表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

猫かと思ってたら騎士様でした

作者: 柏てん


 唐突だが、黒猫を拾った。

 会社帰りくたくたになって歩いていたら、マンションの花壇に隠れるようにして黒猫が身を伏せていたのだ。

 猫はひどく衰弱していて、今にも死んでしまうんじゃないかと思った。

 私はそんな疲れ切った猫がなぜか自分に重なって見えて、どうしても放っておけなくなってしまった。

 慌てて深夜でも受け付けてくれる獣医さんに連れて行き、容態を見てもらった。

 他の猫と喧嘩したのか、体中に細かい傷があるという。

 急変の恐れがあるので一日預かるという獣医さんの言葉に頷いて、その日は家に帰った。

 翌日は有休をとって、トイレなどの猫グッズを買いに走った。

 もともと、忙しすぎてろくにとれていなくて、有休を取れとせっつかれていたのだ。

 私はあの黒猫を引き取る気満々だった。もともと猫を飼いたくてペット可のマンションにしたのに、会社に入ってみたら忙しすぎて猫に寂しい思いをさせるかもしれないと思い、飼うことができずにいたのだ。

 二十五歳独身。恋人なし。猫を飼って結婚できないロードまっしぐらである。でもそんなことはどうでもいい。

 とそこまで考えて、もしかしたらこの猫はマンションの住人の飼い猫かもしれないという可能性に思い至った。タグもなかったし首輪もしていなかったので確率は低いかもしれないが、あとで管理会社に確認を入れておかなければ。

 準備を整えて猫を迎えに行くと、エリザベスカラーを付けた黒猫が眠っていた。

「飼い主さんがいなくなったことに気づいて暴れだしたんで、麻酔を打ったんですよ。夜には目を覚ますと思うので、一緒にいてあげてくださいね」

 昨日の獣医さんから引き継いだらしい女の獣医さんは、私に言った。

 野良猫であるということは申し渡されていなかったのかもしれない。

 けれどその飼い主さんという響きに、私は少しだけ感動していた。

 なので敢えて訂正せず、猫の容態について説明を受けた。

 傷はあったが、ノミなどはいなかったということ。しばらくは毎日抗生剤を飲ませ、様子を見てほしいということ。

 諸々の説明を聞き、私は持参した新品のキャリーバックに猫を入れて帰った。

 救急を含む治療費はちょっと目が飛び出るくらいだったけれど、そ知らぬふりをしてカードで支払った。

 夜、猫は一度だけ目を覚ました。

 暴れるかもしれないと一瞬だけ身構えたが、猫は注意深く私の匂いを嗅ぐと、驚いたことに顔を擦り付けてくれた。

 嬉しかった。それだけですべての苦労が報われる気がした。

 だが一方で、ノミも出ず傷以外の病気もなしとなると、やはりマンション住人の飼い猫が逃げ出したのかもしれないという疑念が首をもたげてきた。

 実家で飼っていたミケなどは、野良から保護した時体中ノミだらけで本当に大変だったのだ。

 管理会社には既に問い合わせているものの、飼い主が見つかってほしいような見つかってほしくないような、私は複雑な気持ちだった。

 翌日はさすがに休めなくて、私は黒猫を買ったばかりのケージに入れて出勤した。

 水もトイレも万全に用意したが、その日はなかなか仕事が手につかず上司に嫌味を言われた。まあ、それもいつものことなのだが。

 結局余計な仕事まで押し付けられて、帰るのが深夜になってしまった。

 急いで家に帰ると、驚いたことに猫はケージを開けて外に出ていた。買ったばかりなのに不良品だったのだろうか。

 とにかく、エリザベスカラーが重そうな以外はいたって元気な様子だ。

 餌もきちんと食べていた。

 ただ問題なのは、トイレを使用した様子がないことだ。

 お腹の中が空っぽだったからだろうかと首を傾げつつ、猫をケージの中に入れてその日は眠りについた。


 翌朝。猫はなぜかまたしてもケージを脱して私のベッドで寝ていた。

 起きた時猫の添い寝に気づいた私の幸福感たるや、言葉にならない。

 見ればエリザベスカラーも外してしまっている。

 おとなしいように見えて、なかなか反骨心溢れる猫様である。

 寝てばかりいるので気づかなかったが、猫は深い藍色の目をしていた。心なしかただの野良猫とは思えない気品にあふれている。いや、これは欲目かもしれないが。

 結局翌日もトイレを使った様子がなかったので、私は救急に飛び込むことになった。

 だがエコーの結果猫の腸はからっぽで、確かに排泄はしているらしい。ということは部屋のどこかでしているのか。その事実に私は眩暈がした。

 だが帰宅後狭い1Kの部屋を徹底捜索したものの猫の排泄物は見つからず、その日は諦めて眠りについた。

 朝起きると、またしても猫が添い寝していた。

 というか、起きたら私の顔をじっと見ている藍色の瞳と目が合った。

 昨夜も確実にケージに入れておいたはずなのに、だ。

 どうやらこの猫は、完全にケージの鍵を攻略したようである。まあバネで押し込む形の鍵だから、いじっているうちに外れるのだろうか。

 内側から? うーむ。

 まあそんなことを考えている場合ではない。私は社畜なので、朝からゆっくり頭を悩ませているような時間はないのである。

 無駄と思いつつ、ケージの中に猫を入れて出勤した。



  ***



 そんな生活が、一週間続いた。

 相変わらず猫はトイレを使わない。

 しかし部屋の一角から耐え難い異臭がするということもない。

 その代わりと言っては何だが、最近トイレットペーパーの減りが早い気がする。まさかなと思いつつ、確かめる勇気のない私である。

 ちなみに、有休をとったんだから代わりに休日出勤しろという意味不明な命令により、今週は休みなしだ。

 そんな裏ルールがあるなら最初から有休などとらせないでほしい。

 しかもタイムカードは打刻するなと言われた。完全にクソブラック企業である。

 だが、そんな荒んだ私の心を癒してくれるのがアルフである。

 逃げ出した飼い猫だったら困るので名前を付けずにいたのだが、ある時テレビを見ていたら猫がアルフレッドという名前に反応した。すごく反応した。

 以降私がアルフレッドと口にするたび、まるで返事をするように可愛く鳴く。

 まるで私の名前はこれだとばかりに。

 とうとう根負けした私は、アルフレッドと呼ぶのは気恥ずかしいので猫をアルフと呼ぶことにした。

 黒猫のアルフ。すごく可愛い。

 獣医さんによると二歳ぐらいらしい。

 若さみなぎるオス猫だ。


「うーん、去勢手術いつにしようか?」


 カレンダーを見ながら、私は呟いた。

 二歳ということは当然発情期がある。今はトイレをどこかで隠れてするという謎仕様のアルフだが、発情期に入ったらあちこちに縄張りを主張するためのスプレーをし始めるだろう。

 いくらアルフを愛していても、その尿の臭いまでは愛せない私である。狭い部屋が糞尿まみれになる前に、アルフの生殖器を取ってしまわねばならない。そうすることで将来的な病気のリスクも減らすことができる。

 繁殖目的でない猫飼いにとって、去勢手術は必須事項なのである。

 ところが、私の呟きにアルフは全力で拒絶反応を示した。私の前ではあんなに穏やかだったのに、初めて毛を逆立てこちらを威嚇した。

 言葉の意味を理解しているとしか思えないタイミングだ。

 ううむ、どうしよう。

 とりあえず私は次の発情期がくるまで様子を見ることにした。

 一応管理会社からアルフらしき猫が逃げ出したという情報は入っていないという返答は受け取っていたが、まだ誰かの飼い猫である可能性はぬぐい切れないからだ。

 一応SNSなどでアルフらしき猫を探している人がいないか確認してはいるが、今のところ私の捜査網には引っかかってこない。

 一方で、アルフは獣医さんも驚くような回復力を発揮してすっかり健康体になっていた。

 そんなこんなで、私とアルフの不思議な共同生活は約半年に及んだ。

 両親と不仲で頼れる相手もいない私にとって、アルフは唯一心を開ける相手だった。

 友達? そんなものブラック企業に入社してから疎遠になりましたけど。

 都会の真ん中で一人ぼっちだった私が、アルフのおかげで一人と一匹になれたのだ。

 けれど、半年後のある日、アルフは忽然と姿を消してしまった。

 私は泣いて泣いて泣いて、会社も無断欠席した。着信が煩いのでスマホの電源も落としてしまった。

 そうして三日泣き暮らして、会社を休むのなんてこんなに簡単だったんだなって思ったりした。

 窓も開けてなかったし、玄関も施錠していた。なのにアルフはいなくなったのだ。マンションの周りだって何回も探したし、SNSで協力を募ったり迷い猫が出ていないかと警察にも行った。

 けれどアルフは見つからなくて、私はアルフが道に迷って鳴いてるんじゃないかとか出会った時のように他の猫と喧嘩して傷だらけになってるんじゃないかとか、本当に気が気ではなかった。

 戻ってきてくれなくていいから、せめて無事かどうかだけでも知りたいと神様に祈ることもした。

 アルフ。私のアルフ。外の世界は危険がいっぱいなのに、一体どこに行ったのだろう。

 餌が不満だったのだろうか。それとも狭い部屋に押し込められて辛かったのだろうか。はたまた私に嫌気がさしたのだろうか。

 どんどん悪い方向に頭がいって、泣いても泣いても涙が枯れないのだった。

 更に食欲もなくほとんど食べていなかったのでふらふらになり、ベッドから起き上がるのにも難儀するようになった。

 たかが猫のことと思うかもしれないが、私にとっては唯一の大切な相手だったのである。

 人間としてうまくやれない私に、アルフは生きがいをくれた。

 もうアルフがいない世界では目を覚ましたくないとさえ思い、私はその晩眠りについた。




 ―――そうして目覚めた場所は、科学ではなく魔法が支配する不思議な世界だったのである。


 そこでアルフを名乗るイケメンに練乳のごとく甘やかされることになるわけだが、自分語りはそろそろ終わりにするとしよう。

 とにかく私が言えることは一つ。

 猫に心を預けすぎてはいけないということだ。

 多分私はもう、二度とあの孤独な社畜生活には戻れないと思う。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あとは想像で補えということですね。わかります。想像の余地がありまくりでこれはこれでよいですね! [気になる点] とはいえ、つづきは気になります(笑)
[一言] 思わずほっこり。
[一言] 続きが気になるぅ~!! 続きを与えて下さいませ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ