003 ハイエナ
エステルが不当解雇に遭った1週間後――。
「ここが俺達のギルドホームだ!」
「わー! すごく狭ーい!」
「それにボロすぎだぜ。おっさんもっと頑張れよ」
「仕方ねぇだろ。いい物件は空いてねぇもんなんだよ」
〈YMHカンパニー〉の三人はギルドホームに来ていた。
築50年を超える木造の平屋だ。
床は安物の石が使われていて、靴の上からでもざらついていると分かる。
設置されている家具はゴリウスが仕入れた中古品。
どれも年季が入っていた。
間取りは一般的な小規模ギルドと変わらない。
扉を開けてすぐの空間に受付カウンターがある。そこには使い勝手の悪い小さなキッチンが備わっていた。
受付の奥には個室が5部屋。執務室と応接室を兼ねたものだ。
この場所が、これからの職場となる。
「ここは俺が使うぜ」
建物に入る扉から真っ直ぐ突き当たりに見える部屋を選ぶゴリウス。
彼はその部屋に近づくと、バンッ、と紙を貼った。
汚い字で「マスタールーム」と書かれている。
「じゃあ私はこの部屋をいただきまーす!」
エステルは左端の部屋を選んだ。
「なら反対の端は俺がいただくぜ」
と、ジークは右の部屋へ。
「部屋は決まった。必要な物も揃っている。よし、ギルド始動だ!」
ゴリウスの言葉に、エステルとジークは「おー」と右手を突き上げた。
◇
――1時間後。
3人は受付カウンターのある広場に集まっていた。
順番待ちの客が利用することを想定した長椅子に並んで座る。
「全然来ねぇじゃねぇかよ、客!」
ゴリウスが吠える。
「やる気だけあっても依頼がなかったら仕事できませんよぉ」
エステルは大きなあくびをする。
退屈から眠くなっていて、目から涙が出た。
「お前ら、前の職場にいた固定客はどうしたんだ? こういう時、普通はお得意様を引っ張ってくるもんだろ」
ジークが尋ねる。
「なーんも言ってねぇ」
「私はいきなりクビになっちゃったんで……」
「やれやれ、使えない奴らだぜ」
「そういうお前さんはどうなんだよ」
「俺の場合は声を掛けたくても掛けられないだろ。ランクが合わない」
「そうか、〈YMHカンパニー〉はできたてだからFランクだった。受注できるクエストは二段階上のDランクまでだ」
「そういうことだ。お前らとはワケが違うぜ」
ジークは戦闘を専門としている。
というより、戦闘しか取り柄のない男だ。
よく「戦闘バカ」と言われていた。
彼のお得意様は、魔物退治や護衛を依頼する。
それらの任務は危険なので、ランクは低くてもCだ。
〈YMHカンパニー〉では受注することができなかった。
「仕方ねぇ、セントラルまで仕事を取りに行くか」
ゴリウスが立ち上がる。
セントラルとは、国が運営するギルド関連の組織だ。
クエスト伝票の作成及びクエストとギルドのランク付けを行っている。
その為、セントラルで待ち構えていれば出会えるのだ。
クエストを発注したがっている人間に。
「ハイエナ行為は俺のプライドが許さないぜ」とジーク。
「私も気乗りしません!」
「プライドでメシが食えるかよ。いくぞ!」
「待って下さい! 皆で行ったら誰がホームに残るのですか?」
「よし、じゃあ俺が残る! お前らで行ってこい!」
「ええええ! 提案しといてそれはないですよゴリウスさん!」
「ここの家賃に家具代まで出して面倒な手続きもしたんだ。そんな俺にハイエナなんて無様な行為をさせようとはおこがましい! 分かったらさっさといけ!」
「むぅぅぅ」
「やれやれ、ハゲの口車に乗ったのが運の尽きだぜ」
「ハゲじゃなくてスキンヘッドつってんだろ!」
そんなこんなで、エステルとジークはセントラルに向かうのだった。
◇
セントラルは円形の大きな施設で、全方位に出入口があった。
受付から何まで全てが円形だ。
「そのクエスト、ウチで受けますよ!」
「ウチなら安い報酬でやりますよ!」
「是非是非ウチにやらせてください!」
固定客のいない中小ギルドの連中が営業活動に励んでいる。
「ジークさん、私達も声を掛けないといけませんよね」
「うむ。だが、どう話しかければいいか分からないな」
「同じく……」
ジークとエステルは立ち尽くしていた。
ハイエナの経験がないので、動き方が分からない。
だが、それでも問題なかった。
「あ、ジークさんだ!」
男女の三人組がジークに気づいた。
彼らは冒険者――魔物退治を専業にしている連中だ。
年齢は一様に10代後半。
ジークのお得意様だ。
「こんなところで何をしているんですか?」
冒険者PTが駆け寄ってきて、リーダーの男が尋ねる。
「ハ、ハイエナだ……」
ジークは恥ずかしそうに顔を赤くして目を逸らす。
「ジークさんがハイエナ!? ありえないですよ!」
「空いているならお手伝いしてください! 私達、今から適当なギルドに行って助っ人募集の依頼を出そうと思っていたんです!」
「そうしたいが、俺は友人とギルドを立ち上げたばかりでな。ギルドランクはFなんだ。悪いが協力することはできない……」
「ギルドってたしか2段階上までのクエストは大丈夫なんですよね? なら今日はDランクの狩場にします! だから一緒に行きましょう!」
「いや、でも、君らの冒険者ランクはBのはず。DのクエストなんてPTはおろかソロでも余裕なんじゃないか」
「いいんですよ! いつもお世話になっていますから! それより早くギルドランクを上げましょう!」
「ありがとう。そういうことならお言葉に甘えさせてもらう」
ジークは冒険者らと一緒に去っていった。
(すごいなぁ、ジークさん)
エステルはぼんやりとジークの後ろ姿を眺める。
するとそこへ、別の冒険者PTがやってきた。
これまた10代後半で、三人組の男だ。
髪の色が赤、青、緑と綺麗に分かれている。
三人ともチャラチャラした感じだった。
「お姉さん、ギルドの人っすよね?」
赤髪の男・レッドが尋ねる。
「はい! そうです!」
「俺達も助っ人募集しているんすよ。よかったらどうっすか?」
「いいんですか?」
エステルの目がキラキラする。
「まー、お姉さんが回復魔法を使えればの話っすけどね」
青髪の男・ブルーが黄ばんだ歯を見せて笑う。
「使えます! 回復魔法! 他の魔法もそこそこ大丈夫です!」
「やっぱりー? お姉さんいかにも敵を攻撃しますってタイプじゃないもんねー! 声を掛けて正解! 可愛いし! もう満点!」
緑髪の男・グリーンがウインクする。
「あ、でも、私のギルドFランクなんですが大丈夫ですか?」
「Fかぁ! くぅ、ひっくいなぁ!」
小馬鹿にしたような言い方のレッド。
しかし、エステルは特に何も思わなかった。
彼女はおおらかで、滅多なことでは不快な気持ちを抱かない。
「まぁ回復なんて基本的には後方待機だし? いいんじゃねー?」
ブルーが言うと、他の二人は「そだなぁ」と同意した。
「じゃ、お姉さんのギルドに行ってクエスト票を受理してもらったら狩りに行こうぜぇ。Dランクはきついけど頑張ってついてこいよ?」
エステルは「頑張ります!」と大きく頷く。
こうして、彼女が〈YMHカンパニー〉でこなす初めてのクエストが決定した。
「そういやお姉さん、個人ランクはいくらなの? ギルドって冒険者と同じで個人単位でのランクもあるんでしょ?」
「ありますよ! 私はSランクです!」
三人は目をギョッとさせて驚く。
しかし、次の瞬間には「ぎゃはは」と盛大に笑った。
「お姉さん、真面目そうな見た目に反して吹かすねー! ナイスジョーク!」
「あの、私、本当にSで……」
「Sランクの人間がハイエナしようとするかよぉ!」
「ましてやこんな可愛いお姉さんがSって、ありえねー!」
「お姉さんがSなら俺達はSが10個あっても足りねぇよ!」
三人は信じることなく爆笑している。
そこそこ空気の読めるエステルは「ですよねー!」と合わせた。