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029 アクアタウン

 エステルとセドリックはその日の内に王都を発った。

 そして馬車に乗り、子爵領の港町〈アクアタウン〉にやってきた。


「子爵殿の町か、久しぶりに来るな!」


 海から吹く風に金色の髪を撫でられながら、セドリックが言う。


「すごい! セドリック様よ!」


「きゃー! セドリック様ー!」


「どうしてここにセドリック様が……! 私、鼻血がでてしまいそう!」


「私なんて鼻血がでちゃったー!」


 エステルとセドリックの周囲を多くの女性が取り囲む。

 セドリックは世の女性から絶大な人気を誇るので、遠出すれば常にこうなる。


「セドリック様、変装していただかないと人が多すぎて移動しづらいです……」


 エステルが苦笑いで言う。


「おっと、これは失礼。変装道具ならちゃんと持ってきた」


 そう言ってサングラスをかけ始めるセドリック。

 目元が隠れていても、とびきりの容姿は隠しきれなかった。

 それに、今更サングラスをしてももう遅い。


「きゃー! サングラス姿も素敵ー!」


 黄色い歓声がますますヒートアップするだけだった。


 ◇


 どうにか船着き場に到着したエステル達。


「あのーリヴァイアサンは既に討伐し終えましたか?」


 エステルは適当な船乗りを掴まえて尋ねる。

 リヴァイアサンの依頼は他のギルドにも発注されているのだ。

 なので、既に終わっている可能性があった。


 しかし、彼女は「まだ終わっていないだろうな」と思っていた。

 船着き場が大量の帆船によって渋滞しているからだ。

 リヴァイアサンのせいで海に出られない者達の船に違いない。

 その勘は当たっていた。


「いや、まだだよ。あんたらギルドの人かい?」


 船乗りの男がエステルを見た後、セドリックを見る。

 しかし、驚きはしなかった。


 セドリックが変装セットを装備しているからだ。

 具体的には、カツラ、サングラス、付け髭である。


「はい、王都から来ました〈YMHカンパニー〉の者です!」


「その名前は知っているぜ。セドリック様を救出したんだろ?」


「はい!」


 セドリックは無言で佇んでいる。

 エステルに口を開くなと指示されているからだ。


「あんたらがいれば心強い。ちょうどこれから討伐隊の船が出るところだ。準備が出来ているなら乗っていってくれ」


「乗ります!」


「あの船だ」


 男が近くの帆船を指す。

 大型で、既に多くのギルドメンバーが乗船していた。

 出港に向けてたくさんの船員がせわしなく動き回っている。


「クエスト票を見せれば大丈夫だから、よろしく頼んだよ」


「任せてください! 行きましょう! セド……ランドさん!」


 セドリックのことを、ここではランドと呼ぶことにしていた。

 敬称も「様」でなく「さん」にしている。


「おう! リヴァイアサンなんぞ我が剣の錆にしてくれるわ!」


 セドリックは腰に差している剣を撫でる。

 背中には弓を担いでいて、戦闘意欲は見るからに高い。

 素手のエステルよりも見てくれは強そうだ。


 こうして二人は船に乗り、討伐隊に参加した。


 ――その数分後。


「おいドレイク、お前なんでまだ船に乗ってねぇんだ! 討伐船はもう出るぞ! サボってんじゃねぇ! クビにされたいのか!」


 先程エステル達の相手をしていた船乗りの男が怒鳴る。

 相手が新入りの後輩ということで、態度がまるで違っていた。


「すみません! すぐに乗ります!」


 ドレイクと呼ばれた男は大慌てで船に乗る。

 そして彼は、船内でエステルの姿を見た。


「アイツ……なんでここに……」


 エステルの顔を見ていると、沸々と苛立ちの感情がこみ上げる。


「アイツがいなければ俺はこんなことになっていなかったのに……。ドレイクなんて名を名乗らずに済んだのに……」


 そう、ドレイクというのは偽名だ。

 未払いに終わった退職金の取り立てから逃げる為の偽名。


 彼の本名は――アンドレイ。

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