031 リヴァイアサン
船から数メートルの海に、リヴァイアサンがいた。
全長何メートルかも分からない巨大過ぎる巨大な蛇。
船の帆よりも更に高い位置から、船員達を見下ろす。
「討伐隊の皆さん、お願いします! 我々も大砲で攻撃します!」
船長の男が言う。
この言葉が合図となり、戦闘が始まった。
「うおおおおおおお!」
「死ね! リヴァイアサン!」
「仲間の仇は俺が討つ!」
数多のギルドから派遣された腕自慢が攻撃する。
矢や魔法といった遠距離攻撃をリヴァイアサンに浴びせていく。
「エステル、どうすればいい?」
セドリックは指示を仰ぐ。
「他の人と一緒に弓で攻撃してください!」
「心得た!」
「その代わり、手すりにはあまり近づかないでください。戦闘になると船はすごく揺れます。落ちてはいけませんので!」
「だったら体にロープを巻いて帆柱にくくりつけるか!」
「あはは。それは名案ですね。ですが、それはそれで危険なのでダメです。ロープをくくりつけるなら手すりにしてください!」
「分かった! 手すりの前は既に人で埋まっているからロープは無しでいく! エステル、君はどうするつもりだ?」
「私は魔法でこの船を支援します!」
「了解! 死ぬなよ、エステル!」
「ランドさんこそ!」
セドリックは頷き、弓を持って走りだす。
「ヴォオオオオオオオオ!」
リヴァイアサンが口から水の砲弾を吐く。
それは帆船の甲板ど真ん中へ迫ってくる。
「させない!」
エステルが風魔法で壁を作って弾く。
水の砲弾は船から逸れて海に着弾した。
その衝撃で大きな波が立つ。
船がぐらんぐらん揺れた。
「ぎゃああああああああああ」
何人かが船から落ちる。
助けようがない。
「この!」
人間側の攻撃が激化する。
ようやく準備の出来た大砲が火を噴いた。
「えいやっ」
エステルは風魔法で砲弾の軌道を修正する。
本来なら逸れていたはずの砲弾がリヴァイアサンに命中。
「グォオオオオオオオオオオ!」
リヴァイアサンが仰け反った。
「よっしゃ! 命中したぞ!」
「お前、砲撃のセンスあるな!」
「軍に入れるかもしれないぜ!」
エステルの魔法に気づいていない砲手達が歓喜の声を上げる。
だが、戦いはまだ終わらない。
「次の攻撃が来るぞ!」
誰かが叫んだ。
リヴァイアサンが天を仰いでいる。
大きく開かれた口には渦巻く水の塊が垣間見えていた。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオ!」
溜めに溜めた攻撃が放たれる。
最初の攻撃とは威力が段違いだ。
(これは弾けない……!)
瞬時にそう判断したエステル。
そこで彼女は船の速度を上げることにした。
(間に合って!)
帆や波に強烈な風を送って、船を強引に進める。
しかし、船というのはすぐに加速するものではない。
間に合わなかった。
爆発音のような轟音が響く。
船の一部に命中してしまった。
それでもまだマシなほうだ。
エステルがいなければ直撃していた。
その場合、船は木っ端微塵になっていただろう。
「船に穴が空いたぞ! 補修急げ!」
船長が指示を出す。
クルー達は木の板と大工道具を持って船内に向かう。
「リヴァイアサンが溜めているぞ! 次の攻撃が来る前に倒せ!」
攻守交代だ。
ここで敵の攻撃を阻止できるかどうかで命運が決まる。
「クソッ! 思ったより酷い! 浸水を止められねぇ!」
船内から悲鳴のような声が聞こえる。
(次の攻撃まで時間がある。まずは船を直さないと!)
エステルは船内に駆け込んだ。
適当なクルーに破損箇所を確認して、そこへ直行。
「ダメです! 止まりません!」
「クソ! 止まってくれ! こんなところで死にたくないんだよ!」
その場にいるクルー達が悲鳴を上げている。
唯一悲鳴を上げていないのはドレイクことアンドレイのみ。
彼だけはどこか冷めたような目で見ていた。
「協力します! 任せてください!」
到着するなりエステルが言った。
彼女はクルー達の返事が来る前に魔法を使う。
大きな穴から流れ込んでくる水が止まった。
「すごい、浸水が止まったぞ!」
「あんたすごいな! 何者だ!?」
歓声が上がる。
アンドレイは何か妨害しようと考えた。
しかし、できることは何もない。
舌打ちして眺めることにした。
「これは一時的なものです! 今の内に補修してください! 私は甲板に戻って次の攻撃に備えないといけないんです! 急いで!」
「あ、ああ、そうだな! お前ら急げ! 板を打ち付けろ!」
クルー達が慌てて補修に取りかかる。
だが、今度は別の場所で浸水が始まった。
幸いにもそちらはエステルがいなくても大丈夫なレベルだ。
「俺達はあっちにいく! 残りは新入り、お前がやれ! できるな!?」
新入りとはアンドレイのことだ。
「は、はい、できます!」
アンドレイは帽子で目元を隠したまま答える。
そして、他のクルーから金槌と釘を受け取った。
「板は私が持ちますので、釘を打ってください!」
エステルが言う。
(俺に指示するなよ、このクソ女)
と思うアンドレイだが、今はそうも言っていられない。
こんなところで死にたくないのは彼も同じだ。
「わ、分かりました」
俯いたまま答えて補修作業を始める。
(こいつ……俺に気づかないのか?)
アンドレイは作業をしながらちらちらエステルを見る。
彼女は気づいていなかった。
早く甲板に戻らないと、ということで頭がいっぱいだったのだ。
ドゴォ!
甲板から重い音が響く。
ここからでは様子が分からない。
「私、様子を見てきます! あとは一人で大丈夫ですか!?」
「大丈夫……」
「では頑張ってください! 失礼します!」
エステルは駆け足で甲板に向かう。
(あの女……)
アンドレイはエステルの後ろ姿を見つめる。
必死に走り回る彼女を見ていると、馬鹿らしくなってきた。
彼女に対して勝手な敵対心を抱いていることが。
「俺は本当にこのままでいいのか?」
アンドレイは自問自答しながら船の補修を続けた。
◇
エステルが甲板に戻ると、そこにはリヴァイアサンの姿があった。
人間の猛攻に耐えきれず、甲板の上に倒れ込んだのだ。
しかし、まだ死んではいない。
「チャンスだ! 仕留めろ!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおお!」」」
誰もが剣を抜いてリヴァイアサンに斬りかかる。
だが、致命傷を与えることができない。
リヴァイアサンの鱗は分厚くて頑強なのだ。
それでも、ダメージは確実に入っている。
着実に命の炎が弱まっていた。
「キュィィィン」
リヴァイアサンが甲高い声で鳴く。
死にかけの合図だ。
「もう少しだ! 立て直される前にトドメを刺せ!」
一気に畳みかける。
そして――。
「これでトドメだぁ!」
帆柱の頂上からセドリックが飛び降り、愛用の剣をリヴァイアサンの額に突き刺した。
「やったか!?」
誰かがよろしくない言葉を口にする。
その言葉通り、やっていなかった。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
リヴァイアサンが最後の抵抗を始めたのだ。
倒れていた体を起こし、垂直に体を伸ばす。
そして、リヴァイアサンの額には――。
「まずいまずいまずい! うわぁあああああ!」
――セドリックの姿が。
両手で剣のグリップを握り、必死に耐えていた。
 




