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021 承諾

 〈YMHカンパニー〉のギルドホームに、エステルはいた。

 入ってすぐの広場で、ゴリウス、ジークの二人と共に弁当を食べている。

 壁際に設置された長椅子に並んで座り、むしゃむしゃ、むしゃむしゃ。

 この弁当はレジェンドマスタードの依頼をした料理店からの差し入れだ。


「どれも美味しいですねー!」


「俺達の調達したマスタードも使われているな」


「最高級の食材を最高級の料理人が……ふっ、贅沢だぜ」


 三人は舌鼓を打つ。

 食べていて心が躍るほどの美味しさだった。


「おっさん、ギルドの収支はどうなっているんだ?」


 ジークは右隣に座っているゴリウスを見た。


「収支?」


「アンドレイの馬鹿みたいに赤字をこさえてヤバくなっていないか?」


「アンドレイさん……」


 エステルの表情が曇る。

 〈ホワイトスターダム〉が地方都市へ移ったことについて、彼女は少なからず自分の責任だと思っていた。


「あ、悪い、エステル、お前を悲しませるつもりじゃないんだ。ただ最近は忙しいからさ、メシの時しか話せる時間がなくてだな……」


 ジークが慌てて顔を左に向け、エステルを見る。


「だ、大丈夫ですよ! 大丈夫! 分かっていますから……!」


「エステル、お前は何も悪くないんだから気にするな」とゴリウス。


「そうなんですけど……まぁ、時間が解決してくれます!」


 ゴリウスは「おうよ」と頷き、ジークを見た。。


「収支の件だが、ウチは問題ないぞ」


「そうなのか?」


「ウチの給料システムについて話しただろ。給料が出ているなら黒字ってことで問題ない」


「どういうシステムだった?」


 ゴリウスは大きなため息をつく。


「教えてやれ、エステル」


「分かりました! ……えっと、どういうシステムでしたっけ?」


 ゴリウスは再度のため息。


「ジークは物覚えの悪い馬鹿だし、エステルは金のことになると無頓着過ぎる。よくないぜ、そういうの」


「すみません……」


「それでおっさん、どういうシステムなんだ?」


「ギルドに入る報酬の内、まずは事務所の維持費を始めとする経費を差し引く。この余りがいわゆる『利益』っつーんだが――」


「ねみぃ」


 ジークがあくびを始めた。


 ゴリウスはジークの耳に顔を近づけ、「起きろ!」と叫ぶ。


 ジークの目がカッと開く。


 エステルまでビクッとした。


「話を続けるとだな、利益の2割を事務所の貯金にしている。有事の際の保険だ。で、残りの8割を三等分して俺、お前、エステルで分けているんだ。だから、給料が出ているってことは、利益が出ている――つまり収支は大丈夫ってことになる」


「なるほど。だがよ、その方法だと足を引っ張る無能が入ったら給料を四等分することになって大損じゃねぇか」


「だから人は基本的に増やさない。増やすなら信頼できる奴だけさ。俺達の目標はトップのギルドになることじゃないからな。気の知れた仲間だけで細々とやっていけばいいんだよ」


「おっさんと俺って仲間だったのか、意外だな」


「おい」


 エステルが声を上げて笑う。

 その時、ギルドの扉がノックされた。

 今にもぶち壊しそうなくらいに激しいノックだ。


「おいおい、なんなんだ」


「借金取りじゃねぇのか? おっさんの」


「俺は借金なんかしてねぇよ! ギルドだって無借金経営だ!」


 ゴリウスは弁当を椅子に置いて立ち上がり、扉の鍵を開ける。


「すみません、貼り紙にもありますように今は休憩中でして、再開は13時からになりま……」


 ゴリウスの言葉が止まった。

 エステルとジークは、ひょいっと顔を覗かせる。

 高貴なローブを纏った男が立っていた。


「お休みのところ申し訳ございません。ご無礼を承知の上でお願いなのですが、今すぐにご相談させていただけないでしょうか。シュテンバーグ公爵様による極秘の緊急案件になります」


「公爵様が俺達に?」


「はい、こちらが直筆の書状になります」


 男が懐から封筒を取り出した。

 封筒には「最重要指定」と書かれている。


「と、とにかく、こちらへ――お前ら、この方を俺の部屋へ」


「はい!」「了解」


 エステルとジークが男を案内する。

 その間に、ゴリウスは扉に新たな紙を貼る。

 貼り紙には汚い字で「臨時休業」と書かれていた。


 ◇


 事情を知った〈YMHカンパニー〉の三人は、公爵のもとを訪れた。

 〈ラグーン〉にそびえる城の謁見の間で、公爵や文武官と会う。


「お初にお目にかかります公爵様、自分は〈YMHカンパニー〉のギルドマスターを務めているゴリウスと申します」


「そなたがエステルやジークを率いているのか」


「いや、このハゲは形だけのマスターで――んぐっ」


 ジークの口を押さえるエステル。


 シュテンバーグ公爵は微かに笑みを浮かべた。

 しかし、その目には力がこもっておらず不安そうだ。


「大まかな事情につきましては公爵様の書状にて確認しました。セドリック様が盗賊団に誘拐されたとのことですが、もう少し詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 ゴリウスが話を進める。


「何を話せばよい?」と公爵。


「まずは盗賊団について知っている範囲でお教えください。潜伏先、戦力、団長の名前など、何でもかまいません」


「それにつきましては私がお答えいたします」


 武官長が口を開く。

 公爵が「頼む」と頷いた。


「敵の潜伏先は分かっていませんが、おおよその範囲は特定できています。また、戦力は雑兵が500程度。盗賊の中では腕が立つものの、王国軍人と比較した場合は総じて取るに足らない雑魚です。しかし、団長のオビスタという男が曲者で、この者だけはAランク相当の冒険者に匹敵する強さです」


「オビスタだと?」


 反応したのはジークだ。


「知っているのか?」とゴリウス。


「有名な大盗賊だぜ。盗賊狩りをしている者なら一度は耳にしたことがある。腕が立つだけでなく、用心深いことでも知られているぜ」


「お前さんは相手と顔見知りか? 盗賊狩りをよくしているだろ?」


「何度か見たことがある。おそらく向こうも顔を覚えているだろう。アイツの手下を50人ほど捕まえているからな」


「なるほど」


 ゴリウスの視線が武官長に向かう。


「他に情報はありますか?」


「あとは探知魔法の使い手を何名か従えていると思われます。ウチの精鋭部隊が潜入を試みて失敗したのですが、その時の様子から目視ではなく魔法による監視網を敷かれている可能性が濃厚だと判断しました」


「探知魔法の使い手がいるのは厄介ですな」


「そうなのです。こちらの目的はセドリック様の救出であって力比べではありません。不用意に近づけないのが現状です」


「ふむ」


「失敗すれば我が息子セドリックは命を落とすだろう。だから、儂が最も頼れる人間に頼りたいと思っている。それがそなたらだ。忙しいとは思うのだが、どうか、どうかセドリックの救出にあたってはくれないか」


 公爵が弱々しい言葉を発する。


 ゴリウスは静かに振り返り、エステルとジークを見る。


 二人は大きく頷いた。


 ゴリウスも頷き、公爵に言う。


「この依頼、〈YMHカンパニー〉が総力を挙げて取り組ませていただきます。成功をお約束することはできませんが、最善を尽くすことはお約束いたします」


お読みくださりありがとうございます。

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