027 思わぬ来訪者
「恐れ入ります、ただいま予約は3ヶ月待ちの状況でして……」
「あ、そうなの、仕方ないけど今回は他所にお願いするかぁ」
「誠に申し訳ございません……!」
〈YMHカンパニー〉のギルドホームで、ゴリウスは頭を下げる。
ギルドランクがAに上がって以来、ますます忙しくなっていた。
大盗賊団を一網打尽にしてセドリックを救出したことも影響している。
この功績は瞬く間に知れ渡り、王都でも知らぬ者がいない程であった。
ギルドホームに訪れるのは客だけに留まらない。
「すみません、〈YMHカンパニー〉で働かせてはいただけないでしょうか? 自分はAランクで、腕には自信があります!」
求人票を出していないのに就職希望者が殺到していた。
「申し訳ないが今は人を雇っていなくてな」
「そうですか……」
「必要になったら求人を出すから、その時にまた頼む」
「分かりました」
就職希望の男がホームを出ていく。
ようやく誰も入ってこなくなり、ゴリウスは安堵の息を吐いた。
「これじゃ俺の仕事がままならないな……。受付嬢くらい雇うか」
最近は受付業務だけで手一杯だ。
ギルドランクの急上昇も考え物だな、と思うゴリウスだった。
◇
多忙を極める〈YMHカンパニー〉だが、労働環境はホワイトそのものだ。
残業は滅多にしないし、休憩もしっかりとる。
食事だって疎かにはしない。
特別な事情がない限り、昼食は三人で一緒に摂っている。
この日も馴染みの酒場で小さなテーブル席を囲んでいた。
「俺よぉ、アンドレイの気持ちが少しだけ分かったぜ」
ゴリウスがパプリカの容器に入ったカレーを頬張る。
頬を緩ませて幸せそうだ。
「アンドレイの気持ちって? 部下をゴミみたいに扱うことか?」
ジークはナイフとフォークを使ってステーキを切る。
後先を考えない雑なカットで、中には一口で食べづらいものもあった。
「ゴミみたいに扱うことっていうか、クソブラックな環境にすることだ。こうも予約が詰まっていると、多少は無理をしてでもこなしたほうがいいんじゃないかってな」
二人が何か言う前に、ゴリウスは続ける。
「仕事のクオリティを犠牲にしてもいいって話じゃないんだ。犠牲にするのは俺達の生活時間さ。あの馬鹿息子は利益の為に無理をさせたが、俺は一人でも多くのお客様に満足してもらえたらと思ってな」
「気持ちは分かるが、それで俺達の体調が崩れたら元も子もないぜ? 最高のクオリティで依頼をこなせるのは、俺達が最高の状態にあるからだ」
「分かってるさ。だから今の環境を変える気はねぇ。どら息子の気持ちが少し分かっただけの話さ」
エステルは聞く側に徹している。
大好きなハンバーグを頬張りながら、ニコニコ顔で頷く。
彼女は自分で話すより、話している二人を見るのが好きなのだ。
「そういや、〈ホワイトスターダム〉が潰れたらしいぜ」
ジークが話題を変える。
エステルの表情が曇った――が、それは一瞬だけだ。
すぐニコニコ顔に戻った。
そんなエステルを見て、ゴリウスが笑みを浮かべる。
「もうしょげなくなったな」
「今はそれどころじゃないくらい忙しいですからねー!」
「言うじゃねぇか。流石はウチのエースだぜ」
「ふっふっふ」
ゴリウスが「それにしても」とジークを見る。
「わりとあっさり潰れたよな」
「そうか? 俺はむしろよく粘ったほうだと思うぜ」
「エステルをクビにしてから半年も経っていないぞ」
「そうか、半年も経っていなかった。そう思うとあっさりだな」
ゴリウスは「だろ?」と言って、パプリカごと口に突っ込む。
彼の頬が餌を溜め込むシマリス並みに膨らんだ。
かと思いきや、次の瞬間にはゴクリと丸呑みされた。
喉を痛めないのだろうか、と心配するエステル。
そんな彼女をよそに、ゴリウスは話を続けた。
「こやつをクビにした頃はまだそれなりに体裁を保っていただろ。アホみたいに働かせるってこと以外、悪い話も聞かなかったし」
「たしかにそうだな。俺やおっさんが辞めたのもブラックな環境が理由だ。客からの評判は変わりなかった」
「つーことは、だ。エステルが最後の壁だったんだろうな。アンドレイのアホが道を踏み外さないでいられたことの」
「それはどうでしょうかねぇ」
と言ったのはエステルだ。
「私、そんなにランクの高い依頼をしていませんでしたよ?」
「だからこそなんじゃねーの? お前さんをクビにしてからアイツは低ランクの依頼を受けなくなったからな。そこから崩れていった感じだ」
「そうだったんですか、知りませんでした」
エステルはハンバーグのラスト1切れを食べる。
口の端についたソースをペロリと舐めて、満足気に頷いた。
「おっさん、そこそこ経営に詳しいだろ? だから訊きたいんだが、ぶっちゃけアンドレイの継いだギルドが〈ホワイトスターダム〉じゃなくて別のSランクだったら上手くいってたと思うか?」
「どういうことですか?」とエステル。
「ベントレイさんは俺達と一緒でお金に執着してなかったから、ランクの低い依頼も割増料金を取らずに受けていた。だが、普通のギルドはそうじゃない。むしろアンドレイのような考え方が一般的なんだぜ」
「そうなんですか!?」
エステルは〈YMHカンパニー〉と〈ホワイトスターダム〉でしか働いた経験がないので、他所のギルドについて知らなかった。
「ジークの言うことは間違っちゃいない。俺もいくつかのギルドで働いたが、まぁどこも同じようなもんさ。今の俺達みたいな環境になったら、仕事量をガンガン増やすし、低ランクの依頼には割増料金を設定する。中にはそもそも受け付けなくなるところもあるくらいだ」
「わお」
「だがまぁ、他のギルドでもダメだったと思うぜ、俺は」
「そうなのか? どうしてだ?」
「アイツは従業員を大切にしないからな。経営方針自体の問題じゃないんだよ、アイツの失敗は。ギルドにしろ何にしろ、会社ってのは働く奴がいてこそ成り立つものだ。なのにアイツは働く奴を奴隷のようにこき使っていた。だから結果は変わらないよ」
エステルが「同感です!」と賛同する。
「たしかにたくさん働いた時はボーナスの一つくらいほしいよな」
「そういうこった」
「じゃあ、おっさん、俺達にボーナスよこせ」
「ウチにボーナスなんてシステムはねぇ!」
「やれやれ、がめついハゲだぜ」
「がめついのはお前だろ! それにハゲじゃねぇつってんだろ!」
エステルは声を上げて笑った。
◇
そんなこんなで昼食が終了する。
三人は酒場を出て、ギルドホームに戻ってきた。
「さーて、お腹もいっぱいになったしお昼も頑張りましょー!」
エステルがホームのドアノブに手を掛ける。
「もー、また鍵が開いてるじゃないですか、ジークさん」
「今日の戸締まりは俺じゃないぞ」
「じゃあゴリウスさん!」
「俺が忘れるわけないだろ」
「えっ、じゃあ私!?」
「なんだっていいから早く開けろ。仕事が詰まってるんだ」
「はーい……」
エステルが頬を膨らませながら扉を開ける。
するとそこには、予想だにしない人物が待っていた。
「数週間ぶりだね、エステル。それに後ろのお二方も」
三人は固まった。
それから、代表してエステルが素っ頓狂な声で叫んだ。
「セドリック様!」
そう、そこにいたのは公爵令息のセドリックだったのだ。
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