006 数字が全て
アンドレイの予想は的中した。
「Dランク、Cランクの冒険者は是非ご指名ください! Sランクギルド〈ホワイトスターダム〉が助っ人・引率を担当いたします!」
「Sランクギルドの精鋭にクエストを依頼できるチャンスですよ! ただいま冒険者専用となっておりますので、冒険者の方は是非是非ご利用くださいませ!」
このような宣伝がセントラル中で起こり、そこへ冒険者が群がる。
「あの、よかったらウチのギルドに依頼を……」
「あんた〈ホワイトスターダム〉の人?」
「いえ、ウチはDランクギルドの……」
「だったらいいよ。だってSランクギルドが募集してるんだから!」
冒険者は他所のハイエナに目もくれず、〈ホワイトスターダム〉に依頼する。
「うお! 本当にSランクギルドがハイエナしてる! 俺も依頼しよっと!」
「俺もだ! こんなチャンス滅多にねーぞ!」
「Sランクなんて普通は空いてないか割増料金取られまくりだしな!」
セントラルにSランクギルドのハイエナがいるとの情報が広まり、多くの冒険者が依頼しようと駆けつけてきた。
まさに大繁盛だ。
◇
冒険者が喜んでいたのは、依頼内容が開始されるまでだ。
依頼の発注を終えて狩場に着くと、期待は絶望に変わった。
「あの、休憩を……」
「休憩なんかしている暇ないですよ! そもそも疲れていないでしょ。敵は全部俺が倒しているんだから。ほら、走って走って」
依頼人である冒険者らの出る幕はない。
〈ホワイトスターダム〉の人間が率先して無双するのだ。
「すみません、俺達が依頼したのは支援であってアタッカーじゃないんです。自分達で戦わないと意味が無いので、支援を……」
「それじゃ効率が悪いでしょ! 効率を意識して!」
「効率って、そんな……」
どこも同じような状況だった。
自分達の意思は尊重されず、ひたすら効率重視で進められる。
「これで終了だね。お疲れ様。また依頼してねー」
クエストが終わったら即解散だ。
依頼人の言葉など聞かないし、聞いている余裕もなかった。
「二度と依頼するかよ……」
冒険者らは不満の言葉を呟いた。
◇
冒険者特化に方針を転換した1週間後――。
「やっぱり俺は経営の天才だな」
アンドレイはマスタールームで一人ニヤけていた。
収益が過去最高を記録したのだ。
利益率と回転率に秀でた冒険者関連の依頼に特化したおかげだ。
収益をまとめた資料が右肩上がりを示している。
大好きなグラフは、紙をぶち抜きそうなくらいに伸びていた。
「数字こそ正義! 稼いでいる奴が一番偉いんだ!」
アンドレイが高らかに笑う。
◇
その頃、セントラルでは――。
「冒険者専用でクエスト受け付けてまーす! Sランクギルド〈ホワイトスターダム〉にご依頼くださーい!」
今日も今日とて〈ホワイトスターダム〉がハイエナに励んでいる。
しかし、先週に比べて人が寄りついていない。
「お、そこの冒険者さん! ここに来たってことはクエストの発注だよね? 俺を雇ってくれない? Sランクギルド〈ホワイトスターダム〉に所属しているよ!」
声を掛けられた冒険者の二人組が眉間に皺を寄せた。
「あんたらに依頼する仕事なんかねぇよ」
吐き捨てるように言う。
「えええ、なんで? Sランクギルドだよ? 当日受付のSランクなんてレア中のレアだよ。他所じゃ数日待ちとかだよ?」
「でもあんたらに依頼したら勝手にサクサク進むじゃん。休憩もしねぇし」
「ま、まぁ、そうだけど……」
「あんたらを雇うのに稼ぎの半分を吐き出すんだぜ。なのに得られるものが何もない」
「そんな……! お宝を売ったお金とか……」
「金がほしけりゃ自分達だけで狩ったほうが儲かるんだよ。あんたらを雇うのは、自分達の実力を向上させたいからだ。強い人にサポートしてもらったら、普段より厳しい相手とも戦えるだろ? そうやって成長するもんじゃないか。なのに〈ホワイトスターダム〉の奴らときたらどうだ。効率効率って喚きながら自分勝手に倒していく。これじゃ成長できねぇよ」
「えっと、それは、その……」
「あんたらのギルド、冒険者の間じゃ評判悪いぜ」
二人組は「じゃあな」と去っていく。
そして、Cランクギルドにクエスト票を渡した。
この時、〈ホワイトスターダム〉のメンバーは思った。
やっぱりな、と。
アンドレイと違い、ギルドのメンバーは現場の人間だ。
冒険者から忌避されるであろうことは最初から分かっていた。
だからこそ、なのだ。
彼らがアンドレイに従って積極的に動いているのは。
ギルドに対する忠誠心など誰も持っていない。
むしろ日頃のブラック環境に嫌気が差し、転職の時期を伺っていた。
このギルドは長くないな、と思っている。
だからこそ、アンドレイに従う。
だからこそ、稼げる間に稼ぎまくる。
そして、頃合いを見計らって転職するつもりだ。
ギルドがどうなろうが知ったことではない。
彼らがこんな風に動けるのは固定客がいないから。
エステルであれば信用を裏切ることになるが、彼らは問題ない
好き放題にやろうが落胆して離れていく者はいないのだから。
冒険者との関係にしたって、他所に転職すればリセットされる。
あれはギルドの方針で仕方なかった、といえばそれでおしまいだ。
とはいえ、中には真面目なメンバーもいた。
このままではまずいですよ、とアンドレイに進言したのだ。
しかし、アンドレイは聞き入れなかった。
彼にとって、現場の意見などどうでもいいのだ。
大事なのは資料に書かれた数字である。
数字が好調である限り、現場がどうであれ好調なのだ。
アンドレイが慌てるのはもう少し先のこと。
そう、取り返しがつかなくなった後のことなのだ――。