028 セドリックの用件
「セドリック様、どうしてここへ!?」
エステルが尋ねると、セドリックは小さく笑った。
「どうしてって、決まっているではないか。いつ誘っても君は『仕事が忙しい』といって断るだろう? だから働きに来た」
「申し訳ございません。避けているとかじゃなくて本当に忙しく……って、今、なんか変なことを言いませんでしたか?」
エステル、ゴリウス、ジークの三人がきょとんとする。
セドリックは笑いながら答えた。
「別に変なことは言っていないさ。ただ俺を〈YMHカンパニー〉の従業員として雇ってほしいだけだ。俺のことをもっとエステルに知ってもらい、エステルのことを今よりも知るために」
「「「ええええええええええええええ!」」」
驚愕する三人。
「ダメか?」
セドリックの目がゴリウスを捉える。
「いや、えっと、その……とりあえず深呼吸させてください」
ゴリウスはホームに入り、深呼吸する。
エステルとジークも同じように深呼吸。
「セドリック様、正気ですか!?」
改めて尋ねるゴリウス。
「もちろん正気さ。たしかに俺は弱い。戦闘力は冒険者でいうところのDランク相当だ。三人のように依頼をこなせるだけの力があるとは思っていない。だから雑用でもかまわないんだ。見たところ受付に誰かいたほうがいいと思う。俺が引き受けようではないか」
「いやいや、いやいやいやいや、いやいやいやいやいや」
ゴリウスはとんでもない速度で首を振る。
それはもう激しく。勢い余って首の骨が折れそうな程に。
「仰る通り受付に誰かほしいと思っていました。しかし、セドリック様に受付をさせるなど、そんなことはできません!」
他の二人が強く同意する。
「ふむ、どうしてもダメか?」
「もちろんですよ。エステルが必要ならお貸ししますから、ささ、どうぞ煮るなり焼くなりご自由にしてください」
「ちょっとゴリウスさん! 私には依頼が――」
「いやいや、帰ってくれていいぞ! お前の仕事は俺とジークが引き継ごう! なぁに、ちょっとくらい働き過ぎても平気だ。だから気にするな!」
ジークがうんうんと頷く。
「ダメですよ! さっきお昼ご飯を食べながらその話をしたばかりじゃないですか! 最高のクオリティを提供するにはって!」
「あれは間違いだった。訂正しよう。大丈夫。お前はセドリック様とデートでもしてこい」
「えええええ!」
セドリックが「待て待て」と苦笑いで止める。
「ゴリウス、気持ちは嬉しいがそれではダメだ。エステルは仕事のことばかり考えて上の空になるだろう」
「ですがセドリック様……!」
「大丈夫だ」
「えっ」
「断られると思ったので代案を考えてある」
セドリックは一枚の紙を取り出した。
クエスト票だ。
「俺は〈YMHカンパニー〉に依頼する。依頼内容は、俺をここで働かせることだ!」
「「「えええええええ!」」」
ゴリウスがクエスト票を確認する。
たしかにセントラルが認めた正規のクエスト票だった。
「〈YMHカンパニー〉はどんな依頼でも引き受けるはず。だから依頼という形を採用させてもらった」
セドリックが「悪いな」とニヤリ。
「こ、こんな依頼が認められるのですか!?」
エステルがゴリウスを見る。
「普通はありえないが、セントラルが認めている以上は認められる……」
「そんなぁ!」
ゴリウスはクエスト票を熟読する。
それから「本当にいいのですか?」と確認した。
「このクエスト票によると、セドリック様はウチでただ働きするだけでなく、定期的に依頼料をお支払いすることになっていますよ。これでは働くというよりボランティアになります。しかもお金まで払ってくださるという」
「それで結構。俺の目的はエステルの近くにいることだからな。依頼料は必要経費に過ぎん。給料も元より期待していない。あえて鼻につく言い方をすると、公爵家なので金は腐るほどあるのでな!」
がっはっは、と笑うセドリック。
「ゴリウスさん、どうするんですか……」
「どうするもこうするも断れねぇだろ……」
ゴリウスは観念することにした。
「セドリック様、ウチで雇用するにあたって二つ条件がございます。こちらを承諾していただけない場合はお断りいたします」
「なんだ?」
「一つ目は、従業員である以上は対等な関係です。セドリック様が公爵令息であろうと関係ありません。エステルは変わらないと思いますが、俺とジークはセドリック様のことを呼び捨てで呼ばせていただきますし、今のように丁寧な口調でもなくなります。問題ございませんか?」
「もちろん。むしろ丁寧口調にするべきは新米の俺であろう」
「いえ、その必要もございません。ウチはキャリアや年齢に関係なく対等な関係です。どうぞ今までと変わらぬ調子でお願いいたします」
「分かった。それで、二つ目は?」
「クエスト票によると、ただ働きに加えて依頼料を支払っていただけるとのことですが、こちらは改めさせてください」
「依頼料の設定が安すぎたか? セントラルの決めてもらったのだが」
「いえ、そういうことではございません。依頼料は不要ですし、給料もお支払いいたします。従業員として雇用するので。もちろん退職金も発生します。ただし、お支払いするお給料は、労働法で定められた最低賃金になります。それでもよろしいでしょうか?」
「無論ばっちり問題ない」
「分かりました」
ゴリウスが大きく息を吐く。
それからニカッと笑った。
「これからよろしく頼むぞ! セドリック!」
「おう、よろしくな! ジークとエステルもよろしく頼む」
「よろしくだぜ」
「よ、よよ、よろしくお願いします……!」
こうして、セドリックは強引に〈YMHカンパニー〉の従業員になった。
「ではゴリウス、受付業務について教えてくれ」
ゴリウスは首を振った。
「セドリックにはエステルの助手をしてもらう」
「助手だと?」「私の助手ですか!?」
二人の言葉が被る。
ゴリウスは「そうだ」と頷いた。
「エステルはSランカーだが、今まで部下を持った経験がない。そろそろ新米気分を卒業する頃だ。幸いなことにセドリックは雑魚のようだから、育成するにはもってこいの人材だろう。助手につけるからしっかり育ててやれ」
「分かりました!」
「セドリック、今後はエステルが直属の上司になる。指示を仰ぐ時は俺でなくエステルを頼るように。受付は気にしなくていい」
「心得た。よろしく頼むぞ、先輩!」
「せ、先輩……私が……!」
エステルがにんまり微笑む。
初めて言われた「先輩」という言葉が嬉しかった。
「では午後の作業を始めよう――解散!」
ゴリウスとジークが自室へ向かう。
「で、では、私達も部屋に行きましょう! 案内しますね!」
「うむ。ところで、俺は部下だから丁寧語はおかしくないか?」
「すみません、私は誰に対してもこうでして……」
「そうか。ではいつか丁寧語を使わないで話せる関係にならないとな」
「あはは……」
苦笑いで部屋に入るエステル。
セドリックは嬉しそうな顔で続く。
「まずは次にこなすべきクエスト票を確認します!」
エステルは執務机に座り、隅に積まれているクエスト票へ手を伸ばす。
一番上の物を取り、テーブルの真ん中に置いた。
「今回のクエストはこれです!」
「ふむ」
エステルの斜め後ろから覗き込むセドリック。
(うぅぅ、顔が近いよぉ……)
エステルはチラリとセドリックの横顔を見て緊張する。
それから、いかんいかん、と気を取り直す。
(今は仕事に集中しないと!)
クエスト票に目を向けるエステル。
そして、顔を歪めた。
「いきなり難しい依頼を引いちゃいましたね……」
数年に一度出現する海の大蛇リヴァイアサンの討伐。
難易度Aランク――それが二人でこなす記念すべき初クエストだった。
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