024 セドリックの救出
「この人……思ったより強い!」
「それは俺のセリフだ、女!」
エステルとオビスタの戦いは大接戦だった。
純粋な実力ではエステルが勝っている。
それでも押し切れないのは、大きなハンデを背負っているからだ。
背後のセドリックである。
オビスタは分が悪くなるとセドリックを狙う。
懐から取り出した短刀をシュッと投げるのだ。
それを防ぐ必要がある為、エステルは好きに立ち回れなかった。
常にセドリックを守れる位置にいなくてはならない。
「お前、ギルドの人間だろ」
「だったら何ですか?」
「ランクは?」
「Sですよ!」
「まだ20そこらでSか。公爵が依頼するだけのことはある」
どちらも深くは踏み込まない。
攻められないのではなく、攻める気がなかった。
互いに待っているのだ――援軍を。
「チッ、いつになったら来るんだ。おい! 早く来い!」
しびれを切らしたオビスタが叫ぶ。
それに対する返事は。
「「「ぎゃああああああああああ」」」
賊徒の悲鳴だった。
「なんだ?」
オビスタの意識が外に向く。
「そうか、お前、仲間が――」
「隙ありです!」
一瞬の隙を突き、エステルは攻めた。
彼女の放った斬撃が、オビスタの腹部を切り裂く。
「ぐあぁ」
深い一撃が決まった。
オビスタはただちに回復魔法を使うが、傷の治りが遅い。
彼は回復魔法がそれほど得意ではなかった。
それに傷が深すぎる。
何もしなければ数分ともたずに絶命する程だった。
「クソッ、覚えていろよ」
オビスタは懐から小さな玉を取り出す。
それを地面に叩きつけると、強烈な煙が場を包んだ。
煙玉だ。
「あ、待ちなさい!」
もちろん待つわけがない。
煙が消えた頃には既に、オビスタは消えていた。
「逃がしちゃった……! でも、セドリック様が無事だからいいか!」
エステルは振り返り、鉄格子を斬った。
◇
「あの女……絶対に許さねぇ……」
オビスタは森の中を走っていた。
彼にとって幸いなのは、エステルの援軍が一人だったこと。
テントで暴れていたのはゴリウスだけだったのだ。
だから、手下を盾にして森に逃げ込んだ。
「次に会ったら、必ず……」
「必ずどうするつもりだ?」
「――!」
振り返るオビスタ。
そこにはジークが立っていた。
オビスタにとって不運なのは、エステルとジークが仲間ということ。
盗賊狩りとして知られる漆黒の剣士に狙われたらどうにもならない。
「諦めて降参するか?」
「ああ、そうさせてもらうよ……」
オビスタは両手を頭の後ろで組んで膝を突く。
ジークは剣を握ったまま、静かにオビスタへ迫る。
「そのまま動くなよ。逮捕して公爵様に突き出す」
「分かってるさ、分かってるとも」
いよいよジークとオビスタの距離が2mを切った。
その瞬間、オビスタが魔法を発動する。
「オビスタ様は魔法を使えるんだよ、この馬鹿がぁあああ!」
地中から飛び出した魔法剣がジークに向かって飛ぶ。
だがその剣は、漆黒の剣士を捉える前に消えた。
「なっ……」
オビスタの視界がふわりと浮き、くるくる回転する。
「残念だったな、お前の生死については指定されていないんだ」
ジークがオビスタの首を刎ねた。
それによって魔法が中断され、魔法剣が消えたのだ。
「コイツが単独でいるってことは、エステルは上手くやったに違いない。これで依頼は達成だな」
ジークは「ふっ」と笑いながら帰路に就いた。
◇
ラグーン城、謁見の間にて。
「流石は〈YMHカンパニー〉、完璧な手腕じゃった! 我が息子セドリックを救出しただけでなく、大盗賊オビスタを討ち取るとは恐れ入った! 心より感謝する!」
公爵が声を弾ませる。
エステルら三人は笑みを浮かべながら頭をペコリ。
「セドリック、お前からも礼を言いなさい」
公爵は玉座の隣に立っている息子を見た。
「はい、父上」
美男子と名高い金髪の23歳ことセドリックが深々と頭を下げる。
「この度はご迷惑をかけて申し訳なかった。救ってくれたこと、心より感謝する。特にエステル、そなたのお手並みには感服した」
「いえいえ! そんなことございません! たまたま上手くいっただけです!」
エステルが微笑む。
セドリックも笑みを浮かべ、真っ直ぐに彼女を見つめる。
「さて……」
公爵が懐から書状を取り出した。
折りたたまれていて何が書かれているのか分からない。
「これは特別報酬じゃ。受け取ってほしい」
公爵は玉座から立ち上がり、三人の前に向かう。
そして、ギルドマスターのゴリウスに書状を渡した。
「もちろん正規の報酬である金銭についても、本日中に振り込んでおくから安心してくれ」
「ありがとうございます、公爵様。それで、こちらの書状、確認しても?」
「かまわぬ」
「それでは……!」
ゴリウスがゆっくりと紙を開いていく。
エステルとジークは後ろからじーっと眺める。
「これは……!」
「それが一番喜ぶかと思ってな」
「本当によろしいのですか!?」
「当然じゃ。Aランク昇格、おめでとう!」
書状はセントラルからの通知書だった。
今回の功績を認め、ランクを二段階昇格するというもの。
これによって、〈YMHカンパニー〉はAランクになった。
「CからAに二段階昇格なんて、そんなことして大丈夫なんですか!?」
エステルが尋ねる。
「通常は認められないことじゃ。だが、そなたらの功績を考えれば例外として認めるのが筋だろう。儂は文官長を通じて、Aランクが相応しいと主張しただけのこと。だから気にする必要はない」
「またまたご冗談を」と文官長が割って入る。
「公爵様は当初、〈YMHカンパニー〉をSランクにするよう強く要請されたのですよ」
「Sランク!?」
「ですが、流石にCからSへの三段階昇格は認められませんでした。とはいえ、通常通りにBランクへ昇格するのも問題になります。今回のような大任を果たしてもその程度の評価なのか、と。他のギルドが不満を募らせることは自明の理というもの。そういった事情から、二段階昇格のAランクということで落ち着きました」
「なるほど」
「ですので、公爵様も仰っている通り、気にする必要はございません」
「分かりました!」
こうして、セドリック救出依頼が幕を閉じる。
「今宵は祝宴を行う。主賓はそなたら〈YMHカンパニー〉の三人じゃ。出席してもらえるかな?」
ゴリウスが代表で「もちろんです!」と頷く。
「準備が出来たら知らせるので、それまで休んでいてほしい。この度は実に大義じゃった」
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」
三人は公爵に背を向け、謁見の間から出ようとする。
その時だった。
「待ってほしい」
突如、セドリックが声を上げたのだ。
「エステル……」
セドリックがエステルへ近づく。
「は、はい!」
エステルは背筋を伸ばす。
誰もが頭上に疑問符を浮かべて固まる中、セドリックは言った。
「そなたの強さに惚れた。俺と結婚してほしい」
「へっ」
固まるエステル。
他の皆も固まる。
数秒後――。
「なんですと!?」
エステルは素っ頓狂な声で叫ぶ。
そして――。
「「「「なんだってー!?」」」」
ゴリウス、ジーク、公爵、全ての文武官が叫んだ。
「俺は本気だ。エステル、結婚してくれ」
セドリックは真剣な表情のまま、エステルの前で跪いた。




