑みを浮かべ応える。

「はい、どういたしまして」



「で、話しは戻るんだけど、何か思いついたかな?」

ユエの再度の問いだが正直して欲しい事と言われても思い付くものがない。

簡単な事すら思いつかない。

他人に頼ると言うことは結局のところその人なら出来ると言う信頼関係からくるものだ。

割り切った関係ならまだしも相手からの純粋な頼み

他人と必要以上に接しない生き方をする俺には難問でしかない。

こう言った人間は簡単な事でいいのに無駄に最良の解を出そうとし思考の沼に沈み行く。


今だに最良の解が出なく悩む俺を見かねたのかベッドに腰掛けながら足をぶらんぶらんと揺らしていたユエは助け船とも思える案を出す。

「ほんと何でもいいんだけどな~、う~ん、あっそうだ、ほらアラヤ君ってソロプレーの達人ポイし何ならソロじゃあ難しいクエストとかでもいいよ」

船は船でも敵船なのだろうか。

事実だし間違ってはいないが面と向かってハッキリ言われるとスッキリしないものを抱える。

(だが案は案だ)

俺の脳内にある一つのクエストが浮かび上がった。


その存在自体は知っていた。

だがあまりの高難度クエストに挑戦どころか受けるかどうかすら躊躇ってしまうクエスト。


頂上の挑戦者(グランドクエスト)


そのクエストは高難度クエストの中でも群を抜いて難攻不落のトップレベル級のクエスト。

24有る頂上の挑戦者(グランドクエスト)の内クリアされたことの有るクエストは僅か3つ。


その一つをソロでクリアしたものは唯一ラインハルト、ジェネティクノーツ最強の男だけ。


それ以外に挑んだ何百と言うプレイヤー達はそびえ立った絶望にひれ伏した。

二度と受けようとは思わない程に。


そもそもクエストにはおおまかにだが三つの種別がある。

個人(ソロ)又は集団(レイド)で受ける事をメインにしたよくある通常のクエスト

集団(クラウン・ギルド)のみで行うことをメインにした集団クエスト


特定の場所、状況下で突如発生する特殊(エクストラ)クエスト


個人クエストはプレイヤー内で依頼として頼まれたりNPCから頼まれるクエスト、素材やアイテム採取みたいなものである。


集団(クラウン・ギルド)は運営からでる集団(クラウン)必須の期間限定イベントや集団(ギルド)を形成した者達だから出来る専用クエスト。

例えばギルドホームに関するクエストだ。


特殊(エクストラ)は文字通り特殊なクエストでまず発生させること自体が難しい。

仮に発生させても大抵一回でクリアとはらならず連続して起きるチェーンクエストとして物語みたいにストーリーが進んでいくクエストだ。


そして今アラヤが思い付いたのがまさにこの特殊(エクストラ)クエストの種別の中にある頂上の挑戦者(グランドクエスト)である。


発生させる条件はこのクエストを攻略したラインハルトが開示したがソロでは難しく余りの難しさに今じゃソロで受ける人はいない。


じゃあ集団で受ければいいんじゃないかと思うが特殊クエストに関しては意味をなさない。

何故なら特殊クエストのモンスターは受ける人数により補正がかかり強さを増す。

つまりステータスや保有する能力が上昇する。


クエスト自体は難度が高い分クエストクリア報酬も破格と決まっている。


最初は幾ら時が経とうがラインハルトしか達成できてない状態に他のプレイヤーからラインハルトの不正、チートを疑われたが本人の堂々とした高潔なまでのプレースタイルと運営からの否定ですぐに修まった。


(…さてどうしたものか、いつかは受けようと思っていたしユエというトッププレイヤーが一緒ならモンスターにいくら特殊クエストの補正がかかろうといけるかもしれない。

それに俺が片手剣の近距離型に対しユエは弓の遠距離型相性もいいし折角ならやってみるか)

俺はそう結論付けユエに話した。


「なるほど…あのグランドクエストね」

ユエは考え込むように顎に手をやり呟いた。

「いいんじゃないかな、私もグランドクエストについては興味があったし」

ユエは頷くと顔を上げ俺を見て異論はないと賛同した。


正直内心いくらなんでもあのグランドクエストだ、断れたらどうしようかと思っていた。

俺が心の中で安堵していたら

「でも、それでいいの?」

ユエは最後の確認として約束の内容はそれでいいのかと聞いてきた。

「ああ、これで十分だ」

俺はユエに大事だと頷いた。

「分かった。

アラヤ君がそれでいいなら私はいいよ」

とベッドから立ち上がると微笑みながら俺に近付き白魚の様な細く華奢な右手を差しだした。

「よろしくねアラヤ君」

俺は立ち上がると差し出されたユエの右手を握った。

「ああ、此方こそよろしく頼む、ユエ」


これが吉と出るか凶と出るかはまだ分からない。

だが確かに言えることが有るとすれば俺達の歩みが今この瞬間をもって始まったと言うこだ。


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