025 答えとアンドレイ
国王に次ぐ地位、それが公爵。
その一人息子であるセドリックは、次の公爵に他ならない。
当然、多くの縁談が舞い込んでいた。
社交界でも大人気で、彼の周りにはいつも人だかりができる。
それだけではない。
彼の端麗な容姿は、権力に興味のない者も惹き付けた。
しかしセドリック本人は一度も話を受けなかった。
貴族の令嬢、絶世の美女、エトセトラ……。
どんな女性を相手にしても魅力に思わなかったのだ。
なので、セドリックは同性愛者と噂されていた。
父親のシュテンバーグですらそう思い込んでいた程だ。
だからこそ驚いた。
エステルにプロポーズするセドリックを見て。
公爵や公爵に近い人間であればあるほどに驚いた。
それほどまでに信じられない光景だったのだ。
だが、衝撃の展開はまだ終わらない。
「セドリック様、ごめんなさい! お受けできません!」
エステルが断ったのだ。
誰もが羨むセドリックのプロポーズを。
容姿端麗、権力満点、性格優秀の男を即答で振った。
「おま、お前、なんてことを言うんだ!」
ゴリウスが慌ててエステルにヘッドロックを決める。
「申し訳ございません、セドリック様、公爵様。こいつは貧しい家の出でして、いやぁ、分かっておらんのです。どうかお許しください」
「そ、そうだ。状況が分かっていない時はとにかく断るというのがウチのルールで、本当に申し訳ない! あとで改めて返事をさせるので許してほしい!」
ジークですら慌てて頭を下げる。
「お前、何を即答で『お受けできません』なんて言いやがるんだ!」
ゴリウスはエステルの頭に拳をグリグリする。
「だ、だって、ダメですよ! 恋心を抱いていないのにお受けしちゃダメなんですよ! こういうのは!」
エステルはぶーっと頬を膨らませて反論する。
「おまっ、だから、そういう……!」
ゴリウスとジークはヒヤヒヤしていた。
それはエステルがプロポーズを断ったからではない。
断り方がよろしくないからだ。
作法に疎い彼らでも、最低限の断り方は知っている。
特にメンツを気にする貴族の話を断る時は断り方が重要だ。
衆目の中、悩む様子もなく即答で断ってはいけない。
まずは保留し、熟慮を重ねた上で断る、というのが最低限の作法だ。
この時に熟慮する内容は角の立たない言い訳になる。
受けたいが受けられない事情をでっちあげる、と言い換えることも可能だ。
恋心を抱いていないから、などというのはもってのほかである。
ヒヤヒヤしているのはゴリウスとジークだけではない。
周囲の文武官も顔面を真っ青にしていた。
これからどうなるのかがさっぱり分からない。
(どう対処したものか……)
公爵も密かに悩んでいた。
そこらの残念な貴族であれば逆上していただろう。
なんたる無礼だと喚いて暴走していたに違いない。
だが、シュテンバーグは違う。
官民の両方に慕われる男は、無礼などとは思っていなかった。
ただ、この場をどのように収めたらいいのかが分からない。
そんな中、セドリックが口を開く。
「わっはっはっはっは!」
思いっきり笑い始めた。
腹を抱え、背中を反らせ、天に向かって笑い声を上げる。
誰もが固まった。
「セドリック様……?」
ゴリウスが尋ねる。
エステルに対するヘッドロックを解除した。
「流石は俺が惚れた女性だ。エステル、たしかに君の言う通りだ。恋心を抱いていないのに受けるのはよくない。君の立場で考えることを失念していたよ。申し訳ない」
「い、いえ! 気にしないでください! お気持ちはすごく嬉しかったです!」
エステルがニコッと微笑む。
どうにか大事になることなく済みそうだ。
そう思い、エステルとセドリック以外の人間は安堵の息を吐いた。
「エステルには俺のことをもっとたくさん知ってもらいたい。今後、食事などに誘ってもいいだろうか?」
「はい! もちろんです! ただ、お仕事で忙しいので、時間が合うかは分かりませんが……」
「バカ野郎、セドリック様のお誘いを優先しろ。仕事は俺達でどうにかするから気にしなくていい」
「おっさんの言う通りだぜ」
「そんなわけにはいきませんよ! 仕事はきっちりしないと! お客様をないがしろにするようなことはできません!」
あのなぁ、とため息をつくゴリウス。
公爵とセドリックは豪快に笑った。
それを見て文武官も笑う。
「セドリック、お前はとんでもない女性に惚れてしまったな」
「ええ、そのようです。おかげで孫の顔をお見せできないかもしれません」
「ふぉっふぉっふぉ、覚悟しておくよ」
セドリックによる一世一代のプロポーズは、あえなく失敗に終わった。
◇
その数日前、アンドレイには問題が起きていた。
「悪いが辞めさせてもらうぜ。Bランクのギルドで働くなんざごめんだ」
「待て、お前達、そんな、行くな……」
「退職金、頼むぜ」
バタンッとギルドホームの扉が閉まる。
「そんな……クソッ……こんなことって……」
僅かに残っていたAランクのメンバーが全て辞めた。
原因は先程セントラルから届いた通知書だ。
〈ホワイトスターダム〉のランクをBに下げるとあった。
AではなくB。
まさかの二段階降格だ。
仕事の成績と人材流出の両方が響いた。
「Bじゃこの事務所を維持するのは無理だ……」
王都〈ゼスキア〉の一等地にあるギルドホーム。
ここの維持費――国に納める土地代――は相当なものである。
とても払いきれるものではなかった。
「ゼロからやり直すか……。Bでも完全なゼロスタートよりはマシだ」
アンドレイは事務所を移転させることにした。
その為に適当な上位ギルドを訪問し、建物の売却を持ちかける。
――が、ここで新たな問題が発生した。
「ふざけるなよ、なんだよその価格! 安すぎるだろ!」
どこのギルドも二束三文の安値を提示してくるのだ。
アンドレイの状況を知っているから足下を見ている。
「嫌だったら他を当たってくださいねー」
アンドレイが怒鳴ると、決まってこのように言われる。
結局、彼は相場の半額以下で妥協することになった。
「次は絶対に失敗できないぞ……」
家に戻ったアンドレイは今後の計画を練った。
もはや〈ゼスキア〉でやっていくのは困難だ。
あまりにも悪名が高すぎる。
人を募集したところで誰も来ないのは明白だ。
「これが都落ちってやつか……」
とりあえず移住することにした。
移住先は王都から離れていて、かつ人口の多い場所。
俗に「地方都市」と呼ばれるような都市だ。
公爵領の〈ラグーン〉も地方都市の一つ。
アンドレイが選んだのは子爵の管轄する都市だ。
名前は〈バブルス〉。
王都から最も遠い場所に位置している。
ここなら自分の悪名は知られていないだろう、と思った。
〈バブルス〉に着くなり、アンドレイは動き出す。
一等地とまではいかないまでも、そこそこの土地を取得した。
物件付きの土地だ。
物件はどこぞのギルドが使っていたという古びたホーム。
収容人数は20人程といったところか。
これまでの事務所に比べると遙かに小さいが仕方ない。
「事務所を売った金に銀行からの融資……王都でやるには心許ないが、ここでやっていくなら問題ないだろう」
ボロボロの事務所を掃除しながら、アンドレイは大きな息を吐く。
「立て直しの始まりだ。ここから大きくなって見返してやる!」
意気込むアンドレイ。
しかし、現実は彼が思っているほど甘くはない。
そのことが分かるのは、さらに数日後。
エステル達がセドリックを救出している頃のことだ。
お読みくださりありがとうございます。
【ブックマーク】や下の【★】で応援していただけると励みになります。
楽しんで頂けた方は是非……!




