023 エステルの作戦
代案がないということで、エステルの案が採用された。
「提案したはいいけど、わざと襲われるって怖いなぁ……」
エステルは舗装された道をゆっくり歩く。
すぐ隣にある森から今にも何かが飛び出してきそうだ。
その何かが盗賊なら問題ないが、魔物だったら厄介だ。
どうしても応戦せざるを得ない。
もし戦いぶりを盗賊に見られたら作戦は失敗するだろう。
「ちょいちょい、そこの彼女ー」
背後から声を掛けられた。
エステルが振り返ると、そこには無精髭を生え散らかしたおっさんがいた。
腰に曲刀を装備しており、顔つきからして悪そうだ。
オビスタ盗賊団の賊徒に違いない。
「こんなところで何しているのー?」
賊徒のおっさんは油断している。
若い女が武器も持たずに歩いているから当然だろう。
「えっと、隣町へ行こうかと……」
「俺がボディーガードしてやるよー。いい抜け道があるんだぜ? 森の中だ」
おっさんがヒヒヒと笑う。
自分が怪しい者であることを隠すつもりもない。
(えっと、こういう時は……)
エステルはゴリウスから教わった演技を思い出す。
「け、結構です!」
くるりとおっさんに背を向け、彼女は走り出した。
全力で走る……が、魔法を使っていないので遅い。
「どっこ行くのー?」
前方の茂みから別の賊徒が現れた。二人。
「俺達と一緒に森に行こうぜぇ」
「嫌です! 一人で大丈夫ですから!」
エステルは再びくるりと振り返って走る。
単独で声を掛けてきたおっさんの横を抜けようとした。
ゴリウスの指導通り、手加減せずに全力で突破を試みる。
「そう嫌がるなって」
――案の定、捕まった。
おっさんは彼女をひょいっと持ち上げて肩に担いだ。
「嫌だ、離して! 離して!」
「大丈夫だって、楽しい気持ちにさせてやるからよ。ヒヒヒ」
三人の賊徒は森の中を進んでいく。
真っ直ぐに、オビスタがいるであろう方角へ。
「離して! やめて! 離してくださいよ!」
エステルはひたすら暴れる。
すると、賊徒の一人が「うるせえぞ!」と怒鳴った。
刀を抜き、刃先をエステルに近づける。
「これで顔を切り刻まれたくなかったら黙れ!」
「うぅぅぅぅ……」
エステルは言われた通りに黙る。
この展開は全てゴリウスの言っていた通りだ。
だから彼女は思っていた。
(ゴリウスさん、盗賊の心理に詳しすぎですよ!)
そんな彼女の思いを知らず、賊徒の三人は愉快にしている。
「この女、すげー上玉だよな。胸もそこそこ大きいし」
「団長に渡す前に俺達で楽しむか?」
ここで初めてエステルは恐怖した。
今は抵抗が許されない状況だから、襲われたら受け入れるしかない。
――が、そうはならなかった。
「バカ野郎、冗談でもそんなこと言うな。団長に殺されるぞ」
「そ、そうだな、最初は団長だもんな」
「おうよ。俺達は捕まえた手柄としてその後に回ってくる。団長の後とはいえ、大した傷物にはなってないさ」
「団長は一発で飽きるからなぁ。新品みたいなものだ」
「楽しみだなぁ、ヒヒヒヒ」
ほどなくして洞窟が見えてきた。
入口の前にある木々は伐採されていて、大量のテントが並んでいる。
そこには約300人の盗賊がいた。
残りは別の拠点を守っているようだ。
「団長! 女を連れて帰りましたぜー!」
「極上の女ですぜー!」
エステルは洞窟の前で下ろされた。
口に臭い布を詰められ、両手を後ろで縛られる。
その状態で膝を突かされた。
「極上の女だぁ?」
洞窟からオビスタが出てくる。
想像以上の巨体に、エステルの目は飛び出しそうになった。
「おお! こいつはすげぇ上玉だ! でかしたぞお前ら!」
「「「ありがとうございます!」」」
褒められる賊徒三人衆。
他の盗賊は羨ましがっていた。
「取り引きが終わるまで暇だしな、この女で遊ばせてもらうとするぜ。俺の後になるがお前らにも遊ばせてやるからな。今の内に川で綺麗にしておけよ」
「「「ありがとうございます!」」」
オビスタはエステルの前で腰をかがめ、にやりと笑う。
「お前、なかなか反抗的な目をしてるじゃねぇか。気に入った。たっぷり可愛がってやるからな」
オビスタはエステルを抱きかかえ、洞窟の奥へ向かう。
「んーっ! んーっ!」
エステルは抵抗を示しつつ周囲を見る。
洞窟内にはいくつかの窪みがあり、それらに物資や財宝の入った木箱が保管されていた。
しかし、肝心のセドリックが見当たらない。
「さ、楽しむとしようか」
洞窟の最奥部にある円形の広い空間に着く。
場所にそぐわぬふかふかのベッドに、オビスタがエステルを放り投げる。
そこでエステルは、セドリックを発見した。
ベッドの奥に設けられた牢屋に幽閉されていたのだ。
エステルと同じで口に布を詰められ、手を縛られている。
「んー! んー!」
セドリックは立ち上がり、鉄格子を蹴る。
「そう興奮するなって坊ちゃん。お前にもこの女の乱れる様を見せてやるからよ。むしろ喜べ。そこは特等席だぜ」
オビスタは服を脱ぎ、エステルに跨がろうとする。
しかし次の瞬間、彼は派手に吹き飛んだ。
エステルが風魔法を発動したからだ。
「なんだ……!?」
驚愕するオビスタ。
その間に、魔法で縄を切る。
手がフリーになると、即座に口の布を取った。
「セドリック様! 救出に来ましたよ!」
「貴様、公爵の使いだったのか!」
ここでオビスタは理解した。
「貴方みたいな悪い人は許しません!」
エステルが両手をオビスタに向ける。
「えいやっ!」
彼女の手から強烈な火の鳥が飛び出す。
翼を広げ、真っ直ぐオビスタに突っ込む。
しかし――。
「魔法の実力はそれなりのようだが、実戦慣れしていないな」
オビスタはスッと躱した。
火の鳥は洞窟の中を進んで外へ行く。
テントに着弾したようで、外から盗賊達の悲鳴が聞こえた。
「一直線に飛んでくる攻撃を避けるなど造作もない」
「だったら!」
エステルは魔法剣を召喚する。
「本気で俺に勝つつもりのようだな。いいだろう、相手をしてやる」
オビスタは腰に装備している剣を抜き、右手で持つ。
さらに、空いている左手には魔法剣を召喚した。
「お前みたいな女を屈服させた時の快感がたまらないから盗賊はやめられねぇんだ。公爵の無謀な依頼を受けたこと、後悔させてやるよ」
エステルとオビスタの戦いが幕を開けた。




