007 赤いクエスト票
ギルドの存続率は飲食店よりも低い。
気軽に創設できる一方、差別化が難しいからだ。
上位ランクになれば別だが、そこに至るまでが本当に厳しい。
そんな中、〈YMHカンパニー〉の滑り出しは大成功だった。
暇だったのは初日だけだ。
日が経つにつれて、かつてのお得意様で溢れるようになった。
そして、ギルド始動から1週間――。
エステルが不当解雇に遭ってから2週間目の今日――。
セントラルから通知書が届いた。
「準備はいいか? 見るぞ」
ホームの広場で、ゴリウスが真顔で通知書に目を通す。
エステルとジークは鼻息を荒くしながら見守った。
「書かれているのは――」
ゴリウスの顔が緩んでいき、ニパッと笑った。
「――功績を認めてEに昇格だってよ!」
「「うおおおおおおおおおおおお!」」
〈YMHカンパニー〉、早くも昇格。
初仕事から1週間で昇格するのは超ハイペースといっていい。
FからE、EからDに昇格できなくて消えていくギルドが大半なのだ。
「やりましたね! ゴリウスさん! ジークさん!」
「ま、当然と言えば当然だろう」
ジークが、ふっ、と鼻先で笑う。
「昨日まで大忙しだったしなぁ」と、ゴリウスも頷いた。
エステルが「ごめんなさい」と苦笑い。
「謝るこたないさ。お前さんのおかげで昇格したんだからよ」
〈YMHカンパニー〉の顧客は大半がエステルを指名した。
他のギルドじゃ満足できないから頼むよ、と。
しかし、エステルだけでは対応速度に限界がある。
そこで、ゴリウスとジークがヘルプに回っていた。
エステルに届く依頼の中でも、魔法を使わないものをこなす。
彼女のことをよく知る二人の仕事ぶりは完璧で、客も文句を言わなかった。
「仕事も落ち着いたし、昇格記念ってわけじゃないんだけどな――」
ゴリウスが懐を漁る。
「ボーナスですか? ボーナスですか!?」
「ハゲにしては気が利くぜ」
ゴリウスは「ちげぇよ」と言って、クエスト票を取りだした。
通常のクエスト票が白色なのに対し、そのクエスト票は赤色だ。
「ボーナス代わりの仕事だ。がっつり稼いでギルドに貢献してくれ」
エステルとジークは露骨に顔を歪めた。
「えー、嫌ですよ、国の仕事じゃないですか」
「戦場に駆り出されるなんて気が乗らないぜ」
赤色のクエスト票は国からの依頼で、内容は決まっている。
戦争に加勢することだ。
戦争の相手は――魔族。
俗に「魔人」と呼ばれる種族のことだ。
角と尻尾を生やした人型の存在で、人間と同じ言葉を話す。
混同している者も多いが、魔族と魔物は別物であり仲間ではない。
この世界では、人間と魔族が領土争いを繰り広げている。
世界の大半が魔界――つまり、魔族の領土だ。
人間の領土こと人界は、大陸の南西の隅に追いやられていた。
領土を持つ人間と魔族。
倒しても倒しても同じ場所に現れる魔物。
大きく分けてこの三者が敵対している世界なのだ、ここは。
「気が乗らねぇのは分かるが、ギルドランクを上げる為だ」
赤いクエスト票にはランク制限がない。
報酬の多寡は成果で決まる仕様だ。
活躍すればするほど報酬が増える。
また、普通のクエストに比べて昇格しやすいという特徴があった。
低ランクのギルドが手っ取り早く昇格するにはもってこいなのだ。
エステルとジークは赤いクエスト票が嫌いだ。
魔人が人間によく似た種族だから。
人の言葉を話す人型の敵を殺すのは気が滅入る。
「どうしても行かないと駄目なんですか?」
「どうしてもではないが、出来れば行ってもらいたい。今回は領土拡大の為の戦争ではなく、領土を守る為だからな」
「領土を守る為? どこか危ない状況なのですか?
「公爵領だ。このままだと数週間以内に国境を突破される。そうなったら緊急事態宣言が発令され、しばらく赤伝票しか見られなくなるぞ」
「それは嫌だ、絶対に嫌です!」
「だろ? だから頼むよ」
「そういうことでしたら仕方ありませんね……」
渋々と承諾する。
「俺もかまわないけど、おっさんはどうするんだ? 来ないのか?」
エステルやジークと違い、ゴリウスは赤いクエスト票が好きだ。
彼は愛国心に満ちており、率先して国の為に戦う。
考え方はギルドの人間よりも軍人のほうが近かった。
それでも軍に入らないのは、人に命令されるのが嫌だからだ。
だからギルドの人間として、赤色のクエストを積極的にこなす。
「俺も同行したいが、ちと野暮用でな」
「愛国主義のおっさんが国の一大事より優先する野暮用ってなんだ?」
「家族で過ごそうぜ週間なのさ」
「ああ……そうだったな、悪い、失念していたぜ」
ゴリウスは幼い頃、戦争で全てを失った。
大好きな両親、自分を慕っていた妹、思い出の家。
それらが魔人の攻撃によって一瞬にして消え去った。
だからゴリウスは、この時期になると1週間ほど引きこもる。
家の中で泣きじゃくり、抜け殻のように暮らす。
そうやって心の中に住む家族と過ごしている。
「つーわけで、今日から1週間はギルドを閉める。お前達はその間、俺に代わってお国の為に働いてきてくれ」
「分かりました! お任せ下さい!」
「はいよ」
「戻ったら盛大に昇格パーティーだ! 死ぬんじゃねぇぞ!」
「私は後方支援なんで大丈夫でーす!」
「俺だって問題ないぜ、最強だからな」
クエスト票を受け取ったエステルは、ジークと共に街を出た。