002 クレーム
エステルをクビにした翌日――。
「えぇ!? エステルちゃん、辞めちゃったの?」
「申し訳ございません。ですが、当ギルドにはもっと優秀な人材がたくさん在籍しています。他の者に仕事を引き継がせますので、今後とも変わらぬお付き合いのほど、何卒よろしくお願いいたします」
ギルド〈ホワイトスターダム〉のホームで、アンドレイは顧客に頭を下げる。
相手はエステルが受けたクエストの依頼人だ。
「うーん……まぁいいか、じゃあ、適当に任せるよ。他の人でもいいけど、仕事はきっちりこなしてくれよ」
「それはもちろん、お任せ下さいませ」
今日のアンドレイは頭を下げっぱなしだった。
エステルの担当していた顧客がひっきりなしにくるから。
そして、エステルがいないと知るなり不満を口にする。
(あの女……客に色目を使って仕事を取ってやがったな)
見当外れな思い込みで苛立つアンドレイ。
ギルドとは、言うなれば料金の高い何でも屋だ。
料金が高いので、基本的には危険な依頼が飛び込んでくる。
魔物や害獣の駆除、材料の調達、エトセトラ……。
ギルドメンバーによって得手不得手がある。
しかし、エステルにはそれがなかった。
どんな仕事でも受けて、しっかりこなしていた。
客を選ぶこともない。
エステルの仕事ぶりは優秀だ。
受けた依頼はまず間違いなく成功するし、客の満足度も高い。
その一方、仕事をこなす速度は遅かった。
コンサルタント上がりのアンドレイは、エステルが嫌いだ。
仕事が遅い上に、単価の安い依頼でもホイホイ受けるから。
彼女のような人間を雇っていると利益率が上がらない。
(そもそも誰が担当しようが大差ないだろ、こんな依頼)
エステルがやる予定だったクエスト票を見る。
基本的には低ランクの簡単な任務ばかりだ。
Sランクのギルドに頼むようなものは殆どない。
当然、そんな依頼は大した報酬にならない。
時間の無駄である。
かといって、一度受けた依頼を断るのはよろしくない。
評価が下がってしまう。
それはギルドランクの降格に直結する。
だからエステルの受けた依頼もこなす必要があった。
「消えてからも足を引っ張りやがって、あの女」
アンドレイは吐き捨てるように言った。
◇
数日後、問題が表面化した。
依頼人の老人が怒鳴り込んできたのだ。
「あのさぁ、エステルちゃんの後を継いだ子、全然ダメじゃねぇかよ!」
アンドレイは素早く資料を確認する。
この老人の依頼は畑の雑草を除去することだった。
要するにただの草むしりである。
危険なことが何もない為、依頼のランクは最低のFだ。
Fでも高い程であり、ギルドに依頼するような内容ではない。
「そんなはずは……。たしかに依頼はこなしましたよ」
担当した部下の報告書を見る限り問題ない。
報酬と同額の除草剤を使って雑草を除去した、とある。
つまり人件費を考えると赤字になる方法で達成したのだ。
喜ばれるならまだしも怒られる筋合いはない、と思った。
「ああ、依頼は達成したよ。だがそれだけなんだよ」
「それだけとは?」
「エステルちゃんなら後のことも考えて仕事するんだよ! 馬鹿たれ!」
「ど、どういうことでしょうか?」
「除草剤を使っただろ!」
「はい、そのように報告が上がっていますが?」
「除草剤を使って雑草を除去することなんざワシでも出来るんだよ! そんなこと言わんでも分かるだろ! 何考えてるんだ馬鹿たれ!」
「申し訳ございませんが、仰っている意味が分かりません。つまり何がご不満なのでしょうか?」
「おたくらが除草剤を使ったせいで作物の味に影響が出るんじゃ! ウチの作物は高級料理店に直接卸している代物じゃ! 薬物不使用がウリなんじゃ! それをおたくらが勝手に除草剤なんぞ使ったせいで全てパーじゃ! 畑を穢しおってからに馬鹿たれが!」
「誠に申し訳ございません!」
光の如き速さで頭を下げるアンドレイ。
ようやく老人の怒っているポイントが分かった。
だが、彼にも言い分がある。
「しかしながら、クエスト票を見たところ、除草剤を使うなとは書いていませんよ? これであれば、当ギルドでなくとも除草剤を使用するのが一般的かと」
「あのなぁ、初めて頼むならこっちだって除草剤のことを書いたさ。でもこっちはエステルちゃんに頼むつもりで伝票を作ってんだよ。エステルちゃんなら言わなくても分かった。ちゃんと引き継いでおらんそっちのミスじゃろうがい! なーにを開き直っとる! 馬鹿たれ!」
「申し訳ございません!」
「謝罪なんかいらんわい! どう補填してくれよる!? 畑がパーなんじゃぞ!? どう補填してくれよるんや! えぇ!? そもそも最近のエステルちゃん、えれぇしんどそうじゃったぞ! ちゃんと休ませてたんか? おぉ!?」
その後も、続々と苦情が飛び込んできた。
内容は様々だが、誰も彼も最後には口を揃えてこう言う。
「エステルならこんなことにはならなかった」
わずか1週間足らずで、長らく〈ホワイトスターダム〉を愛用していた客の半数近くを失うことになった。
しかし、アンドレイはそれほど気にしていなかった。
エステルの顧客は基本的に利益率の低い依頼しかしてこないから。
むしろ消えてくれて嬉しかったくらいだ。
そういうこともあって、彼は気づいていなかった。
Sランクギルド〈ホワイトスターダム〉が崩壊し始めていることに。
ここでアンドレイが修正できていれば、未来は大きく変わっていただろう。