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008 前線基地

 王都〈ゼスキア〉の北東に位置する公爵領。

 その中でも北東の端にある前線基地に、エステル達はやってきた。


「おっさんの言う通り押されまくってるぜ」


「ですね……」


 前線基地は国境を示す壁のすぐ外にあった。

 そこは両サイドに深い森のある草原で、テントが乱立している。

 二人がいるのはテントの中央付近。


「俺は戦闘係(アタツカー)のテントに向かおうと思うが、大丈夫か?」


「はい! 私は負傷した方の手当をしてきます!」


 エステルが「後方支援担当なので!」と首に掛けているタグを見せる。

 軍人で言うところの「衛生兵」であることを示すものだ。


 ジークはアタッカーなので青いタグを掛けている。


「また夜に話そう」


「はい! 無理しないでくださいね!」


「誰に言っている、そのセリフ」


 ジークは「ふっ」と笑いながら去っていく。


「よーし、頑張るぞー!」


 エステルは朱色の髪を後ろで束ね、駆け足で医療用テントに向かった。


 ◇


 作業開始から間もなく、エステルの周囲には人だかりができた。


「お姉さん、俺の脚も頼む。がっつりやられてしまった」


「こっちも頼む。肩の骨が粉砕した」


「俺も」「俺も」「俺もー!」


 我先にと回復を求めてやってくる。

 幸か不幸か、現在、回復魔法を使えるのはエステルだけだった。

 他の担当魔術師は、魔法の使いすぎによる魔力切れで休憩中だ。


「任せてください! すぐに治しますからねー!」


 エステルは回復魔法を惜しみなく使う。

 魔力を大盤振る舞いしようとも問題なかった。

 なぜなら魔力の絶対量が常人より遙かに多いから。


 魔力の絶対量――通称「魔力量」は生まれ持っての素質だ。

 遺伝することはなく、性別や年齢なども関係ない。

 後天的な努力で増やすことはできず、その多寡は運によってのみ決まる。


 エステルが魔法を乱発できる理由は他にもあった。


 後天的な努力によって魔法技術を高めているからだ。

 同じ魔法でも、使い手によって効果の強弱や魔力の消費量が異なる。


 エステルの場合、魔力の消費量を抑えるのが上手だった。

 魔法の効果自体は「優秀」レベルだが、魔力の節約技術は「天才的」だ。

 ついでに言うと、使える魔法の種類は多く、応用力にも秀でている。

 魔術師学校を首席で卒業した経歴は伊達ではない。


「すごいよあの子、一人で何百人分もの仕事をこなしている……」


「しかも笑顔を絶やさない……天使かよ」


 エステルの存在は、傷だけでなく心の回復にも繋がった。

 笑顔で頑張る彼女を見ていると、落ち込んでいた士気が高まっていく。


「さぁ国の為に戦うぞー」


「おうよ! 魔族なんかに負けられっかよ!」


 回復した兵達が続々と出て行く。

 その際、誰もがエステルに感謝の言葉を述べた。


「他に怪我をされた方はいますかー?」


 エステルが周囲を見渡す。

 彼女と軍医の男以外は残っていなかった。


「いえ! もう誰もいません! お見事でした!」


 軍医が拍手を送る。

 その時、テントに指揮官がやってきた。

 優しい顔つきをした小太りのお爺さんだ。


「君が凄腕の回復術師か」


「はい! エステルと申しま……って、ええええ!?」


 エステルは指揮官の顔を見て驚いた。


「こ、公爵様じゃありませんか!」


「いかにも。公爵のシュテンバーグじゃ」


 相手は国王に次ぐ権力者だった。


「ど、どうして前線基地に!? 危険ですよ!?」


「凄腕の魔術師が医療用テントで腕を振るっていると聞いて居ても立っても居られずすっ飛んできたのだ」


「本当ですか!?」


「そんなわけなかろう」


 シュテンバーグ公爵が、かっかっか、と笑う。


 エステルは「ですよね」と舌を出して頭を掻く。

 恥ずかしかった。


「儂はこの基地の司令官だ。陣頭指揮を執っておる」


「え、公爵様が自らですか!?」


「自分だけ安全な場所でふんぞり返るなど出来ん。といっても、他の職務もあるから、しばしば部下に指揮権を委譲して離れることになるのだが」


「それでもご立派なことだと思います! 普通は出来ませんよ! 凄いです!」


 シュテンバーグは官民のどちらからも慕われる人格者だ。

 汚職に手を染めず、常に国や民のことを考えて行動している。

 エステルにとって、公爵は尊敬に値する人間だった。


「じきに他の回復担当が戻ってくる。君は城で休んでいるといい。それだけの働きをしたのだ。儂が手配しておこう」


 テントの外にいる部下を呼ぶため手を挙げようとする公爵。

 それをエステルが「いえ!」と止めた。


「私は此処に残ります! まだ仕事は終わっていないので!」


「働き過ぎはよくないぞ?」


「このくらい大丈夫ですよ! それに、今回はたくさん働いて稼がないといけないのです! 赤いクエスト票は働いた分だけお金が貰えるので、たくさん働いてたくさん稼がせてもらいますよ!」


 公爵が声に出して笑う。


「そうかそうか。なら無理のない範囲で頼む」


「お任せあれ!」


 公爵が去っていく。

 それからしばらくして、基地内に角笛の音色が響いた。


 出陣の合図だ。

 テントで休んでいた兵士やギルドメンバーが集まる。

 その中にはジークの姿もあった。


「立て直しは完了した! 前方にある魔族の基地をぶっ潰すぞ!」


 将軍――甲冑に身を纏った騎士――が剣を抜く。


「「「おおー!」」」


「では出陣!」


 将軍が敵軍に向かって剣を向ける。

 ジーク達は、基地を飛び出して進軍を始めた。


 魔族側も黙ってはいない。

 直ちに隊を編成し、基地から打って出る。


 ――数分後、両軍は草原で衝突した。


 戦況は一進一退の膠着状態。

 数は人間が勝っているけれど、質は魔族に分がある。

 人間と魔人の血がいたるところから噴き上がった。


「ジークさん、死なないで……!」


 基地の中から祈りを捧げるエステル。


 その祈りが届いたかは不明だが、ジークは無事だ。

 無事どころか獅子奮迅の大暴れである。


 戦闘に関してのみ、彼は誰よりも秀でていた。

 他はお粗末だが、剣の腕だけは非の打ち所がない。

 純粋な戦闘力ならエステルをも凌ぐ。


「死にたい奴からかかってこい!」


 ジークの駆け抜けた後に魔人は残らない。

 漆黒の鎧、混じりけのない黒髪、そして黒い刀身の大剣。

 大好きな黒で固めた彼の姿は、味方を鼓舞し、魔族を震え上がらせた。


「「「ひぇぇぇぇぇぇ」」」


 ジークから距離を取る魔人の軍勢。

 それを見た指揮官が舌打ちをする。


「ええい、カス共が! もういい、俺が相手をしてやる!」


 魔族の将軍がゾンビの馬から飛び降りた。

 鍔の部分がドクロになっている禍々しい剣を取り出す。


「そこの黒い剣士、お前はこのエルム・ダークが直々に相手をしてやる」


「ふっ、なかなか楽しませてくれそうだな。まずは5割の力でいくぜ」


 ブンッと剣を振るうジーク。


「なっ、速――ッ」


 エルム・ダークは一太刀で首を刎ねられて死んだ。

 登場シーンが唯一にして最大の見せ場になってしまった。


「エルム様がやられた……!」


「そんな……エルム様が……」


「おしまいだぁぁぁぁ!」


 魔族の軍勢が一気に崩れる。


「追撃するぞ!」


 ジークが剣を掲げる。

 しかし、将軍は同意しなかった。


「撤退するぞ、立て直しが必要だ」


「なっ――」


 振り返るジーク。

 大半の兵士が負傷していることに気づいた。


 将軍の言う通り、立て直しが必要だ。

 無理に攻めれば多くの兵が命を落とす。


「ここからがいいところだったのに、クソッ」


 ジークは地面に転がるエルム・ダークの頭を持って帰路に就く。


「君のおかげで大打撃を与えることができた、ありがとう」


 将軍がジークの傍へ行って感謝の言葉を伝える。


 対するジークは「ふっ」と笑うだけ。

 本当はニヤニヤしたかったが、表向きはクールを装う。

 彼は俗に言う「中二病」を患っているタイプなのだ。


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