004 本領発揮
レッドPTのクエストを受注したエステルは、彼らと共にDランクダンジョン〈キングスパイダーの巣〉に来ていた。
湿度の高いじめじめした一本道の洞窟で、最奥部に宝箱があり、ボスが棲息している。
レッドらの目的はボスの討伐とお宝だ。
「エステルちゃんって彼氏いたことないの? 今までで一度も?」
「いやぁ……はい、そうなんです……」
「可愛いのにありえねー! 俺なんかどう? 街に戻ったら一緒にメシ行こうよ! メシ!」
グリーンはひたすらにエステルをナンパしていた。
話す度、目に掛かる長さの髪を掻き上げる。
「お気持ちはありがたいのですが、ご期待にお応えするのは難しく……」
「グリーン、だっせー! 振られてやんの!」
「緑の髪が悪いんだよ。そんな色でイケるわけねぇだろ、染め直せよ」
レッドとブルーが茶化す。
グリーンは「うるせぇ」と笑った。
チャラチャラしているが、彼らは油断していない。
右手に剣を握り、フォーメーションを維持している。
前衛にレッドとブルー、後衛にグリーンとエステルだ。
(愉快な人達だなぁ)
エステルは彼らと一緒にいて嫌な気はしなかった。
グイグイこられて困惑することはあるけれど。
色々な人と話せるのがギルドの楽しみだ、と彼女は思っている。
「エステルちゃんって魔術師なんだろ? 杖は使わないの?」
レッドが背を向けたまま尋ねる。
「はい! 私は素手で魔法を使うんです!」
「なんで? 杖を使ったほうが魔法の威力が上がるじゃん」
「それは――」
話が中断される。
前方にキングスパイダーの群れが現れた。
全長1メートル級の蜘蛛型モンスターだ。
「おらぁ!」「せいっ!」
レッドとブルーがすかさず攻撃。
グリーンはエステルの後ろに移動して背後からの奇襲を警戒。
エステルは三人を同時に監視する。
「シュパァ!」
キングスパイダーが酸の糸を吐く。
コレに命中すると皮膚が溶けて大変なことになる。
「食らうかよ、そんなの!」
レッドはスッと回避して反撃に転じる。
この時、彼は見落としていた。
別の蜘蛛が足下に酸の糸を仕掛けていたことを。
このままだと糸を踏んでしまい、足を負傷してしまう。
(危ない!)
エステルは静かに防御魔法を発動する。
彼女の手から光の粒子が放たれ、酸の糸に付着する。
糸は静かに蒸発した。
(こっちも!)
同様の問題がブルーにも起きている。
エステルだけが気づいていた。
彼女はこれに対しても何食わぬ顔で対処する。
「ふぅ! 楽勝だったな!」
「数が多くてどうなるかと思ったが余裕だったな!」
レッドとブルーが敵の殲滅を終える。
二人は助けられたことに気づいていなかった。
「後ろも問題ない」
と、グリーンが言って戦闘が終了した。
「今の戦闘でも余裕なら、エステルちゃんの出番ないかもなぁ!」
レッドがチラリとエステルを見てニッと笑う。
「エステルちゃんラッキーだな、同行するだけで報酬ゲットだぜ!」
ブルーも上機嫌だ。
「皆さんのおかげで報酬泥棒しちゃってます! すみません!」
「ははは、言うねー! 面白いよ、エステルちゃん!」
エステルも合わせて笑う。
絶対に出しゃばらず、常に依頼人ファーストの姿勢を貫く。
依頼人に満足してもらうことが何よりも大事だから。
これがエステルの好かれる所以だ。
◇
順調に魔物を駆除していき、いよいよ最奥部に到着。
最奥部はこれまでと打って変わって広い空間になっていた。
100メートル四方はあろうか。
高さも20メートル程あり、天井が見えない。
キングスパイダーのボスは天井にくっついていた。
全長5メートル級で、口を素早く動かしている。
ボスの他にも道中で遭遇したタイプの雑魚が20体。
「今日はなんだか調子がいい、このまま押し切るぜ!」
「Dランカーの強さを見せてやるよ!」
「この戦いには俺も加わる。レッド、ブルー、いくぞ!」
「「おう!」」
グリーンが札を取り出す。
魔法札と呼ばれる物で、その名の通り魔法効果を持つ札だ。
「燃えろ!」
ボスに向かって札を飛ばす。
「シュパァイダァ!」
対するボスは酸の糸で迎撃。
札は糸に絡まり、空中でボッと燃える。
炎はボスに届かず、糸の燃えカスが雨のように降り注いだ。
「グリーン、ボスはお前が倒せ! エステルちゃんはグリーンのカバーを! 俺達は雑魚を倒す!」
「分かりました!」
レッドの指示でPTが展開していく。
「シュパァ!」
ボスが天井から降ってきて、グリーンの前にドンッと着地した。
雑魚も次々と降ってくる。
「自ら降りてくるとは愚かな奴! 見ていてエステルちゃん、これが我が剣術――グハァ!」
話している最中にグリーンはやられた。
ボスに足で払われ吹き飛ばされたのだ。
「グリーンさん!」
「大丈夫、幸いにも軽傷だぜ!」
グリーンが親指をグッと立てる。
彼が軽傷で済んだのはエステルが防御魔法で守ったからだ。
もちろん彼は気づいていなかった。
「「エステルちゃん!」」
レッドとブルーが叫ぶ。
ボスがエステルを襲おうとしていた。
「私は大丈夫です! 気にしないで下さい!」
ボスの攻撃をひょいひょいと避けるエステル。
最小限の動きに留めるべく、当たる寸前での回避に徹底する。
そんな彼女の動きを見ていて、レッドらは気づいた。
「なんだあの動き……」
「エステルちゃん、もしかして本当に……」
「Sランク……なのか……?」
エステルは攻撃を回避しつつ、レッドらを魔法で守る。
その気になればこの場の敵など一瞬で倒せるが、そうはしなかった。
ふざけているからではない。
ここでの主役が自分ではなくレッド達だと思っているからだ。
今回の依頼内容は、後方支援。
敵を倒すのではなく、仲間を守ることだ。
故に彼女は支援に徹する。
とはいえ、このままでは危険だった。
レッドらの実力だと、この場は荷が重い。
「レッドさん、撤退しませんか? このままだと厳しいです!」
「いや、ここまできて撤退はしたくない……」
「でも危険ですよ! 本当に大丈夫ですか?」
レッドは敵と戦いつつ「ぐぬぬ」と唸る。
悩んだ末に、彼は苦悶の表情で言った。
「エステルちゃん、質問してもいいか?」
「はい」
「俺達の代わりに敵を倒してくれって言ったら倒せる?」
「それはもちろん可能ですが、いいのですか? 私は皆様の支援をするために雇われたのに」
「助っ人に寄生するのは冒険者の名折れだが、ここまで来て宝箱を諦めたくはない。だから恥を忍んで頼む! 俺達の代わりに敵を倒してくれ!」
「分かりました!」
エステルが自らに課していた制約『攻撃するな』を解除する。
「では戦わせていただきます!」
次の瞬間、彼女の体は宙に浮いた。
全身から神々しい光が溢れ出す。
「えいやー!」
エステルの体から全方位に光の矢が放たれる。
矢はその場にいる全ての雑魚を貫き、一瞬にして倒した。
「「「すげぇ……」」」
レッドらが愕然とする。
「レッドさん、ブルーさん、グリーンさん、あとはお任せします!」
雑魚は駆逐したが、ボスはまだ生きている。
「エステルちゃん、なんでボスを倒さないんだ?」
「主役は皆さんだからですよ!」
レッド達がハッとする。
「エステルちゃん……」
「俺達の為にわざわざ……」
「安心して戦って下さい! 私がしっかりサポートしますから!」
「よし! 頑張ろう! ボス退治だ!」
「「「うおおおおおお」」」
三人が突っ込んでいく。
ボスも負けじと迎え撃つ。
そして――。
「勝てた……」
「辛かったぜ……」
「もう限界だ……」
10分近い激闘の末、どうにかボスを倒すことができた。
「おめでとうございます!」
エステルは満面の笑みで拍手を送る。
レッドらも嬉しそうにニッコリした。
◇
宝箱を回収し、四人は街に戻った。
〈YMHカンパニー〉のホームへ行き、エステルの部屋で話す。
レッドら三人はソファに並んで座っている。
来客用のソファなので、中古ながら綺麗だ。
その向かいにあるエステルのソファはオンボロである。
「エステルちゃん、ありがとうな」
PTを代表してレッドが感謝の言葉を伝える。
「いえいえ、最後の最後で出しゃばっちゃってごめんなさい!」
「そんなことないって! エステルちゃんが無双してくれたおかげで無事だったんだから! それにボスと戦わせてくれたし!」
ブルーが笑みを浮かべる。
「いやぁ、身の程を弁えずに口説こうとしてすんませんでした!」
グリーンが深々と頭を下げ、テーブルに額をこすりつける。
「そんな、謝らないで下さい! すごく嬉しかったです!」
しばらくの間、四人はそこで雑談を楽しんだ。
こうして顧客と話すのも大事なことだとエステルは思っている。
それに彼女自身も話すのが好きだった。
「あまり長居すると悪いから俺達はそろそろ退散するよ」
キリがいいところでレッドが立ち上がる。
ブルーとグリーン、エステルもそれに続いた。
「初めてのご依頼、本当にありがとうございます! ご満足していただけましたか?」
「もちろん! 最高だった! 俺達はヘボだけど、よかったらまた依頼させてもらってもいいかな?」
「もちろんです! またお供させてくださいね!」
エステルはレッドらと共にホームの外へ向かう。
「じゃあ、またね、エステルちゃん!」
「はい!」
エステルが深々と頭を下げる。
レッド達が夕日に向かって消えていく。
彼らの後ろ姿が見えなくなるまで、エステルは頭を上げなかった。
「相変わらず完璧な接客だな」
ホームの扉が開き、ゴリウスが出てくる。
「お客様の笑顔が元気の源ですから!」
ゴリウスは「まぁな」と笑う。
「なぁエステル、今日はこれから暇か?」
「暇です!」
「だったら二人でしゃれた店にでも行かないか?」
「お洒落なお店に? どうしてですか?」
「どうしてってそりゃお前……いや、なんでもない。やっぱりいつもの酒場にしよう。ジークも誘って三人で」
「分かりました! その前に家でシャワーを浴びてきますね! 汗でベトベトなんで!」
「おう、そうしてくれ」
「それではお先に失礼します! またあとで!」
エステルがルンルンと上機嫌で帰って行く。
「アイツにとって俺はただの同僚なんだよなぁ、どうやっても」
ゴリウスは大きなため息をついた。