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009 イフリート

 夕方、エステルとジークは公爵から改めて感謝された。

 どちらも他の追随を許さぬ活躍をしたからだ。


 基地内における話題は二人のことで持ちきりだった。

 流星の如く現れた凄腕の魔術師と黒ずくめの剣士に誰もが熱狂した。


「へぇ、エステルちゃんとジークは同じギルドなのか」


「〈YMHカンパニー〉って言うらしいぜ」


「聞いたことないな。あれほどの実力者が二人もいるのに」


「エステルちゃんから聞いたけど、出来て間もないらしいぜ」


「ならせめてものお礼に宣伝してやらないとな」


「だな。街に戻ったら皆に広めよう」


 この日、〈YMHカンパニー〉の知名度がそこそこ上がった。


 ◇


 翌日――。

 昨日とは打って変わり、今度は魔族から攻めてきた。

 昼のことだ。


「数が多いな、一気に押し込むつもりだぜ」


「大丈夫なのでしょうか……」


 ジークとエステルは基地の中から様子を窺う。

 応戦の準備は既に整っていた。


「どれだけ多かろうが問題ない。剣の錆にしてやるぜ」


 ジークは背中に担いでいる剣を持ち、刀身を舐めようとする。

 だが、「舐めたらお腹を下しそう」と思って怯んでしまった。

 彼の中二病は、浅い。


「集まれってよ。今日も期待しているぜ」


 兵士が近づいてきて、ジークの肩をポンポンと叩いた。

 エステル達は会話を切り上げ、所定の位置に着く。


 皆に向かって公爵が言う。


「総力戦だ。あの軍勢に太刀打ちするには、こちらも全戦力を投入するしかない。ギルドの魔術師も前線に出てもらう。いいな?」


「「「おおー!」」」


 士気は高い。

 エステルも「おー」と拳を突き上げていた。


「儂はここで皆の帰り待つ。各将軍、後は頼んだ」


 公爵は専用のテントに入っていく。

 将軍の中でも地位の高い男が話す。


「この戦いに勝てばしばらく暇になるだろう。特別手当もガッポガッポだ。今から何して過ごすか決めておけよ」


 兵士らが笑う。


「稼いだ金で遊ぶ為にも死ぬんじゃねぇぞ! 出陣!」


 全軍で基地を出て、魔族の軍勢に向かっていく。

 ジークはちらりと振り返り、エステルにウインクする。

 エステルは笑みを浮かべて見送った。


「魔術師隊は後ろから続くぞ! 攻撃魔法より回復魔法を重視しろ! 前衛を死なせるな! いくぞ!」


 普段は基地の中にいる魔術師達も打って出る。


「よーし、私も!」


 エステルも意気込む。

 だが、しかし――。


「エステル、そなたはこの場に残ってくれ」


 公爵がテントから出てきた。


「私だけ居残りですか!?」


「そなただけでない。何人かは残ってもらう」


 公爵の言う通り、本当に何人かは残っていた。

 腕利きの兵士と軍医、あと索敵魔法に特化した魔術師。

 全て合わせても10名にすら満たない数だ。


「そなたは回復の要じゃ。戦いの後に備えてもらう」


「分かりました……」


 自分だけ待機でいいのだろうか、とエステルは不安に思う。


「そんな顔をするな。戦いの後は大忙しじゃ。特にそなたは皆の回復で忙しくなるぞ。魔術師の中で最も大変になるはず。だから今は羽を伸ばし――」


「公爵様! 奇襲です! 東の森より魔人が来ます!」


 公爵の言葉を遮り、索敵魔術師が叫んだ。


「奇襲じゃと!? あの数の軍勢を出しているのに、まだ余力が残っているというのか!?」


「い、いえ!」


 索敵魔術師は顔を青くして叫ぶ。


「敵は1体だけです! 単騎でこの基地へめがけて突っ込んできます!」


「なんじゃと!?」


 話している間にも、森から魔人が出てきた。

 全身に炎を宿していて、他の魔人より角や尻尾が威圧的。

 見るからに強そうだ。


「あ、あいつは……」


 公爵の顔が青くなる。


「知っているのですか?」とエステル。


「イフリートじゃ!」


「イフリート……」


「こちらのエースがジークなら、アイツは敵方のエースじゃ! 前回アイツが出張ってきた時は、数千人の死傷者を出した!」


「そんな強敵が……」


「公爵様、門の中へお逃げください!」


「う、うむ!」


 兵士に引っ張られ、公爵は基地の背後にある門へ向かう。

 

「敵前逃亡とは情けない! 逃がさないぞ人間の指揮官! このイフリートが燃やし尽くしてやる!」


 イフリートの駆ける速度は人間より遙かに速く、馬に匹敵する。

 公爵の退避は間に合いそうになかった。


「かくなる上は自分が囮になります! 公爵様は今の内に!」


 兵士が剣を抜く。


「いや、しかし、それではお主が」


「かまいません! 公爵様を死なせるわけにはいきませんから!」


「……すまぬ」


 公爵が涙を流しながら走る。

 そのやり取りを見ていると、エステルは居ても立っても居られなくなった。


「私が足止めします!」


 彼女は兵士に向かって言ったのだ。


「エステルちゃん、君は回復の要だと――」


「そうですが、貴方を死なせるわけにはいきません!」


「自分のことは気になさらず。これが軍人というもの」


「違います! 無駄に死ぬのは軍人ではありません!」


「む、無駄……!?」


 兵士のこめかみがピクピクと反応する。

 無駄というワードがひどく不快だった。


「この死は決して無駄では――」


「無駄です!」


 エステルは断言する。


「私なら死なずにあの敵を止められます!」


「ほ、本当か!?」


「はい! ですから無駄に死なないで下さい!」


 エステルの気迫に圧倒され、兵士は素直に従った。


「分かった! なら任せるよ! 自分は公爵様のお側にいる!」


「そうしてください!」


 再び公爵のもとへ駆け寄る兵士。

 エステルは基地を飛び出し、イフリートの前に立ちはだかった。


「どけ、女。人間といえども貴様は女。邪魔をしなければ見逃してやる」


 イフリートが炎の剣を召喚する。


「どきません!」


 エステルは両手に魔法の剣を召喚した。

 水で出来た剣で、魔法なので重さはない。

 切れ味はそこらの剣に勝る。


「我と戦うつもりか、人間の女が」


「貴方が撤退してくれないのであればそうなります」


 エステルが右手の剣をイフリートに向ける。


「貴方が女性の殺生を望まないように、私も魔人の殺生を望みません。ここで撤退してください」


「それは出来ぬ相談だ」


「そうですか……では仕方ありませんね」


 エステルは魔法で身体能力を高め、イフリートに突っ込む。

 左右の剣を巧みに振り、全力で仕留めにかかる。


 イフリートは迫り来る水の刃をいなしていく。

 そうしている内に笑みがこみ上げてきて、「なるほど」と呟いた。


「単騎で我に挑むだけのことはある。女だからと見くびった非礼を詫びよう。貴様は強い。そこらの人間より遙かに強い。だが――!」


 イフリートが大きく剣を横に振るう。

 エステルは慌てて防御態勢に入り、両手の剣でガードする。

 しかし衝撃までは殺せず、後方に吹き飛ばされた。

 派手に尻餅をつく。

 尾骨に響く痛みによって顔が歪んだ。


「所詮は人間。基礎能力が低すぎる。単騎で我を止めることなど不可能!」


 イフリートが距離を詰める。

 エステルの前で高らかに剣を振り上げた。


「名を名乗れ、女。誉れ高き貴様の名を我が剣に刻んでやる」


「私の名前はエステル。誉れ高いと言ってもらえて嬉しいですが――」


 エステルはニッと笑う。


「――勝つのは私ですよ、イフリートさん」


「ぬかせ! 防げるものなら防いでみろ!」


 イフリートが剣を振り下ろそうとする。

 次の瞬間、イフリートの頭部が宙を舞った。


「な……に……」


 くるくる回るイフリートの視界に、漆黒の剣士が映る。


 ジークだ。

 彼はイフリートの奇襲に気づき、全速力で引き返していた。


「たしかに貴方は私より強いかもしれません――」


 エステルは立ち上がり、魔法の剣を解除する。


「――ですがそれは、私と貴方が一騎打ちをした場合の話です。言っていませんでしたが、私は単騎ではありません」


「きさ…………ま………………」


 イフリートは絶命した。


「無事か? エステル」


「どうにか大丈夫です! ジークさんがあと一歩遅かったら死んでいました!」


「たしかにそうだが、俺が間に合うと信じていたのだろ?」


「もちろんです! 確信していました! だってジークさんは戦闘バカで、戦闘しか取り柄がないから! だから戦闘に関しては絶対に期待を裏切りません! 今回も流石でした!」


 ジークは「ふっ」と笑う。

 エステルに「流石」と言われて照れくさかった。

 その前に言われた「戦闘バカ」というワードは忘れた。


「ジークさん、ジークさん」


 エステルがニコニコしながら呼ぶ。

 彼女が何をしたいのか、ジークには一目で分かった。


「ハイタッチ!」


「おう」


 二人は笑みを浮かべてタッチする。


 その1時間後、戦闘は終わった。


 結果は人間側の大勝利。

 イフリートを失ったことが響いた。


 クエストはこれで終了だ。

 各ギルドのメンバーは続々と引き上げていく。


 一方、エステルとジークは、公爵のいる城に呼ばれていた。

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