020 誘拐事件
それから二週間後、公爵領のとある森にて――。
公爵に仕える精鋭部隊が、大量の盗賊に囲まれていた。
「次また隙を突こうなどと考えてみろ、取り引きを中止して即座に殺すからな」
盗賊団の団長・オビスタが言う。
ゴリウス以上の巨体で、全長は2メートル30センチ。
人間離れした背丈に加えて、筋骨隆々の肉体を持つ。
酷いくせ毛の髪を後ろで束ねていて、年齢は38歳。
「これはルールを破ろうとした公爵への罰だ!」
オビスタが兵士の股間を蹴り上げる。
睾丸に強い衝撃が走ったことで、その兵士は失神した。
「隊長!」
他の兵士が駆け寄る。
「警告はしたからな。二度と俺を嵌めようなどと思うな」
オビスタが部下をつれて去っていった。
◇
公爵領の都市〈ラグーン〉にある城にて。
「失敗じゃと!?」
静寂に包まれた謁見の間にシュテンバーグ公爵の声が響く。
公爵の顔は真っ青になっていた。
「力不足で申し訳ございません……」
頭を下げているのは、約2時間前、オビスタに股間を蹴られた隊長だ。
「それで、セドリックは……?」
「今回は無事ですが、次も同じ事をすれば殺す、と。おそらく本気かと……」
「なんという……」
数日前、公爵令息のセドリックは、オビスタ盗賊団に誘拐された。
森で野ウサギの狩猟を行っていた最中のことだ。
「恐れながら公爵様、人質の救出は我々軍人の領分ではございません。我が軍屈指の精鋭部隊で失敗した以上、再度の挑戦は同じ結果を招くだけかと」
武官長――つまり公爵領における軍のトップが言う。
「ぐぬぬ……。とはいえ、悪党の要求に従って身代金を払うなどもってのほかじゃ。屈したことになる。それだけは絶対にできん。たとえ息子が人質であろうともだ」
「では、ギルドに依頼するというのはいかがでしょうか」
「ギルドか」
「はい。ギルドや冒険者のSランカーは、総じて我ら軍人よりも戦闘力に秀でています。人質の救出において必要なのは組織力よりも個の力ですから、軍人よりもSランクのギルドメンバーが適していると考えます」
「なるほど」と、納得する公爵。
「待たれよ」
手を挙げたのは文官長の男。
セントラルをはじめ、国のあらゆる機関に精通している。
「武官長の仰る通りSランカーは頼もしいですが、とはいえその性能はピンキリです。セントラルでは複数の項目からギルド及びメンバー個人の能力を評価しており、戦闘力はその一つに過ぎません。その為、ひとえにSランカーといっても、必ずしも戦闘が得意であるとは限りません」
「そこはSランクギルドの依頼すればよかろう。Sランクギルドであれば、適切な人員を担当させるはずだ」
と、武官長が返す。
「それも難しいところです。ギルドランクもピンキリでして、中には降格するギルドもあります。例えば先日、王都〈ゼスキア〉の一等地に大きな事務所を構えていた〈ホワイトスターダム〉というギルドは、直近の成績があまりにも酷すぎることでSからBに二段階降格しました。今では王都の事務所を引き払って地方都市へ移転しています」
武官長は「むぅ」と唸った。
「その辺は文官長の権限で最適なギルドを調べられないものなのか? セントラルがいかに独立性を保っているとはいえ、詰まるところは国の組織であり、そなたや他領の文官長が大きく絡んでいるのだろう?」
「武官長の仰りたいことは分かりますが、それは難しいです。たしかに過去の成績をまとめた資料を用意することは可能ですが、何の役にも経ちません。〈ホワイトスターダム〉がそうであるように、ギルドはちょっとしたきっかけで大きく変わるのです。過去に優秀だったから今回も優秀であるとは断言できません」
「ぐぬぬ……」
武官長は黙った。
「では、文官長は何かいい策があるのか? ギルドに頼る以外で」
公爵が尋ねる。
「いえ、それは……」
文官長も黙ってしまった。
「ならば、やはりギルドに頼るしかないか。冒険者は魔物のプロだから門外漢だしのう」
武官長と文官長が「ですね」と同意する。
「ギルドか……」
公爵はギルドのことをよく知らなかった。
戦線支援――赤いクエスト票――でしか依頼したことがないから。
なので、有名なSランカーの名前にも心当たりがない。
と、思いきや、あった。
「頼れるギルドが一つあるぞ!」
公爵が手を叩く。
「頼れるギルド?」
首をかしげる文官長。
「エステルとジークのいるギルドじゃ! 名前はなんだったか」
「〈YMHカンパニー〉でございます」
「よし、では〈YMHカンパニー〉に依頼しよう。あの者達のことは儂も知っておる。戦闘の腕だけでなく人格もたしかじゃ。必ずや期待に応えてくれるであろう」
「お、お待ちください! 公爵様!」
文官長が慌てて手を挙げる。
「どうした文官長」
「〈YMHカンパニー〉はCランクになったばかりのギルドです」
「それがどうした。エステルはSランクでジークはAランク。彼女らの話によれば、ギルドマスターの男もSランクだ。ギルドランクが低かろうとメンツは問題ないだろう」
「その通りですが、万が一にでも失敗した場合、Cランクのギルドに依頼していたとなれば大問題になります。公爵様はわざと失敗させてセドリック様を殺した、などと不敬なことを喚く輩が必ず現れるでしょう。ここはSランクのギルドの中から候補を――」
「いや、〈YMHカンパニー〉でいく」
「公爵様!?」
「セドリックは儂の大事な息子じゃ。失敗できない依頼をするのであれば、心から信頼できる者に頼りたい。そして、儂にとって最も頼れるのはエステルとジークのいる〈YMHカンパニー〉じゃ」
「ですがそれだと……」
「分かっておる。だから、万が一にでも救出に失敗してセドリックが死ぬようなことがあれば、儂は責任を取って爵位と領を陛下に返上する」
「「――!」」
場がどよめく。
多くの文武官が再考を申し出た。
しかし、公爵は首を横に振る。
「もう決めたことだ。これ以上の意見は求めない。セドリックの救出は〈YMHカンパニー〉に一任する。使者を用意しろ」
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